【 入園 】
「な、なんとか間に合いましたね……」
「……そうね」
僕と七塚先輩は全力疾走でバス停まで走って来た為に、着いた頃には二人とも息が上がっていた。
あそこからここまでよく間に合ったものだと思う僕だが、もっと思うのは七塚先輩が息切れをしているという姿。
(あぁ、七塚先輩でも息切れするんだ?)
なんて事を僕は思ったりする。その行為自体は当たり前の事なんだろうけれど、何だか七塚先輩にも『当たり前』というところがあった事に僕は少し安心した。
そして、バスへ乗り込み座席に座るなり七塚先輩はワクワクした様子で笑みを浮かべていた。
その姿はまるで、遠足を楽しんでいる子供の様に嬉しそうな笑顔だ。
そんな事を思っていると、七塚先輩は僕に視線を向け
「ん? どうしたの?」
「七塚先輩、凄く楽しそうな顔をしていますね」
僕の問いに不思議がりながら
「桐崎君は楽しくないの?」
「えっ? いや、そういう訳では!」
「変なの」
そうこうしている内にバスは動物園前に到着していた。
着いた頃には開園していた訳であるが、人の多さが半端じゃない。
本当に朝一なのかと言いたくなるのだが、どうやら大半は七塚先輩と考えが同じらしい。
(この殆んどの人達は、パンダ目当てなのか?)
もはや、頭が痛くなってくる。僕だって動物は嫌いでないが、こうまでして見たいとは思わない。
マスコミの力なのか、ただ物珍しさに寄って来ているだけなんじゃないのか?
動物園側からしてみればボロ儲けだろうけれど。
(七塚先輩も珍しいから見に行くだけなのかな?)
パンダ好きとかそういう話は聞いた事が無いし、きっとそうなんだろう。珍しいだけ、興味があった、ただそれだけのことなんだろう。
(だったら、僕は何だろう?)
『興味があるから付き合っている』そんな言葉が出てきてもおかしくはないかもしれない。
僕みたいな奴の告白を二つ返事で受け入れてくれたんだから。
あぁ、考えるだけ分からなくなってくる。
動物園の入り口付近で、ぼぉーっとしている僕に七塚先輩が声をかけてくる
「桐崎君? なにやっているの?」
「あっ、すみません」
「ほら、早く行こう♪」
そう言いながら見せる無邪気な七塚先輩の笑顔は僕がさっきまで悩んでいた事など、全て消してくれそうなくらい可愛らしかった
「桐崎君、見て見て! あの子可愛いわね♪」
「そうですね」
園内に入るや否や七塚先輩の瞳は少女の様にキラキラと輝いていた。
七塚先輩はアッチに行ったりコッチに行ったりと当初の目的など忘れてしまっているのか、はしゃぎ楽しんでいた。