【 動物園 】
支度自体は軽く五、六分ほどで済ました。
外に出るとアパート前で不機嫌そうに腕組みしながら仁王立ちする七塚先輩の姿。
僕は恐る恐る声をかけると
「あのぉ~ 七塚先輩?」
「おそぉ~い!」
むくぅっと頬を膨らませ僕に言い放つ七塚先輩は先程の笑顔はどこに行ったのかと思うほどに不機嫌な表情をしていた。
「す、すみません…… でも、遅いと言っても五、六分くらいですよ?」
「甘いわ! その五分がどれだけ長いと思っているの?」
七塚先輩は指摘する様にビシっと僕の眼前めがけ力強く指差す
「どれだけって……」
「いまこの時に目を覚ましていないとも限らないんだから!」
パンダ如きにどうしてそこまでこだわるのか、僕にはわからない。
けれど、七塚先輩は『これをやる!』と言ったら必ず実行しないと気が済まないたちくらい知っている。
だから、七塚先輩に『今度』と言う単語は出てこないのだ。
(まったく、本当に大変な人だ……)
「さっきも言いましたけど、まだ開いてないと思いますし開いた時には目が覚めてましたなんてこともあるんじゃ?」
「行かなきゃわからないでしょ?」
「そ、そうですね」
確かに七塚先輩の言うとおり行かなければ分からない訳で、むしろここに止まっている方が逆に時間を労費してしまう。
そして、七塚先輩は僕の手を取ると
「それじゃ、行こう♪」
子供の様な笑顔を僕に向け言う
「はい」
僕も素直に頷き言い返す
何だろう、こんな気持ち今までに無かった気がする。七塚先輩からの御褒美なのだろうか?
いつも、理不尽で迷惑極まりない事ばかりやらされているけれど、今回みたいな『命令』ならいつでも喜んで聞ける。けれど、これが『命令』でなく七塚先輩の言葉としてならもっと嬉しいんだけど。
「……なにが違うんだろ」
思わず漏れてしまった心の声
「え? 桐崎君、何か言った?」
「な、なんでもないです!」
「そう? 変なの?」
七塚先輩は僕の言動に不思議がると軽く首を傾げながら呟いていた。
一体、七塚先輩から僕のことはどう見えているのだろうか?
告白したあの日から始まった関係、確かに僕は七塚先輩と付き合っている。
『彼氏』としてではなく『ペット』としてだけど。
それで満足出来るのだろうか?僕は満足出来ない。命令される立場じゃなく、僕も七塚先輩に命令してみたいからだ。むしろ、それが普通の付き合いというものなんだろう。
住宅街を歩きながら七塚先輩は僕に視線を向けると
「ところで」
「なんですか?」
七塚先輩は軽く首を傾げながら
「動物園ってどこにあるんだったかな?」
「……え?」
(いまさらですか?)
「どこって、場所知っていたんじゃ?」
「最後に行ったのいつだったか、忘れたわ」
吹っ切れたように言い返す七塚先輩に流石の僕も呆れてしまう
「それでどこだったかな?」
「う~んと、隣町になりますよ」
後先考えず目の前の事だけにしか手を伸ばさないのが七塚先輩の悪い癖だ。
「桐崎君?」
「はい?」
「どのくらいかかる?」
七塚先輩は一旦、足と止めると僕に視線を向け問いかけてきた
「バスが出ていますから、それに乗れば三十分くらいで行けると思いますが」
その言葉に七塚先輩は少し安心した様子で
「そっか、なら大丈夫ね」
「そうですね」
「ところで、バスは何時頃に出るの?」
言われた僕はポケットから携帯電話を取り出し時間を確認しながら
「あと、二十分ないですね……」
「えっ? 早く言いなさいよ!」
「ち、ちょっ!」
七塚先輩は驚き焦りを見せながら、僕の手を握り引っ張る様に走って行く
そして僕も七塚先輩の掌から伝わる温もりを感じつつ、バス停まで向う