【 デート? 】
翌朝、七塚先輩は起きるなりこんなことを口走った。『せっかくの休日なんだから、どこかに遊び行こうか?』何とも楽しそうな笑顔を僕に向け言う。唐突に言われた僕はキョトンとしたまますぐに返事が思い浮かばないでいた。けれど、そんな僕の考え等はお構いもなしに七塚先輩は笑顔を絶やさないまま話を続けた。
「う~ん、遊園地とか行きたいな♪」
その笑顔はまるで子供の様だ
「遊園地ですか……?」
「あっ! 桐崎君、いまバカにしたでしょ?遊園地なんて子供だなぁとか思ったでしょ?」
「え? そんなことは……」
可愛く頬を膨らませ言う七塚先輩だったが、また何かを思いついたのか突然表情をコロリと変えて僕の目を見返すと焦らしながら
「なら、選ばせてあげる」
「えっ?」
七塚先輩は人差し指を立てながらニコリと笑みを浮かべ
「遊園地と動物園、どっちかを選ばせてあげよう」
『えへん』と胸を張りながら言う七塚先輩
(それ、選択肢になっていませんよ)
「どちらかって…… 結局は両方行きたいだけなんじゃ?」
すると、七塚先輩は一つ溜息を吐き
「はぁ、まったく桐崎君はわかってないわねぇ」
「なにがです?」
「物事には優先順位というものがあるのよ」
「あぁ、そうゆうことですか」
(結局、七塚先輩は両方行きたいんじゃないですか?)
等と思っている僕に七塚先輩は笑顔で言い寄ってくる
「さて、それじゃぁどっちにする?」
「行かない、という選択はないんですか?」
「ダメ、これは命令だから」
そう言いながら七塚先輩は僕の顔に人差し指を突き出す。言われた僕も『命令』という言葉に『うっ』と返答に困ってしまう。別に反論なんて、いくらでも出来るはずなんだろうけれど僕は七塚先輩に告白した時から条件を結んでいるわけで、言わば絶対服従なのだ。
逆らえばどうなるかわかったものでもない。
でも、七塚先輩と一緒に遊びに行くなんて普通に考えてみれば今までよりずっと良いかも知れない。
いや、ある意味で『恋人っぽい』命令なのかもと僕は思ったりもする。
七塚先輩を見つめながら少しばかり、そんな事を考えていると
「なに? どうしたの?」
僕の視線が気になったのか七塚先輩は不思議そうな面持ちで言う
「いぇ、なにも」
「そう? それでどうするの?」
七塚先輩はまたも楽しそうに表情を変えると期待に満ちた視線を僕に向ける
「僕は、どっちでもいいです」
「もぅ、せっかく選ばせてあげるって言ったのに」
七塚先輩は『まったく』と言った面持ちで僕に言い返すと、顎に人差し指をあてがい『う~ん』と悩む仕草を見せ首を傾げながら
「よし! それじゃぁ動物園に決定~♪」
七塚先輩は腕を天井目掛け高々と上げなら楽しそうな笑顔を浮かべ言う
「……動物園ですか?」
「そうよ、遊園地もいいけれど生き物との触れ合いって大事よね?」
「そうですか」
まったく何の因果かペットである僕は動物園に行く事になるなんて、それは流石に僕の考えすぎだろうか?あくまで動物園に行くだけなんだから。大体、こんな考えが思い浮かんでしまっている僕にも問題があるのかもしれない。
だけど普段の生活がこれだ、そう思ってしまうのも仕方のない事なのかも。
だって、僕は家の中で七塚先輩から飼育されているようなものなのだから。
僕の考えをよそに七塚先輩はモゾモゾとしていた
「なにをしているんです?」
「準備に決まっているじゃないの?」
そうは言っても時計の針は九時にもなっていない
「準備って、いま行っても開園していないと思います」
その言葉に七塚先輩は準備をする手を一度止め、クルりと僕に視線を向け何故か呆れた様子で溜息を吐きながら言い返す
「だからよ」
「はい?」
「開いてからでは遅いのよ」
別にいつ行っても同じなのではないかと思う僕ではあるが、やはり考え方は違うようで、七塚先輩は人差し指を立てると僕に言い聞かせる
「いい? 例えば、近くに評判のお店が出来ました。でも、それは並ばないと食べれません。その時、桐崎君ならどうする?」
「え? まぁ、本当に食べたいものなら並ぶかもしれないですが…… 必ずその日でないとダメって訳でないので僕は帰ります」
僕の返答に七塚先輩は『はぁ』と溜息を吐き掌を返しながら言う
「これだから桐崎君は」
「なんですか」
「本当に食べたいと思うならとことん並ぶのが当たり前じゃない?」
「ところで、何を言いたいんですか?」
結局のところ、例えがよく分からない訳で何を言いたいのか伝わってこない
聞き返す僕に七塚先輩は
「早く行かないとレッサーパンダが目を覚ましちゃうのよ」
「……はい?」
僕には何を言っているのか不思議に思えたが七塚先輩はワクワクとした笑顔で無邪気に言う。どうやら、七塚先輩の言うレッサーパンダというのは最近TVでも話題になっていたパンダであり、その寝相が凄く可愛いらしい。
そんな訳だから、七塚先輩は早く行きたがっているということだ。
「うん、準備も出来たし行くわよ」
「僕の準備はまだなんですけど?」
「桐崎君は大丈夫」
そう言いながら七塚先輩は笑顔を僕に向ける
(なにが大丈夫なんですか?)
「せめて、着替えくらいは……」
「むぅ、仕方ないなぁ」
そして『少しだけなら待ってあげる』と言ってベッドに腰掛ける七塚先輩であるが、いまから着替えようというのに僕は七塚先輩の目の前で着替えなければならないのか?そう考えている僕の顔は恐らく赤くなっているだろう。
ベッドに腰掛ける七塚先輩は不思議そうに僕を見ながら
「どうしたの? 着替えないの?」
「着替えますけど…… こっち見ないで下さい」
言い返す僕だが何だか立場が逆じゃないのかと思ってしまう。
こんな状況、普通なら女性が言う台詞なんじゃないのだろうか?
全然気にする事も無い七塚先輩は毅然とした態度で僕に言う。
「別に気にする必要ないわよ」
「気にしますよ」
「まったく、頑固なんだから桐崎君は」
七塚先輩は『やれやれ』と言った面持ちで言い返し、ベッドから立ち上がると『先に出ているわ』と言い残し玄関へ向っていった。僕は七塚先輩が外に出たのを確認すると待たせないように急いで着替え済ませ家を出て行く。