【 九条先輩 】
お昼が過ぎれば、あっという間で下校時刻が近づいていた。
七塚先輩に出された『お題』に一日中振り回され、授業など頭に入るわけもなかった。
(う~ん…… ダメだ、わからない)
七塚先輩と出逢ってから、一ヶ月は経っただろうか?だと言うのに、未だ七塚先輩のことを知らない部分が沢山あるのだ。いつも思うのだけれど、七塚先輩の言動が本気で言っているのか、遊びで言っているのか、どちらなのかが分からない。
まず、出会って間もない僕の家に突然と入り込んできて、挙句の果てには住み込みときた。
そして、アパートの家賃を払っているのは勿論、僕な訳で七塚先輩も同棲という形で住んでいるのだから何かしら援助してくれればいいのだけれども……
相変わらずに自分勝手な七塚先輩は『私達の家だけれど、名義は桐崎君よね?』等と言う始末。
まぁ、確かに正論ではあるのだけれども常識的に考えれば『勿論、私も出すわよ』的な言葉があってもいいのではないだろうか?
そう思う僕でもあるが、それは到底に無理な話だろうね……
だって、七塚先輩にとっての常識という基準が普通とは違うからだ。
そんな普通とは違う七塚先輩にとっての『面白いもの』とは何だろうか?
それこそに分かる訳が無い。
(あぁ、知恵熱でも起きそうなくらいに頭が痛くなる……)
何だか、今日は一日中ずっと頭を抱え込んでいるような気がする。
まったく、今の僕なら頭の上でお湯を沸かせそうな勢いだよ。
七塚先輩はというと『先に帰って待っているからね~』等と笑顔で楽しそうに僕へ言い残すと帰って行ってしまっていた。僕は悩みながらも気付けば校門前まで歩いてきていた様で、一旦足を止めると黄昏色の空を呆然と立ち竦みながら見上げていると
「ちょっ! ど、どきなさいよぉ!」
「……はっ?」
背後から聞こえる怒鳴り声に僕は振り向くと、またしても猛スピードでバイクと云う名の自転車に乗ったツインテールの美少女が猛突進してくる
「どけって言ってるでしょぉぉ!!」
「……え? えぇぇ!?」
振り返り気付いた時には遅く
「がはぁっ!」
衝突し転倒した女の子は勿論、九条先輩であった。
「いたた…… あぁ、もう! だから、どいてって言ったのに!」
九条先輩は俯き痛がりながら頭を擦りつつ、地面に腰を落としていた
顔を上げ視線を前に向けるが、そこには誰も居なく
「……あれ? さっき、誰かとぶつかったわよね? う~ん、自分で転んだわけでもないし」
九条先輩は気付いていない
見事なまでの衝突事故をくらった僕は、校門から五m程飛ばされ道路沿いの草むらに倒れ込んでいた。
そんなことになっているとは知るはずもない九条先輩は悪びれる様子もなく、気のせいの一言で済ませ自転車を起こそうとしていた
僕は草むらの中から、腰を押さえながら体を起こす
「こ、腰が…… いたた」
すると向え側にいた九条先輩と目が合うと、同時に声が漏れた
「……ん?」
「……え?」
道路を挟むようにして両者は、しばし視線を合わせる
「えぇ~と……」
僕を見るなり九条先輩は何故か安心した様子で
「なんだ、涼君だったの? よかった。てっきり、自分で転んだのだと思ってしまったわ」
「……ん? いやいや! 僕は全然よくありませんよ!」
そう言いながら僕は九条先輩の下まで歩み寄る
「なによ、そんなに元気あるじゃないの?」
「だから、そういう事を言いたい訳ではなくてですね……」
「じゃぁ、なに?」
(どうして、そんなに堂々と言えるのですかね……)
僕は九条先輩が手を掛けている自転車に、ちらりと視線を送ると
「朝の一件は、まだわかりますが校内をあのスピードで暴走するのは如何なものかと……」
「なによ、涼君が避けないから悪いんでしょ? 私は、どいてって言ったわよ?」
(なんだ、この人? 僕が通う学園の先輩は皆、自分勝手すぎる……)
「いや…… だから、朝も言いましたが確認もしないで猛突進してくるほうが……」
僕の言葉に九条先輩は一つ息を吐くと
「まぁ、でもいくら私が飛ばしていたとしても、危険は知らせていたわけだから? よって、それに気付けなかった涼君が悪いんだよ」
「えぇ!? なんでそうなるんですか!?」
何故に軽く犯罪的行為をしているというのに、そんな毅然とした態度で言い放てるのかが疑問になる。
一体、どういう神経をしているのだろうか?
まったく、無神経なところは九条先輩も七塚先輩と変わらない。
「……あれ? そう言えば、朝は遅刻大丈夫だったんですか?」
あれだけ足が痛くて運転出来ないとか、だから変わりに運転しろだの色々言ってきたけれど、結局のところ気付いた時には姿が無かったわけで、どうなったのが僕は少し気になった。
「大丈夫、あれから飛ばして行ったわ」
そう言いながら僕に笑顔を向ける九条先輩に、またも疑問を抱く
「……」
「どうしたの?」
急に黙り込んだ僕の顔を覗きこむようにして九条先輩が問いかけてくる
自分の疑問は、何となくわかっている様な気もするが一応聞いてみることにする
「足が痛いとかって言っていませんでした?」
「えっ? 私、そんなこと言ってたかな?」
即答だった
「言っていましたよね? そして、いきなり僕に運転しろとかっても言いましたよね?」
「う~ん、そんなことも言ってたような、そうでもないような――」
(何だか馬鹿にされているような気がしてきた……)
「……」
九条先輩は、僕の話をはぐらかす様に『てへっ♪』とわざとらしく笑顔を作る
一日に同じ人を二度も突き飛ばしておいて、それが笑って許されるというのなら警察など要らないと思うね。
自転車ではなくて、本当にバイクだったら間違いなく僕は重傷、もしくは死んでいたかもしれないな……
未だ笑顔の九条先輩に僕は
「でも、なんで校内を爆走していたんですか? 他にも生徒が居ますし危ないと――」
すると、九条先輩は一呼吸吐くと
「だって、歩くと疲れるじゃない?」
「……はぃ?」
「歩いての登下校って、なんか疲れるのよ。それに時間もかかるじゃない?」
「だからと言って、何もあんなに速度を出さなくても……」
「自転車に乗ってまで、ちんたら走ってられないわよ」
(あれだけの速度を出していた方が、よほど疲れるのではないだろうか?)
「でもですね、自転車とは言ってもあれだけの速度を出しているとスピード違反になりますが」
「そんなのドンとこいよ」
ダメだ……
この人には何を言ってもダメだ。
「なら、せめて前方確認くらいして下さいよ。その度に突き飛ばされるこっちの身にも……」
「そんなの、ぶつかる方が悪いのよ。涼君は、ぼーっとしているからそうなるの」
(……僕の意見をまるで尊重しようとないのは何故?)
「ぃゃ…… ですから」
「そういうことだから、今後は気をつける様に」
と言いながら九条先輩は愛用の自転車に跨り
「暗くなってきたから帰りは気をつけるのよ~」
捨て台詞を残し去って行った
急に静かになり、残された僕だが大事なことを思い出す
(あっ、帰るとは言っても七塚先輩には何と言えば……)
まだ、七塚先輩に出された『お題』を見つけられていない。
それが何なのか、未だに悩んでいる途中なのだから。いくら悩んでも答えが出ないのなら、どうしようもないと僕は溜息を吐きながら渋々、重い足取りでアパートへと戻る。
「はぁ、七塚先輩には何と言えば……」
帰り道、僕は改めて思う。
僕には何故、同い年の友達が出来ないのだろうか?
どうして、僕が関わる先輩達は変人ばかりなのか?
本当に不思議で仕方が無い……