【 バイク少女 】
「……はぁ」
溜息を吐けば吐くほどに幸せが逃げて行くという言葉をよく聞くが、正に今がその通りである。
僕にとっては『幸せ』というより『自由』が逃げていく様な気がしてならない。
いや、七塚先輩と出会った時から僕の自由は無くなっていたのかもしれない。
そんな事を考え呆然と立ち竦んでいると、目の前からバイクに乗った美少女が猛スピードで走り迫ってくる
(……えっ? バイク?)
「ぐはぁっ!」
ぶつかってしまえば、実にあっけないものであった。
それ以前に、こんな一方通行の道で確認もせずに突っ込んでくるなんて、どこのアホなんだ。僕は腰を擦りつつ、ゆっくり立ち上がると、目の前には衝突した弾みで倒れた自転車の側に涙目で頭を擦りながら路上に座り込んでいる女の子が居た。
(……ん? 自転車?)
「いったぁ~~い! もう、なんなのよ!」
「あの、大丈夫ですか?」
手を差し伸べるが、女の子は急に立ち上がりキリっとした紅い瞳を僕に向け言い放つ
「大丈夫な訳ないでしょ! 危ないじゃないの!」
「……えっ?」
「大体、あんたね! 看板じゃないんだから路上のど真ん中で突っ立って居るんじゃないわよ!」
「形振り構わずに、猛突進してくる方が危ないかと……」
「いま、なんか言った?」
「ぃぇ、何も……」
(どうして、僕が怒られてるの?)
大体、自転車をバイクの様に乗り回す美少女など見た事も聞いた事ないよ。
軽く、六十は出ていたんでないだろうか。まず、その時点でスピード違反だよね。
等と思いふけっていると女の子は、ずいっと身を乗り出し僕の顔をまじまじと見ると
「ふ~ん」
「な、なんですか?」
「よく見ると、結構可愛い顔しているわね?」
(一体、なにを言い出すんだ? この人は)
そして、女の子は僕の肩に手を添えると
「よし、じゃぁ後の運転は任せたわよ」
「いやいや、なんでそうなるんですか!」
「だって、足が痛くて運転できないのよ~」
(絶対に嘘だ……)
「だったら、歩いて行けばいいじゃないですか?」
「歩いて行ったら遅刻するでしょ? だから――」
「えぇと、でもですね……」
突然に、そんな事を言われて素直に頷けるものではない。
そう、僕は七塚先輩に『待て』と言われているのだから。
そんな命令に逆らった日には、監禁どころでは無くなるのではないであろうか?
そんな気がしてならない。
すると突然、僕に向って
「それ、同じ学校の制服だよね? 名前は?」
「一年の桐崎涼です」
「私は二年の九条紗枝子よ」
(またか……)
どうして、こうも僕の先輩方は変な人ばかりなのだろう。
それとも、僕がおかしいのか?何だか、分からなくなってくる。
思ったところで僕の考えが纏まる訳も無く、九条先輩は倒れていた自転車を起こすと
「じゃぁ、涼君。頼んだわ」
と言いながら僕に自転車を差し向けてきた
「いや、ちょっと……」
「涼君はこんな可愛い美少女が困っていると言うのに、それを何とも思わないの?」
九条先輩は、御自慢の綺麗な檸檬色のツインテールを撫で上げ風になびかせるとわざとらしく言う
「いぇ、そういう意味じゃなくて」
「じゃ、どういう意味よ?」
「自分で自分を美少女と言うのは、どうかと……」
おもわず、心の声が漏れてしまった
すると、その言葉に九条先輩は不気味な沈黙を作ると
「……」
「えっ、いや…… 冗談ですよ」
「私にこんな傷を負わせたにも関わらず、平然と何も知らない振りをしようとしていた……」
「はっ?」
「なぁ~んてことが、七塚に知れたらどうなるのかしら?」
「……はぃ?」
(……いま、何て?)
「さぁて、どうしよっかなぁ~」
「いやいやいや! ちょっと待って下さい! マジで待って下さい!」
なんでこうなっているのかは、わからないけれど非常にマズイ気がする
「あら? 何かマズイこと言った?」
「非常にダメです!」
何で九条先輩がそんな事を口にしてきたのか等は分からないけれど、こんな事がもし七塚先輩に知れたら恐ろしいことが起きる気がしてならない……