【 ペットと言えば 】
まったく、普通じゃないよ。
買い物を終えてアパートに戻った七塚先輩は終始ご機嫌だった。
理由などは言うまでもない。勿論、首輪を手に入れてしまったからだ。
僕と言えば既に身の危険を感じているわけで、だからと言って逃げる事も出来ない。
もう、どうすればいいのだろうか?
七塚先輩は青い首輪を片手に笑顔で僕に視線を向けると
「桐崎君、さっそくだけど――」
「……な、なんですか?」
「着けてみようか」
「……」
(……正気ですか?)
「どうしたの?」
「どうしたと言われても…… そ、それだけは勘弁してください」
「大丈夫よ、きっと似合うから♪」
笑顔で言う七塚先輩の顔は心から嬉しそうであった
(僕は全然、大丈夫ではないのですが……)
しかし、どんなに僕が抗い嫌がったとしても逃げる事など出来るわけもなく結局は七塚先輩に首輪を着けられることになってしまった。ここまで来ると、僕は人として扱われているのかすら疑問を感じてしまう。
僕に首輪を着けた七塚先輩は至福の顔を浮かべ、どこか満足気であった。
一方の僕はと言うと無理やり首輪を着けられていると言うのに何を思ったのか妙な安心感を覚えてしまった事に気付く。
何と言うか、この絶妙な締め付け具合がまた良い感じで思いのほか苦しくもなく、緩くもなく、例えるならば支えられている様な感覚になる。
(……はっ! 違う、何を思っているんだ僕は)
どうやら、僕は危うく『人間』としての道を踏み外すところだったらしい。
でも、少なくとも人間に飼われている動物達の気持ちがまた一つ理解出来た様なそんな気もした。
そんな事を思っていると七塚先輩は突然、おもむろに首縄を取り出すと
「せっかく首輪を着けているのだから、これをつけないと格好がつかないわよね?」
「……えっ?」
そう言うと七塚先輩は僕の首に手をかけると
「桐崎君、じっとしていてね」
「さ、流石に、それは……」
「いいから」
僕の願いなど当然に届くはずも無く、実にあっけなく首輪に縄をつけられてしまう
「うん、これでよし♪」
(僕は全然よくありませんよ……)
「あのー?」
「ん? どうしたの?」
「僕は一体、どうすれば?」
「何もしなくていいわよ」
「え?」
七塚先輩は僕の目を見つめ返すと
「ペットはペットらしくしていればいいのよ」
「人権侵害だと思うのですが……」
「ん? 何か言った?」
「い、いえ…… なにも言っていません」
一度くらいは僕の意見を聞いてくれてもいいと思うのですが……
まったく、大体どうしてこうなってしまったのだろう?
そういや、僕が七塚先輩に一目惚れしたからか。
(これは僕も悪いのか?)
もし、あの時に出会ったのが七塚先輩では無かったら今の自分は居ないわけで、きっとまた何一つ変わり映えのしない毎日が続いていたのかもしれない。
今までだって良いことなんて、一つも無かったし、これからもそうだと思っていた。
けれど、七塚先輩との出会いで大きく変わったのは確かだ。
(でも、まぁ相変わらず良い事が無いのには変わりないのだけれど……)
変わった事と言ったら、このおかしな関係になってしまったことだろうか。
恐らく、羨ましくなるような事をして貰ったりしているはずなのに素直に喜べない自分がいる。
等と感慨深く思っていると、七塚先輩は僕に向って
「じゃぁ、寝ようか?」
「あ、はい」
布団を敷く準備をする僕だが突然、首縄を引っ張られ後ろへと引き寄せられる
「がはぁ! ……はぁ、はぁ……なにをするんですか! く、苦しいですよ!」
「桐崎君こそ何をしているの?」
未だ首縄を手に持ったまま、不思議そうな面持ちで七塚先輩は僕に言う
「何って? 布団を敷いて寝る準備を……」
「布団なんていいわ。桐崎君も一緒に寝るんだから」
「えぇ~と……」
「わかった?」
(そんなことを笑顔で簡単に言われてもですね……)
「ですが、昨日も寝てわかりましたよね? 二人は狭いですよ?」
「だからよ」
「はぃ?」
「だって寒いじゃない? 私は寒いのが苦手なの。桐崎君も居れば暖かいでしょ?」
「僕は抱き枕か、湯たんぽ代わりですか……」
「もちろん、私のペットよ♪」
「……」
(なんだか最近、ペットの存在意義が分からなくなってきているような……)
そして、結局はその日から僕は床で寝ることは無くなったが、七塚先輩と同じベッドで寝ることとなってしまった。