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【プロローグ】

作者の富樫です。

今作のようなラブコメは書き慣れていないもので上手く書けているかが

少し気掛かりですが、楽しんで貰えれば光栄です。

「――桐崎君、あーんして」

「いや、だから恥かしいですよ……」

 七塚先輩は弁当に入っていた鶏の唐揚げを一つ箸で摘むと、僕に食べさせようと差し向ける。席をくっつけて一緒に弁当を食べている姿は、よそから見ればまるで仲良しあつあつカップルの様に見えるのかもしれない。

 だけど、七塚先輩と僕はそんな関係では無い。

「ほら、早く」

「弁当くらい自分で食べられます」

「ダメ、これは命令よ?」

 黒く澄んだ瞳で僕を真っ直ぐと見つめながらに七塚先輩は言う

 結局、僕は押しに負け渋々と口を開くと七塚先輩は愛おしそうに食べさせてくれる。そして、口に入れた唐揚げをちゃんと飲み込んだことを確認すると七塚先輩は『よく出来ました♪』と僕の頭を優しく撫でてくれた。

 その光景はまるで、ペットを可愛がるかのように――

「よし、良い子だね」

 七塚先輩は嬉しそうな笑顔を僕に向け無邪気に言う

 どうしてこうなったのだろうか?未だに訳がわからない

 ようやく弁当を食べ終えたと思っていると七塚先輩は、お嬢様の様な立ち振る舞いであでやかな黒の長髪をなびかせながら席を立ち上がると僕の手を取り

「じゃぁ、御飯も食べたし行くよ」

「……またですか?」

「食後の散歩は大事なのよ?キチンと運動しないと」

「でも、学校内ですることじゃないですよね?」

「これも命令」

 はぁ、どこまで身勝手な人なんだか


 『命令』それは魔法の言葉。

 不思議なもので、この台詞を言われると僕は反論する事が出来ない。

 何故なのか言うと、七塚先輩は『御主人様』で、僕は『ペット』だからである

 この珍妙な関係が出来上がってしまったのは二週間前、僕が高校に入ったばかりの話で七塚先輩と出会ったのはその頃だ。まぁ、昔から僕は冴えなくて取りえも何かある訳でも無い。

 小学校も中学校も何故だかいつも席順は教室の一番と後で存在感すらあるのか疑問。

 勿論、こんな目立たない僕だから彼女とかだって居る訳もなかったし、友達もそんなに居るわけでもなかった……いつも、輪に入りきれず浮いていたのは確かだ。

 そういや、女子の友達もあんまり居なかったかな?モテないのか?目立てなかったのか?

 どちらにしても、良い事なんてあった覚えは無い。

 そんな僕でも高校生になった訳で、この城聖学園に入学したてだった頃は文字通り右も左も分からずにいた。その時、初めて僕に声をかけて来たのが一つ上の先輩、七塚乃恵美なつかのえみ

 僕の『御主人様』である。

 七塚先輩と出会ったのは校門前、お嬢様の様に可憐な姿に僕は釘付けだった。

 俗に言う、一目惚れと言うやつだ。

 けれど僕の思い描いていたイメージとは少し、というか大分違っていた様でとても不思議な人。だって、初対面の僕に開口一番で放った言葉が『ねぇ、キミ。私のペットになってよ』

 これは冗談ではない、こんな馬鹿げたことを真面目に言っているのだから。無論、そんな馬鹿げたことを言われてすぐに首を縦に振るほど僕は狂っていない。

 僕のどこに興味を持ったのかなんて知らないし、何をしたいのかもわからない。けれど、憧れの人に気に入られたのは悪い気がしなかったから、反論も出来ずに今に至る訳である。

(でも、本当はこんな関係を望んでいるわけではないんだ……)



 散歩、と言っても大抵コースは決まっている。教室を出て、ダラダラと廊下を歩き、購買部でジュースを買ったら中庭のベンチで日向ぼっこ。雨の日は外に出れないので散歩は休み。

 そんな他愛も無い日常が今日も繰り返される訳である。

「う~ん、今日は天気が良いわぁ」

 中庭のベンチに腰掛ける七塚先輩は気持ち良さそうに腕を伸ばし宙を仰ぐと大きく背伸びをしながら言う。その動作は、まるで猫が毛伸びしている仕草の様にとても可愛い。

「桐崎君もそう思うでしょ?」

「えっ?あぁ、はい」

「まったく、相変わらず冴えない返事ね」

「なんて言って欲しかったんですか?」

 突然の質問に呆れた表情を作ると七塚先輩は

「はぁ、例えば『暖かくて気持ちが良いですね』とか『雨が降らなくて良かったです』とか色々あるでしょ?どうしてそういつもネガティブ思考なのかなぁ?桐崎君は――」

「そういうことですか」

「むぅー、桐崎君いまなんかバカにしたでしょ?」

「いえ、別に」

 ほんと、めんどくさいなぁ。別にバカにしてないんだけどな……

「いいわ。今日は、う~~~んっと可愛がってあげるから!」

「はぁ……何でそうなるんですか?」

 僕の意見は、まったく聞く耳を持たないんだからこの人は

 しばらく付き合ってみてわかった事。七塚先輩は、結構わがままな性格だということである。いや、結構どころか凄くわがままな人かもしれない。それでいて自分勝手だし

 パッと見は、どこかのお嬢様みたいにしとやかで気品ある風貌をしているのに中を開けて見ればコレだ。

 まったく、今でも七塚先輩が何を考えているのかわからない。

「う~ん」

 あぁ、なんか考えているよ

「う~ん……」

 今度は何をさせるつもりなんだか

「これに決めた!」

「なんですか?」

 もう、何でもいいよ。どうせ僕の意見は聞かないだろうし

「今日から桐崎君の家に住む」

「あぁ、家ですか」

「そうよ、家よ」

「……家?……はぃぃ!?」

 いや、そうだ京都へ行こうみたいなノリで言われても……

(な、なにを言っているの?)

 僕にペット宣言したあの時と同じだ。

 またも七塚先輩は、とんでもない事をさらりと口にする。勿論、今回も冗談で言っている訳でなく至って真面目な物言いである。相変わらず毅然とした態度で言い放つ七塚先輩だが、どうしてこうなったのか、状況を整理してみるがどこから考えていいものか。

(これは、僕が悪いのか?)

 等と思っても、七塚先輩がコレと発言したら僕には反論する術は無いわけで

「いい?これは命令よ」

 でもまぁ、いくら命令といっても流石にそれはないんじゃないか

(ん?待てよ……七塚先輩は『泊まる』じゃなくて『住む』って言ってたような?)

「あのー?七塚先輩?」

「どうしたの?」

「い、一泊するだけですよね?」

「違うわよ。だから『住む』って言っているじゃないの?」

 七塚先輩は僕の質問を何の迷いも無くぶった切ってしまう

「で、でも!七塚先輩だって家があるじゃないですか!?」

「えっ?いま住んでいる家?それなら売り地にしちゃうから大丈夫よ♪」

「……はっ?」

(平然とした顔でなにを言ってるんだこの人は?)

「家ならいっぱいあるから。別荘だってあるわ」

 どこまで謎の多い人なんだろうか

 しかし、この話の流れから察するに七塚先輩は『お嬢様みたい』じゃなくて生粋きっすいの『お嬢様』なのかもしれない。そう考えれば辻褄が合う。

 でもまさか平気で家を売りに出すなんて……まだ修理すればいくらでも使えるのに、飽きたから新しい物に買い換えてしまおうと言う様な感覚だ。

(七塚先輩は本当に何を考えているのだろうか?)

「でも、急にどうしてですか?」

「桐崎君って独りだよね?」

「えぇ、まぁ。高校からはアパートで一人暮らしですから」

 私は何でも知っているのよと言いたげな顔で問いかけてくる

「じゃぁ、問題なしね」

「えっ?いやいや!問題大ありですよ!」

「どうして?」

「どうしてって、そんな真顔で言われても……」

 正直、七塚先輩の瞳に見つめられると僕は何も言い返せない

(それに僕にだって心の準備と言うものが……)

 すると、七塚先輩は一つ溜息を漏らすと僕に言い聞かせるように

「いい?主人がペットの側に居るのはごくごく自然なことだと思わない?」

「……はぃ?」

「だって『ペット』を独り寂しく生活させるなんて主人失格よね?学校でしか面倒みれないなんて、放し飼いしているようなものじゃない?」

「ぃ、いや……ですから」

 僕の話を聞いてくださいよ

「そこで、考えたわけ。だったら一緒に住んでしまえばいいんじゃないかなって。そうすれば、桐崎君とも毎日一緒でしょ?ねっ♪」

 言い切った七塚先輩の顔は実に充実感が溢れていた

(いやいや、そんなとんでもない事を可愛く言われても僕は何と返せば……)

「えぇ~と、もし嫌だと言ったら?」

「さっきも言ったよね?これは、め・い・れ・い♪桐崎君に拒否権は無いの」

「……僕にプライバシーはないんですか?」

「それを決めるのも私だもの」

 どこまで身勝手な人なのだろうか


(これって犯罪?住居者の同意無しに勝手に家に入り込んでくるって……不法侵入にあたりますよね?僕的には精神的苦痛も味わっている訳で、これだけでも十分告訴できるよね?)

 色々と思うところや、突っ込むところもあるけれど、僕にそんな事を言える程の勇気がある訳もない。言ったところで誰が証言してくれるだろうか?

 あくまでこれは、僕と七塚先輩の問題で証言してくれる第三者的な人は居ないのだから。

 つくづく、自分が情けなくなってくる。

 本当にどうしてこうなってしまったのか?

 出来れば僕は、もっとまともな関係で七塚先輩と付き合っていたいんですけど。

 どうすればいいんですかね?誰か教えてください……


「桐崎君の家ってアッチだよね?」

「あ、はぃ」

 どうして、僕の家がある方角まで知っているのか疑問になる

「じゃぁ、さっそく学校が終わったら」

「今日からですか!?」

「善は急げと言うじゃないの」

 ワクワクと期待に満ちた瞳を僕に向け言う

「ちっとも、僕には善じゃないですけど」

「大丈夫。きっと楽しいから♪」

 なにが楽しいんだか、それは七塚先輩だけでしょうが

 その日の昼休みは僕にしてみれば、今までで一番長いと感じる休み時間だった。



 昼休みの一件からの僕は勿論、授業など頭に入る訳もなく考える事は、これからどうするべきか?等という軽い人生設計に思いを巡らせていたわけであるが、やはり時間は待ってくれないようで無情にも放課後はあっという間にやってくるのだった。


「じゃぁ桐崎君、帰るわよ」

 あたかもこれが普通の日常の様な素振りで七塚先輩は僕に言い寄ってくる

「そうですね……」

 あれは気のせいだ。うん、きっと気のせいだ

 何かの聞き間違いだったに違いない。むしろ、そうであってほしい。

 そう思いながら校舎を出て校門を過ぎたところで僕は七塚先輩の動向に足を止めると

「あのー?」

「ん?なに?」

「……七塚先輩の家は逆方向ですよね?」

「……」

 いや、無言で僕に笑顔を向けられても逆に怖いんですけど

「何を言っているの?桐崎君『私達の家』はこっちでしょ?」

(いま、何か聴こえたような……私達の家?)

「マジデスカ?」

「だから言ってるじゃないの」

「やっぱり来るんですか?冗談でなく」

「私が冗談を言った時があって?」

「あ、ありません……」

 確かに七塚先輩は、いつも冗談みたいにとんでもない事を本気で口にする

 悪夢だ。こんな変な関係が始まりだして早二週間、学校内だけで収まってくれているのならば百歩譲って良しとしよう。だが、それが日常生活で四六時中となると話しは別で、僕の体も心も持たなくなってしまいそうだ。

(もう、僕にどうしろと?)

 そもそも、七塚先輩は僕をペットと言うが家に住んでまで世話をする義理は何だろう?そこまでに僕はダメな奴だと思われているのか?だとしても、尚のことわからなくなってしまう。

 どうして、そんなどうしようもない僕の相手をするのか、ただ七塚先輩に遊ばれているだけなんだろうか?やっぱり何を考えているのかさっぱりだ。


 なんだかんだ言っている内に僕はアパートの玄関先に到着していた

「ここが桐崎君の住んでいるところねぇ」

 あぁ、ここまで来るともう後戻り出来ないな

「そうですよ」

「うん、そっか。ただいまぁ♪」

「えっ?ちょ!」

 七塚先輩は、あたかも自分の家に帰ってきたかの様に玄関の扉を開けると自然な動作で足を踏み入れていた。

「ん?どうしたの?」

「いや、どうしたじゃなくて……『ただいま』って何ですか?それは僕の台詞です!」

「なんだ、そんな事?今日から一緒に住むのだから気にする必要ないじゃない?」

 気にしているから言ったのですけど

「アパートって意外と狭いものなのね」

 七塚先輩は家に上がり込むなり物珍しそうに辺りを見渡しながらに呟く

「そりゃぁ、そうですよ」

 お嬢様育ちの七塚先輩には窮屈過ぎるだろうけど僕からして見ればこれでも十分なくらいだ。

 七塚先輩は、くるりと振り返り僕の方へ向きを変えると

「それで?」

「えっ?」

「それで私の部屋はどこ?」

 その一言で僕の全てが凍り付いてしまった

 こんな安い家賃で探し当てたアパート。安いわりに結構インテリな内装となっているのが気に入ったのだ。だが6畳一間しかないのに部屋などと言う大層なものは存在する訳が無い。

 キッチン、風呂、トイレが完備されていたのは貧乏な僕としては救いだった。そんな一人で生活するのがやっとな環境に、どういう訳か住居者が一人増えてしまい、それも女の子と同居と来た。

 挙句の果てには、ある筈の無い部屋を要求されるなんて……

「ここが部屋です」

 ここぞとばかりに僕は6畳の狭い室内で両手いっぱい広げ言うが、七塚先輩は意外にも驚くどころが

「うーん、まさにペット小屋って感じねぇ」

 何度も頷きながらに言う

(余計なお世話だ!)

 この人は本当にどういう神経をしているんだろうか?

「じゃ、私はどこで寝ようかしら?」

 でたよ、ついにでちゃったよ。この言葉が

 だって、ベッドはあるけど狭いだけに置けるのはパイプ作りのシングルベッドが一つしかないわけで、この場合は空気的にどう考えても僕が下で寝ることになるんだろうな。

「あっ、ベッドがあるじゃない」

 ほら、やっぱり見つけた

「……七塚先輩が使っていいですよ」

「そう?悪いわね」

 これでいい、これでいいんだよね

「僕は布団でも敷いて下で寝ますから」

 

 なんだかんだ言って結局は、こうなってしまうのか。というか、入学してから一ヶ月も経っていないのに一年も過ごしてきてしまっている様な疲労感を感じるのは何故だろう?

 物事が疾走とし過ぎていて気付けば高校生活二週間目にして、一目惚れした先輩と僕は同居してしまっている。もう、一体なにがなんだか……

 あぁ、本当にこれから僕の生活はどうなってしまうのだろうか?


◇◇ ◇◇


 さっぱり眠れなかった。だって、女の人を家に上げるだけでも初めての事なのに泊めたというよりは同居しているのだ。

 しかも、お相手は僕が一目惚れした先輩

 なんだその羨ましい展開は、と言う人もいるかと思うが今の僕にとって見れば羨ましがられる様なものには思えない。何故かと問われると、自分の家に居るというのに僕には『自由』と言うものが存在しないからである。

 ここは僕の唯一の場所なのに、同居した時点から主導権は七塚先輩へと変わり自分の家でも僕は七塚先輩の言いなりになっているからである。

 別に弱みを握られているから言いなりになっているとか、そんなわけでは無い。

 これは本当にどうでもよくて、純粋な理由

 今までモテた事も女の子に相手された事もなかった僕だ。

 七塚先輩から色々と弄られているけど内心は構ってもらうだけでも嬉しいのかもしれない。だけどね、あくまで僕は純粋な付き合いをしたいわけであって七塚先輩の『犬』に成り下がっていたいわけではないのだ。

 まぁ、最も七塚先輩からして見ればそんな事は少しも考えたこともないだろうけど……

 

「起きて下さい。遅刻しますよ?」

 七塚先輩は意外に寝起きに弱かった

 布団に包まりながら「寒い……」とか「もう少しだけ~」とか昨日の強引な七塚先輩からは想像も出来ない様な言葉を漏らしていた。

 しかし、僕も居るというのに何て無防備なのだろうか?この人は……

 七塚先輩の綺麗な太ももは布団がずれてしまったのか、隠しきれず少し顔を出している。

(……ん?太もも?)

 何故に生足なんですかね?もしかして、穿いてないとか言うんじゃないよね?でも、実際に生足出てるし……でもまぁ、流石に下着くらいは穿いているはず

 無防備にも程があり過ぎます。でも、正直なところは何と言うか

(ご馳走様でした……)

 そりゃぁ、僕も男なわけでこんなところを見せられたら色々と想像してしまうのは当然だと思うのですよ。

「桐崎君?」

「へっ?」

 おもわず腑抜けた声を出してしまった

「どうしたの?」

「えっ?あ、いや別に何でもないです!」

「そう?」

 いつの間にやら七塚先輩は深い眠りから、お目覚めになっていたようであったが布団から体を出した姿を見た僕は呆然としてしまう。

「あの、その……」

「なに?」

「……どうして、ズボンを穿いてないんですか?」

 パジャマ姿の七塚先輩は上半身は着ているが、下半身は下着のみという何ともエロティックな姿であった。

「だってこの方が寝やすいのよ」

 そんな当然の様に言われても

「寝やすいとか寝にくいとか、そういう事じゃなくてですね――」

「なにかあるの?」

 下着姿で言う事ですか?本当にどういう神経しているんだか

「は、恥かしくないんですか?」

「え?気にしないけど?もしかして気になる?」

「もしかしなくても気になります!」


 こんな無防備な姿をさらしているのに何で平然とした顔で、そんな言葉が出てくるのか。

 本当に七塚先輩の考える事は、さっぱり理解出来ない。

 等と大層な事を言っている僕であるが、ここぞとばかりにしっかりと七塚先輩の下着姿を頭に焼き付けていた。勿論、着替えも場所を選ばずお構い無しにしようとしていたので僕は交代制にしましょうと言う提案を七塚先輩に出すことにしたのだが……

 やっぱり、僕の意見などは一切通る筈もなく

「ダ~メ」

「……えっ?」

「まったく、着替えなんて見られても何も減るものじゃないのに」

 それって、女性が言う台詞じゃないですよ

「えぇ~と……」

「ほら、早く着替えないと遅刻するよ?」

 僕が居るのに、なんでそう平然と着替えするのだろうか

「ト、トイレで着替えて来ます!」

 思わず逃げてしまった。

 もう恥かしさMAXで我慢の限界だったから。なんか、あれ以上居たら自分を保てなくなりそうな、色々と危険な感じがしてしまったので逃げるしか無かったのだ。

 はぁ、僕の自由はどこに行ってしまったのだろう。

 その後、僕は学校に遅刻こそはしなかったが登校したばかりで全授業を終えたかの様な疲労感を感じてしまっていた。

 一方の七塚先輩は教室に着いてからも、ずっとご機嫌斜めのようであった。



 七塚先輩は椅子に腰掛け机の上で肘杖を作ると不機嫌そうに頬を膨らませながら僕に言う 

「まったく、桐崎君は大袈裟すぎるのよ」

 その言葉そっくりそのまま返します

「でも、普通だったらあんな事はしないと思います」

(まぁ、普通ならね……)

 大体、どこに平然と異性の前で着替えをする女子が居るのだろうか?まぁ、僕の目の前に居る訳だけど、この方は本当に掴めない。わざとやっている訳で無く、それが当然の様にしているのだから余計にたちが悪い。

 とにかく、こんな生活が毎日続くのかと思うと気が重くなってしまいそうだ。 

 七塚先輩は、机に顎をつけ両腕をだらけるように下ろす仕草を取ると

「う~ん、退屈だわぁ」

 なんて、お行儀の悪い格好だ

「ねぇ、桐崎君。なんか面白いことないの?」

「特にないですね、というか授業はいいんですか?」

 一つ上である七塚先輩は勿論、クラスも違うわけだが空き時間になるとこうして僕の教室へとやって来る。

「いいのよ、まだ時間があるから。で、時間があるから何かない?」

「だからなんでそうなるんですか?なにも無いですよ。大体、こんな短い空き時間で何をしろと言うんですか?」

「むぅー、つまんないのぉ」

「別に普通にしていればいいんじゃ?」

「ひ~ま~な~の~よ~!」

 あぁ、また始まったよ

 不機嫌な七塚先輩は、まるで駄々をこねている『お姫様』のようになってしまう。こうなってしまうと手が付けられない。まったく困ったもんだ。

(僕としては平凡が一番な訳で、別に暇でもいいじゃないですか?)

 と、そんな僕の願いも叶うはずがない

「う~ん……」

 今度は何を考えているんだろうか

「♪」

「ど、どうしたんですか?」

 七塚先輩は、ついさっきまで悩んでいたかと思えばコロリと表情を変え無言でニコニコとした笑顔を僕に向ける。その無言が僕にはとても恐ろしかった。

 すると七塚先輩は、ずいっと僕の方へ身を乗り出すと少し甘えた声で

「聞きたい?」

「えっ?あ、まぁ……」

 正直、聞きたいか聞きたくないかで言われたら、聞きたくはない。

 どの道、聞いたところで苦労するのは目に見えている。それと、七塚先輩の眩しいくらいの笑顔や甘えた声が余計に怖い。可愛い顔をしているけど、きっと今まで以上にとんでもない事を言い出すに違いない。天使のように眩しい笑顔。

 いやいや、僕にとってみれば小悪魔のようにしか見えてならない。

「どうしようかなぁ~?」

「言いたくないなら別にいいですよ」

 知らないほうが幸せなこともある

「じゃぁ、今は言わない」

「へっ?」

 僕は思わぬ返答が返ってきたことに気の抜けた声を出してしまう

「うん、楽しみはとっておくものよね♪」

「…………」

 やっぱり、そうなるのか

「どうしたの?桐崎君、顔色悪いわよ?」

「ぃ、いえ……大丈夫です――」

「そう?じゃ、楽しみにしていてね」

 すいません、僕は全然楽しめないですけど

 そして、七塚先輩は授業があるからとだけ言い残して教室を去って行き、僕の心の中にはとてつもない不安だけが残されてしまった。

次章からは、ペットにされてしまった涼の新たな日常が始まる

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