第一話
見るものを魅了するほどに美しい黒髪は腰のあたりで切り揃えられ、ポニーテールに纏められていた。目鼻立ちは信じられないくらい整っており、体格もスレンダーで非の打ち所が無い容姿だ。しかし、唯一欠点というか、なんというか、
「トントン、トントン、トントントーン、今日も楽しい朝が来た~♪」
彼女は現在進行形で朝食の準備中だ、ただし裸エプロンで。夫としては嬉し恥ずかしで、止めてもらいたいような、そのままでいて欲しいような。という感じで、只今葛藤中なのだが。彼女はそんなことを全く気づきもしないんだよな、これが。
「あ、おはよ~、棗さん もうすぐ朝食が出来上がるから待っててね♪」
「う、うん、ありがとう、魅緒」
うーん、これが新婚生活というものか。朝から仕事なのに、このままだとまずいな。目のやり場に非常に困る。まぁ、家の中だからそう関係ないんだけどね。
「棗さ~ん おはようのチューしよう♪」
などと、彼女は俺の理性をお構いなしにデストロイしようとしてくるではないか。朝食の準備はどうしたんだ、ってもう終わってるし! いつの間に? ていうか、このままだと、仕事に大きく支障が出でくるのではないか? いえ、間違いなく出るでしょうな。
「朝からそんなことできるか!」
「う、うえ~ん、ごめんなさ~い だって、棗さんが大好きなんだもん」
ぐ、ぐは! そ、そんなこと言われたら理性を抑制できませんよ。涙目で見上げてくるなんて、卑怯すぎるのではありませんか。
「し、仕方がないな チュ、チューだけ――」
「わーい♪ 棗さん、大好き~」
返事を最後まで聞かずに、魅緒は俺に抱きついて、唇を奪ってきた。な、なんて可愛んだー! 小鳥がついばむようなチューを何度も何度もしてきて、俺の理性を確実にデストロイしてきやがった。まずい、これは非常にまずい、
「み、魅緒 チューはこれくらいにして、朝ごはんにしような」
「えー、もっとチューしたいよ~」
ごねる魅緒をなんとか引き離して、テーブルに腰をかける俺。すまん魅緒、これ以上はさすがに無理ッス。渋々魅緒もテーブルに座るが、やはり不機嫌になってしまったな、
「仕事が終わったらすぐに帰ってくるから、そんなに不機嫌にならないでくれよ」
「う、ん…わかった 棗さんがそう言うんだったらそうするよ」
ふー、良かった良かった、これで一安心だな。と、一息ついてテレビの電源を入れた。
『続いてのニュースは、本日未明にゴミ処理場にて男性の遺体が見つかった事件です』
ん? ニュースキャスターの声を聞いた途端、魅緒の周りの空気が一変した気がするが、気のせいなのか。
「どうした? 何か気になることでもあったのか?」
「……う、ううん! 何でもない何でもない、気にしないで」
魅緒の返事が少し遅かったようだけど、大したことでもなさそうだし、気にすることでもないな。おっと、そろそろ時間が押してきてるようだな、急がないと、
「ごちそうさまでした、食器の後片付け頼んだよ」
「うん、わかったよ お弁当もちゃんと作ってあるから、忘れないでね♪」
おお、お弁当があるのか! これは同僚に自慢し放題だぜ。スーツはもう魅緒が準備してくれたようだな。よし、これで準備万端だ。
俺はもう一度魅緒に唇を奪われてから出社した。
「行ってらっしゃーい 早く帰ってきてねー♪」
あーあ、棗さん会社に行っちゃったなー。どうしてこんなにアピールしてるのに、相手にしてくれないのかな? これ、ホントはすっごく恥ずかしいのに、
『先ほどのニュースですが、速報が入ってきました。男性の遺体には無数の鳥の羽のようなものが付着していたようです』
あれ? 最近思ったけど、『死』っていうものに敏感になってきたような気がするなー。う~、さすがに、この格好は涼しすぎるかな? もう、秋だし風邪引いちゃうかも。
(……魅………緒………魅……緒…魅緒)
わ!! なんか気色悪い声が聞こえてくる! なんだろう? 家には私しかいないのに。まさか、幽霊とかないよね……ねぇ、誰かないって言ってよ~
(魅…緒、っておい! さっきから呼んでるんだから返事くらいしろ)
「はっ、ハイ!! ごめんなさい、許してください、何もしませんから、どうか命だけはお助けを~」
って、なにを口走っちゃってるの私はー! もう土下座までしちゃってるよ~(涙)
(は~、今のお前じゃ話にならない。早く出てこいよ、魅季)
えっ、えっ、なになに? 魅季って誰のこと? 私、どうなっちゃうの~ って、あれ? なんか眠くなってきたよ~
(おい、やっとお目覚めかい、眠り姫様 ハハッ)
「…この幽霊野郎、焼き殺すぞ っで、一体なんのようだ? こんな朝っぱらに、しかも魅緒とコンタクトを取ってんじゃねぇぞ、このゴミ」
あー、クソ! 目覚め方が最悪だ。なんなんだ、この格好は? また魅緒のやつ、変なことしやがって。まったく~、こんなことしなくても棗は私達にべた惚れなんだよ。
(おおっ、怖い怖い、でも俺は焼き殺せねーぜ それにしても、まだこんな狭いアパートに暮らしてるのかよ ハハハハハ~)
「うるさい! おまえには関係無いだろ……ここは棗がくれた大切な私の居場所なんだ、なにがあってもここから離れないからな! おい、レニーレウス、ムダ話をするために来たんだったら私はもう戻るぞ」
(おっと、すまん、少しお喋りになっていたようだ。おまえを呼び出したのは他でもない、クライアントが消されたことについてだ)
「ほーう、それがどうしたんだ? 私にはクライアントなどいなかったはずだが」
(これを聞いても動かずにいられるかな~?)
「ん? なんだ」
(このままじゃあ、おまえの旦那、死ぬぞ)
「おい! 棗が死ぬってのは、どういうことだ? 棗にもしものことがあったら容赦しないぞ、この野郎」
(おー、やっとノリ気になったかい?)
「御託はいい、早く教えろ!」
(おいおい、急いだっていいことないぜ、 怒りっぽいお嬢さん♪ まあ、順を追って説明するからよーく聞いておけよ 今回のクライアントはテロリストの一員だ 朝からこいつのニュースが流れてるはずだろ?)
「そうなのか、おまえもわかっていると思うが魅緒とは感情はリンクしているけど、記憶はそんなに共有していないんだよ」
(ああ、そうだったなスマンスマン それで、そいつが仲間を裏切ったんだ、作戦直前で怖じ気づいちまったようだな そこで頼りにしてきたのが俺たちイマータルウィングスってわけだ そいつは俺達に保護してもらおうとして、手土産に奴らの作戦の要であるバイオ兵器を持ち出したらしいんだが、生憎殺されちまった そんで、お前の出番だ お前の能力でそれを見つけ出し、回収してもらいたい)
は~、良かった~。棗が直接狙われてるわけじゃないんだな。それだったら、もうどうでもいい。棗さえ無事なら、私は。でも、
「あーあ、またバカな奴らが現れたわけか わかったわかった、私はそのバイオ兵器を回収して、そのテロ集団をぶっ潰せばいいんだな?」
棗の害になるものは、なんだって確実に排除する。それが私であり、私の存在意義なんだ。
(そこまでしなくてもいいが、今回はちょっと厄介でな、そのバイオ兵器は既にテロリストに回収されちまった可能性があるんだ。今、この瞬間にここが死の街になっちまうかもしれねえ まあ、肉体のない俺には関係のないことだがな)
「チッ、使えないやつだな レニーレウス、換装を頼む、大至急だ」
(人使いが荒いこった ハイよっ、いつものこれだろ)
一瞬光ったかと思ったら、私の体は漆黒の装束で包まれた。これだこれ、いつものタイトに体を絞めつけてくれるこの衣装が一番私の性に合ってる。
「ハハッ、人使いじゃなくて、幽霊使いだろ 自分をなんだと思ってるんだ?」
(そんな無駄口を叩いてる暇があるのかい? 嬢ちゃん♪)
これだから、私はレニーレウスが嫌いだ。ちゃっちゃと終わらせて棗のいるこの家に帰ってくる、絶対にだ!
ふぅ、疲れた~。残りの仕事も片したし、魅緒の愛妻弁当を見せびらかせに行こっかな。おっと、見せびらかせるのに、ちょうどいい奴が来たな。
「おい、桟敷 昼、まだだったら一緒に食べに行かないか? まさかと思うが愛妻弁当なんか持って来てないよな~」
勘のいいやつだな。犬並みに鼻が効くんじゃないのか、こいつ。
「わるいが、おまえの言うとおり、魅緒の愛情が溢れるくらい込もった弁当があるんだよ 村上も早めに結婚しろよな」
「く~、おまえも最早既婚者になってしまったのか 負け犬がひとり、また一人と消えていくけど、もしかして、みんな俺を仲間はずれにするつもりなのか? 待ってくれ―、俺を一人残さないでくれ~」
やっぱり、村上といると面白いな。こいつとは高校からの付き合いだから、色々と腹を割って話せる、いい友達だ。だが、その反面、
「魅緒さんって、すっごく美人だよな~ どうやってあんな上物をゲットできたんだ? 教えてくれよ なっ、いいだろ? 俺もあんなお嫁さんが欲しいけど、彼女いない歴=年齢の俺には一生できないかもしれないな でも、俺は絶対に諦めないぜ どんな努力だって彼女を作るためには惜しまない だから、何か裏技とかアドバイスとかくれないか?」
しゃべり始めると、かなり鬱陶しい。
「まあ、運命っていうやつが俺達を巡りあわせてくれたんだろうな。村上にもいつか素敵な結婚相手が見つかると思うよ だから、そう焦るなって」
「そ、そうか 桟敷が言ってるなら間違いないか だったら、俺は素敵なお嫁さんを待ち続けるぜ」
まあ、きっと素敵なお嫁さんには巡り合えないんだろうな。よし、適当に言いくるめて、遊んでみるか。
「村上って下の名前がかっこいいから、それを全面に出せばモテるんじゃないのか? 『俺、朱雀っていうんです 付き合ってください』って言えば女子なんかイチコロだぜ」
「ま、マジで! そんな事知らなかったぜ」
「よーし、じゃあ、そこのビジネスウーマンにアタックしてこい!」
「わかった! 行ってくるぜー!!」
ば、バカだー! こんなことホントに信じるんじゃねーよ。何でこの会社にあんなバカがいるんだ! 俺、入社した会社間違えたか? 真剣に退社でも考えようか。っていうか、早! あいつもう玉砕してやがる。この間に、俺は退散するか。
「おーい、村上諦めずに頑張れよ 俺はもう行くからなー」
「こ、この嘘つきめー!!」
お? なんか遠くで『嘘つきめー!!』とか聞こえたが気のせいだな、きっとそうだ。気にしない、気にしない。気の迷いが出てしまう。それじゃあ、お待ちかねのランチタイムといきますか。
「あのー、すみません」
ん? 俺のことを呼んでるのか。っていうか、めちゃくちゃ胸がでかいな。でも、絶対魅緒のほうが可愛いな。
「はい、何でしょうか?」
「コインロッカーを探しているのですが、どこにあるか教えていただけませんか?」
「ああ、コインロッカーだったら三階の会議室の隣にありますよ、と言ってもわかりませんよね 自分が案内しましょうか?」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
はぁ、俺のランチタイムがどんどん少なくなってゆく~。でも、人助けは悪くないな。
「おい、レニーレウス バイオ兵器がある場所はある程度検討がついてるんだろうな?」
(まぁ、そうなんだが、そこもまた厄介でな、ビルの密集地帯のあたりにあるんだ 出来るだけ早く回収してくれよ 人格が入れ替わるときに予想以上に時間が掛かっちまったからな)
ビルの密集地帯だと? たしか、棗の勤めてる会社がそこにあったはずだ。もう昼も過ぎてるし、早くしないと、
「そうか、だったら早く行くぞ」
(久しぶりの仕事だから、姿消すのを忘れるなよ 空を飛んでるところなんか見られたら、まずいからな)
「それぐらい、わかってるっつーの 黙ってろ」
私はベランダから飛び出した。空を飛ぶのは、かなり久しぶりだ。姿を消すことは勿論忘れていない。意識を集中させて、目的の物を探しだした。一定範囲内なら、どんなものでも見つけ出すことができる。
「見つけた! こ、ここは…」
(ん? どうした魅季?)
どういうことだ? ここは棗がいる会社じゃないか! クソッタレ!! ここに隠したテロリストのやつ、生きていたら、最も残酷な方法で殺してやりたい。
「な、何でもない… い、今から回収に行く」
(なんでもないならいいが、変な感情を挟むんじゃないぞ)
「ああ…わかってるよ」
ビルの屋上に着地した。どうも屋上は立入禁止になっているようだ、都合がいい。バイオ兵器は地上三階あたりにあるが、人が多すぎる。これじゃあ、面倒だな、
「おい、システム類にも干渉ができただろう? 火災報知器を鳴らしてくれ、できればスプリンターもだ」
(ああ、わかった それぐらい簡単だな)
その瞬間けたたましいサイレンが鳴り響いた。これで、中にいる棗とその他大勢は外に無事避難してくれるだろうな。
(お前にしては、今回は少し消極的な気がするな)
「か、関係ないだろ」
私は素早く、棗を見付け出した。な、棗のやつ、女といる。しかも、あの女、私の胸よりかなり大きい。どういうことだ、棗は小さい胸の方が好きだって言ってくれたのに。許せない。あの女、殺す。
「…よし、ビルに侵入するぞ」
(待て魅季、お前は人払いをするために警報を鳴らしたんじゃないのか? まだ、一分も経ってない)
「うるさい、黙ってろ…」
任務なんて関係ない。今はこっちの方が一刻を争う。
「わぁ! 何なんだ? 火災か? は、早く逃げないと」
「い、いえ そんなことできません、ロッカーの荷物を取りに行かないと」
なにを言ってるんだこの人は? 命より大切な物なんてないだろ。仕方がない、
「自分がその荷物を取りに行くので、先に逃げててください 鍵があったら渡してください、あと連絡先も」
「本当に、そんな事いいですから、あなたこそ先に逃げてください ここまで来れば、大体の場所は検討つきますから」
ホントに聞き分けのない人だな。それだけその荷物が大事なわけか。と思った瞬間、
「きゃっ!!」
わっ! なんだ? いきなり彼女が吹き飛んだ。慌てて周囲を見渡すが、特になにも見当たらない。彼女に駆け寄ってみるが、ぶつかった壁にはヒビがはいっていた。一体何が起こったんだ?
あんまり、楽しくないかもしれなかったですね
続きはあるのかな?