幽霊はいない
「なあ、幽霊なんて信じるやつって馬鹿じゃないか?」
「うわ、びっくりした……。いるよ、目の前に」
俺の横にいるアキラが話しかける。急に現れるもんだから、心臓が止まるかと思った。
「は? 意味わかんねぇ。俺はこうして生きているじゃないか。廃墟に行ったあと、いつも『女の人がこっち見てる』とか言うけどさあ……オレ、そういう冗談嫌いなんだよね」
いやいや、だからおまえの――と言いかけて、飲み込んだ。
「現に見えてるし、廃墟探索の時もマジでいたし、おまえだって宇宙人はいるとかほざいてたじゃん」
「ああ? 宇宙人はいるだろ! どんだけ広いと思ってんだ、宇宙だぞ」
鼻息を荒げ、声高にN澤さんみたいなことを言う。どこかの教授と討論してもらいたいとこだ。
それにしてもこの悪友は生前も同じことを言っていたな。今、横になりながら心霊番組を観ているが、当時のアキラもなにも信じず、俺を廃墟に連れ出しては「ほら、なにもなかっただろ?」と証明したがる。
今も俺の隣で同じ画面を見つめているが、うるさくてかなわない。
『パキッ。タタタ……』
『なんの音? ちょっと待って、ちょっと待ってよぉ』
「動物かなんかだろ? ビビりすぎ」
(いや、がっつり映っているし……)
俺には見えないものが見える。それを打ち明けた時も、こいつは否定していた。たしか「幻覚だ」「気のせいだ」「病院、紹介しようか?」と散々だった。なら肩にある白い手はなんだよと言いたかった。たまに白い手は顔を出して、こちらに会釈するもんだから、俺も反応したら「なにペコついてんの、キモ」だと。こっちだっておまえにペコペコしてんじゃねーよ! 俺はおまえの背後霊に挨拶してるだけだって。言っても信じないし、全力で否定してくる。だから俺はあまり反応しないようにしてんのに、背後霊は陽気なやつなのか、目が合うと手を振ったり、アキラの頬をつまむフリまでする。こっちは笑いを堪えるのに必死だ。
『次は心霊写真のコーナーです。一枚目はこちら。……おわかりいただけただろうか』
「シミュラクラ、な?」
「な?」じゃねぇ。こっちは写真の顔の他に、画面いっぱいにおっきな目が見えているんだって。
どーせ信じないんだろ? 知ってんだって。だから「な?」の答えは無言が正解。ここは黙って集中して楽しんでいるふりだ。
「わーすげー。顔があるー」
我ながら棒読みだが、アキラはなおも「シミュラクラ、シミュラクラ」と覚えたての言葉を使いたがるガキのように繰り返している。
――そうだ。
「なあ、アキラ。今度、心霊スポットにでも行くか」
俺はいいアイデアを思いついた。
「んあ? いいけど」
こいつが幽霊なら、幽霊が見えるはず。いいぞ、冴えてる。そしたらアキラは幽霊の存在を認めざるを得ないだろう。そして今まで嘘つきって言ってごめんと言わせてやる。
「んじゃ、明日な。今日は泊まってけよ。布団は譲らねーけどな」
「なんだよ、ケチ」
口を尖らせる悪友は、しぶしぶ座布団を枕に横になった。俺もスマホを枕元に置いて、眠りについた。
幽霊はどこにでもいる。
俺がバイトしているドラストでも、幽霊がウインドウショッピングなんてのも珍しくない。
「へー、コーイチってここで働いてんだ」
「……なんで憑いてくるんだよ」
小声でアキラに話しかけると「なんか、気になって」とふわふわ浮きながら返された。
いやいや、浮いてんじゃん! 幽霊じゃん! そこで化粧品見てる女の幽霊、ナンパしてみろよ。見えてんだろ? え、見えてないの? なら今夜の心スポ、望み薄じゃね?
「あの人、見える?」
俺が指さした先には例の幽霊さん。
「化粧品見てる人? それが?」
ああ、よかった。見えている。だが、悪友は「好みじゃない」とか失礼なことを言う。
「どこが? 血まみれなとこ?」
「いや、血まみれとか意味わからん。単に細すぎる子は苦手ってだけ」
あー、見え方が違うパターンね。オッケー、理解した。でも俺には血まみれの青白い女の人が、アキラには普通の人に見えるのか。ふーん、ふーん?
これは説得に時間かかるぞ? だって血まみれでも、腕がなくてもこいつには普通の人間と同じに見えてるんだろ? なら、妖怪とかはどうなんだろ。俺は見たことないけど、こいつには見えてたり? それなら反応するか。いや、しないか。「なんか知らん動物」とか思ってスルーしてそう。
「てか、オレお腹空かねーし、眠らなくても平気になったんだけど……もしかして、次のステージにいった? やべー」
「だ・か・ら、幽霊だからだろ!」
やば、声に出てた。しかも結構な声量だったみたいだ。客の視線を独り占めにしてしまった。もちろん、さっきの女幽霊さんの視線も。
「……失礼、しました」
咳払いをして取り繕うと、みんなの目線は商品に移った。
「オレは幽霊じゃないって。てか、宇宙人にキャトられたのかなー? いやー、わりーね」
殴りたい、こいつ。殴れない、霊体だから。
アキラが見えない客がこいつの身体をすり抜けていく。霊体と人間を見分けるコツは、ちょっと透けているか否かだ。さっきの女幽霊も血まみれで半透明だった。あれは透けてなくても幽霊ってわかるけどね。
なんで幽霊はいないって言うのに、宇宙人は信じるんだろう。もし、いたとしても地球に来れるのか? それに宇宙が広いならなかなかエンカウントしないんじゃないか?
そんな疑問をアキラに投げたことがある。
「地球人を……観察しているのさ!」
指を差され、いい声で言われてもやはり納得できない。地球人には見えないように、光学迷彩的ななにかで宇宙人は俺たちを観察しているとか、あれは上位存在だから地球というテラリウムに観察日記をつけている子ども宇宙人がいるかもとかなんとか言ってたが、見えないものをどう信じろというのだ。
そうだ。アキラも幽霊が見えないから信じれないのかもしれない。それなら今夜の心スポではっきりとする。俺には見える。あいつには見えない。悪友は幽霊を見るようになる。アキラは俺に謝って、成仏する。うん、この線で行こう。でも、今だって見えてはいるんだよな。だけど心スポの幽霊はパンチの効いたのが多いからさすがにわかるよな……?
こういうのは考えるより、まず行動だ。実践、大事。
そうしてバイトも終わり、くたくたになった身体を風呂で癒して、靴ひもを固く結び直した。
「履きなれた靴がいいんだぞー。って知ってるか、ははは」
「どんだけ付き合わされたと思ってんだよ。知ってるって」
バックパックには水とお菓子と絆創膏。念のために効くかどうかもわからない百均の数珠も入れておいた。アキラには「百均って」と呆れられたが、ないよりはマシだろ。
「どこに行くん?」
「ないしょ」
行く先がわかっているよりわくわくするだろと付け足すと、悪友は「おう!」と元気のいい返事。空中に浮けるのに自覚なしなんだもんなぁとため息をつき、頭を振った。こんなこと、考えても仕方ない。こいつは馬鹿なんだから。
夜のバスはわくわくする。アキラもそうなのか、ひたすら窓を見たり、シートを触ったりと落ち着きがない。
それにしても……こいつの背後にいた霊はどこに行ったんだろう。葬式の時にアキラの両親や兄弟の姿を思い出す。喪服じゃない人、つまり幽霊も参列はしていた。遺影、棺……おお、そうだ。棺に白い人はくっついてて俺を見るなり、お辞儀していたっけ。最期まで幽霊らしくないやつだったな。でも帰る際には姿は見当たらなかった。誰かに憑いたのか、成仏したのかはわからないけど、あの人も逝くべきとこに逝ってほしいものだ。
「――ってば。コーイチ!」
「うわ、なんだよ。バスん中で騒ぐなよ」
急に大きな声で呼ばれたもんだから、びっくりした。
「なんかコーイチってそういうとこあるよな。なんかぼーっとして話聞かないってか、呼んでも反応しないとことかさ」
「お前みたいに〝べしゃり〟じゃないからな」
「くっらー。コーイチこそ、幽霊みたいじゃん」
なんでこんな風になったのかをこいつに説明してやりたい。幽霊にいちいち反応すると、あいつらはこっちに寄ってくるんだよ。だから心の中を声や文字で埋めて、隙を作らないようにしないといけない。
「……ん? てかこの行き先って」
「次で降りるから」
降車ボタンを押し、悪路を進む。車内はグラグラと揺れ、ゆっくりと曲がり角を曲がっていく。車窓から見える夜景にピントを合わせようとしたが、蛍光灯が反射してよく見えなかった。
「なんかなつかしいな」
「そうだろうな」
こいつにとってここは思い出のある場所だ。
停車し、一人分の料金を払ってバスを降りる。アスファルトが俺の足を受け止めた。
山中はハイキングコースにもなっているので、運動不足な俺でもつらくはなかった。緩い勾配、低い階段。落ち葉がかさりと音を立てる。ああ、こいつもこうして通ったんだな。その日は雨だったから、落ち葉に足を取られたかもしれない。尻もちなんかついてお尻にスタンプができて恥ずかしいとか言ったのかな。
少ししてから広場についた。
「うお、やば……!」
「見えた?」
アキラがうしろに身じろぎ、しがみつく。そこには大きな木にロープで首を吊った人がいた。
「てか、通報したほうがよくね?」
「あれが、幽霊」
風で揺れる幽霊は今もなお、自分を殺し続けているんだろう。
「いやいや、警察に通報してくれよ。オレはなんかスマホ失くしちゃったしさ!」
「いいんだよ。ほっとこう」
冷たいやつと言われたが、この人を救うことはできない。納得するまでほっといてやるのが、優しさだと思う。
その後も首を吊った幽霊を頻繁に見てはアキラが騒ぐを繰り返し、さすがに悪友も閉口していった。
「……なんだここ。こんなとこだっけ」
「そうだよ。俺にはこれが見えていた」
色んな木にたくさんの首吊り幽霊。ぶら下がる脚はだらりと力がない。今にも吊りそうな人を見かけた時は、アキラが止めようとしたが、幽霊に無視され、てるてる坊主が完成していた。
山頂についた時にはアキラもだいぶ無口になっていた。
「ここって前行った時……あれ? 前は――」
「直前は独りだったんじゃないか?」
俺は言葉を続けた。
「雨で寒かっただろ。ほらこれ、百均の数珠」
「そっか、うん。ありがと」
アキラの透明度が増していく。
「でも幽霊なんていないからな。見てもオレは信じない」
悪友らしい言葉だった。
アキラが吊った木に水とお菓子も供える。幽霊なんていない、か。でもな、俺は見えてよかったと思えたよ。またこうしてお前と話せたんだからな。なんで吊ったのかは聞かない。俺にはどうにもできなかったんだと思い知らされるから。
木のそばに白い人がいた。アキラに憑いてたあの人だ。俺と目が合うと笑顔で会釈し、手を振ってくれた。アキラにもそれが見えているようで「こんばんは?」と疑問形のあいさつをしている。
「アキラ、成仏できますかね」
「…………」
言葉はなく、白い人はただうなずく。
「それまで相手してやってください」
口元に微笑みをたたえ、白い人はアキラに手を伸ばした。悪友も手を伸ばし、木のそばに足をおろした。
これでよかったのか。悪友の悩みにも気付けない俺は、泣きながらその場に手を合わせた。
ごめん、ごめんな。




