序章 春はまだ来ず
私は佐伯百合子。大阪生まれ大阪育ち。今年介護の会社ヨリソイに入社する新社会人であり、しがないレズでもある。今日は新卒研修で慣れない土地東京の本社にきているのだがどうやらグループワークをするらしい。東京のメンバーと大阪のメンバーごちゃ混ぜにされグループにわけられ、私は席についた。
周りは見慣れない顔ばかり。唯一知っているのは同じ大阪の同期の眞鍋伸吾のみだ。眞鍋とは直接の関わりは自分自身ないが同じ大阪のメンバーなのでなんとなく顔と名前は知っている。向こうもおそらく同じだろう。残りは東京のメンバーばかり。私を入れて6名ほどのチームだった。
東京のメンバーなんて所詮この研修の時にしか関わらない。顔と名前なんて覚える必要なんてさほど感じていなかったが、一人、目を引く女性がいた。彼女は米村まどか。顔がとくに好みではない。かといって不細工かと言われればそうでもなく、この年にありがちなどこにでもいる若い女性だ。まどかちゃんは内気で口下手でなかなかグループワークで発言できない私に話をふってくれていた。「百合子ちゃんはどう思う?」となんと下の名前で!。グループワークのテーマは中々外に出ない介護を受けている利用者をどうやって外に連れ出すかという内容だった。私はせっかくまどかちゃんが話をふってくれているのに考え込んで黙り込んでしまった。まずい。
「じゃあまたあとできくね。眞鍋さんは何かある?」おっと、眞鍋のターンになってしまった。次までに考えなければと焦りながら考えていると眞鍋が
「外に何かその人が好きなものを買いに行こうと誘うのはどうですか。」
眞鍋のやつ見た目体育会系のくせにやるじゃないか。これだと後から発言する私のネタ切れになりかねない。ピンチ。そうこうしているうちに私のターンになってしまった。「えーっと、外の天気いいですし、外に散歩に行きませんか?健康にいいですし。」と私。こんなに何のひねりのかけらもない意見果たしていいのか?言いながら疑問に感じていたがまだかちゃんは「それいいね!健康に気を遣っているのが伝わってご利用者様も嬉しくなると思う。」と私の意見に賛同してくれた。
めでたしめでたしと言いたいとこだがグループワークは一旦休憩に入り、休憩後は互いを褒めるコミュニケーションについて学ぶと研修担当者がアナウンスした。まどかちゃんは席で休憩をとり、寝るような姿勢をとった。グループワークで私たちのチームの司会を務めていたので疲れたのだろう。疲れるくらい頑張らなくていいのに、ほどほどでいいのにと思いながらも健気に頑張りぐったりするまどかちゃんが私の目には愛しくうつった。
休憩が終わり、私とまどかちゃんはペアになって互いを褒め合う練習をすることになった。話のテーマは何でもいいとのことなのでまどかちゃんにいいとこ見せようと私は見栄をはり、「ギター弾けるんですよ」と言ってしまう。まあ実際に弾けるし嘘ではないのだが。まどかちゃんは「すごい」と頷きながらきいてくれる。もう私と練習しあわなくてももうすでに満点では?この練習意味あるの?今度は私がまどかちゃんを褒めるターン。まどかちゃんは「私、人にあわせることができるの。」というので「すごい」と頷きながら私も傾聴を試みるがコミュ障のせいでまどかちゃんみたいには上手くできなかった。ペアで1周終わりその日のグループワークは無事終了。大きなやらかしがなく終われて胸をなでおろしているとまどかちゃんが話しかけてきた。
「何かおすすめの音楽ある?私は歌謡曲が好きなんだ」
ギターを弾くと言ってしまったから音楽に詳しいと思われたらしい。彼女は歌謡曲が好きと言っているのに関わらずあまり私自身歌謡曲に疎いため、単純に好きなオアシスやピンクフロイドなどUKロックをおすすめしてしまった。「きいてみるね」と言って彼女とは別れ、その日解散となった。
明日研修後に懇親会があるらしいとアナウンスがあった。ホテルに帰宅した私は何気なくテレビをつけた。テレビには大阪では見ないローカル番組らしきものが男は寡黙の方がモテるという話題で盛り上がっていた。何をバカらしい。私だって、寡黙だ。でも女性にモテたためしなんてない。まあ私はレズであり男ではないが。忌々しく感じたのでテレビを消した。明日は懇親会まどかちゃんとまた話せるだろうか?でもまどかちゃんは東京組だ。もし仲良くなれたとして何になる?もし上手くいっても遠距離恋愛なのだ。そもそも付き合える可能性は限りなく低いが。もう寝よういつまで考えても無駄なことだ。
次の日懇親会では私はまどかちゃんとは遠い席で決して話せる物理的な距離ではなかった。これは神様からのやめときなさいのメッセージだなと受取り私はこの恋を諦めることにした。思えば私は同性ということで恋を諦めてばかりの人生でしがないレズなのである。今日この懇親会が終われば大阪に帰るのでまどかちゃんとも、この恋ともおさらばなのだ。私はまどかちゃんを遠くから見つめ目で別れを告げた。この時自分はまさか大阪に帰ってから人生を狂わせるような女性と出会うことになるなんて思いもよらないのだった。がんばれ佐伯百合子。本当の恋の戦いはここからなのだ。




