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わたしはボルティア

たしぎは狼の巣窟に入り、少女と出会うが、彼女は人類への裏切り者なのか?

少女は唇を尖らせた。人の耳の位置に収まった狼の耳がふっと立ち、根元に柔らかな産毛がのぞく。はっきりとした拗ねの気配。彼女は首を傾け、冷ややかな水筋のような声で、それでもどこか戯れを含んで言う。


「初対面の獣人の女の子にそんな言い方は、少し無作法ですよ、殿方。」


タシギの荒い問いに、まっすぐな返事だった。彼は瞬く。頭の中を小さな笑いと困惑がかすめる。け、獣人…? 多くのウェブ小説では、獣人の耳はだいたい頭頂に付いていたはずだが…ここでは人間の耳の位置、しかも縁に毛がある。彼は、自分が読み物の型を目の前の生身の人に当てはめていたと気づく。


「悪かった。」タシギは声を出す。松明の煙と疲労で少し掠れている。「言い過ぎた。」


彼は軽く頭を下げた。気取らない動き。ただ、間違えたら謝るだけの大人の所作。少女は彼をひと目見て、耳の拗ねがほどけ、口角がわずかに上がる。胸に手を当てて名乗った。


「わたしはボルティア。ここでは狼族の大神官と呼ばれています。そして殿方――わたしたちの頭を倒した方なら、もう紹介はいりませんよね。」


「タシギだ。」彼はやはり短く返す。「長い血と雨の眠りから、ようやく今目覚めた流れ者だ。」


炎の揺れが彼女の顔を洗い、細いフレームの眼鏡に金の点が灯る。瞳は冷ややかさを増して、むしろ明るい。ボルティアは迂回をやめ、まっすぐ彼の顔を見る。何かを確かめ、それからごく自然に核心へ踏み込む。人と狼、森と洞。どこであっても、要点にはすぐ入れるという風に。


「殿方が誰かは聞きました。では、どうしてわたしを“裏切り者”と呼んだのか、聞かせてください。」


「ここに人が立っているからだ。狼の洞の真ん中に人間。眼鏡をかけ、礼装をまとい、人の言葉を滑らかに話す。アーチの向こうから門番みたいに現れる。」タシギは一拍置いた。声は大きくないが、芯がある。「君がどちら側に立っているのか、知っておきたい。」


「殿方の側です。」ボルティアはすぐに答える。声音は平らだ。「少なくとも今は。わたしは狼族の大神官。ここで殿方が狼族の王なら、当然わたしの王でもあります。儀礼であり、掟です。それと、人の言葉をなぜ滑らかに話せるのか――それもお答えします。」


彼女は半歩だけ足を運び、松明の光を自分の顔に整える。人の位置にある狼耳は、なお彼のほうを向いている。ボルティアは薄く笑った。


「人の父と一緒に暮らしていた時期があるからです。父は人間。ある時期、わたしは村で普通の娘として暮らしました。髪の結い方、かまどの起こし方、季節の数え方を覚えました。でも、ここまで流暢に話すには術も要ります。」


「術…か。」タシギは少し訝しむ。細い斬線に変わる気を見た。インデックスも聞いた。柔らかいものと硬いものが綱のように編まれた出来事もくぐった。だが、言語に魔がかかるというのは、やはり縁に触れて確かめたくなる。


「ええ。」ボルティアはこくりとうなずく。声が少し弾む。出番が来た子のように。「変音術です。言葉で説明すると伝わりづらい。お見せしますね。」


彼女は喉を少し上げた。藁屋根から落ちる滴のような澄んだ音が立つ。小さくても輪郭のある音。鳥だ。人の口真似ではない。濡れた雀の震え、その途切れと伸びが正確だ。息を移し、低い線を引き、徐々に高め、洞壁を巡る輪にほどける。狼の遠吠え。周りの群れはすぐに耳を立て、二三頭が短く低い挨拶を返す。ボルティアが目を細める。突然、厚みのある咆哮が出た。大きすぎないのに深い。虎の唸り。若い狼がはっと退き、目を丸くするが、匂いが変わらないと知ると落ち着く。


タシギは一拍、言葉を失う。今のが手品ではなく技だと分かる。森で生きているもの同士の近道が、耳から彼の内側へすっと通った。


「…学べるか。」タシギは回り道をしない。


ボルティアは顎に指を当て、ほんの少し視線を外す。すぐにこちらを見て、わずかな残念を乗せて言った。


「申し訳ありません。今はまだ無理です。殿方の魔力を少なくとも十倍にできれば、ようやく入門できます。でもご心配なく。殿方は今、狼族の王。わたしは待てます。」


柔らかいのに真っ直ぐな言い方。持ち上げもしないし、甘やかしもしない。タシギはうなずき、少し黙考する。十倍。ここで魔力をどう測るのかも、十四歳の体がどこまで押し出せるのかも分からない。だが、長い道のりという言葉だけは骨身に染みている。いったん術から離れ、別の問いを置く。


「では…なぜ奴らは俺に従った。君も。」


「狼族の伝統は、最強を頭に戴くこと。」ボルティアは答える。群れの方へ小さく首を傾け、言わずもがなを確認するように。「皆の話では、殿方の身から“狼王”特有の気配が立っていたそうです。ゆえに同族と見なされた。わたしについては先ほどの通り。大神官です。ここでの狼族の王は、わたしにとっても王です。」


「狼王の気配…」タシギは胸中でつぶやく。狼の気、影狼闘法、刃先に浮いた細い弧。いくつかの語が魚影のように走って消える。そこで思考を止め、次へ。


「ここはどこだ。」


ボルティアは目を細め、ひびの向こうを眺めるように天井を見上げ、ゆっくりと、磨かれた石の上に大きな名を置くように語る。


「この森はラングリスと呼ばれています。東の縁から西の縁まで真っ直ぐ抜ければ、少なくとも七十里以上。地形のほとんどは丘陵。岩でなければ根。根でなければ裂け目。内側には四つの支配種がいます。東は魔狼族。ここはその支族の一つにすぎず、毎年貢納を求められます。わたしは“属国”という言葉は好きではありませんが、感覚としては近い。西には金背熊族。大きく、寡黙で、背中に自然の甲冑を背負ったような者たち。雨季のあいだ眠り通すことも多い。北は巨蛇族の縄張り。奴らの通った跡は小さな堤のように見え、風が触れると草が逆立って倒れる。南には三眼蜂族。巣は深い裂け目に黒い塊となって吊られ、昼間は見えません。夜になると、かすかな灯の群れが動くのが分かります。」


名が洞へ入ってくるたび、影が一つずつ大きくなる。タシギは聞き、土地の形がゆっくりと像になるのを感じる。どの名も彼を圧しはしない。避けるべき方向、回り込める方角、長く停まるべきではない場所――ただの標として胸に刺さる。彼はうなずいた。


「分かった。礼を言う。」


彼女は、ごく軽く微笑む。出入りの挨拶に近い軽さで礼に応えたのだ。さっきまでここが裁きの場のようにすら見えたのに、空気は和らぐ。群れはなお外輪を保ち、離れず、かき乱しもせず。ボルティアは指を組む。


「では、お休みください。傷が多く、気も消耗しています。部屋を用意します。」


「ああ。」


彼女が先に立つ。岩の廊下に並ぶ松明は、琥珀色の粒のように灯る。眩しくはないが、足元を外させない。曲がり角には古い煙の筋が天井に灰色を残していた。長い冬に群れが火を囲んだ印。少し開けた区画へ出ると、壁は幾分平らで、床には薄い皮が敷かれている。タシギの部屋はその奥。扉は粗く削った森の木板に石の閂。広くはない。平らな岩の上に木の寝台。樹脂の匂いがほのかに揺れ、その上に柔い皮と枕が一つ。タシギは枕に手を置く。粗織りの袋に羽毛が詰めてある。人から借りたものか、人を見て作ったものか。ふわふわではないが、固すぎもしない。彼にはそれで十分だ。


「水はあちらです。」ボルティアが指す。大神官として、王の火と眠りを等しく気にかけるような声音。「包帯を替えるなら、少しして戻ります。静けさがよければ、子らに外輪を見張らせます。」


「自分で替えられる。」タシギは言う。「寝台も、説明も、礼を言う。」


彼女はうなずき、身を翻す。扉の閾で、ふっと振り返る。狼の耳がかすかに動き、彼の要不要を問う目。彼は首を横に振る。扉が閉まり、石の閂が手に馴染む音を立てる。


タシギは皮に背を下ろす。舟が入江に入るように、体が息を吐く。内側を点検。気はほとんど尽きた。右手首に釣り糸のような細い輪が残り、コップを持つ手が震えない程度に押さえてくれるだけ。残った力は強壮薬のときと同じか、いや、いまは傷という傷が一斉に権利を主張しているぶん、むしろ下かもしれない。不思議なのは静けさだった。投げやりの静けさではない。骨がそれぞれの場所を思い出すような戦いのあと、人は自然と口数が減るだけだ。彼は毛皮を胸の半ばまで引き上げる。ものごとがちょうどよい暗がりへ退き、頭が一点に集まって眠りに渡る準備をする。


小さな芽の頭が、静かに顔を出す。この洞で、タシギ以外に寝台を要る者は誰だ。狼は枕を使わない。敷き物も要らない。人の形を持つのはボルティアだけ。彼女には頭と岩の間に何かが要るはずだ。彼女の部屋はどこだろう。導く間、彼女は自分に便利を配ろうとはしなかった。初めから終わりまで、群れと客の狭間に立っていた。彼女が兄弟たちと同じ石の床で眠るなら、この枕は余ってしまう。


タシギは起き上がり、足を下ろす。左肩から腰へ一本の痛みが走るが、夜の冷えと同じように受け入れる。扉を開け、外へ。廊下は薄暗く、松明はまだ生きている。群れの深い寝息が連なる。岩にかすかに当たる爪の音、尾が床を掃く気配、身じろぎの擦れ。突き当たりの少し広い場所で、ボルティアは大きな狼たちと同じ石床に横向きで眠っていた。頭を腕に預け、灰の毛皮の裾が庇のように腰を覆う。眠りは浅い。タシギが足を止めると、狼耳が動き、静かな目が開く。


「何か御用ですか。」ボルティアは身を起こす。群れを起こさぬよう、小さな声。


「ひとつ聞く。」タシギはまわり道をしない。「寝台はないのか。」


「このままで眠れます。」ボルティアは淡く笑う。飾らない。「慣れていますし。群れの体温があれば、寒くはありません。」


「だが、ここで枕を要るのは君だけだ。俺の部屋に一つある。俺は使わない。君が使え。俺は葉を編んで敷く。地面は慣れている。」


ボルティアは即座に首を振る。


「いけません。殿方は王。わたしは仕える者。良いものは殿方に。」


「彼らは人ほど細かく分けない。」タシギは外輪へちらりと目をやる。「印を見るだけだ。俺は頭を倒した。落ち着けと合図した。それで王としては足りる。どこで寝るか、何に横たわるかなんて、群れは、わたしたちが危険を群れに持ち込まないことだけを見ている。寝台は君が使え。俺は自分でやる。」


「それでも…」


ボルティアが言いかける。タシギはゆっくり、均した調子で言葉を重ねた。


「冷たい地面で何夜も眠った。寒さと血の匂いが混ざった夜も越えた。寝床がなくても何度も目を閉じた。」言いながら、タシギは自分でも、机の下で数時間眠った日々や、家に戻れず昼休みに身を縮めた午後を思い出す。そうして自分を削りながら強張りを覚えた時間。いまは、異界でのだるさと何度もの死地を越える方が先にある。


「だから、もうそれで何かを示す必要はない。ここで手首に柔らかい縁が要るのは君だけだ。行って。」


飾りのない言葉。声は高くないが、一つひとつに芯がある。ボルティアは少し罪悪感のようなものを含んだ目で彼を見つめ、耳をわずかに伏せる。小さな降参のしるし。まだためらいを抱えたまま、うなずいた。


「では…今夜だけ。明日、枕はわたしのところへ戻します。」


「今夜だ。」タシギはうなずく。「明日はまた考える。」


ボルティアは立ち上がり、裾についた細かな粉塵を払い、群れに手短な合図を送る。数頭の大きな狼が頭を上げてから、また静かに伏せた。タシギが先に歩き、ボルティアが半歩あとに続く。言葉はない。重くもない沈黙。引きもたるみもしない、ちょうどの張りの糸。


部屋に戻ると、タシギは寝台を指した。


「君がそこだ。俺は葉を取ってくる。」


「この洞には物置があります。」ボルティアが言う。「ご案内します。乾いた葉と縄があります。子たちが雨季に巣を敷くためのものです。」


二人は別の通路に折れ、小さな石の扉を開ける。中にはよく乾かして束ねた大きな葉がいくつも、傍らには樹皮の縄。タシギは一束を運び、床に広げる。手先は器用ではないが、簡単な網を編むくらいはできる。ほどよい厚みの敷き葉ができ、表を上に向けると、古い緑の匂いがやわらかく広がる。腰を下ろしてみる。背中が納まる。扉に近い角に敷いた。何かあれば最初に起き上がるのは自分でいい。ボルティアは見ている。眼鏡の奥の目が少しだけ丸くなった。わざとらしい褒め言葉は言わない。ただ、うなずく。


「十分です。」


「ああ。」タシギは答え、裂けた革の上着を細長く敷いて折りたたみ、枕代わりにする。羽根の柔い枕は寝台に残した。必要とする者のために。


ボルティアは寝台のそばに立ち、枕を見、それからタシギを見た。口を開き、礼を言おうとしたが、言わない。礼は、重ねるほど軽くなるもの。今起きていることは、軽くするにはまだ早いのだろう。


「おやすみなさい。」タシギが言う。「明日、やることがある。」


「はい。」ボルティアは答える。寝台に身を横たえる。濃い青の髪が枕に水の筋のように広がる。狼耳は一瞬だけ扉の方を向き、それから静かに落ち着く。胸のあたりまで毛皮を引き上げ、息を吐く。


タシギは葉の寝床に体を置く。古い葉の匂いに、森の仮設の張りを思い出す。二本の杭と一枚の天幕。雨が天幕を叩く音が、粒の連なりに聞こえた夜。左腕の痛みは一定の拍で鳴る。心拍を数えるみたいに数え、通してやる。外では群れの呼吸が、裂け目を抜ける風の音とまじる。扉近くの松明は小さくなり、光は低く黄いろく、壁に伸ばされた二つの影が伸びては縮む。


ちょうどよい暗がりの中で、一人は先に目を閉じ、錨を下ろした舟のように体を預ける。もう一人は少し長く目を開け、部屋の角に眠る姿を見てから、天井を見上げる。問いかけかけてやめるような視線のまま。やがて二人の呼吸は自然に歩調を合わせていく。


一人は眠る。もう一人は、相手への好奇心を抱いたまま。



えっと...インスピレーションのための絵文字をください...

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