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人生に疲れた俺の異世界サバイバル記  作者: Khanhtran
第1巻:月光の下の狼の遠吠え
2/10

新しい世界の夜明け

雨と傷にまみれた長い眠りのあと、タシギはついに目を覚まし、この見知らぬ大地で最初の朝日を迎える。雨は止んだ――だが、生き残るための戦いはまだ始まったばかりだ。

雨はまだやまない。空は早くから沈み、灰は濃い灰へと変わっていく。彼はシダの束をさらに引き寄せ、薄い風よけにして、割れた枝を隙間へ押し込み、入口を少しでも狭めた。小さな手は不器用で冷たく、まるで濡れた手袋をはめているみたいだ。体勢を変えるたびに奥歯を噛みしめる。うっかりうめき声を漏らせば、捕食者たちへの旗印になってしまう。


ふと水のことを考える。雨水——多すぎるほどある。けれど喉は渇く。舌の奥は鉄臭さの中で灰のように乾いている。彼は岩の縁に溜まった水へ手を伸ばし、少しずつ啜った。冷たい水は空腹の胃へまっすぐ落ちていき、石を流し込むみたいだ。彼はやめた。今は飲みすぎれば震えが増し、腹が攣る。うすうす知っている。怖さを知るには十分だ。


「寝るな」と彼は頭の中で言う。もうひとつの声が、怠く疲れた調子で問い返した。「もし寝たら?」——「死ぬ」——「死ぬのも……悪くないんじゃない?」——「黙れ」。その日初めて、彼は怒りを覚えた。誰に対してでもない。長年、雨が土を削るみたいに自分を摩耗させてきた怠惰と倦怠そのものにだ。今、彼を流し去ろうとする唯一のものがそれだ。無意味に死にたくはない。まだ、その時じゃない。


彼は小石を一つつかみ、強く握った。硬くてざらつく感触が、意識をそこへ縫い付ける。数える。いち、に、さん……。やがて数が分からなくなるまで数えた。濃い眠気が霧のように立ち上がり、甘く、まぶたを引き下ろすたびに、彼は反対の手のひらへ爪を立て、痛みで追い払う。だが体には体の法がある。痛み、寒さ、失血——体は逃げ道を求める。いつの間にか数えることをやめ、闇が分厚い毛布みたいに身に密着した。雨音は遠のき、伸び、薄れていく。


……


職場の壁時計を夢に見た。秒針はやけに長く、エクセルのマス目をくぐって進み、B列、C列を切り、赤いセルへ突き刺さる。通るたび、「Overdue」の文字が小さな羽虫みたいにわき上がる。手で払おうとするが、彼の手は泥だらけの子どもの手で、飛沫が画面に散って、セルは茶色の泥に溶けた。上司が何か言う。だがその声は雨音に変わる。彼は頷き、そして思い出す——自分は死んだのだ。なら、これは何だ? 彼は笑う。笑いは、腰の痛みに飲み込まれた。


はっと目を覚ます。空はまだ灰色に染まっていたが、さっきまでの灰とは違う——どこかに白さが差している。雨はもはや土砂降りではなく、ぱらぱらと大粒が時折、葉を叩いて「タッ、タッ」と音を立てる。入口のシダは少し崩れ、折れた枝が彼の腿にのしかかっていた。体は損傷の地図——左肩から左腰までが痛みの飛行経路、膝は擦れ、手のひらは腫れ、腹は血と泥でべっとり。でも震えは昨夜ほどひどくない。寒さはまだいる。けれど体の中心に、小さな温もりの芽が戻っていた。ひどい痛みは刺すようなものから、うずく重さに変わっている。まぶたは泥で固まったみたいに重く、舌で唇を湿らせ、砂を吐き出す。


「生きてる」彼は小さく、ただ信号みたいに呟いた。声は掠れ、小さく、岩穴に吸い込まれる。左肩をわずかに動かす——鋭い痛み。繰り返す気にはならない。服の下へ手を差し入れると、粗い布が皮膚と血に貼り付き、剥がすたびに薄い殻が剥け、差し込む霧雨でまた湿る。包帯になるものはない。シャツを裂いて帯にするという手もあるが——雨の中の包帯は無力だ。むしろ傷口を覆っておいたほうがまし。内側に腐臭はない、熱もない。今のところ感染はしていない——少なくとも今は。


彼は少しだけ目を閉じる——眠るためじゃない。考えるためだ。火のことを考える。火さえあれば乾かせる、温められる、獣を追い払える。だが彼にはライターもナイフも火打石もない。食べ物のことも頭をもたげる。胃がきしむ——彼がまだ人の属だと告げる。だが何を食べる? 毒のない果実なんて知らない。葉の隙間から外を覗く。見知らぬ樹、羽根みたいな形の葉、ぬめる苔に覆われた幹。人の暮らしの痕はない——煙も柵も踏み跡も。水のこと——これは余るほどある。だが飲みすぎれば冷える、汚れているかもしれない。岩の縁から落ちる水を直接受け、三拍置いて一口ずつ飲む。胃の痙攣はおさまった。


そのとき、妙な考えが閃く。理屈からではない。頭の奥に溜めてきた「ジャンク文化」から——ライトノベル、RPG、ウェブ小説。時間つぶしに読み散らかしたあのガラクタ。転生した主人公には「ステータスバー」がある。板。インターフェース。新しい世界の理を手触りに変える装置。笑える——血と雨に塗れ、寒く空腹のまま名もない森の岩穴に横たわっているくせに、彼はゲームの板を思い出している。だがその慰めは分かる。もしシステムがあるなら、法則がある。法則があるなら、学べる。計算できる。生き延びられる。


「試すか」と彼は心の中で舌打ちする。「最悪、何も出ないだけだ」


ゆっくり吸って、吐く。湿ったシダの幕を見つめ、声には出さずに思う——「状態」。ついでにもう一度——「Status」。さらに——「板」。


一瞬の静寂。視界がわずかに震えた——地面ではない、眼球の震え。長い雨を見つめ続けたときに似ている。煙で書いた文字みたいな曖昧な線が集まる。見間違いだと首を上げかけ、違うと分かる。薄い枠が現れた。濡れたガラスのように透け、目の前にぴたりと重なる。空中に浮いているというより、現実に薄膜を重ねたように。彼は目を見開き、そして笑う。笑いが脇腹を刺し、噛み殺す。


枠は簡素で、装飾はない。文字は濡れた光で刻まれ、滴り落ちる。彼はゆっくり一行ずつ読む。


名前:(不明)

年齢:14

状態:生存——負傷(多発外傷・軽度低体温)

HP:37%

回復:+2%/時(受動)

エネルギー:—

属性:(非公開)

スキル:1

備考:失血警告——保温を心がける——激しい運動を避ける


瞬きするたび、板は一度薄れ、また戻る。雨で濡れもしない、音もしない。ただ、ある。世界の濡れた混沌の横に置かれた、小さく整った真実として。37%。彼は暗算が得意ではない。だが一時間2%なら、死の縁から37%まで……どれくらい眠っていた? 分からない。さっき斜面で目覚めたとき、すでに何%か回復していたのかもしれない。あるいはこのシステムの精度が曖昧なのか。だが時間当たり2%という数字は、あり得ないことの説明になっていた——腹の裂け目が塞がりつつあること、失血と打撲で死に至らなかったこと。彼は唾を飲み、喉のざらつきが、情報によって少し和らぐのを感じた。


視線を「スキル:1」に落とす。数字の横に小さな点。意識を向けると、点がほどけ、項目が一つだけ現れた。


Index(能動/受動——特別)


「Index」。オフィスで見慣れた単語——索引、インデックス、指標、案内板。ここでは何だ? 手で触れる代わりに、意識で「Index」に触れる。文字の色がわずかに薄くなり、短い説明が、まるでわざと削られたみたいに少なく開いた。


Index:視認・知覚範囲内の物体/現象/スキル/実体に関する基礎情報の照会を可能にする。レベルと参照データに依存し制限あり。


息を呑む。もし本当に——周囲のものに「問い」を投げ、情報を得られるなら——それは見知らぬ森で手に入れた鋭い刃だ。彼は岩穴の外の濡れたシダに目をやる。「Index」と呼びかける。「照会:このシダ」


左手で書いたような、ゆっくりした筆致で文字が現れる。


シダ(科……):

—— 食用不可。生のまま毒性を持つ種あり、加熱で無害化する種あり。

—— 簡易の断湿材としては弱い。濡れると保温しない。

—— 胞子あり——止血や包帯用途には不適。


思わず鼻を鳴らす。行数は少ないが、傷口に葉を突っ込む愚は避けられた。続けて問う。「Index——照会:この雨、水は飲めるか?」 灰色の一行が出る。「環境データ不足。推奨:煮沸。緊急時:空中から直接、もしくは清浄な面から採取」。


知っている。それでも、自分以外の声が要点を短く返してくると、奇妙に安心する。彼は口角を引き上げる。痛みの皺に過ぎない笑みで。


それはそれとして、今必要なのは小さな計画だ——スライドの長期計画ではなく、ぼんやり覚えている「ルール・オブ・スリー」のようなもの。空気は三分、体温は三時間、水は三日、食は三週間。空気——たくさん。水——雨がくれる、が注意がいる。熱——問題。そして捕食者——少なくとも狼が一頭、あるいは群れ。


状態欄の「軽度低体温」を見やる。今すぐ外をうろつくのは無理だ。風と雨は、HP37%の体から、蝋燭の火みたいに熱を奪う。これからの三時間を生き抜く確率を上げる必要がある。37を39へ、41へ……と、遅い足取りで。鬱陶しくても、彼は決めた——虚勢で死ぬのだけはごめんだ。愚かな死に方は要らない。


洞穴を見回す。土は柔らかく、古い乾いた葉が少し残っている。試しに問う。「Index、照会:火なし・継続的な降雨下での保温」 箇条書きのメモみたいな文字が、疎らに浮かぶ。


—— 皮膚と地面/岩の間に乾いた層を挟む。

—— 風の通りを減らす:入口を乾いた厚手のもので覆う。

—— 体の熱を使う:胎児姿勢、腹を抱える。

—— 微小運動(小さな屈伸)で熱産生、汗をかく大運動は避ける。

—— 短時間に冷水を多量摂取しない。


魔法ではない。だが正しい。だからタシギは、少し体力が戻るのを待ってから、気合を入れて身を起こした。洞の奥から乾いた葉を掻き集め、背と左腰の下へ敷き込む——動くたび、傷がじわりと血を滲ませ、低い罵声が喉に小さく立つ。入口のシダに折れ枝を数本差し込んで目張りする。手は紫に冷え、関節は硬いが、まだ動く。体を丸め、膝を腹に寄せ、肋に手を巻いて呼吸の痛みを抑える。左肩は泣きたいほど痛む。それでも枝を握り、浅く、一定に息を刻む。


遠くで音がした——遠吠え? それとも別の岩穴で風が鳴いただけか。いずれにせよ、黄金の双眸はもう見えない。入口の外の空は、すねたままの一日の鈍い光を、ほんの少しだけ増やした。彼はいま身を入れている十四歳の少年のことを思う。誰なのか? もう死んだのか? それとも生と死の境にいたところへ自分が割り込んだのか? 考えは暗い廊下を開け、彼は慌てて閉める。いまじゃない。もし機会があるなら、あとで必ず掘る。「あとで」という言葉が、奇妙な味の飴玉みたいに舌の上で転がる——甘くて苦い。


空腹がまた爪を立てる。さっきより弱い。寒さは居座る猫みたいに在り続け、痛みは小さな円を描いて動き、ときどき鋭く引っ掻く。そんな中でも、薄い板は空中にぶら下がり続ける。HP37%のゲージはじわじわ動いたか? 目が霞むまで見つめ、瞼を閉じる——眠るためではなく、眼の灼けを抑えるため。皮肉にも、再び開いたとき、数字は増えていない。


横には「スキル:1」。Index。彼はそれに、見知らぬビルのドアに掛かった名札のように縋っていると気づく。この語の中には——単なる「照会」以上に——世界そのものの「目録」という響きがある。


葉の端を糸のような虫が横切る。黒光りの細い筋が残る。「Index——照会:これ」——「幼虫……:葉食——接触毒なし——加熱で食可」。文字はさっきより早く出る。彼は鼻で笑う。「お互い、慣れようぜ」


雨は遅く、時間も同じように遅い。外の森は、彼がまだ合わせられない拍子へ移ろい、その内側で——疲れ切った大人が少年の肉体に押し込まれ——鋭い痛みの刃と鈍い疲労の鈍角に挟まれたまま、一行の文字にしがみつく。滑稽なほどに。


「Index」と彼はもう一度心で囁く。今度は照会なし。ただ名を。文字は一段濃くなり、誰かの目がこちらを見開いたみたいに見えた。


彼の目もそれに縫い留められた。そして湿った岩穴、濡れたシダ、骨に入り込む冷気のただ中で、タシギの瞼は重く、重く——いつのまにか眠りに落ちていた。


冷たく重い一滴がタシギのまぶたに落ち、彼は目を覚ました。乾いて張り付いた二枚のまぶたをこじ開けると、世界はもはや重たい灰の布ではなく、葉の隙間から差し込む薄い光の層に変わっていた。湿った苔の匂いはやわらぎ、雨上がりの土の匂い——ほとんど無菌のような清潔な香りが広がる。タシギはしばし動かず、ゆっくりと打つ心拍を聞き、それから胸の上の砂袋をどけるみたいに重く身を起こした。


幸運だ、と彼は胸の内で思う。ぼんやりする暇は一秒もない。すぐにステータスを思い浮かべる。見えない板が即座に立ち上がり、今度は歪みも湿りも感じさせない。


HP:49%

回復:+2%/時(受動)

状態:生存——多発外傷(軽)・低体温(軽)


少し暗算し、合計で12%回復——つまりおよそ6時間が経過したと見積もる。水の滴る岩穴で凍え死ななかった六時間。単なる幸運か、あの受動回復というスキルが本当に値段分の働きをしたのか。どうであれ、彼はつい感嘆せずにはいられなかった。


「野ざらしの岩穴で一晩干物にならずに済んだ俺、ついてるな……」



章の区切りに気付いた方は、この章の最初の部分は元々は最初の章の最後の部分だったのですが、少し長くなったので分割したのです。

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イチコメ、毎日更新して欲しいくらい楽しみ!
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