バランス
右によったのなら左へ。
左によったのなら右へ。
傾いた船には注水を。
綱渡りには長い棒を。
止まりかけた独楽には回転軸を。
あちらが立てばこちらが立たず。
こちらが立てばあちらが立たず。
なんにせよ共倒れは避けねばならぬ。
鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?
チョコレートをふんだんに使ったガトーショコラ。これの材料にはチョコが0〜100%含まれる可能性がある。では3つの具体例を挙げてガトーショコラに含まれるチョコの割合はどれぐらいが最も美味しいのかを考えてみよう。候補1つ目は、材料にチョコが0%含まれている「チョコレートをふんだんに使ったガトーショコラ」である。候補2つ目は、材料にチョコが50%含まれている「チョコレートをふんだんに使ったガトーショコラ」である。候補3つ目は、材料にチョコが100 %含まれている「チョコレートをふんだんに使ったガトーショコラ」である。候補は以上の3つだ。どうだろうか。候補1はチョコ入ってない時点で嘘だ。候補3はチョコそのものだ。だから消去法で候補2だ。考えるまでもない。そう結論づけるのはやや早計ではないか。まだ食べてもないのに。とやかくいう前にまず食べるのだ。しっかりと味わってみて欲しい。食べてみて一番美味しいと感じたのがそうだ。チョコが入っていないにも関わらずチョコたっぷりのガトーショコラと名乗る厚かましさを気にいるかもしれないし、やっぱりややましな方であるものを選ぶかもしれないし、チョコそのものをガトーショコラと自認する無茶苦茶さに惚れるかもしれない。チョコの風味のなさに驚くかもしれないし、ガトーショコラ本来のチョコの風味に納得するかもしれないし、チョコ本来の奥深い香り高さを思い出すかもしれない。
何にせよその人の中で何らかの均衡が取れてさえいれば良いのだ。その人の好みのバランスが綺麗な正規分布なら50%のものがベストだろうし0%側に好みのグラフの重心が寄っていれば寄っているだけチョコ割合の低いものがベストだろうし、逆もまた然り。0%以外認めない、チョコ100%以外はガトーショコラではないと言ったような過激派ももちろん良い。その人の中で調和しているならば。チョコが少なければ少ないほど良く、多ければ多いほど良いといった下に凸の好みのグラフだって構わない。グラフが連続でなくても良い。実際は不連続の数少ない点からグラフを推測していることが多いだろう。例えば20%のもの、40%のもの、60%のものから好みを大雑把に判別するなどと言ったやり方で推測しているだろう。サンプルは多いに越したことはないがそれによって好みのグラフの精巧さが上がるわけではない。精度が上がったように錯覚するかもしれないが考慮する要素も同時に増えている。長々と書いてきたが、要は美味しければ良いのだ。極上の美味しさはガタついたバランスを凌駕する。
1点でバランスを取るのは難しい。フラフラするだろう。酒に酔って千鳥足。軸を設けて廻らなくては。最悪2点。少なくとも3点は欲しい。重心を探すのだ。とりあえず。仮のもので構わない。チョコ割合が50%が好きな人なら0%と100%のものを。0%なら50%と100%を。サンプルは近すぎても遠すぎてもいけない。あくまでもバランスは相対的なものだということを忘れてはならない。絶対的なバランスなんて存在しないのだ。もしそうなら夕方に途方に暮れたりしなかった。真夜中に道に迷うことなんてなかった。朝を夢見ることなんてなかった。バランスを取るのにもバランスがいるなんてそんな話聞いてない。迷子だから地図がいる。地図を書くたびに迷子になる。本末転倒。袋小路。
チョコがふんだんに含まれるガトーショコラ。
幸福がふんだんに含まれる人生。
狂気がふんだんに含まれる歴史。
足手纏いになるぐらいなら捨て置いてしまえ?拾い集めるの間違いでは?財を放り投げガラクタをかき集める。山に捨てられた老人は黄金財宝に溺れそうになり、スクラップ工場のクズ鉄はめっきりと姿を消す。




