騎士団長の推しは、ポーション娘。〜頭ぽんぽんはセクハラになるのか? 真っ赤になって怒っているんだが〜
まいった。
どうしてこんな状況になっている。
「はい、騎士団長さん、あーん」
「じ、自分でできる……っ」
俺がそう言うと、自宅に押しかけてきた娘は、シチューのスプーンを持ったまま眉を垂れ下げた。
っく! そんな顔をしないでくれ!
俺は君の、笑った顔が好きなんだ!!
しかしなおも続くロザリンの悲しい顔に、俺の方が折れてしまった。
「わ、わかった……あーん……」
ベッドの上に座る俺が口を開くと、彼女は嬉しそうに笑ってくれる。さては天使だな?
シチューを口に運ばれると、ごくりと飲み込んだ。うまい。
「……どうですか……?」
不安そうな顔のロザリンに、俺は微笑んで見せる。
笑うと気持ち悪いので笑うなと副団長のランディには言われているが。
「うん、うまい。ありがとう、すまないな」
「私がポーションを切らしてしまったせいなんですから、これくらいは……」
ロザリンは、町の外れでポーション作りをしている娘だ。
年は二十二歳。愛らしい風貌で、騎士団員には『ポーションちゃん』とか『ポーション娘』と呼ばれて親しまれている。
先日俺は、魔物との戦闘で新人団員を守って負傷してしまった。いつもならポーションで回復するところなのだが、最近はポーションが不足しているのだ。
というのも、材料となる薬草が今年は魔物に荒らされ、採れなくなっているせいである。
「ロザリンのせいではない。むしろ俺たち騎士団の責任だ。魔物を駆除できなくてすまない」
「そんな! 団長さん達がいつも頑張ってくれているの、私わかっています!」
優しい。可愛い。愛でたい。
何を隠そう、ロザリンは俺の推し。癒しである。
いつも元気に納品に来る彼女を、遠目で見るだけで幸せな気分になれるのだ。
十歳も年の離れた男に推されているなど、ロザリンは思いもしていないだろう。
気付かれては困る。迷惑にしかならないだろうから。
「あ、あの、団長さんのお名前を聞いてもよろしいですか?」
「俺の名前?」
「はい……皆さん、団長としか呼んでないので、お名前を知らなくて……ごめんなさい」
俺は、推しに名前すら知られていなかった。
当然か。俺は騎士団長とはいえ、彼女にとってはむさい騎士団の一人に過ぎないのだから、モブ同然だ。
だがなぜ、今日彼女はモブの家にまで来ているんだ?
そんな疑問を抱きながらも、俺は自分の名を口にする。
「俺の名前は、ヴィクターだ」
「ああ、それでたまにランディさんが『ヴィト』って呼んでるんですね」
副団長のランディとは、士官学校時代からの友人である。
勤務中は俺のことを団長と呼ぶが、ふとした時に普段遣いの言葉が出てくるのだ。
「ランディさんと、仲いいですよね」
「仲がいいというか、腐れ縁だな。十五の時から、もう十七年も四六時中一緒にいる」
「あ、あの……」
「ん?」
ロザリンが、顔を赤くさせてもじもじしている。
なんだこの可愛い生物は。
俺はぽんぽんと頭に手を置いてみる。
「……っえ?」
「っは!」
しまった! そこに撫でやすそうな頭があったから、おもわず……!
「すまない。可愛くてつい」
「か、可愛い……!?」
ロザリンの顔が燃えるように赤く染まった。そこまで怒ることなのか!?
そういえばランディが、『最近は世間がうるさいから、セクハラ発言には気をつけろよ』と言っていたな。
もしかして、女性を可愛いと言うのはセクハラか!?
いや、その前に頭ぽんぽんがまずかった! これは完璧なセクハラじゃないか!!
「申し訳ない、反省している! なんでもするから、訴えるのはやめてくれ!」
「なんでも……ですか?」
「もちろんだ!」
「じゃあ……」
俺はゴクッと息を飲んだ。勢い余ってなんでもするなんて言ってしまったが、何を要求されてしまうのだろうか。
ロザリンは先ほどのようにもじもじしてしまっている。
「私、実は……騎士団にお慕いしている方がいまして……っ」
がふっ!! 推しに、好きな人が!! なんという破壊力!!
うう、しかし好きな男がいても当然の話だ。ロザリンは可愛らしくて少し幼く見えるが、二十二歳。結婚していてもおかしくない年齢なのだから。
好きな人などいてほしくないというのは、単なるわがままだ。
ショックではあるが、三十を過ぎた大の男が、推しに好きな人がいるという理由で泣くわけにもいかない。
「そうだったのか、誰だ? 協力しよう。ああ、もしかして、ランディか?」
「あの、その……」
今度は照れたように耳まで赤くして、俯いてしまった。
どうやらランディで合っているらしい。あいつは美形だからな。
ランディは俺と同い年の三十二歳。元嫁が浮気して出ていって、バツイチの子持ちだから毎日大変そうだ。
いい奴なので、あいつを支える素敵な女性がいればいいと思っていた。
それがまさか、俺の推しのロザリンになるとは思ってもいなかったが。
……心臓が、魔物にやられた傷よりも、痛い。
「そうか、わかった。心配しなくていい、俺がなんとかしてやろう。ランディはいい奴だ。きっとロザリンを大切にしてくれる」
「え……? あの……」
「いきなり二児の母となるのは大変だろうが、応援している。いつも一生懸命なロザリンなら、きっと懐いてくれるだろう」
ああ、どうしてランディじゃなく、俺を好きになってくれなかったんだ。泣いてしまいそうだ。
同じ三十二歳、可能性はあった。
遠くから推しを眺めるだけじゃなく、もっと積極的に距離を詰めればよかった……くそ!!
「あ、あのっ」
「それを言いたくてわざわざ俺の看病に来てくれたんだな」
「ちが……」
「任せておいてくれ、ちゃんとランディに伝えておく。さぁ、早く帰るんだ。俺の家にはもう来ないでくれ」
来てくれたことは本当に嬉しかったが、俺を看病するために来たのではない。ランディとの仲を取り持ってもらうのが目的だったんだ。
独身女性が、好きな人に疑われるようなことをしてはいけない。
「そんな……私……っ」
って、どうして泣いてるんだ!?
意味がわからないんだが!! 俺、なんかしたか!?
「ロ、ロザリン……!? 不安にならなくても大丈夫だ! 俺がランディを必ず説得して──」
「違います!! 私のお慕いしている方は、ヴィクターさんなんです!!」
「……お、俺!?」
青天の霹靂──!!
推しのお慕いが、まさかの俺!?
なんの冗談か!!
ロザリンはぽろぽろ涙を流しながら、強い瞳で俺を見る。
「ヴィクターさんは、魔物に畑を荒らされたと言えば、すぐに討伐に行ってくれますし」
「それは仕事だからだ」
「ポーションを納品に行くと、遠目で私をじっと見つめてくれていますよね?」
「つい……すまない」
「団長さんのぎこちない笑みに、胸がキュンキュンしちゃうんです」
「さてはロザリン、変わり者だな?」
「つんつんした、短髪の人が好きなんですよ、私」
「そ、そうか。つんつん頭にしていて良かった」
「瓶のポーションを開けて飲む仕草が、とってもセクシーで」
「普通に飲んでただけだが?」
「さっきの頭ぽんぽんなんて、反則じゃないですか!!」
「反則だとは知らず、申し訳ない!」
やはりあれはセクハラ──!!
どう償えばいいんだ!!
「私のお願い、聞いてくれますか?」
「もちろんだ」
俺の言葉に、ロザリンの顔がパアッと明るくなっていく。可愛い。
「じゃあ、怪我が治ったら、私にプロポーズしてください!」
「プロポーズ!!?」
なんてことだ! 今日日セクハラをすれば、責任を取らなければいけないらしい!!
改めて、ロザリンには酷いことをしてしまった──!
しかし、こうなっては背に腹はかえられん。
俺を好きだと言ってくれているんだ。ちゃんと責任はとる。
「わかった。近いうちに必ず、プロポーズする。約束しよう」
「ありがとうございます! 嬉しいっ!」
ロザリンは花が咲いたように笑い、俺はその姿に見惚れてしまっていた。
そして数日後、その時はやってきた。
ベタだが、手には赤い薔薇の花束を持って約束の花畑に向かう。
「ヴィクターさん!」
俺の名を呼ぶロザリン。妖精か。
可憐過ぎて、俺の心臓がもたない。
赤い薔薇を持った俺が滑稽すぎないか。超絶似合っていないだろうから、早く花束を超絶似合う君に渡したい。
「来てくれて、ありがとうございます」
「いや、待たせてすまない」
「遅れてませんよ。楽しみで、三十分も早く来てしまったんです」
いじらしい。女神かな?
「えーと、じゃあ……」
俺はごほんと嘘くさい咳払いをして、ロザリンの前に跪いた。
これが人生最初で最後のプロポーズとなるだろう。
緊張しないわけがない。なんてこった、魔物討伐よりもよっぽど大変だ。
心臓が耳のそばで爆発しているんじゃなかろうか。
「ロザリン。俺と結婚してくれ」
色々考えていたというのに、いざとなるとシンプルな言葉しか出てこなかった。
顔が熱い。こんな言葉で、ロザリンは納得してくれるのだろうか。
差し出した花束を、彼女は幸せそうな表情で受け取ってくれる。
「ヴィクターさん、嬉しいっ!」
ロザリンの最高の笑顔。
これからお互いの両親にも紹介して、もっと交流を深めて、そしていつかは正式に結婚を──
「じゃ、ありがとうございました!」
「…………へ?」
花畑の中を、一度も振り返ることなく走り去っていくロザリン。
ポツンと残される俺。
────どゆこと?
***
俺とロザリンの関係は──進まなかった。
何かの罰ゲームだったのか、それともただ単に揶揄われただけなのか。
推しにプロポーズ。
こんな貴重な経験をさせてもらえただけで、良しとしなければなるまい。
あれからロザリンとは、納品に来た時に少し顔を見た程度だ。
会話をすることもなく、俺が勝手に遠目で見ていただけ。これまでとまったく変わりのない生活。
結婚まで考えてしまっていた俺、どれだけ夢を見てしまっていたのかと。
ロザリンのような可愛い子と、結婚できるはずがないというのに。
「騎士団の皆さんのおかげで、また薬草が採れるようになりました。ありがとうございました」
「こちらこそ、いつもロザリンのポーションには助けられているよ。ありがとう」
副団長のランディが、納品に来たロザリンと笑顔で会話している。
……羨ましい。
いや、そんな気持ちを持つな。いい男が、情けない。
推しは離れたところから見つめるに限る。あれはポーションの精が見せてくれた、夢だったんだ。二度はない、幸せな夢だった。
「団長、そんな目で見るくらいなら、ロザリンと話せばいいだろう?」
ランディ、いつもは放っておいてくれるのに、なぜ俺を会話に入れようとする!?
見ているだけで幸せだというのに!
そう、可憐な姿を一目見るだけで、充分……充分だった、はずなのに。
「おい、ヴィト」
「い、いいんです! ランディさん!」
「けどロザリン、このままじゃ一向に……」
「本当にいいんです。私はもう、団長さんに振られてるんで……」
「ええ!?」
いや、俺の方がええ!? だが!?
ランディが驚いたままの顔で、めちゃくちゃ俺を睨んできた。
「お前、ロザリンを振ったのか!!」
「いや、俺が聞きたい。どういうことだ!」
「知るか! お前はずっと、ロザリンのことが好きだったんだろう!?」
「な、なぜそれをランディが知っている!」
「わからないわけないだろうが! 俺とお前の仲だぞ!」
誤解を招く言い方はやめろ。ロザリンが驚いた顔で俺を見ているじゃないか。
ああ、俺の気持ちを知られてしまった。きっと迷惑に違いない。こんな年上の男に思われたところで、気持ち悪いだけなのだから。
「いや、違うんだ。俺はロザリンを推しているというだけで、好きとかいうわけでは……」
「往生際が悪い! 好きなんだろう、ロザリンのことが!!」
くそ、ランディのやつ、後で覚えとけよ!
ロザリンを怖がらせたくない。
プロポーズをしてほしいと揶揄われて本気にしてしまった、気持ちの悪い男。それが俺だ。
好きなわけじゃない。見ているだけで癒される推しというだけで、ロザリンのことを好きなわけじゃ……
チラリと推しの顔を確認する。
頬はピンクに染まり、潤んだ目で俺を見上げていて……
「好きだ!!!!」
「本当ですか!?」
何を言ってるんだ、俺は!! バカなのか!!
また逃げられる。プロポーズした時のように。
「……嬉しい……っ」
あれ……逃げ……ない?
ロザリンはなぜか涙を流して……喜んでいる?
「良かったな、ヴィト、ロザリン」
「待ってくれ。俺が真剣にプロポーズしたとき、ロザリンは逃げたんだが? 振られているのは俺の方なんだが!?」
そう言うと、ロザリンは大きな目をさらに大きく見開いた。
「ええ!? あれは、私が無理やりプロポーズをお願いしたんですよ? まさか、本気のプロポーズだったんですか!?」
「本気も本気、大真面目だ。演技でプロポーズなんかできない」
「ヴィクターさん……っ」
俺のプロポーズを、演技だと思ってたのか?
自慢じゃないが、冗談でプロポーズできるほど俺は器用じゃない!
「私が好きだって言っても、何も答えてくれなかったじゃないですか……だから私、振られたものだと……」
ロザリンの怒涛の質問には、真摯に答えていたつもりだったんだが。
まさか俺に振られたと勘違いしているなんて、思いもしていなかった。
「プロポーズの思い出があれば生きていけると思って、無茶な願いを叶えてもらって……なのに、どんどんヴィクターさんが私の心の中で大きくなっていくんです……! 何度もあのプロポーズの言葉を思い返して!」
あの愚直なプロポーズ何度も思い返してるのか!!
顔から火が出そうだ!!
「『ロザリン。俺と結婚してくれ』っていう言葉が! 頭から離れないんです!!」
俺の声真似のクオリティが予想以上に高いんだが!?
ランディの前でプロポーズの言葉を復唱するのは本当にやめてくれ!! 俺のライフはもうゼロだ!!
「諦めようと思っても諦められないんです……っヴィクターさんのことが、好きで……大好きで……っ」
「ロザリン……」
いやもう、何がどうなってるんだ。
けど、これだけ真剣なんだ。俺をからかおうとしているわけじゃない。そう思える。
俺がちゃんと気持ちを伝えていなかったのが悪かったんだな。
ポーション娘は俺の推し──そう思うようにして、自分の心を誤魔化してしまったんだ。
「ロザリン。俺もロザリンのことが、す……」
ちらりと横を見ると、ランディが腕組みしてニヤニヤ笑っている。
……後で覚えてろよ。
俺はもう一度、大きく息を吸い込んだ。
「俺もロザリンのことが好きだ。プロポーズは本気だったし、ちゃんと結婚もするつもりだった」
「ヴィクターさん……」
「プロポーズの後、逃げられたと思ってたんだ」
俺の言葉にハッとしたように顔を上げ、ロザリンは唇を振るわせている。
「ごめんなさい、ヴィクターさん! 私、ヴィクターさんを傷つけて……!」
「いや、いいんだ。はっきりしなかった俺が悪かったんだから」
俺はロザリンの手を取ると、真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。
「いつも元気にポーションを届けてくれるロザリンが好きだった。見るたびに癒しをもらって元気になれた。ロザリン自身が俺のポーションだったんだ」
「ヴィクターさん……」
「今は花も持ってないし、殺風景な騎士団庁舎で申し訳ないが……結婚してくれないか。ロザリンの作ったポーションを、俺は全部飲み干したいんだ!」
「はい、お願いします!!」
「全部飲むな! どんなプロポーズだよ!」
ツッコミが横から入るのも気にせずに、俺たちは抱き締めあった。
ランディは呆れたような息を吐き出した後、「おめでとう」と拍手をして祝福してくれる。
「ヴィクターさん。私もヴィトって呼んでいいですか?」
「ああ、もちろん好きに呼んでくれ」
「じゃあ……ヴィト?」
脳髄に響くように耳元で囁かれた俺は。
我慢できずに、その場で推しの唇を奪っていたのだった。
***
「一度目のプロポーズも素敵だったけど、二度目のプロポーズも素敵だったのよ」
愛する妻が、まだ言葉の理解できない娘に向かって語りかけている。
「大きくなっても言うつもりなのか? 恥ずかしいんだが……」
「ヴィト……私にプロポーズしたことが、そんなに恥ずかしいの?」
「そんなわけないだろう! してほしければ、何度だってする!」
「ふふっ」
プロポーズなど、一生に一度のものだと思っていたが。
意外に何度もできるものだな。
今でも一番の推しの頼みなら、なんだって。
「子どもが生まれたら、ヴィトは子どもに夢中になってしまうかと思っていたけど」
「もちろん娘も大事だが、俺の推しは今も変わらず、ロザリンだけだ」
推しは遠くから愛でるだけ。そんな風に思っていた時代もあった。
「やはり推しは、この手で愛でるに限る」
一日に何十回と交わす、ロザリンへの愛の証。
今日も俺は、愛する妻となった推しを溺愛する。
愛し愛される幸せを、この心に刻みながら──
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