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Episode3. 世界を変える契約を

「侵略……って、侵略!?」


 ユージンの発言に一瞬呆けた後、アステールは目を剥いて叫んだ。あまりの衝撃に、母親が目を覚ますかもしれないという心配すら頭から抜け落ちている。心なしか、ユージンの目が迷惑そうに歪められた。


「落ち着けよ。そう悪い話でもないだろ」

「悪い話でしょ!」


 やれやれと首を振るユージンに、アステールが即座に噛み付く。会話ができるようになったとはいえ、ユージンは得体の知れない存在だ。そんな存在がこの世界を侵略するなど、これから自身がどうなるのかもわからないというのに落ち着けるわけがない。


「じゃあ何が悪くなるって言うんだ?」

「それは……僕らの生活が苦しくなるとか……」

「何故そう思う?」

「だって、おばばが……昔は大きな街に暮らしていたけど、悪い人たちがやって来て家を壊されたって」


 おばばを含め、この森に住む異形族は皆、元は世界の何処かに国を持っていた。しかし、国を追われ、あるいは住む場所がなくなったことにより、この森に迎え入れられた。居場所のない者が集う場所なのだ、ここは。

 この森を追われたら、本当に行く場所など何処にもない。

 そう言うと、ユージンは心底馬鹿馬鹿しそうに鏡を指で弾いた。


「俺は、“この世界を侵略する”と言ったんだ。もし俺が悪い奴ならこの森どころじゃなく、誰もこの世界に居場所などないさ」

「そうかもしれないけど、でも」

「それに、これはお前にとっても悪い話じゃないと言ってるだろう」


 鏡を見つめていた星の色がアステールに向けられる。胸中を見透かすようなその瞳に、アステールは思わず息を呑んだ。


「……どういうこと」

「どの道、この星の寿命は残り(わず)かなんだから」


 聞き捨てならない発言だ。アステールが暮らしているこの家や、人族の住まう里でさえこの青々とした森に包まれている。寿命が僅かなど、何処をどう見ればそう思えるのか。

 一方で、国を追われた異形族たちが人族に疎まれているにも関わらず、何故この地に根付いているのかという疑問が過る。幼い頃より胸にあった疑問が異物のように残り、この突拍子もない話を笑い飛ばすこともできない。


「そんなはずないよ、だって森は」


 代わりに口を衝いて出た言葉が全て紡がれるよりも先に、蔦で形作られた手によって視界が暗闇に閉ざされる。しかし、アステールの目の前には別の世界が広がっていた。


「うわぁ……!」


 見渡す限りの青に包まれている。すぐ背にはふっくらとした雲が浮かび、強い風に身体を押される。

 突然変化した世界をよく見ようと視線を移すと、眼下に森が広がっているのが見えた。本来であれば足が着いているはずの地面は、今や遥か下にある。


「これ、落ち……!?」


 自身の足を支えるものがないと知るや否や、途端に落ちるのではないかと不安が襲ってくる。慌てて腕をばたつかせると、何処からかユージンの声が聞こえてきた。


「俺が取り込んだ生物の記憶を見せているだけだ。落ちることはない」

「生物の記憶……」


 確かに、アステールが足掻かずとも、景色は安定したまま空を流れていく。生涯で見るはずもない光景に見惚れていると、突然視界が激しくブレた。

 ブレた視界の先に、何処か見覚えのある蜂蜜色が見える。あれ? と首を傾げるより早く、景色が急速に後方へと流れ出した。見ていられないほどに景色が目まぐるしく変わっていく。

 アステールは胸元を押さえ、瞼をぎゅっと閉じた。


「見てみろ」


 どれくらい経ったのだろうか。平衡感覚も時間感覚も失った今、抵抗する余力もない。アステールは再び聴こえてきたユージンの声に誘われ、薄らと目を開けた。

 瞼の裏に縁取られた世界がアステールの脳を支配する。何度か瞬きをしても変わらない景色に、アステールは声を震わせた。


「……何も、ない…………?」


 正確には、ただ黒い土地だけが拡がっていた。草も木もない。命の息吹も感じない場所には、大きな穴が何かを呑み込んだかのように存在している。


「お前が住んでいる場所の外側だ」

「え…………? 森の外側……まさか、こんな何もない場所が……?」


 嘘だ。アステールは首を振って、ユージンの言葉を否定した。

 こんな荒んだ大地では誰も住めやしない。森の外側には、おばばが昔暮らしていた大きな街だけでなく、父親がいる砂漠や他の異形族が暮らす国があるはずだというのに。


(本当にそうなんだろうか)


 この森は豊かで、何でも揃っている。そうアステールが信じている通りなら、父親は森を出てなどいなかったはずだ。再び人族の故郷を取り戻すのだと、里の皆の期待を背負って出て行った背中が記憶の中で擦れる。


(父さんはどうして故郷を取り戻すだなんて言って出て行ってしまったんだろう……なんで英雄って言われてるんだろう)


 人族の住まう里(故郷)ならこの森にあるというのに。

 ぐるぐると纏まらない思考がアステールを雁字搦めにする。黙り込んだアステールの姿を、なかなか現実を受け入れようとしないという風に受け取ったのか、ユージンが仕方なさそうに溜息を吐いた。


「受け入れ難いと言うのなら、見せてやるよ」


 アステールが言葉を返すよりも早く、今までよりも遥か上空へと引き寄せられる。見たこともない世界の外郭に触れ、アステールは目を見開いた。

 視界の一部、ほんの僅かな面積だけが目に優しい緑色をしている。だが、それ以外はほとんどを黒で塗り潰されていた。


「この黒い部分って……」

「さっき見ただろ。あれと同じ景色がこれだけ拡がってるんだ」


 もしこの黒い部分が全てあの荒廃した世界であるのだとすれば、ユージンがこの世界の寿命がもうすぐ尽きると言ったことも頷ける。

 それと同時に、生物が暮らせる場所がほんの僅かしか残っていないことに、アステールは肌が粟立つのを感じた。

 だが、それとユージンが侵略することとは話が別だ。認めたくはないが、誰が支配したところでこの地には終わりがあるのだということが、この眼下に広がる景色からありありと伝わってくる。


「ユージン、君が伝えたいことはわかったよ」


 アステールがユージンと向き合おうと身じろぐと、瞬きと同時に景色が見慣れた部屋の中へと切り替わった。目元に当てられていた手は既に外されており、暗闇に浮かぶ星と目が合う。


「でも、君が世界を侵略したところで変わりはないよね?」

「いいや、変わる」


 自信満々に言い切ったユージンに、アステールが訝し気に眉を顰める。対するユージンはアステールの表情に怯むこともなく、漸く聞き耳を持ったかと余裕そうな表情を浮かべた。


「この星は今、管理が行き届いていない状況だ」


 増々何を言っているのだとアステールの表情が歪む。口を開こうとする前に、まあ黙って聞いていろとばかりに伸ばされた蔦によって口を閉ざされる。

 仕方なく目線で続きを促すと、ユージンが満足気に頷いた。


「星は本来、十全な力を持っている。命を生み出すのも、育むのも容易い……が。当然、無駄遣いをすれば尽きるのも早くなる」


 そこで、とユージンが一拍溜めを作り、蔦をアステールの口元から外す。さあどうぞと促す態度にどうにも釈然としない想いを抱きながらも、アステールは渋々答えた。


「……管理をする必要がある、でしょ。でも尽きてたら管理したってどうしようもないじゃないか」

「悪くない疑問だ。底が尽きれば管理者がいようともどうしようもない。……それがどうにかできてしまうのが、ソラビトがソラビトたる所以でもある」


 ユージンはそう言うと、一つずつ疑問を解消するように説明を始めた。

 曰く、この星はソラビトという種族が管理している。ソラビトはその身に秘めた力を自在に操り、星が末永く存続するために存在しているらしい。


「……聞いたことないけど、その話が本当ならどうしてこの世界はこんなに荒廃しているわけ?」

「この星のソラビトが弱っているからだ。いくらソラビトとはいえ、生物である以上寿命はある」


 まあ、お前よりは遥かに長命だろうなと言われ、アステールはふうんと鼻を鳴らした。命ある生物であるのなら、ソラビトが死ぬ度に世界は滅びるのだろうかなどとつまらない考えが頭に過る。

 だとしても、管理しているソラビトが衰弱する前に他の若いソラビトに代替わりすればいい。

 そんな考えなど見通しているかのように、ユージンが蔦を振った。


「各星にソラビトは一個体のみ。それ以外に生まれることはない。……そして、死したソラビトは星に呑まれ、新たな星に生まれ変わる」


 何処か聞き覚えのある話に、アステールが中指の背を唇に当てた。確か、星が降る夜に光が交わり、片方が大地へと溶けるのだ。最後には、光の溶けた大地は豊かになる。

 おばばから聞いた話と概ね一致する話に、アステールはぱっちりと開いた目をさらに大きくさせた。零れそうな空色に、黒い人型が映る。


「じゃあ君は、この星のソラビトと戦うってこと……?」


 空色の中で、銀の光が一層強く輝いた。蔦の背面がユージンの顔の下方に当てられる。暫く考え込むように黙り込んだユージンに、アステールが息を呑んで出方を見守る。徐々に口を滑らせたのではないかという不安に苛まれていると、漸くユージンが動きを見せた。

 知っているのであれば話が早いと言うや否や、アステールの方がユージンの手で強く掴まれる。


「俺の手を取れ」

「は…………?」

「俺はこの星を侵略したい。お前はこの星を存続させたい。……なら、目指す先は同じだろ」


 まっっっったく、違う。

 おばばの話が本当であれば、アステールが協力する必要はないのだ。ユージンがソラビトに勝つにしろ負けるにしろ、どちらかは星に飲み込まれて星の力になる。ユージンが負けた場合は、現管理者が管理できていない以上再び星の力が尽きる未来は必ず起きるが、その頃にはアステールも生きていないに違いない。

 要は、アステールに利益など全く有りはしないのである。


「僕は断……」

「おっと、いいのか?」


 アステールが言い切るよりも先に、言葉を遮られた。肩に乗せられていた手が片方外され、人差し指に当たる蔦が顎先から喉を伝ってゆっくりと下ろされる。やがて胃の辺りで止まると、とんと指先で叩いた後に五本の指で肌に食い込むように力が加えられた。

 その指の動きを追っていたアステールが、何をするんだと顔を上げる。


「お前は今、この腹の中に俺の力の一部を宿しているわけだが」

「……力? 君が、僕に無断でやったの?」

「馬鹿を言うな。昼間、お前が星の欠片を呑み込んだんだろう」


 少し怒気を孕んだ声に、アステールは首を傾げた。そんな得体の知れないものを呑み込むほど卑しくはない。そう反論しようとするも、確かに昼間変な球体を呑み込んだことを思い出す。まさかそれが星の欠片というやつなのだろうかとユージンを見返すと、漸く思い出したのかと呆れた声音が返ってきた。


「俺たちソラビトには力があると伝えただろう」


 “共鳴し、全てを結ぶ【呼び声】”、“流動し、脈動を促す【運び手】”、“航海し、定めを告げる【羅針】”、“停滞し、形を創る【盃】”、“回帰し、永劫を廻る【星の願い】”。この五つの欠片が導き手(ソラビト)の持つ力だ。

 そう告げたユージンに、アステールは不審そうな眼差しを向けた。


「どうして君の力を僕が呑み込むことになったのさ」


 結果や過程がどうであれ、ユージンから切り離され、物質化しているのは可笑しい。むんと唇を尖らせると、ユージンがそっぽを向いた。どうにも答えたくはないらしい。

 怪しさにアステールが目を細めて穴が開くほどその横顔を見つめる。じりじりと焼ける視線に耐え切れなくなったのか、ユージンが咳払いをして話題を戻した。


「兎に角だ。故意ではないとは言え、お前は今俺の力を盗んだも同然というわけだ」

「は!? 何それ、事故なんだから仕方ないでしょ」

「お前のせいで他の欠片の場所もわからないんだぞ、事故だからと有耶無耶にされて堪るか」


 他の欠片と言ったユージンにアステールはぱちぱちと瞬きを繰り返した。まさか他の欠片も落としたと言うのか。この星を侵略しに来たなどと大口を叩いていたくせに聞いて呆れる。

 それと同時に、アステールが呑み込んでしまった欠片にはどんな力が含まれているのだろうかという興味が湧いてきた。


「ねえ、僕の中にある欠片ってどんな力を秘めてるの?」

「ああ……その欠片は星の【呼び声】。他の欠片と共鳴し、纏める力を持っている」

「他の欠片と共鳴……だから僕の協力が必要なのか」


 恐らく、この【呼び声】と呼ばれる欠片があれば、他の欠片の場所もわかるのだろう。ユージンは呑み込んだ生物の記憶を辿って欠片を呑み込んだアステールの元まで来たに違いない。

 アステールは少し俯いて足元を見た。力なく垂れ下がった包帯だらけの腕が視界に映る。


(……無理だ。こんな弱い僕じゃ、きっと……)


 間違いなく、ユージンの足を引っ張ってしまうことだろう。力だって、ソラビトではないアステールに扱えるとも限らない。使えないとわかれば、切り捨てられるかもしれない。

 それに、無茶と意味不明なことばかり言う人物だが、少なくともここまでアステールと会話をしてくれる人物はほとんどいなかったのだ。そんな人物に切り捨てられてしまえば、今までの里の子どもらから受けた傷も全てアステール側に原因があると思わざるを得なくなってしまう。

 アステールは包帯だらけの腕をもう片方の手で握り締めた。


「僕には……」

「まあ、もし仮に万が一にでも頷けないということがあるのなら……この手を使うしかないがな」


 虚ろな目で顔を上げると、ユージンが鏡を指していた。鏡からも、アステール擬きのユージンが同様にこちらを指し返している。

 訳も分からずアステールが首を傾げると、鏡の中の()()()()()()()が口の端を上げた。


「何、俺がお前に成り代わってここで暮らすだけさ」

「は!? その見た目でそんなことができるとでも!?」


 あまりの驚きに、先程までの考えが吹っ飛ぶ。


「それは【呼び声】の影響で俺の本質が見えているだけ。一般人には俺が本質を見せようとしない限りはわからないさ」


 さあどうする? とアステールにそっくりの侵略者が手を差し向ける。

 アステールは黙ってその手を取る他なかった。


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