シニスター・シスター
「何だァ、てめぇ」
「シスター……じゃねえ、コイツ札付きのワルの匂いがするぜ」
教会を除いてみれば、奥の祭壇みたいな所で横に寝っ転がってるシスター服の女。眼鏡に碧眼に金髪三つ編みなんてお清楚な格好して中々にワイルドな言動じゃないの。
「来て早々シスターのアタシをワル呼ばわりたぁ、随分と高名な騎士サマみてぇだな? ええ?」
騎士……そうか、今の俺はそう見えるのか。今目の前でガン飛ばしてるシスターにも、俺が。
「俺って格好良い?」
「頭イカれてるみてぇだな」
「やだこのシスターちゃんお口ワルワルじゃない」
「久しぶりの人かと思えば、随分なヤツが来たな。イカれた神のお導きかよ」
まあ、会話が成立してる時点で俺としてはだいぶホッとしてるんだがな。真っ赤な大地、空、水、後バラエティ豊かな化け物ども、この世の地獄を煮詰めたみたいな景色と比べればシスターちゃんが目の保養になる分、ここは天国だ。
「なあ、お前は何だ?」
「結論を言えば俺は敵じゃない。て言うか俺にはそもそも誰が敵か味方かも分からないな。強いて言えばあの化け物どもが俺の敵だ」
「なら──」
「ん?」
シスターちゃんは祭壇から飛び降りて、カーペットの敷かれたセンターを真っ直ぐ歩いて来る。
「──アタシもその化け物のお仲間だとしたら……」
「いや別にどうともしないが?」
「えっ?」
「えっ?」
何、驚いた顔してんの。俺ハナから君殺しに来たと思われてたの? 確かに殺意の塊みたいな武器と盾持ってるけどさあ。
「お前、聖罰隊のヤツじゃねえのかよ」
「ワオ、異教徒絶対許さない奴じゃんそれ。で、そいつらは騎士なのか?」
「そんな時もあるが、まあ、よく見ればアイツらとは違うみてぇだな」
「そいつらが何考えてるかは知らないけど、俺は言葉の通じる、もっと言えば話の通じる奴ならどんな奴でも話し合うさ」
格好付けて……いや、間合いをあらかじめ詰める為に歩いて来たんだろうシスターちゃんは手持ち無沙汰になって隣の長椅子に座ってる。
「その様子だと、聖罰隊の事ロクに知らねえみたいだな」
「俺に教えてくれるのか?」
「いや、アタシにもよく分かんねえ」
「はい?」
どうしよう、何も分かってねえ。誰か助けてプリーズ。
「アタシは生まれた時から化け物だった」
「……ああ、その話、長くなる?」
「てめぇ、アタシの話が聞けねえってか?」
首だけコッチに回して凄む姿は、完全にその道の人間の仕草だ。怖いと言うか、お近づきになりたくない。
「察するに、島流しにあった、って事じゃないのか?」
「……お前、魔法使ったのか?」
目を丸くして俺を見るシスターだが、生憎魔法の心得なんてものはない。ただ、予想は出来る。
「だが、君が何か悪い事をしたのかね」
「してる様に見えるかよ」
だらんと背もたれに倒れたシスターにそう言われたが、露悪的な振る舞いをしてる辺り、悪い事したってよりは、自分の事を悪い奴だって思ってるのかも。
「正直に言って怒らないなら言うぞ」
「ふざけろ」
立ちっぱなしも飽きてきたから、俺もシスターの隣に座り込む。シスターはギョッとした顔をしてるけど、俺は表情変わらないからな。感情表現出来て羨ましいよ。
「何だよ急に」
「聞きたい事は色々ある。ここはどこなんだ? 島流しにあったなら分かるだろう」
「……不躾なヤツだな」
「俺とアンタの仲じゃないか」
「言ってろ」
でもツンデレなのか、何だかんだで俺に色々と教えてくれた。
まずこの場所。灼鱗島、とか呼ばれてる場所らしい。昔、偉大な竜が自らの炎で自身を灼き、身を潜めたとか言う話。伝説とかそう言う歴史のスケールの話かと思えば、百年前くらいの出来事らしい。転生したのが百年前じゃなくて良かったって思う訳。で、この教会は教徒達の憩いの場とかではなく、竜を宥める為に立てられたものだそう。
で、その竜の炎のせいでこの島全体が赤く染まったのだとか。その赤い場所から次々化け物が生まれたらしい。
自称化け物なあのシスターも、その竜に関わりのある存在なのか、その厄災とも呼べる事象収めるための贄としてこの島に送られた、と言うのは彼女自身の推測だ。ただ、彼女自身も化け物には襲われてたみたいだが。
次に、この島から出る手段について。この島は辺りがかなりの遠浅で大きな船が通らないらしい。シスターが島流しにあった時も大きな船で近くまで乗り付けて小船で運ばれて来たんだと。だから出て行くなら小舟を用意して島を脱出する事になる。
後はこの世界には魔法も普通にあるらしい。逆に俺の回転パイルバンカーシールドは見た事も聞いた事も無いとか。まあ、ほぼ箱入り娘のシスターちゃんの言葉が絶対とは思えないけどさ。
「竜ってのは吉兆の象徴なんだよ。竜出る所乱あり、良くも悪くも歴史の中で絶対的な力を持って来た存在、それが竜だ」
「俺達の下には竜じゃなく、歴史の分岐点が埋まってるって事か」
「竜が出れば時代がひっくり返る、それを時の権力者どもは死ぬ程恐れてる」
「だから聖罰隊なんてものがあるのか? 化け物を殺すって事は、竜を殺す為の予行演習とかだったりしてな」
「だから分かんねえって言ってるだろ」
シスターは気怠げに俺の言葉に答えた。俺は長椅子に横になる。
「なあ、あの天井のガラス、君が作ったのか」
上を見上げると、ボロボロの天井の真ん中に、赤いガラスで作られた薔薇を模したステンドグラスが嵌め込まれているのが見える。
「……ここは真っ赤な砂しかねえから、赤いガラスだけ。飾り気も何もねえ粗末なモンだよ」
「随分と可愛らしい趣味だな」
「可愛らしい?」
この子、口は悪いが美少女だ。おまけにガラス細工の趣味まであるんだから可愛らしいモンだろ。こんな美少女捉まえて化け物呼ばわりとは、この世界、余程竜が恐れられてるんだな。
「……可愛らしい」
「何ぼうっとしてんだ?」
「っ何でもねえよ」
まあ、色々聞けたが、取り敢えず俺の直近の目標は──
「──この島からの脱出、か」
「……お前はこの島から、出て行くつもりなのか?」
……ん、何か寂しそうな目してるなこの子。
「あ、いや、協力はしてやるよ。久しぶりに話の通じる相手に会えたんだからな」
「いやいやいや、君も連れてくぞ」
「気使ってんだろ? 惨めになるだろうが」
俺は、エグいスリットの入ったシスター服から見えるおみ足を観ながら、割と最低な思い付きで言葉を並べる。
「違うなあ、俺、この世界について全くの無知だからな。言葉は通じるが文字すら読めるか怪しいんだ。誰がガイドは欲しいさ。後、船旅には癒しが必要だろ? 可愛い子ちゃんとかさ」
「なんだよそれ」
ドン引きして席立たれた……クソ、バッドコミュニケーションか。ん?
「お前……やっぱり変なヤツだな。アタマイカれてら」
手を後ろに組んだシスターは、俺の上に顔を持ってくる。眼鏡越しでも隠せないガンを飛ばす目、垂れ下がる三つ編みが顔の横に掛かって擽ったい。この子、人との距離感を測れる程の対人経験が無さそうだな。なんてふと思う。
「そうしてやっても良いが、条件がある。アタシの全部を知ってもビビらなかったら、だ」
「会ったばかりの俺に全部教えちゃうとか、ちょっと重くない?」
「ふん!」
次の瞬間、シスターが俺に頭突きをして来た。寝っ転がっていた俺は回避もままならず頭で受けたが、長椅子が貫通した衝撃でペシャンコになっていた。……凄え馬鹿力だな。
「なるほど、流石にここまで来るだけあって丈夫だな」
「おいおいシスターちゃん、怪我しちゃったらど〜すんの?」
「安心しろよ、アタシは一応シスターだぜ? 治癒魔法の一つや二つ──」
──ん? 治癒魔法。……それって、今の俺に効くのか? 俺、鎧が皮膚みたいな感覚で、中身も金属っぽいんだけど、治癒魔法って肉体が無いとダメそうじゃない?
えっ、って事はつまり。
「お前の腕が飛ぼうが、治癒魔法で元通りだ」
得意げに語る君には悪いけど、これって──
──破損ダメ、ゼッタイ、って事じゃない?