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水やり

作者: タマネギ

帰りはバスに乗る。

降りると家は見えて

いるけれど、

すぐには帰らず、

反対方向へと歩く。


住宅街を裏道に入り、

川沿いを進んでゆく。

家々の裏窓から

明かりが漏れている。

頼りにして進む。


昼間なら見える

川の鯉たちはもう、

底で眠っていそう。

水音に混じって、

今夜も子供の笑い声。


どの家から聞こえて

いるのかは知れず、

たぶん、父親が

子煩悩なんだろうと

昔を重ね合わせる。


やがて明かりは

遠のいしまう。

スマホで照らして、

柵の取手を回す。

蛙の鳴き声が漂う。


畑に水やりに来た。

昼間は来られないから、

帰りに、暗い畑に寄る。

野菜泥棒みたいだ。

西瓜の頃は特にそう。


川から汲んだ水を、

何度も運んでくる。

我ながらご苦労様と

思いつつ、何度も。

今は他に方法がない。


昔の人は日常でも、

水は何度も汲むもの

だったんだろう。

蛇口を捻れば出るなんて、

思えばそれで充分だ。


思えば人は弱くなった。

弱くなって、

どこへ向かうのかも、

わからなくなった。

そんなことはないか。


土から離れ、水を捨て、

核に怯えても縋りつく。

自分も偉い人だったら、

そうしたんだろうか。

ちょうどいいは難しい。


昼間にできないからと、

水やりを怠れば、

野菜は枯れてしまう。

雨が降ってくれると、

ちょうどいいのを願う。


蛙の鳴き声が溢れ返り、

牛蛙まで鳴き出した。

誰かの声を聞いたなら、

心臓が躓くかもしれない。

人は馴染まない夜の畑。


最低限の作業を終えて、

来た道を引き返す。

そうだ、このまま行けば、

川の上流、蛍の光がある。

ずっと見られますように。


裏窓からの明かりは、

少しだけになった。

もう子供の声は

どこからも聞こえない。

一日が終わったんだ。


バス停まで戻ると、

そこにバスが着いて、

一日を終えた人々が、

それぞれに降りてゆく。

皆、頑張っている。


ああ、頑張らなくなって、

もう、何年になるだろう。

ふと思い出すのは、

こんな時、あんな時。

それから、それから。


やーめた。

ときどきそう言う。

思い出がこんがらがる。

とにかく、今を生きる。

そして、水やりをしてゆく。

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