3.晴らされた濡れ衣
隠居所へ戻って使用人とかに訊き込みをかけてみたんだが、ご隠居以外におかしな気配を感じた者はいなかった。
何かの呪いがかけられたものが家の中にあるってんなら、おかしな気配の一つや二つ感じた者がいても不思議は無ぇんだが……
「ご隠居、例の〝花瓶〟ですけどね、そもそも普段はどこに置いてあるんで?」
「言わなかったかね? 枕元の飾り棚じゃよ」
枕元……って、寝室かよ? そりゃ、下男や料理人が出入りする場所じゃねぇよなぁ。気付かなかったのも頷け……いや……?
「寝室っておっしゃいましたが……奥様はご一緒にお寝みじゃねぇんで?」
「いや? 婆さんは隣で寝ておるよ?」
……おぃ……ちょっと待ってくれよ……
「……奥様は何の不調も訴えにならねぇんで?」
「あれは眠りが深い質じゃでのぉ。一旦寝付いたら、地震があっても起きんわぃ」
「いえ……起きる起きねぇじゃなくってですね……えっと、お身体の不調とかは……?」
「さぁて? 別に何も言わんし、無いのではないかね?」
おぃおぃおぃ……てぇと何か? ご隠居一人だけが狙い撃ちされたって事か?
いや……そんな呪いも無ぇわけじゃねぇが、そういう場合には標的を特定できる何かの要因がある筈なんだが……壺の位置か?
「えぇと……ご隠居、問題の〝花瓶〟ですけどね。ご隠居と奥様の、どちらに近い場所に置かれてるんで?」
「……さて、そう言われてものぉ……大体中間辺りじゃが……見てみるかね?」
「お気になさらねぇようなら、是非に」
考えてみりゃ、現場を確認するってなぁ調査の基本だよな。それを疎かにしてたわけなんだから、こりゃ、俺の手抜かりってやつだろう。
ともあれご隠居の案内で、問題の寝所ってのを見せてもらったんだが……
「……あの……ご隠居……あの馬鹿でけぇ枕は一体……」
入って真っ先に目に付いたなぁ、壺でも飾り棚でもなくて、片方のベッドに鎮座してる馬鹿でかい枕だった。
「良いじゃろう♪ ゴツい見かけによらず、柔らかくて肌触りが良くてフカフカなんじゃよ。婆さんは嫌がって使わんがね」
「そりゃ、フカフカかもしれやせんが……こりゃ、クッションってやつじゃねぇんですかぃ? 枕じゃなしに?」
「大した違いは無いじゃろう?」
いや、いやいやいや……大違いですって。
「……僭越ですがご隠居……頭痛も腰痛も体調不良も、こいつを枕にしてるせいなんじゃ……」
「何? これが呪われておるとでも?」
「いえ……そんなんじゃなくって……」
――一説には、人間は一晩で三十回ほど大きな寝返りを打つと言われている。寝返りを打って体を動かす事で体の隅々まで血液が行き渡り、起きている間に溜まった疲労を回復させるのだという。
高過ぎる枕を使用した場合、項が圧迫されて血流が悪くなるだけでなく、頚の前傾によって気道が圧迫され、息苦しさから充分な睡眠が取れなくなったり、腰や臀部に荷重がかかる事で寝返りを打ちにくくなり、腰痛を生ぜしめる事にもなる。これらの結果、血流が悪化して首や肩の凝りや張りが生じたり、翌朝も疲労感が抜けない事があるという。
「何と……そんな事があるとはついぞ知らんかった……」
「まぁ、俺は暫くこの町に留まりますんで、その間に枕を変えてご覧になっちゃどうですか? それでも状況が改善しねぇって事になりゃ、改めて調べさせてもらいやすんで」
ま、こん時ゃ俺の見立てどおり、枕が原因だった。呪いや悪霊のせいでも毒が原因でもなかったわけだから、仮に神官を呼んでも埒が明かなかっただろうぜ。
まぁ、結果的に今回は俺でも何とかなったけどよ、あまり畑違いの依頼は勘弁してほしいんだけどな。
・・・・・・・・
エルメントの卓見によって問題が解決した後、ニルス老は自室で満足げに寛いでいた。
やはりエルメントに依頼したのは正解だった。斥候という職業柄なのか、彼には原因を解き明かそうという確固とした姿勢が認められる。
どこぞの教会ではこうはいくまい。〝呪いではない〟とか〝お祓いしておいたので大丈夫〟とかだけ言って、高い金をふんだくって終わりにするだろう。
畑違いの仕事を押し付けられて彼は困惑していたが、やはりこの手の依頼は彼に任せるに如くは無い――と、今後もエルメントを使う気満々のニルス老なのであった。
どんでん返しと言うより肩すかしだと言われそうですが……まぁ、こんな話もあるという事で。