おばあさんのアップルパイ
「だから、違うんだって」
「何が違うのよぉ!」
二人の小さな赤毛の冒険者が、冒険者ギルドで騒いでいた。
右手に杖を持った女の子は、灰色のローブを着ていて、どうみても魔法使い。
背中に剣を刺している男の子は、剣士だろうか。
「だって、あんな事になると思わなかったんだよっ!」
二人は、騒ぎながら冒険者ギルドの受付に向かって歩いて行く。
「そんな事ないでしょ?タタがあそこで、何にも考えずに突っ込まなかったら、穴に落ちる事もなかったのよっ!」
「だから、ごめんて言ったじゃないかっ!ココも、いけぇっ!てノリノリだったしっ!」
二人が騒いでいるのを、まわりの冒険者はにこやかに見ている。
タタとココ。
幼い双子の冒険者は、二人とも天才といわれるほど強いし、才能にあふれているのに、何故か失敗する事が多い。まだまだ新米の冒険者だ。
そんな二人を温かく見つめるベテラン冒険者たち。
「はいはい。二人とも、ここじゃ喧嘩はしないでね」
ギルドの受付のお姉さんが笑いながら、声をかけてくる。
「今の話からだと、巨大サギの捕獲は失敗なのね」
お姉さんが笑いながら話をしてくる。
けど、お姉さんの目が笑っていないのに気が付き、二人とも、固まってしまう。
小さくうなずく二人に、お姉さんはゆっくりと手を差し出す。
「失敗報酬は?」
「払います」
小さく、泣きそうになりながら、タタは、失敗報酬と言う名前の、罰金を払うのだった。
金額を確かめたお姉さんは、一つ頷くと、二人をもう一度見て、にっこり笑う。
「まだ、依頼を受ける気はあるかな?」
「「受けますっ!」」
二人とも、同時に返事をする。
「うん。元気で何より。この依頼なんだけどね、お願いできないかな?」
お姉さんが出して来たのは、おばあさんからの配達依頼と言う名前だった。
「これをねぇ、隣町のレアっていう娘に渡して欲しいのよ」
依頼されたおばあさんの所に行くと、おばあさんは優しい顔で待っていてくれた。
まだ、子供なのに、えらいねぇ。とお菓子もいくつか持たせてくれる。
「お使いじゃないのに」
「いいじゃない。おばあさんのクッキー本当においしいっ」
ぶつぶつ言いながら、ゆっくり歩くタタを置き去りにして、ココは、にこにことお菓子をほおばりながら歩いていく。
おばあさんから渡されたのは、焼き立てのアップルバイ。
「もう年だから、会いにいけなくてねぇ。お世話になった娘さんなのよ」
そう言って笑うおばあさんに、二人は胸を叩いて行ってきますをしたのだった。
「ねぇ。これ、食べたらダメかな?」
「ダメに決まってるでしょっ」
タタが、ちらちらと、手元のアップルパイを見て呟くと、すぐさまココから突っ込みが入る。
「あれだけお菓子もらって、まだ足りないの?」
呆れた顔で言うココに、タタは、小さく口の中で呟く。
ココが全部食べたじゃん。と。
「何?何か言った?」
ココの顔が少し怖い。
タタは、思わず反射的に首を振る。
隣町まで、歩いて半日はかかる。
二人はゆっくりとのんびりと歩いていた。
もう、夕暮れが近づいてきている。
「このままじゃ、夜更けまでにたどり着けないね」
「仕方ないでしょ。私たちの足なんだし。馬とか馬車とかないんだし」
二人は、暗くなって歩けなくなるまで、少しでも距離を稼ごうと足を進める。
二人とも、足だけは丈夫だった。
「今日は野宿かな」
タタが呟くと、ココも空を見上げる。
「もう、準備した方がいいかも」
二人は、自分の荷物から、ガチャガチャと、鍋を引っ張り出す。
キャンプに使うための薪になりそうな木を探しに行くタタ。
「このアップルパイは、1週間は大丈夫だから、ゆっくり行ってね」
そう言ってくれたおばあさんの顔を思い出す。
二人が、焚火に火を付けて、火を起こした時、すでに周りは真っ暗になっていた。
「ギリギリだったね」
二人が顔を合わせて、笑っていたその時。
自分達が持って来ていた皮のシートの上に置いてあったアップルパイのかごが動いた。
二人が慌ててそちらを見ると。
一人の男が、そのかごの中身を食べているところだった。
「な、な、な」
ココが言葉にならない言葉を出す。
「それ、依頼のだよっ!なんでっ!食べちゃだめぇ!」
タタも、大声を出す。
男は、二人を見ると、にやりと笑い。
そのかごを持って逃げ出す男。
「逃がさないからぁ!」
「命をつかさどる、炎の聖霊よ。我に・・・」
ココが、ファイアーボールの詠唱をしている間に、男は暗闇の中へと消えて行ったのだった。
「逃げちゃった」
ちいさく呟いたタタの言葉とは裏腹に、ココの詠唱は寂しく続いていたのだった。
「あらあら。おばあさんのパイだけ持っていくなんて、おかしな盗賊さんもいたものねぇ」
おばあさんは、帰ってきた二人の話を聞いて、笑って答える。
「ごめんなさい」
そう言ってうなだれる二人におばあさんは、笑顔で答える。
「また焼くから、お願いできるかしら?」
その言葉に、二人とも顔を上げて元気よく返事をするのだった。
「今度は、しっかり守るよ」
「分かってるわよ」
タタとココはしっかりと二人でガードするようにパイを守りながら歩く。
結局昨日は、二人して気落ちしたまま朝を迎えてしまったから、あまり寝れていないのだけど。
こんどは、しっかり守らないと。
二人とも、必要以上に気を張って周りを警戒しながら歩く。
そして、昨日パイと取られた辺りで、ふたたび空が、暗くなってきた。
「今度はしっかり守るからね」
ココはそう言うと、パイの前で荷物をほどき始める。
「うん。頼んだよ。ココ」
タタはそういうと、薪を集め始める。
何事もなく、火をおこし、二人で温かいお湯を飲んで。
交互に休む事になった。
タタがぐっすり寝ている間。
昨日しっかりと寝ていなかったココは、火の晩をしながら、ウトウトし始める。
ココが、自分が寝ていた事に気が付いて、慌てて目を開けた時。
目の前にあるかごを掴む、男の顔が見えた。
「あ。」
ココが小さく声を出すと。
男は、フッと笑いを残し、かごを持って全速力で逃げ出した。
「あ~パイっ~!返しなさいよぉ~!」
ココの可愛い叫び声は、暗闇に消えていくだけだった。
「ごめんなさい」
ぼろぼろになって帰ってきた二人を見て、おばあさんは、びっくりした顔をしたあと。
「パイはまた焼けばいいのだから、気にしないでいいのよ。いいから、お風呂に入ってきなさい。パイは明日焼くから、ごはんを食べて、泊まっていきなさい。ね。二人とも、ぼろぼろじゃない」
おばあさんは、そういって笑うと、お風呂場へと二人を追い立てるのだった。
「なんで、パイなんて盗むんだろう。もぉー腹が立つなぁ」
タタがお風呂場で騒ぐ。
「美味しいからじゃないの?」
ココは、そんなタタを見ながら、沸かしてもらったお湯を体にかける。
無い胸をお湯が伝って地面に流れていく。
ふと手を止めたココは、おもむろに、汲んだお湯を、タタにかける。
「ほら、早くしないと、お湯さめちゃうよ」
ココの声に、タタは怒りながら、ココにお湯をかけ返すのだった。
お風呂から上がった二人が見たのは、机の上に置かれたミルクのスープと、大きなお肉。
野菜の盛り合わせだった。
「私には、息子がいてねぇ」
おばあさんは、遠い目をしながら、椅子に座った二人にごはんを取り分けてくれる。
「パイを持って行って欲しいのは、息子のお嫁さんだった人だったのよ」
おばあさんは、そういって寂しそうに笑う。
「突然、息子が家から出て行ったみたいでね。何がいやだったのか。本当にいい娘なのに、いっぱい泣かせてしまってね」
取り分けてもらったごはんを食べる二人を優しい目で見ながら、おばあさんは続ける。
「あなた達みたいな孫が見れたら、本当に幸せなんだけどねぇ」
そう言って笑うおばあさんの目はどこか寂しそうだった。
しっかり昼過ぎまで寝てしまった二人は、おばあさんに起きるなり謝る事になってしまった。
そんな二人に、おばあさんは、笑いながら。
「焼くのに、時間がかかっちゃったから、丁度良かったわ」
と、焼き立てのパイを渡してくれる。
ついでに、小さいかごも受け取る二人。
「お弁当よ」
そう言って笑うおばあさん。
二人は、小さくなりながら、そのお弁当を受け取ったのだった。
「いい人だよね」
「優しい人だね」
タタとココは、笑いながら歩く。
「何か返してあげたいね」
「出来る事があったら、やってあげようね」
二人は、笑いながら歩く。
しっかり寝たからか、足取りも軽かった。
「さて」
「さて」
二人は問題の場所にたどりつくと二人で顔を合わせる。
また来るかも知れない。二人は、相談しながら、パイを囲んでいろいろと仕掛けを作り始めるのだった。
日もとっぷりと暮れた後、男が見たのは、覚えのあるパイのかごと二人とも横になって寝ている姿だった。
「さんざん怒られたか。疲れ切っているみたいだな。可哀そうだが、またもらうぞ」
男は独り言を言いながら、パイのかごに近づいてくる。
そして、かごに手を当てた時。
ビリッと何かが全身を走った。
「やったっ!かかったよっ!」
タタが飛び起きて、しびれて動けなくなった男を見る。
「これ、猫よけの電撃魔法なのに、ほんとうにかかると思わなかったわ」
ココは、そんな男を見ながら呆れたように呟く。
パイを置いてある皮製の布の下に、魔法陣が書いてありそれに、木でかごの置き場所を作ってある。
木で作った土台からかごの重みが無くなったら、かごの周辺に電流が流れる仕掛けだった。
男は、ちょっと呆れているココの前で、しびれてしまい寝転がっていたのだった。
「すみません」
男は、縛られたままうなだれていた。
気が付いたら縛られていて、タタとココの前で、座せられて下を向いている男。
「なんで、パイだけ盗むのさっ」
タタの問いに、男はよそを向く。
その姿に、ココがぼそっと、
「懐かしい味だっから?」
と尋ねてみると、男の体がびくっと震えた。
その姿を見たココは、ちょっと意地悪く笑う。
「タタ。この人、隣町に連れて行こうよ」
「うん。そうだね。盗られたものは、パイばっかりだったけど、一応盗賊だし」
ココの言葉に、タタも、賛成する。
二人は、夜が明けるのを待って、そのまま、隣町まで男を連れて歩く事にしたのだった。
「さぁ。駐屯所の兵士さんの所に行こうか」
「ううん。ちょっと寄りたい所があるの」
タタの言葉に、首を振るココ。
何をしたいのか、分からない顔のタタに笑いかけながらココは歩き始める。
「たぶんだけど、合ってると思うから」
そう言って歩いていると、途中で男が暴れ始めた。
「早く、兵士に突き出してくれぇ!こっちに行くのは嫌なんだよぉ!やめてくれよぉ!」
ココが歩いて行く目的地に近づけば近づくほど暴れ始める男。
「だから、なんでもする。なんでもするから、ここだけは勘弁してくれよお!」
そう言った時。
たどり着いた家の前にいた、女の人が顔を上げる。
女の人が持っていた、洗濯桶が落ちる。
女の人に見つかった男は、そのまま、何も言わなくなる。
そのまま。
女の人は、男に抱き着いていた。
「ばかぁ!何処行ってたのよぉ!心配したじゃないよぉ!」
そう言って、男の胸を叩く女性。
男は、少し困った顔をしながら、自分の胸で泣く、女性を見下ろす。
女性はしばらく泣くと、顔を上げ、男の顔を見て。
「おかえりなさい。あなた」
「ああ。ただいま。レア」
そう言って、男は笑うのだった。
さんざん泣かれて、怒られて、レアに謝り倒した男は、自分をパラと名乗った。
「ここで、農家をしてたんだが、稼ぎが悪くな。冒険者になろうと思って飛び出したんだが、怖くて、魔物と戦えなくてな」
男は、レアに抱き着かれたまま、申し訳なさそうに話をする。
「黙って出て行った口だからなぁ。帰るに帰れなくてなぁ」
帰れないから、町の外で盗みをして暮らしていたらしいのだ。
しかも、盗んでいたのは。
「道端に生えてる、食べれる草とか、野菜とかな。けっこうあるんだ。美味しい野菜が」
顔を赤らめて、恥ずかしそうにする男。
「だからさ。お前さんが持ってる、懐かしいかごを見たら無償に食べたくなってさ」
だからパイを盗んだみたいだった。
「馬鹿。バカ、バカ、ほんっとうの大馬鹿っ!」
泣きながら、しっかり捕まえて放さないレアさんを見ながら、パラは、ごめんなぁといつまでも謝っていたのだった。
「孫でも出来たら会いに行くから、待っててくれと伝えてくれないかぁ!」
パラは、レアに捕まれたまま、遠ざかって行くタタとココに叫ぶ。
二人は笑いながら、手を振り承諾するのだった。
帰って、おばあさんに事を報告すると、やっぱりねぇ。あの子にそんな度胸があるわけないもの。と笑っていた。
そして。
「いっぱいあるからね。本当にありがとうね。これで楽しみが増えて、楽しく暮らせるわ」
そう言いながら、テーブルいっぱいのアップルパイを出してくれる。
そのおいしさに。
二人は、際限なく食べ続けて、動けなくなる。
「まだ、まだ、いっぱいありますよ」
そんな二人を見ながら、おばあさんは、お腹を抱えて倒れた二人に笑顔でアップルパイを勧めるのだった。
きゅう〜