妻に一言謝りたくてももう全てが遅い
フィオナがいなくなって五年がたった。俺は一人で住むには広すぎる家でじっと天井の梁を見つめていた。
周囲には空いた酒瓶や汚れた皿、その他さまざまなゴミが散らばっている。ゴミをまとめて捨てる、そんな簡単なことが何日も出来ずにいた。結婚までしたあのお節介な幼馴染がいてくれれば一時間もたたずにきれいになったことだろう。
今更になって彼女の大切さが身にしみる。自分は本当に何も出来ない人間だった。ただ一言謝りたい。しかしどうやっても彼女は戻って来ないのだ。
きっかけは些細なことだった。魔物が連日発生し、騎士だった俺は街を駆けずり回っていた。昼も夜も非番の日も関係なく呼び出されて戦っていた。あまりの忙しさに気が触れそうになっていた。
そんな生活の中で夜中に帰った俺はいつものようにフィオナに出迎えられた。その音でまだ赤子だった娘のミーネが目を覚まして泣いていた。彼女はミーネをあやしながら俺にこう言った。
「毎回毎回あなたが行かなくてもいいじゃないですか。少しは休んだらどうですか」
その言葉に俺は激昂した。市民に何人も犠牲者が出ているだとか、騎士団でも新人が大怪我を負っただとか、それでも騎士の妻なのかだとかそんなことを怒鳴ったと思う。ミーネは輪にかけてわんわん泣き出し、フィオナは申し訳なさそうに目を伏せていた。
はっきり言ってそこまで言わなくても良かった。実際彼女の言うとおりだったのだから。
俺がいてもいなくても犠牲者の数はさほど変わらなかったし、新人は怪我するものだった。疲れて気が立っていた俺は自分の価値を否定されたように感じて怒ってしまった。
翌朝になって怒鳴ってしまったことに居心地の悪くなった俺は、逃げ出すように家を出た。そのまま仕事に向かい、家に帰りたく無かった俺は魔物対策本部で寝泊まりした。その日のことだった。
いつものように魔物が出たと通報があり、俺は現地に向かった。見覚えのある道だった。
俺の家だった。
その後のことはあまり覚えていない。俺は彼女が命を賭してクローゼットに隠したミーネを抱え、フィオナの亡骸の横に呆然と立っていた。
魔物が次々現れる情勢なだけにまともな葬式も挙げられず、その日の夜にはフィオナは荼毘に付された。仕事の性質上、俺には子供を育てる能力が無いとみなされ、ミーネは引き取られていった。全ては俺が変な意地などはらずに帰っていれば防げたことだった。
俺は騎士を辞し、単独でこの魔物出現騒動を追った。復讐に怒りを撒き散らし、怪しいというだけで片っ端から拷問にかけていったことですぐに犯人は見つかった。娘を失った哀れな父親が死霊術に手を出したというだけだった。俺はそいつの体の中身を壁に塗りたくった。
だがどうやってもフィオナは戻って来ない。あのとき素直に謝っておけば、あのとき家に帰っていれば、そういった後悔だけが浮かんでくる。しかしもう全てが遅いのだ。
梁にはロープが吊られている。そろそろ潮時かもしれない。
一つ段を登ったとき、ふと玄関の扉が叩かれていることに気づいた。俺はしぶしぶ段から降りて扉を開けた。
「お父さん……」
そこには在りし日の彼女がいた。