鍵を握るは
さて、ここからは再び真剣な話だ。
これからのことを考えなくてはならない。
「まず瑞獣のお二人に尋ねたい。この天災は貴殿らに解決出来るものなのか?」
兄は先ほどと打って変わり、次期皇帝としての表情だ。
ちなみに父である皇帝には瑞獣出現は知らせない。
何をされるかわかったもんじゃないからだ。
「ええ、出来るでしょうな。というよりもこの天気は瑞獣のせいでしょう。」
リンの言ったことは初めて聞くことだった。
おそらく直接仕えることになる賢帝と話がしたかったのだろうと私は納得した。
「瑞獣の?」
「ええ。まず、我々にはそれぞれの役割がございます。九尾の狐は愚帝には罰を与え、賢帝の子孫は繁栄させます。白沢は知識を与え国を平穏に導き、鳳凰は賢帝のために戦を勝利に導き、霊亀は天候を操りこの国を豊かに導く。そして私麒麟は彼らを束ね、この国をさらに繁栄させましょう。」
リンの説明に兄と私は違和感を覚える。
「鳳凰が戦に干渉すると言うのは?」
例の瑞獣伝説では鳳凰は知性のあるものに姿を見せるとはあったが戦に関係したというような記述はなかった。
「ええ。隠すように当時の皇帝に言ったのです。戦はそもそもない方が良いものですからね。それに鳳凰が味方についたからといって勝利をかならず保証するものではありません。あくまで導くだけ。しかしそれを正しく理解することはなかなかに難しいものです、権力のあるものはなおさらそれに溺れてしまう。だから隠していたのです。」
「ではなぜそれを私に?」
「ルイジュ様は民の血が流れることを嫌う本質を持ち合わせておいででしたので問題ないと判断いたしました。」
兄は私と同じく何かを失うことの恐ろしさを知っている。
それに加えて本質から嫌っているとなればリンが信頼したのも頷ける。
「本質…そういったことまでわかるのか。」
「ええ。ですが本来はこういったことは隠すべきなのです。ついつい口を滑らせてしまうのですがね。」
失礼しましたと笑っているが結構大事なことではないか。大丈夫なのか?と心配になる。
本質があるといってもそれは先天的なものであって後天的に変わることも多いから余計に言わないようにしているらしい。
「リン、霊亀様って…。」
そしてメイアンが気になっていたもう一つの疑問を口にすると、兄もはっとしたような顔になった。
「天候を操るということはこの嵐も霊亀という瑞獣と関係していると?」
「左様でございます。彼は天候を操ることができますが、体調や気分によって意図せずとも変えてしまうのです。ですから彼の身に何かあったと考えられるかと。」
「そうねえ、あの子根暗だからねえ。すぐ何か抱え込んじゃうのよお。それにしても今回はかなりひどいから何か起きたのは確かでしょうねえ〜。」
キュウはなんでもないような口ぶりでそういったが、こんな嵐になるくらいだ。
霊亀様の身が危ないのでは?
しかし瑞獣である霊亀に’何か’とは…。
「そんな顔しないで?可愛いお顔が台無しよ、可愛いメイアン。瑞獣は基本的に死ぬことはないから多分大丈夫よお。」
キュウの両手がメイアンの顔を包む。
どんな顔をしていたのだろうか。
私の妹になるんだからあ〜というキュウの言葉と、それに渋い顔をしている兄は無視して良いだろうか。
「まあ急いで霊亀殿のところにいった方が良いのは確かだな。」
「そうですね。あと鳳凰も最後にはしないほうがいいかと。」
「どうしてですか?」
「あいつは餓鬼なのよお。それもクソ餓鬼。」
いつもののんびりとした口調ではあるが嫌悪がにじみ出ている。
リンから聞いていた通りキュウは鳳凰様とかなり仲が悪いようだ。
「まあそういうことです。拗ねると面倒なので霊亀を探しがてら鳳凰も探すのが良いかと。」
「めんどうだわあ。」
瑞獣も拗ねるとかあるのかと一瞬驚くが、そう言われてみるとリンもキュウも人間とさして変わらない。
見た目や能力が異なるだけで、感情などは変わりないのだなと思った。
「霊亀様や鳳凰様、白沢様の居場所に心当たりはありますか?」
メイアンの問いに二人は考え込む。
先に答えたのはリンだ。
「霊亀は私の知る限り、湖のある森を好んでおりました。洞窟もあると完璧なのですが…。鳳凰はいつも飛び回っていて同じところに定住することがないので見当のつけようがないのです。」
「白沢は全員揃えばひょっこり現れるだろうから心配ないわ。」
それぞれ性格がよく出ているなと思う。
白沢様はキュウのいう通りならば心配なさそうだ。ひとまず最後でも大丈夫だろう。
霊亀様もいくつか場所を絞り込めそう。
湖と洞窟のある森なんてそれなりに限られてくるはずだからだ。
問題は鳳凰様か…。飛び回っている人を捕まえるのは至難の技だろう。
やはり優先するべきは霊亀様だろう。
怪我をしていないか、何に困っているのか、いち早く知り助けるべきだ。
「地図を持ってくる。」
ハクジの持ってきてくれた地図をみんなで囲みながら条件に近い場所を探していく。
湖のある森は五箇所、そのうち洞窟もあるのは一つしかなかった。
王都から歩けば十日ほどのところにある通称「龍の森」と呼ばれるところだ。
「ここが一番可能性としては高そうだな。」
「ええ。」
「私とリンが飛ぶとして三日というところかしら〜?」
「昼間は飛べないから五日は見た方が良いでしょう。」
こうして話はトントンと進み、一日置いて明日の夜中に再び旅立つことになった。
「ルイジュ様の方はどうですか。」
「なんていうか、苦戦しているよ。これまでどおり地道に私の味方を作っていくしかないね。ある程度集まったら詳しく計画を立てていくつもりだ。今は正直まだ足踏みをしているようなものかもしれない。もどかしいものだ。」
「宰相たちや皇帝には姫様と私の不在は気づかれていないですよね?」
「ああ。呑気なものだ。一国の姫と将軍が不在なことにも気がつかないだなんてな。」
宰相である馬門は父が皇帝になった時にその地位についたものだ。バモンには娘が一人おり、ルイジュの妃にと事あるごとに提案していたのだ。ルイジュとしては当然、私利私欲にまみれたバモンの娘なんて妃に迎えるはずもなくのらりくらりとかわし続けていた。しかししびれを切らしてきたのかそのしつこさはだんだんと上がっていき、最近では娘が自ら偶然を装おってルイジュに挨拶をしにくるのだ。厄介なこと極まりない。そもそも王族に相手から声をかけてくるなんて不敬だと言いたいが、父の右腕として働く宰相の娘とあらばルイジュでもそう簡単に罰することは出来ないのだ。
あまりの鈍さに拍子抜けしているよと苦笑するルイジュにハクジは油断しないよう釘を刺していた。
「父はすでに傀儡も同然だ。厄介なのはそれを操る三公たちだ。政治の実権を握っている宰相のバモン、太傅の静、そして大司馬の弥白、この三人をどうにかしたいんだがな。」
冥国の政は本来皇帝ハオランが中心となって三公をまとめ、その下にいる司徒と司空、そして次期皇帝のルイジュらと共に行うことになっている。
しかし、ハオランが皇妃の死と共に気も身体も病気がちとなり実質三公の言いなり状態であるためルイジュも手を焼いているのだ。その上、身分を与えるのは皇帝の仕事であり、まだその地位を継いでいないルイジュにはどうにも出来なかった。
「ミハク様も…ですか。」
軍事を取り仕切っているミハクはハクジの上司にあたる。
ハクジはハクジなりにミハクと接してきて感じることがあるのだろう。
「まだなんとも言えないが、今のところ味方だとは思えないな。」
「今現在、確実に味方と言える人はいないのでは。」
「まあそうなんだがな。」
人間いつ何が起きるかわからない。
だからこそ信じると言うことは勇気が必要になる。
次期皇帝という立場を考えても簡単に人を信用してしまってはいつ足元をすくわれるかわかったもんじゃない。
兄はそれをよくわかっているからこそなかなか進まないのだろう。
「まあこの嵐を止めることが最優先だ。姫、期待している。」
「御意。」
そうだ。とにかく今は霊亀様をなんとかしよう。
ルイジュが部屋から出て行くと、一同はそっと息を吐く。
無意識に張り詰めていたらしい。
それは長い時を生きる瑞獣たちも同じだったらしい。
「はあ〜〜〜!疲れたわあ。こんな難しい話してたら肩凝っちゃうわ。」
「お茶を頼んできます。」
「ありがとお。一息つきましょ。」
「昔を思い出しますね。」
聞けば400年前、当時の皇帝とともに国を支えたというのは文字通り会議などにも参加して国政を行なっていたらしい。その皇帝の次があんぽんたんだったらしく瑞獣たちは立ち去った。
父の権力を自分も当然使えるものと考え、欲を見せたのだという。
謙虚な姿勢が大切だということだろう。
ハクジが手配していた女官たちがすでにお茶の用意を終えていた。優秀だ。
ハクジが人払いするよう指示すると、彼女たちは音もなく部屋から退出していった。
「あの下がり方、うちの子たちにも教えて欲しいわあ。」
とキュウが言っていた。うちの子たちというのは青陽館の妓女たちのことだろう。
あの蘭とかいう元花魁はうまく支配人を出来ているのだろうか。