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瑞獣を探す旅に出た姫君  作者: はなもり
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一時帰城




「私ねえ、女の子って大好きなのよお〜」


キュウがこんなことを言い出したのは日が昇り森で休んでいる時だった。

人に見られないよう光来と王都の間にある大きな森に入ったのだ。

しばらくここで休み、夜になってから再び飛ぶために。


「女の子…?」


花街に店を構えていた上にリンから事前に言われていたこともあり彼女は男性が好きなのかと思っていたが。

私の疑問を読み取ったのかリンが教えてくれる。


「キュウは男は皇帝以外興味ないのですよ。」


「あらなあに?メイアンは私を節操ない女だと思って?皇帝の中でも賢帝にしか興味ないくらい理想が高いのよお〜?」


まあ女性には節操ないかもだけど〜というのは聞かなかったことにしたい。

こんな美女に言い寄られたらたとえ同性だろうとこの魅力には抗えないことだろう。


「お兄様…ルイジュ次期皇帝は賢帝だと?」


キュウが興味を示し、結婚したいということはそういうことなのだろうか。

兄は、賢帝になれると瑞獣は感じているのだろうか。


「そうねえ、本質としては賢帝だと思うわ。でも人は変わるの。賢帝としての素質があったのに欲に溺れて変わってしまった皇帝も少なくないわ。」



人は変わる、か。


私のお父様である現皇帝ハオランもそうだった。

私の祖父にあたる先帝はかなりの色狂いだったらしく、後宮はかなり広大になっていた。

それを父は一掃し、当時の宰相の娘であった母、美紫(メイズ)を迎えた。

そこから兄を産み、私を産んだ。

とても穏やかで幸せな時だったと思う。

父は私と兄をたいそう大事に色んなことを教えて育ててくれた。

母もいつも優しくお話しを聞かせてくれたり、歌を歌ってくれた。


しかし、私が6歳の頃に母は永遠の眠りについた。

もともと身体が弱く床に臥せっていることが多い人だった。

美しく穏やかな優しい母の顔から、だんだん血色も艶も失っていく母を見るのは幼い私にとって得体の知れない恐ろしいものであった。


母の死によって私は大切なものを失うことの怖さを知った。

そして、さらにあの優しかった父までもいなくなってしまった。


そして母の死後、父は狂ってしまった。

私のことも兄のことも可愛がっていてくれたのにまるでいないもののように扱い、必要最低限しか会話もしなくなった。まだ6歳の私は何が何だか分からず、ただ泣いて過ごした。

さらに父はこれまではこの国の民のためにと行動していたのに、そのことを忘れたように宰相やそのほか重鎮達とともに私利私欲を貪るようになった。おかげで国は荒れ、国内は混乱に陥った。

兄が苦言を呈したこともあったが、不敬であるとひと月の間謹慎処分となったこともあった。

兄が諦めたような、絶望したような、そんな顔をしていたのを私は覚えている。



「そうね、人は変わるわ。」


かつての父に想いを馳せ、キュウの言葉に頷いた。


「だから、直接話をして色んなことを確かめたいのよお。まだ他の瑞獣を見つけられていないのにごめんね。」


キュウのその表情はどこか懐かしい母の顔に似ていた気がした。

彼女の温もりに包まれているからだろうか。

懐かしい温かさ、人の体温なんてもういつから感じていないだろう。

母が亡くなった後は無いように思う。

兄は優しかったが私を守ろうと常に気を張っていたこともあり、一緒に眠ったり抱擁をしたりなんてしてくれなかった。

いつも自分を律し、次期皇帝としての責任を背負っていた。

最近は少しずつ昔の兄のように柔らかい雰囲気になりつつあるが。

私は寂しかったのだけれど、そんな我儘言えるはずもなかった。


「ううん。大事なことだからいいの。」

「飛び立つまでまだ時間があるから眠っておいてねえ。」



私はキュウの尾に包まれて数刻眠った。

やがて陽は暮れあたりは真っ暗になった。

王都まではあと少しだ。


再び私とハクジはそれぞれキュウとリンの背中に捕まり森を飛び立った。





「さて、城に着いたはいいけれど普通に入ってもよろしいもので?」


私たちは夜が明ける前にこの国の城甘紫城(かんしじょう)のすぐ近くまで到着した。

ここからはさすがに飛ぶわけにいかないので徒歩で向かう。

しかし時間が時間だ。門兵は交代制なのでもちろんいる。さすがに私の顔はわからなくても上司でもあるハクジのことはわかるだろう。しかし普通に声をかけても怪しまれないだろうか。

そもそも私とハクジが旅に出たことは知られていないはずだからこんな時間にのこのこと顔を出すわけにもいかないだろう。


「ルイジュ様はあと半刻もすればお目覚めになるはずだ。門兵は…気絶でもさせるか?」


ハクジの言葉にリンもキュウもうわ、とでもいいそうな顔をしている。

実力行使の姿勢は将軍だからなのだろうがなるべく避けたい気もする。

後から何事かと騒がれても面倒だ。


「塀に沿って裏手に回ろう。そこから静かに私の部屋までバレないように飛ぶ。これでどう?」

正直賭けではあるが、私にはこれ以上何も浮かばなかった。

ハクジも同じようで、この意見に同意した。


「いまだ!行こう!」


時刻が明け方なこともあり裏手には幸い誰もおらず私たちはすんなり入ることができた。

窓の鍵は閉まっていたがキュウが自身の爪を鋭く尖らせ、窓に小さな穴を開けて鍵を開いた。

割れないかと肝が冷えたが彼女はかなり手慣れている様子で思わずリンと苦笑いする。



「はあ〜!着いたわねえ!ここがメイアンのお部屋?きれいねえ。」

キュウは部屋に入るなり私の部屋の物色を始め、リンに止められていた。


「ルイジュ様を呼んでくる。」


一時的にとはいえこんなにも早く戻ってくるとは思っていないだろうから兄はきっと驚くだろう。

数分ですぐに扉が開く。


「メーイーアーン!!!!かわいい妹!!おかえり!!!少し痩せたんじゃ?何か辛いことはあった?大丈夫??」


兄は兄なりに心配していてくれたのだろうが、もう少し以前のように次期皇帝としての振る舞いをしてくれないかと先ほどとは正反対のことを思わずにはいられなかった。

突入するなり私の肩を両手でがっちりと押さえつけ矢継ぎ早に言葉を飛ばす兄に圧倒されつつ、私は礼をとる。


「ルイジュ様、一時的にではありますが、帰城いたしました。そのご報告をさせていただきます。」

「許可する。」


お兄様は行動の切り替えが素晴らしいと思う。

私が姫としての態度を取っているとわかるとすぐに次期皇帝の顔つきに変わるのだから。


「我々は王都出発後、嶺に向かい、その後光来へ行きました。そしてそちらで出会ったこちらにいらっしゃるお二方こそ、この国の伝説に残る瑞獣麒麟様と九尾の狐様になります。」


私が光来の地名を出した時、兄のこめかみが少し動いた気がしたが気がつかなかったふりをする。

私が二人を振り返ると、二人は兄に軽く礼をし、兄もそれに応えた。


「お初にお目にかかる。我が名は累壽、この国の次期皇帝である。」


「私は瑞獣のひとり、麒麟であります。」

「九尾の狐です。名はないのでキュウと。」


瑞獣の二人と兄は名乗り握手をする。

本来王族は立場上握手をすることは少ないのだが、相手が瑞獣となれば立場は同じか瑞獣の方が上になるのであろう。


二人はおもむろに数歩下がると本来の姿に変身してみせる。


「おお…これが伝説の…。」


美しく光を放つその姿に見惚れるような表情を見せた。

そして二人は再び元の姿に戻った。


「我らが瑞獣であることはこれでお分かりでしょう。」

「ああ。まごうことなき本物の瑞獣だ。まずここまで来てくれたことに感謝する。」


兄は両手を握り胸の前で突き合わせる敬愛の姿勢をとった。

私もハクジもそれに倣って同じ姿勢をとる。

次期皇帝が敬愛を示したのだ。それに従う我々もそうするのが正しいだろう。


「さて、堅苦しいのはここまでにしましょ。」

神聖な空気を崩したのはやはりと言うべきかキュウだった。

彼女はもうそわそわしている。

兄を見定めているのか、これから見定めるのかはわからないけれど、私から話をする必要がありそうだった。


「ルイジュ様、神のお告げの内容は覚えていらっしゃいますでしょうか。」

「ああ。当然だ。それがどうした。」

「そのお告げには私もまた瑞獣を助けよ、とありましたね。」

「ん?確かにそのようだったな。」

「こちらにいらっしゃいますキュウはルイジュ様との婚姻をお望みです。」


私の言葉に兄は固まった。

目をこれでもかと瞬かせている。


「…いまなんと?」

「つまりルイジュ様とキュウが結婚しろと言うことです。」


隣にいたハクジは敬語こそ使っているものの、どこかぶっきらぼうで楽しそうでもあった。


「は?私と九尾の瑞獣殿がか??」

「いやだわあ。キュウと呼んで?」


キュウのその態度を見る限り、兄はお眼鏡にかなったのだろう。

早速兄の腕に豊満な胸部を押し付けている。

兄の顔は真っ赤な上、大混乱しているようだった。


「瑞獣って結婚できるのか??」

「あら、できるわよお〜。400年前の皇帝とは結婚していたもの〜。」

「ん?それだと私と血がつながっているのではないか?」

「メイアンと同じこと言うのねえ。大丈夫よ。子は残していないから。あ、でも残すことはできるのよ?だから安心して??」


さすがと言うかなんと言うか、キュウは兄の疑問を次々に解決していき退路を塞いでいく。

その様子がつぼに入ったのか。視界の端でリンとハクジが唇を必死に噛み合わせて笑いをこらえていたのが見えた。


兄は真面目な男だ。妹の私が知る限り、女性は身の回りにおいていないはずだ。むしろ女性を警戒しすぎているきらいすらある。自身の世話は乳母以外全て男性に任せるか、自分でできることは自分でやるようにしていた。立場上色仕掛けされることも危惧していたようで常にハクジやその他優秀な護衛をつけていた。

まあ兄の容姿にその立場を考えれば仕方のないことかもしれないが。

だからこそキュウのようにグイグイ来られることになれていない。

それに相手は瑞獣だ。無下にもできない。困惑した顔で必死にハクジや私に助けを求めていた。


「ちょ、一度お待ちください、キュウ殿!」


ようやくキュウを引き離すことに成功したようだ。

キュウはふてくされたような顔をしているが、瞳は未だ獲物を狙う狩人のそれだった。


「よかったではないですか、ルイジュ様。キュウは賢帝にしか興味がないらしいですし、皇帝を継いだら皇妃や後継を求める声も増えますし、あの宰相の娘は絶対にいやだと言っていたじゃないですか。それらが解決されます。瑞獣であれば誰も文句は言えませんって。」

「それに私の願いを叶えてくれないと協力できないかも〜。」

「いやあ、瑞獣の長としてもキュウが大人しくしてくれるのは助かりますなあ。」


「脅しもいいところじゃないか!」


ハクジと瑞獣二人の言葉に兄はたじたじである。

私に助けを求めてきているが、ごめんと心で謝っておく。


「このご婚約が決まれば良いこと尽くしじゃありませんか。」

「メイアンまで!」


うううとしばらく幼子のように唸っていた兄はようやく背筋を伸ばし心を決めたようだ。


「ではこうしよう。今は婚約という形にする。無事に私の政権になり、この国に平穏が訪れた暁にはキュウ殿と正式に婚姻を結ぶ。もちろんそうなれば皇妃としての公務も行ってもらうが構わないか?」


今すぐ婚姻を結ぶのではなく全てが終わってからというところに兄の必死さが伺える。

まあキュウのあの目を見れば逃げることは不可能と見て間違いなさそうだが。


「しょうがないわねえ〜。そうしましょ。楽しみは後にとっておくものだもの。」


妖しく笑う彼女はまさに女狐と言われるそれだった。

というか彼女が語源に当たるのか。

兄は背筋に寒気でも襲ったのかぶるりと体を震わせていた。







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