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瑞獣を探す旅に出た姫君  作者: はなもり
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青陽館(しょうようかん)の支配人



今後はハクジとリンの睡眠時間を考えて宿に泊まる時は同室にするか護衛をやめてくれと頼んだが、結局ハクジは断固として譲ってはくれなかった。嶺の時は同室だったじゃないかといっても聞き入れてくれる様子はなく、リンも

「瑞獣は人間よりもはるかに丈夫ですから睡眠時間はかなり短くて大丈夫なんですよ。だから心配しないでください。」

といってハクジとの交代制に賛成らしかった。



私ひとり守られている感覚がすごくもどかしかった。

歩く体力や脚力、そして男性にも負けない強い力がこの手にないことがとにかく悔しかった。

自分が行くと言い出したのに、自分は神の巫女だからその責任があると意気込んでいたのに、自分一人では何もできないこの現実に心臓がぎゅっと掴めれたような悔しさを感じた。だから


「ハクジ、私に剣を教えて。」


自分自身が強くなればいい。

せめて彼らの足手まといではなくなるように。

無知で弱くて守られるだけの少女はもう卒業したい。

私はこの国の姫なのだから。



「メイアンのことは俺が守る。必要ないだろう。」


彼の一人称の変化に心の動きを見た。


「いいえ。守られるだけじゃ嫌なの。」


彼の瞳から目を逸らさない。これは私の意地だから。

目の下にクマを作りながら私を守るハクジの姿に、もともと体の弱かった母の姿が重なる。

誰かを失うことが怖い。それにハクジはお兄様の数少ない友人でもある。あの優しく強いお兄様を支えることが出来るのはハクジしかいないだろう。これから王になるのならば尚更。お兄様のためにもハクジを失うわけにはいかない。だからこそ彼の負担を少しでも減らすことが出来るように、私は強くなるべきだろう。



「はあ…。わかった。しかし剣か…いや護身術を先に身につけたほうがいいな。身を守ることから覚えて、それからがいいな。」


ハクジは諦めたようにそう言ってくれた。

小声でルイジュに殺されないかな俺…と言っていたのは聞かなかったことにする。


「ねえハクジ、もっと話しやすい話し方で話していいのよ?一人称とか。」


先ほどから動揺しているのか一人称が私から俺に変わっているのに本人は気がついているのだろうか。

将軍であるときもきっと兵士たちとは砕けた話し方をしていたのだろう。

まだまだしばらく旅は続くのだからとにかく気を抜いていいところは抜いてほしいというのが本音だ。


「ああ、ではまあだんだんそうする。」


ふいっと視線をそらして首のあたりをかいている仕草は彼本来の年齢よりもずっと幼く見えた。






宿を出て私たちは再び歩き始めた。

地理に強いハクジによれば今日中には光来に到着するだろうとのことだった。

その間も私はリンの背中に乗せられた。


嵐でよくわからないがおそらく夕方くらいであろう時間にようやく光来にたどり着いた。

町の入り口には警備の兵士がいる。

嵐の中旅をしている私たちに訝しげな視線を向けているが私の顔は流石にここまでは知られていないようで安心した。

ハクジが小声で兵士に何かを耳打ちすると、兵士の顔色は一気に土偶のような色に変わり走って門を開けに行った。

脅しに近いことでも言ったのかとハクジに目をやると片方の口角を持ち上げていたのでこれ以上知ることは断念した。


「町にこのような門があるのね。」


リンのいた嶺には門なんてなかったし、光来は大きな町だからこそもっと気軽に出入りできるのだと思っていた。それに国境付近ならまだしも、ここは冥国の内陸部に当たるから尚更だ。


「…メイアンは花街をどの程度知っておりますか?」


リンは隣にいるハクジの顔を見ながら私に尋ねる。

花街…確か女性たちが花を売る町だと書物には書かれていた。

私の答えにリンはさらに質問を重ねる。


「花が何かお分かりで?」

「花は花でしょう?種類まではわからないわ。」


もしや何か特別な種類の花を扱っているのだろうか。

だからその種が流失しないように門があるとか?


隣のハクジとリンは二人して頭を抱えている。

リンは唸り、ハクジは震えていた。

なんなのだ。


「何?間違っているの?」

「ハクジ殿、どこまでお話ししていいものでしょう?」


眉を八の字にしているリンはハクジに何かを伺っていた。


「お、俺が説明しよう。」

震えていたハクジは笑っていたらしい。

彼の笑顔を初めて見た気がするが今はそんなことを気にする余裕もない。


「何よ、違うなら早く教えて。」

「花というのは比喩表現だ。実際に植物の花を売っているわけじゃない。」


比喩??では花のような何かを売っているのか。

私が読んだ書物にはこの町についてあまり詳しく書かれたものがなかったためあまり思い浮かばない。

町の住人は女性が多く、来る人は男性が多いとは記述されていたと思う。


「つまり、女性が男性にサービスをだな、するというか…。」

「サービス?」

ハクジは言葉を選んでいるのか察しの悪い私にしびれを切らしてきたのか、はたまたそのどちらもか。

最終的にかなり直接的な言葉を私に耳打ちしてきた。

古典的な漫画表現であれば私の顔からは煙がぼふんと上がっていたことだろう。


いやでも仕方がないはずだ。私は18歳にはなるがまだ未婚だ。

母もおらず、兄がまだ早いだろうと渋ったせいでそういった方面の教育も先延ばしされて受けていない。

年齢的にはもう結婚していたり婚約していても何もおかしくない年齢ではあるが、親交のある他国の皇子たちはすでに婚約済か年齢が大きく離れているし、降嫁にふさわしい家の子息はおらず、またそれらしい手柄を上げたものがいないと兄から聞いている。


「ルイジュはメイアンにそういった方面の知識をつけないようにと書庫も整理させていたからな…。閨教育もまだいいと先延ばしにしていたし、手柄を上げてもまだ足りぬと許可しなかったしな。」

「お兄様はメイアンを溺愛しておられるのですね。それにしても過保護すぎますが。」


リンの言葉に何も言い返せない。

全く知らなかった。だから光来の知識が私にないのか。

兄が花街である光来の書物を隠していたということか。


事実を知った今。先ほどまでの自分の質問があまりにも滑稽で穴があったら入りたい思いでいっぱいだ。


「まさか花街を植物の花を売っているところだと思っていたとは…。」

ハクジは掘り返すように笑い続けている。

寡黙な将軍はどこにいったのだ。目の尻には涙まで浮かんでいる。


「お兄様のせいよ!ああもう早く九尾の狐を探しましょう!!」

いつまでも笑っている二人を引っ張り門の中に踏み入れると、まるでそこは別世界のようだった。

嵐なんて物ともせず店はほとんど開いているようだった。

多くの美しい女性たちが店の軒先から手を振っている。


「この町で一番の美女がいると評判はどの店だ?」

ようやく笑いが収まったらしいハクジがずんずんと歩き一番手前の店にいる女性たちに声をかける。


「あらお兄さん、開口一番失礼ねえ。私じゃあないと決めつけているじゃない。」


やあねえと女性たちは顔を見合わせる。

しかしハクジがただ野次馬で聞いたわけじゃないと悟ると丁寧に教えてくれた。


「一番の美女といえばこの町の奥にある青陽館(しょうようかん)じゃない?といっても妓女じゃなくて店の支配人だけど。」

「そうね、あそこの支配人は経営者としてもかなりのやり手だけど、それ以上に美しいのよねえ。この町の妓女じゃあ誰も敵わないわよ。」

「もはや戦おうとも思えないわよねえ〜!」

「滅多に姿は見られないけれど、一度見たら忘れられないわ!」


女性たちは口々にそういった。


その後もあちこちの店で尋ねたが驚くことに全員が青陽館の支配人の名を挙げた。

よほどの美人らしい。

自身は支配人という立場でありながらも彼女目当ての客が絶えないというのだからもはや恐ろしくすら感じる。



その店はこの町のどこの店よりも大きく豪華な店構えだった。

外観だけでいかに成功しているのかがわかる。

「おそらくいますね。」

リンがいう。以前話していた瑞獣同士の気配なのだろう。


「すみません、ここの支配人はいらっしゃいますか。」

ハクジが入り口の近くにいた女性に声をかける。

女性はやれやれといった顔つきで

「支配人目当てでも女の子を買ってくれなくちゃ店には上がれないわよ。そもそも支配人がお顔を出すのは花魁を買ったお客さんの時だけよ。」といっていた。きっと支配人目的の客はかなり多いのだろう。

確かに売っている自分たちを差し置いて、売っていない支配人を目的とされるのだから面白くはないのだろう。



どうしたものかと考え込んでいると周りで話を聞いていた別の女性がハクジとリンの顔をジロジロと眺める。


「いやあでも二人とも美しい顔しているし、花魁も気にいるんじゃない?あの人面食いだからさあ。本当なら一見さんお断りなんだけど、特別に許可してもらえないか聞いてきてあげるよ。お金はあるわね?ここでみすみす逃したとなればあとで怒られそうだわ。」


彼女はそういうと店の奥に走っていった。

他の女性たちも集まっては二人の顔を覗き込む。

リンはニコニコと相変わらずの微笑みを返していたが、ハクジは居心地が悪いらしく眉間にしわを寄せていた。


「いいってよ!連れの女の子も入っていいって!花魁が直々にお茶入れてくれるそうよお!」


先ほどの女性が戻ってきた。どうやら私たち3人はとりあえずその花魁とやらに会えるらしい。

そういえば男性にサービスする店なのに大丈夫なのだろうかと不安に思っているとリンが「何もそういったことをするためだけではなく、お茶をしたり舞や演奏を楽しむこともあるので大丈夫ですよ。」と教えてくれた。さては慣れていらっしゃるな、と思うがさすがに口にはしなかった。見た目は若くとも中身は何百年と生きているのだから年の功というのもあるだろう。



部屋に入ると焚き染められた香の香りに混じって畳の良い香りがした。

まだきっと張り替えたばかりなのだろう。

それともかなり儲けているお店であるからかなり頻繁に変えているのかもしれないが。

私たちが席に着くと多くの女性たちが音楽と舞を披露してくれた。

とても優雅で心地よく本来の目的も忘れて楽しんでしまった。


しばらくして襖が大きく開いた。

そこには(らん)というらしい花魁がまるで大輪の牡丹が咲き誇ったような美しい微笑みをたたえていた。


「御機嫌よう。蘭と申します。今宵は楽しんでくださいね。」

同じ女性なのにここまで虜にされるのかという驚きが私の中に生まれた。



「この店の支配人には本日会えるのだろうか。」

「ああ皆様もあの方が目的なのでしたわね。もう少しもすればいらっしゃるかと。それまでは楽しんでくださいな。」

彼女の指先は美しく揃えられハクジに触れそうになったが、ハクジは軽く避けてしまった。

女性が苦手なのだろうか。お兄様と同い年のはずだが婚約者もいないし、こういった場も楽しまないのか…と下世話なことを考えていると蘭は私の元にもお茶を注ぎに来てくれた。


「可愛らしいお嬢さんだこと。こんなところの連れてこられた困っているのでしょう。取って食べたり致しませんから気を休ませてくださいね。」

花が笑うとこんなにも美しいのか。光が輝いているようだった。


しかし、彼女の上があるのだとその直後に再び開かれた襖の先に立つ女性に痛感させられることとなった。



「あら!久しぶりねえ!二人とも!」

光り輝くというか、彼女自身が光そのものといったようなこの女性こそ青陽館の支配人だった。




読んでくださりありがとうございます。


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