麒麟(きりん)
「お初にお目にかかります。神の巫女殿。」
喋った!!
なんども見てきたあの絵とは特徴こそ一致はしているものの似ても似つかなかった。
実物は数倍かっこいいと言うか勇ましいと言うか…。
金に輝くタテガミの中から見えるのはそれは見事な一本角だった。
やはりあれを描いた人にもっとちゃんとかけよと悪態をついてしまう。
いや、そんなことよりも
「リンが麒麟だったということなの?」
光に包まれリンが消えて麒麟が現れた。
にわかに信じられないがそういうことなのだろうか。
「ええ。試すような真似をして申し訳ありません。」
伝説の麒麟が目の前で喋っているという衝撃に私の足は震えた。
「とりあえず話がしたいので元に戻っていただけますか。」
私の様子を見てかハクジが提案してくれた。
ありがたい。情けないことに私はその場で立っていることが精一杯で冷静に話せそうもなかったからだ。
再び光に包まれると麒麟はおらず、リンがにこにこと立っていた。
「いやあ驚かせてしまったみたいですみません。さて何から話しましょうか。」
「えっと、まず貴方が麒麟で間違いありませんか?」
「はい。私は瑞獣の一人、麒麟にございます。」
こんなにも早く見つけられると思ってもいなかった。
ていうか人の姿になれるなんて。
「人に変化できるのですね。」
「私たちは長い間生きることとなりますから人に馴染めるように自分の姿を変えることができます。それこそ見た目の年齢も。今の私は20代中間くらいに見えてますでしょうか?」
年齢も変えられるなんてそれこそ幼い子供にでも見た目を変えられたら見つけられることはできないだろう。
いや、そうでなくても不可能に近い。
「私共はそうして国中を渡りあるき民を通してこの国の皇帝を見るのです。そうして為政者であると認められれば王都に出向くことにしています。残念ながら最後に全員に認められたのは400年も前になりますが…。そのためにも人に馴染むことが必要となるので変化するのです。」
「ではなぜ私に正体を明かしたのですか?」
彼の話から考えると私の正体なんてとっくに気がついているのだろう。
それなのになぜ。今の皇帝である父は先ほど麒麟も言っていたが愚帝に分類されるだろうし。
「貴方がこの国の姫である以前に、神の巫女だからです。私たち瑞獣は神に仕えるのですが神の声を聞くことはできません。しかし貴方は神のお声を聞くことが許された。ですから我々は貴方を敬うべきなのです。」
「貴方は私が神の声を聞いたとわかるのですか?」
「ええ。神の声を聞くことが出来るものは神の加護を手にするのです。加護は外的要因から身を守ることなどは出来ませんが、なんていうか我々を引き付けるような香りが出てくるのです。だからメイアン様がこの町にやってきた時点ではっきりとわかっていました。」
神の加護なんて付いていたのか。
ただあの声を一度聞いただけだったのでそのようなものがあったなんて全く知らなかった。
瑞獣伝説の中に神の声を聞くことが出来る神の巫女はちらと出てきたが存在したとあるだけで、詳細な記述は一切なかったのだ。
「ではなぜ出会った時には隠し、いま教えてくださったのですか?」
「神の巫女は神が選んだお方。もちろんそれだけでも十分なのですが、私は己の目で確かめたかったのです。貴方の人柄を。不快に思われたのなら申し訳ありませんでした。しかし、私にとっては大切なことなのです。」
だから先ほど試すような真似をしたと謝罪していたのか。
不快になんて思うはずがない。
常日頃自分は何の力もないのだから敬われることはおかしいと思っているメイアンだ。
むしろ麒麟が神の巫女だからと盲目的に敬ってくる方が嫌だっただろう。
「それで、私は合格だったと思ってもいいのでしょうか?」
「もちろんです。自分が病になるかもしれないことなど顧みずに町の人間たちを懸命に助けてくださいました。心から感謝しております。」
麒麟は改めて丁寧に私にお礼を告げた。
「そして私にメイアン様とハクジ様の旅に同行する許可をいただけないでしょうか?」
こちらとしては好都合だ。
なにせ旅の目的である瑞獣が自ら来てくれると言うのだ。願っても無い。
しかし彼はこの町の町長だ。簡単に連れて行ってもいいのだろうか。
「この町はどうするのです?」
「私の部下がおりますゆえ大丈夫でしょう。それにそもそもこの町は平和で私は大したことはしておりませんので。」
「それならば私の方から断る理由など持ち合わせておりません。」
私の言葉を聞くと麒麟は再びひざまづきお礼を言った。
「やめてください!これから共に旅をするのですから麒麟様も私のことはメイアンと呼び捨ててください。」
「恐れ多いですがそう言うのであれば…。では私のこともリンとお呼びください。」
恐れ多いのはどちらだ。瑞獣であれば数百年生きているはずだ。
そんな彼からしたら私なんて生まれたばかりの赤子もいいところだろう。
「出来たら敬語も外していただけると…。」
「いいえ。これはもはや口癖のようなものですから今さら外すのは難しいのです。」
確かに柔和な雰囲気とその穏やかな口調はあっているが。
そう言っているのを無理に変えろとは言えるはずもないのでそれならばと私も彼には敬語を使うことにした。
「他の瑞獣たちがどのあたりにいそうとかってわかりますか?」
次の行き先を早く決めて出発しなければならない。
この間にも嵐は国中を蝕んでいるのだから。
「私たち瑞獣は他の瑞獣が近くにいると気配でわかるものなのです。ですが残念ながらこの辺りにはもういませんね。もともと個人で行動するのが好きなものばかりでして。」
瑞獣たちは基本的に自由に飛び回っているらしい。
しかし互いが近くにいるとずっと気配を感じることになるのでなるべく離れて暮らすようになったらしい。
リンも他の瑞獣に最後に会ったのは400年前だったそうだ。
それ以降気配を感じたことはあっても為政者が出ない治世が続いたこともあってお互い会うことはなく時が過ぎた。
「ただ、九尾であればおそらく花街の栄えた都市部にいることでしょう。あいつはそう言った華やかな街が好きなもので…。」
これは意外だった。
伝説では確かに皇帝に子孫をもたらすと言ったようなことが書かれていた気がするが、それはまさかそのままの意味であったのか。勝手にまじないのようなものを想定していた。
それに正直、狐というくらいだからてっきり森にでも住み着いているのかと思っていた。
だが人の姿をして街に馴染んでいるのならば確かにそういったところにいてもおかしくはないのだろう。
「花街といえば光来のあたりだろうか。」
ずっと口を結んでいたハクジが教えてくれる。
相変わらず地理には強いようだ。
「光来…確かにあり得ますね。ここからだと歩いて7日ほどでしょうか。」
「ああ。それにあそこなら多少高台になっているから水の被害も酷くはないだろう。」
あまりに低い土地だと既に浸水しているかもしれない。そうなると人々はもう移動しているだろうし街に向かうまでに足止めを食らうことだろうが、光来はそうではないとのことだった。
「ではすぐに向かいましょう。」
私たちは荷物を整えた。
王宮から持ってきていた荷物は最低限の着替えと保存食だったがそれに加えていくつか必要そうなものをリンが用意してくれた。
「リン様!!!」
リンの家から出ようとした時、家の前にはたくさんの町人たちがいた。
「何かあったのですか?」
リンも驚いている様子だった。
「リン様が旅に出ると聞いて駆けつけたのです!」
「どうかお気をつけて!」
「これ保存食、少しですが持って行ってください!」
「メイアン様!ハクジ様!看病してくださってありがとうございました!!」
「またきてくださいね!」
リンはこの町で自分は大したことはしていないからと言っていたが、町民のこの様子だとそんなことはないらしい。きっとたくさんのことをして、町民に愛されているのだろう。でなければこのような見送りはあり得ないことだ。
「みなさん、ありがとうございます。この町をお願いしますね。」
リンは少し照れたように笑った。
こうして私たちは嶺を出て光来に向かったのだ。
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