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瑞獣を探す旅に出た姫君  作者: はなもり
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リンという男



「ハクジ、どう思う?」

リンが退室した後私たちは客室に案内された。

私とハクジは恋人という設定のためか同じ部屋に通された。

変えてもらおうかを思ったけれど、良い理由が浮かばない上に、ハクジも護衛のためにはちょうど良いと言ったためそのままにすることにした。


「…悪意は感じられなかったかと。だが何か知っていることには違いないでしょうし、ひとまず様子を見るしかないと思いますね。」

「同感ね。今はとにかく病に倒れた人たちの回復のために努めましょう。」


リンの様子を見つつ看病していくしか今は動きようがなさそうだ。

そして彼は二人きりの時は敬語にするつもりなのか。


さてここで一つ問題がある。

この客間には寝台が一つしかないのだ。二人は余裕で眠れるくらいの大きさではあるがなにせ私は未婚の姫である。正直こんなこと気にしている場合ではないので私としては構わないのだが、それを忠実な騎士であるハクジがよしとする筈がなかった。


「メイアン様はそちらの寝台でお休みください。」

「あなたはどうするの?」

「私はそこにある腰掛けで十分です。護衛でもありますから深く寝入るわけにはいきません。」

「…いつどこで誰かに見られたり聞かれたりするかわからないから二人きりの時も敬語はやめて。それに護衛ならば近い方が都合はいいのでは?」

「今は恋人のふりをしているとはいえあなたは一国の姫、私があなたのお兄様に殺されてしまう。ご容赦を。」


お兄様にばれる筈もないのに。

まあ確かにバレたら怖いけれど。お兄様はなんだかんだ私に過保護な面がある。母を幼い頃に亡くし、父がああなってしまったから自分が守らなくてはと責任感もあったのだろう。

それもありこの生真面目な将軍は断固として譲る気はないらしかった。


「もう…じゃあ今日はとりあえずそうさせてもらう。明日からは何か考えましょう。」


明日以降もここに滞在させてもらうのならば寝台をもう一つ用意できないか聞いてみるしかなさそうだ。

でなければいくら野営にも慣れている将軍ハクジでも体力の限界は来るだろう。

自分で思っていたよりも疲れていたらしく、私はすぐに眠りについた。




「目覚めたか?」

瞼を持ち上げると漆黒の髪を揺らすハクジの顔が目の前にあった。


「寝すぎたかしら。」

「いや、大丈夫だ。目覚めたら食事を一緒に取ろうとつい先ほどリン殿が来たところだ。」

「わかった。すぐにいきましょう。」

「ああ。その前に先ほどこの家のものが着替えを持ってきてくれた。私は壁の方に向かって立っているから着替え終えたら声をかけてくれ。」


そういうなり私から一番遠い壁に向かって背筋を伸ばして立ち始めた。

その様子がなんともおかしくて私は少し笑いそうになったが、私に気を使ってくれているのに流石に悪いかと思い我慢して急いで着替えを済ませた。



昨日話をした部屋に通されるとリンはすでに座って待っていた。

「昨日はよく眠れましたか?」

「ええ。色々よくして頂いてありがとうございました。」

「それは何よりです。食事にしましょう。」


王宮で食べるものとは当然違うが、それでもあまり遜色がないくらいに素晴らしい料理ばかりだった。やはりこの家はかなり裕福らしい。栄えた町の町長ともなればこんなものなのか。

食事を終えた私とハクジは昨日病人たちを運び込んだ小屋に向かう。

身体を拭いてやり重湯を口に少しずつ流し込む。

きちんと嚥下しているのを確認しまた次の人に移る。

この繰り返しだった。

昨日よりか幾分顔色はましになっているようで少し安心する。

まだまだ患者が増えることも予想していたが感染力はそこまで高くないらしく、また発症後すぐに隔離したおかげもあってか数人運び込まれてきただけで収まりつつある様子だった。

発症した家族をすぐに家から出すことは確かに非情かもしれないが、この先生き抜くための判断としては正しいのだと私は思った。またその判断をみんなができたということはもしかするとあの若い町長の指示かもしれないとも思う。



「お姉さん…。」

立ち上がろうとした時に床から裾を掴まれ振り返る。

患者の一人である小さな男の子だった。


「身体大丈夫?どうかした?」

「ありがとう…。」


初めて私が私として感謝された瞬間かもしれない。

リンにも感謝の言葉は言われたがあれは町長として何かを代表するような意味が強い筈だ。

王宮にいた時も感謝されることはあるが、結局のところ私は姫であり権力者の娘だ。

やはりどこか偉い人が何かをしてくれたと思われた上での感謝というのが拭えなかった。

いつも女官たちにお礼を言われるたびにそう思ってしまう自分も嫌だった。

でも今はそうではない。

この子供はきっと私が誰かなんて知る筈もない。

ただ純粋に私がした行動に対して感謝をしてくれたのだろう。

そう思うと泣きそうな気分になった。


「あなたが元気になって笑ってくれたらそれが一番のお礼だわ。」

私はそういうと鼻に力を込めて涙がこぼれないように努力した。





この町に来てから4日も経てばほとんどの人が起きあげれるようになっていた。


「お姉さん!ありがとう!」

この前の子供は律儀にもお礼を言いに来てくれた。

他の大人たちは初めなんの目的があって旅人が自分たちを助けるのかと訝しんでいた様子だったが私たちがひたすら看病に勤しんでいる姿やリンが親しげに話している様子を見て徐々に信用していってくれたみたいだった。




「ありがとうございました。」

完全に動けるようになった人たちは自分の家に帰ることにしたみたいだ。

小屋の近くには家族たちが迎えに来ていた。

ほとんどの家族は涙を流し町に放り出したことをただひたすらに謝っていた。

それを見たリンは自分が町を守りたくてやらせたことだと頭を下げて謝罪していた。

リンはかなり町のみんなから好かれているらしく、町人たちは一斉にあわあわと焦り出し頭を上げてくれと頼み込んでいた。




7日経ったところでもうほとんどの人が自宅に帰っていった。

その間リンから聞いた話によるとこの町は無駄に贅沢をする人がいないためにコツコツと蓄えておりこの嵐でも飢えは出していないとのことだった。そしてまだしばらくはもつということだからよほど着実に蓄えていたのだろう。



「メイアン様、ハクジ様、町長からお話がありますのでいらしてください。」

看病が終わったためそろそろ瑞獣を探す旅を急がねばと借りていた客間の中で荷物の整理をしてた私たちはそう言われてまた初めの部屋に案内された。


「やあもう出発するそうですね。」

リンは相変わらず何を考えているのかわからない表情で口を開いた。


「ええ。少し急がねばならないので…。」

「では私からひとつお願いがあるのです。聞いていただけますか?」

「内容にもよりますが、この7日の間随分とお世話になりましたから可能な限りはお応えしたいとは思います。」

「まずお願いの前に先日お話しした瑞獣伝説を信じる理由についてお話ししますかな。」





「信じる根拠は3つお話ししたかと思います。ひとつ目が書物に残されていること。これについては単純です。2人の皇帝が記録しているのですから完全な空想というには無理があると思ったのです。上手いかどうかは置いておいて絵にも残されているそうですし。」


上手いかどうか?その言葉の意味を考えると彼はもしかして王宮にいたことがあるのだろうか。しかし彼の年齢を見れば私が全く見たことないなんて考えにくい。私は人の顔を忘れることはない。いつ命を狙われるかわからない身だからと兄からも亡き母からも人の顔はきちんと覚えるよう幼い頃から言われていたから。


「2つ目の一部が意図的に伏せられているというのは、為政者の元にのみ現れ、愚帝の時には決して現れないという点が民には伝えられず、瑞獣たちは神話の生き物で実際には存在しないと強調されていることですね。民がこの事実を知ると今の皇帝やその前の皇帝たちは愚帝であると示してしまうことになりますから。」



民から直接自分の父が愚帝と呼ばれ悔しくないわけではない。

しかし否定もできず唇の端を噛んでしまう。

自分だって父のことは良い皇帝であるとは思っていないし、さっさとお兄様が変わってしまえばいいのにと思っているくせに。それでも少しはあの幼い頃の父の様子が記憶に残っているせいでもどかしい気持ちになることはあるのだ。




「…3つめは貴方です。メイアン様。」


「それが一番わからないわ。」


私が神のお告げを聞いたということはお兄様と将軍であるハクジしか知らないはずだ。

倒れた時その場にいた者たちには心身ともに疲れが出てしまったせいだと伝えてあるはずだ。

そう訝しんでいるとリンは突然私の目の前にひざまづいた。



「神の巫女、メイアン様。私に貴方と旅を共にする栄誉を頂けないでしょうか。」



これが私のお願いです。と言うリンは冗談を言っているようには見えなかった。

困惑してハクジの方に目を向けるとただ無表情でうなづくだけだった。



「なぜ私が神の巫女だとお思いになるのです?」


「…メイアン様は瑞獣たちはあの下手くそな絵の通りだとお思いですか?」


質問に質問を重ねられ私はむっとするがハクジも何も言わないし、と質問に答えることにする。


「残念ながらそれ以外の情報はないので。それが先ほどの答えと関係するのですか?」

「まあそうですね。…たとえば瑞獣たちは変化(へんげ)できるとしたらどのように探しますか?」


瑞獣が変化…考えてみなかったわけではない。でも考えたところで無駄だったのだ。

だって変化していたら私たちにはわかりようがなく、それこそ出会った人にいちいち「あなた瑞獣ですか?」と聞いて回ることになる。とんだ不審人物だろう。だからあの下手くそな絵のまま信じるしかなかったし、出会えば人と違うだろうからわかるだろうと思っていたのだ。



「…出会えばわかるかと。」


少し不貞腐れたように言った私のその言葉にリンはクスクスと笑う。

馬鹿にされているのだろうか。


「ですから貴方と共に旅に行きたいのです。」

リンはそう言うと部屋の隅に待機していた者たちを全て追い出し、部屋に私とハクジだけを残した。



すると「見ていてくださいね。」と言った後私たちから離れた。

まばゆい光が突然彼の周りを取り囲む。

眩しさに目を閉じそうになるが頑張って瞼を見開く。



光が収まった時、リンの姿はそこにはなかった。

代わりにその場所には見たこともない獣がいた。

いや、見たことはあるのか。あの下手くそな絵に似ている気もしないではない。



「……麒麟(キリン)?」

その姿は瑞獣伝説に書かれていた麒麟の特徴である立派な一本角を持っていた。





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