眈々と、ボロアパート
「君は、恋人を作らないの?」
「唐突だね」
ぐっと伸びをすれば、ソファーが軋んだ音を立てる。深夜のバラエティー番組をBGMに、酒のつまみを作りながらする話なのだろうか。
ソファーの背もたれに肘をついて、いつの間にか見慣れてしまった後ろ姿を眺めてみる。見慣れた、というより、しっくりくると言うべきか。こんなボロアパートより、高級マンションの方が似合いそうな顔をしているくせに。
「無視しないでくれる」
「…ああ、ごめん。質問だったの」
ちらりと視線を向けられて、肩を竦める。恋人、恋人ね。ううん。
「……必要性を感じないかな」
「必要性」
冗談を言ったわけではないのだけれど、彼はおかしそうに私の言葉を繰り返す。
「何?」
「いや?君はそういう奴だった」
含みのある言い方にむっとして雑に寝転がれば、壁の時計が目に入る。終電はとっくの昔に終わっていた。
「ほら、皿を持っていって。働かざる者食うべからず」
しぶしぶ起き上がって、キッチンへ向かう。華の女子大生も食欲には勝てないのだ。
「それで」
「うん?」
「必要性を感じないというのは」
「まだ続いてたの、その話…」
うんざりと顔を顰めて、ポテトサラダの皿を受け取る。その足で冷蔵庫から缶ビールを2本取り出しながら、ぼんやりと考える。
恋人の定義って何だろうか。キスやセックスができるかどうか?それはあまりに即物的な気がした。それに、恋人でなくともキスはできる。セックスも多分、できる。
私は、彼とセックスができるのだろうか。ふとそんな考えが頭に浮かんだ。できるかできないかというのは肉体的な意味ではなく、気持ちの問題。できるだろうな、と思った。
「ねえ。あんた、私とセックスできる?」
「何、もう酔ったの」
「まだ一口も飲んでないよ」
ソファーの背もたれにエプロンを引っ掛けた彼が、私の隣に腰を下ろす。
「セックスねえ」
「…やっぱり何でもない」
こんなに綺麗な顔をした、潔癖そうな男の口からそんな言葉が出てくるのは、妙に居た堪れない気分だった。冷たいビールを煽る。
「できる」
「……あ、そう」
ぶっきらぼうに呟く私。彼が喉の奥で笑う。
「君は?」
「……できる」
多分、と付け足したのは負け惜しみだ。時計の針はもうすぐ3時を指そうとしていた。
「…泊まってく?」
「何を今更」
それもそうだ。随分前から、私たちはこうだった。
「何だかなあ」
納得がいかず顔を顰める私に、とうとう彼が声を上げて笑うのだった。