Record:8 死線
ガァンッ!
少年の拳により打ち砕かれた顔面の人型機械から部品がひとつ弾かれた。
人型機械の胸から飛び出したそれは―――ハッチだった。
中から突然人が現れる。
「―――」
腰まである銀髪を風にたなびかせ、所々を機械のパーツに覆われている少女。
人型機械から刀を二つ抜き取り、彼女はそれを装備する。
そして猛然とその人型機械から降り、屋敷へ向かう。
「じいちゃん―――!」
そこに立ちはだかったのは―――この雷神の里現当主笹川龍斗だった。
「貴様がこの襲撃の主だろう。」
龍斗は刀―――真月を抜き、その少女へ対峙する。
そして、彼女は歌うようにして声を発した。
アガメヨ ワガシュシンヲ
ワガアルジ ノ ミココロノママニ
スベテノソンザイ ニ シュウエンヲ
「―――話は通じねぇってことか。」
龍斗は真月を構え、少女へ攻撃体勢を示す。
少女はひたと龍斗を見据えた。
再び歌う。
スベテノソンザイ ニ シュクフクアレ
「―――っ!!!」
ガキィイイイッン!
少女は凄まじい速度で龍斗へ殴りかかる。
「ッヌウォアッ!」
龍斗は斬り返し、少女をはじく。 そのまま少女の懐へ向かう。
「てめえが何者か知らねえが―――」
真月に全力を込めて、龍斗は叫ぶ。
「このわしの里に好き勝手すんじゃねぇぞぁ!!!」
龍斗は真月を流麗に力強く振るい、少女の二つの剣を弾く。圧倒的に手数の優れる双剣を相手に、それ以上の速度と膂力で全て弾く。
「ぬぁあーっ!」
龍斗は敵の攻撃を崩し、その隙を突く形でいきなり奥義を繰り出した。
「富嶽!!」
シンプルな突きだが、緻密な力の流れ、その膨大なエネルギーをコントロールし、一点に集中し、大砲のごとくぶちかます技。
―――真月を使って初めてこの技が為せる。
つまり笹川当主のみが使える、伝家の宝刀だった。
ドンッッッ!!
暴力的なまでのエネルギーの槍が少女を貫き、その小さな胸に巨大な風穴を開ける。
その余波はおさまることなく、そのまま後ろの山まで届き、貫く。
風穴を開けられた少女はしばらく立ち尽くし―――倒れる。
龍斗は刀を仕舞い、少女を見下す。
そうなるはずだった。
「あぁ……??」
いつの間にか少女は立ち上がっていた。
完全に虚を突かれた龍斗はもう一度抜こうとするが―――その判断が遅かった。
スベテノソンザイ ニ シュウエンヲ
「ぐぁあっ―――!」
少女の刀が真月を持とうとした腕を斬り落とした。
すかさず龍斗は別の手で真月を抜こうとする。それより早く、少女の刀が閃光を放つ。
「ぐ、ぉぉあっ……!!」
龍斗の反応速度を越える刀が、次々と龍斗の体へ刻まれる。
とてつもない殺意をもって、少女は刀を振るう。
静かに、静かに、苦しめるようにして。
わざと急所をはずして、斬り続ける。
「てめぇっ……!!」
なんで、胸に風穴を開けられて―――生きているんだ。
龍斗は刀をなんとか防いだり、かわそうとするが、それでも猛攻の前にはなすすべがなかった。否、その剣筋が急激に覚醒したかのように鋭くなったために反応ができなかったに等しい。
「―――ササカワリュウト―――」
少女は龍斗の体を蹴り、龍斗を転ばせた。
「がはっ―――!」
あちこちを痛めつけられた龍斗はもはや立つことすらままならなかった。
「―――シュウエン アレ―――」
倒れた龍斗の上に立ち、少女は刀を振りかぶって―――
「くそが―――!」
ザシュッ!
「があっ―――」
龍斗を袈裟斬りにした。
少女はそのまま龍斗の首に足をかけた。
「ぐっ……ひゅーっ……!」
息すらまともにできなくなった瀕死の龍斗の首にハイヒールの土踏まずが食い込む。少女は目から青い光を漏らしながらその老体の顔を激しく睨み付けた。
龍斗は彼女の視線からその奥にどす黒い感情を感じ取る。
「……ごほっ……やるな……ら……とっ…………とと……!」
少女は―――龍斗の言葉を聞いて、実行に移した。
彼女は無造作に龍斗の首を斬った。
あっけない決着だった。
里の当主であった笹川龍斗はほぼ何もできずに一方的に斬られ、最後には年端もいかぬ少女に首を斬られ、―――動かなくなった。
それを屋敷から見ていたおれたちは―――その事実を飲み込むことができなかった。
嘘だろ。じいちゃん?
なぁじいちゃん。
たちの悪い何かの夢だよな。
おれは頭のなかがぐちゃぐちゃになっていた。
少女はこちらへ向かってくる。
胸に風穴を開けられてなお、こちらへ向かう。両手に握った二振りの刀はぎらぎらと輝いている。
「……もう、やだ……」
ふと、聞こえた。
その声の方向を見ればそこにはテルシアがいた。
今にも泣き出しそうに……彼女は顔をグシャグシャにしていた。
「もうやだぁ……! へいたいさん……へいたいさぁん……!」
おれも、泣きたい思いだった。
どうすればいいのか、何もわからない。少女は完全なる殺意をもって当主を殺した。 ぺーぺーのこどものおれたちに何かができるはずもなかった。
おれたちができることはもはや、助けを呼び、祈ることしかない。
―――だが。
おれは祈ることなどできるはずがなかった。
身の内を黒い炎が焼き尽くす。
怒りと悲しみがおれのなかで渦巻いている。
さっきまで話していたはずの肉親が物言わぬ骸となる。
永遠にもう、時間を交えることすらできない。
その理不尽。
その死が描く永遠なる断絶。
「てめぇえ……!!!」
もはや恐怖に縛られていたおれの足は奮い立っていた。
他でもない悲しみ、怒りによって描かれる憎悪によって。
復讐の鬼とおれは成り果てる。
「許さねぇ……許さねぇぞ……!!!」
よくもやりやがったな。
少女がおれを見た。
その目は空虚な瞳を向けていた。
「―――」
「許さねぇ!!!」
おれは飛び出した。
「あぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
少女が両手の刀を猛スピードで振るった。
瞬間、再び―――世界が止まる。
来た。 先程と同じように時間がゆっくり流れる、その時が。
だが……
「速い……!」
先程と異なり、ゆっくり流れる時間のなかでも少女の剣筋はなお速く動いていた。
「くっ……うぉおおおああ!!!」
おれはそれを全力でかわす。少女はしかとこちらを見ている。
二つの刀の軌道が入り乱れ、おれの予測を困難にする。その速度はもはやゆっくり思考する時間を与えてくれはしない。
いや、それ以前にこのゆっくり動く時間のなかで、暴れまわるその刀の軌道はおれの動き以上に速い。油断すれば簡単に真っ二つだ。
それでもなんとか食らいつき、おれは右手に雷を纏い溜める。
頭がガンガン痛み始める。
それでもおれは彼女の刀の軌道を睨み続ける。
必ず訪れるチャンスを逃さぬべく、限界を越えておれは動いていた。
数時間にも思える数秒間の攻防の後、ついにそれが見えた。
振りかぶった少女のがら空きになった懐めがけ、おれは駆ける。
振りかぶってはいるがそれでもおれの速度では斬り込まれる。
それでもここしかないとおれは判断し、突っ込む。
「あぁああーーーーー!!!」
雷を纏った拳を少女の胴へ打ち込む。
それと同時に振りかぶった刀が、おれの肩から食い込んだ。
刀の軌道はさらに食い込み、食い込み、さらに食らいつくしておれの体の半分以上を斬る。
ザクゥウッ―――!
明らかに致命傷。
だがそれは……目の前の少女にも言えることだった。
ゴッシィイイァアアアッ―――!
とてつもない電流を纏ったこぶしが彼女の胸に吸い込まれ、放たれた雷が風穴の開いている細いからだを駆け巡る。手応えから察せずともはっきりとわかる。
「ガッ―――!!」
お互い離れて倒れる。
もはやお互い死ぬしかない。
おれは仰向けに倒れ、―――円盤の支配する空を見る。
円盤からは今もなお虫が飛び続けている―――
「はっ―――はっ―――はっ―――はっ―――」
おれはもうろうとした意識のなかで、
誰かの声を遠くに聞いた。
「―――っ! し―――く―!」
誰かが読んでいる。
誰だ……おれを呼んで……いるのは―――