Record:7 襲撃
ズズズン……ドシュン!
グォーーーーッ!
低い爆音が部屋全体に響いた。
ガタガタと障子が揺れる。
「なんだ!?」
じいちゃんは駆け出し、障子を乱暴に開け放つ。
おれもそれについていく。
「……!?」
おい。なんだあれは!
突如としてそれは襲来した。
大気を切り裂く爆音と重い音が空を支配する。
ひとつの巨大な物体が空を飛んでいた。
半径500メートルは越える、巨大な円盤が飛んでいた。円盤は黒く、表面にパネルラインやおびただしい数の構造物が見える。雲の切れ目から姿を表したそれはすさまじく大きく、空を覆われたような気分になる。
「なんだよ………あれは!」
「硝斗! ここを出てテルシアのところへ行け!」
「えっ!? あ、わか、わかった!」
「早く行け!」
おれは駆け出した。
里は騒然としていた。
「緊急事態だ!」
「雷神様の護りをくぐり抜けやがった!」
「厳に警戒しろ! さっさと迎撃体制に入れ!」
普段から訓練しているこの里の守護者……大人の人たちが慌ただしく動いている。
「おい硝斗! どこにいく! お前はあっちだ!」
「ごめん! テルシアを探しているんだ!」
呼び止められたおれはすかさず聞く。おっちゃんは厳しい表情をして怒鳴る。
「バカ野郎! 緊急事態だ! 嬢ちゃんなら雅斗の手伝いにいったから雅斗がそばにいるはずだ! 雅斗に任せてお前も早く逃げろ!」
「―――! わかった!」
おれはそれを聞いて父さんのところへ向かう。
手伝いなら―――鍛冶場にいるはずだ! おれは全力で駆け出す。
おっちゃんの制止する声はやがて聞こえなくなる。
しばらく大きな音を出していただけの円盤が突然降下し始めた。
「……!」
その円盤から小さなものが飛び出す。まるで親蜘蛛が子蜘蛛を散らすようにして、それはぱーっと散らばる。
「武器を取れー! 降りてきやがったぞー!」
「ふてぇ侵入者が降りてきやがった! めためたにしてやれ!」
「高射砲用意はいいか!」
雷神の里は歴史的背景からよそ者にたいしては非常に厳しい体勢をとる。武装の質や量も里という小さな共同体にしてはオーバーなほど充実しており、また訓練してる普段は農業などをやってるただのおっちゃんが突然軍隊みたいに落ち着いてとるべき行動をとっている。
おれもさっきのおっちゃんの怒鳴り声にびびった。あのひとも普段は全く怒らないひとだった。
「何なんだよ! あいつら!」
円盤は小さな虫のようなものを飛ばしている……虫と形容したけど、本体がでかすぎるため、虫に見えてしまう。それらがぐんぐんこちらに近づいていくと、それが小さな小舟のようなものだとわかる。
「なん……だよあれ!?」
その小舟にびっしりとなにかがくっついていた。これこそ虫のようだ。黒い虫のようなものが小舟の下にびっしりぶら下がっている。
おれは急いで鍛冶場に向かう。
「―――はっ!」
上に気配を感じて見上げると、そこには小舟が浮いていた。
でかい。思ったよりでかい!
20メートルほどの小舟は下にぶら下がっている虫を解放し始めた。
解放されたそれはおれの周囲に落ちた。
ザッザザッザッザザンッ!
見た目はカナブンに似ている。
カマキリのような腕を持ったカナブンにカブトムシの角のようなアンテナを生やせばちょうど目の前にいる虫になる。
その大きさはおれの半分ぐらいだ。
「なんだ……おまえら!」
丸腰で囲まれてしまった。
「ジユユユユユユユゥ……ッ!」
虫は口元にある二つの板のようなものを震わせた。そこからおよそ虫らしくない叫び声が放たれる。
「っ!」
それにおれはひるんで尻餅をついた。威圧的な叫び声におれは足元がすくんでしまった。
「う、うわぁっ!」
そいつらはぐっとおれに近づき、カマキリのような腕を上に振りかざす。
まっまずい!
「くっそ!!」
振り下ろされたそれをおれは死にそうな思いで転がって避ける。
ザクッ!
「ヴユユユンユンユンユン!」
ドンッ!
「ぐはっ!」
別の虫に体当たりされたおれはその衝撃に肺の息をすべて吐き出して吹っ飛ぶ。まるで車に追突されたような感じだ。
「うっぐっ!」
なんとか立ち上がろうとするが、カサカサカサと虫たちがこちらににじり寄る。
やべぇ。死ぬ!
そう思ったとき、再び上からなにかがやって来た。
ドンッ!
土煙を爆散させながら現れたそれは……巨大な人型機械だった。
三メートルは優にある。まるで熊のような威圧感を放っており、腕に当たる部分に剣と槍、盾を装備していた。背中にはバックパックに当たる武装が見受けられる。ぱっとみても巨大なライフル砲、大きな箱を持っている。
「あっ……あぁっ!」
おれは必死に後ずさって後ろにいこうとするが、後ろにも虫に回り込まれた。ヤバイ。まじでヤバイ。死ぬ。
人型機械はぐっと膝をつき、ライフル砲をこちらに向けた。それがおれにピタリと合わさった瞬間、心臓がぎゅーっとしめつけられ、息ができなくなり、股間が暖かくなった。
あっ。
終わった。
ドンッ!!!
その音と閃光に目をつぶった。
どうしよう。まだやりたいことがたくさんあったのに。
テルシアを故郷に連れて帰るっていう約束もあったのに。
くそ!
……?
いつまでたっても衝撃が来なかった。
おれはふと目を開けた。
そこにはバラバラに四散した人型機械だったものがある。
「硝斗ォーーーッ!」
虫たちがその声に反応し、そっちに振り向く。
その方向には……父さんがいた。
「硝斗! 今いくぞ!」
父さんの右手にはテルシアの手が握られていた。テルシアは無事だった。
「と……とーさん!!」
おれは涙目になって立ち上がろうとするが、抜けた腰がなかなか戻らない。
「怪我はないか、大丈夫か!」
「だい、大丈夫! ちょっと、立てなくなっただけでっ……!」
「担ぐぞ!」
父さんにぐいっと担がれた。
「テルシア! 担ぐぞ!」
テルシアはこくりとうなずく。
情けねぇ。担がれているおれは悔しい気持ちも出てきた。
「どけ! おれの子供にさわるんじゃねぇ!」
父さんはショットガンを構え、片手で撃つ。飛び出された熊撃弾が寸分たがわず虫に直撃する。
虫は木っ端微塵になり、その時におれは虫の正体がわかった。
「機械……!?」
木っ端微塵になった虫は体液などを撒き散らさず、代わりに青いどろっとした液体や無骨な工業パーツを撒き散らした。
どういうことだ。襲撃してきた敵は何なんだよ!
「父さん! なんなんだよ、これ!」
「おれにもわからん! とにかく親父の屋敷にいくぞ!」
父さんはそう言ってダッシュする。
おれたちはただ必死に父さんの肩をつかんでいることしかできなかった。
敵はどんどんその数を増やしてくる。
里の防衛システムが完全に動き、男たちが応戦する。
パパパパ……ドドンドンッ……ボカァンッ……
高射砲が火を吹いて里に侵入しようとする虫たちを運ぶ船を打ち落とす。空襲真っ最中とでも言うべき光景が広がっていた。
破壊しきれず落ちてきた虫どもを下で待ち構えていた男が刀やショットガンをもって倒していく。
里の人たちは想像以上に応戦していた。
だが一方で空に我が物顔で浮かぶ円盤は悠々と飛び、次々と虫を産み落としている。高威力の高射砲に連続で当てられてもなお微動だにせず、堂々と里の空を我が物顔で飛んでいる。
まじであれはなんなんだ。でかすぎる。
「あのでかい円盤は何だってんだ……! 宇宙人でも攻めてきやがったのか!?」
父さんは走りながら独白する。
その時におれの目は見逃がさなかった。
その円盤からひとつ、大きな影が飛び出すのを。
「父さん! 上!」
「あぁん!? ―――はっ!!」
星の形のようなそれは円盤から射出された直後、ばっと翼を広げた。見りゃわかる。さっきの人型機械や虫とは違うものだ。いうなればその洗練されたかたちは―――大人たちが作っていたいわゆる「戦闘機」に酷似していた。
翼端から白い線を引き、急な機動で猛然と速度を上げ、こちらへ落ちてくる。
「―――!!!!」
父さんはおれたち二人を屋敷の方面へ放り投げた。それはとても強く、とっさのことで反応しきれなかった。
「いけ! おまえら!! じいさんのところへ走れぇ!」
「父さん! 父さああん!」
父さんは刀を抜き、おれを一睨みして、それから上へ視線を上げる。
とたんにおれたちは地面に叩きつけられる。空気が肺から抜け出るが、そのショックで抜けていた腰が戻る。
「ってっ、テルシアっ!」
ひゅううー……ズダーーーンッ!
「うわぁぁあっ!」
「きゃあああっ!」
それは地面へ激突し、父さんを土煙の中へ巻き込む。
おれたちはその衝撃に身を屈める。
「っ……おぉおおおっ!!」
父さんが怒鳴り声を上げ、刀を構える。
その土煙の中から現れたのは……五メートルを越す巨体の人型機械だった。
背中に戦闘機のような翼を背負い、バッタのような逆関節足にその身長に迫る長さの腕を持つ、人型機械。
「父さんっ!」
「さっさと、行けぇええ! 叩っ斬るぞこらぁあ!」
その怒声におれは怯み……やがて耐えきれずおれは走り出す。
「テルシアっ……テルシアっ!」
「うっ……ぐぅ……!」
背を向けて走り、テルシアのもとへいく。テルシアは腰をしたたかに打ち付けているようでなかなか立てないようだ。
ゥゥヴォアアッァアォアアアアアアアア!!!
さっきの虫の鳴き声をそのままでかく、圧力まで大きくしたような叫び声が後ろから聞こえて。
おれは頭を抱えそうになる。
くそっ!
怖くなんかねぇぞ!
「テルシアっ背中に!」
おれはテルシアを無理やり背中にのせ、走り出す。
「しっかり……掴まれ!」
「うっ……うん!」
アアァアアアアアアアア!!
「うぉおおおお!!」
ガキィイイイッン!
戦闘音がこだまし、おれたちの不安をいっそう駆り立てる。
早く、早く。早くじいちゃんのところへいかなきゃ。
ふと気になって、おれは後ろを見た。鮮血がほとばしったのが見え、おれは言いようのない焦りと恐怖を感じる。
「―――っ!!!」
それだけだが、それだけで充分だった。
くそっくそぉっ!
何なんだよ!
何なんだよぉ、これは!!
おれは頑張って走る。
背中に小さな命を乗せ、おれはひたすら走る。
走る。
走る。
走る。
もはや永遠にも感じられたその道の長さだけが、おれの絶望感を助長していた。けれど。
走っていれば終わりは来る。屋敷が見えてきた。
「はっはっはっはっはぁっ―――!!」
「―――しょっ、しょうとく―――」
その音が聞こえる。
嘘だろ。
―――ゥゥヴォアアッァアォアアアアアアアア!!!!
後ろからそれが聞こえ、そしてすぐに爆音がおれの鼓膜を支配する。
後ろから爆風が通りすぎ、おれは煽られ吹っ飛ばされる。
「うわぁぁあっ!」
つんのめって前から倒れ、顔面を強打する。視界がチカチカし、状況を理解するのに時間を要した。
爆風に煽られた後、前の方で何かが降り立つ衝撃がした。
「しょうとくん! しょうとくんっ!」
幸いテルシアは強くはぶつけていないようで、駆け寄られているのがわかる。
「てっ―――テルシア……!」
早く逃げろ、と言おうとしたが。
目を開けてすぐ状況を理解した。
目の前にさっきの人型機械がいた。
もうもうと土煙を立てながら大きく背を伸ばし、巨大な鋼鉄の翼を広げた。顔のような部分がこちらを睨み、眼光の青い光がこちらを照らしつけている。
ガガッシャアン……ゴトゴトゴト……
ヴァァアアッ!!
口元の板を震わせ、雄叫びを上げながら両腕から長い剣を伸ばし展開してきた。
とっさにおれは起き上がり、テルシアを抱き締める。
せめて。
せめてテルシアだけでも守らなきゃ。
ただ、反射的にテルシアを抱き締めていた。
もう怖いのは嫌だ。
もしかしたら恐くて自分を安心させるためにやったのかもしれない。
何だっていい。これでおれたちは仲良く死ぬことが確定した。
なんでかって?
……人型機械が真っ赤な液体を滴らせた、剣を構えていたからだ。
それもとても大きい。身長ほどはある腕にマウントされている形で腕と同じ大きさなのだ。おれたち子どもなんてあれを振るわれたらひとたまりもない。
「ひうっ……いやぁっいやあぁっ!」
テルシアはぶるぶる震え、涙と悲鳴をこぼしながらおれに抱きつく。
おれだってどうしようもない。
「うぅ……ぐっ……!」
おれも泣かないようにするので精一杯だった。
恐怖がすぐそこにある。
自分より何倍もでけぇやつが、でけぇ刀を持っている。そしてそれを振りかざしている。
―――どうしろと?
ただ、ただ何もできない。
ただ、ただテルシアを抱き締めることしかできない。
それが、たまらなく悔しい。
「神様……神様!」
おれは願った。
「神様!」
おれは願った。
「おれに……っ―――」
おれは、強く願った。
「戦える、力を!」
「テルシアを、護る力を!」
おれは―――そう願った。
でも、現実じゃ神様はおれの願いなんて叶えない。
なんて都合の良いときに神様を頼っちゃうんだろう。
おれは、それでも願う。
なんだっていい。
この腕のなかで震えるテルシアを―――
おれは救いたいんだ。
助けたいんだ。
安心させたいんだ。
半ば言い訳のような、そんな気持ちが強く沸き上がる。
だから、頼む。
どうか、頼む。
神様!!!
まばゆい閃光が、人型機械に炸裂した。
ガガァッドォガァァアアアアアアアンッ!
ヴァァオオオォアアッ!
人型機械は振りかざしていた剣を戻し、怯んだ。
いつの間にか目の前には―――誰かが立っていた。
「願ったな。少年よ。」
そいつは中性的な声で、そう言った。
―――?
白い肌に白金の長い髪。白い独特な着物をきて、背中には輪っかを背負っている。
「―――すべての出来事は定められている。」
女の子みたいなその人は手を前にかざし、歌う。
「―――我々はそれを運命と呼ぶ。」
すっと、手を広げ、雷を手に纏う。
「―――諦めるな。諦めなければ運命は必ずや、君たちのものになる。」
バチバチバチバチ……とそれは激しく輝き出す。
「少年よ。―――わが力を授ける。」
ドンッ!!!
その閃光がおれに直撃した。
「うわぁぁあっ!」
突然体に電流が走り、からだが暴れた。
まるで雷になったかのように、おれはしばらく暴れた。
やがてそれはおさまり、状況の理解に努める。
何が起きたのかよく分からない。
―――だが、何かが自分のからだに起きた。
目の前にはまだ人型機械がいる。
そいつはこちらをじっと見据え、再び剣を構え始めていた。
両腕の剣先を擦り付け、火花を散らす。
おれはすっ―――とケンカの構えをとった。
もう精神的にも錯乱し、何がなんだかわからない状態でおれは―――人型機械に立ち向かおうとしていた。
人型機械はおれの構えをみて、大きく息を吸い、
ヴォアアァァァァァァァァァァア!
恐怖に陥れる咆哮をおれに浴びせた。
一瞬でおれはちびりあがるが、それでもおれは立ち向かう。
「うぉああああああああああ!!!」
おれは自身の恐怖を打ち消すように叫び、震える足に力をいれて、走る。
「あぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああーーーー!!!」
バチバチバチチチチッ……ヂヂヂヂッ!
足に雷が纏い始め、それが足の回転を速める。
「だぁああああああああああああ!!!」
人型機械が腕を振るい、おれめがけ突撃してきた。
ヴォァァアアアアアアアーーー!!!
瞬間。
「―――!!!」
突然世界が止まった。
人型機械の剣はおれの胴を真っ二つにするコースを通って止まっている。
人型機械も空中で止まっている。
おれも止まっている。
―――いや、違う。
みんな動いている。
ほんのわずかに知覚できるほど、ゆっくりと。
なんだ、これは!
―――雷の力は多岐にわたる。
突然おれの頭に声がかかる。
だっ―――だれだ!?
―――少年よ。ここで問答を垂れている時間はない。見よ。敵の剣が少年を二つに分けようとしている。
いや、それはわかる!
これはどういう状況なんだよ!
―――雷の力のひとつだ。雷を纏い、体の反応速度を上げて運動能力を向上させることができる。それはなにも少年の肉体だけではない―――
―――その思考能力までも極限まで速度を大きくする。
だからどういうことなんだよ!わかるようにいってくれ!
―――今、君の目は見えている物事を非常に細かく処理している。すなわち常人より状況を理解する時間が多く得られる。
……!?!?
―――つまりだ。君の目はしっかりと敵の攻撃が見えているし、これからどうすれば良いのかも考える時間がたっぷりとあるわけだ。
―――さぁ。問題だ。ここからどうする? 敵の剣は君の右に迫っている。このまま走り続ければ敵の剣が通るコースだ。次の瞬間には君は死ぬだろう。
……!!
そういうことかよ!
―――理解できたようだな。ならばもう何も助言はいるまい。
おれはじっと目で敵の動きを見る。
おれは頭のなかで次のからだの動きを計画する。
まず足を踏み込む。
そして、跳躍する。
右から迫る剣を落ち着いてしっかり踏む。
そのまま敵の顔へ飛び込む。
剣はおれの下の方へ流れていく。
目の前に敵の顔が現れる。
めいっぱい力をこぶしにためる。
ぐいっと体を後ろへ引き絞る。
「―――ぁあぁあああああああああ!!!!」
ゴッッッシャァ―――!!!
こぶしが敵の顔にめり込み、纏った雷が爆裂する。
とたんにゆっくりと流れていた世界はもとの時間へ戻る。
人型機械は顔がひしゃげ、激しい閃光を撒き散らしながらその衝撃を体全体へ受け止め後ろへ吹っ飛ぶ。
ドゴガッズシャァアアンッ!
人型機械は仰向けに倒れる。
「はっはぁっはぁっ……。」
「しょうとくん!」
おれは状況が理解できなかった。
おれが、やった。
あんなにばかでかい機械を。
ぶっ倒した。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ……!」
やった。
おれはテルシアの方へ向き直る。
テルシアは怪我はないようだ。
「しょうとくん……今の、力は……?」
「おれにもわからねぇ! 誰かが、おれの頭に話しかけてたんだ!」
誰だか知らないが、あれは……!
「そんなことより、早くここを離れて屋敷にいこう!」
「う、うん……!」
おれたちは屋敷へ向かって再び走る。
もう満身創痍だ。だがここで逃げるのを諦めたらそこで終わりだ。
まだ戦闘音が響く中で、おれたちふたりは駆け出す。
「じいちゃん!!!」
「おじいさま!!!」
おれたちは屋敷にたどり着いた。
そこは阿鼻叫喚の地獄と化しており、怪我をした人たちが運び込まれていた。
「あぁっあぁ……あしがあっ!」
「痛い痛い痛い! だれかぁ……!」
「耐えてくれ! もう少しで止血できる!」
「誰か! こっちに人手を寄越せ!」
おれたちはその様子をただ黙ってみていることしかできなかった。
「硝斗、テルシア! 無事だったか!」
そこにじいちゃんがやって来た。
「じっ……じいちゃぁっー!!」
その姿を見た瞬間、おれとテルシアはそれまで恐怖や興奮に塞き止められていた涙が突然溢れた。
「あぁっ……怖かっただろう! すまなかった……よくぞわしの願いを聞き届けてくれた!」
ぐっしゃぐしゃの泣き顔になったおれたちをじいちゃんは抱き締める。
「もうじきこの戦いもおさまる! すまないが、ここでしばらく待っていてくれ!」
「龍斗殿ぉ! 敵が来ました!」
「わかった! 今からいくからもう少し持ちこたえてくれ! 真月を取りに少し手間取って申し訳ない!」
「はいっ!」
じいちゃんはしゃがんでおれたちの目線に合わせた。
「行ってくる!」
おれたちはうなずくことしかできなかった。
それでもじいちゃんには充分だった。
じいちゃんは刀を手に持つ。
それでわかった。
じいちゃんの持っているその刀が、
真月だった。
真っ黒い鞘に納められているそれは本当にとんでもない存在感を放っていた。
目を惹く、何かのオーラを放っている刀。それをじいちゃんは目の前で抜き放った。
「ちょうど良い機会だ。硝斗! この刀をよく見ておけ!」
じいちゃんは真月を抜き放ち、準備動作を行う。
真月がきらりと、輝く。
美しい湾れが輝き、反りは小さい。太刀ほど大きくもない打刀だ。
だがその曲線美、輝き、なによりその存在感。
それが……千年間雷神の里にて受け継がれた伝説の刀。
真月。
―――!
じいちゃんは駆け出す―――前線へ。