Record19 闇に閉ざされし機巧兵
吹雪。
相変わらず空は闇夜に包まれ、その闇の向こうから風とともに雪が降り続ける。
わたしはウヴェール遺構群を抜け、外に出ることができた。かなり広くすこし時間がかかってしまった。
カーボンさん、ジダゴくん、そしてウルちゃんの三人と一緒にこのダンジョンを出たのだけれど、台風の目に近いはずのこの位置でもかなり危うい天気。
「かなり場所は悪い…が、ここしかないな………仕方ない。」
カーボンさんは場所を吟味して最適と思ったところに設営をしようと準備に入った。
「そろそろ下に連絡するわね。」
「あぁ、よろしく頼みます。」
カーボンさんが設営を、ウルちゃんが下への連絡を行う間、ジダゴくんは設営を手伝いつつ周囲の警戒にあたる。わたしは周囲の索敵だ。
一昨日、ソルバーさんの運転していた車を爆破した、『閉鎖主義者』とこの辺を徘徊し真理石を探し求めてる連合………この2グループの遭遇を警戒するためだ。
ソルバーさんは大怪我を負って中継基地でお休み。今はウルちゃんををこのグループのリーダーとしてこの調査を進めている。
「こちら地上組、なんとか外に出られました。今はカーボンさんと一緒に設営を進めています。」
吹雪の中でかすれがちなウルちゃんの声を背に、わたしは目を凝らして外の風景を見る。
―――だめ、何もよく見えない。赤外線カメラ機能を搭載した望遠鏡を使って見ているのだけど、ところどころ酷いノイズが走っていて見るだけでも苦痛。
このノイズは、何なの………?
「クソッ…機材の調子が良くない。ジダゴ、そのパーツをこっちに渡してくれ。」
吹雪の中、ジダゴくんと一緒に設営を進めるカーボンさんの愚痴がかすかに聞こえる。機材の調子がおかしいみたい。
第二遺構ではまだなんともなかったけど、北の果てに最も近いゴールであるここでは、何かしらの障害が発生しやすいみたい。
今回の調査のゴールであるここから、本当の目的地【北極点】まで残り120キロメートルくらいらしい。そう思うと二千キロメートルも移動したことになるのか。
里を出る前じゃ考えられなかった距離だ。あまり実感がない。
「…えっ!?」
ウルちゃんの驚く声が聞こえてそっちの方を見る。あまりにも緊迫した声だった。
わたしは急にすごく不安になってきた。
「下に落ちた!?」
ウルちゃん………?
その時、かなり大きな地響きが起きた。
ズズゥン………
かなり浅い地下の中で、何かが爆発したような………そんな地響き。
わたしは自分の呼吸がわからなくなるほどに息を詰め、急激に不安な気持ちが強まる。
硝斗くん………?
「…はい、わかりました! 急いで設営を終えて戻ります!」
「何があったんだ?」
「クルーガーとショートが、ダンジョンの穴にハマって下に落ちたそうよ。通信も繋がらないから、十中八九良くないところに落ちているわ。」
………。
「クソ、なんてこった。だがまだ設営は終わらない、ここまで来た以上こっちも外したくないだろう?」
「ええ、申し訳ないけどカーボンさんには引き続き設営を頼みたいわ。」
「とすると二手に分かれる必要があるか………だがこっちは設営に集中したい、一人残してくれないか?」
「そうなると…ジダゴくん、ここをお願いしてもいいかしら?」
ウルちゃんは少し考えた後に、配役を伝える。
「クルーガーとショートの探索のためにはテル、貴女の力が必要よ。大丈夫?」
「おう、問題ないぜ! オレもむしろこっちじゃないと役に立たなさそうだしな。」
機械に強いジダゴくんだからこそ、ここでカーボンさんの設営の手伝いをしないと早く終わらない。いまは何よりも迅速に事を進めないとだめな状況だ。
「ごめんなさい、あとを任せるわ!」
「ふたりともお願いします!」
そんなわけで、わたしたちは来た道を戻って再びダンジョンの中へ戻る。さっきからずっと振動が来る。地下でなにか巨大なものが暴れている………そういう振動だ。
「さっきからやたら揺れるわね…テル、千里眼でなにか見えない?」
「うん、さっきから試してるんだけど、どこかがわからないの………すごく、暗い。硝斗くんのランタンがあんまり見えないの。」
わたしの千里眼というスキルで、脳裏に硝斗くんの姿を捉えることには成功している。でも具体的な方向、位置は全くわからない。
彼は、暗闇の中で何故か走り回ったり飛び回ったりしている。何かに追われてるみたい。
「方向もわからないなら闇雲に探しても駄目ね。ダンジョンはとにかく空間のつながりがすごい不安定だけど、ここは元々何かの建物を軸にしたもの。基本的な構造はそう大きく変わらないはずよ。」
ウルちゃんは通るべき通路をよく吟味し、とにかく進む。わたしはそれについていきながら脳裏に映る場所の特定をする。
「部屋がすごく暗くて、闇の中………窓も、壁も見えない………あっ!?」
突然、脳裏に映る光景が真っ白に染まる。何かの閃光だ。
その直後、爆炎が猛り上がるのが見える。いまのは、何!?
それと同時に、ひときわ大きい振動がこのダンジョンを揺るがした。
「何っどうしたの!?」
「わからない、なにか白い光がピカって光って、爆発したみたい………!」
「………いや、まさかね!」
今の現象に、ウルちゃんはなにか心当たりがあるようだ。
「ウルちゃん…何が起こっているのかわかるの?」
「確証はないわ。」
ウルちゃんはすごく焦った表情でさらに先を進もうとする。どんどんダンジョンの奥へ進んでいき、それに比例するように温度が下がるのがわかる。
「千年前の終焉戦争、【奴ら】がどこから出没したのか、あたしたちはその長い歴史の中で調査を重ねてきた。」
【奴ら】―――それは、あの終焉戦争のさなか、世界を焼き尽くした黒い機巧の軍団。
そう、機巧兵のこと。
「全世界に残る機巧兵の残骸、そして【巨大な獣】の経路から、おおよその目星としてこの第四大陸から奴らが現れたのだとわたしたち人類は結論付けたの。」
「………まさか、それが?」
ウルちゃんはわたしの声に眉にシワを寄せて伝えた。
「千年が経っても―――奴らは動き続ける。そういうことなのかもしれないわ。」
考えたくないことだった。
まさか、硝斗くんが今置かれている状況は………。
「硝斗くんが機巧兵に、襲われているの!?」
「今の話と状況証拠からして、そうと考えたほうが良いわよ! 急がなきゃ………!」
ズズーン………!
また大きく振動するダンジョン。
じゃあこれは、機巧兵と硝斗くんが激しく戦っている………その振動ってこと!?
わたしたちは急いでダンジョンの奥へ進む。
「うっ!」
進んでいる途中でウルちゃんが急に立ち止まった。氷で不安定な足場であることもあって、わたしは急に止まれずウルちゃんの背中にぶつかる。
「あうっ! ………ウルちゃん、急に止まらないでよぉ…!」
「あぁごめんなさい、でもこれは………!」
ウルちゃんの肩越しに向こうの空間を見る。
そこには異様な光景が広がっていた。さっきまで部屋や通路全体を明るく照らすことのできたランタンの光が、ウルちゃんのいる向こうの空間を照らしきれずにいた。
「何よこの空間………暗すぎない!?」
文字通り一寸先は暗闇。その向こうに何が広がっているのか全くわからない。
「ウルちゃん、これ………。」
「まず間違いなくダンジョンの空間的な現象ね。」
ダンジョンの不安定的な空間にはさまざまな現象が発生する。これもそのひとつなのだろう。
―――あっ!
「ウルちゃん、この光景、硝斗くんのいるところだよ!」
間違いない、この暗黒の空間。脳裏で見ている硝斗くんのいる空間的な特徴が一緒だ。
「つまりこの近くね! 急ぐわよ!」
「うん!」
その時、また大きな振動が響く。
ズズウウン………!
またダンジョンが揺れる音が聞こえる。今のは爆発音だけど、さっきまでの腹に響くものではない。
そのあとに二回、なにか硬くて重いものが倒れたかのような音が響く。
それきりダンジョンは振動しなくなった。
「………………静かになった………。」
すごく嫌な予感がする。わたしたちは急いで闇の中を駆ける。
そうして、三階分降りたところ、急に開けた場所へたどり着いた。
体感的に最下層的な感覚がする。
闇は相変わらずわたしたちの視界を深く閉ざし、一寸先しか照らすことができない。それでもなんとか進めているのはわたしの千里眼によるところが大きい。
「急に開けた場所に来たわね………。」
「気をつけて、何かいるのかもしれないよ。」
「わかった、あたしは目が効かないから頼むわ。」
「うん、任せて。」
そうして開けた場所を進むと、眼の前に何かが現れた。
「!」
わたしはウルちゃんを手で制し動きを止めさせる。
ウルちゃんも止められた理由を察し、ランタンで前方を照らす。
「これは―――っ!」
ウルちゃんが息を呑むのが伝わった。
大きい。五メートル近くはある。これは………戦車?
「コイツっ……機巧兵よ!」
「えぇっ!?」
初めて見る機巧兵の姿にわたしは狼狽しかける。
嘘、こんな大きなものが!?
「この大きく前に突き出た逆関節の二脚履帯、装甲の張られたカメラアイ、前傾姿勢と横に付いた兵装…前期量産型ね。」
ウルちゃんはランタンでその機巧兵の身体を照らし、特徴からその状態を照合する。
一言に機巧兵と言っても千年前に世界中で大暴れしたのは一種類だけではない。陸も海も空も、そのすべてに適応した機巧兵が数多くいた。
「前期量産型って………?」
「こいつは型式的には一番最初にできた原初の機巧兵の第一次量産型よ。物量の凄まじかった機巧兵軍団の中でも、最も数の少なかった貴重な種類ね。」
ウルちゃんはわたしに簡単に触らせないよう手で制しつつ解説をする。
「千年前暴れまわった機巧兵の中では、一番強いみたい。」
「………それはどのくらいなの?」
わたしは、千年前に生まれ、どういう経緯かこんなところで氷漬けになっているこの機巧兵を眺める。闇の中に佇むそれは異様な雰囲気を放っていた。
「こいつ一機で、当時の戦車数百台を破壊可能で、航空機の攻撃さえも破壊は困難よ。謎の動力で跳ね回り、どんな悪路も踏破。近接戦闘力が以上に高く、迫撃砲と機関砲で遠距離も抑え、そして光線を放ち辺り一帯を焼き払う………そうして最も強い機巧兵として恐れられたという記述があったの。」
「………。」
わたしはその説明を聞いて、とてつもなく嫌な不安がこみ上げてくるのを感じざるを得なかった。
「ねぇ、ウルちゃん………。」
「………何よ。」
「今になって動いたり、しないよね?」
ウルちゃんはわたしの問いに、すぐには返答できなかった。
「………………動かない、とは断定できないわ。さっきの振動の原因を確かめないことには………だから、テル。」
ウルちゃんはわたしの手を握り、念を押した。
「絶対に、触らないように。」
とにかく。
わたしたちは早く硝斗くんたちを探し出さなければならない。そして、さっきの振動は何だったのか、それを確認しないといけない。
そうしてわたしたちはさらに闇の中を探索する。
相変わらずこのダンジョンは光を吸い付くし、全てを闇に閉ざそうとしていた。




