Record:6 真月の試練
テルシアと共に過ごすようになってから数ヶ月が経とうとしたある日。
おれはじいちゃんに、一人だけで屋敷に来いと呼ばれた。
「なんだろう……。」
屋敷に来ると、すぐ門番さんに案内され、奥の方へ通される。普段なら絶対使わない部屋に通されたおれは、なんとなく重大な話なのだろうと警戒する。
「来たな。」
通された部屋にじいちゃんが腕を組んで座っていた。応接間の中でたった一人、背の縮んだじいちゃんが座って待っている様子が見える。
広い応接間と対比でじいちゃんがいつもより小さく見えていた。それだけに存在感も一際強く放っている。
ヤバイ話の匂いがする。
「一体何の話なんだ、じいちゃん。」
おれが正座で座ったのを確認し、じいちゃんは口を開く。
「真月の継承についてだ。」
「……?」
本題を切り出されたのだが、一瞬何のことか分からず首を傾げてしまう。じいちゃんは特に気にもせずに続ける。
「わしはな、硝斗。お前に、真月を継承してもらおうと考えている。」
「……え? おれが?」
真月。
それは、笹川家当主が代々受け継いできたある一本の刀のことだ。
遠い昔に、この地にやってきた笹川家初代当主、笹川玄斗という人がその腰に帯びていた伝説の刀の銘であり、誰がそれを作り鍛えたのかは定かではない。
黒曜石のような黒い刀身の奥に、雷の力を帯びた打刀であり、絶対に折れること無く、そして曲がることもない神剣だ。
「あぁ。……今回は特例だ。お前に、真月の継承をさせるつもりではいるが、笹川家当主の座はまだまだ先だ。」
「どういうことだよ。」
訳が分からない話に頭が混乱する。
じいちゃんは目を閉じて、答える。
「代々笹川家の当主の証として、真月は受け継がれてきた。そして、この刀の持ち主こそがこの雷神の里の長たる資格を持つ。わかるな、硝斗。」
耳にタコができるほどさんざんじいちゃんから教わってもらったことだ。何もわざわざ説明しなくても分かっている。
「うん、だから………真月の継承は父さんが先じゃないのか?」
このままの流れでいくなら次期当主は、おれの父さんになるし、真月の所有者だって父さんのはずだ。
じいちゃんはゆっくりとうなずいた。
「お前の疑問は最もだ―――だが今回はさまざまな事情がある。―――雅斗には次の当主の座を任せる。」
「わかった。―――なんで真月をおれに?」
じいちゃんは口を固く結んでから答えた。
「本当の意味で、真月を使わねばならぬ時が来たからだ。」
じいちゃんは真月について改めて話を続けた。
話が見えてこない。
「真月とは―――この笹川家当主が代々受け継ぎ、そしてこの里の運営を行う資格と力量を証明する役割として存在する。だがそれは常時の話だ。硝斗……真月がどのようにしてできたか、わかるな?」
じいちゃんは鋭い目でおれを見つめ、問いを求める。
「う、うん……千年前のご先祖さまが持っていた刀を作り鍛えて、それで神聖なお祭りのために拵えたんだよ………な?」
「半分正解だ。教えた通りだからそれでいい。今、もうひとつの意味を教えてやる。真月は祭事の道具としても作られたが―――同時に聖剣としても作られているのだ。」
せい……けん?
聖なる剣ってことか……?
「真月は、かのお伽噺の【闇の王】を討伐することを真の目的として作られたのだよ。」
「……。」
何がなんだかよくわからなかった。
世界中に伝えられるお伽噺がひとつある。
それは今から千年前の大きな戦争についてだった。
誰でも知っている話だ。
今から千年前にとても大きな戦争があった。闇の軍勢が突如全世界に侵略を始め、数多の国の数多の都市へ攻め入り、人々を大量に殺していった、残虐極まりない戦争が。
その戦争の首謀者は後世にまで長く伝えられる……
【闇の王】と呼ばれる怪物だった。
曰く、残虐きわまりない怪物で、人間をなぶり殺して悲鳴を聞くことを最大の喜びとしている。
曰く、凄まじい技術を持ち、当時存在しなかった航空勢力を初めて産み出したという。
曰く―――世界の破滅を望む、魔王のような存在だったと。
真月が―――【闇の王】を討伐するための、聖剣だって?
何も話が見えない。どういうことなんだ。
「硝斗。何も真月の継承試練はお前だけが挑むのではない。お前と同じく、修行を受ける同期全員に課す。」
「―――!」
「その上で唯一のワシの直系はお前だけだ。……だからお前にまず話す。」
じいちゃんはじっとおれを見据え、そう告げる。
「じいちゃん……。―――何が起こるんだ?」
まるで、魔王がよみがえる―――そんなお伽噺の始まりのような不穏な空気を俺は感じ取る。
じいちゃんは厳しい表情になる。
「これを見ろ。」
じいちゃんはそういって、懐から巻物を取り出した。
それを広げる。
そこには―――なにもかかれていないが、これは古い形式の魔術式を使った道具である「映写の巻物」だ。
カメラも写真もデジタルな時代に、まだこんないにしえの手法で写し取った記録媒体があるとは。
過去に記録した映像を再生、保存することができる昔ながらの代物だ。今の時代、カメラもあるってのに、数百年前の古い時代のものばかりだ。
「―――これが、およそ二ヶ月前のことだ。」
―――なにもかかれていない、が。
「―――!」
突然その巻物から映像がぱっと浮かび上がった。
とある男の姿が写し出されている。
「この男が、とんでもねぇ宣言をかましやがったのだ。」
《……我々は、今より千年前の古代から来た! 君たちの歴史にも語り継がれているであろう、あの悲惨な戦争を……我々が終わらせた。》
映写の巻物から同時に保存された音声が再生される。
凛とした声が印象的だった。
―――いや待て。
千年前から……来た???
≪あの戦争はまだ終わっていなかったのだ。≫
≪あの戦争を引き起こした、禍々しい怪物が―――我々の時代より千年後の君たちの世界へ渡ってきたのだ!≫
≪今この瞬間にも―――あの怪物はどこかに潜んでいるか……もしくはまだ来ていないのか、いずれにせよ、我々がここへきた以上は……安心してほしい。必ずや討伐して見せよう。≫
≪我々は! 光の騎士団! 闇を切り裂き、未来を造る! その使命のもとに、我々は馳せ参じた! 警戒せよ、戦いはすぐそこだ!≫
男は―――彫りの深い顔立ちで金髪の男は、剣を構え、堂々と宣言をかました。これが後世に伝わる【光の騎士団の宣誓】だ。
「……。」
「わかるか、硝斗。この男の、宣った意味が。」
じいちゃんはとくに厳しく、怒ってさえいるような表情のまま、吐く。
「千年もの長い間、お伽噺として全世界で語り継がれるほどに凄惨だった戦争を引き起こした張本人が……この男に言わせりゃこの世界に来ている、と。」
どう考えても嘘だろ。
「嘘つきじゃねーかよ。」
だって考えてもみろよ。
千年だよ?
【闇の王】がどうやって生きてるんだよ、その長い間を。
「まだ情報を集めている所だが……今集まっている情報を総合的に評価した結果―――【光の騎士団】、彼らの存在はどうやら本物のようだ。」
じいちゃん曰く、里の外はそれはそれはもう、大変なことになっているらしい。いわゆる≪終末景気≫とでもいう、世界の終わりがまことしやかに語られ、不安を煽られた人々がそれぞれの良心や道徳を破棄し、買い占めや暴動、さまざまな不安定的社会情勢がどうたらこうたら―――
シンプルに言えば、世界は異常に荒れまくっている。
「そんなことが―――」
「来年で千年の節目だ。あっちゃこっちゃで陰謀論が雨後の筍のように沸き上がっている。この【光の騎士団】とやらの宣誓もその受け取られ方は多様だ。」
じいちゃんは険しい顔つきで、映写の巻物から浮かび上がる光の騎士団の騎士長らしき人物を睨む。
「何しろ千年前から千年前の英雄がくるとかいう突拍子もないことだ。」
じいちゃんはため息をついて続ける。
「【闇の王】が実際いるかどうかはまだわかってはいない。それより問題は―――この里の外が以前にもまして危険な情勢にあるということだ。」
「……!」
「テルシアを連れ戻すと約束したな? ―――残念なことだが、この情勢のなかで彼女を簡単に外に出すわけにはいかないのだ。……彼女の存在を知ってしまえば、彼女を利用しようとするものが必ず現れるだろう。」
「なんでだよ?」
じいちゃんはうなずき、告げた。
「かの【闇の王】を倒した光の騎士団の末裔―――彼女がそうだという情報がある。」
………とんでもねえ情報じゃねえか。
「現状【闇の王】を倒しうる力を持っているようには見えないが、彼女のいた祠に残されていた文字情報を解析した結果としてこれが記されていたことがわかったぐらいだ。」
ここまで言われりゃバカなおれでもわかる。彼女が光の騎士団の末裔であるならば【闇の王】の対抗戦力として手元においておきたいんだろう。光の騎士団の個人的な事情でも、彼女を保護しに来るはず。
……ん?
であれば光の騎士団に引き渡しをするべきじゃないのか?
「他の奴らからも、彼らに引き渡しをするべきじゃないのか? という意見をもらったんだがな………引き渡すにはまだ判断が早すぎる。」
じいちゃんはテルシアのことをことのほか新しくできた孫のように愛している。そんな簡単に引き渡せる訳でもないだろう。
「―――テルシアは……」
おれは疑問に思った。今のじいちゃんの説明を聞いて、深く深く疑問に思った。
「テルシアは、どこから来たんだ?」
じいちゃんは目を閉じて眉間にしわを浮かべた。
「うむ………何もわからん。」
「は?」
「手がかりがほとんどないのだ。―――外にいるやつに情報を共有したが、「テルシア」という名前の少女がいたという場所の検討がつかない。そして同名の者も存在しない。手がかりが何も、本当にないのだ。あの祠に書かれていた文字が、彼女が光の騎士団の血を引く存在であることを意味していた以外にな。」
「―――!」
「この意味がわかるな? 硝斗。……彼女の故郷がどこかわからない以上、お前のテルシアと共に歩む旅は長丁場となるだろう。だから―――お前に真月を渡す。」
―――そういう、ことか。
「おれなんかが、真月を?」
じいちゃんは首を横に振る。
「愚か者が。お前はテルシアを彼女の故郷へ連れて行くと約束しただろうが。ならば真月の継承ができるほどに鍛えなければならん! 真月を持つ資格もないような軟弱者に務まると本気で思っているのか。」
じいちゃんの言葉に、おれは息を呑む。
大人になるまで待て。
真月を持ってもいいくらいに強くなれ。
その言葉がすべて、おれという人間を強くさせ、外で野垂れ死ぬことのないようにするものだと理解するのに時間を要した。
「わかったようだな。」
じいちゃんはあぐらを解き、立ち上がる。
「硝斗。―――お前の人生はおそらく、他のものより厳しい戦いの連続となるだろう。」
「……うん。」
「だが、諦めたらそこでお前は終わりだ。―――お前の性格のことだろう、一生後悔しつづける。」
じいちゃんはくるりと後ろを向き、この部屋の奥にかけられている掛け軸をみる。
「なればこそ、後悔しないだけの力を、お前は身に付ける必要がある―――覚悟はしておけ。」
掛け軸には二人の人間が描かれている。
この雷神の里の創設者でもあり、ご先祖様でもある笹川玄斗と―――その伴侶であったひと。
この二人も、壮絶な戦いを経て雷神の里を支えてくれた。命のバトンを今、このときおれは引き継いでいる。
「いいな?」
おれは勢いよく返事をした。
「はい!」
その時だった。