Record:3 警告
「よし。顔合わせは済んだな。隊長、あとは俺たちがここにいる意味はもうないよな。」
ラウルが満足げにふんと鼻で笑い、クラウンにお伺いを立てた。
「あぁ、関係者以外は職務に戻ってもらって構わない。わざわざ来てくれて感謝する。」
「久しぶりに隊員全員の面も拝めた。七番以降は会うのも初めてだな。よろしく頼むよ若い衆よ。」
ガーハハハ、そう豪快に笑いながらラウルは部屋を出た。
あとは特に何も言わずにグラップたちが出ていく。
「ほいじゃ、またあとで会いましょうや。失礼しゃっす!」
「私も仕事に戻る。またな。」
ぞろぞろと隊員たちが出ていき、あとに残ったのは一番、三番、四番、七番、そして九番だけになった。
ここにいるのは―――今後もおれたちと関わることになる隊員ってことだろうか。
「さて、事後になるが、先日のジン帝国の件では君たちを巻き込んで申し訳なかった。」
始めにクラウンからジン帝国での騒動の件について触れられた。
「ノイマンから聞いたよ。あのとき海上封鎖していて関係ない人の入国を止めてたんだ。そこに無理やり入ったおれたちが悪いよ。」
「そうです、クラウンさま。その件についてはわたしたちが……。」
クラウンはおれたちの言葉を手で制する。
「あとから聞いたが、硝斗。お前は黒葛原辰馬という男に殺されかけている。」
黒葛原辰馬……。
「黒葛原辰馬はここにいる四番隊員、隼斗が特に追跡をしている対象だ。」
「……。」
隼斗は苦虫を噛み潰したような表情だ。
「同郷の子供が同郷の面汚しに殺される。こんな馬鹿げたことはあっちゃあならん。」
はやとはおれを見てそう言う。
「硝斗、隼斗のことは知っているか?」
「じいちゃんたちから名前だけは聞いてるよ。珍しい苗字だなって。」
里の外に出た人は数多くいる。でも特務隊所属のひとはおれの知る限りだといない。
―――そういえば。
「じいちゃんは前に平和維持軍の軍人だったことがあるって聞いたよ。その頃のツテとしてじいちゃんと関わりのある人が隊にいるってことも。」
もしかして……。
「よく覚えてるな。隼斗がそうだ。」
クラウンがうなずく。やっぱりそうだったのか。
「黒葛原め……里の面汚しが。」
「ジン帝国の件で連合とも繋がりがある―――そう判明したのは不幸中の幸いだ。ようやく潜伏先が絞れそうだな、隼斗。」
「龍じいの孫だ。俺は腸が煮えくり返ってたまらないよ。」
烈火のごとくキレ散らかしているはやとのその表情たるや。怖いって。
でも確かに。はやとの立場ならそういう繋がりのあるじいちゃんの孫ってだけで、そういう気持ちを持つだろう。同じ立場ならたぶんおれもあんな感じにぶちギレてると思う。
「そういうわけで、何かあったら俺に連絡をくれ。しばらくは潜伏しているだろうが、またいつ来るかわからない。目を向けておくから黒葛原がいたらここに連絡してくれ。」
はやとはそう言っておれに一つ手渡した。透明なプラスチックカバーがついたポケベルのような何かで、これで座標送信と通報ができるようだ。
「俺も忙しい。緊急時以外は押してくれるなよ。」
どこかで間違って押してしまわないように「ストレージ」へしまう。
「俺の用件はそれだけだ。仕事に戻る。じゃあな。」
はやとはおれがそれを受け取ったのを見ると、おれの肩に手を置いて挨拶したのちに部屋をあとにした。
「……よし。懸念事項はとりあえず以上だ。隼斗を呼び出すそのポケベルだが、押してから本人の到着まで時間がかかる。確信が取れ次第使ってもらう想定でいてもらう。気を付けてくれ。」
「わかった。ありがとう。」
「本題に入ろう。」
ジン帝国では話すことができなかったこと。
この旅の目的についてだ。
「君達は引き続き旅を続けるだろう。五年も経って連絡がないから察してるだろうが、現時点でこちらはなにも情報がつかめていない。」
「……そうですか。」
テルシアが少し悲しそうな表情を浮かべる。クラウンが里に来てからすでに五年が経過し、特務隊の調査をもってしてもなにも進展がないんだ。
同じ立場なら少しどころで済むものじゃないな。
おれはまず気になることを聞いた。
「そんなにも難航してるのか?」
「ごめんなさいね。僕も手を尽くしているんだけど、本業のこともあるからなかなか進まないんだ。」
遺物調査員のハリスがどうやらテルシアの故郷探しもやっているようだ。それでここにいるのか。
本業のついでとはいえ、テルシアから得られた情報には地名などの根元的な情報がなにもない。「特徴」しかない。
この世界はほんとうに広い。海が六割、大地が四割、そしてその大陸は七つもある。小さな島まで含めれば途方もない広さになる―――五年じゃ足りないだろうな。
「君たちはヘカ・クイスラムを出たらどこにいくの?」
ハリスが顎に指を当て、疑問を呈してくる。
おれたち三人は目を見合わせ、今後のことについてなにも話し合ってないことに気づいた。
「そういえば特に何も考えてなかったな。今のところはクラウンからヒントをもらった場所にいくつもりだけど……。」
「第五大陸ザンティノーグ聖王国の北海岸、第二大陸マルタ公国の西海岸、そして第一大陸ヴェルニトリアの北海岸。この三つが隊長が示した候補地―――だよね?」
「あぁ、五年前に聞いた話で判断するのであればその三つが候補だ。彼女の言う「特徴」が見られるのはここ以外も多くあるが―――。」
森がすぐ近くにある海近くの村。
当時子供だったテルシアがそう認識するのなら、おそらくある視点で森と海が同時に認識できるほどに近いはず。
―――おれたちは里を出て旅を始めたが、そういう地域はわりと該当するところが多いように感じた。
彼のいった「特徴」を満たす場所がどこにもないというのがやけに引っ掛かっている。
「その三つをあげた理由は?」
「勘だ。」
ハリスの問いかけに返されたクラウンの答え。
それを聞いたテルシアに思うところはあったのか、テルシアが口を開く。
「勘―――とは、どういう意味でしょうか。」
「隊長は冗談抜きに全世界を練り歩いてるよ。各国の重要人物の護衛もかねて、連合の隠された支部をすべて叩き潰すためにね。」
ハリスがクラウンの「勘」についての補足をいれた。
「とりあえずここからなら―――同じ大陸にあるヴェルニトリアの北部海岸が一番近いよね。隊長、ちょうどその道中に用事があるから連れていっても良いかな。」
クラウンは軽くうなずく。
「構わない。それと今後の目付役としてウルに付いてもらう。」
「了解。」
「了解です。」
ハリスとウルが敬礼をする。どうやらヴェルニトリアまでの道中ではハリスが、それ以降もウルが付いてくれるようだ。
今のところこのチームにはテルシアしか女の子がいないからな。そこに特務隊の隊員でもある女性のウルがついてくれるんだったら大変心強い。
「ヴィリアムでも良かったが、女一人では不便もあるだろう。」
どうやら同じ事をクラウンも考えていたようだ。一緒にいる部外者が男のジダゴなのが気になったんだろう。
「ありがとうございます。よろしくお願いします、ハリスさま、ウルさま。」
「ちょーっと固すぎるよ、テルシアちゃん! 僕のことは親しみを込めてハリスさんと呼びなさい。ウルちゃんもウルちゃんで良いからね。」
バンバンとウルの肩を叩きながらニコニコ笑うハリス。よし、おれも親しみを込めて心のなかでもハリスさんと呼ぼう。
「私のことは呼び捨てで良いわよ。みんなよりは多少年取ってるけど、貴方たち相手だとなんだか堅苦しいのは苦手なのよね。」
ウルからもお墨付きをいただき、しばらくは同じメンバーとして加入してくれるようだ。
ぎこちなさげにテルシアがウルに声をかける。
「いえ、でも……やっぱり気になるのでウルさん、ハリスさん、よろしくお願いします。」
ハリスさんがちょっと寂しそうになるのを見てウルが注意した。
「今日会ったばかりだものね。しょうがないですよハリスさん。」
「うぇーん。」
今後の旅はもう少しばかり賑やかになり、そして力強く頼もしいものになるんだろう。一時的だけど二人も増える。嬉しいことだな!
「あとはもう一人お前にパイプをもってもらいたい人間がいる。」
クラウンから別の話を持ちかけられる。なんだ?
まだ残っていた七番隊員のサイラムがこちらにやってくる。
「ノイマンにつけていたクロクだが……お前に貴重な回復薬を使ってもらって助けてもらったそうだな。」
「―――あぁ! あの子か。」
そういえばさっき紹介したときに言ってたな―――喪手隊の管理人をやっているって。
ってことはこの人がクロクの直属の上司みたいな扱いなのか。
サイラムは軽く会釈し手を差し出す。差し出された手をおれは握る。
「笹川硝斗だ! クロクには世話になった。これからもよろしくな。」
「……。」
……。
何もしゃべらない。しゃべらない、が。
目を見ればなんとなくわかる。こっちをまっすぐ見ていてよろしく頼んだ……という声なき声を感じる。
しゃべらないのには、なにか理由があるんだろうな。
サイラムからなにかを渡された。
「今後もおそらく喪手隊のメンバーが任務中にお前たちと出会う可能性がある。その時は今渡されたそれでも見せておいた方がなにかと便利だと思う。」
渡されたのは女性の手が複数描かれたバッヂだった。喪手隊のシンボルマークらしい。
これでクロクたちと初めて出会ったときみたいなことにならなくて済みそうだ。
「ありがとう!」
「これで俺からの話は終わった。他になにか聞いておきたいことはあるか?」
おれたちは目を見合わせ、うなずく。
「おれたちからは特に何もない。とりあえずウルクラムに行って色々見てきたら―――ヴェルニトリアにいくつもりだ。」
「わかった。―――道中は気を付けてくれ。」
クラウンら特務隊。世界の影で活躍する彼らとのこの繋がりはきっとおれたちの旅のどこかで大きく影響してくるのだろう。なんとなくだがそう感じた。
本部基地でのひとしきり用事を済ませると、辺りはもう暗くなりつつある。まだまだ春の前半だ、日の落ちだって早い。
この分じゃウルクラムにいくのは明日になりそうだな。
「そういえば明日は―――ウルクラムでフリートセレモニーがあるよ。」
「フリートセレモニー? なんだそれは?」
ハリスさんが明日ウルクラムで行われるイベントに言及する。名前からして船に関するお祭りみたいだが……こんな内陸で?
「来年がいわゆる「節目」ってやつでね。ちょうど千年が経つんだよ。」
―――ちょうど千年。
ハリスさんの言いたいことがようやく伝わった。そうか、もう―――来年がその年なのか。
「≪終焉戦争≫の終結から今年は999年目。かの『光の騎士団』が宣言した、再来の時が来年なんだ。」
『光の騎士団の宣誓』―――それがもとで、世界は一時的に大混乱に陥った。それから十年近くが経ち、各国の混乱は収まると共に軍備を増強してきた。
「明日は来年の「それ」に備えた、最後のフリートセレモニーってやつさ。」
ハリスさんはニコッと笑う。
「まあ光の騎士団のガセネタって可能性もまだあるけどね。」
文字通り世界を滅亡の危機に陥れた、≪終焉戦争≫の張本人である『闇の王』の再来を宣言した、千年前の英雄『光の騎士団』。
この世界は里を出たときにおれが思っていたそれよりもはるかにそういう危険性を孕んでいたようだった。
「そんなわけで、僕から一つ約束だ!」
「約束?」
「約束、というより警告? 忠告かな。」
ハリスさんは急にテルシアをぎゅっと抱き締めた。テルシアがあわあわと慌て始めるのを横目に、ハリスさんは酷く冷たく、無機質に―――怒りさえも孕んだ声音でおれたちに警告する。
「『光の騎士団』には―――極力関わらないこと。気を付けてね。」
―――。
千年前から来たと言われる過去の栄光、光の騎士団。
ハリスさんは『それ』に極力関わるなとおれたちに釘を刺す。それが何の意味を示すのかジダゴにもテルシアにもいまいちピンときていないようだ。
おれは生前じいちゃんがおれにだけ伝えたあの話を思い出す。
少なくとも―――いまだけは絶対に関わらせない方が良さそうだ。
「わかりました。」
おれはハリスさんの警告を受け取り、改めて肝に命じる。




