Record:20 帝国の夜明け
朝陽が崩れきった尖塔を照らす。
ようやく戦いは終わった。今はこの尖塔からボロボロになった城下町を見下ろしている。革命の戦いはこの立派な都を悲惨な姿にしてしまった。
シオウ派体制―――官僚派と保守派の互いに譲らぬ戦い。その影には連合の介入があった。
平和維持軍が戦闘行為を止めること、このような争いが起きたその原因調査のためにこの国に入り込んだのが一週間ほど前。特務隊隊員のノイマンが調べあげたところによれば、この騒動の張本人でもあるシオウ、彼こそがこの件における首謀者ということは確定とのこと。
そのシオウはいま、シバの目の前で目を閉じて眠っている。朝日に照らされた白い顔には心なしか肩の荷が下りたような、そんな安らぎが垣間見える。
「―――はぁ。」
シオウが今回のような行動に出た理由は―――本人がシバに直接話したとのこと。
前皇帝、つまりシバの親父が行った政治がことごとく国民からの反発を招くような結果を産み出し、よりよろしくない方向へ向かってしまった―――それが原因らしい。
でも……ずっとそれまで皇帝一人による独裁状態だった体制を、皇帝が自ら権力を手放しこの国の人たちに委ねたということは考えなきゃいけないことだと思う。
「―――父上がなぜ権力を手放し、臣民にこの国の未来を委ねたのか。」
シバはシオウの顔についている血を拭いながら呟いた。
「父上は恐れていた。父上自身がこの国に何をしてやれるのか。この国が求めているものを与えられているのか、それがわからず恐れていた。」
……。
「大叔父どのにお聞きしたい。拙者は祖父の顔さえ覚えておらぬ。拙者の祖父は―――どのような人だったのだ?」
同じく朝日に照らされている先々代皇帝の弟だったソガルガも、シオウの顔を見ていた。
ひどく重々しく、口を開く。彼はいつものようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そうだな……兄上は…………いつも思い悩んでいた。」
目を閉じ、今は亡き彼の兄の顔を思い出しているであろうソガルガ。
彼の兄は―――歴代皇帝が平均的には80年と生きていた中で、彼の兄は50歳にもならない若いうちに病気で亡くなっている。シバの生まれたそのとき、シガルガはすでに危篤にあった。
「己が病に苦しみ……皇帝としての政に……支障が出てしまっていることを、いつも……。」
いまから60年以上も前に、ジン帝国を含め全世界で恐慌に陥っていた時代があった。その影響から抜けきれず、政治的にも安定していない状況で、彼の兄は病に苦しみ、適切な政治を行えずにいた。
「…………兄の生きざまを見ていた甥が……皇帝としての権力を手放し、臣民に与えたのは…………それも理由、なのかもしれないな……。」
皇帝一人だけが権力を持ち続ける時代が長く続いたジン帝国。もはや全世界にはこのような独裁体制を取ってる国は片手で数えるほどしかない。
何が理由なのかは今となってはわからずじまいだけれども……。
「祖父も……父上と同じように苦しんでいたのであろうか……。」
「人の上に立つ……きっと、皇帝だけではなかろう……どの国でも、……人の上に立つ者は…………いつも思い悩むものなのだろう……。」
ソガルガは静かに続けた。
「己の思い描く理想と……思い通りにならぬ現実。仮に、シオウの計画が成功したとて……今度は同じ道をシオウが歩いていくだけ……だったのかもしれないな……。」
「………。」
そんな苦しみの連鎖は絶ち切らなきゃ行けない。その役目を誰がやるのか。
「…………拙者は、この国が好きだ。」
銀広洋のど真ん中に位置する、海の中心国家。世界各国の船がそれぞれの目的地へ海を跨いで向かう―――その中継地点でもあるのがこのジン帝国だった。
「やらねばならぬ。拙者が。」
シバの泣き腫らした目元の赤い腫れが痛々しい。だがその目はあの港で出会った弱々しく図々しい青年の目じゃなかった。
「ソガルガどの。―――もはや何も言うことはないな。」
シバの力強い目を見たソガルガは目を閉じ、ゆっくりうなずく。
「―――すっかり見違えた。……いまのそなたなら……安心してこの国を任せられる。」
皇帝の弟として生まれ、権力を与えられることなく、兄の背を見て育ったソガルガ。彼にも彼なりに皇帝へのポジションに思うところがたくさんあっただろう。
「―――その事だが。」
シバはひとつ提案を出した。
「ソガルガどの……拙者に力を貸してくれないだろうか。」
「…………ワシが今更、そなたに貸せる力を持っているというのか。ワシにはもはや……何もない……。」
ソガルガはシバの提案に首を横に振るが、シバはそれでも詰め寄る。
「拙者は未熟だ。父上からもシオウからも、祖父からも何も学べなかった。ソガルガどの、貴方の言うとおり拙者には何も学がない。何もわからぬのだ。」
みんな死んでしまい、シバを支えてくれる人はもはや少ない。彼のお付き人だって皇帝、政治のことは何もわからない武官だ。
「貴方のお力添えが拙者には必要なのだ。」
「………………。」
ソガルガはシバの境遇、そしてその皇帝への思いを感じ、ひとつ息をゆっくり吐く。
「…………ひとつ……聞きたい……。」
「はい。」
「……お前はこの国に戻ってきた。我々の妨害にも、連合の介入にも負けず、ここに戻ってきた。」
おれたちの力を借りて、と言うところもあるだろうけど。
少なくともシバはここに戻るための努力をやめなかった。おれたちに頭を下げ、おれたちに全力で思いをぶつけた。おれたちはただそれに応えただけだ。
ここにいるシバは……きっと。いや必ず。
「お前の思い描く皇帝―――その未来をワシに教えてくれ。」
シバははっきりと力強く、その疑問に応えた。
「誰も苦しまなくても……死ななくて済む、誰もが幸せに生活できる国を作る。拙者はそんな皇帝になりたい―――いや、なってみせる。」
ソガルガはその言葉を聞き、しばらく眩しいものをみるように目を細め、やがてうなずく。
「……そうか……。」
ソガルガは再びシオウの顔をみる。
「シオウよ。……お前の願いは……未来はどうやら見えるところにあるようだ……。」
胸に手を置き、ソガルガは静かに笑う。
「もう良いぞ。安らかに眠るのだ……。」
ここに新しい皇帝が生まれた。ソガルガはそれを感じ取ったのだろう。
朝日が眩しく照らす。
夜は明けた。今日からは新しいジン帝国の始まりだ。
「ショートどの。」
呼ばれたおれはうなずく。うん、聞こえてるよ。
「誠に……誠にかたじけない。この恩は一生忘れない。」
シバは笑みを浮かべ、感謝の言葉をおれに伝えた。
「見ず知らずの拙者を何も言わずに助けてくれたこと、感謝する。本当に、ありがとう。」
こうなるだなんて想像さえしてなかった。
でも仮に、もしこのような未来になるなんてこと知っていたとしても……同じことをしただろう。
死にかけた人間を見捨てる性格はしてない。
「お陰で―――拙者は今日ここに戻ってこれた。」
よかった。おれの選択はきっと間違っていない。良い結果になったはずだ。
「役に立てたかはおれにはわからないけど、……なにか困ったら言ってくれ。」
おれは手を差し出す。
「いつでも駆けつける―――立派な王様になってくれよ。」
シバは息を呑み、おれの目を見る。
「大丈夫だ。おれは困っている友達を見捨てたりしない。」
「……左様か。」
シバはとびきりの笑顔を見せてくれた。
「このあとは、どうするのだ?」
おれは城下町を見下ろしながら今後のことについて話す。
「とりあえずは当初の予定通りこの国を出て北に向かうよ。」
「世界の中心、ヘカ・クイスラムという国へか。まだまだ長い旅になるだろうな………。」
シバは差し出したおれの手を握る。
「貴方がたの旅に、天帝の御加護があらんことを。」
「ありがとう。また遊びに来るよ。」
おれたちは旅に戻らなければならない。
テルシアの故郷を探す旅に。
「また会うときまで―――しばらくお別れだ!」
手を離し、最後に別れの挨拶をする。
「じゃあな!」
「さらばだ!」
「任務御苦労。」
「クラウン……。」
緊急でこしらえた軍基地で目を覚ましたクロク。
その傍らにはクラウンがおり、彼女の身体を治癒の魔術式で治療していた。
尖塔が完全に崩れる前に、ノイマンがシルハとともにクロクを救助しており、クロクは任務とともに事なきを得た。
現在シルハはすでに彼の元へ帰り、再会を喜んでいる。
「夕鱗竜を前に肉塊にならなかっただけ褒めてやる。お前はよく戦った。」
「そんな……わたしは……うっ……。」
「お前一人でやれと命令した覚えはない。充分に役目を果たした。次の任務までにしっかり英気を養え。」
クラウンはそう言って治癒の魔術式を展開する。傷付いた彼女の体を癒す。
「これで……終わり……?」
「いや、夕鱗竜共々全員に逃げられた。この俺がわざわざ出向いてやってこの戦果、無駄足とは思わんが反省が必要だな。」
「ごめん……なさい……。」
クラウンはクロクの頭に手を乗せ、労った。
「反省が必要なのは俺だ。お前じゃない。少なくともお前は当初の任務を果たした。お陰で飛燕玉は奪われず、あの皇子の婚約者も殺されることはなかった。」
「……役に、立てた?」
「充分に。」
「……。」
クロクはクラウンの言葉にほっとした表情をみせる。クラウンの表情も声音もすべてが機械的だが、クロクを労うその手には優しさがにじみ出ていた。まだ十代半ばである少女は、それに深く安心する。
「……なぜ、飛燕玉を?」
クロクは今回の目的だった飛燕玉について疑問を呈した。
クラウンは間をおかずにそれについて答えた。
「飛燕玉―――それの正体が何なのか、お前は知っているだろう。」
「うん。でも、あれは………。」
クラウンはクロクの疑問、その本質を理解していた。
彼はむしろそれを逆手に取り、欺瞞に利用していた。
「そうやって誤解させておいたほうが流れのコントロールができる。しばらくそのまま欺いておこう。」
クラウンの指示にクロクはうなずく。続いてクラウンはこうまでしてあの飛燕玉を守ろうとした理由について語る。
(星の願い)。それを知る者はこう呼ぶ。
「かつて千年前、【闇の王】がそれを七つ集め星の願いを起動させ、『巨大な獣』を手にした。奴は、そいつを利用して世界を滅びに陥れようとした。」
「『巨大な獣』………。」
「真理石の正体を知る人間は俺含め極めて少ない。真理石自体、元々ある一柱の【神】の力の欠片だということを知る者はもっと少ないだろうな。」
クラウンはこのジン帝国を照らす光を見ながら【真理石】について語る。
「千年の節目に道化師が出て来て真理石を集めようとしている。それが何を意味するかわかる人間はよりもっと少ないだろう。」
「―――クラウンは、なぜそれがわかるの?」
それを聞かれたクラウンは少しの間沈黙し、やがて口を開いた。
「関係者だからだよ。」
なんだかんだで嵐のような男だった。先ほど握った手、あの男の手は………強い心の人の手であった。
どういった目的で彼が旅をするのかまだわからないが。
拙者にはなんとなくわかるのだ。
きっとまた、近いうちに………再び会うのだと。
いろいろあったが、とにもかくにも拙者は皇帝となる。
次に彼と会うときまで、拙者は………。
この国をよりよくしていく。父上を越えて………史上最高の皇帝となり。
今より良い国を作り、彼を盛大に出迎えるのだ。
さあ休みは終わりだ。
まずは立て直しからだ。




