Record:6 黒と黒の邂逅
……。
……―――っ。
はっ!?
「んごほっほがぁっ!」
急激に無意識のそこから浮上して突然光のなかに打ち上げられたかのようにおれは目覚めた。
「……どこだここは!?」
おれはまわりを見る。薄暗い空間のなかにいてしっとりじめじめと湿度がある。天井から光が漏れている。
おれは鎖でぐるぐる巻きにされて繋がれていた。鎖そのもので潰れて死にそうなぐらいガッチリ巻かれている。
どういう状況なのか頭ではっきり理解できない。つーか後頭部が痛い。洒落にならん速度で海面に頭から叩きつけられたからだ。
どのくらい意識を失っていたのか、ここはどこなのか、なんでこんな状況になっているのか、すこしでも手がかりを得るべくおれは立ち上がろうとする。
「んぎっ!」
しかし巻かれていた鎖が立ち上がることを許さず、中途半端な姿勢で立ち上がろうとするおれを床に落とす。うっかりコケて床を舐めるはめになる。
くそ! 誰だ! 誰がこんなことしやがった!
あのくそジジイとトカゲ野郎が! 酔っててふらふらしてるときに攻撃しやがって!
「テルシア、ジダゴ! いるなら返事してくれ!」
おれは同じように投げ飛ばされたであろうテルシアとジダゴを探す。残念ながら返事がない。ここにはいないようだ。
「くそっ……! 落ち着け、落ち着け……こういうときは、まずは落ち着くんだ。」
まずおれはおれ自身を落ち着かせ、この状況からの打開策を考える。
ふー、はぁ………。
……ぁあ!
鎖が邪魔だ!
「フンッ!! ぬぅうううううん……!!」
おれは息を大きく吸い力の限り体を膨らませ、鎖を引きちぎろうとする。
「ンンヌゥヌヌヌウウウン……!!!」
ギリッ……ビキッビキキッ……バキッ……バキバキバキッ!
順当に何重も巻かれた鎖がその力に耐えきれず次々砕けていく。
「おらぁっ!!!」
バギャァッ!
よし! 邪魔な鎖を完全に引きちぎり、おれは解放された。今回はなかなかキツかった。乱れた息を整えるべくおれは深く呼吸する。
「ふう……ここはどこだ?」
おれはとことこ歩き、壁の方へ向かう。壁の質感からしてここはどうも地下っぽい。レンガ壁の向こうに果てしない大地の重さを感じるし、湿度も高くやたら暑い。
壁のある一面にドアがあった。鉄でできた頑丈そうなドアだが、不思議と破れそうな気がするのでおれは助走を取る。
適度な距離を取って、あとは突撃をかますだけ、という状態になってから―――
「あー待て待て待つッスよ! 開けるから! 開けるから破らないで!」
ドアの向こうから男の声が聞こえた。どうやら開けてくれるらしい。
「まったく、あんだけ固く締めた鎖をぶち切るとか聞いてないッスよ。絶対この扉ぶち開けるつもりだったっしょ。」
ガチャッ
ドアを開けてやって来たのは……五分刈りの丸い頭の男だった。おれと同じ雷神の里の人間のような顔つきが妙に既視感を覚える。
「あんたは……。」
「縛るような真似をしてスんませんね。あんたの正体がわからん限りは下手に解放するわけにもいかないんスよ。」
男はおれが引きちぎった鎖を回収しつつ、おれをみた。
「俺はノイマン。あんたのことは聞いてる。」
「聞いてる? 誰から?」
「あんたの知ってる男スよ。ほら緑色の髪の。」
緑色の髪の……そんなヤツは一人しか該当しない。……クラウン!?
「敢えて名前を言わないのを察してくれる頭で助かるッスねー。あんたをこの沿岸で見かけるってのはさすがに想定外だったもんで困ってるス。」
ノイマンはおれを連れて別の部屋へ誘導する。
クラウンから聞いてるってのは―――そういう筋の男なのか?
「ここはどこなんだ?」
「ここを目指してたんじゃないスか? ここはジンすよ。」
はからずも、ジン帝国に漂流という形で着いてしまったらしい。気になるのは船に乗っていたあいつらの安否だ。
「おれはここへ複数で来ていたんだ。他に誰か来ているはずなんだ。誰か見てないか?」
ノイマンは振り返っておれを見た。
嫌な予感しかしない。
「フード被った怪しい老人と、赤い鱗の龍燐族、あとなんか小物臭いやつで三人すかね、ここで見かけたのは。……他にいるんすか?」
「そいつらはおれたちを海上で襲ってきて海に落としてきたやつらだ。あと三人、おれの仲間がいるはずなんだ。」
「ふむ、奴等のせいでここへ漂流してしまったわけってことすね。なるほど状況がつかめてきた。老人と小物野郎はともかく、赤い鱗の龍燐族は【列強】って番付されてる奴スね。よく生きてたス。」
あいつが列強なのかよ!?
通りで一瞬でぶっとばされたわけか。
「グラム・アヴァーズ。それがあの龍燐族の名前スよ。またの名を“夕鱗竜”とも呼び、名実ともに最強の龍燐族の称号を手にするテロリストと、俺たちは警戒してるんスよ。」
「最強の……龍燐族か。」
そんなやつとは二度と鉢合わせたくねえ。それにおれにはもっと優先しなきゃならないことがある。
「いろいろありがとう。おれは他の三人を探したい。出口はどこにあるんだ?」
それを聞いたノイマンは首を振る。
「ダメっす。」
「は?」
ノイマンはため息をつく。
「俺はここに任務で来てるんでね。勝手に出ていかないでもらいたいス。」
「いやいや、おれとお前は元々何も関係ないだろ。」
おれはいつもの癖で腰に掛けている真月の柄に手をかけようとして―――それがないことに気づく。
しまった。大事なことを忘れていた。
「……てめえ、おれの刀をどこにやった。」
ノイマンは首を傾けながらこちらを流し目で見るという舐めた態度を取り始めた。
「素性の知れないキュペルの人間が刀持ってるなんて危なっかしくて持たせられるわけないじゃないスか。」
「……あれはおれの大事なもんだ。そこいらの刀とは訳が違う。返してくれ。」
「そんなに大事なものなら手放さなきゃ良いだけじゃないスかね。」
この野郎……!
「言わねーなら腕ずくで言うこと聞かすぞ。」
おれは目の前の男……ノイマンを取り押さえて刀の場所を教えてもらおうとして構えを取る。
なかなかできそうで油断できないが……出方次第ならなんとかやれそうな気がする。
「はぁ……仕方ない。また取り押さえるとしまスか。」
「やれるもんならな。」
おれがノイマンを倒そうと動くその直前。
背中に突如凄まじい衝撃を受ける。
ドゴォ!
「んごぉ!?」
完全に不意うちされおれはそのままノイマンの方向へ倒れる。
ズガガガッ!
そしてノイマンから三回連続でぶん殴られる。おれの意識はあっという間に暗闇へオチた。
「目覚めたッスね。」
そして、再びおれは縛られていた。
今度は簡単に破られないよう、誰かがおれの上に座っている。ノイマンじゃない。
「ってぇ……てめえ!」
「おーっと危ない危ない。しっかり押さえとくスよ、クロク。」
クロク。それがこのおれを上から押さえつけている奴の名前のようだ。くそっ、マジで痛えところをぐりぐり的確に押さえつけやがって、うまく力が入らねえ。
「ん。わかった。」
この声の幼さ、それにおそらく載せているであろうそのケツの小ささ。おそらくおれよりも年下のガキだ。なんつーやつだ。ガキなら体躯だって相応に軽くて小さいもんなのにまったく退かせられる気がしない。
いくら鎖で縛られてるとはいえ、こんなことがあるか?
……いや、上には上がいる。それがこの世の当然な常識だ。
「―――さて、そろそろ本題に入るスよ。」
ノイマンはおれの目の前にパイプ椅子を持ってきてそれに座る。
本題? 本題ってなんだよ?
「俺達は任務でいまこのジン帝国にいる訳ッス。それをあんたの横槍でめちゃくちゃにされたかないんスよ。」
「邪魔なんかする気はねーよ。おれは刀を返して三人を見つけられりゃとっととトンズラするつもりだ!」
「話を最後まで聞きやがれよバカたれが。あんたの事情なんか知ったことじゃねーんスよ。あんたにそんなつもりはなくてもあんたのその行動が回り回って俺達の任務に影響を与えかねない状況なんスよ今は。」
「……。」
「ようやく聞き分けてくれるようになったスね。」
ノイマンはパイプ椅子の向きを変え、背もたれを前にしてもたれ掛かる。
「あんたの探すお仲間さんとやらの情報を教えろッス。」
…………。
こいつほんとにクラウンの部下なのか?
素性も知らん奴をいきなり鎖で縛り付けて来る奴がいてたまるか。
「いやだね。おれに仲間の情報を売る義務はないし、あんたがあの緑色の髪の男とどういう繋がりなのか聞かせてくれでもしない限りは話す気なんかねーよ。さっさと俺を解放しやがれってんだ!」
ノイマンは目頭を指で揉み、呆れたようにため息をつく。
「はぁ……あんたまだ自分の立場をわかってないんスか? 別にここで隊長に報告しないで消してやるってこともできるんスよ。やらないけど。」
ノイマンは顔から手を離し、より強くおれを睨み付ける。
「もう一回言うが、あんたの事情なんか知ったことじゃねーんスよこっちは。内乱が起こってて船便も止まってるであろう国になんでわざわざ来たんスか。あんたの言う仲間にそういうやつがいるってのがその答えじゃないんスか?」
こいつ……。
「俺達の任務は【悪いこと】じゃない。この世をより良くしようと動いてるだけなんスよ。とっととこの内乱を終わらせて前のように自由な交易ができるジン帝国に戻す―――それが俺達の達成目標な訳ス。」
ノイマンの言う【悪いこと】が目標ではないってこと。にわかには信じがたいが……クラウンと繋がりのあるこいつがいうなら本当にそれが本当である可能性もゼロではない。
ノイマンは立ち上がり、おれの前へ歩いてくる。
「……俺達の任務を手伝ってくれると約束してくれたら、あんたの仲間も一緒に探してやるスよ。」
……。
はぁ。
里を出てからこっち、いろんな事に巻き込まれすぎる。
「……おれぁてっきり旅行的なノリであっちこっち行くことになるって思ってたんだけどなぁ……。」
ふたを開けてみれば、これだ。テロリストに鉢当たるし、ヘカ・クイスラムへ行こうとしたら船便は止まっててそこに都合よく渡りたいというジン帝国の人間がいて。
おまけに海上で列強に襲われて、いまはみんなバラバラ。行方も安否もわからない。
……ジダゴはともかくとして。
テルシアの行方も安否もわからないってのは―――さしあたり重大なストレスだ。
「……わかった、お前らの任務に協力する。」
背に腹は代えられないし、そもそも代える背もない。
一刻も早くこの状況を打開しなきゃならない。
「―――よし、じゃあ早く教えるっすよ。」
おれからひとしきり情報を聞いたノイマンは眉間にシワを寄せまくった。
「先ヶ代の王弟……。」
そしてまた指で眉間を揉み始める。
「こーりゃまずいことになったッスね……。こいつぁ泥沼化しちまいそうだ。」
「ソガルガのじじいが、そんなに影響があるのか?」
おれはあの老人のことを思い出す。並々ならぬ雰囲気を放っていたものの、すでにご立派な老人だ。いったいあれになにができるってんだ?
ノイマンは簡潔に答えた。
「もっとめんどくさい状況になるんスよ。……事態は深刻とみて行動した方がいいぐらいには。」
よくわからんが、あの老人がこの場にいてなにか良いメリット?なんてものはなさそうだ。
「夕鱗竜も同行してるってのも、解放戦線連合がこの件に絡んでるっつー証拠な訳で、あのクソ野郎が―――真理石を何がなんでも手に入れる腹積もりか!」
ノイマンは慌ただしく外に出る準備をする。
そこにずっとおれの上にずっとその小さいケツを押し付けて座っているガキが呼び掛ける。
「ノイマン、こいつはどうするの?」
首も一緒に押さえつけられてるから顔を見ることはできないが、やっぱり声が幼い。
それを聞いたノイマンはサムズアップした。
「解放してくれッス。そいつに刀と色々持ってた奴を返してあげるスよ。」
「ん。わかった。」
さっきとまったく同じ台詞を発して、おれの上に乗ってた奴は降りて鎖を外し始めた。
そこではじめてこいつの顔を見た。
長く絹のようにさらさらした黒い髪に、骨みたいに白い肌。
サファイアのように輝く瞳。よく見れば暗闇で光を反射する猫の瞳のように、瞳孔の内側から光を放っている。
こいつがクロク。―――女だったのか。
完全にこいつの存在を認知できなかった。
「ん。」
クロクは、おれに真月を渡す。どうやらクロクが持っていたらしい。
「さぁ、俺達についてきてもらうッス。あんたのお仲間を探すのは後回しス。
しれっと言われたことにおれはすぐ拒否した。
「いや、おれの仲間が先だ! それだけは絶対譲るわけにはいかねえ。見つかったあとならいくらでも手伝ってやる。」
「どぁー、めんどくさい状況になりやがった。……そのお仲間を探す意味でも俺達に着いてきた方が確率は高いスよ!」
「は? なんでだ?」
ノイマンはもうやけっぱちな顔だ。
「あんたどこで遭難したかもわからないだろ。まさか、このジン帝国の島全体をくまなく探すつもりッスか?」
……。
……―――あー、くそ!
くそったれが!
「わかったよ。あんたについて行く。」
おれはもうなかばやけになってきた。
「―――いろいろとスんませんね。けど俺達はこれから首都に行くつもりス。賭けにはなるッスけど、あんたの仲間も同じように遭難してるなら、首都に行く可能性が高い。……闇雲に海岸ばっか探索してなきゃ良いんスけどね。」
ノイマンの言うとおり、海岸を探索するのは確かに現実的じゃない。おれならともかく、テルシアはそれに考えが至るかもしれない。
もうすこし深く考える能力を養わなきゃいけねえな……。
「よし、じゃあついてくるスよ!」
渋々だが、おれは彼らについて行くことにした。
ノイマンに連れられるままに階段を上がって外にでる。開けたとたんに入ってくる光でおれは一瞬目を細める。
ここが……ジン帝国か。
出てみればそこは町の中だったようで、しかし人の気配が少ない。郊外より、端辺りだろうか。空にはたくさんの入道雲があり、里にいた頃の夏の時期を思い出す。
遠くになにか城のようなものが見える。
「ここは……。」
「ここは、首都バンラシンの郊外。今からあそこに行く。」
後ろからクロクが説明し、遠くに見える城のようななにかを指した。
「今から行くのは―――萬蘿薪城。ジン帝国始まって以来ずっと有り続ける城。」
クロクはそれから手を下ろし、おれの方へ向き直った。
「私はクロク。あなたの名前は?」
「……硝斗。おれの名前は笹川硝斗だ。硝斗って呼んでくれ。」
「ショート。わかった、ショート。よろしく。」
ひょんなことからおれは、クラウンを知る人間―――ノイマンとクロクになかば脅されるようにして同行させられていた。
任務だとか言ってたからクラウンと同じ部隊だか組織だかにいる人間なのかもしれない。だがそれでもやっぱり素性の知れない部分はある。
「……。」
刀は無事に返してもらえた。
「あーあーこちらノイマン。コード11を確保。コード11とともにコードAが一緒に潜入していた模様ッス。それとなんか知らんやつが一人。」
ノイマンが車の中で無線機を取り、なにやらしゃべる。
「大至急、コードAの捜索と安全の確保を要請するッス。この場においては、進行中のミッションと同レベルの最優先事項として対応を進めますんで、そのつもりでよろしく頼みます。」
それに対して無線機から何かしらの応答を聞くノイマン。いくつかうなずいたあと、「了解。あともうひとつ報告があるんスけど、そっちはもっと重大なんで、着き次第報告します。引き続き城へ向かいますんで。そいじゃまた。」と返して閉じた。
……おれの知らんところで世界は動いてるってやつか。
「いまあんたのお仲間さんの捜索を軍に依頼したんで、すぐ見つかると思いますよ。」
「……軍!?」
「あれ? あ、言ってなかったっすね。俺達は【平和維持軍】の兵隊ッスよ。」
平和維持軍。
ノイマンとクロクはたしかにその所属の兵隊だと言った。
本当にクラウンの部下だったらしい。彼らは普通の兵隊にはないであろう権限を用いて、おれの仲間たちの捜索依頼を出した。
「いま軍の方でレーダーなりカメラなり網を張ってますんでね。俺らが探すより捜索依頼を出した方が早いス。」
「た、たしかにそうなんだが……いいのか?」
ノイマンはにっこり笑って軍帽を被りながら答えた。
「隊長から特別対応を取れと命令されてますから。あんたと―――テルシアさんに関しては。」
―――雷神の里の一件以来、クラウンには何かと目をかけてもらっているようだ。実感がなかったが、こうやって実際にそういう対応があるとはっきり分からせられるとな。
「―――ならなんでさっきおれは手荒な対応をされちまったんだ。」
「さすがに今回は状況が状況なんで許してほしいところス。何のために船便止めさせていたと思ってたんスか!」
「あれあんたらの仕業かよ!」
「【平和維持軍】ッスよ、俺らは。人命第一ッス。」
ノイマンはあっけらかんとそう言う。
平和維持軍。世界中の国家ほとんどが集まって組織する連合組織≪世界政府≫の管轄にある世界最大の軍隊だ。世界各国から軍隊を出し合い、日々合同訓練を行い、各国の連携および国交の良好な維持、なにより世界平和を目的としている。
「そのためなら、船便を止めることもできちまうわけか。」
ノイマンは笑ってうなずく。
「【平和のために死ね】。それが平和維持軍のスローガンっス。」




