表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Legend of Star Night  作者: ILLVELG
序章 約束
4/128

Record:3 約束


 おれはいつものように早起きして、子供用の軽い木刀をにぎって外に出た。向かう先は笹川家を守る武家、近衛家の者が鍛錬に使っていた「暁練兵場」。

 今も近衛家が管理しているけれど、里の人間なら基本誰でも使える。というか里の集会とか運動会とかイベント会場としてよく使われている。

 朝はやっぱり一番涼しい。鍛練に集中できる。

 夏に入って少し経ち、そこそこ暑くなってきて湿度も上がってきた。虫たちも活発に命を輝かせて生きている。

「よっし………。」

 おれはひとつ深い呼吸をとる。

 朝の澄んだ空気が肺いっぱいに膨らみ、エネルギーをみなぎらせる。

「ふっ………。」

 鋭く息を吐き、木刀を構える。

 

 ひゅっ。

 

 風を切り裂く音が静かに朝焼けのなかでこだまする。

 

 ひゅっ。

 

 体はまっすぐ前を向いて。

 刀の反りをなぞるように振り下ろす。

 

 ひゅっ。

 

 太刀筋はまっすぐ一直線に。

 紙をきれいに切るように丁寧に。

 

 ひゅっ。

 

 うん。良い音だ。

 身体とリズムを合わせて木刀をふり続ける。

 ひんやりした風がおれを撫で上げるようにして吹く。

 今日はとびきり調子が良さそうだ。筋肉がしっかり柔らかくなっていく。

 素振りを終え、おれは木刀を腰に戻し、すっかりのぼりきった朝日を眺める。木炭の暖かい炎のような赤い太陽は素振りの間に白く輝いていた。

 今日もいい天気だ。

 

「朝から精が出るな、硝斗ぉ!」

 

 後ろから声をかけられた。その声は………重斗しげとじいちゃん!

「しげじい!」

 浅黒い肌にロマンスグレーの髪が短く切り揃えられ豪快で体格の良いおじいちゃんが専用の大きなトラックで来ていた。これから木材を調達しに行くのだろう。

 重じいはおれのじいちゃんの弟にあたる。この雷神の里を影で支える重鎮のひとりで、主に林業、畜産業の分野でこの里の住生活を充実させている。

「しげじい、いつもより遅いな?」

「あぁ、ちぃっと野暮用があってな。兄ちゃん、おっとお前のおじいちゃんに呼ばれてるんだ。」

「ヤボヨーって?」

「まぁすぐにここに戻ってくるからな。その時に話そう。」

 ふーん………珍しいな。

「わかった。」

「よし! 頑張れよ!」

 

 

 雷神の里の朝は早い。

 日が登ってくるまえに大人は目を覚まし、それぞれの生活のルーティンを始める。例えばお母さんは軽い朝御飯の準備と、父さんは起こされたあと、寝床の片付けを一通りやって、昨日のうちにたまった洗濯物を洗う。おれもそのお手伝いをする。

 ちなみにおれはお手伝いが終われば朝御飯の前にこうして軽く素振りをする。そうしたルーティンは父さんに教わってもらっていて、それ以来ずっとこうしている。

 いつものことだ。そう。毎日やっていること。

 それだけならいつのもことなんだ。

 けど………。

 

 また見られてる…?

 まただ。

 おれはため息をついて見られている方面を向く。

 そっちは鎮守の森。

 視線を感じるのは一昨日からだ。視線の正体はわからない。その姿を見たことがないのに、何故か視線を感じるんだ。

 ………今日こそは行くべきなんだろうか。

 おれは腰に戻していた木刀に手をかけ、鎮守の森へ向かう。そっちを向いたその瞬間、ほんのわずかに………金色のきらめきが見えた気がした。

 森を守る結界がまた弱まっていた。

「………………。」

 おれは森の入り口へ足を進める。

 森の中が明るい。木漏れ日で道が光によって満たされてる。

 虫の羽がきらきらと光を反射して、まるで輝く雪のようにふらふらと飛んでいた。

「………。」

 おれはてくてくと道なりに歩く。

 前に少女を見つけたところまでの道を、おれはなんとなく視線の主の正体について察しながら歩く。やがて開けた場所へと出る………そこは前に通った場所とは違っていた。

 他とは違う種類の明るい色彩の木の切り株がひとつだけあり、なにか暖かい木漏れ日の煌めきで満たされていた。

「ん………?」

 こんな場所、あったっけ?

 おれは首をかしげた。

 それと同時におれは気づく。金色のきらめきがちらっと見えた気がして、その方向を見る。

 まだ、道は続いていた。

 どこまで続いているんだろう………。

 

 あとから知ったことを少し加えると、おれが迷い込んだここは鎮守の森のさらに奥にある「聖域」という場所だった。

 彼女のいた社があったあの場所もこの場所の一部だ。

 聖域。それはこの世界の神域のひとつに数えられ、太古の昔から謎と神秘に包まれた不思議な場所として里の人間に知られている。

 おれはそこにいつの間にか気づかずに迷いこみ、ただ金色のきらめきに導かれるようにしてひたすら追いかけていた。

 雷神の壁像が見える。大きな鹿が彫られており、かなり大きく20メートルほどの高さがある。周囲の木々も身長が高く30メートルもあるので、すっぽりと包まれたかのような感じにも見える。

 年季は相当にあり、ところどころヒビが入っていたり、欠けていたり、また苔や蔦などがいたるところに絡み付いている。

「………?」

 雷神の壁像のふもとに、誰かがいた。

 金色のきらめきを放つ、美しい髪。

 あの子は―――

 あのとき封印されていた女の子だった。

 不思議な出で立ちでこちらを見ていた。

「あっ………!」

 おれが声をあげたのも無理はない。

 おれは実に一年ぶりにこの女の子の顔を見た。

 視線の正体は………このひとだ。

「おまえは………。」

 名前も知らぬ、不思議な少女。ここの者ではない、金色の髪に翠色の瞳。忘れるはずもない。

 彼女と一年越しにこの聖域で出会えた。

 

「かえらせて。」

 

 少女は開口一番にそう言った。

 ………?

「え?」

「いえ、かえらせて!」

 舌っ足らずだけれど、はっきりとそういってきた。

 まだ二桁になったくらいのバカな子供に突然「家に帰らせろ」と言ったところで通じるはずもなかっただろう。

「はぁ? 何なんだよおまえ。」

 意味のわからないことを言われて、おれは少し乱暴な言葉で怒ってしまう。すると少女はびくっと怯える。それでもめげずにおれに言い返そうとする。

「いえ………かえりたい!」

 発音がおぼつかなかったのが不思議な印象だった。

「いえ………かえらせてっ…!」

 何度訴えても眉に皺を寄せ、口をぽかんと開けながら頭の上に疑問符を浮かべ続けるおれの様子を見て、彼女はだんだん辛そうな顔をし始めた。

 その顔におれはどうすればいいのかまったくわからなかった。彼女は幼いながらもそうはっきりと言う。かえらせて、と。

 いったいどこに? 彼女の家はここではないのか?

 そう考えていた。

「そんなこといわれても…。」

「かえらせて!!」

 おれは何をすればいいのかもわからず、とっさに手を差し出す。

 帰るというのなら、おれは自分の家に帰る。

 父さん、母さんがいるところに。

「じゃ、かえろうよ。」

 おれは困りながらそう伝えた。少女はハッと目を丸くする。その瞳がおれの目をみて、次におれの手を見て、それからおれの目に視線を戻す。

「ほんと?」

 彼女は期待と不安が入り交じった表情で、そう確認した。

 木漏れ日に照らされた、金色の髪がきらきらと輝く。

「うん。かえろうよ。」

 彼女はおれの言葉を聞き、それを噛み締めるように見つめてる。

 彼女はおずおずとおれの手に触れる。おれはその手を握る。

 彼女は一瞬こわばったが、すぐに握りかえす。

「大丈夫! おうちはすぐそこだもん。」

 おれは元気付けるように彼女に伝えた。彼女はその言葉に遅れてぱぁっと笑顔になる。無邪気で明るくて眩しくて、年相応の笑顔へ。

 彼女はおれに導かれるように歩き始める。そうして聖域を出ようとする。

 

 そのまま、おれはおれの家に帰ろうとした。

 

 だから突然歩みを止めた彼女に驚く。

 繋いでいた手を握り止められ、おれは少しよろけそうになった。

 振り返ると、彼女がうつむいていた。

「………どうしたの。」

 おれは彼女に問いかける。

 彼女はゆっくり、小さく言った。

「………そこは、わたしのおうちじゃない。」

 ………?

「かえるんだろ?」 

 彼女は首を横に振る。

「ちがうの。あなたのおうち。わたしのおうちじゃない。」

「え?」

 どういうことだとおれはもう少し聞こうとした、その時に。

 おれは気づいた。

「あっ…。」

 彼女は泣いていた。

 うつむいて、ぎゅうっておれの手を握りながら彼女は大粒の涙をボロボロとこぼしていた。

 突然の涙におれはおどおどして、困惑していた。

 彼女は突然、聞いたことのない言葉を話し始めた。

「―――、―――…―――!?」

「どう、どうしたんだよ!」

「―――!! …――――――!! うぁあーー!!」

 大声をあげて彼女は泣き始めた。なにかを叫んでいるが、言葉はわからない、でも今とても悲しい思いをしている。胸を締め付けられるような声がそう伝えている。

「うぁあーー! あぁーーーっ!!」

 おれはたまらず、彼女を抱き締める。いつも怪我して泣き叫ぶ年下の従姉妹にそうするように。

 しばらく彼女は泣き止むことがなかった。

 深い森の奥で、彼女の泣き声が遠く遠く、静かに響く。

 

 彼女はおれの家が彼女の家ではないと言った。この時のおれはよく理解できなかったが、大きくなった今のおれならわかる。

 彼女は別のところからここに無理矢理連れてこられたんだ。

 だから、きっと、帰りたいと叫んでいる。

 彼女の家族が待つであろう、故郷に。

 雷神の里ではない、どこか遠くに。

 子供だったおれには、何もわからなかった。

 ただ、ただただ、ひたすら泣き叫ぶ彼女をなだめるべく、ぎゅっと抱き締めることしかできなかった。

 どれだけそうしていただろうか。

 やがて泣くことに疲れた彼女は、ぐったりと倒れる。慌てておれは彼女を身近にあった大きな切り株の上に座らせる。

 彼女はまだしゃっくりを残し、目は痛々しいほど赤く腫れている。

 彼女の隣におれは座り、落ち着いた彼女の背中を撫でる。

 

 ………あとからわかったことと織り混ぜて話すんだが。

 彼女はおれと聖域で再び会うまでの一年間、じいちゃんたちの屋敷にずっと閉じ込められていた。

 もっというなら先程のやり取りでわかる通り、言葉すら全く通じていなかった。

 閉じ込められていたとはいえ、それは牢屋のなか、などのようなものではない。じいちゃんが住んでる屋敷はおれがいる家と違ってものすごく広く、おれみたいな家族があと十組は住めるような、そんな城レベルの屋敷だった。

 入り口は常に門兵が構えていて、それ以外に出入り口はないが、少なくとも日々生きるのに不自由なんかしなかっただろう。あのじいちゃんがそんな雑な世話をするはずもない。

 

 開放された時の様子を鑑みるに、彼女はおそらく封印されていた。誰が、何の目的で、いつ? それは全くわからなかったけれど。

 重要なのは、彼女は名も知らぬ顔も知らぬひとがたくさんいる知らない家にずっといたこと。それも一年間。

 ………おそらくじいちゃんたちは何年もいれば慣れるだろう、落ち着くだろうと思っていただろうけど、そもそも慣れるはずもなかった。

 なんでここにいるのか、いつ帰れるのかなにもわからないまま過ごせるほど子供の心は丈夫にはできてない。

「ここのひとたち、みんなやさしい。」

 彼女はぼそりとつぶやいた。

「いじめてこないし、おいしいごはんもつくってくれる。みんなニコニコしてるの。」

 彼女はぽそり、ぽそりと小さく言葉にする。

「でも、あいたいひとがいない。おかあさん、おとうさん、へいたいさん、村のみんなとあえない。わたしのおうちは、ここじゃないの。」

 もはや泣く体力もないだろう。涙は枯れている。

 でも声がまだ泣いている。ずっと震えている。

 彼女は寂しかったんだ。周りの人たちが、とくにあのじいちゃんたちがよその子供にたいして厳しい世話などするはずもない。せいいっぱい寄り添おうともしただろう。

 でも、それは彼女の心に届かない。

 彼女はただ家に帰りたかった。

「きれいでひろいおはなばたけがあるの。そこでおはなのかんむりをつくっておかあさん、おとうさんにあげるの。うれしいっていってくれる。わたしもうれしい。」

 彼女はぽつりぽつり、独白するように彼女の故郷のことを伝える。

 その声音には寂しい色が見えていた。

 それきり黙って、おれたちの間に長い沈黙が訪れる。

 彼女の拙い言葉で紡がれた、彼女の故郷の光景が幼いおれの脳裏にも浮かび上がり、辛い気持ちにさせられた。

 おれは、耐えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…おうちにつれていってあげるよ。」

 

 おれはそんな彼女の願いを叶えたい一心で、そう言った。

 彼女はおれを見た。キラキラとした宝石のような翠色の瞳がおれをひたと見据える。

「いまはおとなじゃないからできないけど、はやくおとなになって、おまえをおまえのおうちにつれていってあげるよ。」

 でまかせなどじゃない。本心からおれはそう誓った。

 いま、このときおれの誓いは生まれた。

 彼女はそれを聞いて、明るくなる。

「ほんと? ほんとに、いえにかえれるの?」

 おれは強くうなずいた。

「うん。ぜったいに。」

 おれは小指を差し出す。彼女は首をかしげる。

 おれは彼女の手を取って、握りこぶしにさせ、小指だけをおれの小指に絡める。

「やくそくだ。」

 かつて異国からやって来た人たちが古来伝統受け継いできた、約束の儀礼。

 互いに小指を差し出し、強く結ぶ。二度と切れることのないよう、互いの結んだ小指に包帯を巻く。

 いろいろな願掛けがあるけれども。

 お互いの信頼を約束する。一番強い約束。

 

 それがこの指結び。

 

「やくそく…。」

「うん。やくそくだ。」

「………やくそく。」

 

 おれは彼女に名前を伝えた。

「おれは、硝斗。笹川硝斗ささかわしょうとっていうんだ。」

 彼女はおれの名前を聞き、結んだ指先からおれの目へと視線をあげた。

「―――硝斗って、呼んでくれ。」

 彼女はおれの名前を声で紡ぐ。

「し、おう、と―――しよ、と………しょ、と…。」

 彼女は泣き腫らした顔で笑顔になり、それから自分の名前を告げた。

「わたしの名前は―――テルシア。」

 彼女の名前を初めて聞いたおれは、その拙い声が紡いだ名前を耳の奥へ刻んだ。

「テルシアって、呼んで。」

 おれは頷く。

「てる、しあ。てるしあ。―――テルシア。」

 結んだ指結びに力が入り、彼女がもう片方の手でおれの手を握り込んだ。

 一陣の風が木漏れ日と自然の香りを運び、俺たちの間に吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重斗しげと。あの子がどこに行ったかわかるか?」

「まあまあ兄ちゃん。安心しときな。あの子たちなら大丈夫だよ。」

「………そうか。わしの孫が、か。」

「相変わらず察しがいいことで。俺たちじゃやっぱさ、どうにもならんさ。」

「………かならず、その時は来る。それまでの間、備えなければならない。」

「兄ちゃん………やっぱり戦うことになるのかい?」

「本当にその通りになるとは思えねえが―――だが。御先祖様からの言い伝え、そしてあの子を預かっている笹川家の当主である以上、戦いに備えなければな。」

「 ………ってぇことはン十年ぶりの戦時体制に入れってことかい。」

「あぁ。若ぇ衆にも声かけをしておいてくれ。武器と、そうだな………航空機の修理と代替部品の再生産を始めておいてほしい。」

「そこまでするのかい? 今はどこも戦争なんてやらねぇぞ。」

「だからこそだよ。オメエも外の怪しい話を聞いてるだろう。」

「いやまさかよ。あれは戦争を起こさないようにするための大袈裟なおとぎ話だろ? ………。」

「ついこないだ、変な輩が宣言ぶちかましやがっただろうが。」

「………最大限の備えをしておかにゃならねぇか。」

「そういうことだ。何も起こらないに越したことはねぇし、最大限の火力は持っててもマイナスにはならねぇだろ。わしは雷神さまに掛け合ってくる。」

「………何もなきゃ良いんだけどよぉ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ