Record:2 雷神の里
………少し長く、とても古い話だ。
雷神の里。
下手をすれば現存するほとんどの国よりも古い歴史を持つ山里であり、その歴史は千年以上も前にさかのぼる。
別の世界からやって来たある異世界人の集団が、鎮守の森のそばに住み始めたのが始まりだ。
雷神の里を治めたのは「笹川家」という武家であり、その長は伝説の刀「真月」を代々受け継いできた。その始まりの祖である初代当主―――笹川玄斗は、この異なる大地に根ざした里を育み護り、そして拡大してきた。
彼らは美しく不思議な服に身を包んでいた。腰には美しいそりをもつ独特の形の片刃剣「刀」を持ち、皆屈強な肉体を持っていた。
彼らはとりわけ彼らは金属の扱いに長けており、この第三大陸の西側で鉱脈を掘り当て鉄工業を始め、一大事業を起こす。そうして彼らはいつしかこの第三大陸全土をその手の元に治めた。
………。
さて。
ここからはそれから少し先のお話になる。
何、この世界に生きる者なら誰しもが聞くことになる―――あるお伽噺だ。
かつてこの世界は長い間文明を発展させ、人類は栄え今まさに空へ飛び立たんとしていた。
―――【終焉大戦】。
今から千年前。
すべての大陸―――七つの大陸全土、全世界の国々が突然正体不明の軍隊に襲われた。
そう。魔物たちの軍団だ。
夥しい数の魔物たちが、海から上陸し、空から降りてきた。
人類がようやく機械を生み出し、空を飛ぶ自由を得ようとした矢先の出来事だった。
最も大きい第一大陸はその国土の北部がほとんど焼かれ、第五大陸に第二大陸、南半球の第六大陸や第七大陸もその強烈な災火に尽くを焼かれた。
最も僻地の大陸と呼ばれていた第三大陸も例外ではなかった。
瞬く間に海岸の国は尽くが焼き尽くされ、その戦火は衰えることなく破竹の勢いで内陸にまで侵入した。世界最強の軍隊を誇った列強の国々さえも戦火に飲まれ、数多の戦車も軍用機も軍艦も、何もかもが壊され、墜ち、沈められた。
人類の抵抗する術も殆どが数の暴力の前に潰れ灰燼と化す。人類の叡智が詰まった技術による機械兵器も、人類の飽くなき探求の末に開拓された魔術も、人類の鍛え上げてきた頑強な肉体を持つ兵隊も、何もかもがその黒い波に耐えることができなかった。
もはや神話に語られる程の大厄災―――目減りするほどにたくさんの人々が死んでいった。多くの人が死んだ。いいや、死にすぎた―――死にすぎてそれまでに培ってきた文明の殆どが消滅し大きく後退した程に。
その戦火はこの第三大陸の周辺、里まで届いた。
当主笹川玄斗は、持ち前の強力な軍隊で見事退けたが、世界がこの状態だとわかるとすぐさま前線へ赴いた。
そして、世界中で生き残った人々ともに戦乱の中を戦い抜き―――かのお伽噺に語られる騎士団と合流し、敵軍を討ち果たす。
終焉戦争は多大なる被害をもたらしながら混沌のうちに終わった。その後も里の人々は世界各地に残って世界の再建に尽力した。
混乱のうちにあった世界の影響で里は広げていた領地を次々と手放した。まもなく初代当主玄斗は病に没し、里は次の世代へと受け継がれた。
代々笹川家の長は次第に土地を周辺の国家に売り渡し、その生活の場を狭めていく。そこには弱体化した里を狙おうとする諸国からの防衛範囲を少なくしようとする狙いもあった。
里は鎮守の森の近くにまで縮小すると、その大昔世界を治めていた神々の一人だった黄雷神の骸の上へ移り―――その名を改め【雷神の里】と変えた。
動かぬ骸となって今なお残る雷神様の精神が、当時の長である四代目笹川家当主の崇斗を認め、彼らの永住の地を自らの骸の上に建てることを許可。
それ以降、我ら雷神の里は神の力に守られながら千年近くの歴史を紡ぐことができた。
そしていま………雷神の里はひっそりと雷神と共に生きている。
現笹川家当主39代目、笹川龍斗―――おれにとっての祖父にあたるじいちゃんはおれにくどくどと長ったらしい昔話を教えていた。
………とうのおれはうつらうつらと船をこいでいた。
「―――硝斗ォッ!!! 話を聞いてんのかッ!!!」
じいちゃんの鬼のように硬い拳骨がおれの頭にカチこまれる。
ゴッ!
「いってぇぇぇ!!」
微睡みの中で突然脳天に響く衝撃。おれは転げ回って畳の上をじたばたする。
「最近たるんでねーのか、おいっ!」
「お話つまんねーよ! もうその話何回も聞いたよ! じいちゃんまだボケるの早いって!!」
「こぉのクソガキがぁ! その腐った性根を叩き込んでやるからそこでじっとしろォ!!」
「いやだぁぁ! 暴力反対イテェェ!?」
ここは雷神の里。
千年以上の長い歴史を持つ、秘境の山里。
農業と鉄工業を生業とし、第三大陸の西の果てでひっそりと営み続ける里は、雷神の骸の上に存在する。
笹川家を長として里の人々は今日も平和に生きている。
………のだったけど。
そんな里にも、変化が現れ始めたんだ。
「ねぇ、あいつはどうしてるの?」
おれの疑問に、じいちゃんは眉を情けなく下げた。
「………お前が気にすることはないさ。」
「………そっか。」
あの日、おれはいつも通り森の奥に行って遊んでいた。
いつもなら何ごともなく帰るんだけど、その日は様子が違った。どこからか声が聞こえ、おれは気になってその声の出所を探した。
その場所は今まで一度も行ったことがない場所だった。
「お前が見つけたあの場所は………玄の祠という場所のようだ。」
この家に伝わる古い文献によれば、鎮守の森にはさまざまな秘密が存在する。この森の結界しかり、あの祠しかり、………少女しかり。
「あの子はまだ正体がわからない。………今のところお前たちができることはなにもないさ。」
じいちゃんはため息をつく。
「じいちゃん………だけどさ、ずっと閉じ込めるのは………。」
おれが見つけてしまった女の子はなんかの理由で封印が解かれ、おれのもとへやって来た。偶然にもその場にいたお母さんがおれと女の子を連れ帰り、里に戻った。
里に戻ると待っていたのは………じいちゃんとこの里の重鎮たちだった。そこからはあまりよく覚えてない。いや、厳密に言うといろいろありすぎて詳細を覚えられてなかった、に近い。
もうあれからそろそろ一年が経つ。
「じいちゃん………。」
「何度も言わせるな。………お前には今はなにもできない。」
じいちゃんはひどく困ったように眉を下げていた。
………。
あの子、元気かなぁ。