Record:1 少年と少女の出会い
「硝斗ー! 硝斗ー…?」
………何度呼び掛けても返事が来ない。
気配を探ってみると、あの子の気配を捉えることが出来た。森の方にいるようだ。
最近鎮守の森に遊びにいくことが増えた。
「雅斗。最近、硝斗が鎮守の森に入り浸っているみたいなの。なにか心当たりある?」
雅斗はアゴヒゲを撫でながら答えた。
「うーん………あそこにはなにもないはずだよ。奥に入らなければただの森だし。ちゃんとお昼前には戻って来るから大丈夫じゃないかな?」
なにもない………か。
硝斗は良くできた子で、一回お昼前には戻ること、と伝えたらそれ以降ちゃんと戻ってくれるようになった。
けれどやはり長い時間森にいさせるのは………。
例えよく知る森だとしても、ね。
「雅斗。あの子を呼び戻しにいってくるね。」
「わかった。何かあったら遠慮なく呼ぶんだぞ。」
「心配性ね。鎮守の森にそんなに危険はないわよ。」
雅斗は苦笑いする。
鎮守の森。
それはここ雷神の里の奥に存在する、太古の昔からこの里を見守り続けてきた森。神様が住まうといわれるその鎮守の森は、神様の不思議な力で危険な魔物を退けている。
よほどのことがないかぎり、子供を遊ばせても危険は全くない。そして不思議なことに、大人も子供も誰もが、その鎮守の森に入ることはしなかった。
………というより、なにかに導かれるようにしてすぐに外に放り出されて奥に踏み入ることができない。だから大抵のこどもたちがうっかり森の中に入った所で、いつのまにか森の外に追い出されている。
―――硝斗だけは不思議なことになかなか姿を見せない。泥で汚れたりはするけどちゃんと怪我なく帰ってくるので、そこまで不安はないけれど………多少気になる。
一体鎮守の森の何処にいるのだろうかと。
「やっぱり変ね………。」
目を閉じて気配の探知をすると、硝斗は確かに森の方向にいる。
けれど、なかなか姿が見えない。私も含め、この森の奥には誰もが深く入れず、外からすぐ見えるところしか行けないのに。
「………?」
そこに、ふといままで感じたことのない違和感があった。
鎮守の森は常に分厚く柔らかい壁を作っている。いわば結界のようなものが森を覆っている。
しかし今日はその結界のようなものが弱く感じられる。
………。
違う。意図的に一部だけ弱まっている。
「硝斗ー? どこにいるのー?」
私は警戒して腰にかけている刀に手をかけ、いつでも戦えるようにする。その意図的に開けられている結界の穴へ向かう。
明るい。昼間だからこそ本来は当然なのだけれど。
………この森は昼間でもかなり暗い。
だけど今日は違う。まるで森が光を受け入れているかのように、温かい光が道に射されている。
明らかにおかしい。いつもとは様子が違う。
美しい緑の長い葉っぱが太陽光を優しい木漏れ日の光へ変え、整えられた道を照らしている。
確かに綺麗だけれど、こんな綺麗なところを通った覚えは一切ない。幼少期に鎮守の森に入り浸っていたけど………こんな綺麗な石畳の道など、私は通ったことがない。
やはり今日はおかしい。
「硝斗ー? ………硝斗ー?」
あの子はどこにいるの?
道なりに私は歩いている。道から外れて探そうにも、道以外の場所は非常に木々の生えている密度が高く、すごく暗い。進んで変なところへ行かせようとはしない雰囲気だ。
………この道を進めば硝斗がいるのかしら。
私は歩く。
だいぶ森の奥に進んだと感じたとき、急に道が開け、太陽の光とともにたくさんの青白い花が私を出迎えた。優しく柔らかい風が、かすかに甘く酸っぱい香りを含んで私を包む。
「ここは………。」
ここがこの鎮守の森の中心、なのだろう。
この森が守っている、中心部。
硝斗の気配がする。とても近い。ここにいる。
「硝斗ー?」
呼び掛ける。………動かない。返事もない。
私はまっすぐ硝斗のところへ向かう。
やがて私の視界に何かが見える………相当の年代を感じさせる傷と苔だらけの石でできた社があった。
青い血脈のようなラインが彫られた神聖な石で作られた社は、遥か昔の建築様式で建てられているように見えた。
まるで………雷神の里ができる前からそこに存在していたような、そんな雰囲気を感じる。
「………硝斗。」
その社の入り口に硝斗がいた。
里のなかでも珍しい、さらさらとした純粋な黒髪に、黒い。
私と雅斗の外見的な特徴をわずかに引き継ぎながらも………先祖返りのような黒髪と瞳はとてもきれいだった。
硝斗はその小さい体で硝斗はある一点を見つめていた。
「―――はっ。」
私はそれを見て思わず息を呑んだ。
そこには―――とても大きな青い結晶に閉じ込められた、女の子がいた。
長いまつげを閉じて、胎児のように丸まって眠っている。
―――眠っている、ように見える。
社のなかは祭壇のような内装で、漆の塗られた神聖な雰囲気の木材で作られた壁と床が見える。
燭台には火が灯され、その美しい結晶を照らしていた。
「硝斗………?」
私の息子はずっと結晶の中の彼女を見つめていた。
硝斗が動く。
何かに導かれるようにして、あの子の手が女の子に伸びる。
その手が結晶に触れて―――その瞬間、結晶にヒビが入る。
ピシ、ピシ………とどんどん大きく音を出しながら。
バリーン!
「―――!」
それは大きく砕けた。
大きく投げ出された少女は、硝斗のところへ飛び、硝斗は慌ててその子を受けとめる。
―――――――――
ずっと、ずっと気になってたんだ。
森の奥にいる、このひとが。
空のように蒼い結晶に閉じ込められて眠っていた、このひとが。
青白い花―――それに護られるようにしてそこに在る彼女が。
森の奥から呼んでる。いつも。
導かれるようにして森の中を歩いていると、彼女の眠る社にたどり着いた。
今、きみは………結晶が砕かれ解き放たれた。
おれはずっと気になっていたことを、彼女に問いかけた。
「きみは………だれ?」
少女がその声に反応したのか、目をゆっくりと開いた。
おれとは違う、翠色の瞳。
その瞳は、いつか見た夜空の星のように瞬きながら………おれの目を見つめた。