Record:10 喪われたもの
あの襲撃から一年。
おれは学校の教室にいた。
じいちゃんによくげんこつを食らっていた、あの教室だ。
「…………。」
何もわからないはずなのに、ひどくがらんどうとした、胸を締め付けるような寂しい光景がそこにあった。
今でも頭のなかでじいちゃんの声が昨日のことのように鮮明に残っている。しっかりと低く、芯のある声。
頭に強く刻まれたげんこつの痛みは、もうない。
じいちゃん。居眠りしてごめん。
もっとちゃんと、じいちゃんの話、聞けばよかった。
おれは、いつの間にか溢れていた涙を腕でぬぐう。
「硝斗……くん。」
後ろからテルシアが声をかける。
あの襲撃の日から一年が経った。今日はじいちゃんの一年忌、命日でもあると同時に。
クラウンから今後の方針を決めるための、大事な話を聞く日でもある。
「……行こうか。」
「うん。」
おれたちは連れだって、祖父の屋敷へ向かう。
この学舎もまもなく閉じられる。
雷神の里はあれからすっかり変わった。
あの襲撃で負傷した者は数十人で、亡くなった人は数人。
里は敵対する組織を認識し完全に武装化を進め、鎖国体制に入った。
いくつかの国との出入りさえなくなり、力を蓄え始めている。
この里の運営は今、じいちゃんの弟の重じいが指揮を執っている。何かを完成させるべく、何人かの技術者たちとどこかにいることが多くなった。
あの敵の正体をつかめないまま、敵は撤退した。全く手がかりも残せず、おめおめと逃げ帰られた。
あの少女の生死はどうなったのか、わからないが。
たぶん、生きているだろう。
おれもこの一年で大きく変わった。
「傷……やっぱり痕が残っちゃったね。」
「残してていい。……忘れたくなんかない。」
あの女につけられた深い傷はおれのからだに深く刻まれ、―――大きな傷跡となって残っている。まるで烙印のように、それはいつまでもうずいて残っている。
「テルシアこそ……もういいのか?」
テルシアもまた、実質育ての親でもあったじいちゃんの喪失に、しばらくの間虚無に囚われていた。
「……うん……大丈夫、じゃない、かな。」
「……あぁ。」
一年―――とても長く感じたはずなのに、短くも感じる。
おれはこの一年間の大半を、受けた傷の療養及びリハビリに費やした。
成長期だったおれの体はもろにその影響を受け……同世代よりも貧弱なからだになってしまった。
「……硝斗くん。」
テルシアが呼び掛ける。
「……ん?」
彼女の顔を見ずに、おれは返事する。
彼女もそのまま続ける。
「…………私の……。」
「うん。」
「私と、硝斗くんの約束。」
「あぁ。……お前を故郷に連れていく。必ず。」
「……うん。」
おれは必ず、その約束を遂げる。
じいちゃんの最期の願いでもあり、今やおれの生きる目的でもある。
「……硝斗くん。」
「なんだ。」
彼女の表情はうかがい知れないけれど。
なんとなく声音でわかる。
……おそらくおれとテルシアの間にすれ違いがあるんだろう。
それはきっと、小さなすれ違い。
……気にすることではないだろう。
「あなたまで、―――いなくならないでね。」
……。
…………。
おれはその言葉の意味を考え、考え……。
考えた末に。
「いなくならないよ。―――約束を叶えるまではさ。」
それまでは死ねない。
「……そう。」
彼女は静かにぽつり、そう返した。




