Record:9 祖父の声
「硝斗。」
「硝斗…。」
「硝斗!」
「―――硝斗ォッ!!! 話を聞いてんのかッ!!!」
じいちゃんの鬼のように硬い拳骨がおれの頭にカチこまれる。
ゴッ!
「いってぇぇぇ!!」
微睡みの中で突然脳天に響く衝撃。おれは転げ回って畳の上をじたばたする。
「最近たるんでねーのか、おいっ!」
「お話つまんねーよ! もうその話何回も聞いたよ! じいちゃんまだボケるの早いって!!」
「こぉのクソガキがぁ! その腐った性根を叩き込んでやるからそこでじっとしろォ!!」
「いやだぁぁ! 暴力反対イテェェ!?」
おれはじいちゃんからの暴力に備え、身を縮めた。
その時におれははっと気づいた。周囲の景色がいつもの場所ではない。
そこは不思議なところだった。周りが真っ白い空間で、遠くに青い空がある。光芒が差し込み、この世界を優しく彩る。
なのに空には太陽が見えない。
あれ? こんなところにいたっけ?
殴られた方向を見ると、そこにはじいちゃんがいた。
背の高い草むらの向こうに、薄ぼんやりとしたじいちゃんがそこにいた。
じいちゃん?
なんでここにいるんだ? 死んで、なかったのか?
おれはじいちゃんに駆け寄る。じいちゃんに抱き着こうとして、じいちゃんに阻止された。
―――来るな。
……え?
―――わしはもう、行かねばならぬ。
その言葉の意味を理解しかねて、おれは首をかしげた。
じいちゃんは続けた。
―――よいか、硝斗。
―――お前に、言葉を贈る。
―――しっかり聞いて、しっかり覚えて、しっかり心に刻むんだぞ。
おれは、戸惑いながらもうなずく。
―――お前に残す言葉をここで伝える。
―――あとは…自分で考えなさい。
うん。
―――お前は、もう後戻りはできない。
―――これから今以上につらいことがたくさん待っているだろう。
うん。
―――だが忘れるな。
―――お前は、誇り高き武家笹川家の一族であり、千年の間繁栄してきたこの里の選ばれし一人であり………。
―――なにより、なにより…わしのかわいい孫だ。
―――テルシアとの約束、よろしく頼んだよ。
うん…。
―――あの子の事情を知るわしがいない今、あの子が頼れるのは、もはやお前だけだ。
―――いいな。硝斗。己の生きざまをこの世にしかと刻め。
―――確かにお前の生きた強い証を―――
―――テルシアとともに生きて、生きて、生きて。
―――生き抜いて、証を残すのだ。
………。
―――それさえ果たしてくれればわしはもう何も言うことはない。
………。
………じいちゃん……?
じいちゃんはひとしきり語ったあとに背中を見せて向こうへ歩いていく。
待って、待ってくれ。
じいちゃん、待ってくれよ!
まだもうちょっとここにいてもいいじゃないか!
そう叫びながら追いかけようとするが、足はいつまで経っても石になったかのように動かず、口もただ開くだけで、まるで喉の中を水で潰されているかのように言葉さえも紡げなかった。
じいちゃんはゆっくりと歩き、光芒の向こうへと消えていく。
そのまま―――意識は薄れた。
「―――っ! 硝斗っ! お願い、目を覚まして!」
長い、夢を見ていたようだ。
次第に鮮明になる声に引っ張られるようにして、意識が覚醒する。
「う……。」
乾いて固く重くなったまぶたを、無理やりこじ開ける。まぶたを開いて、おれのそばで涙を流す母さんとテルシアを認識する。
「があざん……えるじあ……。」
「喋らないで! ―――動かないで! 目を覚ましてくれただけでいいの!」
母さんは涙をボロボロ流しながら、手で何かやっていた。
テルシアもそれを手伝っているようだ。
何だろう。何をやっているんだ?
視線を下に向けると―――血だらけの彼女たちの手が見えた。
あぁ……そっか。
おれ、斬られてたんだった。
「あの……女は……っぐっ……ぅ」
「やつらは全員逃げていったよ。……他所から助けに来てくれた人がいたの。」
助けに来てくれた人が……?
「クラウンさんよ。」
母さんが示した方向を見るとそこには長身の男が立っていた。
このひとが……クラウン。
若草色の短髪に橙色の瞳。特殊部隊のようなプロテクタースーツを着ている。肩のアーマーに髑髏の青いマーカーがついているのが見える。
「お初にお目にかかるな。……おまえが笹川硝斗か。」
「―――?」
クラウンさんはちらっとテルシアを見る。
「おまえがテルシアか。話は龍斗から聞いている。」
じいちゃんの―――知り合い……?
「あぁ。―――お前の傷が回復するまでおれはしばらくここに滞在する。」
「ありがとう……主人まで救っていただいて……感謝しています。」
……父さんも生きているんだ。
「じい……ぢゃん……あ……」
それを聞いた母さんとテルシアは―――顔をぐしゃっとしかめた。
―――あぁ―――。
「龍斗は―――死んだ。」




