07.ジョン・ボイル
ー1ー
今日もいつもと変わらない日々を送る。
アンデッドに出くわすことはあったが、脅威とは言い難い。
難なく討伐し、旅を続ける。
いつもと同じの旅だ。
一日の移動を終えて、夜を迎える。
夜もいつも通りになるだろうと思っていたが、その日は少し違った。
地球に召喚されると、ルナは神妙な面持ちでソファに腰を掛け、奈々はシュンと落ち込みながら正座させられていた。
何かあったのだろうか。
「まあ、お前も座れ」
ルナに促されるまま、その向かいに座る。
「……」
「……」
話があるようだが、ルナも奈々も何も話そうとしない。
状況えお見るに、何かがあったのは確実だ。
だが、話を切り出してくれないので、その何かが分からない。
「その……何かあったのか?」
沈黙に耐えきれず、こちらから切り出す。
「……お前に頼みがある」
「頼み?」
ルナからの頼み?
いつもみたいに命令ではなく?
「頭でも打ったのか?」
「お前の頭を叩き割るぞ」
ルナに思いっきり睨まれる。
「冗談だよ。それよりも頼みってなんだ?」
「……」
また口を閉ざしてしまう。
しかも、さっきまで睨んでいたのに露骨に目を逸らす。
「なあ、話してくれないと何も分からないのだが」
「……そうだな」
さすがに何も語らないわけにはいかないと思ったのだろう。
仕方なくといった感じで話し出した。
「明日の昼間。地球に召喚しても構わないか?」
いつも地球に召喚されるのは夜の八時前後だが、別にその時間じゃないと召喚出来ないわけではない。
ルナがこちらに気を遣ってくれて、夜に召喚してくれているだけだ。
「構わないけど、理由を聞いても?」
ルナは奈々に目配せをする。
それに応えるように奈々は口を開いた。
「えと……それじゃあ、話すね。実は明日から学校の方で文化祭があるのだけど……」
文化祭。
久しぶりに聞いたな。
向こうの世界で暮らしている自分には縁がない言葉だ。
「その文化祭がどうかしたのか? まさか参加してほしいとは言わないよな?」
「あー、うん。そのまさかなんだよね……」
「……なんで?」
さらに問いただすと、奈々は気まずそうにルナの様子をチラチラと窺う。
「その……言い難いのだけど、ルナ様の……彼氏のフリをしてほしいんだ」
「彼氏? ルナの?」
「フリだ、フリ。そこを間違えるな」
ルナはフリという言葉をあえて強調する。
「事の発端は文化祭の準備をしていた時だ。クラスの連中が他校にいる彼氏を文化祭に連れてくると騒いでいてな。話を聞いた限り、要するに自慢がしたいといった感じだ」
「それでルナも彼氏を連れて行くと見栄を張ったのか」
「見栄を張ったのは私ではなく、奈々だ」
ルナは呆れたように奈々を見やる。
「知らない間にちょっと暴走したようでな。ルナ様の彼氏はもっとスゴイのだぞってクラスの連中に自慢げに語って聞かせていた」
「……」
呆れた。
何をしているんだよ。
「魔法で記憶改竄すれば何とかなるが、一人の記憶改竄でも面倒なのにクラス中どころか他クラスまで話が広がっている。それに下手に魔法を使ってセイヴァーハンドに察知されるわけにもいかない。魔法を使わず奈々の話に乗らざるを得なくなった、というわけだ」
下らない理由だ。
なんで、そんな見栄に付き合わないといけないんだ。
「正直に彼氏はいないって言えばいいじゃないか」
「それだとルナ様がみんなにバカにされちゃうじゃないですかっ!」
別にそれでもいいじゃないか。
嘘をつくのが悪い。
嘘をついたのはルナじゃなくて奈々だけど。
むしろルナは被害者である。
「わたしはさ、本当はイヤなんだよ。ルナ様に彼氏がいるなんて。それがフリでもイヤなんだよ。でもさ、彼氏がいないだけでバカにするなんておかしいよね! そんな下らない理由でルナ様をバカにするなんていいわけないじゃん! ルナ様は彼氏がいないんじゃなくて、作らないだけなんだからね! ルナ様が声をかければ、そこいらの男子なんてイチコロだよ! 即オチだよ! チョロいね、男子! むしろ声なんてかけなくても、存在するだけで落としちゃうからね! 男子だけじゃなくて女子だって落としちゃうよ! 老若男女みんな落としちゃうよ! みんなルナ様大好き! 愛しちゃう! それが世界の常識! そもそもルナ様は彼氏じゃなくて彼女作るべき! ルナ様の隣を歩くのは男子より女子の方がいいに決まっている! わたしが彼女のフリとか彼女役じゃなくて彼女になれば、みんな幸せ、キミいらない、問題解決、万事オッケーって話!」
「……」
見事な演説に呆気を取られる。
「……話を戻すが明日一日だけでいい。時間を貰いたい」
熱く語った奈々に対し、ルナは冷淡としている。
この温度差は何だろうか。
自分も奈々のテンションについていけないので、ルナに倣う。
文化祭に参加するということは明日一日旅が止まってしまう。
向こうでは命懸けの旅をしているのだ。
たまには息抜きをしてもバチは当たらないだろう。
それにアマテル達もたまにはゆっくりしてもらいたいという気持ちもある。
「……まあ、一日くらいならいいか。それで、ルナのクラスは何をやるんだ?」
「……喫茶店」
喫茶店か。
ベタなチョイスだな。
「明日は朝からクラスの手伝いに入って、お昼前に休憩になる。その時に少し顔を出してくれればいい。その後は好きにして構わない。向こうに戻るのも、文化祭を見て回るのも自由だ」
「せっかくだから見て回るよ」
「そうか」
いい機会だ。
羽を伸ばそう。
ルナが学校でどんな感じなのかも気になるしな。
地球から帰還してすぐに明日のことをアマテルに伝える。
「明日ですか?」
「うん。いきなりで悪いのだけど、いいかな?」
「構いませんよ、一日くらい」
旅が一日中断してしまうのをアマテルは了承してくれた。
「おじ様とポニィには私から伝えておきますね」
「頼むよ」
ー2ー
「二時間経ったら教室の方に来てくれ」
ルナの通う高校の校舎の裏で召喚された。
表の方では来場者が入場しているのか、妙に騒がしい。
「それまではここらで大人しくしていろ」
「了解」
「一応、お前に認識阻害の魔法をかけておく。これで誰かと会話をしても、街中ですれ違った程度にしか認識されなくなる」
自分は本来なら地球で行方不明扱いになっている。
知り合いに見つかりでもしたら面倒なのでそのための措置だ。
「私はクラスに戻るが、何かあるか?」
「知っての通り無一文だ。施しが欲しい」
「……」
ルナは懐より財布を取り出し、無言で差し出す。
可愛らしいウサギがデザインされている。
「ずいぶんと可愛い財布だな」
「終わったら返してくれればいい」
「さすがに財布ごと預かれないよ。千円くらい渡してくれればいい」
「大丈夫だ。何かあれば奈々からお金を借りるから」
そういう問題ではない。
この財布を出して買い物をするのが恥ずかしいのだ。
男が公衆の面前でこんな財布を出したらどう思われるだろうか。
絶対不審者扱いされる。
それだけは避けたかったが、押し付けられるようにして財布を渡された。
「もう一度言っておくが、ニ時間経ってから来い。遅れてくる分には構わないが、早く来るなよ」
そう言い残して、ルナは教室に戻っていった。
スマホで時間を確認すると、時刻は十時。
「ニ時間後か……。それまでテキトーに校舎内をうろつくか」
一般の来場客はすでに学校内に入り込んでいる。
校舎の裏から出て、さり気なく人混みに溶け込む。
人気がない場所から姿を現して不審がられるのかと思ったが、そんなことはなかった。
おそらくだが、認識阻害の魔法が上手く作用しているのだろう。
「パンフレット、いかがですかー?」
パンフレットを配っている生徒から、パンフレットを受け取る。
受け取ったパンフレットにザッと目を通す。
さて、どこから見て回るか。
ルナのクラスは後回しだ。
それ以外でどこを見るか。
ひとまずはテキトーにぶらつく
。
賑やかだ。
笑顔ではしゃぐ学生達。
自分も生きていれば……。
ふと、そんな事を考えてしまう。
ルナに出会わなければどうなっていたかは分からない。
だけど、平凡な学校生活を送っていたのは間違いないだろう。
「十時半より体育館で劇をやりまーす! ぜひ見てってくださーい!」
変な衣装を着た男子生徒が呼び込みをしている。
「劇か……」
パンフレットによると、体育館では各クラスや部活なんかが時間帯ごとに分かれて催し物をしているようだ。
催し物の中には生徒会が企画したクイズ大会やミスコンといったものもある。
時間を潰すには丁度いい。
ルナの財布で買い物をするのも気が引けるし、何より恥ずかしい。
早速、体育館へと移動をする。
人混みを掻き分けながら進む。
それにしても、人が多い。
生徒よりも一般の来場者が多いからだろうか。
文化祭にしては規模が大きい気がするし、もしかしたら地元では人気があるのかもしれない。
学校中から、賑やかな声が聞こえてくる。
不思議とうるさいとは思わなかった。
活気に満ちている。
誰もが平和を享受し、争いとは無縁でいる。
向こうの世界とは、まさしく別世界だ。
リッチーを討伐すれば、向こうもこんな感じになるのだろうか。
これがアマテル達が目指している平和の一端なのかもしれない。
自分に出来ることは乏しい。
どんなに乏しくても、アマテルの役に立てるのならそれでいいか。
みんなが笑顔で暮らせる世界。
そんな世界を目指して自分は戦っている。
地球と別世界を行き来できてよかった。
自分は目標を見失わずに戦い続けられる。
体育館に辿り着き、一番後方の隅にあるパイプ椅子に腰掛ける。
丁度いいタイミングだったようで劇が始まるところだった。
しばしの間、劇を眺めるが、やはり粗が目立つ。
素人がやっているのだから当然といえば当然だ。
だが、その粗さがいいと思えた。
完璧なものよりもこういったモノの方がいい。
見ていて和む。
劇が終わっても、そのまま体育館で催し物を見続けるのだった。
劇が終わってから三十分程経った頃、スマホがメールの受信を告げた。
珍しい。
このスマホでメールを受け取ったのは初めてではなかろうか。
スマホを確認すると、差出人に奈々の名前があった。
内容は、
『至急、クラスの喫茶店に来てほしい』
というものだった。
約束の時間まで、まだ時間がある。
しかし、至急来てほしいというのなら、行くしかない。
それに、もしかしたら何かトラブルがあったのかもしれない。
メールに従い、ルナのクラスに向かうのだった。
ー3ー
「い、いっいいいいらっしゃい、ませー」
ルナがひきつった笑顔で出迎えてくれた。
目が笑っていない。
完全に怒っている。
これは完全にやらかしたな。
ルナの態度を見る限り、自分がここに来たのは予想外だったようだ。
教室内を見渡しても、特にトラブルが起きている様子もない。
ここに来る原因となった奈々の方を見やると、肩を震わせて笑いを堪えていた。
嵌められた。
自分の視線を追ってルナも奈々の方を見やる。
犯人が誰であるかをルナも悟ったようだ。
奈々はルナに睨まれても手を振るだけで特に気にした様子はない。
ルナは顔を近付かせて誰にも聞こえないようにして告げた。
「事情は大体把握した。余計なことをしないと言うのなら、お茶でも飲んでいけ」
余計なことなどするつもりはない。
これ以上怒らせたら怖いしな。
ルナが案内してくれた席に着く。
「コーヒーでいいよな」
席に着くなりルナはメニューを渡さず、そう聞いてきた。
「メニューは?」
「コーヒーでいいよな」
再度ルナは言い放つ。
声に抑揚がない。
威圧的でもある。
選択する権利を与えてくれる余地がない。
「コーヒーでお願いします……」
注文を確認したルナは無言で立ち去った。
ルナは注文内容をクラスメイトに伝えると、その足で奈々に詰め寄ろうとするが、クラスの女子と盛り上がっている奈々を見て足を止める。
女子達はこっちを見て、なにやら騒いでいた。
その女子達は立ち止まっていたルナに詰め寄って囲んでいく。
なんだろうかと思ったが、今日呼ばれた理由を思い出した。
奈々はルナの彼氏自慢をしていたのだ。
本来なら休憩時間になったルナを迎えに行って、クラスメイトに顔を見せるだけだったのに、自分はこうして来てしまった。
なぜ奈々がそこまでしてルナの彼氏を自慢したいのか分からない。
そもそも、奈々は彼氏のフリをするのを反対していなかったか。
笑顔のクラスメイトに囲まれているルナは笑顔だった。
なんと言うか傍目から見ると、すごく青春しているなと思えた。
青春の一頁。
再び、さっきの気持ちが湧き起こる。
自分も本来ならば今も高校に通っていたはずだ。
それなのに今では……。
別にルナを恨んでいるわけではない。
むしろ感謝しているくらいだ。
「ほら、コーヒーだ」
ルナがコーヒーをテーブルの上に置く。
「客商売なのにそんな態度でいいのか。他のクラスメイトが見ているぞ」
軽く文句を言ってみる。
「会話なんて向こうまで届かない」
態度が悪いのは見えているぞ。
「それでも警戒した方がいいんじゃないか?」
「そこまで警戒するまでのことじゃないだろ。それを飲んだらサッサと出て行け」
ルナはクラスメイトの元に戻ろうと翻す。
「ルナ」
翻したルナを呼び止める。
「なんだ」
ルナは面倒くさそうに振り返る。
「その服、似合っているぞ」
ルナが今着ているのはメイド服だ。
喫茶店とは聞いていたが、まさかメイド喫茶だったとはパンフレットをよく確認しておけばよかった。
奈々や他のクラスメイトの女子もルナと同じメイド服を着ている。
ちなみに男子は執事服を着ている。
ルナは黒と白のエプロンドレス、スカートの部分には可愛らしいフリルが付いており、カチューシャで髪を留めている。
率直に言って可愛い。
馬子にも衣裳というやつだ。
「……お前にだけは見られたくなかった」
ルナはそう言い残しクラスメイトの元に戻っていった。
メイド服を着ているところを見られたくなかったようだ。
だから、わざわざ時間指定までしていたのか。
遅れてもいいから早くは来るなと、念を押してまで。
クラスメイトの元に戻ったルナをクラスの女子達が再び取り囲む。
何を話しているか聞き取れない。
けれど、みんな笑顔だ。
ルナは恥ずかしそうに、それでいて楽しそうに笑っている。
「あんな風に笑えるんだな。いつもあんな風に笑っていれば可愛げもあるのに、勿体ない……」
そんなことを呟き、コーヒーを口に運ぶ。
「……微妙だな、コレ……」
あまり美味しくない。
安物だ。
学校の文化祭で出す物なんて、こんなもんだろうと自分を納得させた。
チラチラとルナの姿を眺めながらコーヒーを飲む。
美味しくないコーヒーを飲み干して、教室の出入り口にある会計に向かう。
会計をする女子生徒は、先程ルナを囲っていた一人だ。
「五百円になりまーす」
コーヒー一杯で五百円は高くないか?
しかも美味しくないし、ぼったくりじゃないか。
まあ、お祭り価格と思えば別にいいのだけど。
財布を取り出して会計を済ませていると、女子生徒はなぜかこちらの手元をジロジロと見てくる。
なんだろうか?
「委員長が戻ってきたら、ルナと奈々は休憩に入っていいからね」
教室の奥より別の女子生徒の声が聞こえてきた。
「はーい」
奈々の元気な声は聞こえてくるが、ルナの声は聞こえてこない。
もしかして、内弁慶なのか?
会計を済ませて財布を仕舞おうとして思い出した。
この可愛いらしいウサギがデザインされた財布の存在を。
どおりで会計をしてくれた女子生徒がジロジロと見てきたわけだ。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
ルナが休憩に入るまでまだ時間があるが、恥ずかしいのでそそくさと立ち去る。
「きゃっ」
教室から出た瞬間、女子生徒にぶつかってしまった。
ぶつかった女子生徒が倒れてしまう。
「すみません。大丈夫ですか?」
謝りながら、手を差し出す。
「こちらこそすみません」
女子生徒も謝りつつ、手を握る。
それにしても、この声、どこかで聞いたことがあるな。
誰の声だったか思い出そうとしながら、女子生徒の手を引いて助け起こす。
「怪我はありませ……ん、か?」
相手の怪我の有無を確認しようとしたら、女子生徒が顔を上げた。
見覚えのある顔。
「怪我は大丈夫ですので……どうかしましたか?」
こちらが女子生徒の顔を凝視していたので、相手に不審がられる。
「いえ……なんでもありません。気にしないでください」
「そうですか」
女子生徒とは顔見知りではあったが、認識阻害の魔法の影響だろうか、こちらが誰だか気付いていないようだ。
「あの、お財布落としましたよ」
そう言って、女子生徒が拾い上げたのは可愛らしいウサギがデザインされた財布。
ぶつかった時にでも落としていたのだろうか。
「……ありがとう」
お礼を言いつつ財布を受け取る。
やはりと言うべきか、この女子生徒も財布をジロジロと見ていた。
そんなにジロジロと見ないでくれ。
言いたいことは分かる。
ルナが使う分には似合っているからいいけど、男がこんな可愛らしい財布を使っていたら気色悪いって。
「それって望月さんとお揃いですよね?」
望月さんって誰だよ。
「今日彼氏さんが来るって聞いてましたけど、あなたの事だったんですね」
望月さんって、ルナの事だったのか。
普段下の名前で呼んでいるから知らなかった。
「そうです、ルナの……彼氏……です、一応」
彼氏のフリをしているのであって、実際には彼氏じゃないのだけどね。
それに財布はお揃いじゃなくて本人の物である。
「へえ、そうなんですか」
女子生徒は、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。
それでも、誰だか気付いていない様子。
知り合いにこんなにも見られても気付かれないとは、やはりルナの認識阻害の魔法はスゴイとしか言いようがない。
「望月さんは普段どんな感じなんですか?」
突然女子生徒が質問してきた。
「普段? 一言でいえば生意気かな」
「生意気ですか。そんな彼女がいて大変ですね」
本当に大変だよ。
彼氏彼女の関係じゃないけど。
「でも、素直に彼女を褒めないのが怪しいですねー、本当に彼氏なんですか?」
女子生徒はルナとの関係を疑っているようだ。
「…………本当だ」
弁明するも、思わず言葉が詰まってしまった。
「ふーん」
生返事。
信じていないな。
「……まあ、普段は生意気ってことは、普段から気を遣わない関係なんですね。彼氏とまではいわなくても、相当親しい間柄というわけですね」
ルナとの関係を女子生徒が分析する。
「親しい間柄というか、彼氏だからね」
フリではあるが、この会話をルナが聞いているかもしれないので訂正しておく。
違うな、訂正ではなく、偽っておくと言った方が正しいのか。
「望月さんのどこに惹かれたのですか?」
「どこに?」
困った。
どこに惹かれたのなんて、彼氏じゃないのだから答えようがない。
「付き合っているのですよね? どこが好きなのか教えてくださいよー」
グイグイと聞いてくる。
こいつ、学校ではこんな感じだったのか。
「ずいぶんと関心があるのだな。ルナとは……友達なのか?」
「友達ですよ。といっても話すようになったのは最近ですけど」
「最近って夏休み明けくらい?」
「そうです。よく知ってますね。もしかして、望月さんから聞いてましたか? それよりも教えてくださいよ、彼女さんのどこが好きなんですか?」
「それって答えないとダメ?」
「ダメです。なんなら告白のセリフでも構いませんよ」
答えるまで逃してはくれないようだ。
仕方ないので、真剣に考えてみる。
ルナのどこが好きなのか……。
「可愛い……ところ、かな?」
「可愛いのは分かりますけど、つまらない答えですね」
つまらないと言われてしまった。
「可愛いは大事だぞ。初めて会った時も見惚れるほど……」
あれ? 自分は何を口走っているんだ。
「見惚れるほど、なんですか? 続きを聞かせてください」
早く早くと女子生徒は続きを促してくる。
「……なんでもないです……」
「答えたくないということですか。まあ、一目惚れだというのが分かっただけでもよしとしますか」
「そっ、そんなんじゃないからっ」
「はいはい、そういうことにしておきますね。でも、あなたと望月さんってなんだかお似合いですね」
「……そりゃどうも」
冗談でも笑えない。
「それにしても……」
女子生徒は何か気になる事があるようで、こちらの顔をジロジロと見てくる。
「なんだ?」
「いえ、なんというか……私の知り合いと雰囲気が似ていたので」
マズいな。
これ以上、話し続けるのはマズい。
気付かれる。
気付かれるとまでいかなくても、不審がられるのは厄介だ。
「君とは初対面だし、知り合いでもないよ」
本当は初対面ではないし、知り合いでもある。
いや、ある意味知り合い以上の関係だ。
だけど、相手を突き放すように言い切った。
地球では自分は行方不明。
失踪中だ。
失踪届が出されているかは不明だが、仮に出されているのなら、それは月日の経過と共に死亡届に変わる。
自分は死人であり、もうこの世界の住人ではない。
「やだなー、分かってますよー。雰囲気が似ているってだけですから」
女子生徒は笑ってはいるが、どこか寂し気だ。
「おっと、そろそろクラスに戻らなくちゃ。じゃあね。望月さんを泣かせたら許さないから」
女子生徒はルナの居る教室へ入っていった。
「委員長、来るの遅いよー」
「ごめんごめん。すぐに準備するから、ちょっと待ってて」
教室から聞こえてくる会話。
元気そうでなによりだ。
それにしても、久しぶりに会えたな。
また会えるか分からない。
もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。
仮に、再び会えても赤の他人である。
認識阻害の魔法によって自分は認識されない。
記憶に残らない。
仕方のない事だ。
それでも、元気に生き続けてくれればそれでいい。
「さっきさ、ルナの彼氏が来たんだよ」
「そこで会ったよ。なんか普通って感じの人だよね」
「普通っていうか、影が薄いよね」
「わかるわかる。なんか印象に残らないよね」
教室より好き勝手言われているのが聞こえてきた。
影が薄いのも、印象に残らないのも認識阻害の魔法のせいだ……と思いたい。
「あたしも顔よく覚えてないけど、会計のとき出した財布がさ、ルナとお揃いだったよ」
そのネタを聞くのは二度目である。
恥ずかしいのであまり広めないでくれ。
認識阻害の魔法で顔を覚えられないのはしょうがないが、だからといって財布のことばかり話題に出さないでほしい。
「なんだ、待っていたのか」
メイド服から学校指定の制服に着替えたルナと奈々が姿を現した。
「お前が呼んだんだろ」
「もう用は済んだから、待たなくていいのに」
そういえばそうだ、もうクラスの連中に彼氏として紹介されたのだった。
「用済みということか」
「端的に言えば、そうだな」
「でも、折角だし文化祭一緒に回らないか?」
「ダメダメ、それはダメだよ」
こちらの誘いをルナではなく奈々が即座に拒否した。
「ルナ様とのデートはわたしが先約なんだから」
やはりと言うべきか、奈々の手の早さには呆れを通り越して尊敬をする。
「……なら、残ってもしょうがないし帰るよ」
ルナと一緒に文化祭を見て回ろうとしたが、仕方がない。
今回は諦めて帰ろう。
……何を諦めるんだ?
「そうか。じゃあ、また夜に」
「ああ、また……って夜も呼ぶのかよ」
「日課だからな。何か問題でもあるのか?」
「ないけどさ。なんというか二度手間じゃないか?」
「……こっちに来たくないのか?」
不安そうな声音で尋ねてきた。
いつもの威圧的な態度とは別の意味で断れない。
「今夜ね。うん、いいよ。呼んでくれ。好きな時に呼んでくれていいから」
「そうか。それは、良かった」
安堵したように笑うルナは普通の学生と相違ない姿だった。
それから財布をルナに返し、人目のつかない場所まで移動してから、ルナの手によって向こうの世界へと帰るのだった。
ー4ー
「また行くのですか?」
「うん、今夜ね」
「そうですか。それは大変ですね。ご苦労様です」
アマテルが労いの言葉を口にしてくれるも、別に地球に行って何かをするでもない。
ただルナと話して、おつかいに行かされて、たまに厄介事が起こる程度だ。
そうそうに厄介事が起こるはずもない。
「アマテルは今日何をしていたの?」
「私ですか? 私はポニィと一緒に町を見て回っていました」
「へー、服とか買ったりしたの?」
「服は買ってないです。荷物になりますので」
「あーそっか、荷物になるのか」
「はい。買い替えることはあっても、買い足すことはしないですね」
旅において荷物が増えるということは負担が増えるということだ。
なのでアマテルも極力荷物を増やさないようにしている。
「たまには可愛い服着てオシャレしたいとは思わないの?」
「……この服可愛くないですか?」
アマテルは少しムッとする。
「可愛いよ!? 別にそういう意味で言ったわけじゃないから!」
「そんな慌てなくてもいいですよ。冗談ですから」
アマテルはおどけてみせるが、そういう冗談は止めてほしい。
「でも、オシャレな服ですか。着たいとまでは言いませんけど、憧れがないと言えば嘘になりますね」
「ふーん。アマテルならどんな服でも似合うから、勿体ないと思うな」
「ありがとうございます。ですけど、旅の最中に服を買う贅沢は出来ませんよ」
贅沢か。
地球では服の値段などピンキリだが、オシャレをするならお金が掛かるのは確かだ。
だけど、それを贅沢というのは人によって分かれる。
地球でも価値観の違いは出るが、この世界では地球とは別の価値観があるのだな。
「そうだ。勇者様、この旅が終わったら、私に服を選んでくれませんか?」
「アマテルに服を?」
「はい。勇者様が選んでくれた服を着てみたいです。その服を着て一緒に買い物をしたりなんていいですよね」
アマテルの服を選ぶか。
どんな服がいいだろう。
可愛らしい服。
清楚な服。
派手なのは……嫌がるかな?
そういえばルナは文化祭でメイド服を着ていたな。
メイド服もいいな。
でも、選んだ服を着て買い物したいと言っていたし、止めた方がいいか。
「どうしましたか? もしかして嫌でしたか?」
黙りこくっていたのでアマテルに否定的だと思われてしまった。
「んっと、ごめん。アマテルにどんな服が似合うかなって考えてたんだ」
「気が早いですよ。まだ旅は続きますから、当分先の話になりますよ」
そうだった。
旅が終わってからの話だった。
「ところでさ……、その一緒に出掛けるのは、二人でだよね?」
ちょっとドキドキしながら聞いてみる。
「そうですね……。二人だけだと寂しいですし、ポニィも誘ってみましょうか」
違う。
そういう意味で言ったわけではない。
「三人で買い物するのも楽しそうですよね」
そんな楽しそうに言われると、二人だけがいいだなんて言えない。
「ポニィにも普段とは違う服を着て欲しいですけど、着てくれますかね? あっ、私は勇者様の服を選んで差し上げますよ。どんな服がいいですか?」
「そんな考えなくても旅はまだ続くんでしょ? アマテルも気が早いよ」
「すみません……。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました」
「いいよ、別に。でもこれで旅が終わった後の楽しみができたな」
「はい。私も楽しみにしていますね」
ー5ー
「厄介なことになった」
地球に召喚され、厄介事が舞い込んで来たことを告げられた。
「何かあったのか?」
聞きたくはないが、聞かざるを得ない。
「文化祭にセイヴァーハンドが紛れ込んでいた」
「なんでまた文化祭に?」
その疑問には奈々が答えてくれた。
「忘れたの? この前倒したセイヴァーハンドはわたしとルナ様が通う高校の生徒会副会長だよ」
「その調査、または後処理か。目的が何なのかはっきりしていない」
「ルナの存在はバレてないのか?」
「なんとも言えないな。今のところは何のアクションがないから、バレてはいないと思う。確証はないけど」
「バレていないなら放置しとけばいいじゃないか。変に干渉しないでやり過ごせば向こうは用が済んだら帰るだろうし」
「問題はそこなんだ。何しに来たのかが分からない。副会長の身辺整理ならすぐに帰還するだろうが、調査や引き継ぎだったらそうはいかない」
どう動くべきか判断出来ずにいるようだ。
「茜と榊が調査してくれているが、現時点では大きく動けない」
セイヴァーハンドの目的が分からないから下手に動けない。
存在を知られていないのに、下手に動いて気付かれてしまったら面倒になるのは目に見えている。
「この前みたいに始末するのはダメなのか?」
「奴が姿を見せたのは高校だけだ。今の段階で動けば始末した人間が高校に通っていることに感づかれる」
文化祭中だから外から人が来ていても、まず最初に調べられるのは生徒だろう。
ルナの懸念通り、足がつく恐れがある。
「そうか……。思ったのだけど、副会長を倒したのは大分前だろ。今更身辺整理なんて遅過ぎないか?」
「それが余計に気になる。副会長が重大な任務に就いていたなら、もっと早期に動くはずだ。それなのに今更動き始めるとは……」
動きが遅い。
ルナはそれが気になるようだ。
「ルナ様、榊さんから連絡が来ました」
奈々からスマホを手渡されたルナはその画面に目を走らせる。
「……どうやら副会長は私とは別の人類の敵なる人物を調べていたようだな。それを上に報告する前に私達が始末した。副会長が調べていた情報が今になってセイヴァーハンドが把握したようだ」
「それじゃあ、高校に来ていたのは?」
「副会長が残した何かを回収していたのだろう」
「情報を高校に隠していたのか? なんでまた、そんな場所に?」
「いや、奴ら自身もどこに何が隠されているか知らないのだろう。それで手当たり次第に探っているんだ」
高校に来たのはルナを探しにではなく、副会長が残した物を回収するためか。
一体、副会長は何を追っていたのかが気になる。
「茜からも連絡が来たな」
そういって再びスマホを確認する。
「……地下神殿で魔法で作られた土塊を確認か。近くにあった資料によるとゴーレムの破片らしい」
「ゴーレム?」
「動く土人形だと思ってくれればいい。そのゴーレムを作っていた者を追っていたようだな」
事の経緯はルナの通う高校の生徒会副会長を始末したことから始まる。
彼女はセイヴァーハンドの一員であるため始末された。
その彼女が残した情報を今頃になってセイヴァーハンドの誰かが知り、さらなる情報を求めて副会長の身辺を調べているのだ。
副会長が追っていたのはゴーレムを作る者。
それ以外の情報は出てこない。
「それで、これからどうするんだ?」
結局のところ、セイヴァーハンドが追っているのはルナではない。
今後、ルナはどうするのか聞いてみる。
「時期を見てセイヴァーハンドの方は始末する。だが、ゴーレムの方が気になるな」
「ルナ様。一度茜さんと榊さんを下げるべきでは?」
「そうだな……。一度全員で話し合うべきだな」
ルナがそう決めると、奈々は茜と榊に連絡を取る。
「それからお前にだが、明日も文化祭に参加してもらうぞ。二日連続だが、問題ないな?」
「どうせ断っても召喚するんだろ?」
「当然だ」
「はあ……、分かったよ。向こうでの説明はやっておく」
二日連続で足止めをしてしまうが、アマテルは怒るだろうか?
怒らなくても、不機嫌になったり拗ねたりしたら嫌だな……どこかの誰かさんみたいに。
「なんだ?」
視線に気付いたルナが不思議そうにする。
「なんでもない。ただアマテルにどう説明したらいいのか迷って」
「そんなのルナ様のためですでいいんじゃない?」
「よくないだろ」
「なんで?」
今度は奈々が不思議そうにする。
「君は向こうじゃ勇者なんでしょ? だったら、人を救うのもルナ様のために働くのも一緒じゃない? むしろ、ルナ様のためだけに働けばいいじゃない」
最後に余計な一言があるが、奈々の言う通りである。
人を助けるため、アマテルならそれで納得してくれるだろう。
「お前は勇者って柄には見えないがな」
「そんなことないだろ。向こうじゃ皆勇者って呼んでくれているから」
「気を遣ってくれているんだろ。周りに祭り上げられて勇者ごっこを興じるとはなんとも憐れだな」
相変わらず嫌味を言ってくる。
それにアマテル達がそんなことするはずがない。
「言っとくけど、向こうの皆はそこまで性格悪くないからな」
「ふーん」
自分で言っておきながら興味なさげである。
取り敢えず、明日も昼間に召喚されることになった。
セイヴァーハンドの動向は自分も気になるし、出来る範囲で協力はしよう。
「えーっと……またですか?」
アマテルは困ったように笑う。
「またなんです」
二日連続で足止めをさせてしまうのは申し訳ないが、ルナの意思は変えられない。
仮にここでアマテルが文句を言ったところで地球への召喚がなくなるわけはなく、召喚されるだろう。
「……」
さすがのアマテルも困惑しており、それ以上は何も言わない。
「怒ってる?」
「……人助けなんですよね? でしたら、怒るなんてしません」
果たして本当に人助けなのだろうか。
場合によってはセイヴァーハンドの一員、人間を殺す。
アンデッドではなく、生きた人間だ。
それを善と捉えるか、悪と捉えるか。
「勇者様。その代わりと言ってはなんですけど、お願いがあります」
何やらアマテルから要求があるらしい。
「どうかご自身の命だけは大事にしてください。たとえ、人を救うためでも、私にとっては勇者様の方が大事です」
「それは……ありがとうと言うべきなのかな?」
「お礼を言われる言葉ではありませんよ。ですけど、どうかご自愛ください。それだけは忘れないで」
身を案じてくれていると言えばそうだが、なんとも違和感を覚える物言いだ。
「うん……肝に銘じておく」
ー6ー
文化祭二日目。
今日はセイヴァーハンドを警戒するだけだろうと思っていたが違った。
「望月さんの……彼氏さんですよね?」
なぜまたお前が絡んでくる。
「前も、昨日でしたっけ? お会いしました……よね?」
認識阻害の魔法の影響か、よく覚えていないようだ。
「うん……昨日も会ったね」
「そうでしたか。すみません、よく覚えてなくて」
「いやいいよ、気にしなくて。影が薄いってよく言われるから」
よく言われるのは昨日今日の話だけど。
「それで委員長。何か用か?」
隣に立つルナが用件を聞く。
「用ってほどじゃないけど、望月さんが男の人と歩いていたのが気になっちゃって」
「そんなことか」
本日も彼氏のフリをしている。
今は休憩中のルナと一緒に文化祭を見て回っているところだ。
ちなみにセイヴァーハンドは今日も高校に訪れており、奈々はそのセイヴァーハンドについて調べているため別行動を取っている。
「そんなことではないですよ。大事なことです。望月さんが変な男の人に騙されていたら、親友として見過ごせません」
「親友なの?」
まさかそこまで仲が良いとは思わなかった。
だけど、親友という言葉にルナは首を傾げる。
「私と委員長は親友だったのか?」
「えーっ!? それはヒドイよ、望月さん! だって、色々相談とかしたり、彼氏さんの話とか聞かせてくれたりしたじゃないですか!」
「そうだっけ? そんなこともあった気がしなくもないけど……。ただの友達でいい気がするな」
「友達……。友達ですか……。仕方ないです、親友の座は河合さんに譲りましょう」
河合さん。
たしか奈々の名字だったな。
それよりも今の会話の中で気になる部分があった。
「ルナからどんなことを聞いてるの?」
「気になりますか? 気になりますよね、彼女からどういう風に思われているか。気になっちゃいますよねー。……言っちゃっていいですか?」
ルナは頭を横に振る。
「ダメらしいです」
「そこをなんとか」
「ダメです。望月さんからの好感度を下げたくないので言えません」
キッパリと告げられてしまう。
「どうしても知りたいのなら、彼女さんから直接聞いてください」
そこまで言ってスマホを取り出して時間の確認をする。
「そろそろクラスに戻らないと。それでは」
「また後でな、委員長」
「うん。時間があるようでしたら、クラスの方にも遊びに来てくださいね」
それだけ言うと去っていった。
「さっ、私達も行くぞ」
「それよりもどんなことを言っていたか教えてくれ」
「……そんなに気になるのか?」
「気になる」
「知らない方が幸せなことだってあるんだぞ」
「要するに悪口を言っていたということか」
なら、聞かなくてもいいか。
「遠慮するな。教えてやる」
ルナは踵を返す。
「ルナ?」
どこかに行くのだろうか?
いきなり歩き出したルナを追い掛ける。
階下に移動し、さらにその先へと歩く。
ようやく立ち止まり、ルナは振り返った。
「いきなり歩き出してどうしたんだよ?」
「気付かれた」
真剣な表情。
茶化しても巫山戯てもいない
「誰に何を気付かれた?」
その相手は分かっていたが、敢えて聞く。
「セイヴァーハンド。さっきお前のことをずっと見ていた」
見られていたのか。
そこまでは気付かなかった。
「いきなり離れてよかったのか? 不審がられないか?」
「不審がられるどころか不審に思われていた。あの場で取り繕ってもすでに遅い」
「こちらの正体がバレたというわけか?」
「そこまでバレているかは分からないが、私ではなくお前を見ていたぞ」
「えっ? なんで?」
「不審者に見えるからだろ」
「そんな風には見えないだろ。どこからどう見ても美男美女のカップルに見えるだろ」
「……それ本気で言っているのか?」
「……ちょっとフザケて言ってみただけだ。そんな残念な人を見るような目で見るな。それよりもそのセイヴァーハンドが攻撃してきたりとかしないだろうな?」
「さすがに文化祭の最中に暴れるような真似はしないだろう。だけど裏で応援を要請して包囲することは可能だ」
「じゃあ、もうすでに囲まれているのか?」
「今はまだ大丈夫だろう。不審に思われる程度ではそこまで動かないはずだ」
ルナはこちらの顔を見つめてくる。
「なんだよ」
「いや、気になったんだ、私ではなくお前を見ていたのが」
「そういえばおかしいよな。認識阻害の魔法が掛かっているはずなのに、どうして不審に思われているんだ?」
「もしかしたらその魔法のせいで見られていたのかもしれないな。ただ、それでも感知されないように魔法で細工してあるのだが」
知覚による認識の阻害。
魔法による認識の阻害。
二重に魔法を発動している。
本来なら気付かれるはずがない。
「人前で攻撃してこないにしても、何かしら仕掛けてくるはずだ」
「だろうな。こっちからも何か仕掛けるのか?」
「当然だ。お前の活躍に期待してるよ」
ルナは楽しそうに笑っているが、イヤな予感しかしない。
ー7ー
極東の小さな島国で死んだセイヴァーハンドの一員である女子高生。
その穴埋めとしてジョン・ボイルは派遣された。
ジョンが抜擢された具体的な理由は特になく、たまたま手が空いたというだけである。
世界中に散らばるセイヴァーハンドでも魔法を会得している人物は希少だ。
前任者が死んでも、主要地域でなければ放置されて穴埋め要員が派遣されるのに一、ニ年要するのも珍しくない。
今回の派遣は本当に偶然である。
こんな極東で上げられる成果など前任者を殺した人物を見つけ出して始末するだけしかない。
もちろん、それも成果の一つではあるが、その程度の成果など他の地域の連中もやっていることだ。
成果は一つ上げるだけでは駄目だ。
二つ、三つは上げたい。
だけど、派遣されたのは極東の島国。
全方位を海に囲まれており、セイヴァーハンドに見つかって逃亡する際に不便な立地。
こんな袋小路な島国に逃げ込む奴など頭の回らないバカしかいない。
そんな小物をいくら始末しても大きな成果には成り得ず、上にのし上がることが出来ない。
出世が遠のく。
一応は古来より日本で暮らしている人類の敵なる一族が居るには居る。
だが、そういった輩は隠密性が高くて一端の手掛かりを見つけるだけでも数十年掛けなければ見つからない。
大物ではあるが、出世が遠のくどころか今の地位で引退になってしまう。
最悪だ。
そう思っていた矢先、前任者である女子高生が残した資料に大物を見つけた。
日本で大規模な魔法を行使しようとする輩。
そいつの調査資料が見つかったのだ。
調査途中で不備が多く、まだ全容は明らかになっていないが、そのおかげでまだ上に報告が上がっていない。
手柄を独り占めにできる。
これはチャンスだ。
前任者を殺した者と、前任者の調査対象。
その二人は同一人物ではなく、別の人物だ。
前任者の死亡時の状況、さらに調査資料の断片を読み取って、そう確信した。
手柄が二つ、目の前に転がっている。
さらなる情報を求めて、ジョンは殺された女子高生の身辺を調べ始めた。
調査資料を読む限り、不可解な点が多い。
これは資料が他にもあることを示していた。
分散して隠してある。
まずはその資料を見つけ出さなくては。
女子高生の自宅、別荘、行きつけの喫茶店、点在する活動拠点、その全てに足を運ぶ。
その先々でいくつか調査資料を見つけるも、まだ足りない。
そこで向かったのは前任者の女子高生が通っていた高校。
ここにも隠してあるかもしれない。
事前に調べておいた通り、今日は文化祭。
一般人が侵入するにはもってこいの日だ。
文化祭一日目、生徒会室等を調べるも何も見つからずに終わってしまう。
翌日も文化祭は続くので、その日は帰還した。
ホテルの一室にて、ベッドに寝そべりながらジョンはその日の出来事を振り返る。
前任者が寄り付きそうな場所はあらかた調べたが何も見つからなかった。
明日はどうする。
どこを探す。
高校を再び調べるにしても、ある程度目星を付けておきたい。
ジョンは瞼を閉じる。
軽く深呼吸して全身の力を抜く。
こうするのが一番集中できる。
ジョンの特技の一つである映像記憶能力。
それを駆使して脳内で上映会を開始した。
上映されているのは今日訪れて見た文化祭の映像。
どこか見落とし、不審な点がないか、くまなく視線を巡らせる。
異常はない。
ない。
ない、ない、な……ん?
上映会の最中、とある不審点に気が付いた。
映像記憶能力によって、視界を通じて風景も人物も全て記憶することが可能だ。
当然、人の顔も覚えられる。
だが、記憶の中で一人だけ存在に靄のようなものがかかって何も見えない人物がいた。
こんなことは初めてだ。
一体彼は何者なのだろう?
いや、それよりもだ、これは何かしらの手掛かり、もしかしたら手柄に繋がるのではないか?
明らかに怪しい人物だ。
この地域にジョン以外で魔法を使える者は派遣されていないので、セイヴァーハンドの一員ではない。
考えられるのは異能を持った人類の敵。
もし仮にこの人物が人類の敵ならば、上げられる手柄が三つになる。
まだ確定したわけではないが、彼は人類の敵だと思えた。
確証はない。
だが、天はジョンの味方をしている。
この極東の島国に派遣された時はどうなるかと思ったが、まるで出世しろとばかりに功績が目の前に転がり込んできた。
調査資料だけでなく、彼についても調べるべきだ。
明日は彼を見つけ出し、その正体を見破って始末してやろう。
翌日、彼を見つけるために再び文化祭に訪れる。
調査資料はひとまず後回しだ。
文化祭が終わっても高校に潜入するなど、魔法を駆使すれば難しくない。
だが、彼を見つけるのは困難を極める。
何故なら顔が分からないからだ。
昨日はすれ違った程度、しかも今日も文化祭に訪れているのかも分からない。
この学校の生徒なのか、来場客かも分からない。
性別も、年齢も分からない。
分からないことだらけだ。
だけど、運は自分の味方をしている。
見つけられるはずだ。
やはり自分はついていた。
ジョンはあまりの幸運に思わず口元を緩ませてしまう。
探し始めて二時間で見つけた。
見つけた人物は男子。
学生のように見えるが私服を着ている。
おそらく、別の高校の生徒だろう。
その隣にはこの学校の女子生徒がいる。
女子生徒は背が低いせいか、人混みで顔がよく見えない。
仲間なのか、それとも事情の知らない友人、恋人かもしれないが、どうでもよかった。
目的の人物を見つけられただけで十分だ。
そこから情報を集めれば、おのずと女子生徒との関係性も掴める。
それにしても、危うく見逃すところだった。
ひと目見て、目を離したその刹那の間で顔どころか存在すら忘れてしまう。
映像記憶能力があっても意識しなければ見つけることが出来なかった。
それを踏まえて考えると、本当に自分は運がいい。
さらに、自分の契約モンスターは追跡や情報収集、暗殺に適している。
今回のように人目が多い場所でも問題なく追跡することが可能。
追跡しながらある程度情報を収集し、その上で人目がない場所で始末する。
さあ、行くがいい、我と契約せし者よ。
ー8ー
一度ルナと分かれて、時間を確認する。
時間は正午を回っていた。
体が空腹を訴えているが、やるべきことを済ませておかなくては。
壁際まで移動し、周囲を見渡して観察する。
生徒や来場者が入り乱れており、人の流れが激しい。
しばしの間観察を続けるも、誰一人として気に留める者はいなかった。
本来なら自分の行動は気に留められるものだが、認識阻害の魔法で誰も気に掛けない。
さらに周囲を観察する。
自分を見ていたというセイヴァーハンドの姿は見受けられない。
それでも警戒する。
敵がどう仕掛けて来るかは分からない。
人目がある場所では直接攻撃を仕掛けて来るとは思えないが、何らかのアクションはあるはずだとルナは言っていた。
だけど、セイヴァーハンドらしき人物はいない。
何度も見渡してもそれは変わらない。
姿が見えなくても、居ると前提して動こう。
ルナとの打ち合わせ通り、移動を開始した。
階段を上り、上の階、最上階を目指す。
何事もなく、最上階まで辿り着いた。
そこからさらに上へと行く。
最終的に辿り着いたのは、屋上。
誰もいない。
居るのは自分だけ。
歩みを進ませて、屋上の中央に陣取る。
ちなみに屋上の鍵は掛かっていたが、ルナから預かっていた鍵で開けることが出来た。
何故屋上の鍵を持っているか疑問に思ったが、今はそれどころじゃないのでひとまず置いておく。
「出て来い。隠れているつもりのようだが、バレバレだぞ」
本当はどこに潜んでいるのか分からないのだけど、呼び掛けてみる。
相手の出方を窺うが、何の変化も訪れない。
「……」
残暑はとうの昔に過ぎ去り、秋から冬に変わろうとしていた。
気温は別段低くもないが、時折吹き抜ける北風は肌寒く感じる。
空を見上げれば、雲が流れる中太陽が仄かな暖かさを大地に届けていた。
耳を澄ませば、校庭や中庭、階下から賑やかな声が響いてくる。
状況だけ見れば平和そのもの。
異常はなく、何の脅威も感じられない。
「……」
静かなものだ。
こうも何もなく静かだと、ルナの気のせいだったのではと思いたくもなる。
欠伸を噛み殺し、周囲に意識を向けるも何の変化もない。
ただ無為に時間だけが過ぎていく。
過ぎ去るのは時間だけでなく、鳥が通り過ぎようとしていた。
上空を羽ばたく鳥が頭上を通り過ぎていく。
その際に顔に影が掛かる。
まさにその瞬間だった。
「ぐぅっ!?」
左目の視界が暗転する。
右眼は視えるが、左目が見えない。
なんだ? 何が起きた?
訳が分からず、左目部分に手を運ぶ。
ヌルリとイヤな感触が指先に伝わってきた。
慌てて手を離して確認すると、指先が赤く染まっていた。
血だ。
「え?」
なんで? どうして?
疑問が頭をよぎるも、考えるよりも先に周囲を見渡した。
これは明らかに敵からの攻撃を受けている。
追撃が来るはずだ。
懐より剣を取り出す。
ルナの空間魔法によって懐に隠していたのだ。
剣を片手に警戒する。
だが、追撃は来ない。
いくら待っても追撃は来ず、どうやって攻撃を仕掛けてきたのかも分からない。
一体どうなっているんだ?
周囲を見渡していると、屋上の出入口となる扉の窓に自分の顔が映るのが見えた。
攻撃を受けた左目付近が抉り取られているのを確認する。
左目は失われ、足元を見ても血溜まりがあるだけで、肉片や眼球はなかった。
どこに消えた?
どうやって抉った?
不思議と痛みはない。
いや、痛みがないのは最初だけで、徐々に痛みが増してくる。
血が滲み、雫となって滴り落ちて屋上を汚す。
気付かぬ内に体の一部を抉り取られる。
普通では有り得ないことだ。
敵による攻撃なのは間違いない。
思い出せ、抉り取られた時のことを。
あの時は……鳥、そうだ、鳥が飛んでいた。
丁度頭上を通過した時だ。
では、敵の攻撃は鳥を用いたものか。
空を警戒していると、再び鳥が飛んで来た。
先程とは種類が違うが、敵による攻撃だと想定して動く。
鳥の進行方向を避けるように移動し、出入り口の脇、その物陰を目指す。
警戒を強めるが、鳥は何かをするでもなく通り過ぎていく。
攻撃は行われなかった。
それでも何かがあるのかもしれないと、一応物陰に潜むべく左足を後退させる。
その時、ぐらりと倒れるようにバランスを崩してしまう。
「おっと!?」
右手に持っていた剣を思わず取り落としてしまうも、咄嗟に出した左手を地面に着いて体を支える。
尻餅はつかなかったが、なんとも情けない。
この隙を狙って攻撃を仕掛けて来るのかと思ったが、何も起こらなかった。
取り敢えず立ち上がろうとすると、左足に違和感を覚える。
視線を向けてみると、左足の膝から先がなくなっていた。
「えっ……!?」
失った左足の先から血が流れ出す。
出血の量が尋常じゃない。
ひとまず止血をしなくては。
「あっ……」
左足に手を伸ばそうとしたら、右腕の肘から先がなくなっていた。
「あ、ああ……どうして……? 一体どうやって? いつの間にやられたんだ……?」
顔面の左目付近、右腕、左足が失われていた。
地に体を沈め、血に体を浸す。
起き上がることは出来ない。
移動するのなら地面を這うしかないのだが、何処に移動すればいいのか、そもそも動いていいのだろうか?
下手に動けば攻撃を受けてしまうし、その肝心な攻撃方法が何なのか分かっていない。
何よりおかしいのは絶好の機会であるにも関わらず追撃が来ないこと。
こちらとしては有り難いことではあるが、気になる。
もしかしたらそこに攻撃方法を解く鍵が隠されているのかもしれない。
考える。
必死に考える。
だけど、攻撃方法が何なのか分からない。
鳥が怪しいとも考えたが、鳥はただ飛ぶだけで何もしていなかった。
この右眼で捉えていたのだから見逃すはずもない。
鳥ではないのなら、どうやって……?
……。
…………。
………………。
……ダメだ、何も思いつかない。
頭が回らない。
出血量が多いせいで、頭に血が巡らないからだろうか。
とにかく考えが浮かばない。
どうしようもなく、どうにも出来ない。
「くそっ……」
何も出来ずにいる自分に悪態をつく。
今の状況を鑑みるに、敵の方が上手なのが嫌でも理解出来た。
敵が存在するのは確かだが、何処からどのようにして攻撃をして来るのかが不明。
一方的に攻撃されてボロボロである。
対策の立てようがないが、このままジッとしているわけにもいかない。
這ってでも移動しよう。
屋上の出入り口の横、その壁際に背中を預ければ多少は戦えるはずだ。
移動する前に剣を回収しておこうと左手を伸ばす。
「止めておけ」
伸ばした左手を誰かが掴む。
「それ以上、手を伸ばすな。喰われるぞ」
左手を掴んだのはルナ。
隠れ潜んでいたはずの彼女が何故出て来た?
「喰われるって……?」
「お前のおかげで敵の能力が分かった。影だ。影に契約モンスターが潜んでいる」
「影?」
「今はそこの出入り口の影に潜んでいる。不用意に剣を拾おうと手を伸ばせば喰われるぞ」
剣は出入り口の影がかかる場所に落ちているが、本当にその影に潜んでいるのだろうか。
「疑うのなら、影に入ってみるといい。個人的には左手ではなく、右足を入れるのをオススメする」
「なんで右足なんだよ……。後やらないからな。絶対に押すなよ。絶対だぞ。絶対だからな。フリじゃないからな」
「敵前でフザケてないで、警戒したらどうだ」
お前が言うか、それを。
「それよりも、なんで出て来た?」
「……なんで? そんなの私の勝手だろ」
「理由になってねーよ」
「ですが、出て来たおかげで手柄が増えます」
突如響く男性の声。
声のした方に視線を向けるとその人物は立っていた。
「女子生徒の方も仲間でしたか」
「セイヴァーハンド……」
「やはり気付かれていましたか。まあ、こちらの存在は隠していませんからね。気付かない方がどうかしてる」
「だそうだ」
あからさまにこっちを見ないで欲しい。
ルナに言われるまで存在に気付かなかったのは事実なので、ルナの視線から顔を逸らす。
「部下が無能だと苦労しますね。同情しますよ。そして感謝します。こちらとしては一人でも多く始末出来ればいいのですから」
「確かに、こいつは無能だ。それは弁明の余地がない事実だな」
おかしいな、敵が二人いる気がする。
こっちは怪我人なんだから、傷口に塩を塗るような真似はしないで欲しい。
「だが、同情なんて余計なお世話だ。感謝も必要ない。どうせ最後に死ぬのはお前なんだから」
ルナの言葉にセイヴァーハンドの男は表情を変える。
「……死ぬのはあなた方だ。たとえ冗談でも、敗北を言葉として与えられるのは屈辱でしかない」
男の手元に幅広の剣が出現する。
そして、背後に球体の形をした光が灯った。
「契約モンスターが影に潜んでいるのに気が付いたことは素直に褒めて差し上げましょう。ですがっ!!」
空に剣を掲げると、それに合わせて光球が動く。
「それだけでは甘い!」
剣の影が伸びて、出入り口の影と重なる。
何をやっているのか疑問に思ったが、すぐに理解する。
契約モンスターを移動させたのだ。
「……なるほど。厄介だな」
「どうする? 逃げるか?」
「顔を見られているんだ。逃げたらダメだ。むしろ、あいつを逃さないようにしろ」
「本当にお前はなんで出て来たんだよ!? 顔を見られていなければ、なんとかなったんじゃないかっ」
「うるさい! 私のやり方に口出しするな」
ルナに上着の襟元を掴まれ、その場で回るようにして投げ飛ばされる。
遠心力を利用して投げられた体は弧を描く。
向かう先は屋上の端。
背中から衝突し、体はその上を転がる。
「ぐが、あぁ……。いっ、てぇ……」
痛いどころじゃない。死ぬかと思った。
ルナの奴、いきなり何をしやがる。
まさかいきなり投げ飛ばされるとは思いもしなかった。
文句の一つでも言ってやろうと睨みつけようとする。
だが、肝心の彼女は肩口から血を流していた。
「ルナ……? ルナっ!」
「うるさい! 名前を叫ぶな! その舌引き抜くぞ!」
それどころじゃないだろ。
どうしたんだよ、その傷は。
「よそ見をしていたのでチャンスだと思いましたが、見事な動きです。恋人を庇わなければ躱せたものを……、そんなに彼が大事なんですか?」
光球が動いていた。
あれで影を動かしていたのだ。
まさか庇ってくれたのか?
「何を言うかと思えば下らない……。本当に下らない。うるさいから投げただけだ」
「照れなくてもいいのですよ。もしかしてですが、最初に出て来た時も恋人を助けるためではないですか?」
「さっきから恋人恋人ってムカつくな。こいつはただの従者。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうですか……。では、殺しても問題ないですね!」
光球が動く。
狙いはルナではない。
剣の影がこちらに伸びる。
さっきの投げられた時のせいで地面に伏したままの状態。
さらに右腕、左足を失っている。
逃げることはおろか躱すことも出来ない。
殺される。
そう思った。
だが、伸びた影は体に触れることはなく、真横に位置する。
「……あれ?」
当然ながら避けてはいない。
それなのにどうして?
「目測を誤るとは……功を焦ってしまったようですね。ですが、これで終わりです!」
光球を横に移動させる。
しかし、影は近付くのではなく離れていく。
「……逆だ」
ルナは静かに告げた。
彼女の手には魔法で作り出したナイフが握られている。
「そして、お前はここで終わりだ」
ルナはナイフを投擲する。
男はそれを剣を振って払い除けた。
「うぐぁっ……!?」
払い除けた……はずだった。
自分にもそう見えた。
だが、実際には剣がナイフに当たることはなく、男の体にナイフが突き刺さる。
認識阻害の魔法。
彼女がもっとも得意としている魔法だ。
刺さったナイフに追随するように次々とナイフが作られ、その全てを投擲していく。
「くぅ……。舐めるな!」
男は駆け出して、飛来するナイフを躱す。
駆ける男に対し、ルナも移動する。
移動中も絶えずナイフを作り出し、それを投擲していく。
その光景をただ見守ることしか出来ない。
移動したルナが庇うように目の前に立つ。
「わざわざ来てくれるなんて、お優しいんですね」
「減らず口を。元気そうだし、治療の必要はないな」
「冗談です。助けてください」
「修復の魔法を使おうにも、今の状況じゃ無理がある。我慢しろ」
そんなやり取りをしている間に男は屋上の出入り口の脇、影ができている場所に体を滑り込ませる。
男の体には幾本のナイフが生えていた。
どのナイフも急所を避けており、致命傷には至っていない。
そして、ルナは再びナイフを投擲する。
だが、ナイフが影に入った瞬間、見えない何かによってはたき落とされてしまう。
「今のは……?」
「奴の契約モンスターの仕業だ」
「でも何も見えなかったぞ」
「影自体が契約モンスターそのものなんだろ。実体がない。倒すには契約主である男を始末するしかないか」
ルナはナイフの投擲を止めて睨みつける。
「ご明察、ですね。これはシャドウ、影の中では絶対の無敵を誇るモンスター。そして、影に入り込むことで絶対の防御と成り得る」
姿なきモンスター。
不定形であるからこそ、全方位を影に覆うことで守りが堅くなる。
「レイスみたいに魔法が通じるとかないのか?」
「ない。影に何をしても無駄に終わる。せいぜい強い光を当てて回避する程度しか出来ない」
「強い光なんてどうやって……」
強い光といえば太陽だ。
だが、太陽は動かすことは出来ないし、雲がかかれば余計に影を作り出してしまう。
太陽は使えない。
「契約モンスターを倒せなくても、その契約主を倒せばいいだけの話だ」
肝心の契約主である男は影に入り込んでいるのにどうやって倒すというのだ。
疑問に思っているとルナは制服の懐に手を入れる。
懐より出した手には拳銃が握られていた。
なんて物騒な物を学校に持ち込んでいるんだよ。
引き金を引いて、男に銃弾を放つ。
だが、その銃弾も影によって弾かれてしまう。
「ダメか……」
再びナイフを作り出し、投擲する。
真っ直ぐにではなく、弧を描くように投げられた。
ナイフは全部で四本。
その全てが様々な角度から男を狙う。
ルナは再び拳銃の引き金を引く。
五方向からの攻撃。
しかし、影に触れた瞬間に全てが弾かれてしまう。
その結果を予測していたのか、ルナは大して気にするのではなく平然としていた。
「数やスピードは関係なく、影に触れただけで落とされたか。質量で攻めても結果は変わらない。物理的な攻撃はほぼ通じないと考えるべきだな」
「魔法ならどうなんだ? 影には通じなくても本体には届くかもしれないし」
「そうだな……。そこが問題ではあるんだがな」
問題?
何かあるのだろうか?
「物理的な攻撃は通じないが、やりようはいくらでもある。例えば熱。炎は防げても熱は防げない。周囲を燃やせば蒸し焼きにすることが出来る」
蒸し焼きって、えげつないな。
「次に音。会話が出来るんだ。外からの音で鼓膜を破けるはずだ。他には光。おそらくだが、これが一番効果的だろう。影を掻き消す程の閃光を浴びせれば物理的な攻撃が通じるようになる」
なるほど、ルナの言う通り色々とやりようがあるようだ。
「他にも毒ガスを撒くなんてあるが、街中でやるようなことではないな。魔法で遮断しようにも絶対とは言い切れないし、使用者にも悪影響を及ぼす可能性もある」
毒ガスは不安要素が多いので、自分も使わないことには賛成である。
「それで結局どう攻めるんだ?」
「言ったであろう、一番効果的なのは光。さらに言えば、光系統の攻撃魔法。光線なんかを放てば一撃だ」
強烈な光を放つ光魔法。
確かに、それなら影に邪魔されずに攻撃を届かせることが可能だ。
「そういうわけだ。だから、光線の一つでも出してくれ」
「いや、出せないから。ルナがやるわけじゃないのか?」
「生憎とそういった魔法は心得ていない。しかし残念だ。お前が出来ないとなると詰んだな」
本当になす術がないと言うのなら、詰んでいるな。
「見事な洞察力です……。味方ならば、さぞ心強かったでしょう」
こちらの会話を全て聞いていたのだろう、男がルナに対してそんな感想を漏らした。
「ここで始末することは心惜しいですが、仕方ありません。これも仕事ですから」
「始末されるのはお前の方だ。影に潜み、機会を窺っているようだが、それは失策だぞ」
カランッと男の潜む影の前に何かが落ちる。
なんだろうかと思った矢先、それは強烈な閃光を撒き散らし、大きな音を響かせた。
スタングレネード。
そんな物があるなんて知る由もないのでもろに閃光と音の影響を受けてしまう。
目が見えず、耳も聞こえない。
何が起きたのか理解出来ず、状況の把握すら出来ない。
ただただ狼狽えることしか出来ないのであった。
ー9ー
「今ので仕留めておきたかったが、中々としぶといな」
スタングレネードによる閃光で影が掻き消された隙にナイフを三本投擲するも、男はそれを予期していたのか命を奪うには至らなかった。
男は咄嗟に羽織っていた上着を前方へと放り投げて、自身と上着の間に影を作り出し、投擲されたナイフを防いだのだ。
だが、防げたナイフは二本だけ。
残った一本が男の右足に刺さっていた。
「ダメでしたね、ルナ様」
スタングレネードを放った張本人である奈々が姿を現し、ルナの横に立つ。
「相手の動きを見るに、戦い慣れているのがよく分かる。こちらの動きに適切に対処して、致命傷を防いでいる」
ルナと奈々は男を睨みつける。
再び影に包まれた男は守りを固めてしまった。
「お褒めに預かり光栄だ。シャドウに対抗するのにスタングレネードを使うのは予測出来る。実際にこれまで始末してきた相手も幾度と使ってきたからな」
「その割には足に怪我を負っているようだが?」
「一介の女子高生がスタングレネードを使ってくるとは思ってもいなかったからね。油断したよ。それに迂闊だった。もう一人隠れ潜んでいるとは思ってもいなかった」
その油断で命を取りたかった。
油断は命取りというが、それが出来なかったのは痛い。
「それにしても、先の会話も見事なものだった。少年に説明しているように見せ掛けていたが、あれはそちらの子に伝えるためのものだったのだろ?」
男の言う通り、シャドウについての説明を奈々にしてスタングレネードを用意してもらったのだ。
「ルナ様、急ぎで用意出来たのは今の一つだけです」
奈々が小声で話し掛ける。
「大丈夫だ。問題ない」
ルナは男を見据える。
体の至る所にナイフが刺さり、血を流す男。
手負いの相手。
ルナも肩口から血を流しているが、攻めるなら好機である。
しかし、シャドウが居る限り攻められない。
「どうしたのです? 攻めて来ないのですか? 今ので打ち止めですか?」
「ああ、残念なことに、私が出来ることはもうない」
ルナは項垂れる。
出来る限りのことはやり尽くした。
他にやれることはない。
「……そうですか」
男は不敵な笑みを浮かべる。
「それは喜ばしいことです!」
無数の幅広の剣が現れる。
それらの剣は宙に浮き、それぞれが出入り口の影と影を重ねていた。
さらに刃が獲物に向けられている。
「さあ、どの影にシャドウが隠れているか、当ててみてください」
シャドウは影と影が重なることで影から影へと移動できる。
剣の影に潜ませて、対象を抉るつもりだろう。
だが、分裂は出来ない。
無数の剣を生み出したところでシャドウは一体しかいないのだ。
敵の目的はシャドウが何処に潜んでいるのか惑わせること。
厄介ではあるが、やりようはある。
「お前は邪魔だ」
「えっ? ちょっ!?」
ルナは足元に転がる手足を半分失った重傷者、その襟首を掴み、投げ捨てるように放り投げる。
向かうのは屋上の外。
そのまま重力に逆らうことなく落ちていく。
何やら文句やら叫び声が聞こえた気がしたが、ルナは無視する。
「敵の攻撃に備えろ」
「はい、了解です」
ルナと奈々は身構える。
「これで終わりだ!」
宙に浮いた幅広の剣。
無数にあるそれが空を乱舞した。
回転し、空を駆け巡る。
それらをルナと奈々は華麗な体運びで回避していく。
「奈々!」
回避する中、ルナは魔法でナイフを作り出し、奈々に投げ渡す。
「ありがとうございます!」
一度通り過ぎた幅広の剣が弧を描き、再びルナと奈々をつけ狙う。
二人はそれらを躱し、時にナイフで弾く。
剣の影にかからないように気を付けるも、完全にかからないのは不可能。
幾度と影を踏み、かかるも幸いにしてシャドウは潜んでいなかった。
隙を見てナイフを投げる。
「無駄だ!」
巨大な幅広の剣が男の前に突き刺さる。
突き刺さってもなお男の身長を優に超える程に巨大な剣。
それは鋼の壁となって男を守る。
壁に阻まれたナイフが地に落ちてしまった。
今度は弧を描くように工夫して投げ、横から狙う。
それでも、滞空時間が長いせいか、幅広の剣に狙いを定められてしまい弾き落とされてしまう。
再びナイフを作り出して投擲を試みようとした時、ナイフの刃先が抉り取られていた。
シャドウにやられたと判断し、影から離れる。
どの影に潜んでいるかは瞬時に理解したが、幾重にも重なる剣の影によって見失ってしまう。
「よく動く。それでいていい動きをする。始末の対象だというのが勿体ないくらいだ」
「ルナ様の魅力に気付くなんて見る目がありますね」
こんな状況でいても奈々は普段通りだ。
いつもと変わらない彼女の態度にルナは思わず口元を綻ばせる。
張りつめていた心に余裕が生まれた。
奴は自らが生み出した壁によって動きは制限されている。
今の立ち位置から逃れようとは考えないだろう。
この状況を逃す手はない。
「フッ……。これが最後の一手だ」
ルナの囁きに呼応するように銃声が響いた。
「はっ?」
男は何が起きたのか理解出来ず呆ける。
自らの胸を貫く灼熱の如き痛み。
「銃、だと?」
そう、男は心臓を撃ち抜かれていた。
血が溢れる自らの体をただ見つめることしか出来ない。
「よくやった、榊」
屋上の出入り口が開き、榊が姿を現す。
その手には豪華な装飾が施された拳銃が握られていた。
彼が壁越しにて男の心臓を撃ち抜いたのだ。
「馬鹿、な……!? 拳銃ごときで、壁を貫くなど……」
男は榊の持つ拳銃を見て驚く。
「そっそれは……神の……! そうか……ネクロマンサーが相手だったのか……。気付かなかった……」
「榊。殺せ」
「はっ!」
榊は拳銃を構え、男の眉間に狙いを定める。
「くっ、シャドウ!!」
引き金は引かれ、最後の銃声が轟いた。
シャドウは消え、男の死体が血溜まりに沈む。
「シャドウで銃弾を弾こうとしたみたいだが、如何なる守りも貫く『神の矛』の前では無意味だ」
ー10ー
ルナの手によって屋上から投げ出された。
落下で死ぬかと思われたが、階下にて待機していた茜によって回収される。
空中で受け止めてくれたため、地面との衝突は避けられた。
「助かった……」
無事に着陸するなり、人気のない場所に下ろされる。
「あっ……」
見上げると、茜の衣服は血に塗れていた。
別に茜が戦闘をしたわけではない。
怪我人を抱えたが故の結果だ。
「すみません。服を汚してしまって……」
「お気にならさないでください。血に汚れるなんていつもの事ですから」
いつもって……物騒だな。
「それにしても重傷のわりに元気ですね。私の助けなんて必要なかったのでは?」
「いえ、本当に助かりました。全快でもあの高さから落ちたらどうなっていたかは分かりません」
「そうですか? 魔法の使いようでなんとかなると思いますけどね」
確かに魔法を使えば、無事に着地できるかもしれない。
それでもこの重傷では無理なのは変わらないと思う。
「それで、上の様子はどうでしたか?」
自分が把握していた状況を茜に伝える。
「なるほど。スタングレネードを使ってもダメだったのですか」
そんな物まで使っていたのか。
「おかげで目と耳がやられたよ」
「男の子なんですから、過ぎたことにグチグチ言わない。それに使用前に教えたら不意をつけなくなるのですから仕方がないですよ」
「それはそうだけど……」
納得がいかない。
「茜さんは上に行かなくてもいいんですか?」
「私の出番はないですよ。今回の敵は私よりも榊さんの方が適任ですからね」
「適任?」
榊はどんな戦い方をするのだろうか。
以前は拳銃を使っていたが、銃火器でも使うのか?
銃弾は弾かれていた気がするが、どうやって倒すのか気になる。
「あっ、そうでした。聞きたいことがありました」
茜が何かを思い出したようだ。
なんだろうかと、耳を傾ける。
「デート、どうでしたか?」
思わずズッコケそうになった。
「いきなりなんですか。今それ関係あります?」
「ルナ様の将来に関わることなので、今よりも大事なことです」
「将来って、大袈裟な」
「大袈裟ではないですよ。それで、どうでしたか? ルナ様とデートしたんですよね? どうでしたか?」
なんだろう。
若干どころか結構面倒な質問だ。
「デートなんて大層なことはしてないです。昨日は奈々がルナの相手をしていたし、今日はセイヴァーハンドのせいでそれどころじゃなかったし」
「そうですか、それは残念」
茜は残念そうにしているが、何がそんなに残念なのかよく分からない。
「ところでルナ様のこと、どう思います?」
「どうって何が?」
「決まっているじゃないですか。異性としてどうかと聞いているのです」
「異性? 何を言うかと思えば、そんなこと。正直、生意気な奴としか思っていないですよ」
「……」
正直に伝えてみるも、茜は何も返して来ない。
もしかして、ルナを侮辱したから怒っているのだろうか。
だとしたらマズい。
殺される。
「あの、茜さん……」
急いで弁明しなくては。
そう思って見上げた先にある茜の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
「上は終わったようですね。合流しましょうか」
「え? あっ、はい」
怒ってはいないようだが、何かをはぐらかされた気がする。
「この体では、合流するだけでも一苦労だな」
左足を失っている。
歩いて行くのは不可能だ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ルナ様ならここまで来てくれますから」
ならいいんだけど。
ルナのことだから放置されるのではないかと不安になる。
「ありがとうございます」
唐突にお礼を言われるも、何についてのお礼なのだろうか。
「何か感謝されるようなことしましたっけ?」
「今は分からなくてもいいです。一生分からなくても構いません。ですけど、お礼だけは言わせて下さい」
「はあ? よく分かりませんけど、受け取っておきます」
「はい、受け取っておいてください。それと、よろしくお願いしますね、ルナ様の事を。これからもずっと」
そのまま少し待っていると、茜の言った通りルナが来てくれた。
奈々と榊を引き連れてだ。
「酷い有様だな」
「誰かさんが囮に使ったせいでこの様だ」
「そこまで一方的にやられるとは想定していなかったからな。誰かさんの実力がその程度だったというわけだ。いい勉強になったな」
嫌味か。
やっぱ生意気な奴だ。
ふと、ルナの肩を見てみる。
怪我をしたはずなのに、制服に穴は空いておらず、血に汚れていない。
戦闘が終わって直ぐに治療したのだろう。
「さて、いつまでもそのままというわけにもいかないな」
「えー、そのままでいいんじゃないですかー」
奈々が文句を口にするが、ルナはそれに構わず手を伸ばす。
失った右腕の傷口から滴る血にルナは触れる。
そして、修復の魔法を発動した。
体は元通りに戻る。
左目、右腕、左足、その全てが元通りだ。
「……ありがとう」
元はと言えば、囮にされたせいでもあるが、一応お礼を述べておく。
感謝を伝えた相手はというと――
「……」
顔を俯かせて黙りこくる。
この程度で照れるようなキャラではないだろうに。
からかってやるか、そう思った矢先、周囲が歪む。
目が回り、頭の中もぐるぐると回る。
向こうの世界へ帰される前兆だ。
いきなりの事に戸惑い、ルナの方を見やる。
「ルナ!?」
青ざめた顔に今にも倒れそうな程に足元が覚束ないでいる。
見るからに体調が悪そうだ。
「名前を叫ぶなって、何度も言わせるな……」
力なく答えたルナの両脇を奈々と茜が支える。
「魔法を使い過ぎただけだ……。大したことではない……」
ルナは茜の体に身を預ける。
それを最後に、世界が切り替わった。
ー11ー
「お帰りなさい、勇者様。思っていたよりも早かったですね」
「うん……、ただいま……」
「どうしたのですか? 元気がないようですけど、何かありましたか?」
「色々とあったよ。本当に色々と……」
「事情は知りませんが、お疲れ様です。ゆっくりと休んでください」
周囲を見渡すと、本棚が所狭しと並んでいた。
「ここは……本屋なのか?」
「図書館です。ポニィと一緒にここで時間を潰していたのですよ」
ポニィと一緒だと言うが、そのポニィの姿が見当たらない。
「ポニィは?」
「向こうで本を読んでいます。私が読み終わった本を戻そうと席を外している最中に勇者様が帰ってきたのですよ」
そう言うアマテルの腕に一冊の本が抱えられているのが目についた。
「これですか? これは引退したとある冒険者が書いた本です。内容としては旅の体験談が綴られています」
「へー、面白いの?」
「……面白いとは言い難いですね。この著者は前回行こなわれたリッチー討伐作戦の生き残りなのですけど、その作戦時の壮絶な体験も書かれておりまして……」
これまで行われたリッチーを討伐するための作戦は全て失敗したと聞き及んでいる。
全ての作戦において多数の犠牲者を出したとも耳にした。
当然ながらその内容も本に書かれているはずだ。
「ところで勇者様。向こうはどうでしたか?」
アマテルが話題を変える。
「何やら厄介事があるとのことでしたが、無事に解決しましたか?」
今日の出来事を振り返る。
「……」
「勇者様? もしかして、上手くいかなかったのですか?」
「問題は解決したよ」
無事にとは言い難いけど。
「ただ、その過程は酷かった。敵に歯が立たず一方的にやられた。ルナのおかげでなんとかなったけど、一人だったら何も出来ずに殺されていた」
「そうだったのですか……。でも、ご無事で何よりです。勇者様がこうして帰って来ただけでも私は嬉しく思います」
本当によく無事でいられたと思うよ。
運が良かった。
本当にそれに尽きる。
おかげで今のままではダメだと気付くことが出来た。
万物を捉える右眼を手に入れて。
剣の扱いを学び。
魔法を行使出来るようになった。
だけど、それだけではダメだ。
当初に比べれば強くなったのかもしれない。
強くなった。
違う。
元々が弱かったのだ。
強くなったのではない。
基礎を学び終えて、ようやくスタートラインに立てたのだ。
今日、何が起きたのか理解する事も出来ずに殺されかけた。
ルナと初めて出会った時を彷彿される。
あの時から何も成長していない。
「アマテル」
真剣な面持ちでアマテルの顔を見つめる。
「は、はい」
そんなこちらに対し、アマテルは少し身構える。
「正直に答えて欲しい」
自分の強さ。
それはまだまだ未熟である。
どこが至らないのか、教えて欲しい。
「あっ……」
後方から聞こえてきた女性の声。
振り返るとポニィの姿があった。
「ポニィ! どうしたのですか?」
何か言いたげにしているポニィにアマテルが詰め寄るように声を掛ける。
「う、うん……。そ、そろそろ閉館時間……」
「もうそんな時間でしたか。本を戻して来ますので少し待っててください」
アマテルは持っていた本を本棚に戻すべく、そそくさと移動する。
足早にしているが、そんなに慌てなくてもいい気がする。
「ごめん……」
何故かポニィが謝ってきた。
「ん?」
「だって、告白しようとしてたから……」
「は? ええっ!? 告白?! どこから出て来た!」
「ゆ、勇者が……いつになく真剣な顔でテルのことを見つめていたから、その、告白なのかなーって……」
たしかに真剣に見つめていた気もするけど違う。
あれは自分のどこがダメなのか聞こうとしていただけだ。
「誤解だ、誤解っ! 告白しようとしていたわけではなくてだな……」
「でも、テルも身構えていたから……」
もしかしてアマテルも勘違いしていたのか?
そういえば、さっき逃げるように去っていったような……。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!?」
頭を抱えたくなる。
実際に抱えているのだけど、アマテルにも誤解されているのだとしたらどうしようか、本気で悩む。
「勇者、うるさい。図書館では静かに」
「いや、だって……だってさ……」
ガクリと肩を落としていると、アマテルが戻って来た。
「お待たせしました。帰りましょうか」
「うん」
図書館を後にして、楽しそうに話す二人の後ろを歩く。
アマテルは気にしているようには見えない。
いつも通りに見える。
誤解されていないのならそれでいいが、気遣って態度に出していないのかもしれない。
だからといって、こちらから切り出すのは気が引ける。
「はあ……」
最早溜息をつくことしか出来なかった。
ー12ー
夜の八時になると、いつも通り地球に召喚される。
「今日はもう召喚されないのかと思ったよ」
向こうの世界に戻される時、ルナは体調が悪そうにしていた。
それなのに今はケロッとしている。
「お前に心配されるほどのものではない」
「そう。まあ、元気ならそれでいいけど……」
今日は奈々と茜、榊の全員が揃っていた。
茜に促されて、取り敢えずソファに腰掛ける。
それを確認して、ルナは口を開く。
「さて、今回の件は無事に片づいた。重傷を負った奴も居たようだが、それはさして問題ではない」
誰の事を言っているかすぐに分かったが無視する。
「問題なのは今後の対応だ。奈々と榊が集めてくれた情報によると、副会長と今日倒した男は何者かを追っていた」
「それは当然ながらルナではないのだよな?」
確認のために聞いてみると、ルナではなく奈々が答えてくれた。
「もちろんです。わたし達の工作は完璧です。そう簡単に尻尾は掴ませませんよ。第一、副会長達が別のものを追っていたのは間違いありません。奴らはルナ様の存在すら知りませんでした」
「奈々達はよく動いてくれている。それは疑っていない」
「お褒めにいただき光栄です」
ルナに褒められて奈々は嬉しそうにしている。
それを微笑ましく眺めていた茜が口を開く。
「仲が良いことは喜ばしい事ですが、それよりも問題は残ったままですね」
「そうだ。セイヴァーハンドに代わって、というわけではないが、その追っていた者を調べておく必要がある」
「その者がどんな人なのか。何を目的にしているのか。敵か味方なのか。それらを調べておく必要があるわけですね」
茜の言葉にルナは頷く。
「調査は榊を中心に動いてくれ」
「はっ。お任せを」
榊は了解の意を示す。
「よし。……さて、他に何かあるか?」
ルナが促すも口を開く者はいない。
「何もないようだな」
「そうですね。では、後はこちらで動いておきます」
茜がそう言うと、この場はお開きになった。
「あっ、そうだ。買い忘れた物があった」
唐突に奈々が思い出したようで声を上げる。
「君、暇でしょ? 荷物持ちお願いね」
「は? なんで?」
「いいから行くよ。それではルナ様、少し席を外しますね」
奈々に腕を引っ張られるまま、外へと連れ出される。
「一緒に行くから。引っ張るな」
そう言うと、奈々は素直に手を離した。
「行くよ」
「言われなくても行くよ……。それで、どこに行くんだ?」
「んーと……コンビニ?」
「コンビニ? それなら大した荷物にならないだろ」
「いいからいいから」
何がいいのか、よく分からない。
「それに君、その態度はいただけないなあ。女の子を一人で夜道を歩かせるなんてダメだよ。男の子なんだから、しっかりエスコートしないと」
「どの口が言うか。普段、夜に出歩いているくせに」
「あれはお仕事だからいいの」
「あーそうですか。もういいから行こう。どうせそこのコンビニだろ」
話していて面倒だと感じ始めたので、早々に切り上げる。
「その言い方、ムカつく。けどいいや。早く済ませてルナ様に会いたいし」
そうして、マンションの近くにあるコンビニへと向かった。
「なあ、直ぐに帰るんじゃなかったのか?」
コンビニの脇にある公園。
その一画に設置されたブランコに座り、同じくブランコに座る奈々に話し掛ける。
結局、コンビニで買ったのは肉まん二つだけ。
買い忘れた物があると言っていたのは何だったんだ。
「いいからいいから。君も肉まん食べなよ。冷めちゃうよ」
奈々は肉まんを頬張る。
美味しそうに食べるな。
せっかくなので、自分も肉まんを食べる。
「旨いな」
「寒い日にはいいよねー」
久し振りに食べた肉まんは格別だ。
完食するのに大して時間は掛からなかった。
「君に話しておきたいことがあるんだ」
食べ終えたのを確認して、奈々が切り出す。
「それが外に連れ出した理由か」
「まあね。ルナ様の前だと話しにくい内容だから」
ルナに聞かれたら困る話。
どんな内容なのだろうか。
「召喚の魔法ってさ。結構魔力を消費するんだよね。召喚するだけでも魔力を食うし、召喚したものを地球に留まらせるのにも魔力を多く消費する」
「ふーん。大変なんだな」
「他人事のように言うね。そういうのを見てると腹立たしいよ」
どうやらご立腹のご様子。
気に障ることでも言ってしまったようだ。
「君も召喚されている。それを自覚した方がいいよ」
「あっ……」
そういう事か。
「そういえばそうだった……。自分も召喚されているのだったな……」
「長時間に渡って君を地球に繋ぎ止めた。それも二日連続で」
「……」
「さらに言えば、ルナ様の使う修復の魔法も魔力を多く消耗する。君はそれも使わせた」
「……」
「ルナ様は気丈に振る舞っているけど、君が考えているよりも多くの負担が掛かっている」
考えたこともなかった。
ルナが当たり前のように毎日召喚する。
その際に、何か負担が掛かっているようには見えなかった。
「率直に言えば、君が存在するだけでルナ様に悪影響を及ぼす。……わたしが言いたかったのはそれだけ」
それで用は済んだと言わんばかりに奈々はブランコから立ち上がり、公園の出口へと向かう。
「おっ、おい……! 話はそれで終わりなのか?」
奈々は足を止めて、振り返らずに答えた。
「正直に言うとわたしは君のことが嫌い。だけど、それ以上にルナ様のことが大好きだし、その意思を尊重したいと思っている。だから、君に手出しはしない。口を出すのは、これが最後。今後どうするかは、君に任せる。せいぜいルナ様に嫌われることを願っているよ」
もう言うことはないとばかりに奈々は公園から去っていった。
それに少し遅れて奈々の後を追い掛ける。
「……なんで、わざわざ隣を歩くのかな? ここは少し後ろを不審者のように後をつけるのが普通だと思うのだけど」
「女の子一人で夜道を歩かせるんじゃなくて、エスコートしろって言っていたのはお前だろ」
「それでも距離感ってものがあると思います」
「それくらい分かってる。ただ、今のうちに言っておきたいことがあってだな」
「……なに?」
「奈々がルナを気遣う気持ちは分かるし、今回の件で自分が足手まといなのは理解した」
「じゃあ、もう二度と地球に関わらず、向こうの世界で一生を過ごしてくれるの?」
「最後まで聞け。それでもルナはこうして召喚してくれた。期待とは違う、何か理由があると思う」
「理由は分からないけど、とりあえずルナ様の気持ちに応えたいってわけ?」
「有り体に言えばそうだ」
「はあ、ダメダメだね……」
時間の無駄だったと言わんばかりの態度。
「……強くなりたい。いや、強くなる。何があっても、どんなことをしてでも、必ず強くなってみせる」
「ふーん。早死にしてくれると嬉しいのだけど」
酷い言い様だ。
本当に嫌われているんだな。
「期待してくれなくていい。自分の浅はかさはとうに理解している。だけど、ルナを守りたいという気持ちは本物だ。そのために強くなる」
「そう……」
奈々は顔を俯かせる。
彼女は何を思い、何を考えているのだろうか。
顔を上げると、笑顔がそこにあった。
「やっぱ、君のことは大嫌いかな」
「……」
なんでそうなる。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
「ああ」
リビングに入ると、茜が出迎える。
ソファに腰掛けて本を読んでいたルナはチラリと確認するだけだ。
「ルナ様ー、わたしがいなくて寂しくありませんでしたかー?」
読書中にも関わらずに奈々はルナに抱きつく。
「わたしは寂しかったですー」
「そうか」
ルナは嫌がる素振りは見せないものの、態度は素っ気なく読書に集中している。
「ルナ。頼みがあるんだ」
「頼み?」
奈々が抱きついたままの状態でルナは本から顔を上げる。
「鍛えて欲しい」
「奈々に何か言われたのか?」
「今日、向こうに戻されてからずっと考えていた。自分は力を手に入れて浮かれていただけで、何も見えていなかった。向こうでの戦い方は向こうで学ぶ。だから、地球での戦い方を教えて欲しい」
ルナの瞳を真っ直ぐと見る。
目を逸らさずに彼女の心に語り掛けた。
「どんな心境の変化があったかは知らないが、まあいいだろう」
「えー。そんなの放っておいて、わたしと遊びましょうよー」
案の定、奈々が拗ねる。
「そう言うな。戦力が増えた方が奈々も助かるだろ」
「わたしのためにですか! ルナがわたしの心配してくれるのなら仕方ありませんね。それにわたしの負担が減れば、ルナ様と一緒にいられる時間も増えますしね!」
「茜と榊も構わないか? 多分、二人に頼むことになるぞ」
ルナは茜と榊に確認を取る。
「私は構いません」
茜は声で榊は頷くことで了承する。
「そういうわけで、明日から絞られて来い」
「はい……」
自分で言っておいてアレだが、嫌な予感しかしない。
今回も読んで頂きましてありがとうございます。
今回は地球サイド、文化祭の話になりました。
地球サイドの話になりますとどうしても日常パートが長くなってしまう気がします。
やはり舞台が地球ってだけで書きやすいのでしょうか。
そんなわけで日常と戦闘、同じ世界でいながら相反するものが共生する話でした。
「05.セイレーン」の話でそれとなく明言していた気がしますが、委員長と主人公は兄妹になります。
本編にて二人が会話しますが、委員長は主人公のことを兄だと認識していません。
そのことに主人公は寂しさを感じますが、元気にしていることに安堵します。
二人の会話に何ら重要性もありませんが、どこかで会話させてあげたいと思い、今回の話に書きました。
これで主人公の心残りが一つ減ったことでしょう。
今回のサブタイトルは人名になります。
シャドウだとネタバレになってしまうかなと思い、敢えて人名にしました。
ジョン・ボイル。
主人公は彼に敵わず、一方的にやられます。
はっきりと明言しておきますが、今の主人公は弱いです。
もちろん最初の頃よりは強くなっています。
それでも弱いです。
今回の一件で主人公はそれを自覚しました。
作中で語った通り、基礎を学び終えてようやくスタートラインに立ったのです。
そして最後に強くなるためにルナに協力を仰ぎました。
この物語は彼の成長物語でもあるので、そこも楽しみにして読んで頂ければと思います。
最後に、榊の武器について解説したいと思います。
彼は一度死に、ルナの魔法によって天国から召喚されたアンデッド、天使になります。
天使と悪魔はそれぞれ天国と地獄より武器を一つ携えて召喚され、榊は「神の矛」という武器が該当します。
この神の矛は拳銃であり、銃弾を撃てます。
銃弾は如何なる守りも貫くことが可能で防御はもちろん、弾くことも絶対に不可能になります。
射程距離は予め設定されており、普通の拳銃と一緒。
射程距離まで飛ぶと銃弾は自然消滅。
一日に使えるのは六発まで。
撃つと二十四時間後に自動装填される。
簡単にまとめると、一日の使用回数が決められた防御貫通武器です。
神の矛には上記のような設定を作ってありましたが、死に設定なので気にせず忘れてもらって結構です。
取り敢えず、防御不可能の拳銃だと覚えていてもらえればと思います。
それでは、また次回の話も読んで頂ければと思います。




