04.サラマンダー
ー1ー
街を出て一週間。
草花が生い茂る草原の先に小さな村はあった。
「ここがアマテルの生まれ故郷なのか?」
五十軒程になる木造の家が乱雑に立ち並んでいた。
いくつか商店が点在しているが、建物のほとんどは住居だと見受けられる。
家々は古く、地面は一切舗装されていない。
開拓が進んでいないのが見て取れた。
「私はこの村で生まれて、五歳の頃までこの村で育てられました。両親が亡くなってからは、おじ様の家に引き取られたのです」
「そう……」
どう返事したらいいか困る話だ。
「気を遣わなくても大丈夫ですよ。小さい頃の話なので自分でも両親との思い出は曖昧なのですよ」
困惑していたのを悟られたのか、逆に気を遣われてしまった。
「まずは宿に向かう。村を回るのはそれからだ」
ローゲンは話題を切り替えるように入ってきた。
「村唯一の小さな宿になります。村を訪れる人は少ないので、いつ行っても部屋は空いているのですよ」
なんとも悲しい宿屋事情を聞きながら宿を目指す。
村人数人とすれ違ったが、その全員がアマテルとは顔見知りのようで気軽に声を掛けて来る。
話を聞いてみるとアマテルは年に数回は訪れているらしい。
なので、住人達はアマテルの顔を覚えているのだ。
村はそう広くなく、すぐに宿に辿り着く。
アマテルとローゲンが顔見知りというのもあってか、手続きに大して時間を取られずに、すんなりと部屋を確保できた。
聞いていた通り、宿は小さく部屋の大半が空室だ。
他人のことながら、儲かっているのか心配になる。
「私は友人に挨拶してきますけど、勇者様も一緒に来ますか?」
荷物を下ろしてから部屋を出ると、アマテルが声を掛けてきた。
「そうだな。せっかくだし一緒に行くよ」
「挨拶ついでに村の案内もしますね。それでは、おじ様行ってきます」
部屋に着くなり武器と防具の手入れを始めたローゲンに一声掛けて宿を出る。
「ここは雑貨屋です。何か旅に必要な物があるのでしたら、ここでお買い求めください。そちらが鍛冶屋ですが、整備の関係で持ち込みの依頼は補修と修繕くらいしかできません」
少ないながらもお店があるが、村のほとんどが畑を持った農家であった。
「あの大きい家が村長さんの家で、あちらに見えるのが少し小さいですが、この村の神殿です」
アマテルの案内で色々見て回る。
「こちらが共用の井戸です。勇者様も使っても大丈夫ですけど、使い過ぎには注意して下さい」
要所要所で説明してくれるが正直目新しい物はなかった。
完全に小さな農村である。
「ここが私の友人の住まいです」
他の家と同じ造りをしたとある民家までやって来ると、アマテルは玄関をノックする。
中から出てきた四十代前半と思わしき女性がアマテルを出迎えた。
「あら、テルちゃん。よく来たわね」
「ご無沙汰しております、おば様」
この女性はアマテルの友人の母親らしい。
自分も紹介してもらい、アマテルは話を続ける。
「それでポニィは居ますか?」
「ごめんなさいね。うちの子は今、村長さんに呼ばれて家に居ないの」
「村長さんにですか?」
「ええ、そうなのよ。詳しくは聞いていないから私もよく知らないのだけど、もしかしたら神殿に依頼を出すかもとか物騒なこと言ってたわ」
「依頼ですか……」
各街や村で対処に困った案件を神殿に依頼として届け出ることがある。
神殿を訪れた勇者候補がその依頼を受託するか判断し、依頼を引き受ければ、問題の解決に努める。
依頼を出した者は問題を解決できて、勇者候補は腕を磨けて路銀を稼げる。
双方にメリットがあるシステムとなっている。
勇者候補に出される依頼は討伐関係のモノが殆どだが、他にも採掘や採集、護衛といった様々なモノが存在している。
「テルちゃんは同行者になったのでしょう。悪いけど、村長さんの家まで様子を見て来てくれないかしら。もしかしたら無関係な話じゃないかもしれないし」
「分かりました。村長さんの家まで行って話を聞いてみます。何か力になれるかもしれませんしね」
「テルちゃんは立派に育っていいわね。うちの子も見習ってほしいわ」
勝手に話が進んでいるが大丈夫なのだろうか。
これは厄介事に巻き込まれそうな展開ではなかろうか。
ー2ー
村長の家に訪れると中が騒がしいのが、外にまで伝わってきた。
「騒がしいな」
「何かあったのかもしれませんね」
アマテルは中の騒音に負けじと強めに扉をノックする。
すると家の中は静かになり、少ししてから扉が開かれた。
「はいはい。どなたでしょうか?」
「ご無沙汰しております、村長さんの奥様」
家の中より現れた髪が白く染まった高齢の女性にアマテルは一礼して挨拶する。
「おや、久しぶりだね。せっかく来てもらったのに悪いけど、今取り込み中なんだよ。出直してくれないかい」
「実は私、勇者様の同行者になったんです。困りごとがあると耳にしたので伺いました」
「同行者に? それじゃあ、そっちの男の子が?」
こちらに視線を向けてきた。
「はい、勇者様です」
「どうも、初めまして」
訝しむようにジロジロと見てくる。
「……そうかい。勇者候補が来てくれたのならありがたいね。とりあえず中に入りな」
そう言って招き入れられた。
奥に行くようにと促され、村長の奥さんはお茶を用意するべく台所に消える。
促された先には四人の姿があった。
中央に細長い机が置かれ、向かい合うように座っている。
白髪の男性に、その横に中年の男性。
その二人と向かい合うように座る二人の人物。
肌が陽に焼けた三、四十代くらいの男性。
その隣に、先が折れた三角帽子を目深に被り、ローブを羽織った如何にも魔法使いって風貌をした少女が腰掛けていた。
「テル?」
魔法使いの少女が驚いた顔でアマテルを見る。
「久しぶりです、ポニィ」
魔法使いの少女の名前はポニィ。
反応を見るに彼女がアマテルの言っていた友人だろう。
「そっちの嬢ちゃんは見たことあるが、そっちの小僧は見ねぇ顔だな。嬢ちゃんの彼氏かい? 今取り込んでいるから彼氏紹介はよそでやんな」
中年の男性が絡んできた。
「いえ、違います。彼氏じゃないです」
アマテルが即座に否定する。
あっさりと。
きっぱりと。
テレているようにも見えない。
異性として見られていないのが嫌でも伝わって来る対応だ。
「小僧、フラレてやんの!」
挙げ句の果てに知らないおっさんに笑われる。
馬鹿にした態度に腹が立つも、抑え込む。
そこに村長の奥さんがお茶を運んで来た。
「彼が勇者候補で、アマテルちゃんが同行者になったそうなの」
「なるほど、勇者候補ね」
軽く自己紹介して手近な椅子に座る。
村長の奥さんは白髪の男性の隣に腰を下ろす。
ちなみにこの白髪の男性が村長だ。
その隣にさっき絡んできた中年の男性が村長の息子である。
向かいにアマテルの友人であるポニィに、肌が日に焼けた男性が村の警備隊長。
一同が席に着いたのを確認して村長が口を開く。
「実はですな、村の外れに小さな洞窟がありまして、その洞窟を抜けた先は湿地帯になっているのですが……。最近になってそこで『高位アンデッド』が出現するようになったんです」
度々アンデッドが出現するらしいが、その殆どが弱い部類に入るアンデッドであった。
だが、この村に訪れる商人が偶然その高位アンデッドに出くわしたそうだ。
高位アンデッドを一言で言えば強力なアンデッドである。
他のアンデッドとは一線を画す強さであり、討伐には危険を伴う。
話によると、その高位アンデッドと出くわした商人は襲われたそうだ。
襲い来る高位アンデッドを護衛に雇った者に任せて商人は逃げおおせる事ができたが、護衛は戻らなかった。
商人は高位アンデッドの存在を口にするも、初めは誰も信じてくれかなった。
ただの見間違いだ。
護衛が弱過ぎたった。
お金をせしめようしている。
高位アンデッドが現れた事のない地であったため、商人が騙そうとしていると言われる始末だ。
しかし、同じ出来事が何度も起こり、高位アンデッドが本当に出現したのだと村人達は気付き始めた。
「高位アンデッドつっても所詮はアンデッドだろ。だったらいつもみたいに警備隊で簡単に討伐できるだろうが。わざわざ依頼を出すまでもねーよ」
村長の息子が村の警備隊に討伐を薦める。
「アンデッドの強さはピンキリであって、高位アンデッドをそこいらのスケルトンと同じと考えるのは危険だ。先日偵察に出て行った同志が戻ってきていないし。今回のアンデッドは我々の手には余る。依頼を出すのが賢明だ」
警備隊長は依頼を出すようにと意見する。
村長は二人の話を聞いて頭を悩ませていた。
どうやら依頼を出すか出さないかで揉めているようだ。
「あんたはアンデッドの恐ろしさを知らな過ぎる! いいか、生まれたばかりのアンデッドは確かに弱い。だが、奴らは時間と共に成長していく。知恵を身に付け、武器を扱って魔法を行使する。そうなれば、我々の手に負えない」
「それは成長したアンデッドの話だろ。今回は最近出たばかりのアンデッドだ。まだ生まれたばかりの存在。あんたら警備隊が対処すればいいだけの話だろ」
「高位アンデッドは生まれた時から強いんだよ! 今回はその可能性があるから危険なんだ」
「そんなの可能性の話だろ! 高位アンデッドなんて、そう滅多に現れねえ。あの連中が勝手に高位アンデッドだと騒いでいるだけだ!」
「絶対に現れないとは限らないだろ! さっきも言ったが、警備隊で数名を偵察に行かせたのに彼らはまだ帰還していない。おそらくだが、殺された。それなのに残された警備隊で討伐なんて無謀にも程があるだろ!」
「んなの不意を討たれて殺られただけだ。しっかり準備して頭数揃えればなんとかなるだろ」
「そんなテキトーなやり方でなんとかなるわけないだろうがっ!」
「だから、しっかり準備しろってんだよ! テキトーがダメならしっかり準備するのは、ったりめーなことだろ! 根性が足りねえどころか、アタマも足りねえんだよ、この腑抜けた警備隊長が!」
村長の息子と警備隊長が延々と言い争いをしている。
周りの人間はもはや空気だ。
言い争う二人を前にして誰も止めようとはしない。
隣に座るアマテルも困惑しており、オロオロとしている。
そんなアマテルに対し、肘で軽く小突いて小声で話し掛ける。
「……少し聞きたいのだが。どうして依頼を出すのをあんなにも渋っているんだ?」
困っているのなら、サッサと依頼を出して解決すればいいのに。
「ここみたいな街の外れにある小さな村は依頼を出しても来てくれないのですよ。ですので、相場よりも高い報酬を出さないと依頼を引き受けてくれないのです」
なるほど、そういうわけか。
高位アンデッドが本当に存在するかも定かではないのにお金なんて掛けられないという事だ。
話を聞いた限り、今回は高位アンデッドが存在する状況証拠は揃っている。
状況証拠どころか目撃者もいる。
高位アンデッドの存在は疑いようがない。
だけど村長の息子は認められないでいるようだ。
「あとこれは、あまり大きな声で言えないのですが、この村はあまり豊かとは言い難いのです。それもあって依頼を出すのを渋っているのです」
この世界も地球と同じようにお金の問題があるのか。
村で解決出来るのなら、安く済むのでそれに越したことがないというのが村長の息子の意見で。
高い報酬を支払ってでも依頼を出して高位アンデッドを討伐するべきだというのが警備隊長の意見か。
お金があればここまで言い争いをしなくて済むのにな。
「……」
「……」
村長の息子と警備隊長は言いたいことを言い尽くしたのか、お互いに息を切らしながら睨み合う。
そこでようやく村長が口を開いた。
「……二人の意見は分かった。だが、せっかく勇者殿がいらっしゃっているのだ。どうだろうか、この村のために力を貸してくれないか?」
期待の眼差しをこちらに向けてくる村長。
話を聞いていて嫌な予感はしていたが、やはりそうなるか。
「村の警備隊も協力致します。警備隊長、それで構わないかの?」
村長は警備隊長に話を振る。
「ふむ、勇者と協力するのなら勝機もあるか……。それならば協力は惜しみません。我々、警備隊は手を貸しましょう」
断りづらい空気が構築されていく。
「お前はどう思う?」
村長は自身の息子にも話を振ってみる。
「そうだな……。色々と手間が省けるし、いいんじゃねえか」
思いの外、あっさりと了承する。
さっきまであんなに渋っていたのに、いきなり態度が変わったのが気になった。
「勇者様……」
横に座るアマテルが懇願するような瞳で見つめてくる。
綺麗な瞳は何も語らない。
だが、何を訴えているかは明白。
しばしの沈黙の末、息を吐く
「……分かりました。協力しましょう」
あとから聞いた話なのだが、依頼を出すにはこの村にある小さな神殿ではなく、街にある大きな神殿でなくてはいけないらしい。
依頼を出すにも人を派遣しないといけないので、それだけでも時間もお金も掛かり、仮に依頼を出せても手数料なんかでさらにお金を取られてしまう。
自分がこの場に居るだけで、色々と都合良かったようである……主に金銭的な面での話で。
村長の息子が急に態度を変えた理由に気付き、安く使われたなと後悔する。
知り合いということでさらに値切られそうな気がしてならない。
これが杞憂であってほしいが、どうなることやら。
ー3ー
今後の方針を具体的に決めるため、場所を移す事となった。
村長の家を後にし、警備隊の本部に向かう。
「あの、勇者さん……わたし、ポニィと言います。その、えっと……よっよろしくっお願いします……」
道中、アマテルの友人であるポニィから改めて紹介を受ける。
小さな声でしどろもどろに喋る内気な感じがする少女だ。
「こちらこそよろしく」
「どうも……」
それだけの会話を交わしてポニィは俯き黙り込んでしまった。
俯いたまま後ろに下がっていく。
すぐ後ろを歩くアマテルと合流し、そのまま会話を始めてしまった。
アマテルと会話する彼女は、自分に自己紹介した時とは打って変わって笑顔を見せながら話している。
二人を見ていると、ふとルナと奈々が仲良くしていた光景を彷彿させた。
そこで何故か違和感を覚える。
ポニィに対して違和感を覚えたが、それがなんなのかは自分でもよく分からないが、何かが引っ掛かた。
「ははっ、すみません。彼女は恥ずかしがり屋なので、人と話すのが苦手なんですよ」
警備隊長が話し出したので、違和感については一旦保留にし、そのまま警備隊長の話に耳を傾ける。
この村の警備隊について説明してくれた。
警備隊と呼ばれてはいるが、その実は森に入って狩りで獲物を仕留めたり、木の実などの採集をしているだけの団体との事。
村の外に出るついでに見回っているだけで警備らしいことは特にやってなく、たまにある警備の仕事はというと現れたアンデッドを討伐する程度。
「そのアンデッドもポニィが魔法で瞬殺してしまいまして……」
アンデッドが現れた時は、ポニィが一人で前に出て戦っているそうだ。
今のところ全戦全勝で、一度たりともアンデッドの侵入を許していない。
「確認ですが、この村で戦力になりそうな人はどれ程いるんですか?」
「この村の住人は魔法が扱えないわけではないが、攻撃魔法となるとポニィくらいしかまともに扱えないですね。自分も一応警備隊長という役職を名乗ってはいるが、畑を荒らす猪を追い払う程度しか能がないので」
それじゃあ、戦力になりそうなのは……。
「情けない話だが、戦力なるのはポニィ。彼女一人だけですな」
「……」
どうするんだよ、この依頼。
警備隊が協力してくれると言っていたが、これでは助力を期待出来ない。
高位アンデッドと戦った経験など皆無だ。
どれ程の力を持っているか未知数の相手。
それを自分達の力だけで討伐しなくてはいけない。
今更ではあるが、他の勇者候補に依頼した方がよかったんじゃないかと思えてきた。
むしろ、よく警備隊だけで解決しようとしていたな。
無謀にも程がある。
アマテルに今回の件に事について聞きたかったが、ポニィとの会話に夢中のようで聞きたくても聞けない状況だ
「ここが警備隊の本部兼自宅です」
辿り着いた警備隊長の家は他の家と大差がない普通の住居だ。
「遠慮しないで入ってくれ」
警備隊の本部の中は外観同様で普通の家だ。
平時なら警備隊員という名の狩猟仲間が集まって、お茶会やら飲み会やらをやっているのだとか。
だが、今は急ぎの案件があるためそんな事をしている余裕はない。
部屋を見渡すと、弓矢と長剣が無造作に置かれていた。
弓はよく手入れされているが、長剣の方は表面に薄っすらと錆が浮いており、手入れがなされていないのが見て取れた。
装備の手入れに余念がないローゲンがこの長剣を見て何を思うのか、想像するに難くない。
「さて、今後の方針だが、勇者ご一行に湿地帯の調査をしてもらうで構わないな」
警備隊長は確認で聞いたというより決定事項という口調だ。
「……それで構いません。けれど、それにはあなた方の協力が必要不可欠なので悪しからず」
嫌味っぽい言い方になってしまったが、せめて道案内くらいはしてほしい。
「無論、出来る限りの協力はしますよ。だが、過度な期待はしないでくれ」
これまで話を聞いた限りだと、ポニィ以外は戦力としては期待できない。
自分とそう歳が変わらない少女を前線に置いている。
その事に関して思う所はあるが、特に言及はしない。
話が長引くと、他にも面倒事を押し付けられそうだし、サッサと話を終わらせよう。
話し合いの末、翌朝から調査を開始することに決定した。
「明日は頼みましたよ!」
警備隊本部を後にする際、警備隊長の爽やかな笑顔でそう言われた。
彼からすれば厄介事を他人に押し付けられたのだ。
たとえ、調査中に不慮の事故があっても、もはやこの案件は他人の手に委ねられている。
責任を負うこともない。
咎められることもない。
気楽なものだ。
本人は気付いているかは分からないが、あからさまに態度に出ている。
腹立たしいとも思った。
しかし、アマテルの前で格好をつけた手前、あまり難癖をつける姿を見せたくない。
なぜ、そんなふうに思うのか。
簡単なことだ。
異性として良く思われたいがためである。
今回の調査で結果を出せば、彼女も自分を意識せざるを得ないはずだ。
根拠のない打算を頭の中に描きながら帰り道を歩く。
ちなみにポニィも一緒だ。
空を見上げると陽が沈みかけており、夕焼けに染まっていた。
「はあ……」
共に歩く二人には聞こえない程の小さな溜息が無意識に口から零れる。
警備隊からの応援は予想通りポニィのみ。
ポニィは攻撃魔法を扱えるようだが、どれ程の使い手なのかは分からない。
オドオドした態度を見ていると、正直戦力になるかも怪しいところだ。
明日は何かあったら、自分達だけで対処しなければダメだろうな。
そう考えると気が重くなる。
「今更だけど、ローゲンに相談しなくて大丈夫だったのか?」
「本当に今更ですね。でも大丈夫だと思いますよ。おじ様もこの村で何度もお世話になっておりますし、困っていたらきっと力を貸すと言ってくれますよ」
身内のアマテルがそう言うのなら問題ないだろう。
「ふむ……」
宿に戻り、一連の出来事をローゲンに報告すると短く返された。
怒っている感じもしないし、よかったと安堵する。
「話は分かった。反対はしない。だが、次からはせめて一言相談してから決めて欲しいものだ」
怒ってはいなかったが、軽く注意されてしまった。
まあ、当然と言えば当然の事だ。
相談をしなかった自分が悪い。
「お久しぶりです、おじさん」
会話が一区切り付いたのを見計らって、ポニィはローゲンに挨拶する。
「ああ、久しぶり。少し見ないうちに大きくなったな。以前会ったのは何年前だっただろうか?」
「ええっと、そうですね……。二年ほど前になります」
「もうそんなに経つのか。時間が流れるのが随分と早いな」
お互い顔見知りのようでポニィは怯えていない。
「明日はわたしも同行するのでよろしくお願いします」
「そうか、君も来るのか。それは心強い。こちらこそよろしく頼むよ」
挨拶を終えて、ポニィはアマテルを連れて去っていった。
アマテルはポニィの家に泊まるらしい。
いつも村を訪れた際は、ポニィの家に泊めてもらっているそうで、今回もそれに倣うそうだ。
「明日に備えて英気を養っておけ。明日は忙しくなるぞ」
「そうしたいところだけど、向こうでどうなる事やら」
その言葉で察したのか、ローゲンは呆れた眼差しを送ってくる。
当初は地球に召喚されるのを疑っていたが、この村を訪れる道中に何度か立ち会ってその疑いは晴れた。
「向こうで何をやっているかは知らないが、程々にな」
ー4ー
「アイスを買って来てくれ」
開口一番にルナはそう告げた。
「いきなり召喚しといてアイスかよ」
「何か文句でもあるのか?」
明日のためにも体力を温存しておきたい。
口答えせず、素直に従っておいた方がいいだろう。
「……分かった。買ってくればいいんだろ」
丁度、台所で洗い物を終えた茜からお金を受け取り、身支度を済ませる。
「さてと……」
おもむろにルナがソファから腰を上げる。
「一緒に来るのか?」
「笑えない冗談だ。おつかいぐらい一人で行け。私はこれから風呂だ」
「はいはい、そうですか。にしても、風呂か……」
そういえば、地球の風呂には長いこと入ってないな。
まあ、向こうのお風呂と大差ないのだけど。
「なんだ? 一緒に入りたいのか?」
「……………………遠慮しときます」
邪念を振り払うのに時間が掛かってしまった気もするが、気のせいだろう。
そもそも、邪念など抱かなかった。
久しぶりに日本のお風呂に入れるという誘惑に負けそうになっただけだ。
決してやましいことは考えていない。
「冗談だ。まさか、そんなに動揺するとは思わなかった」
「……動揺なんてしていないからな」
「どうだか」
その時、リビングの扉が開かれて奈々が入って来た。
「あれ? ルナ様、まさかお風呂ですか? ぜひぜひ、ご一緒させてください!」
ルナの前だとテンションが高いな。
というか、こっちはスルーですか。
「わたしがまたルナ様のお体を隅々まで洗って差し上げますよ!」
「それはもういい。今日は……そう、茜と入るから」
嫌がっている?
いや、恥ずかしがっているな、あれは。
ルナは茜の上着の裾を握り、助けを求める。
本人に言ったら殺されそうだけど、子供っぽいな。
「はい、今日は私がお背中を流しますね」
「そっかー、茜さんと入るならしょうがないかー。昔だったら三人一緒にはいれたのになー」
口を尖らせて露骨に残念がっている奈々を見て茜が微笑む。
「お二人とも成長して大きくなられましたから、あの浴槽ではちょっと手狭ですよね」
昔は三人仲良く入っていたのか。
この雰囲気、思い出話が始まりそうだ。
自分は完全に部外者である。
このまま居てもあれだし、さっさと買い物を済ませてこよう。
「風呂上がりに食べるから、それまでには帰って来い」
リビングから出て行こうとしたら、背後よりルナの声が飛んできた。
「りょーかい、できるだけ早く帰るよ」
エレベーターで階下に降りて、マンションから出る。
「コンビニは……どこだ?」
召喚されるようになってから外に出たのは初めてだ。
当然ながら、この辺り一帯の地理は知らない。
とりあえず周囲を見渡すと、少し離れた所にコンビニの看板が見えた。
「あった。歩いて三、四分だな。これくらいの距離なら自分で行けよ、まったく……」
コンビニに着くなり、すぐにアイスのショーケースに向かおうとするも、思い直して雑誌コーナーに移動して雑誌を手に取る。
生前に読んでいた漫画の続きが気になった。
マンションはすぐ近くだし、ルナがお風呂から上がるのには時間があるはずだ。
そう思って雑誌を立ち読みする。
一通り読み終えると、雑誌を閉じて棚に戻す。
さすがにじっくりとは読めなかったが、内容の確認は出来た。
正直、漫画のキャラが剣を振り回しているのを見て不思議な気持ちになった。
今までファンタジーだと思っていたのに、妙に親近感を感じる。
向こうの世界に行ったからそう思えるのだろうな。
さて、頼まれていたアイスを買って帰ろう。
コンビニでの商品の配置はどこも似たり寄ったりなので、どこにあるのかすぐに分かった。
ショーケースを前にして気付く。
何味がいいか聞いていなかった。
どれを買おうか……。
考えるも答えは出ない。
ルナの好みなど知らない。
適当に選んだ五種類のアイスを手に取る。
定番なやつを選んどけばハズレはないだろう。
商品をレジに持っていき、会計を済ませる。
レジを担当したのは、眼鏡をかけた男性だった。
大学生くらいだろうか?
名札には研修中の文字に「山根」と名前が書かれていた。
アイスとプラスチックのスプーンが入った袋を受け取り、コンビニを後にした。
ー5ー
マンションに戻るとルナと茜はまだ入浴中だった。
廊下を進み、扉を開けてリビングに入ると奈々が座禅を組んで精神統一していた。
「……何してんの?」
「……」
「なあ、おい」
「静かに」
「は?」
「いま、心の眼でお風呂を見ているから」
「……」
何してるんだ、コイツ。
「お前って馬鹿なの?」
「ルナ様の安全が最重要事項。こうしてルナ様の行動を逐一監視するのも大事な任務」
「……」
馬鹿というよりただの変態じゃないか。
「本当に見えているのか?」
「情報収集は得意なので、これくらいお手の物です」
「ふーん」
「信じてないようだね?」
「いや、信じてるよ」
正直どうでもいいと思っているので、テキトーに返事する。
「一応言っておくけど、君がコンビニで雑誌を立ち読みしてたのは知っているよ」
「……」
なぜ知っている。
まあ、コンビニからすぐに帰って来なかったからだろう。
コンビニで時間を掛けるのは立ち読みくらいだ。
当てずっぽうで言っているに過ぎない。
「もっと言えば、君が読んでいたのは一部の人達に人気があるニッチなファンタジー漫画で、ちょいちょいエッチなシーンが挟むやつでしょ」
「ニッチじゃないから! 普通に人気があるやつだから! たまーに、そういうこと言うやつがいるけど、人気あるからね!」
思わずツッコんじゃったけど問題はそこじゃない。
なんで読んでいた漫画を知っているんだよ。
「今回の話は主人公がヒロインのお風呂に突撃していたけど、男子ってあんなのがいいの? 普通にドン引きなんだけど。あと真似しちゃダメだからね」
こちらとしては、お風呂を監視していると公言している奈々にドン引きである。
「しない。しないよ。それよりもなんで知ってんの? 見てたの? ついて来てたの?」
「君について行くわけないじゃん」
「じゃあ、どうして知っているんだ?」
「さあ、どうしてでしょう」
怖い。
普通に怖い。
まさかと思うが、本当に心の眼とかいうやつで見えているのか?
「……ちなみに、ちなみにだけど、今ルナは何しているの?」
本当に見えているというのなら、ルナのお風呂も見えているのだろう。
「お湯で赤く火照った白い肌を洗っています。あっ、いま、その下半身を……!」
奈々が言いかけたその瞬間、ドライヤーの音が聞こえてきた。
ドライヤーで髪を乾かしているようだ。
「見えてねーじゃねえか」
「あれー、おかしいなー」
まあ、実際に見えていたら色々とあれだけど。
やっぱさっきの話も当てずっぽうで言っていただけだな。
危うく騙されるところだった。
「ところで、アイスはちゃんと買ってきた?」
「もちろん」
そう言って、レジ袋を差し出した。
「どれどれー、なにがあるかなー」
奈々はレジ袋を受け取るなり、すぐに中を確認しだした。
「なんかベタなチョイスだね。面白味がないというか。せっかくコンビニに行ったんだから、コンビニ限定のアイスを買えばいいのに」
無難なものを選んだつもりだったが不評のようだ。
「次からはそうするよ」
「うん、頼んだよー」
奈々はアイスを台所に持って行き、冷凍庫にしまい始める。
少しの間、リビングで寛いでいると髪を乾かし終えたルナがリビングに入って来た。
「なんだ、もう帰っていたのか。てっきり迷子になっているのかと思ったよ」
「あの距離で迷うわけないだろ」
ルナは軽口をたたきながら、お風呂上がり特有の火照った体にシャンプーの香りを纏わせている。
その姿に魅力を感じるも頭を振って邪念を振り払う。
こちらの葛藤は露知らずにルナはソファに体を沈みこませる。
「ルナ様はどのアイスがいいですか?」
奈々が告げるアイスの中からルナは食べたいアイスを選ぶ。
ルナが選んだのは砕いたチョコクッキーが中に入ったバニラアイスだ。
「はい、どうぞ、ルナ様」
奈々は冷凍庫にしまったばかりのアイスを取り出し、ルナに手渡した。
「それでは、わたしもお風呂をいただきますね」
髪を乾かし終えた茜がリビングに入ると、奈々は入れ替わるようにリビングから飛び出していった。
「なあ、奈々は情報収集が得意だと言っていたけど、そうなのか?」
「ああ、そうだが、それがどうした?」
「どうやって情報を集めているのか気になったんだ」
「情報収集に関しては基本、秘匿にするものだ。たとえ仲間であっても気軽に話すものではない」
教えてはくれないようだ。
どこから情報が漏れるか分からないし、教えてくれないのは当然ないか。
アイスを美味しそうに食していたルナがふと何かを思い出したかのように声を掛けてきた。
「そういえば、働かせてばっかで褒美をとらせていなかったな」
「褒美? いいよ、別に」
褒美を貰えるほど働いていない気がする。
「そう、遠慮するな」
プラスチックのスプーンで掬ったアイスをこちらに差し出してきた。
「えっと……」
「ほら」
「いいのか?」
「早くしろ、溶けるだろ」
「じゃあ……いただきます」
久しぶりに食べた地球の食べ物。
口に入ったアイスはひどく冷たかった。
口内の温度に耐え切れずに溶けて、バニラの甘さと香りが口の中いっぱいに広がっていく。
溶けずに残ったクッキーのかけらがバニラの甘みと噛み合って絶妙な美味しさを生み出す。
端的に言って美味しい。
「久しぶりに食べたけど、やっぱ美味しいな」
「そうか。美味しいのならよかった」
ルナは笑顔を見せた。
「……」
「なんだ?」
「……いや、なんでもない」
「そうか」
思わず見せた笑顔に思わず心臓が高鳴った。
不覚だ。
こんな生意気な子供相手に。
「……これって間接キスだよな」
「そうだな」
「そうだなって、お前……」
こういう事は女子は気にするものではないのか。
年頃ならなおさら意識したり、恥ずかしがったりするのではなかろうか。
だけど、ルナからはそういった素振りは見られない。
もっとも、ルナのそんな姿なんて想像出来ない。
「ああ、そういう事か。一応言っておくが、お前のことなど異性として見る以前に人とも思っていないからな」
「それはおかしいだろ。少なくとも人間ではあるぞ」
「人間が蘇るわけなかろう」
「ネクロマンサーがそれを言うか」
「ネクロマンサーだから言えるんだ。……なあ、お前は人間か? それともアンデッドか?」
「…………人間、のはずだ」
改めて問われると答えが詰まる。
「人間か……。お前はそう言うのだな」
ルナは食べかけのアイスに視線を落とす。
「どうかしたか?」
「……なんでもない……」
何かを気にしているように見えたのだが、気のせいか。
「それよりも、お前って呼び方は止めろ。私はお前の主だ。そんな呼び方は許さない」
そんな呼び方で呼んでいたっけと思い返すと、たしかにルナのことをお前と呼んでいた。
「奈々や茜みたいにルナ様って呼べってことか?」
ルナは身震いをする。
それはアイスを食べて体が冷えたからではない。
「……何故だろう。お前に様付けで呼ばれると悪寒がする」
悪かったな。
「では、敬称なしで呼ぶのはどうでしょうか?」
茜の提案に自分は賛成だ。
ルナに敬称を付けて呼ぶのは違和感があるから、奈々や茜のようにルナ様なんて呼びたくなかった。
「呼び捨てか。まあいいだろう、様付けで呼ばれるよりはいい」
許しが出たので、これからはルナと呼ぼう。
呼び方に納得したのか、ルナは会話を終えてアイスを口に運ぶ。
美味しそうに食べるな。
口の中に残る仄かなバニラの味。
働いた対価に見合うかは分からないが、初めて貰ったささやかなご褒美。
ささやかではあるが、結構嬉しいものだな。
ー6ー
翌朝、装備を整えて警備隊の本部である警備隊長の家に向かう。
「体調や装備に問題ないか?」
宿を発つ際、ローゲンが確認してきた。
「問題ない、バッチリだ」
宿から警備隊長の家に到着すると、すでにアマテルとポニィが来ていた。
「おはようございます、勇者様。昨日はよく眠れましたか?」
「おはよう。ぐっすりと眠れたよ」
「では、体調はバッチシですね。今日は頑張りましょう!」
玄関が開き、警備隊長が姿を現した。
腰に剣を差し、背に矢筒を担ぎ、弓を片手に持っている。
「全員揃っているな。出発するぞ」
「あれ? 警備隊長もついて来るのですか?」
「洞窟の入口までお供しますよ」
出立前の挨拶に来ただけだが、どうやら途中まで同行してくれるようだ。
正直、ポニィが案内してくれるのなら警備隊長が居ても居なくても大して変わらない気がする。
「さあ、行こうか」
村を出て、山の麓あたる森に入っていく。
「まずは、この森の先にある洞窟を目指す。ついて来てくれ」
道案内の警備隊長を先頭に森の中を行進する。
警備隊長の後ろに自分、ポニィ、アマテル、ローゲンの順で続く。
後方の警戒は最後尾であるローゲンに任せて、自分は前方に集中する。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。この辺りにアンデッドは現れないから。仮に現れたとしても弱いヤツですし。この面子なら問題ないでしょう」
この森に詳しい警備隊長はそう言うも、警戒を解くことは出来ず、おっかなびっくりに進む。
木と木の間隔は広く、二列になっても窮屈せずに移動できそうなほどに空けている。
場所によっては木々が生い茂っているが、今通っている道はそうでもない。
これだけ見渡せられる範囲が広いと、アンデッドが居たらすぐに気付く。
そこまで考えてようやく警戒を緩められた。
「まさかローゲンさんが冒険者に復帰するとは思わなかったな。やはり、姪っ子さんが心配でか?」
道中、警備隊長がローゲンの冒険者復帰を話題に話し掛けてきた。
「そんなところみたいです。本音だと、アマテルには街で静かに暮らして欲しいみたいですけど」
「あの子は見掛けによらず、昔からやんちゃだったからな。外に出たいと言い出すのも分かる」
「やんちゃですか。今の姿からは想像出来ませんね」
「昔と比べれば落ち着いてはいるが、今でも充分やんちゃなんだがな。……ああ、でも、そうか……あれがあったから同行者に志願したのか。にしても、あれから十年経つのか。時が経つのは早いな」
十年?
何の話なのだろうか。
「十年前に何かあったんですか?」
「なんだ、知らないのか? 十年前に大規模なリッチー討伐作戦が決行されたんだ。討伐は失敗に終わって、討伐隊は壊滅。ローゲンさんはその時の生き残りだ」
「……」
「帰還したローゲンさんは冒険者を引退した。時折、頼まれてアンデッドの討伐に出向くことはあったみたいだが、街で静かに暮らしていた。あの人も色々あったみたいだ」
討伐隊には当然ながらローゲンの仲間もいたであろう。
だが、討伐隊が壊滅したということは、ローゲンの仲間は……。
「ほら、見えてきたぞ。洞窟の入口だ」
出発してから一時間、特に何も起こらずに中継地点である洞窟の入口に辿り着いた。
「そいじゃ、同行するのはここまでだ。ここから先はポニィがついて行きますんで。後は頼んだぞ、ポニィ」
「はい」
警備隊長は去っていき、ここからは四人となる。
「ここからは慎重に行くぞ」
荷物から松明を取り出し、火打ち石を使って火を点けようと試みる。
中々、火が点かずに苦心してるとポニィが声を掛けてきた。
「あの……その……火、わたしがつけましょうか?」
「えっ? ……じゃあ、お願いしようかな」
ポニィは松明の先端に向けて杖をかざすと、あっさりと火が点いた。
「今のって魔法なのか?」
「魔法、です。初歩の初歩……。基本中の基本……」
ポニィに感謝を述べ、松明を片手に洞窟に侵入する。
「道はポニィが把握しているのだよな?」
進みながらポニィに確認を取る。
「うん……わかる。まずは分かれ道があるところまで行って」
「了解」
やがて、入口から射し込む太陽の光が確認できなくなる。
こうなると視界は闇に包まれて、松明の明かりだけが頼りだ。
松明の火が消えないことを願っていると、ふと火が灯る。
火の玉だ。
道先を照らすように火の玉が浮かぶ。
この火の玉は?
振り返ると、ポニィが杖をかざしていた。
「たいまつ……だけだと心細いかと思って……」
こんな魔法もあるのか。
「助かるよ。松明だけだと心配だったから。でも、このまま魔法を使い続けて平気なの?」
旅の最中、何が起こるか分からない。
道中に魔法を使い過ぎて、いざという時に魔法が使えないのは間抜けな話だ。
魔力を温存するのは大事である。
まあ、ローゲンが言うには魔力の温存は大事だけど、魔法を渋って全滅の方が洒落にならないと言っていた。
「だいじょぶ。この程度の魔法、たいして問題にならない」
魔法については詳しくないが、使う本人が問題ないと言っているのだからそうなのだろう。
「最初の分かれ道だ。これはどっちに進めばいい?」
「右」
その後も分かれ道に幾度か辿り着き、その都度に道を尋ねるを繰り返す。
洞窟の中は広く、結構な距離を歩く。
「もうすぐで湿地帯に出られるな」
「そうなの?」
ローゲンの情報を聞き、ポニィに尋ねてみる。
「うん……。つぎのわかれ道、その先にある」
思っていたよりも早く目的地に辿り着けそうだ。
高位アンデッドが目撃されたのが湿地帯である。
今は場所を移動しているかもしれないが、ひとまず目撃現場を目指す。
それにしても、周りが見え難いだけで注意深くなるんだな。
松明の灯りや火の玉が届かない暗闇から、いつアンデッドが飛び出してくるか分からない。
長時間に渡って注意深く行動しているため、体力だけでなく精神力の消耗が激しい。
だけど、湿地帯が近いということは洞窟の出口が近いということだ。
この注意深く行動しているのに終わりが見えただけでも気が楽になる。
実際は湿地帯に出てからが本番ではあるが。
そうこうしているうちに広間に出た。
「道が五つに分かれているな。どの道だ?」
「そこ……」
ポニィが指で指し示したその時、分かれ道の一つから足音が聞こえてきた。
カツンッカツンッと歩く音。
その音を耳にして即座に鞘から剣を抜き、警戒する。
松明を突きだし、音のする通路を照らす。
ごくりと息を呑む。
背後にいる仲間達からも緊張感が伝わってくる。
件の高位アンデッドだろうか。
警戒をしながら待ち構える。
暗がりより現れたのはスケルトン。
装備もしていない低位のアンデッド、簡単に倒せる敵だ。
高位アンデッドではなくてひとまず安心する。
「お願い」
「はい」
松明を後方にいるアマテルに預けて剣を構える。
スケルトンは声にならないうめき声を上げながら襲い掛かってきた。
こちらを掴もうとする二本の腕を剣で払う。
後ろに仰け反ったところを急所である魔臓石を剣で突き刺す。
魔臓石を砕かれたスケルトンの体も砕け散り、灰になって土へと還っていった。
この程度の相手なら一人で何とかなる。
剣を鞘に納めようとしたら、耳がさらなる不穏な音を拾う。
足音が鳴り響く。
「なんだっ?!」
カツンッカツンッとそれぞれの通路の先から響いてくる。
一体や二体ではない。
数多の足音。
足音は反響し、広間にも響く。
「後ろからも来るぞ」
後方を警戒しているローゲンから悪い情報がもたらされる。
後ろからも来るということは、来た道を引き返せない。
「応戦するしかないか」
無数に響く足音は敵の数が尋常じゃないのを物語っていた。
こっちは前衛が二人、後衛に神官が一人に魔法使いが一人。
前衛の二人だけで凌ぎきるのは無理がある。
しかも、前方と後方に分かれるため、実質一人で敵を抑えなくてはならない。
ローゲンの助けを期待出来ない状況だ。
自分一人でどれ程の数を相手に出来るか分からないが、やるしかない。
「あの、すみません……」
消え入りそうな小さな声でポニィが尋ねてきた。
「どうした?」
「その、引き返さないで、湿地帯にすすむ。で、いいの?」
「えっ? ああぁと……そうだな。それはこの戦いの結果次第だけど、基本方針は湿地帯にいる高位アンデッドの調査だな」
そんな事を今確認してどうするんだ?
「わかりました。勇者さん、わたしに任せてくれませんか?」
ポニィの瞳は力強く煌めいていた。
自信を秘めた瞳だ。
ここは彼女に任せてみよう。
「現状を打破できるのならなんでもいい。任せるよ」
ポニィは力強く頷く。
そして、杖を構えて静かに瞼を閉じる。
魔法が発動する前兆だろうか、彼女をを中心に冷気が漂い出した。
ひんやりとしていた洞窟が冷気によってさらに冷え込む。
ポニィはカッと見開き、杖を突きだした。
魔法が発動する。
白い冷気を放ちながら現れたのは半透明の水色をした氷の壁。
現れた氷の壁は一つではなく四つ。
自分達が通ってきた通路と湿地帯に通ずる道以外の通路を塞ぐように氷の壁が出現したのだ。
現れた氷の壁は通路を完全に塞ぐ。
「これで敵の数は減ります」
残った通路は二つ。
これなら、いける。
「ローゲン、後ろを任せても?」
「言われずともそのつもりだ。お前も下手を打つなよ」
「ああ、気を付けるよ、もう死ぬのはこりごりだしな。アマテルとポニィは真ん中で待機。必要に応じて援護を頼む」
「任せてください」
アマテルは威勢よく返事をして、ポニィは小さく頷いた。
無数の足音と共に現れたのはスケルトンの群れ。
だが、現れたスケルトンの殆どが氷の壁に阻まれて進行を止めていた。
氷の壁を引っ掻いているが、氷の壁はびくともしない。
スケルトンに混じって、内臓が剥き出しになったゾンビを確認するが直視しないように努める。
あんなグロテスクなものを見たくない。
中には錆びた剣やら折れて柄の長さが中途半端になった槍などの武器を手にしているスケルトンがいた。
ああいう武器持ちは知恵を身に付けているので厄介と聞いている。
気は抜けられない。
いや、元より命懸けの旅だ。
気を抜いたら殺される。
死ぬ。
死にたくなければ気を抜くな。
アンデッドの群れが間近まで迫り、戦闘が始まった。
ー7ー
錆びた剣を持ったスケルトンが剣を振りかざす。
綺麗に磨かれた銀色に煌めく剣で赤く錆びついた剣を正面から受け止める。
強い衝撃が剣を通して手に伝わってきた。
筋肉がない骨だけのくせにこちらと同じくらいの腕力がある。
剣を引き、再度斬りかかってくるが、今度は剣で受けずに体を横に動かして躱す。
スケルトンが前屈みになったので魔臓石が間近に迫る。
その隙を逃さずに魔臟石を一突きして仕留める。
まずは一体。
次にスケルトンが三体同時に勢いを付けながら突進してくるのが見えた。
ギリギリまで引きつけてから後方に飛んで距離を取る。
勢いそのままに突進してきたスケルトン同士が目の前でぶつかり合う。
自らが生み出した突進力によってお互いの体を粉砕させるが、骨の体を粉々にさせてもスケルトンは動き続ける。
例え頭部を失おうとも手足の骨を折れても魔臓石を破壊しない限り動き続けるのがアンデッドだ。
確実に仕留めるには魔臓石を破壊しなくはならない。
骨の残骸に転がる魔臓石をまとめて剣で破壊する。
これで四体。
息つく暇もなく、次の敵が迫っていた。
ゾンビ。
命を失い、自らの体が朽ち果てても動き続ける亡者。
志半ばに力尽きた冒険者の成れの果てかもしれない。
アンデッドであるため、弱点はスケルトンと同じの魔臓石だ。
人間の心臓にあたる部分に魔臓石はある。
眼前にいるゾンビもその胸に魔臟石があるはずだが、それよりも腹部からは黒ずんだ内臓をぶら下げてる方が目に付く。
本当にゾンビは目に毒だな。
体の殆どが腐っているのだろう、腐敗臭が酷い。
思わず鼻を摘まみたくなるが堪える。
このままの姿にするのは忍びない。
早いところ楽にしてやろうと、動きの鈍いゾンビに剣で攻撃を仕掛ける。
だが、突如としてゾンビの腹を突き破って槍が生えてきたのだ。
いきなり現れた槍を躱すことが出来ずに、腹部に突き刺さる。
「ぐうっ!?」
思わぬ攻撃で後ずさると深くは刺さっていなかったのか、槍はすぐに腹部から抜けた。
刃物を抜いたことにより腹部から血が溢れ出る。
止め処もなく流れる血が服を赤く染めていく。
「勇者様っ!」
後方でアマテルが叫ぶ。
ゾンビが追い打ちをかけようと腕を振るが、幸いにして腹部を突き破る槍がつっかえて攻撃が届くことはなかった。
なぜいきなり槍が現れたのか。
後退したことによってその理由が判明した。
ゾンビの後方に位置していた柄が折れて中途半端な長さの槍を持つスケルトン。
奴がゾンビを隠れ蓑にして死角より槍を突いてきたのだ。
小賢しい。
知恵を持ったアンデッドは厄介だと話は聞いていたが、こんな小細工を仕掛けてくるとは夢にも思わなかった。
槍持ちのスケルトンはゾンビから槍を引き抜き、ゾンビを解放する。
腹部に穴が空こうとアンデッドは死なない。
不死の体を利用した攻撃に敵ながら感心した。
自由になったゾンビは当然ながら手負いになったこちらに向けて襲い来る。
壊死した指で皮を引き剥がそうと。
折れた歯で肉を噛み千切ろうと。
がむしゃらに攻撃を繰り出すゾンビの猛攻を剣で受け止める。
傷が痛む。
血が溢れる。
腹に力が入らずに押されていく。
ゾンビは剣の刃を掴み、手に傷がつくのも構わずに力一杯に剣を押し退けようとする。
それを阻止するべく踏ん張るも、単純な力比べでは敵わなかった。
剣が押し退けられて守りがなくなり、がら空きになった頭部を狙ってゾンビが折れた歯で噛みつこうとしてくる。
間近に迫り、ゾンビの腐敗臭が強烈になるが、そんな事に構っていられない程に状況は切迫していた。
首を左右に動かしてゾンビの噛みつきをなんとか回避する。
このままではいずれやられる。
なんとかしなくてはと思ったが、突如としてゾンビの首が爆ぜた。
正確に言うなら、後方より飛来してきた火球がゾンビの頭部を直撃したのだ。
ゾンビは頭部を失っても暴れ続ける。
さらに後方から飛び出してきた剣がゾンビの胸部を貫く。
ローゲンだ。
後方で戦っていたはずのローゲンが加勢に来てくれたのだ。
ローゲンの剣は魔臓石を正確に貫いていた。
ゾンビの体は灰になり、割れた魔臓石が地面に転がる。
残った槍を持ったスケルトンが槍を振るうが、アマテルが錫杖で受け止めた。
アマテルが攻撃を引き受けてできた隙を狙ってローゲンが攻撃を繰り出す。
魔臟石を正確に狙った一撃を受けて槍を持ったスケルトンは灰になって土に帰る。
終わった。
二人に助けられた。
いや、三人か。
後方を見やると杖を構えたポニィの姿があった。
ゾンビの頭を吹き飛ばしたのは彼女の魔法だ。
「ありがとう、助かった……」
助けてくれた仲間達に感謝を述べる。
「反対側は大丈夫なのか?」
「ああ、向こうのアンデッドは一掃した」
反対側で戦っていたローゲンは傷一つ付けられずにアンデッドの集団を一掃したようだ。
さすがだ、やはり年季が違う。
「勇者様、急いで治療しますね」
アマテルが治癒の魔法で腹部にできた傷の治療に取り掛かる。
傷口は塞がっていき、流血は治まった。
「とりあえず、この場から離れるぞ」
傷が癒えるのを確認したローゲンは場所を移すのを提案する。
異論は出なかった。
それは当然だろう、氷の壁で塞がれているとはいえ、その先では無数のアンデッドが蠢いている姿が見えるのだから。
ー8ー
「勇者様、お怪我の具合は大丈夫ですか?」
負傷したのを気にかけてくれているのだろう、アマテルが声を掛けてきた。
「アマテルのおかげで治ったから平気だよ。ただ、少し鈍痛がするかな」
「そうですか……。治癒の魔法は傷を塞ぐだけですので、体の調子が悪い時は言ってくださいね」
アマテルの言う通り、治癒の魔法の効果は傷を塞ぐだけである。
流れた血は失ったままだし、ゲームのように体力が回復するわけではない。
ついでに言うと腕や足など体の一部を失った場合も傷が塞がるだけで、腕や足が生えてくることはないらしい。
治癒の魔法は万能の魔法ではないが、やはり勇者候補や冒険者にとって重宝される存在である。
傷が塞ぐだけでも生き延びられたり、危機的状況を打破できたりするものだ。
心配してくれているアマテルに再度感謝を述べて歩みを進める。
広間を抜けてしばらく進むと視線の先で光が射し込み始めた。
洞窟の出口。
外に出ると、辺りは霧が立ち込めていて遠くを見通せない。
木々が乱立しているのが辛うじて見える程度だ。
地面はぬかるんでいるし、湿度が高いのかジメジメとしている。
「霧でよく見えないな」
五メートル先が辛うじて見える程度で、その先は何も見えない状況だ。
これではアンデッドがいた場合、どこから姿を現すか分からない。
ローゲンはここまで霧が立ち込めているとは予想外だったようで苦い顔をしている。
「湿地帯と聞いていたから、ある程度は予測していたが、まさかこんなにも霧が濃いとはな……」
引き返すべきか、進むべきか。
果たして、どちらの選択が正しいのか。
「これ……魔法だ」
「魔法?」
ポニィによると、この霧は魔法によって引き起こされた現象だという。
「霧から、魔力が感じられる」
「魔力が感じられる?」
どういう事かとアマテルに聞いてみるが、困った顔をされてしまう。
「すみません……私は魔力感知は不得手なので……」
魔法にも得手不得手があるのか。
そんなこちらの様子をポニィがジッと見ているのに気が付いた。
なんだろうと疑問に思ったが、こちらの視線に気付いたのか、ポニィは視線を逸らす。
なんだったのだろうか?
あまり好意的な視線ではなかった気がする。
何か変なことでもしていたのだろうか。
まさか、奈々みたいなキャラではないだろうかと考えるも、さすがにそんなわけないか。
「霧の魔法か……」
術者はやはり例の高位アンデッドなのだろうか。
今回は調査が目的だし、ここは少し様子を見るべきか。
「ひとまず休憩をとろう。少し時間が経てば霧が晴れるかもしれないし」
周囲への警戒が必要なので見張りと分かれて、交代で昼食をとる。
先にアマテルとローゲンが休み、自分とポニィが見張りをすることになった。
「それじゃ、少し周りを見ているよ」
そんなわけでポニィと共に周囲を警戒しているのだが、どうも落ち着かない。
昨日会ったばかりで交わした会話は挨拶程度だ。
ほぼ初対面に近い。
そんな彼女と二人きり。
これが思った以上に気まずい。
「……」
ポニィからは口を開こうとしない。
話をするのならこっちからか。
「さっきはありがとう。おかげで助かったよ」
さっきの戦闘で助けてくれたことのお礼を伝える。
「いえ……気にしないでください……」
傲慢も謙遜もなく、小さな声で応じられた。
「治癒の魔法は見たことあったけど、攻撃系の魔法は初めて見たから感動したよ」
「そうですか」
また小さな声で、しかも短く応じられる。
会話はここで終わってしまった。
「……」
「……」
会話が続かない。
チラリとポニィを見やるが先の折れた三角帽子を目深にかぶっており、視線を合わせようとしてくれない。
ポニィの横顔をそのまま見つめる。
それにしても、この顔。
どこかで見た気がする。
「……なんですか?」
さすがに気に障ったのか、不機嫌そうに声を上げた。
「いや、なんというか……、前にどこかで会ったことないか?」
「え? ……昨日、はじめて会った、と思います」
「そう、だよな……。昨日が初対面のはずだよな」
昨日がポニィと初対面のはずなのは間違いない。
けれど、なぜか納得できない。
どこか別の場所で会った気がする。
どこかで見た気がする。
これが俗に言う既視感、デジャヴとかいうやつなのか。
「……旅は、大変ですか?」
「えっ?」
今度はポニィの方から話し掛けてきた。
まさか話し掛けられるとは思わなかったので、一瞬戸惑う。
「ああと、旅ね。そうだな……旅に出たばかりだから、まだ何とも言えないかな」
「そうですか……」
「……」
「……」
終わってしまった。
今の会話はもう終わりなのか?
まあ、今のは自分の返答が悪かった気もするけど。
「テルは……」
よかった、まだ続くみたいだ。
「……テルは、いい子。いい子なので、無茶をさせないで」
テル。
ポニィはアマテルのことをそう呼んでいる。
愛称で呼ぶのはそれだけ親しいという証だ。
「アマテルは無茶をするタイプではないと思うけどね」
「そう、見える? テルは、だれよりも明るくてがんばり屋さんで努力家。いつもまわりに気をつかって、無茶する。自分がキズついてもお構いなしに……」
いつも明るく振る舞い、周りに気を配る。
そして、自らを犠牲にして他人に尽くす。
それがアマテルだとポニィは言う。
「本当なら……テルは、旅に出るべきじゃない」
旅に出るべきじゃない。
それはどういう意味だろうか。
「それって……」
「ポニィ、勇者様、そろそろ交代しましょうか」
先に休憩をとったアマテルがローゲンと共に歩み寄ってきた。
「問題はないか?」
「今のところ異常はないよ」
「そうか」
アマテルとローゲンに見張りを任せて休憩に入る。
洞窟の出入口付近で腰を下ろし、昼食をとることにした。
荷物から村で買ったサンドイッチを取り出す。
ベーコンとレタス、トマトが挟まれたオーソドックスなサンドイッチだ。
ポニィも近場に座り、昼食を食べ始めた。
すぐ隣に座るではなく、少し離れた位置に座っている。
近寄り過ぎずに、離れ過ぎない絶妙な距離だ。
「……」
「……」
お互いに会話はなく、黙々と食事をとる。
「……」
「……」
静かだ。
会話がないから当然のことか。
サンドイッチを食べ終わり、ポニィが終わるのを待ってから切り出した。
「なあ、さっきの話だけどアマテルが旅に出るべきじゃないってどういう意味だ」
「……意味もなにも、そのままの意味」
「そのまま? つまりアマテルが旅に出るのに向いていないって事?」
「そう」
「なんで?」
「……」
黙り込んでしまった。
待てば何か話すかなとも思ったが、その気配はない。
理由としてありそうなのが、友人が危険な目に遭ってほしくないとかだ。
だが、どうもそれだけではない気がする。
肝心のポニィが話す気がないようなので確認のしようがない。
「話が変わるけど、魔法って地球から来た勇者候補でも使えるのか?」
今まで気になっていた魔法について聞いてみる。
「使える。ただ本人の素質にもよる」
「へえ、自分も魔法使ってみたいんだけど、素質あるかな?」
ポニィは顔を少し上げて、先の折れた三角帽子の陰からチラリとこちらを窺うが、すぐに顔を伏せてしまう。
「……さあ、わたしには、わからない。けど……」
「けど?」
「旅を続けるなら、加護の魔法くらいは使えたほうがいい」
「加護の魔法? それはどんな魔法なんだ?」
当然ながら加護の魔法について何も知らない。
なので、ポニィに尋ねてみる。
「……簡単に言うと各々が持っている魔法属性を自身に作用させる魔法であって、その作用は魔法属性よって異なるの。魔法属性ごとに特徴というか特色があって、その恩恵が得られる魔法であるし、その全てがプラスに作用するものであってマイナスで作用するものはないから覚えておいて損がないのであって、あと魔力の消費が少ないのも特徴。攻撃魔法が苦手な人でも加護の魔法だけ使えるって人も結構いる。覚えやすい魔法だし、基本の一つで、あと他にも……」
いきなり饒舌に語り出したポニィに驚いた。
ポニィもそんなこちらに気付いたのか、言葉を止めて俯く。
「ごめん……」
「うん……気にしなくていいよ」
正直、何を言っているのかよく分からなかった。
けれど、それはわざわざ言うべきじゃないだろう。
「それで、その加護の魔法は訓練すれば誰でも使えるようになるのか?」
「……加護の魔法は、魔法の基本、基礎の一つ。大抵の人は、すこし訓練すれば使える」
「よければ今度、魔法の使い方教えてくれないか」
「……」
また黙り込んでしまった。
引っ込み思案な女の子には無理なお願いだったか。
「無理ならいいんだ。今のは忘れていいから」
「……ごめんなさい」
こちらが無理言っているのだから謝らなくていいのに。
「気にしなくていいから」
「うん……」
気にさせちゃったかな。
「実は以前にもアマテルに同じお願いをしたんだけど、断られちゃって……」
「……」
「その時に言われたんだ。魔法が得意な優秀な友人がいるから、彼女からアドバイスを貰うといいって。名前は言わなかったけど、それってポニィのことだったんだな」
顔を伏せて視線を合わせようとしていなかったのに、話の途中から顔を上げて、ポニィはこちらを凝視する。
「誤解しないでくれよ。別に魔法を教えてくれないから嫌味を言っているわけじゃない」
「ちがう。そうじゃない。優秀……、本当にテルがそう言ったの?」
「ああ、言ってたよ」
「そう……」
そして、また顔を伏せてしまった。
物憂げな表情をしている。
何か変なことでも言ったかな?
ポニィはそれ以上何も語らず会話は終了した。
ー9ー
「霧、晴れませんでしたね……」
アマテルが残念そうに周囲を見渡す。
霧が晴れるのを期待して休憩をとったのに、霧が晴れることは叶わなかった。
「むしろ、さっきより濃くなっている気がするな」
「どうしましょうか、勇者様」
「うーん……」
どうしようか迷っているとローゲンが何かに気が付いた。
「静かに」
警戒の声を発する。
「ローゲン?」
何かあったのか?
霧の先に向けられたローゲンの視線を追ってみる。
注意深く観察していると、霧に紛れて何かが近付いて来るのが見えた。
「アンデッドか?」
霧に阻まれて影しか見えず、近付いて来る者の姿を確かめられない。
「分からない。だが、警戒は怠るな」
アマテルとポニィを背後にやり、警戒する。
霧のスクリーンに映し出された影が増えていく。
「多いな。敵なら厄介だぞ」
霧より現れ出たのは蜥蜴の顔と体をした二足歩行する人間大の生物。
「リザードマン……」
背後のポニィが呟く。
「リザードマンって?」
視線を外さずに隣のローゲンに尋ねる。
「奴らの種族名だ。蜥蜴人とも呼ばれている」
現れたリザードマンは八体。
霧に隠れてまだ居るかもしれないが、確認できた数はそれだけだ。
中央にいる全身に皴を刻んだ一際小さい老いたリザードマンが合図すると、隣に立つスラリとした長身のリザードマンが姿勢を低くした。
それから老いたリザードマンが耳打ちをする。
「何をしているんだ?」
「さあな」
長身のリザードマンは一歩前に出て告げた。
「ニンゲン、去レ。コレヨリ先、ワレラノ地ダ」
この先はリザードマンの領地だと主張を始めた。
突然のリザードマンの登場に、どう対処をしたらいいか判断がつかないでいると、ローゲンが一歩前に出て話し掛ける。
「我々はあなた方リザードマンを害しに来たわけではありません。それに、この先はあなた方の領地。立ち去れと言うのならすぐに立ち去ります。ですが、立ち去る前に話を聞かせてほしい」
人間の言葉を話せるのなら会話で意思の疎通ができるはず。
ローゲンの言葉を聞いた長身のリザードマンは老いたリザードマンの方に振り返る。
老いたリザードマンは考える素振りを見せたが、すぐに長身のリザードマンに向けて頷く。
それで許しが下りたのだろうか、長身のリザードマンが再び口を開いた。
「話セ、ニンゲン」
「感謝します。我々はこの辺りに現れた高位アンデッドの情報を聞いてここまでやって来ました。そのアンデッドについて何か心当たりがあれば聞かせて欲しい」
アンデッドという単語を聞いて、リザードマン達がざわめき出した。
「急に騒ぎ出したけど、どうしたんだ?」
小声でローゲンに問いかける。
話を聞いていた限り、ローゲンの言葉に失礼があったとは思えない。
「後で説明する」
ざわめき続けるリザードマン達をよそに老いたリザードマンがポツリと呟いた。
「サラマンダー……」
ー10ー
湿地帯を後にして、洞窟の中を再び歩く。
あの後、幸いにしてリザードマンとは何もなく解放された。
老いたリザードマンが呟いたサラマンダーという名のアンデッド。
その所在を聞いてみたら、洞窟を指差すだけでそれ以上は教えてくれなかった。
この洞窟の中に高位アンデッドが潜んでいる。
行きで出くわさなかったのは、ただの偶然だろう。
本当はもっと情報が欲しかったが、リザードマン達がそれを許さなかった。
武器を構えてきて、すぐに立ち去るように威嚇してきたのだ。
避けられる戦いは避けるべきだというローゲンの言葉に従い、こうして洞窟まで引き返して来た。
「そういえば、なんでアンデッドの話をしたらリザードマンはあんなにも慌てていたんだ?」
アマテルがその疑問に答えてくれた。
「リッチーとアンデッドが現れる以前の話です。人間は他種族と交流をしていました。中には友好的でない種族もいましたが、仲良くしていた種族もあったのです。私の故郷の村でも昔はこの湿地帯のリザードマンと交流していたと耳にしたことがあります」
「それがなんで今は交流していないんだ?」
「アンデッドが原因です。理由は不明ですが、アンデッドは人間しか襲わない。人間以外は襲わない。例外を除いて……」
「例外とは?」
「例外として、人間と交流がある種族を襲うのです。人間しか襲わないはずのアンデッドが、なぜだか人間と交流がある種族も襲う。この事実からアンデッドを恐れた他種族は人間との交流を断って距離を置き、人間から遠ざかっていったのです」
「……悪いことばかりじゃないよ。仲がよくなかった種族も、アンデッドを恐れて、人を襲わなくなった」
アマテルの説明にポニィが補足する。
「アンデッドを恐れて、不必要に人間に関わらなくなったというわけか」
アンデッドは人間しか襲わない。
だが、人間以外の種族は人間に関わるとアンデッドに襲われる。
だから、アンデッドの話をした時にリザードマン達があんなにも動揺し、自分達を追い返そうとしていたのか。
事情を把握したところで、これからについて考える。
「ひとまずは村に戻るでいいのか?」
確認のため、ローゲンに聞いてみる。
「そうだな。洞窟の中に高位アンデッドが潜んでいるとはいえ、闇雲に歩き回るのは体力を消耗するだけで効率的とは言い難い。一度村まで戻ろう」
潜んでいる高位アンデッドを捜索するのは手間だ。
効率が悪いどころか、体力ばかり消耗してしまう。
捜索しないとはいえ、このまま洞窟の中を進んでもいいのだろうか。
遭遇する可能性だってある。
高位アンデッドは強い。
洞窟の中は視界が悪く、場所によっては狭い。
そういった場所で高位アンデッドに出くわしたら不利になるのは自分達だ。
先に進むのが躊躇われる。
理由は明白、命が懸かっているからだ。
自分の命だけではなく、ここにいる全員の命が。
「勇者様? どうしましたか、足を止めて」
無意識のうちに足を止めていた。
「怪我した所がまだ痛みますか?」
「そういうわけじゃないんだ。ただ、少し心配事があって」
「心配事ですか?」
「この洞窟には高位アンデッドが潜んでいる。遭遇しないで、このまま無事に村に辿り着けるかなって」
「勇者様……」
「お前は勘違いをしている」
ローゲンがやや呆れ気味で話に入ってきた。
「勘違い?」
「俺達は冒険者であり、お前は勇者候補だ。己の命を懸けて人々を救う存在だ。アンデッドから逃げるのではなく、立ち向かわなければならない」
「自分が誰かを救うべき存在なのは分かっている。でも、頭では理解できても、実際に行動に移すのは……」
まあ、実際は言うほど理解していないのだけど。
誰かを救う存在ってなんだよ。
そういった役目は勇者とかそういう特別な存在がやるべきであって自分の役目ではない。
勇者候補と呼ばれてはいるが、あくまで候補であって本物の勇者ではないのだから。
「……怖いのか?」
「……」
ローゲンの言う通りだ。
怖い。
命を懸けるのが怖い。
一歩間違えれば死ぬのだ。
怖いに決まっている。
「臆病なのは悪いことではない。その臆病さがあるからこそ、慎重になれる。臆病に慣れて感覚が麻痺するのが一番怖いことだ。気が抜けて、注意が散漫になる。それが死に繋がる」
「どんなに気を付けていたって避けられない危険だってあるだろ。今この時がそうだ。この洞窟には高位アンデッドが潜んでいる。出会ったら戦いになるのは必然」
「ああ、そうだな。だが、何もお前一人で戦いに臨むわけではない」
「そうですよ、私達も一緒です。勇者様と共に戦います」
アマテルは胸を張って、力強く宣言する。
彼女の言葉は嬉しい、だけど……、
「それが怖いんだ。自分が死ぬよりも仲間が危険に晒される方が怖い」
「……臆病なのは悪いことではないと言っただろ。それで慎重になるのも悪いことではない。だがな、何もかもに怯えていては何も出来ない。お前が足を止めていても、お前の周りは動き続ける。それはお前を待ってはくれない。避けようのないものからは逃れられない。挑め。俺達がお前を支える。一人では成し得ないことでも、成し遂げられる」
心強い。
そして何より、怯える自分を気遣ってくれたのが嬉しかった。
この二人と一緒なら、どんな困難にも立ち向かえそうな気がする。
「ローゲン……ありがとう」
「感謝の必要はない。それにな、お前に心配される程俺達はヤワじゃない。むしろ、お前の方が心配だ」
「それもそうだったな。……さて、先に進もうか」
止まっていた足を動かし移動を再開する。
洞窟の中を移動しながら、ローゲンと状況の確認をする。
「高位アンデッドが最初に確認されたのは、湿地帯の辺りだ。あそこは洞窟の出入口に沿って歩けば、リザードマンの領地に入らないで移動できたはずだからな」
領地に入らなくても、警戒をされたら自分達のように通れずに追い返されるそうだ。
「最初の目撃者はリザードマンに遭遇するのではなく、高位アンデッドに遭遇したというわけか。こう言っちゃ悪いが、運が悪かったな」
「リザードマンの話を信じると、今は洞窟の中に高位アンデッドが潜んでいる。湿地帯から洞窟、これが何を意味しているか分かるか?」
なんだろうか。
さっぱり分からない。
「湿地帯から洞窟へ、やがて洞窟から森に出るだろう。森の先には村がある。こうしている間にも高位アンデッドは村に近付いているはずだ。村が襲われる前に対処しなければ大惨事に繋がる」
言われて気付いた。
洞窟を抜けた先にはアマテルの生まれ故郷であり、ポニィの暮らす村があるのだ。
「今回はあくまで高位アンデッドの存在を確かめる調査であったが、もうその段階は過ぎている。存在するのは確実。早い内に討伐しなくてはならない。高位アンデッドを野放しにしておくのはリスクが大き過ぎる」
高位アンデッドの調査ではなく、捜索に移行して速やかに討伐すべき状況に陥っている。
「高位アンデッドは通常のアンデッドと比較にならない程に強いのだろ? ローゲンは勝てると思うか?」
「勝てる。今回は生まれたばかりの高位アンデッドだ。苦しい戦いになるが、勝機はある。むしろ今を逃せば討伐は難しくなる」
アンデッドは成長する。
それは高位アンデッドも例外ではない。
討伐をするなら今しかないというわけだ。
出入口からしばらく歩いて辿り着いたのは、いくつもの通路に通ずる分岐点。
ここはアンデッドの群れに襲われた場所でもある。
「氷が溶けている……」
ポニィが呟く。
彼女の言う通り、魔法によって作られた氷の壁がなくなっていた。
壁の向こうにいたはずのアンデッドの姿も消えている。
ポニィが言うには、魔法で作り出した氷の壁は簡単に消えないそうだ。
氷を溶かしたのが何者なのか予想がついた。
高位アンデッド。
そいつが潜んでいるのだ。
この洞窟の中に高位アンデッドがいる。
「……警戒して進もう」
進む以外に選択肢はなかった。
ー11ー
洞窟の中を無言で進んでいく。
誰も口を開かない。
途中の分岐もポニィが道を指し示すだけで一言も発しない。
緊張感が漂っている。
誰もが周囲を警戒しているのだ。
雫が滴る小さな音にさえ反応してしまう。
感覚が鋭敏になっている。
自分の心音が耳に届く程だ。
得体の知れない恐怖を抱きながら進む。
洞窟内の旅路が終盤に差し掛かった頃、ある異変に気が付いた。
いや、本当はとうの昔に気が付いていたが、気付いていないフリをしていた。
勘違いだ。
気のせいだと思っていた。
「勇者様」
「分かっている」
アマテルも他の皆も異変に気付いていた。
足を止める。
一番前を歩いていた自分が足を止めたので、後続もそれに倣って足を止める。
額に汗が滲む。
この汗は緊張によるものではない。
暑い。
暑いのだ。
洞窟の中は終始ひんやりとしていたが、ここに来て洞窟内の気温が急激に跳ね上がって暑く感じる。
急激に気温が上がったわけではない。
歩いていたら徐々に暑くなってきたのだ。
最初は気のせいだと思っていたが違う。
おそらくだが、熱源に近付くにつれて徐々に気温が上昇していったのだ。
そして、その熱源はこの先にある。
もしくは居る。
「……ローゲン、この気温の上昇をどう思う?」
若い頃は冒険者として旅をしていた経験豊富なローゲンに意見を求めた。
「魔法による影響で気温が上がっていると考えるのが普通だが、嫌な予感がする。あまり短絡的に結論を出すべきではないが、この先に何かが待ち構えているのは間違いない」
覚悟を決める時が来た。
上着の袖で額の汗を拭い、鞘から剣を抜き放つ。
左手に持つ松明を暗闇の先を照らすように掲げ、右手で剣を握りしめて洞窟の中を突き進む。
人間の目では真っ暗な洞窟内を見通すことが出来ない。
松明の火で照らさなければ、人間はこの暗闇の中では無力だ。
だが、アンデッドは違う。
人間と違って、暗闇の中でもアンデッドは対象を捉えることができる。
暗い洞窟の中ではアンデッドの方が有利だ。
アンデッドに遭遇しないに越したことはないが、それは叶わない。
何も見えなかった闇の先に炎が揺らめいているのが見えた。
ポニィの魔法で作り出した火の玉ではない。
何か別のもの。
まだ距離があるため視認するのは難しいが、松明の火ではないのは明らかだ。
大きさがおかしい。
松明の火など比較にならない程に大きい。
洞窟内の気温上昇の原因たる熱源もあの炎だろう。
そして、炎に照らされて蠢く無数の影。
影の正体は容易に予想できた。
アンデッド。
先の戦いで氷の壁の向こう側に閉じ込めたアンデッドは討伐していない。
姿を消し、ここまでの道中に出会わなかった。
あの影の正体は、その時のアンデッドかもしれない。
「……この先はどうなっている?」
アンデッドを警戒しつつ、小声でポニィに尋ねる。
「えっと……たしか、広くあけた空間になっていたはず……」
広いのならば剣を振るうには丁度いいが、アンデッドの数が心配だ。
弱いアンデッドならば、駆け出しの勇者候補や冒険者でも容易に討伐できる。
だが、数にものを言わせて襲い来るアンデッドの大群を相手取ったら、駆け出しどころか歴戦の勇者候補や冒険者だろうと疲弊していずれ殺されてしまう。
人間ならば体力の限界がある。
それは歴戦の勇者候補や冒険者でも同じことだ。
体力が尽きれば、死に直結する。
当然ながら、それは自分達でも同じことが言える。
逃げる時は逃げるべきだ。
避けられる戦いは避けるべきだ。
勝てないと判断したら、即座に逃げる。
逃げることは恥じゃない。
生き残ることが大事。
生きていれば次があるが、死んだらそこで終わりである。
自分はまだまだ未熟であり、先の戦いでも痛い目に遭った。
たとえ相手の数が少なかろうと油断するべきではない。
この先に進めば戦闘になる。
厳しい戦いになる。
これは避けてはならない戦いであり、引き返すわけにはいかない。
あのアンデッドの中には高位アンデッドが居るはずだ。
このまま高位アンデッドを放置したら、いずれ村に辿り着いて大惨事になる。
それは何としてでも阻止しなければならない。
「……隊列をもう一度確認する」
自分とローゲンが先行して斬り込む。
その際に松明を投げて、少しでも光源を増やす。
アマテルとポニィは戦闘の支援及び後方から敵が来ないか警戒をする。
「勝てないと判断したら即座に撤退する。逃げられるかは分からないけど、無駄に殺される必要はない……こんな感じかな」
高位アンデッドがどれ程の強さか分からない現状、まともな作戦が立てられない。
ならば、何があっても適切に対処できるようにしなくては。
「確認しておくけど、二人はあとどれくらい魔法が使える?」
確認のために聞いた何気ない質問だったが、なぜかアマテルとポニィはどこか気まずそうな表情をする。
どこか変な質問だったのだろうか?
「……怪我の程度にもよりますが、治癒の魔法は残り二回程です。ただ、他の魔法を使うのなら回数は減りますのでご注意ください」
アマテルの扱う光属性の魔法はアンデッドに対して非常に有効であり、攻撃に運用すれば決定打になりえる。
しかし、アマテルは攻撃魔法は会得していないらしい。
「他の魔法で使えそうなのは?」
「今回に限って言えば照明の魔法くらいですね」
「なら光源が消えた時は照明の魔法を頼む。治癒の魔法の使いどころは任せても?」
「はい、大丈夫です」
よし、アマテルはこれでいい。
あとはポニィだ。
ポニィがどれほど魔法を扱えるか分からない。
今日一日だけでもかなりの回数の魔法を使わせてしまったが、どうなのだろうか。
「わたしは……まだ、余裕があります」
具体的な数字は言わなかったが、まだ魔法は使えるようだ。
「範囲の広い攻撃魔法は使えるか? 使えるのなら最初の攻撃を頼みたい」
ポニィは小さく頷いた。
どうやら希望に沿える魔法を使えるみたいだ。
一番槍は彼女に任せよう。
「……つかえる魔法は、炎と氷があるけど、どうする?」
「氷で頼む」
今でさえ暑いのにこれ以上暑くなったらたまったもんじゃない。
それに洞窟の中に換気扇が付いているはずもなく、炎が増えて酸欠になるかもしれない。
ここは氷属性の魔法をお願いしよう。
「わかった……」
ポニィは杖を握りしめて、再度頷いた。
「あっ、でも、攻撃魔法を使っている間はこの火の玉も消えちゃうのか」
周囲を照らすように宙に浮かぶ火の玉。
これはポニィが魔法で作り出したものだ。
魔法について詳しくないが、同時に二つの魔法を行使するのは難しい気がする。
「それはだいじょぶ。この魔法なら、二つの魔法を並行してつかえる」
どうやら、大丈夫のようだ。
心配の一つであった光源の確保はなんとかなりそうで安心する。
これで戦う準備は整った。
あとは突撃し、アンデッドを討伐するだけだ。
仲間達の顔を見渡して頷き合い、炎が揺らめく決戦の地へと足を踏み入れるのだった。
ー12ー
蠢く影の正体はやはりアンデッドだった。
視界に捉えられる範囲に居るのが、アンデッドだけであるのを確認し、先行するポニィが魔法を発動する。
氷属性の魔法。
無数に現れた氷の礫が広範囲に飛び散っていく。
魔法が発動したのを確認し、すぐさまローゲンと共にポニィの前に飛び出す。
そして、状況を改めて確認する。
間近に居たアンデッドはポニィの魔法をモロに受けて一掃されたが、それでもまだアンデッドは残っていた。
ポニィから離れていたアンデッドは健在。
それと近くに居たアンデッドも討伐できていないのが数体確認出来た。
足を破壊された者は這いずり回り、腕を破壊された者は前傾姿勢になって獲物を喰らおうと徘徊し、頭部を破壊された者は何も見えていないのか闇雲に彷徨っている。
地面には砕けた魔臓石の他に折れた骨、腐った肉片に人間の臓物。
ゾンビの落とし物だ。
足を進めると、グチャグチャと嫌な音が聞こえてくる。
不快な音に、嫌な感触。
だけど、そんなことに構っていられなかった。
アンデッドの群れの中で一際目を引くアンデッドがいたからだ。
そのアンデッドは体の半身を覆う鱗から滲み出た血が地面に滴り落ちていて、残りの半身は鱗どころか肉が削がれており所々骨が剥き出しになっていた。
鱗を持つそのアンデッドは肉が残る右手と白骨化した左手で蒼銀の刃を持った槍の柄を握り、全身を燃え盛る炎に包まれている。
リザードマンのゾンビ。
炎を纏った蜥蜴人。
サラマンダー。
一目で判った。
あれが高位アンデッドだと。
あれが湿地帯でリザードマンが言っていたアンデッドだと。
サラマンダーは侵入してきたこちらに向かって槍の穂先を突き出して指し示す。
その動作を合図に、統率の取れていなかったアンデッドの群れが一斉に視線をこちらに向けた。
「来るぞっ!」
隣を走るローゲンも後ろに控える仲間達も言われるまでもなく状況は把握できているだろう。
それでも口に出さずにはいられなかった。
ここが生死を分けた正念場だから。
出し惜しみなどしてはいられない。
たとえそれが言葉であろうと自分の内から解き放ちたかった。
眼前の頭部を失ったスケルトンの姿を捉え、魔臓石を破壊する。
勢いそのままに敵陣に斬り込む。
ローゲンも盾を正面に構えてアンデッドの群れに向けて突進する。
突進の衝撃によって身動きが取れなくなったアンデッドを剣で狩ってゆく。
「高位アンデッドはひとまず放置しろ! まずは数を減らしていけ!」
ザッと見渡した限り、残るアンデッドの数は二十体にも満たない。
初撃の氷魔法を受けてもなおこの数である。
相当数のアンデッドが居たようだ。
まずは数を減らさなければ、まともに高位アンデッドと相対することが出来ない。
アンデッドを蹴散らしていると、突如雄叫びが響き渡る。
雄叫びを上げたのはサラマンダー。
槍を器用に振り回し、突撃の構えを取る。
だが、氷の壁が現れて、サラマンダーの行く手を阻んだ。
多くのアンデッドが残る中、サラマンダーの相手をするのは状況的にマズい。
そんな不利な状況を一気に好転させることが出来る、それが魔法。
ポニィが作ってくれた好機を逃してはならない。
サラマンダーの動きが制限されている間に一気に攻め立てる。
腕を失い、噛みつこうとしてくるスケルトンの頭を斬り飛ばしてさらに足払いを掛ける。
倒れ込むスケルトンの魔臓石を剣で突いてトドメを刺す。
息つく暇もなく、横合いより刃こぼれした剣を持ったゾンビが斬りかかってきた。
刃こぼれはしているが錆びはなく、つい最近まで手入れがされていた感じがする。
着ている服も他のアンデッドより綺麗だ。
アンデッドになったのはつい最近なのだろう。
刃こぼれした剣を剣で受け止める。
黄ばんだ眼球に赤黒くなった血管が浮かび上がった眼は焦点が合っていないらしく、グルグルと回っていた。
ゾンビの持つ剣を力一杯に押し返し、体勢が崩れたところを狙って魔臓石を貫く。
次に来たスケルトンも難なく撃退し、周囲を見渡す。
自分と同じく敵陣に斬り込んだローゲンも怪我を負った様子はない。
あらかたアンデッドを倒し、敵の数は大分減っていた。
よし、このまま押し切れる。
残るアンデッドはスケルトンが二体にゾンビが三体。
それとサラマンダー。
サラマンダーの状況を再度確認しようとした時、炎が上がった。
炎は周囲にいたアンデッドを巻き込み、大樹のように火柱を上げて火の粉が花びらのように降り注ぐ。
燃え盛る炎は氷の壁を溶かし、洞窟内を赤く染める。
業火の先にて影が揺らぎ立つ。
自らの配下であるはずのスケルトンとゾンビ諸共を魔臓石ごと焼き尽くしたのだ。
燃え盛る炎を振り払い、姿を現したサラマンダーは灼ける屍の山を踏みつけて雄叫びを上げる。
その姿は弱者の上に立つ暴君のように見えた。
「……準備はいいか?」
隣に立つローゲンが声を掛けてきた。
「ああ……大丈夫だ」
「防御は任せておけ。奴の攻撃は出来る限り引き受ける」
「期待している」
「過度な期待するな。奴はそれ程容易い相手ではない」
そうだろうな。
あれは今まで戦ってきたアンデッドとは違う。
相談中のこちらをよそにサラマンダーは炎を纏った身体を躍らせながら槍で攻撃を仕掛けてきた。
その攻撃をローゲンが一歩前に出て、構えた盾で受け止める。
攻撃を弾かれるや否やすぐさま槍を引き戻し、槍を横に薙いで再度攻撃を仕掛けてきた。
ローゲンはそれに合わせるように盾を動かして防ぐ。
幾度となく続く槍による攻撃をローゲンはひたすら盾で受け続ける。
すごい攻防だ。
自分なんかは槍の動きを眼に捉えるのがやっとである。
あんなにも素早い連撃に対応しているローゲンはやはり凄腕の冒険者なのだろう。
見ているだけでなく、自分も戦闘に参加しなくては。
それにしても、熱い。
暑いではなく、熱い。
全身から汗が噴き出る。
剣の柄を汗で滑らせないようにしっかりと握りしめて、横合いからサラマンダーを剣で突く。
それで魔臓石を破壊できれば勝ちだ。
しかし、事は簡単に運ばなかった。
サラマンダーは槍の柄を翻し、剣を弾いて軌道を変える。
やはり、そう簡単にはいかないか。
剣を引き戻そうとしたその時、脇腹に強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「ぐはっ……!?」
地面を転がり、手から離れてしまった剣が地面に落下するのを尻目に何が起きたか状況を確かめる。
槍による攻撃ではなかった。
今の攻撃の正体は……尻尾か。
サラマンダーが自らの尻尾をしならせて叩きつけてきたのだ。
痛みが響く脇腹を抑えながら立ち上がり、落とした剣を拾いに向かう。
こうしている間もローゲンは戦っている。
急いで戻らなくては。
ー13ー
ローゲンはサラマンダーの槍による猛攻を盾で凌ぐ。
速度では勝るサラマンダーであったが、無駄な動きが大きい。
動きを最小限に抑えることでサラマンダーの素早い猛攻に対応することが出来た。
だが、攻撃を防いでばかりで攻められずにいる。
サラマンダーの頭部の左側は皮と肉が失われて骨が剥き出しになっており、眼球はなく眼窩は何もない空洞になっていた。
対する右側は皮はめくれてはいるが肉が残っており眼球も失われていなかった。
残る右の眼球は瞳が赤く輝き、目の前にいる獲物に向けられている。
ローゲンはそれに臆することはなかった。
死に対する恐怖よりも怖いものがある。
己の死よりも仲間が死ぬのが、殺されるのが怖い。
目の前で仲間が殺される。
そんな残酷なことが許されていいわけがない。
仲間が殺されるくらいなら、自身の命を捨ててやる。
特に姪であるアマテルが死なせるわけにはいかない。
アマテルは妹から託された大事な姪だ。
死なせない。
怪我を負わせない。
血の一滴でも流させない。
何がなんでも死守する。
アマテルだけではなく、彼女の周りにあるもの全てを守ってやる。
たとえ過保護だと笑われようと守り通す。
ローゲンは決意を胸に強敵に立ち向かう。
槍を華麗に振り回す一連の動作だけで手練れだというのが見て取れる。
強敵だ。
槍の扱いにも長けている。
だが、動きが大きすぎる。
無駄が多く、隙が多い。
これまで守りに徹していたローゲンが剣を振り回す。
剣はサラマンダーの喉元を切り裂いた。
相手が人間なら致命傷だが、相手はアンデッド。
血は出るが弱点である魔臓石以外を傷付けても効果はない。
槍による反撃が来る。
ローゲンは鋭い突きを剣で弾く。
続いてくる攻撃を今度は盾で防ぐ。
槍に気を取られるローゲン目掛けてサラマンダーは口から燃え盛る炎を吹いた。
盾の脇より入ってきた炎がローゲンを火だるまにする。
「ぐぬぅっ……!」
「おじ様っ!
「テル! 待って!」
炎に圧されて地面に転がるローゲンの元にアマテルが駆け寄ろうとする。
サラマンダーは燃えるローゲンを串刺しにしようと迫るが、それを阻止するように鋭く尖った氷柱がサラマンダーを狙う。
ポニィの放った氷柱はサラマンダーの左肩を貫く。
後ずさりながらも再度ローゲンに攻撃をしようとサラマンダーは槍を繰り出す。
「させないっ!」
金属音が木霊する。
「勇者様っ!」
ローゲンを助けるべく、サラマンダーの槍を剣で弾いた。
先の戦いでローゲンに救われたように、今度は自分がローゲンを救うべく剣を振るう。
ローゲンが皆を守ったように自分も前に出るのだ。
「早くローゲンをっ!」
アマテルは荷物から取り出した毛布を炎に包まれたローゲンの体に被せた。
毛布でローゲンを包み込み、消火を試みる。
向こうはアマテルに任せれば大丈夫だ。
自分は目の前の敵に集中する。
サラマンダーは弾かれた槍を戻し、再び突き出してきた。
それを剣で受け流す。
さっきと比べてサラマンダーの動きが鈍い。
威力も落ちているように思えた。
左肩に刺さった氷柱が原因だろう。
関節の可動域が制限され、槍を振るのに支障が出ているのだ。
アンデッドには自己再生能力があるので時間が経てば、左肩の傷は塞がってしまう。
攻めるのなら今しかない。
左肩が完治する前に仕留める。
……これは後から知った事だが、アンデッドの自己再生能力を持ってはいるが、その効果は微々たるものなのだとか。
小さな傷でも長い年月をかけなければ治らない。
戦いの最中で傷が治ることなど皆無に等しい。
そんな事など露とも知らずに剣を振るうのであった。
ー14ー
手負いになっても、やはりサラマンダーは槍の使い手として一流だった。
隙がない。
いや、もしかしたら隙はあるのかもしれない。
それが分からず、攻めきれないでいるのは実力不足ということだ。
そういえば剣と槍だと状況にもよるが基本的に槍の方が有利だと聞いたことがある。
槍の方がリーチがあり、剣の間合いの外側から攻撃を仕掛けることが可能だ。
リーチの差、そんなの考えたこともなかったが、こうして実際に戦ってみると大事なことだと改めて実感する。
サラマンダーは攻撃に出した槍を素早く戻して、こちらが攻められないように自らの体を中心に槍を振り回して牽制をする。
近付かせてはくれない。
無理に攻撃を仕掛けても向こうはアンデッド。
急所である魔臓石を守れればそれでいいのだから、自らの肉を盾にし、こちらに肉を斬らせて命を絶つ。
そういった自己犠牲の技をアンデッドは可能にしている。
先の戦いではそれで腹部を刺されて痛い目に遭った。
どうやったら敵を圧倒できるのか。
サラマンダーを相手に攻めあぐねていると、ある事に気が付いた。
炎を纏ったサラマンダーがすぐ傍にいて熱い。
だが、微かに冷気が漂っていた。
汗ばんだ体に心地良さを運んでくる。
ああ、そうか……。
原因が分かった。
一体、いつ回り込んだのか。
サラマンダーの背後に陣取った魔法使い。
ポニィだ。
魔法が発動する前兆なのだろうか、冷気を漂わせながら杖を構えて立っていた。
やるのか?
目で問いかけるとポニィは頷き、冷たい眼差しをサラマンダーに向けた。
魔法使いが護衛を付けずに最前線に出るのはどうかと思わなくもないが、奇襲を仕掛けるのならこれが最善なのだろう。
自分は自分に出来ることをやろう。
勇猛果敢に攻めて、サラマンダーの注意を引きつける。
陽動だ。
サラマンダーがポニィに気が付けば、無防備のポニィは殺される。
それだけはさせない。
剣と槍がぶつかり合う。
お互いに武器を戻し、次なる攻撃に繋げる
振るった剣がサラマンダーを襲う。
振るわれた槍が襲い来る。
穂先が腕を掠める、足を掠める。
幾度となく互いの武器が振るわれ、攻防が続く。
今の自分の実力ではサラマンダーの動きについていけない。
勇者補正で得た右眼の力で辛うじて動きを追うことが出来る。
だが、あくまで動きを眼で追えるようになっただけだ。
体は追いつかず、全身に傷を増やしていく。
傷口から血が流れる。
それでも攻め続けた、剣を振り続けた。
いま剣の動きを止めるわけにはいかない。
剣と槍が交差し、拮抗する。
動きが止まった。
「今だっ!」
鋭く尖った氷柱がサラマンダーを背後より貫いた。
飛来した氷柱は腰に突き刺さり、前に倒れそうになるのをサラマンダーは自らが持つ槍を地面に突き立てて支えにして堪える。
深手を負ってもサラマンダーの残る右眼の瞳を爛々と輝かせて、こちらを睨みつけていた。
戦意を失っていない心意気は立派だが、もうこれで終わりだ。
槍を持つ右手首を斬り落とし、支えを失わせる。
支えを失い、地面に倒れ込んだサラマンダーは首をこちらに回して炎を吹く。
灼熱の炎が襲い来る。
まだ足掻くのか。
剣を持っていない方の腕、左腕を体を庇うようにして突き出す。
左腕で炎を受け止める。
皮膚が溶け、肉が灼け落ち、骨を焦がす。
神経を貫く、串刺しに、八つ裂きする激痛が左腕から脳へ、そして全身へと伝聞する。
意識が体から飛び立つのを辛うじて引き留める。
気を失うな!
意識を保て!
ここで気を失ったら確実に死ぬ。
「うっぐうぅうあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
脳が痛みを麻痺させる。
歯を食いしばり、脂汗を滲ませながら右手に持つ剣を強く握り締める。
「っぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
言葉にならない雄叫びを上げながら剣を振り落として、サラマンダーの首を刎ね飛ばす。
炎を撒き散らしながら飛ぶ首。
視界の端に影が走った。
しなり、勢いをつけて襲い来るそれを灼ける左腕が受ける。
半ば炭と化していた左腕は呆気なく崩れ落ちてしまう。
頭部と右手首に武器である槍を失ったサラマンダーは尻尾を振り回して攻撃してきたのだ。
再びしなり、攻撃しようとする尻尾を根本から斬り落とす。
それで終わったかに思えた。
しかし、ズズッと地面を引きずって擦れる音が耳に入る。
視線を向けると、そこには攻撃の手立てを全て失ってもなお藻掻き足掻こうとする胴体があった。
胴体が這って、斬り落とした右手首の所を目指す。
右手には槍が握られていた。
それを取り戻そうとしている。
「そんな姿になっても、まだ足掻こうというのか……。でも、これで終わりだ」
最後に胴体だけになったサラマンダーの魔臓石に剣を突き立てた。
ー15ー
勝った。
高位アンデッドを相手に勝つことができた。
もちろん勝てたのは自分一人の力ではなく、皆の力があってこそだ。
辺りはサラマンダーが残した炎がまだ燻っており、少し熱いが明かり代わりになるのはありがたかった。
炎に包まれたローゲンの外套は焼けて穴だらけになっている。
盾のおかげで炎の直撃は免れているので、軽い火傷を負っただけのようで無事である。
「勇者様!」
慌てた様子でアマテルが駆け寄ってくる。
彼女も大した傷を負っているようにも見えない。
よかった、無事で……。
「手を! 左腕を見せてください!」
左腕……?
自分の左腕を見やる。
肘から先は失われ、その肘も炎に焼かれて黒く焦げていた。
あの時、炎の攻撃から体を庇ったから……。
その後に尻尾の攻撃を受けて崩れ落ちた。
痛みはない。
それどころか感覚がない。
まるで左腕だけが死んでしまったかのようだ。
右手から剣が滑り落ちる。
汗のせいではない。
握力が落ちたのだ。
力が入らない。
安心したからだろうか。
急激に眠くなってきた。
体を支えきれずに膝をつく。
そのまま倒れるかと思ったが、倒れなった。
アマテルが体を支えてくれたのだ。
「……」
戦いに勝利したのに、アマテルは悲痛な表情を浮かべていた。
勝ったのになんでそんなにも悲しそうにしているんだ。
彼女の視線の先にあるのは、肘から先が焼け落ちた左腕。
そうか、怪我をしたから悲しませてしまったのか。
見るも無残。
痛々しい。
今後の旅に支障が出るのは明らか。
旅どころか日常生活にも支障が出る。
「すまな、い……」
謝罪の言葉が零れる。
旅が始まったばかりでこの負傷、旅を続けるのは困難。
仮に続けられても迷惑を掛けてしまうのは必至。
「謝るのは、私の方です……。私が、私が全部、悪いのです……」
なぜアマテルが謝るのだろうか。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
たしかに旅を続けるのは難しい。
だけど、勝利できたのだ。
村は襲われず、多くの命を守った。
誇っていいことだ。
謝らないで、辛そうな顔をしないで、笑って欲しい。
だってアマテルの笑顔は眩しいくらいに華やかなのだから。
悲しい顔ではなく、美しい笑顔を見せてくれ。
しかし、その気持ちを伝えるよりも早く意識が遠のいていく。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ――」
意識を失うまでアマテルの謝罪の言葉が繰り返された。
ー16ー
いま自分は寝ている。
寝ていると分かった。
寝ている間は意識はないが、起きる直前に意識が戻り、目が覚めると分かるものだ。
夢は見ていたか?
どうだったか、分からない。
見ていた気もするが見ていない気もする。
どうでもいいか。
それよりも起きられるかどうかだ。
起きられる。
目を覚ませられる。
意識はあるのだから。
後は瞼を開けるだけだ。
朝かどうかは分からないが、目を覚まそう。
重い瞼を開ける。
霞がかかる視界が晴れると、見覚えがある天井が見えた。
さらに人の気配がする。
誰だろうかと気配を追うとルナの姿がそこにあった。
「ルナ……」
寝かされていたソファから体を起こさなくては。
身じろぎをするとルナは起きたのに気が付いたようで声を掛けてきた。
「無事か?」
「……見ての通りだよ」
体はボロボロ。
左腕は焼け落ちた。
死に損ない。
生きているのが不思議なくらいだ。
「そうか。元気そうで何よりだ」
元気?
元気なんだろうか?
「元気に見えるか?」
「見える」
「いやいや、この腕を見てくれよ……あれ?」
ルナに焼け落ちた左腕を見せようとして違和感に気が付いた。
左腕がある。
焼け爛れてもいない。
火傷の痕もない。
紛うことなく無傷の左腕だ。
「腕がある……」
サラマンダーとの死闘は夢ではないはずだ。
それなのに左腕がある。
左腕の負傷だけでなく、全身の傷も消えていた。
まさか、治癒の魔法か?
アマテルの治癒の魔法はここまで治療できるものだったか?
「腕なら治しておいたぞ」
「えっ?」
治した?
「ルナも治癒の魔法が使えるのか?」
「治癒とは少し違うが、まあそんな感じだ」
自分の左腕をまじまじと見つめてみる。
手の平を閉じて、開く。
また閉じて、開く。
それを幾度か繰り返した。
問題なく動く。
痛みもない。
「怪我……というより損傷……損壊?していた気がするのだけど……」
「ああ、酷かったな。死んでいるのかと思ったほどだ」
「……助けてくれたのか? なんで?」
「主が従者を助けるのに理由が必要か?」
当然だろとルナは語る。
普通なら主が従者をではなく、従者が主を助けるものだと思うのだけどな。
「当然のことをしただけだ。見返りは要らない」
失った腕を治してもらって何も返さないのは、さすがにどうかと思う。
「今すぐは返せないけど、いずれこの借りは返させてもらうよ」
「そうか。期待しないで待ってる」
どうでもよさそうに返事をする。
本当に期待していないのだろうな。
「もう夜も遅い。そろそろ向こうに戻った方がいい」
壁に掛けられた時計で時間を確認をすると、夜の十時を回っていた。
「わざわざ起きるのを待っててくれたのか?」
だとしたら、意外と優しいのだな。
「お前が偶々この時間に目を覚ましただけだ。起きなくても向こうに送り返すつもりでいた」
その態度からは優しさを感じられない。
やっぱ、ただの気まぐれなのか。
そういえば向こうはどうなったのだろう。
サラマンダーは討伐した。
脅威は去って、村は襲われずに済んだ。
アマテル達はどうなった?
一番重傷だった自分がこうして生きているのだ。
無事なはずだ。
だけど、やはり自分の目で確認したかった。
「腕を治してくれて助かった。これで旅を続けられる」
「……まだ続けるつもりなのか?」
「もちろん」
「そうか……。そうだ、一つ言い忘れていたな。お前がこっちに召喚された時、死にかけていた。それでも生きていたのは、向こうで誰かが応急手当程度に治療を施していたからだ。それがなければ間違いなくお前は死んでいた」
「治療……。アマテルか?」
「さあな。向こうのことは詳しく知らんが、そいつに感謝しておくのだな」
治癒の魔法を使えるのはアマテルだけだ。
アマテルのおかげで死なずに済んだというわけか。
「あれ?」
再び左手の違和感を覚えた。
「なあ、左手の甲にあった勇者候補の証が消えているのだが」
左手の甲に刻まれていたはずの勇者候補の証である紋様が消えていた。
「ああ、それな。消しといたぞ」
「いや、消しといたって……、あれは勇者候補の証だぞ。消しちゃダメだろ。というか、消せるものなのか?」
「消すのは簡単だ。それよりもあれが勇者候補の証なのか? お前、あれが何なのか分かっているのか?」
「特に効果はなくて、強いて言うなら目印的なものとしか聞いてないけど、何かあるのか?」
「目印……」
ルナは何やら考え込む。
「ルナ?」
「……それがないと不都合があると言うのなら代わりのものをやろう。左手を出せ」
「代わりのもの? 何を?」
「いいから手を出せ」
言われた通りに左手を差し出すと、ルナは自身の手で包み込む。
いきなり手を触れられて驚くも、とりあえず成り行きを見守る。
左手の甲に紋様が浮かび上がっていく。
それを確認してルナは手を離す。
「これは?」
浮かび上がった紋様は以前刻まれたものと同様のものだ。
「お守り的なものだ。お前の言う勇者候補の証とは別物だが、形は似せたから見た目の問題はないだろう」
「別物って……大丈夫なのかよ」
「元々がただの目印なんだろ。なら、それの方がご利益がある」
ルナの言う通り、ただの目印である。
見た目は同じようだし、ひとまずはこれで良しとするか。
「腕時計はさすがに直せないのか?」
左の手首に巻かれていた腕時計は焼失したままだ。
それも魔法で直せないのか聞いてみる。
「残骸があれば何とかできるが、無い物はどうしようもできない。それに腕時計なんてなくても問題ないだろう」
「それもそうだな」
元々向こうの世界との時差を調べるために持たされた物だ。
なくても問題ない。
それにスマホでも時間は確認出来るからな。
ー17ー
焚き火が燃えている。
日帰りでアマテルの故郷である村に帰る予定だったのだが、野宿をしているようだ。
アマテルが膝を抱えながら焚き火を見つめている。
まだこちらに気が付いていない。
小さく見える背中。
どこか弱々しい。
落ち込んでいるように見える。
驚かしてみようか。
背後から忍び寄って、大声を出してみるとか。
どうしようかと悩んでいると、アマテルが振り返った。
「勇者様……戻っていたのですね」
「うん。ついさっきね」
「そうでしたか。まったく気が付きませんでした」
アマテルからいつもの覇気が感じられない。
「その腕……」
アマテルは立ち上がって歩み寄る。
焼け落ちたはずの左腕を注視しながら。
「ああ、これ。向こうで治してもらったんだ」
「治した!?」
驚きを露わにしたアマテルが詰め寄る。
「治したって、どういうことですっ!? あの、あんなに酷かったのに、どうやって……」
上着を掴み、強く揺さぶってくる。
「お、落ち着いて! ひとまず落ち着いてくれっ! ちゃんと話すから! 話すから!」
「落ち着いてなんかいられませんよっ! だって、だって……もうダメかと……」
泣きながら揺さぶり続けるも、次第に揺さぶる力が弱まっていく。
「とりあえず説明するから、まずは落ち着いてくれ」
「はい……」
地球での経緯を全て話す。
全て話すといっても、内容は寝ている間に腕を治してもらったことしかないのだけど。
「それは治癒の魔法とは違う魔法なのですか?」
「らしいな。詳しくは教えてくれなかったけど、別物らしい」
アマテルはルナが使った魔法が気になるようで、色々と聞いてくる。
「実際に使っているところは寝ていたから見ていないし、悪いけど魔法について教えられることはないよ」
そもそも魔法そのものについて何も知らない。
「そうですか……」
「今回は大怪我を負ったけど、次からは気を付けるよ」
「それは……これからも一緒に旅を続けてくれるということですか?」
「そうだけど、ダメかな?」
「いえ……ダメではないです。むしろ、勇者様の方はよろしいのですか? 今回は生き残れましたけど、旅を続けていたらもっと危険な目に遭います。命を落とすかもしれませんよ」
「死ぬのは怖いな。だけど、危なくてもアマテルは旅を続けるのだろ? アマテルを危険な目に遭わせないために、自分も一緒に行く」
その言葉を聞いたアマテルは驚きながらも嬉しそうな顔をする。
「本当に、本当に……よろしいのですか?」
「もちろん」
「ありがとう、ございます……」
礼を言われるほどのことではない。
アマテルを見捨てて、彼女を危険に晒すのは気が引ける。
ただ、それだけの事だ。
別にアマテルが綺麗だからとか、好かれたいだとか、そういう理由ではない。
まあ、ちょっとはカッコイイと思われたいという気持ちはあるにはある。
むしろ、今回のサラマンダー討伐で好感度が上がったのではないかと期待している自分がいた。
「アマテルは怪我してない? 他の皆は無事?」
「私もポニィも大丈夫です。おじ様は少し火傷をしましたけど無事です」
「そっか。よかった」
皆が無事なら頑張ったかいもある。
「ポニィとおじ様は疲れが溜まっておりましたので先に休ませています」
焚き火の前で横になっている二人を見ながらアマテルは言った。
「アマテルは休まなくて平気なのか?」
「皆さんが守ってくれましたから、体力が余っていますので大丈夫ですよ。戦いでは活躍出来ませんでしたので、これくらいはやりませんとね」
外では何が起こるか分からない。
夜でもアンデッドは活動しているし、夜行性の野生動物やモンスターもいる。
野宿をする際は誰かが必ず見張りをやらなくてはならない。
安全を優先するのなら、当初の予定通りに日帰りで村に戻るべきだ。
それをしなかったのは、やはり自分のせいか。
負傷者を運ぶのは結構大変だ。
気を失っているのなら、なお大変である。
戦闘で役に立てたと思った矢先に負傷のせいで迷惑を掛けてしまった。
「見張りは私がやっておきますので、勇者様もお休みになられましても構いませんよ」
「いいよ、向こうでぐっすりと寝たから。アマテルの方こそ休みなよ」
「今日は眠れそうもないので、起きてますよ」
今日一日だけでも色々あったから疲れているとは思ったのだが、アマテルがそう言うのなら仕方ない。
「せっかくだし、もう少し話し相手になってよ」
「はい、構いませんよ」
焚き火を前に並んで座る。
「こうして二人で話すのも久しぶりですね」
「そう言われるとそうだな。むしろ、こうやって腰を据えて話すのは初めてじゃないか?」
「そうでしたね。なんだか不思議な感じがします。いつも一緒に居るのに、こうした機会が初めてなんて」
「いつも一緒って言うけど、まだ出会って一ヶ月くらいしか経ってないよ。それに夜は向こうに召喚されているからこっちにはいないし。あまりずっと一緒に居るって感じがしないな」
「まだ一ヶ月……。出会ってもう一ヶ月も経つのですね。早いものです」
アマテルと出会って一ヶ月なら、ルナと出会ったのも一ヶ月になる。
「これから一緒に旅を続けたら、一ヶ月どころか一年、もしかしたら十年以上、一緒にいるのかもしれませんね」
アマテルとずっと一緒。
一緒に旅をしているのだから、それは当然といえば当然だ。
それを意識すると嬉しさがあり、なんだか胸がざわつく不思議な気分になる。
もやっとはしない、なんだろう。
むず痒い?
どう言い表したらいいか分からないけど、そんな感じ。
隣に座るアマテルの顔を無性に見たいとも思ったが、顔を向けられない。
意識しているからだ。
これからもずっと一緒と言われたからだろうか、余計に意識してしまう。
顔は向けられなくても視線だけなら、横目でチラッと見るだけなら。
顔は極力動かさず、眼球だけを動かす。
視線を向ける。
横に。横に。横に。
足先が見えた。
さらに奥に。
膝を抱えながら顔の下半分を埋めていた。
口元は隠れている。
表情は読めない。
焚き火をじっと見つめている。
澄み渡る青空のように青い瞳には火が映り、まるで夕焼けの空のように染まっていた。
しばしの間眺めていたが、知らないうちに視線どころか顔ごと彼女に向けられていた。
ガン見である。
眼福でもある。
目の保養でもあった。
「……勇者様」
顔を眺められているのに気付いているのか気付いていないのか定かではないが、焚き火を見つめながらアマテルは口を開いた。
「これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく」
ー18ー
結局アマテルと共に夜通し過ごしたのだった。
二人で起きていたからといっても、特に何もなかった、何も起こらなかったのだ。
むしろ、何かがあったら困るのだけど。
ポニィとローゲンが起きるのを待って朝から村へ向かう準備をする。
治った腕を見てローゲンは驚いていたが、深く追求はしてこなかった。
「その腕……」
事情の知らないポニィは綺麗に治っている左腕を見て驚く。
「なんで? どうして?」
当然ながら困惑してる。
「勇者様、どうしましょう? 話してしまってもよろしいでしょうか?」
「あー、そっか。話してなかったか」
ポニィには地球に召喚されていることは話していない。
昨日の夜はポニィが寝ている間に地球に召喚されたのでポニィはその現場を見ていなかった。
だけど、焼失した左腕がものの見事に完治しているのだ。
もはや隠しようがなかったので、地球に召喚されることを説明する。
「あたま……ぶつけたの?」
話を聞いて第一声がそれだった。
頭を強く打ったのではないかと心配されてしまう。
「その反応は結構傷つくな」
「ごめん……」
「いや、いいよ。突拍子のない話だってことは自覚してるから」
「そう?」
納得したかは知らないが、ポニィは一旦切り上げてアマテルに尋ねる。
「……ケガをするのは、いつもなの?」
「そうですね……勇者様やおじ様は前に出て戦うので怪我をされるのは多いですかね」
「テルは大丈夫なの?」
「私は大丈夫です。お二方に守ってもらっているので」
「そう……」
友人が心配なのだろう。
左腕の興味よりもアマテルの身を心配している。
今のところ、アマテルは大きな怪我を負ってはいない。
だけど、今後どうなるかは分からない。
知恵が回るアンデッドは回復役を先に潰すという話を聞いたことがある。
旅を続けていれば、そういったアンデッドに遭遇するかもしれない。
そうなれば、果たして自分はアマテルを守り切れるのだろうか。
ローゲンもいるが、彼女を絶対に守り通せるとは限らない。
「……」
ポニィは顔を俯かせて自身のローブを強く握り締めて震えている。
「ポニィ?」
「……わたし」
意を決したポニィが顔を上げる。
「わたしも、いっしょに行く!」
「一緒に旅に出るということですか?」
「うん」
「どうしてですか?」
「いまの勇者じゃ、不安」
「不安?」
「いまの勇者に、テルをまかせられない。だから、わたしも……わたしも連れてって!」
長い話になってしまいましたが、読んで頂き感謝致します。
今回はサラマンダーという強力なアンデッドを討伐する話になりました。
このサラマンダーは本作を構想した当初に思いついた自分でも結構気に入っている敵キャラです。
苦難の末にようやく討伐しましたが、さらなる強敵が主人公達に立ちはだかります。
さて、今回の話でポニィという新キャラが登場しました。
後々で結構重要な立ち位置になるキャラです。
彼女の今後の活躍に期待してください。
次回の話ですが、地球サイドの話になります。
ぜひ読んで下さればと思います。




