03.神官
ー1ー
世界が回る。
景色が回る。
焦点が合わない。
目を閉じていても頭の中がぐるぐると回る。
気持ち悪い。
吐き気がする。
足元がおぼつかず、地面が揺れているかのように感じる。
そもそも、どこが地面か分からない。
上下が分からない。
自分が立っているのか寝ているのかすらも分からない。
もしかしたら宙に浮いているのかもしれない。
そんな不快な気分が長く続いたような気もするし、一瞬の出来事だった気もする。
やがて意識は覚醒し、地に足がつく。
地球とは別の景色が目に映る。
さっきまで居たルナのマンションとは違う。
アマテルの家。
それも自分が最後に居たアマテルに案内された空き部屋だ。
「戻って来れた……」
無事に戻って来られたようだ。
「……勇者様?」
背後より掛けられた声。
誰だかはすぐに分かった。
振り返るとアマテルが泣きそうな顔で立っていた。
「アマテル……」
「よかった。無事で……」
安堵した様子でアマテルは続ける。
「いきなり消えてしまったから、心配しました……」
「その、悪かった……心配を掛けて」
「本当ですよ。今までどこに行っていたのですか?」
やはりそれを聞いてくるよな。
信じてくれるかは分からないが自分の身に起きた出来事を話す。
「地球に召喚された?」
アマテルは首を傾げる。
「信じられない話かもしれないけど、本当の話なんだ」
正直、信じてくれるとは思えないけど、自分に起きた出来事をありのままに話した。
「私は勇者様の話を信じますよ」
アマテルは信じるとあっさりと言ってのける。
信じてくれるのは嬉しいが、普通もう少し疑うものじゃないか。
「信じてくれるの?」
「はい、信じます」
即答される。
その瞳には一転の曇りもない純粋な眼差しだった。
アマテルはこんな荒唐無稽な話を嘘だと全く疑っていない。
本当に信じてくれている。
「元々、勇者様も地球からこの世界に来たのですから、その逆があってもおかしくはありませんよ」
アマテルが言わんとしていることは分かるが、地球で暮らしていた際に、この世界の住人が地球に現れたという話は聞いたことがない。
自分が知らないだけで密かに現れている可能性も否定は出来ないが、ルナの反応を見る限りその可能性は低そうだ。
「それにしても、ネクロマンサーですか……」
アマテルがポツリと呟いた。
「気になる?」
「そうですね……。ネクロマンサーという存在はこの世界では聞いたことがないので、どのようなものなのか想像できません。ただ、私達の敵はアンデッドですから、あまりいいイメージを持てないのが本音です」
自分も脅されたり生意気な態度をとられたりと、アマテルとは別の意味であまりいい印象を持てなかった。
「そのネクロマンサーさんに召喚された勇者様はアンデッドなのでしょうか?」
「いや、普通の人間だよ。魔臓石はないし、ちゃんとした心臓が動いてる」
「そうですか、よかった」
ホッと息を吐いて安心したご様子。
それは当然だろう、アンデッドの親玉を討伐する旅に出るのに、仲間がアンデッドだったら複雑でしかない。
「アンデッドじゃなくて、人間が召喚されたことに関しては向こうも驚いていたよ。こんな事は初めてで聞いたことがないって」
そこまで話して、アマテルがある事に気が付いた。
「あれ? 勇者様、その腕に付けている物はなんですか?」
「ああ、これ? これは腕時計だよ」
左手首に巻かれた地味な色合いをした一目で安物だと分かる腕時計。
「こんな小さな時計は初めて見ました」
物珍しそうに腕時計を見てくる。
安物だからそんなにジロジロと見ないでほしい。
「時計って珍しいの?」
「珍しいというより、高価な物なので持っている人が少ないのですよ」
地球では百均の物から何百万もする腕時計があるのに、この世界では時計自体が高価な物なのか。
「勇者様はどうして時計を持っているのですか?」
「ああ、それは……」
腕時計の文字盤に書かれた「8」を指差す。
「明日もこの時間に召喚するからって持たされたんだ」
ついでに、こちらの世界と地球の時差がどれくらいあるのか調べるようにと頼まれている。
他にも調べて欲しいことがあるそうだが、手始めに時間に関して調べるようにとの事。
「また向こうに召喚されるという事ですか?」
「またどころか、毎日召喚するみたい」
「そうですか……」
アマテルは不安そうに眉を寄せる。
「大丈夫だよ。地球の日本は比較的安全だから厄介事には巻き込まれることはないよ」
安心させようとそう告げてみるも、正直に言うとルナに関わると厄介事に巻き込まれそうな気がしてならない。
そもそも、自分が一度死んだのもルナが原因の一つであるし、護衛がどうとか言っていたし、これからも何かしらの厄介事が起こりそうなのは明白。
「それとお願いがあるんだ」
「お願いですか? 何でしょうか?」
「今の話は全部他言しないように」
人差し指を口の前に突き立てて秘密にするようにと頼む。
「分かりました。秘密ですね」
地球と行き来しているのがバレたら面倒だ。
特に地球出身である他の勇者候補達。
彼らが地球になんら未練がないとは限らない。
地球に行ける者の存在を知った時、彼らがどんな行動を取るか分からない。
避けられる問題は避けるべきだろう。
この腕時計も見つからないようにしなくては。
上着の袖で覆うようにして隠す。
袖口に小さな膨らみができてしまうが、大して目立たないだろう。
それから当初の予定通り、空いていた部屋で一晩過ごして朝を迎えた。
ダルくてベッドから起きる気力が湧かなかったが、いつまでも寝ているわけにはいかない。
腕時計で時間を確認すると七時を過ぎていた。
寝ぼけた眼を擦りつつ、体を起き上がらせる。
窓の外を見てみると、外は晴れており出掛けるにはもってこいな陽気だった。
「勇者様、おはようございます」
「おはよう」
リビングに降りると、アマテルが朝食の準備をしている最中だった。
「朝ごはんの準備をしますので、少々お待ちくださいね」
そう言われても、ただじっとして待つのは何か申し訳ない。
「何か手伝おうか?」
「うーん……では、そこの食器棚からお皿を出してもらえますか。一番下の段にあるのをニ枚と隣にある器を二つお願いします」
言われた通りに食器棚より食器を取り出してアマテルに手渡す。
「ありがとうございます、勇者様」
お手伝い終了。
これでは子供のお手伝いである。
まあ、アマテルの作業を見る限り、馴れた手付きであるから、下手に手を出すと邪魔になる。
これ以上は手を出さない方がいいだろう。
「ああそうだ、勇者様」
台所で調理していたアマテルが振り返る。
「寝ぐせ、直した方がいいですよ」
クスリと笑いながら自身の髪を指さしてそう告げるのだった。
ー2ー
朝食を食べながら、アマテルがこの世界について少し説明してくれた。
この世界には『魔石』と呼ばれている資源が存在する。
リッチーの出現によって他国との繋がりを絶たれた王国に訪れた危機の一つが資源の枯渇であった。
他国からの資源の輸入は途絶えても、資源が豊富である王国。
すぐになくなる事はないと、当初は考えられていた。
しかし、アンデッドの放つ負の魔力によって土地は荒れていき、徐々に資源が消滅していく。
残った資源を手に入れるだけでも、アンデッドが立ちはだかり、命懸けとなった。
そんな状況下で資源の供給などまともに出来るはずがない。
このままでは王国は衰退していき、リッチーを討伐する前に滅びてしまう。
そこで注目されたのが、リッチーと同時に現れたアンデッドが持つ魔臓石。
魔臓石は、いってしまえば魔力の塊である。
これを利用すれば資源に活用できるのではないかと考えられた。
のちに生み出されたのが魔臓石を人が扱かえるように加工された魔石である。
魔石は様々な資源の代用品として重宝された。
光を灯し、火を起こし、水を湧かせ、風を運び、土を生み、雷を放ち、氷を作る。
魔石は七つの奇跡を起こし、万能の資源と謳われた。
「あの蛇口の先にも魔石が備え付けられておりまして、その魔石が水を生み出しているのです」
そう言って、アマテルは台所の蛇口を指し示した。
自分が寝ぐせを直すのに使った水道も特に気にしていなかったが、あれも魔石が使われていたのだろう。
「そういえばローゲンとおばさんは?」
朝起きてから姿が見えないので尋ねてみる。
「おば様はパンを焼いてますよ。おじ様はその手伝いに」
「パン?」
「言ってませんでしたっけ? お二人はパン屋さんを経営しているのですよ」
そういえば昨晩の夕飯時にそんな話を聞いた気がする。
「それでいなかったのか」
「お店はこの近くでして、結構大きいですよ。後で顔を出してみましょうか」
朝食を終えて、食器を片してからアマテルと共に外に出る。
今日はアマテルが街を案内してくれるということになった。
まずはローゲン夫婦が営むパン屋に向かう。
アマテルが言っていた通り、そこそこ大きいお店だ。
従業員として三人程雇っているらしいが、顔を出した時には一人しか来ていなかった。
軽く挨拶をして、ローゲンと今後について話す。
アマテルの伯父であるローゲンは若い頃に勇者候補と共にリッチー討伐の旅に出ていたらしい。
今は現役を退いていたのだが、今回アマテルが旅に出るというので復帰して旅に同行する。
最近はブランクを埋めるため、街を離れてアンデッドを狩っているそうだ。
「神殿から貰った剣はあるな?」
「ああ、持っているよ」
リッチーを討伐に向かう餞別として旅に必要な物を一式、神殿から贈られていた。
武器はいくつかある種類の中から剣を選び、それを贈られている。
「剣を扱ったことはないだろう。今日の午後から剣の扱いを含めて戦いの基礎を教える」
アンデッドと戦う前のチュートリアルということだ。
「それじゃあ、時間までは街を見て回るよ」
午後になるまで時間があったので、予定通りに街を見て回る。
パン屋の次は神殿へと案内された。
そこで大きな置き時計があったので時刻を確認する。
ルナから渡された腕時計と見比べて、この世界と日本の標準時間が大体一緒なのを確認した。
アマテルにも確認を取ってみると、この世界も一日が二十四時間との事。
なので時間が一緒なのは間違いない。
時間の確認が済んだところで、アマテルが神殿について説明してくれた。
「神殿は各街に一つは必ずありまして、勇者候補に関する業務は全て神殿が担っております。ですので、旅先で困ったら神殿を訪ねるといいですよ」
勇者候補に関わる業務が具体的に何があるかは知らないが、とりあえず困ったら来るといいらしい。
「アマテルも神官だから神殿に務めているのか?」
アマテルと同じ神官服を着た者達が神殿内で従事している姿を見て気になったので聞いてみる。
「そうですね、所属としてはそうなります。ですけど、私は勇者様の同行者になりますので、形だけの所属になってます」
神殿での業務をひと通り教えてもらい、神殿を出る頃には丁度いい頃合いになっていた。
ひとまずパン屋まで戻り、昼食となるパンを買う。
店内に設けられた飲食スペースで食べながら、ローゲンを待つ。
やがてローゲンがやって来る。
昼食後、場所を外に移動し、早速剣の稽古をつけてもらった。
途中に休憩を挟みながら稽古に臨む。
それは陽が暮れるまで続き、全身にアザや傷を作るほどであったが、半日やっただけである程度形にはなったと自分では思っている。
最後にローゲンから「筋がいい」と褒められた時は、体は疲れていたが心は晴々と澄み渡った。
これが飴と鞭というやつか。
若干鞭が多めな気もするけど。
それに筋がいいと言われたが、それは自分の勇者補正である右眼のおかげだ。
この右眼はよく視える。
稽古の際も、ローゲンが操る剣の動きを眼で追うことができた。
ただ、やはり怖くて瞼を閉じてしまったり、顔を背けてしまう。
そこは何度もローゲンに指摘されて怒られた。
頑張って眼で追っても、今度は体が追いつかない。
視えているにも関わらず体が動かないのだ。
頭では分かっていても、こればかりは今すぐにどうすることも出来ない。
そんな感じで今日の稽古を終える。
疲れた体を動かして、下宿先であるアマテルの家へと帰るのだった。
ー3ー
「それで今日はそんなにお疲れなのか」
その日の夜、約束の八時を二十分程過ぎた頃に地球へと召喚され、ルナに今日の出来事を報告した。
「お前は私の護衛だ。足止めが出来る程度には強くなれよ」
「足止めって……捨て駒にする気満々じゃないか」
「捨て駒にする気はないが、力不足で死ぬのはお前自身の問題だ。死にたくなければ強くなればいいだけの事。無抵抗に心臓を刺されて死ぬ、そんな間抜けな死に様を二度も私の前で晒すなよ」
初対面の時の事を言っているのか。
一体、誰のせいで死んだと思っているんだ。
「さて、頼まれた事はちゃんと出来るようだし、次に行くぞ」
時間の確認の次は何をやらされるのだか。
「必要な物を奈々に手配させているのだが、ちょっと帰りが遅いな」
「奈々?」
聞いたことがない名前だ。
「言ってなかったか? この前いなかったもう一人の仲間だ。じきに戻るからその時紹介しよう」
そういえば、仲間がもう一人いるとか言っていたな。
名前の感じからして女性だろう。
どんな人物なのか気になる。
その時、玄関の開く音が聞こえてきた。
「帰って来たみたいだな」
廊下から足音がリズミカルに聞こえてくる。
そして、リビングの扉が開け放たれた。
「ただいま戻りました!」
リビングに入って来たのは紙袋を片手に持った少女。
少女は茶色掛かった髪を後ろに束ねている。
最初の印象として、元気という言葉が浮かんだ。
「見慣れない顔がありますね。まさかとは思いますがルナ様の彼氏ですか?」
彼氏とは笑えない冗談だ。
こんな生意気なちんちくりんに惚れるわけないだろう。
「そんなわけないだろう」
ルナは嫌そうな顔をしながら否定する。
彼氏と思われるのは不本意だが、そんな顔で言われるとなんか傷つく。
「冗談ですよー。ルナ様と付き合おうだなんて、おこがましいにもほどがあります。そんな輩がいたらわたしがとっちめちゃいますよ」
少女は拳を作って前に突き出す。
なぜか拳がこっちを向いている気がするが、わざとだろうか。
「君が噂の新人くんですか」
なるほどねーと言いながら、こちらをジロジロと観察してくる。
「どうも初めまして」
「はじめましてー。わたしは奈々といいます」
なんだろう、軽いというか、どことなくテキトーな感じがする。
「それで頼んでいた物は?」
「はい。ちゃんと調達してきましたよ」
奈々は持っていた紙袋をルナに手渡す。
ルナは紙袋の中を漁って箱を取り出した。
「スマホ?」
箱を開封すると中にはスマートフォンが入っていた。
「これをお前に預ける。向こうの世界の景色や地球にない物をこれに写真を撮るなりして記録を取って欲しい」
スマホを操作しながらルナは続ける。
「もちろん他人には悟られないようにしろ。持っているのが周りにバレたらトラブルの原因になるからな」
「記録を取るのは構わないけど、何故そんな事を?」
「新人くん、君はルナ様の言うことに黙って従っていればそれでいいのだよ」
奈々から厳しいお言葉を頂いた。
上の者の言う事を黙って従えという事か。
奈々はルナに抱きついて「ねー」と同意を求めているのがなんか腹立たしい。
抱きつかれたルナは迷惑そうな顔をしているが嫌がっている様子はない。
仲がいいのだな。
奈々の態度を見ていると、仲がよすぎる気もする。
そういう関係なのかと疑ってしまう程だ。
「そうだな、一応理由を話しておくか」
奈々の意見に同意するかと思ったがそうな事はなかった。
「お前の話を疑っているわけではないが、地球とは別の世界なんて普通に考えたら信じられない話だ。お前の話だけでなく、実際に目にするのが手っ取り早い。だけど、私は向こうに行く手段を持ち合わせていない。だから――」
ルナは手に持ったスマホを掲げる。
「コレで写真を撮ってこい」
自分で証拠を用意しろというわけか。
「単純に向こうの世界がどうなっているかという興味もある」
地球とは別の世界が実在するとなれば、それがどんな世界なのか気になるのは当然のことだ。
「分かった、できる限り沢山撮ってくるよ」
「周りにバレないように気を付けろよ」
ルナからスマホを受け取り中身を確認する。
特に変哲の無い普通のスマホだ。
「エッチなサイトとか見ちゃダメだよー」
「見ないよ」
「ホントかなー。怪しいなー」
茶々を入れてくる奈々を無視して、話を続ける。
アマテルとローゲンへの情報の開示についてだ。
これから一緒に旅に出るのに、毎日姿を消していては不審がられる。
多少の情報を開示するのはやむを得ないだろう。
「事情を話すのは構わないが、そっちで起きたトラブルはお前が自分で解決しろ」
話すなら自己責任でという事でルナから許可を貰えた。
「……今日はこんなもんか」
「そうだな」
壁に掛けられた時計を見ると時刻は十時に差し掛かっていた。
説明やら報告をしていると、時間はあっさりと流れるものなんだな。
「明日も同じ時間に召喚するからそのつもりで」
「了解」
地球から戻されるなり今日一日の疲れが出たのか、すぐにベッドに倒れ込んでそのまま深い眠りについた。
ー4ー
体を揺さぶられる。
「…………よ、ゆ………ま」
少女の声?
「朝ですよ、勇者様」
今度ははっきりと聞こえた。
アマテルの声だ。
なぜアマテルの声が?
なんて言っていた?
……あさ?
朝。
そうか、もう起きる時間か。
瞼を開けると金髪の少女が目の前に居た。
「あっ、おはようございます、勇者様」
「……おはよう」
寝ぼけ眼を擦りながら上半身を起こす。
「ぐっすり眠っていたところを起こしてしまってすみません」
腕時計で時間を確認すると時刻は八時を過ぎていた。
随分と長い時間眠っていたようだ。
「朝食はもう準備できていますので食べてくださいね」
それだけ告げるとアマテルは部屋から出て行った。
身支度を整えてリビングに降りると、アマテルの言う通り朝食が用意されていた、それも二人分の。
どうやらアマテルが食べずに待ってくれていたようだ。
「先に食べていてもよかったのに」
「一人で食べるのはなんだか味気ないじゃないですか」
そういうものだろうか。
「さっ、席に着いてください。朝食にしましょう」
待たせるのも悪いし、明日からは早く起きようと密かに決意した。
「そうだ、アマテル」
「なんでしょうか?」
「後で昨日みたいに街を案内して欲しいのだけど、お願いしてもいいか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
「ありがとう。それじゃあ頼むよ」
「はい、任せてください」
朝食を終えて、先日に引き続き、ローゲンから剣の稽古をつけてもらう。
稽古の方は午前中で切り上げて、午後からはアマテルと共に街に繰り出した。
「地球に召喚される事はローゲンにも話しておこうと思う」
街を歩きながら、地球に召喚されることについて相談する。
「そうですね。これから一緒に旅に出るわけですし、ある程度事情を話しておいた方がいいと思います」
「だけど、信じてくれるか不安なんだよな」
「あー、おじ様は少々頭が堅いところがありますからね。ですけど、信じる信じないも召喚されるのは事実ですし、最初は疑っていても実際に召喚される現場に立ち会えば信じてくれますよ」
「そっか……アマテルがそう言うのなら、とりあえず帰ったら話してみるよ。まずは話さないと話が進まないしね」
「はい、話してみてください。あっ、この先が市場になっております。私も買い物をする時はいつもここで買い物をしています」
通りに人が増えて来たのはそのせいか。
多くの人々が行き交い、市場から出てきた人々とすれ違ってゆく。
「へー。……って、アレ?」
思わず足を止めて振り返る。
「どうしましたか?」
アマテルも足を止めて問うてきた。
「いや……今、妹に似ている人とすれ違ったのだけど……」
どこにもいない。
もう人混みに紛れてしまったのだろうか。
それとも見間違いだったのか。
「勇者様には妹がいらしたのですね。ですけど、見間違いだと思いますよ。勇者様の妹さんは地球で暮らしているはずではありませんか」
アマテルの言う通りだ。
仮にこの世界に居るとしたら、それは妹も死んで飛ばされて来たという事だ。
そんな嫌な展開、想像すらしたくない。
たまたま妹に似ている人物とすれ違っただけだろうと自分を納得させた。
「足を止めて悪かったな。行こうか」
アマテルと市場を見て回り、一通り見て回った後は街の名所に案内してくれた。
「ここ……名所なのは分かるけど……」
案内された名所の一つ、公園。
「お気に召しませんでしたか?」
「そうじゃなくて……」
周りを見渡すとカップルが多い。
そこかしこでイチャついている。
アマテルと二人の自分も傍から見たら、カップルに見えるのだろうか。
「アマテルはどう思う?」
「皆さん仲がよろしくていいと思います」
特に意識している様には見受けられなかった。
どうやら、意識しているのは自分だけのようである。
「……別の場所を案内してくれ」
その後も街の案内が続いた。
要所要所でバレないように写真を撮っていく。
まるで盗撮のようであるが、この世界には盗撮を取り締まる法律はまだないので問題ないだろう。
「大体こんなもんか」
今日一日で結構な量の写真が撮れた。
ルナへのお土産には十分だろう。
「写真って時間を切り取ったみたいで不思議な感じがしますね」
この世界には写真がないのでアマテルは物珍しいそうにする。
「せっかくだし、アマテルも撮ってあげるよ」
そう言って、アマテルにスマホのレンズを向ける。
「私をですか? なんだか気恥ずかしいです。どうしいたらいいのでしょうか?」
初めての撮影を前にオロオロし始める。
慌てふためく様子も可愛いな。
その可愛い姿を写真に収めて満足する。
「今撮りましたか? 撮りましたよね? 撮っちゃいましたよね?」
「……さて、そろそろ帰ろうか」
「勇者様っ!? 聞いてますか!? ねえ、勇者様!」
動画で保存すればよかったなと今更ながら後悔する。
連写機能も使いようによっては面白いものが撮れそうだ。
今度アマテルを撮る時はそれらの機能を上手く活用していこう。
日が傾き始めたのでアマテルの家へと戻る。
帰宅して早々に地球へ召喚される事をローゲンに話してみるも反応は芳しくない。
半信半疑というより全然信じていない様子。
アマテルがフォローしてようやく聞く耳を持ってくれた。
今は信じてくれなくても、一緒に居れば何度か召喚される現場に立ち会うだろうし、そうすれば信じてくれるだろう。
ー5ー
この世界に来て、幾日経っただろうか。
ようやく慣れてきて、剣の扱いも様になってきた。
街から出て、アンデッドの討伐して実戦の経験も積み、いよいよ旅立ちの日が近付いてきた。
「ついこの間まで最弱のスケルトンに手傷を負わされたのに、もう旅立つのか?」
「その話は忘れてくれ。それと旅に出るのはもう少し様子を見てからだ」
地球にて、本日の報告会。
「手こずったのは最初だけで、その後の戦いはむしろ順調だ」
言い訳がましいが、苦戦したのが最初だけなのは本当だ。
「でも死にかけたのは本当だろ?」
「……」
事実だけに何も言い返せない。
「そんなんじゃルナ様の護衛は任せられないよ」
奈々が肩を竦めながら言う。
そういえばルナの護衛のために召喚されているのだった。
正直、最近まで普通の学生をやっていた自分には荷が重すぎると思う。
もっともそれを言ったら向こうの世界でのリッチーを倒して世界を救ってほしいというのも随分な無茶振りである。
アマテルみたいに協力的ならまだしも、ルナはアレをやれコレををやれとしか言わない。
面倒ばかり押し付けてくる。
今のところは手探り程度だが、そのうち厄介事が舞い込んで来そうだ。
「当面は自分が強くなることに集中しろ」
ルナに言われるまでもない。
実力不足で切り捨てられるのは御免だ。
「ところで、あの制服ってルナと奈々のか?」
壁に掛けられた二着の夏用のセーラー服を指して聞いてみる。
「ああ、夏休みも終わりだからな。茜が用意してくれたんだ」
壁に掛けられているのは見覚えのある高校のセーラー服である。
「てっきり中学生かと思っていたけど、高校生だったのか」
奈々はともかく、ルナは体が小さいので中学生かと思っていた。
「次に中学生と言ったら殺すぞ」
殺すという単語に反応して奈々と茜、榊から視線が注がれる。
殺気の宿った視線が体を貫く。
「じょ、冗談だよ。そんなマジになるなよ……」
笑ってごまかす。
「ふん。次はないからな」
殺気が消え去り、先程までの平穏が戻ってくる。
許してくれたようで何よりだ。
「まあ、私は冗談でも人を殺すけどな」
許してくれてはいなかった模様。
一応は怒りを鎮めてくれてはいるが、何が原因で怒るかは分からないし、今後は発言に気を付けよう。
「悪かった。別に悪気があって言ったわけじゃない」
とりあえず形だけでも謝っておかなければ。
「ルナは、その……小さくて、その、可愛いから幼く見えて……うん」
ルナは苦い顔しているが、横に居る奈々はうんうん頷いて同意してくれている。
「無駄にフォローしようとしてくるところがムカつくな。しかも全然フォローになってないし」
「うっ……」
余計に機嫌を損ねてしまったようだ。
悪くなった空気を悟ったのか奈々が口を挟んできた。
「ねえねえ、なんであの制服が高校の制服って分かったの? もしかして制服フェチなの?」
わざとらしく自身の体を引かせながら質問してきた。
「制服フェチじゃない。誤解されるような事は言わないでくれ」
「それじゃあ、なんで分かったの?」
「……妹が同じ制服を着ていただけだ」
あの制服と同じ物を高校一年生になる妹が着ていたのを覚えている。
「へーそうなんだ。でも、あの真面目な委員長にこんなお兄ちゃんがいたとはね」
委員長って、知ってんじゃねーか。
そういえば、こっちの個人情報は駄々洩れだったのをすっかり忘れていた。
「……同級生なのか?」
「同じクラスです」
「マジかー」
頭を抱えて溜息を吐く。
知っててからかってきたな、コイツ。
「……妹は元気にしているか?」
「うん、元気元気。いつも通り過ぎて誰かさんのことなんて気にしてないのかもね」
今日一番に傷つきました。
でも、まあ、うん……元気にしているならそれでいいかな。
「そうか……元気にしているのか」
「一応言っておくが会わない方がいいぞ」
ルナが忠告をする。
「なぜ?」
理由を問う。
「お前は行方不明扱いにされているが、死んだのには変わりない。セイヴァーハンドの連中がどこで網を張っているか分からない現状、接触は避けた方がいい。お前も家族が巻き込まれるのは嫌だろ?」
「そうだな……。うん、近付かないようにするよ」
妹が元気にしている。
たとえもう会えなくても、元気なのが分かっただけで十分だ。
ー6ー
翌日。
快晴とまではいかないが雲は少なめでいい天気だ。
「今日もスケルトン退治なのか?」
今歩いているのは街の外に広がる平原だ。
緑の絨毯が辺り一面に生い茂っていて、背後にある街以外に人工物が見当たらない。
「この前はサポートに入ったが、今日は一人でスケルトンの相手をしてみろ。何度か戦って問題なければ連携の指導に入る」
ローゲンの話を聞いて今日の方針を理解した。
まずは実力の確認、一人で何も出来なければ仲間の足を引っ張ってしまう。
実力に問題がなければ、次に仲間との連携、一人で出来ないことでも仲間と共になら成し遂げられる。
特に仲間との連携は大事だ、今後これが戦いの基本となるのだから。
そのためにはある程度実力を身に着けなければならない。
下地である基礎がなければ話にならないからだ。
平原を歩いていくと徐々に木が増えていき林になる。
「いたぞ、スケルトンではなくゾンビだが」
ローゲンが指し示す先に揺れる人影が見えた。
ボロ布を纏った腐敗した肉塊。
肌の潤いはとうの昔に失われ、土色に変色している。
破れた腹から臓器をぶら下げており、足の関節から骨を突き出したアンデッド。
ゾンビ。
供養されなかった哀れな屍。
「あれもアンデッドでいいのか?」
元は人間、倒してしまっていいのだろうか。
「アンデッドに変わりはない。死者は早急に葬り去るべきだ」
「そうだよな……」
腰に差した鞘から剣を抜き放つ。
「早く奴を楽にしてやれ」
ローゲンの言葉を受けて、剣を持つ手に力が入り、柄を強く握り締める。
……落ち着け。
深呼吸して無駄に入っていた全身の力を抜く。
「よしっ!」
気合十分にゾンビに斬りかかった。
近付いてから気が付いたが、ゾンビは武器を持っていた。
棍棒だ。
こちらの攻撃を察知したゾンビは棍棒で斬撃を受け止める。
「くっ……!」
剣は棍棒に食い込むが両断はされずに形を保つ。
すぐさま剣を戻し、再度攻撃を仕掛ける。
今度の攻撃はゾンビの左腕に当たった。
いや、当たったではなく左腕で攻撃を受けたのだ。
しかも急いで攻撃したからだろうか、剣には勢いが乗っておらず、ゾンビの左腕を斬り落とすには至らない。
ゾンビが右手に持った棍棒を振りかざし、勢いをつけて落とした。
振り落とされた棍棒を避けるべく、ゾンビの左腕に当たった剣を軸に体を右側に回して回避する。
咄嗟の回避だったため、勢い余って地面に転がってしまう。
危なかった、危うく頭をかち割られるところだった。
「何してる! 早く立ち上がれ!」
ローゲンの叱責を受けて、地面から立ち上がる。
目の前にはゾンビが迫っており、再び棍棒で殴りかかってきた。
それを剣で受け止める。
衝撃によって手が痺れるが、ここで剣を手放すわけにはいかない。
ゾンビの動きは鈍い。
攻撃を防げたのならば、再びこちらから仕掛ける番だ。
さっきは受け止められたが、今度は棍棒を両断すべく剣を力一杯に振り下ろした。
想定通りに、またも棍棒で斬撃を受け止められる。
だが、渾身の力を込めた斬撃でも棍棒は両断するには至らず、剣は棍棒に深く食い込んで静止した。
剣を戻そうと引っ張るが深く食い込んでいるため棍棒から剣は抜けず、ゾンビも棍棒を手放させまいと棍棒を引っ張る。
「くうぅっ!」
こちらも剣を手放すまいと、両手で柄を強く握り締め、両足で大地を踏みしめて体を捻じるようにして引っ張る。
ぶちぶちと肉が切れる音を立てながら、ゾンビが前のめりになって倒れた。
倒れるゾンビを尻目にして、棍棒に剣が食い込んだ状態のまま奪い取る。
地面に転がるゾンビの頭部目掛けて剣を振り下ろす。
もちろん棍棒が食い込んだままの状態でだ。
ゾンビの頭部に直撃するは刃ではなく棍棒。
棍棒は容赦なくゾンビの頭部をひしゃげさせ、脳漿を辺り一面に撒き散らす。
この攻撃で棍棒は剣から抜け落ち、地面に転がる。
頭部を潰してもゾンビの体は蠢いていた。
腕を動かして這うように蠢く胴体。
その胸部にあるであろう魔臓石に向けて剣を突き刺した。
ー7ー
「どうだ! 一人で勝てたぞ!」
意気揚々と勝利の報告をする。
「お見事です、勇者様!」
アマテルは拍手して称賛する。
「結構危なかった気もするが、ひとまず良しとしよう」
苦難の末に単独にてゾンビを倒す事に成功し、訓練は次の段階に移行した。
次は連携の訓練だ。
「まずは簡単に説明しておく。戦闘は前衛と後衛に分かれるのが基本だ。前衛が敵を阻み、後衛が魔法で支援する。こんな風にして敵と戦う」
「この三人だと自分とローゲンが前衛でアマテルが後衛って感じか?」
「そうだ。前衛はなんとしてでも敵を食い止めて、後衛に敵を近付けさせるな。魔法による支援が途切れたら勝利は遠のく」
魔法か。
地球では存在を秘匿されているが、この世界での魔法は身近に存在している。
自分には魔法は使えないのだろうか。
地球から来た他の勇者候補達も魔法を扱えるとは一応耳にしている。
今度アマテルにでも魔法の使い方を聞いてみよう。
「丁度いい。見ろ、スケルトンだ。まず奴で連携を試す」
すぐ近くをうろつくスケルトン。
数は一体。
ローゲンからの指示を頭に入れて動き出す。
こちらが位置についたのを確認したローゲンが盾を前面に押し出しながらスケルトンに突撃していく。
突撃に気付いたスケルトンはローゲンを警戒する。
ローゲンに気を取られている間に忍び寄り、背後から魔臓石を貫いた。
スケルトンの体が灰になって消えゆく。
いとも簡単に仕留めてしまった。
「人数が多いだけで優位になれる。だがそれは敵も同じだ。ここは視界が開けているが、場所によっては伏兵に注意しろ」
挟み撃ちは有利ではあるが、敵も同じ事をやってこないとは限らない。
目の前の敵に気を取られるだけでなく、周囲にも気を配らなければならないというわけだ。
アマテルもローゲンの言葉に頷き、心に留める。
今回は負傷はしていないのでアマテルの出番はない。
回復役に負担を掛けないのも長期戦では重要な事だ。
それにしても、一人の時とは違って、あっさりと仕留められた。
味方がいるだけでこんなにも違うものなんだなと実感する。
「ただ人数が多ければいいというものではない。互いの意思疎通、実力の把握、相性といったものが上手く噛み合わなければ、簡単に戦線は崩壊する」
「それでも人数が多いに越したことはないだろ?」
「まあ、そうだな。安心して背中を任せられる仲間がいるのは心強いものだ。死と隣り合わせの戦場では特にな」
ローゲンが言わんとしていることは理解出来る。
自分も実戦経験は数える程しかないが、いつでも助けてくれる仲間がいるのは安心する。
死と隣り合わせの戦いの中で背中を任せられる仲間がいることほど心強いものはない。
実際にそんな状況にはまだ陥った事はないから想像するしかないが、数少ない戦闘を振り返ってみると背後を気にする余裕がなかったのは事実だ。
背中を預けられる、いつか自分もローゲンにそう言わせられるほど強くなりたいものだ。
「時には仲間以外の者と戦わねばならない時もある。そんな時は下手に連携を取るのではなく、お互いの邪魔にならない程度に戦うのがベストだ」
ローゲンは一息つくと、言い忘れていたことを思い出したかのように続けた。
「……そうだ。数が多いだけでなく、連携を組むと強くなるのは相手も同じなのを忘れるな。アンデッドの中にはそういう輩もいる。今回は三対一でこちらが有利だったが、場合によっては敵の方が多い場合もある。いつ、そうなっても問題ないように――」
ローゲンはこちらの瞳をジッと見つめながら告げる。
「――もっと強くなれ」
期待を込められた言葉を胸に、次なる戦いに出向くのだった。
ー8ー
「稽古をつけてもらっているというローゲンだっけ? その戦士には、お前が地球に召喚される事は話したのか?」
夜になり、本日も地球に召喚される。
「一通りは。でも信じてくれているかと言われれば微妙なところだ」
今はテーブルを挟んでルナと話している。
「実際そんなもんだろ。神官の娘がピュアすぎるんだ」
確かにアマテルが疑いもせずに信じてくれたのは奇跡に近い。
彼女は純粋な心の持ち主なんだろうな。
「こっちに召喚されるのは事実なんだ。向こうが信じるのは時間の問題だろう」
アマテルと同じ事を言っている。
それよりもだ、とルナは話題を変えた。
「もう少し色んな写真は撮れないのか? 昨日とあまり変わり映えしないぞ」
「仕方ないだろ。ずっと同じ街に居るんだから」
「なら、さっさと街から出て旅をしろ。というより街を出ると言っていなかったか? いつまで引き篭もっているつもりだ」
「それは……まだ様子見と言っただろう。まだまだ力不足であってだな」
「強くなってから旅に出るつもりか? 逆だろ。旅の中で強くなっていくんだ。基礎は習い終わったんだ、今以上に強くなりたかったら旅に出ろ」
強くなりたかったら、新しい一歩を踏み出せというわけだ。
新しい経験を積まなければいつまで経っても停滞したままである。
それは重々承知しているが、リスクを伴うのも事実。
だけど、いずれは背負わなければならないリスクなのも事実である。
「分かったよ……。帰ったら話してみる」
「そうするといい。……ああ、そうだ。お前に聞きたい事があったんだ」
聞きたい事?
なんだろうか。
「この写真に写っているのが、件の神官で間違いがないのだな?」
ルナが見せたのはアマテルが写っている写真である。
「アマテルで間違いないけど、それがどうかしたのか?」
「この神官について気になることはなかったか?」
「気になること? うーん……特にないけど」
綺麗で可愛いとは思うが、それはルナが求めている答えとは違うだろう。
「……そうか。ならいい。今のは気にするな」
気にするなと言われても逆に気になるのだけど。
「アマテルに何かあるのか?」
「大した事じゃない。強いて言うのなら、気に入らない顔をしているなと思っただけだ」
気に入らないって何だよ。
あれか、アマテルが美人だから嫉妬でもしているのか。
ルナと違って大人っぽく見えるし、嫉妬したい気持ちは分かるけど、悪口を言うのはどうかと思う。
「別にこの神官に悪気があるわけじゃない。まあ、お前が気にするようなことじゃない」
ルナはそう言うも、何かある気がしてならない。
だけど、それを聞こうにもルナが話す気がないようなので特に問い詰めることはしなかった。
地球から戻って、そろそろ旅に出てみるのはどうかと相談をしてみる。
「明日それを提案しようと思っていたが、まさかお前の方から言ってくるとはな」
ローゲンは街に滞在しながらの稽古には限界が来ていたこと悟っていたようだ。
「いよいよ旅に出るのですね」
アマテルは賛成どころか早く旅に出たいように窺える。
「必要な物はある程度揃えてあるが、明日一日を使って準備を整え、明後日には出発だ」
「明日のうちに出発しないのですか?」
「焦りは禁物だ。万全の準備を整えてから旅立ちたい。それにこの街には当分戻らないのだ。何かやり残している事があれば、明日のうちに済ましておくといい」
ローゲンがアマテルに言い聞かせる時は、明らかに自分の時と態度が違う。
別に自分にも優しくしてほしいとかではないし、アマテルを相手に態度を軟化させるのもなんとなく分かる。
美人で可愛いしね、アマテルは。
溺愛とまではいかないが、大切に育てられたのが分かる。
大切な存在なのに危険な旅に連れ出すのは疑問だが、一緒に旅に出てくれるのは素直に嬉しいと思えるのだった。
ー9ー
翌日、昨夜に決めた通りに旅の準備に取り掛かる。
取り掛かるのだが……。
「準備はこちらでやっておくので、勇者様はゆっくりしていて下さい」
そう言ってアマテルとローゲンは市場に消えていった。
一人残され、街の中を彷徨う。
最近は時間がある時に街の中を見て回っているので、どこに何があるのか大体把握している。
大抵のものは写真に収めてしまったので、特に写真を撮らずに、ただブラブラと散歩するのであった。
「ねえ、そこのキミ、ちょっといい?」
ふと、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、髪を後ろに纏めた少女が立っていた。
他の人とは違う独特の雰囲気が漂っている少女。
何者なんだろうか。
「キミも勇者候補だよね? 実はあたしもなんだ」
「ささっ、好きなモノをたのんでよ、おごるからさ」
街で偶然会った勇者候補の少女に連れられて近くの喫茶店に入る。
奢ってくれるとのことで、所持金が雀の涙程しかない自分にはありがたい申し出だが、同年代の女子に奢らせるのは流石に気が引けた。
「気にしなくていいよー。むしろセンパイ風を吹かせてよ」
少女の装備を見てみると、新品ではなく所々汚れていた。
自分よりも早くこの世界に来ているのは本当のようである。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
あまり断り続けるのも失礼だし、この場は奢らせてもらおう。
「うんうん、遠慮しなくていいよー。あっ、そうそう、あたしはマイカ。二ヶ月前に勇者候補になったばかりなんだー」
二ヶ月前って……自分と一ヶ月くらいしか違わないじゃないか。
まあでも、自分よりも先輩ということには変わりない。
「よく自分が勇者候補だと分かったな」
「ああ、それね。キミもこの世界で過ごしていればわかると思うけど、勇者候補とこの世界の人はね、なんていうのかなー、フンイキっていうのかな? それがちがうんだよねー」
何となく分かる気がする。
最初にマイカを見た時、この世界の人々とは違った印象を受けた。
「まあ、あたしもはじめて他の勇者候補に会ったんだけどね。キミを見たときビビビッて感じてすぐに気づいたよ。それでキミの手の甲を見て確信したよ」
「ああ、これか。そういえば、これの存在を忘れていたよ」
自分の左手、その甲に視線を向ける。
そこには不思議な紋様が浮かび上がっていた。
「まあ、証ってだけで、何か効果があるわけじゃないからね」
左手の甲に浮かぶ紋様は勇者候補の証である。
この世界に来て、最初に神殿で授かったものだ。
マイカの左手にも同じように紋様が浮かび上がっていた。
これを持つ者は地球からの来訪者であり、勇者候補である。
雰囲気だけでなく、証の有無で勇者候補かどうかを見分けて確認することが出来るのだ。
「マイカはもう旅に出ているのか?」
「出てるよー。キミは、まだのようだね」
ふふん、と鼻で笑われた気がする。
なぜそこまで偉そうにしているのだろうか。
「旅に出るのは明日からなんだ」
「へー、そうなんだ。先輩としてついて行きたいのは山々なんだけど、あたしは午後にはこの街を出ないといけないからなー」
ごめんねーと謝ってくるが、ついて来なくていいので無視する。
なんか面倒くさい人に絡まれたなと、ついて来たことに今更ながら後悔してしまう。
「旅は怖くないのか?」
ルナやアマテルには言えないが、旅に出るのには不安があった。
先輩であるマイカはどうなのか聞いてみる。
「はじめは怖かったよ。でも、レン君がいてくれるからダイジョーブ。怖くない」
レン君が誰なのかは知らないが、マイカの仲間なのだろう。
「不安はあったし、怖いことやさみしいこともあったよ。でも、みんなといっしょだったからヘーキ。それにみんないっしょだと、楽しいことは何百倍にもふくれ上がって、すっごく楽しいことになるし、いまじゃ旅に出てよかったなーって思ってるよ」
マイカは楽しそうに語る。
そんな彼女を見ていると、不思議と不安が和らいでいく。
「おっと、そろそろ行かないと」
「もう行くのか?」
喫茶店に入ってまだ少ししか経っていない。
「あはは、ごめんねー。あたしもゆっくり話したいのだけど、レン君たちが待っているから」
マイカは席から立ち上がる。
「不安があるのはわかるよ。でも、キミを支えてくれる人はいっぱいいるからダイジョーブだよ」
支えてくれる人か。
アマテルもローゲンにはよくしてもらっている。
まだ知り合って日は浅いが、良い人なのは間違いない。
「少なくともあたしはキミの味方だよ。悩みがあるのなら、いつでも聞くよ。ここで会ったのもなにかの縁だし、旅を続けていればまたどこかで会えるから、そのときはよろしくね」
そう言い残し、マイカは去っていった。
読んで頂きありがとうございます。
長くなりましたが、ようやく旅に出る準備が整いました。
次回から物語が動き出します。
その次回の話ですが、とにかく長いです。
改めて読み直していたら、無駄な部分を沢山省けるのではないかと思った程です。
随分前の、それこそ本作を書き始めた当初の頃に書いた話なので、そこらへんは多目に見てくれれば幸いです。
本編にて『』で書かれたワードが出てくる時があります。
これは本作における用語、キーワードになります。
基本的に初出の時だけに付けられますが、見落としがあったらすみません。
この用語はその場で説明する時もありますが、後の話で説明する場合もございます。
後に説明する場合は、特に気にせずに読み進めても問題ないように書いているで気にしないで読んでください。
覚えておけば後から「そういう事だったのか」と思える程度のものなので、よければ気に留めておいてください。
長くなりましたが、次回の話もよろしくお願いします。




