外伝05.聖典の勇者
外伝五作目となります。
「外伝02.リヴァイアサン討伐戦」よりも後の話で、内容はタイトル通りです。
短めの内容なので読みやすいかと思います。
最後まで読んで頂ければ幸いです。
ー1ー
アマテルは優しい。
彼女は誰に対しても優しい。
優しく、笑顔で接する。
そこが彼女の良い所ではあるが、その笑顔が他人に向けられるのはあまり気分がいいものではない。
ただ、自分に向けられる彼女の笑顔は、他の人に向けるソレとはやはり違うものがある。
心からの笑顔。
自然な笑顔。
誰も知らない彼女を自分は知っている。
彼女は優しい。
それは今日も変わらなかった。
ー2ー
狩りから戻り、獲物を村人達に分配し終えた頃には日が暮れていた。
「おかえりなさい、勇者様」
家に帰るとアマテルが出迎えてくれた。
笑顔で。
相も変わらず綺麗だ。
だけど、その笑顔に違和感を覚える。
いつもとどこか違う笑顔だ。
違和感を覚えるも、すぐに気のせいだろうと思い直す。
「夕飯までもう少し掛かりますので、先にお風呂に入っててください」
アマテルに促されるまま、お風呂に入ることにした。
汗を流し、今日一日の疲れを癒やす。
だが、何かがおかしい。
そこで思い至った。
今日はアマテルの鼻歌が聞こえてこない。
彼女は機嫌が良いと鼻歌を謡う。
調理の際はいつも鼻歌を楽しそうに唄っている。
それなのに今日は聞こえてこない。
珍しいこともあるのだなと深く考えなかった。
お風呂から出ると、食卓に夕飯が並べられていた。
品数が多くて栄養のバランスが取れたメニューだ。
彼女の努力の程が窺える。
「今日も腕によりを掛けて作りました。ぜひ召し上がってください」
夕飯を食べ終えると、アマテルは片付けを始める。
残さずに平らげられた食器を前に、口元を緩ませていた。
平穏。
何も憂うことなく、日常を送る。
幸せな時間が流れていた。
しかし、平穏は突然終わりを迎えた。
「勇者様。少しお時間よろしいですか?」
片付けを終えたアマテルが笑顔で尋ねてきた。
先程と変わらない笑顔。
「もちろん、構わないよ」
断る理由などない。
「実はですね。今日勇者様のお部屋を掃除してましたら、こんなものが出てきました」
そう言ってアマテルが取り出したのは本だ。
本の表紙を見た瞬間、冷や汗がドバっと出た。
「ベッドの下に隠すようにしまってありました。悪いとは重々承知しておりますけど、持ち出させていただきました」
「……」
「ねえ、勇者様」
「……はい」
「これは何でしょうか?」
「……」
アマテルが取り出した本の表紙には裸になった女性が描かれていた。
「まだまだ沢山ありましたよ」
そう言うとアマテルはさらに本を取り出す。
本を取り出す手は止まらず、山となって目の前に積み上がる。
表紙は、裸になった女性だけでなく、色々な服装を着たり、様々な目に遭っているワンシーンだったりする。
「勇者様。もう一度尋ねます。これは何でしょうか?」
相変わらず笑顔であるが、それは今まで見てきたことのない笑顔だった。
「……本です」
「何の本ですか?」
「……」
「勇者様」
「……中を見たの?」
「聞いてるのは私の方ですよ」
ニッコリと笑う。
かつてこれ程まで恐怖を感じたことがあっただろうか。
どんな強敵が現れても、逃げずに立ち向かってきた。
でも、今はこれまでで一番逃げ出したい。
戦いたくないし、立ち向かいたくない。
「……小説もあれば、絵本もあります」
「内容は?」
「……言わないとダメですか?」
「はい」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「……テルもこういうのに興味があるって事?」
「勇者様。怒りますよ?」
「えっちな本です!」
怒られる前に観念しました。
「全く……勇者様もこういうのに興味があるのは分かります。ですけど、もっと……もっと、こう……」
もっと。
何だろうか?
「私を頼ってくれてもいいと思います!」
「それってつまり……」
「はい」
「テルの部屋に置かせてもらってもいいって事か!」
「いえ、全然違います」
シリーズもので欲しいのがあったのだが、置く場所がなくて困っていたのだ。
なので、アマテルの申し出は渡りに船かと思いきや違ったようだ。
「勘違いしているようですけど、別に許したわけではありませんからね」
「てっきり、興味があるのは仕方がないから許しますっていう流れかと思ってた」
「違います。どうなったらそんな話になるのですか。まあ……仕方がないのは分かっています。ですが……」
アマテルは一冊の本を選び出す。
本の表紙は、神官服を着た女性の服が引き裂かれそうになっているシーンだ
中身も表紙通りの内容になっている。
「これは神官のようですけど。どういう事でしょうか?」
「誤解がある。それは神官じゃなくて、神官のコスプレをした女性だ。但し書きにも、ちゃんと明記してあるから問題ない」
創作であろうと聖職者を汚すなんてご法度だ。
でも、この女性は本物の神官ではない。
なのでセーフだ。
アマテルが危惧するようなことはない。
「いえ、そういった意味ではありません。勇者様はこれを見て私に何か言う事があるのではありませんか?」
「……神官服はテルが着ている方が可愛いよ」
「ありがとうございます。今までで一番嬉しくない褒め言葉です」
褒めたのに機嫌を損ねてしまった。
「神官服を着ている本が多い気がしますが?」
着ていると言えば着ているけど、その殆どが半裸である。
中には神官と謳っているのに全裸になってしまい、神官要素が皆無なものまである。
「一応言っておくけど、それは全部コスプレであって……」
「それはもういいです!」
大変ご立腹であった。
ー3ー
「神官の本はひとまず置いていきます」
神官を題材にした本を本の山から別に置く。
それから新たに一冊の本を取り出す。
「こっちの本の女性は髪が銀色ですね。これは私に対する当てつけですか?」
「当てつけとは……?」
「……では、こちらはどうでしょうか」
アマテルはさらに別の本を取り出す。
メイドを題材にした本だ。
「メイドですね」
「はい。メイドです」
「これが何か?」
「私は知っているのですよ。勇者様がすまほでメイド服を着たルナさんの写真をニヤニヤしながら眺めていた事を」
まさかアマテルの方からルナの名前を出されるとは思わなかった。
「それは普段高慢で偉そうにしていたルナが恭しくしていたのが面白くて、それを思い出していただけだ。別に変な意味があるわけじゃない」
「そうですか。ですが、その割にはメイドの本が多いですね」
「……メイドが好きなんですよ」
アマテルがジト目で見てくる。
視線が辛い。
「……テルも可愛いからメイド服が似合うと思うよ」
「ありがとうございます。今まで一番嬉しくない褒め言葉です」
どうやら早くも一番を更新してしまったようだ。
「勇者様は……まだルナさんのことが好きなのですか?」
普段はルナについて触れないのに、今日は違う。
触れるどころか深く切り込んでくる。
「好き……ではないよ」
「本当ですか?」
「も、もちろん……」
「嘘はつかないでください」
詰め寄るアマテル。
こうなると彼女は頑固だ。
納得するまで引き下がらない。
「まあ……好きか嫌いかで言えば好きだよ」
「ですよね。知ってました」
「ただ、別に恋愛的な感情があったわけではなくて。異性として好きとかはない。友人というか知り合いとして好きだったというだけだ」
「そうですか……分かりました」
どうやら納得してくれたようだ。
「いずれにしても、銀色の髪の方とメイドの本を買っていた事には変わりありませんけどね」
痛い所を突かれてしまった。
ー4ー
「さて、次に参りましょうか」
まだ続けるの?
そろそろ勘弁して欲しいのだけど。
「こちらの本ですが、異国のお姫様を題材にしていますね」
次に取り出した本を掲げて、アマテルは続ける。
「こういった内容はステラ様に失礼だと思いませんか?」
「ステラ様はもうお姫様じゃなくて、一国の女王だ」
「余計にダメだと思います」
アマテルは溜息をつく。
「言っておくけど、その本に限らず、お姫様を題材にした本は結構人気があるんだ。そっちの本なんてベストセラーで結構出回っている」
「こ、これがですか? いかがわしいを通り越して何が何だか分からないですね……」
アマテルの言う通り、本の表紙のお姫様が色々とすごい事になっている。
もはや言葉に表せられない程にすごい。
内容は表紙を裏切らない素晴らしいものとなっている。
そして表紙だけを見て、アマテルはドン引きしている。
物凄く不快な顔をしている。
「貸そうか?」
「いりません」
「でも、一人だけで楽しむのは悪いし、好きなだけ読んでいいよ」
「ありがとうございます。今までで一番いらない気遣いです」
その後もアマテルから色々と問い詰められた。
魔法使いの女性を題材にしているとか、勇者候補の女性を題材にしているとか、この女性の身長は低過ぎないかとか、何かと知り合いに繋げたがる。
全くアマテルには困ったものだ。
「勇者様の方が困ったものですよ!」
お叱りを受けてしまった。
ー5ー
「それで、これらの本はどこで買ったのですか? さすがに旅の最中に買ってはいないと思いますけど」
「もちろん。旅の時に買ったのは一、二冊程度だ」
「買ってたのですか……」
アマテルは呆れる。
「揃えるようになったのはつい最近だ。ステラ様に頼まれて各地を回ってアンデッド退治をしていただろ。その時に色々と買ってる」
「やけにお土産が多いなと思っていたら、そういう事だったのですね……」
村で知り合った男性陣へのお土産も含まれているので、お土産が多いには違いない。
「とりあえず全部処分しておきますね」
「ええっ!? それだけは勘弁をっ!」
「ダメです。捨てます」
「一生のお願いだ! 捨てないでくれ!」
アマテルの腰にしがみつき、懇願する。
「一生のお願いをこんな事に使いますか……」
集めるのは大変だった。
なんせ公の場には置いていないのだから、お店を探すだけでも苦労した。
各地に赴いて、アマテルの目を誤魔化し、必死に探し回って見つけたお宝だ。
そう簡単に手放せる代物ではない。
「せめて神官のコスプレものだけは捨てないでくれ」
「余計に嫌ですよ! なんで、よりにもよってそれなんですかっ!」
「ほら、この猫耳神官可愛いでしょ。だから捨てないで」
「可愛いのは分かりますけど、それと捨てる捨てないは関係ないです」
「でもさ、テルもこの猫耳を付けたら可愛いと思うんだ」
「ですから、捨てる捨てないには関係ありませんから」
昔のアマテルなら、可愛いって言えば大抵のことは解決したのに最近はそうもいかない。
ついでに言えば、猫耳付けてって言えば、恥ずかしながらも付けてくれたはずだ。
「せっかく猫耳のカチューシャもあるのに……。語尾に『にゃ』って付けてくれれば最高なのに」
猫耳のカチューシャを取り出してみせる。
「カチューシャも買っていたのですか……あら?」
ふとアマテルが何かに気付く。
本の裏を凝視して固まる。
「ゆ、勇者様……。この本の値段、普通の本よりも高くありませんか……? 物によっては桁が一つ多いですし……」
「需要が多い割に数が少ないからな。どうしても高く付いちゃうんだよ」
「そ、そうなのですか……。それで、今までどれくらい使ったのです?」
「……」
「いくら使ったのですか?」
「まあ……すごく沢山……」
そう答えるしかなかった。
「……お小遣いの範囲ですよね?」
「…………はい」
「今嘘つきましたね」
「……貯金をちょっと……」
この後、今までで一番大きな声で叱られた。
値段が高かったのが幸いしてか、一部の本は捨てられずに済んだので、ひとまずはよかった。
ー6ー
「ところでさ、昔した約束覚えてる?」
このままやられっぱなしではいられないので、反撃に出る。
「約束ですか?」
「リッチー討伐の旅の途中に約束したじゃないか。一緒に買い物をしようって」
「買い物でしたら、これまでも何度か一緒にしたじゃないですか」
「そうじゃないよ。お互いが選んだ服を着て買い物をしようって約束。覚えてる?」
確か、ルナの通っていた文化祭で行ったり来たりしていた頃に約束した事だ。
「覚えていますけど……変な服を着せるつもりじゃないですよね……?」
アマテルが怯え気味に尋ねてきた。
絶対に着ないと言わない辺り、約束を反故にする気はないようだ。
「何を着せようかなー」
「……」
チラチラとアマテルを窺いながら考える。
肝心のアマテルは何やら考え込んでいる。
「……私も勇者様が着る服を選んでいいのですよね?」
「……構わない。約束だからな」
多少変な服を着せられるのは覚悟の上だ。
「そうですか……。では、お互いに着せる服を買って来ましょうか」
「え? でも、家にメイド服とか色々あるよ」
「それも買ったのですか? そうではなくて、一緒に買いに行きましょう」
「一緒に?」
「はい。私も勇者様もお互いに変な服を着たくありませんし、着せる服をその場で選びましょう。それなら、極端に変な服になったりはしないはずです」
「うーん……」
悩ましいな。
せっかく色々買っておいたのに、それを全部着てくれないのは少し……大いに残念だ。
でも、変な服着せられるのは、嫌だな。
「それに、これなら二回デートが出来るじゃないですか。服を一緒に選んで買って、次にその服を着て一緒に出掛ける。いいと思いません?」
「……」
確かにそれは楽しそうだ。
……仕方がない。
アマテルと一緒に楽しく過ごせるのなら、それでもいいか。
今回は普通にデートしよう。
「……そうだな。そうしようか」
「はい! そうしましょう!」
アマテルは嬉しそうに笑う。
幸せそうな笑顔である。
問題が全て解決したかと思いきや、アマテルが真剣な顔つきになって尋ねてきた。
「ところで勇者様。メイド服やら猫耳のカチューシャやら色々買っているようですけど、理由を聞いても?」
「決まっているじゃないか。アマテルに着てもらうためだ」
自分用に使うわけがないじゃないか。
「ありがとうございます。ですけど、どうせ買うのならもっと実用的なものにしてください」
「……普段着に使えば実用的だよ?」
そう言うと、アマテルは呆れながら猫耳のカチューシャを手に取る。
「はあ……。こんなものがいいのですか?」
おもむろに猫耳のカチューシャを自らの頭に付ける。
「ど、どうですか……にゃ、にゃあ……?」
アマテルのその姿を見た瞬間、生きててよかったと思えた。
このためにリッチーを討伐したのだなと馬鹿なことを考えてしまう。
「すごくいいです……」
「そ、そうですか。ですが、やはり恥ずかしいですね……」
そう言うと、カチューシャを外してしまう。
もっと見ていたかったのに残念だ。
「……外ではダメですけど、家の中なら勇者様が選んだ服……、着ても、いいですよ……」
顔を紅くして恥ずかしがりながらもアマテルはそう言ってくれた。
馬鹿のようだけど、かけがえのない日々。
彼女との幸せな日常をこれからも一生続けていくのだった。
ーFinー
今回も読んで頂きありがとうございました。
サブタイトルだけ見れば真面目な内容に思えますが、実際の内容はその逆です。
前回書いた話との落差がヒドいですね。
ギャグ回とまではいかなくても、ほのぼのしたものを書きたいなと思って書いた話になります。
馬鹿な内容の割りには無駄に読みやすい内容ではないかと思っています。
読みやすさを考えると、話の長さはこれくらいが丁度いいのかもしれませんね。
本作はまだ少し続くので、最後までお付き合いして頂ければと思います。
また次回の話も読んで頂きますよう、よろしくお願いします。




