外伝04.革命の旗印・前編「王国を喰らう者達」
外伝四作目となります。
今回は、もし主人公がルナとアマテルに出会わなかったらという内容になります。
三部作で投稿する予定ですので、最後まで読んで頂ければと思います。
ー1ー
夏休みの終盤に差し掛かったある日、友人と遊びに出掛けた。
夕方になり、友人と別れて帰路につく。
バス停まで歩いている最中、指輪が落ちていた。
拾うとなると交番まで届けなくてはいけない。
それは面倒だ。
金目の物かもしれないが、拾って自分の物にしようという気にもなれない。
指輪を無視することにした。
しばらく歩くと、道の先に鳥が地面に降り立っているのが見えた。
夕陽を背にするその黒いシルエットは、こちらに顔を向けてジッと見ている。
陽炎のように揺蕩う姿に思わず引き込まれる。
近付くも、鳥は逃げずにその場に留まり続けた。
手が触れられる程まで近付く。
そこで気付いた、太陽の逆光のせいで黒いシルエットになっているのかと思ったら違う。
鳥そのものが黒い影のような姿をしていたのだ。
そんな不思議な鳥に触れようと手を伸ばした。
触れたかと思いきや、鳥が忽然と姿を消した。
「消えた……ん?」
そこではたと気付く。
周囲の景色が変わっていた。
周囲にあったテナントビルやらマンションやらが消えて、木々が鬱蒼としている。
まるで森のような、というより森にしか見えない。
「ここはどこだ……?」
どこを見渡しても木。
木しかない。
夢でも見ているのだろうか。
木に触れてみるも、その質感は本物そのもの。
「本当に森なのか?」
コンクリートジャングルから本物の森に来てしまったのだろうか。
まさかと笑い飛ばしたかったが、現実がそれを許さない。
少しばかり歩いてみるも、どこまで行っても木しかない。
森から出られないし、どこなのかも分からない。
「誰?」
途方に暮れていると、声が掛かる。
声のした方に視線を向けると、フード付きのローブで全身を包んだ人物が立っていた。
フードを目深にかぶっていて顔は見えないが、声の感じから女性だと分かる。
見るからに怪しい風貌だが、今は彼女以外に頼れる人物がいない。
「あの……実は迷って……、迷ったというより気付いたら森の中に居たんです。ここがどこだか教えて貰っていいですか?」
「……」
話し掛けてみるも女性は何かを考え込み、少ししてから口を開く。
「……貴方の家はどちらになりますか?」
「えっと――」
家の場所を大雑把に伝える。
「それは地球の日本ですよね?」
「え? まあ、日本ですけど……」
変なことを聞いてくるな。
「勇者候補……。まだ神殿が把握していない出現場所もあったのですね……」
一人でブツブツと呟いているが、何を言っているのか意味が分からない。
その時、ガサガサと茂みが揺れた。
彼女以外にも誰かいるのだろうか。
二人揃って音のした茂みの方に視線を向ける。
そして、茂みを揺らしていた者が姿を現した。
茂みより姿を現したのは髑髏。
白骨した体が動いているのだ。
「なんだ、あれは……!?」
「スケルトン……」
女性は左手に光の弓、右手には光の矢を出現させて番える。
手前に矢を引き絞り、スケルトンを狙って矢が放たれた。
矢はスケルトンの胸部に淡く輝いていた石のようなものを貫いて砕く。
スケルトンの体は崩れ落ち、灰となって消えた。
「い、今のは……?」
「……それを含めて説明しましょう、貴方の現状を。ですが、急いでいる途中なので歩きながら話します」
そう言うと女性は歩き出そうとする。
「あの! 一つだけ、あなたの名前は?」
「ステラと言います。貴方は?」
それからステラについて行き、森の中を進む。
道すがら、この世界について色々と教えてくれた。
勇者候補。
リッチー。
アンデッド。
王国。
魔法。
それらについて教えてくれた。
そして、王国と勇者候補の関係についてもステラは話す。
「つまり、王国は勇者候補を利用しているってことですか?」
「そうです。貴方はどう思いますか?」
「どうって言われましても、いまいちピンと来ませんね。いちいち怒ることとも思えませんし」
「そうですね。ですが、当事者からしたら簡単に割り切れる問題ではありません。中には王国に対して反旗を翻す輩も居ます」
「大袈裟な気もしますけど、そんなものなんですかね?」
ステラは大樹の前まで来ると振り返った。
「一つお願いがあります」
「お願いですか?」
「はい。私に付いて来て欲しいのです」
「付いて来て欲しい? 今みたいに後ろを付いて行くとは違う意味ですよね?」
「そうです。私を信じて、私に従って、私のために動いて欲しいのです」
「……」
ステラの話はどこまで真実なのだろうか。
ステラの事をどこまで信じていいのだろうか。
彼女の話、彼女自身、それら全てをステラは信じて欲しいのだろう。
「……分かりました。ステラを信じます」
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む彼女の顔がフードの陰から覗く。
その顔に思わずドキリとする。
今までフードに隠れてよく見えなかったが、ようやく見えた彼女の顔は綺麗であった。
「よかった。貴方を始末せずに済んで」
その後に続く言葉に別の意味でドキリとした。
「さて、中に入りましょう。少し時間に遅れていますからね」
ステラは大樹に向かって手をかざすと、大樹の表面が二つに割れる。
割れたその先にある螺旋階段が地下へと通じていた。
「なんか秘密基地みたいですね。この先には何があるんですか?」
「エクリプスという盗賊団。その本部です」
「盗賊団っ!? 大丈夫なんですか……?」
「大丈夫ですよ。むしろ貴方は歓迎されますよ。仮に何かが起きても私が付いていますから安心してください」
階段を降りていくステラの後をビクビクしながら追い掛ける。
「ステラは盗賊団に所属しているんですか?」
「いえ、私は違います。利害の一致から手を取り合っているだけです」
「なんでまた盗賊団と?」
「……それはいずれ話します。詳細は必ず教えます。今は私を信じて従ってください」
階段を降りた先を少し進むととある一室に出た。
「遅かったな。お主にしては珍しい」
部屋の奥より老人のしわがれた声が響く。
「……話を合わせてください」
ステラが小声で告げる。
頷いて返すと、ステラは声のした方に視線を向ける。
そこには車椅子に座る老人がいた。
頭髪は一切なく、時折胸部に雷が帯びる。
「遅れてすみません。道中、面白いものを見つけましたので遅くなってしまいました」
「面白いもの……? それはお主の後ろにおる者と関係あることか?」
「はい。新しい勇者候補です。まだ神殿が把握していない出現場所があったらしくて。森で迷っていた彼を保護しました」
「ほほう……。いい拾いものをしたな。それで、そやつをどうする?」
「ひとまず貴方のところに預けようかと思いまして」
「えっ?」
思わず声が漏れるも老人の耳には届いていなかったようで話は続く。
「預かるのはやぶさかではない。だが、使えるのか?」
「使えるかどうかではなく、使えるようにするのです。私も手を貸します」
「お主が? 珍しいな。どういう風の吹き回しだ」
「彼を連れて来たのは私ですから、それくらいの事はやりませんと。それに……少し彼が気になりますから」
「……まあいい。手間が省けるのならそれに越したことはない。それよりも時間が惜しい。奥で話そう」
老人は車椅子を操り、別室に消えていった。
「私はフランケンと少し話があるので行きます。貴方はここで待機していてください」
「分かりました」
あの老人はフランケンという名前らしい。
心臓の辺りが帯電していたし、さっき遭遇したスケルトンみたいなアンデッドなのだろうか?
「それでは、行ってきますね」
ステラはフランケンの消えた別室に消えていった。
ー2ー
改めて、自分の現状について考える。
ステラの話を聞く限り、ここは地球とは別の世界らしい。
実際にステラが魔法を使っているところを見たし、アンデッドも実際に見た。
ステラの言うことは事実だろう。
事実だとしたら、自分はどうなるのだろうか。
地球に帰れるのだろうか。
このままステラの言葉に従って付いて行ってもいいの……いや、付いて行こう。
この世界の事は何も分からない。
何を信じていいかも分からない。
ならば、せめて一つだけでも信じたい。
この世界で最初に出会ったのがステラ。
ステラとの出会いは何かの縁だと思って、彼女だけでも信じよう。
少しの間、何もせずに待っていると、ステラとフランケンが戻って来た。
「言われた通りに待っておるとは。すでに調教済みか? 出会って早々だというのに手が早いの」
フランケンの言葉にステラはほんの一瞬顔をしかめる。
あまり気分のいい言葉ではないから、当然のことだろう。
「彼と少し話をしてきます」
フランケンから離れてステラが歩み寄って来る。
それから、今後についての話となった。
「お待たせしました。早速ですが、貴方の身をエクリプスに預けます」
「フランケンの所にですか? 大丈夫なんですか?」
「本当は私が預かりたかったのですが、何の準備も出来ていないので……。それに戦う力を身に着けるにはここが一番いいでしょうし」
「戦う力……。それがあると、ステラの役に立てるのですか?」
そう尋ねるとステラは不思議そうにするも頷く。
「役に立ちます。必須と言ってもいいものです。それに、この世界ではあって困るものではないですから」
「そうですか。なら頑張ってみます」
「はい。応援しています」
ステラを信じよう。
そう決めたら、何をすべきか分かりやすいものとなった。
彼女を信じて、彼女の手助けをしよう。
受け身の姿勢かもしれないが、この世界について何も知らないのだから仕方がない。
「それと、私の事は内密にお願いします。あまり公に出来ない立場ですので」
「はい」
「あと、エクリプスに『エリカ』という勇者候補の少女がいます。何か困ったことがあれば彼女を頼ってください。私の名前を出せば、話を聞いてくれるはずです」
「はい」
「ここでの生活は楽ではないですけど、くれぐれも彼らに染まるようなことだけにはならないでください」
「はい」
「私はここを離れますけど、また顔を出します」
「はい」
なんか小言が多い気がするのは気のせいだろうか。
「大丈夫です。大丈夫ですので、心配なさらずに。また会いましょう」
「はい。それでは」
ステラはエクリプスの本部から去っていった。
ー3ー
「さて、小僧。お主の扱いについてだが、ひとまずカニアスに預ける。そこで一通り学んで来い」
カニアスとはどんな人物だろうか。
フランケンに指定された場所に移動すると、大剣を携えた男性が姿を現した。
「お前が新人の勇者候補とやらか。あの老いぼれの紹介とならば仕方ない。面倒を見るのは構わんが、途中でくたばるのは俺のせいではなくお前のせいだ」
刃を落とされた剣を手にカニアスがそう告げた。
「まずは剣だ。剣の使い方を教える」
本部内に作られた訓練所にて、カニアスから直接稽古をつけてもらう。
稽古とはいっても真剣を渡されての指導だ。
一撃でも当たったら危ないのではと思ったが杞憂であった。
こちらの攻撃など当たりはしなかったのだから。
一方的に叩かれ、手が痺れて剣を取り落としても叩かれる。
容赦なく攻撃してくる。
骨にヒビどころか折れているかもしれない。
「他愛ないな。老いぼれの紹介だから何かあるのかと思えば何もないではないか。所詮は勇者候補というだけで拾われたガキか」
「……」
度重なる攻撃を受けて地面に倒れる。
それをカニアスは馬鹿にするように見下す。
剣を握り、立ち上がる。
カニアスに叩かれた部位が所々痛む。
本当は黙って寝ていたい。
それでも、一矢報いてやりたいという気持ちの方が勝った。
「まだ動くか。その心意気だけは認めてやらんことはないが、動けるのはお前の意志ではなく、俺が加減してやったからだ」
斬りかかった。
渾身の力を込めて、全身全霊を注ぎ込んだ一撃。
だが、その刃はカニアスに届くことはなかった。
素気なくあしらわれ、反撃をもらう。
腹部に強烈な一撃を受けて地面に倒れ込む。
苦しい。
痛い。
でも、立ち上がれた。
再び立ち上がった姿を見て、カニアスは驚くが呆れる。
立ち向かって、やられて、倒れる。
起き上がって、叩かれて、倒れる。
何度も何度も繰り返す。
全身に痛みを響かせて、痣を作り、骨を軋ませる。
口の中に鉄の味が広がっても、立ち上がった。
意識は朦朧とし、焦点が定まらない。
頭がクラクラし、足元をおぼつかせて進んだ。
なぜ動けるのか、自分でも分からない。
それでも立ち向かった。
……。
…………。
………………。
気付いた時には地面に突っ伏していた。
意識を失うまで足掻いたのだ。
灯りを消されて辺りは闇に包まれており、誰もいない。
起き上がる気力すら湧いてこない。
自分は一体何をしているのだろう。
なんでこんな事をしているんだ。
倒れる中、傍らに鳥が舞い降りる。
影のようなシルエットだけの姿。
その影のような姿は暗がりでもはっきりと見えた。
見覚えがある鳥。
自分をこの世界に誘った鳥だ。
鳥に向けて手を伸ばすも、その姿はいつの間にか消えていた。
「なんだ。生きていたのか」
女性の声が掛かる。
視線だけをそちらに向けると、短く切られた黒髪の少女が立っていた。
少女の左腕にはガントレットが嵌められている。
「立てないのか? 全くしょうがないな」
少女に助け起こされ、肩を借りながら移動する。
「今日からここがお前の部屋だ。好きに使っていい」
連れて来られた部屋は一言でいえば簡素だ。
窓はなく、ベッドだけが置かれているだけで、隣の部屋にはトイレとシャワーが見える以外に何もない。
汚れが目立ち、ホコリが積もっている。
手入れがなされていないのがありありと見て取れた。
汚れたベッドに投げるように寝かされる。
扱いは雑ではあるが、部屋まで運んでくれた恩があるので文句は言わない。
というより、声を出す気力すらない。
「食事はあとで持ってくる。出歩くのは構わないが、不用意に出歩くと侵入者と間違われて殺される場合があるから気を付けろ。それと洗濯をしたいなら――」
色々と告げて、少女は去って行った。
何かをする気力が湧かず、今日はそのままベッドで眠りつくのだった。
ー4ー
翌日は蹴られて起こされた。
起こしたのは見知らぬ男性。
「オラッ! いつまで寝てやがる!」
無理やり掴まれて、部屋から引きずり出される。
部屋を出る際に、パンとスープが二食分置かれているのに気が付いた。
おそらく、昨日の少女が夕食分と朝食分とで持って来たのだろう。
男性によってパンは踏まれ、スープはひっくり返される。
少女に申し訳ないと思ったが、何も出来ない。
引きずられるまま、昨日カニアスに散々痛めつけられた訓練所まで連れてこられる。
「さて、カニアス様から、好きに痛めつけていいとお達しだ。新人には教育が必要だからな。覚悟しな」
どうやら昨日に引き続き、剣の稽古をしてくれるらしい。
木刀を投げ渡されるが、上手く掴めずに地面に落としてしまう。
拾おうとするも、その前に男性が木刀で斬りかかってきた。
その動きはカニアスより遅い。
一度身を引かせて避ける。
昨日の経験があって木刀を躱せたが、それによって男性が逆上する。
「新人のくせに何避けてんだよっ!」
続いて振るわれた二撃目が顔面に直撃する。
躱せたのは一撃目だけで、二撃目は躱せなかった。
しかも、逆上しているため力が籠もっている。
地面に倒れるも、攻撃の手は緩まずに木刀で叩かれ続けた。
一度や二度ではなく、何度も、何度も、叩かれる。
男性の気が晴れるまでそれは続いた。
「はあはあ……。くそったれがっ!」
息を切らした男性はこちらの顔に唾を吐きつけて、訓練所から去って行った。
今日の稽古は終わりのようだ。
顔につけられた唾を拭い、立ち上がろうとするが、全身が痛む。
痛みのあまり僅かな身動きを取ることですら苦痛である。
それでも立ち上がった。
なぜだか頭に浮かぶのはステラの顔。
彼女のためならこの程度の苦痛など耐えてみせる。
ひとまず自室に戻ろうとすると、背後より肩を掴まれて引き倒される。
「おい。どこに行く気だ。まだ稽古は終わってねえぞ」
そこには、さっきとは別の男性が立っていた。
その男性の後ろには数人の男性の姿があった。
「俺らが新人教育してやるぜ」
全員が木刀を手に持っている。
今日の稽古は始まったばかりであった。
……。
…………。
………………。
「オラッ!」
倒れていたところに蹴りが腹に入った。
「そろそろ腹も減ってきたし帰るか」
「そうだな。じゃあな、新人。また明日も来るからな」
それだけ告げると、男性達は訓練所を後にした。
何やら夕飯をどうするか、色々と話しているが、興味など抱くこともないので記憶にも残らない。
今日の稽古を振り返る。
もはや集団リンチだった。
一方的にやられて、痛めつけられて。
ちょっとでも反抗しようとするならば徹底的に殴られた。
剣の稽古だというのに、拳やら蹴りが飛んで来る頻度が多い。
彼らに稽古をつけてやっているという自覚はない。
ただ単に憂さ晴らしがしたかったのだろう。
「これはまた、酷い有様だな」
左腕にガントレットを嵌めた少女が再び姿を現す。
彼女の言う通り、酷い有様である。
全身が腫れ上がって熱を帯びており、至る所に痣や擦り傷が出来ていた。
無事な箇所を探すことの方が難しい。
「今日も手伝いが必要か?」
「……ない。必要、ない……」
触れられるだけで激痛が走る。
出来れば触れられたくない。
それに動けない程ではない。
自力で立ち上がり、足を引きずるようにして自室を目指す。
「おい。忘れ物だ。武器だけは絶対に手放すな」
少女は拾った木刀を手渡す。
「ありがと……。えっと……」
「エリカだ。それにお礼を言われる程のことではない」
エリカ?
どこかで聞いた気がする名前だが、どこで聞いたか?
「また後で食事を持って行く」
用件を告げてエリカは去って行った。
木刀を杖代わりにして何とか自室まで戻る。
亀のような歩みだったせいか、食事がもう届いていた。
パンと干し肉とサラダに水。
昨日より品数が増えている。
エリカが気を利かせてくれたのかもしれない。
全部は食べ切れなかったが、出来る限りねじ込み。
食欲がなく吐き気がする。
それでも食べないわけにはいかない。
食事を終えると、そのままベッドで眠りついた。
ー5ー
翌日以降も同じ日々が続いた。
叩き起こされて朝食を食べる余裕もなく訓練所に連れてかれる。
叩かれ、殴られ、蹴られる。
斬られ、焼かれ、炙られる。
それが数日、数週間続いた。
毎日最後にエリカが訪れる。
別に心配して来てくれるわけではない。
ただの生存確認。
食事を用意する有無を確かめに来ているのだ。
基本的に確認するだけだが、たまに肩を貸して部屋まで運んでくれる。
毎日ではない。
気が向いた時、気まぐれだ。
「なぜ、そうまでして抗う?」
「……抗う?」
「お前の瞳には強い意志が宿っている。どんなに痛めつけられても、奴らを睨む眼に意志を失う気配すら感じらない。それがお前の勇者補正だとしても不思議でしかない」
「……勇者補正?」
「知らないのか? まあ、説明するのも手間だしな」
また食事を持って行くとだけ告げて去って行った。
今日は気まぐれを起こさなかったようだ。
地面を這って自室に戻る。
もちろん木刀を忘れずに回収している。
自室まで戻るも床の上で力尽きてそのまま寝そべる。
食事を取らず、水すら飲もうと思わず、ただ虚空を眺める。
そして舞い降りる、姿なき鳥が。
鳥は何かをするではなく、ただうろつき回る。
姿はなく、形は朧げ、目的は不明。
毎日のように見掛けるが、この鳥が何なのか分からない。
そんな事を考えようとも頭が回らない。
打撲、切り傷、火傷。
炎症を起こし、腫れ上がった全身。
紫色に変色した痣。
血が滲み、化膿した傷。
焼かれて、溶けたように爛れた皮膚。
歯は幾本か折れて、骨は軋む。
それでも心は折れなかった。
自分の心を失わず、己を保ち続けた。
痛みと疲労は拭い切れず、眠りにつくのだった。
ー6ー
誰かが頭を撫でる。
その手付きは優しく、慈愛を感じられた。
瞼を開けて眠っていた意識を覚醒させる。
「おはようございます」
こちらの顔を覗くように見下ろすのはステラ。
「ステ、ラ……」
「はい。ステラです。覚えていてくれて嬉しいです。起きられますか?」
ステラの言葉に従って身を起こす。
何故だか、体の痛みが消えていて上半身を起こすのに苦労はなかった。
場所は昨夜に眠りついてしまった自室の床の上。
だが、ステラが自らの膝を枕代わりにしてくれたり、毛布を掛けてくれていたりと昨夜と状況が異なる。
「すみません。もっと早く来れればよかったのですが、遅くなってしまって貴方を酷い目に遭わせてしまいました」
「いえ、来てくれて嬉しいです。もう二度と会えなかったらどうしようかと思っていましたから」
「怪我は治癒の魔法で治しましたが、時間が経過しすぎたせいで傷跡が残ってしまいました……」
ステラは気遣わしげに見てくるが、怪我がなくなっただけで痛みが大分緩和された。
それだけでもありがたい。
「……傷跡が残っている方が格好いいと思いません? ワイルドな感じがして」
「え? ……そうですね、格好いいです」
自分で言ってみたものの、ステラの口から改めて言われると恥ずかしいものだ。
「さて、起きたところで服を脱いでください」
「服をですか?」
「シャワーを浴びてきてください。大分体が汚れていますから」
確かに、ここに来てからシャワーを浴びた記憶がない。
汗やら血やら垢やらで全身汚れている。
それに触れたせいでステラの服も汚れが付いていた。
「あっ、汚れが……」
「汚れなんて洗えば落ちますから気にしないでください。それに着替えもありますし。貴方の分の着替えも持って来たのでシャワーから出たら着てくださいね」
そうは言うが、自分のせいで汚してしまったのには違いないのでもう一度謝っておく。
汚れも酷いが、匂いも酷いだろう。
自分ではよく分からないが、ステラからしたら相当臭いはずだ。
それなのに嫌な顔一つしないで世話をしてくれた。
出来ればステラにこんな惨めな姿を見られたくなかった。
過ぎてしまった事なのでどうしようもないが、やはり見られたくなかった。
とりあえずシャワールームに向かおうとするが、足元がふらつく。
ステラのおかげで痛みはなくなったが、疲労は残ったままだ。
「大丈夫ですか? 何でしたら私も一緒に入りますよ?」
「い、いえ……! だ、大丈夫ですので……!」
さすがにそれは恥ずかしいので辞退する。
これ以上情けないところは見せられないので、意地でも一人でシャワーを浴びるのだった。
シャワーを浴びて数日間の汚れを落とし、ステラが用意してくれた服を着る。
綺麗になった姿を見てステラは嬉しそうに笑う。
「見違えますね。服のサイズも問題ないようでよかった」
いつの間にか用意されていた食事と共にステラは待っていてくれた。
「用意してくれたのはエリカですけどね」
エリカ。
そこで思い出した、以前にステラからエリカの名前を聞いていたことに。
「食事をしながらでいいので、今日までの出来事を教えて貰っていいですか?」
今日までの出来事といっても、剣の稽古をつけられた程度だ。
もはやあの惨めな姿を見られてしまった後なので隠す事も出来ない。
食事を取りながらステラに全てを話す。
「……そうですか。他に手段がなかったとはいえ貴方には辛い思いをさせてしまいましたね」
「こうしてまた会えただけでも嬉しいですから、気にしないでください。それよりも今日は稽古をつけに来ませんね?」
「ああ、貴方が寝てる間に追い返しました。もう二度と来ないと思います」
「何かやったんですか?」
「さて、どうでしょうか」
何があったかは分からないが、もう来ないらしい。
「朝食も済みましたし、掃除と洗濯をしますよ」
腕まくりをしたステラが意気揚々と告げた。
ー7ー
ステラの指示の下、部屋は綺麗に整えられた。
「綺麗になりましたね」
額に汗を滲ませながら満足そうな顔を浮かべたステラが部屋を見渡す。
「やはり綺麗な方がいいですね。部屋も、貴方も」
最後の方はこちらを見ながら言った。
「ステラはどうして来たんです?」
「どうして? 貴方に会いに来たのです」
「それは嬉しいですけど、その言い方だと誤解されますよ」
「……そうですね。ただ下心がないと言えば嘘になります」
ステラは綺麗になったベッドに腰掛ける。
「いずれ話すと言いましたよね、事情を。それを今から話します。立ち話もなんですから、横にどうぞ」
促されるままに横に座る。
僅かに体が揺れるだけで肩が触れ合う。
それには構わないでステラは話し始めた。
王国の現状は話しましたよね。
私は間近で見てきましたが酷い有様です。
リッチーとアンデッドの影響によって土地はやせ細り、資源は減り続ける一方。
新しく生み出された資源、魔石で何とか持ち堪えていますが、それでもいずれ限界が来ます。
王都ではその兆しはまだ見られませんが、王都から離れた場所では影響が出始めています。
私は国中を見て回ってその事を知りました。
今は良くてもいずれ悪化するのは確実。
しかし、国は改善しようとはしない。
私がどんなにそれを叫ぼうとも誰も耳に貸しません。
行く先々で私の出来る限りの事はしてきましたが、力及ばないことが多かったです。
私は国をよくしたい。
よりよい国に変えたい。
それが私の役目だから。
生まれてきた理由なのだから。
「貴方を助けた理由。それは協力者が欲しかったから」
そこでステラは言葉を切った。
「……ステラは具体的に何をするつもりなんですか?」
尋ねると、ステラは静かに立ち上がりベッドから離れる。
振り返った彼女の顔は凛々しく、強い意志を宿していた。
ステラはこちらの瞳をしっかりと見据えて告げる。
「私は今の王都を壊そうと思っています」
「王都をですか?」
「正確に言うなら王城と貴族街を壊したい。王国腐敗の根源を取り除くのです」
「それは……可能なのですか?」
「そのためにエクリプスを使うのです。彼らの憎しみを利用して王都で革命を起こします」
「その革命の協力者が欲しいと?」
「はい。彼らを全面的に信頼するには不安があるのです。信頼できて信用にたる仲間が欲しいのです。貴方は勇者候補の力を持ちながらこの世界の思想に染まっていない。だから私は貴方が欲しいのです」
出会いは偶然だった。
彼女との出会いから全てが始まった。
そしてその時から決めていた。
彼女だけは信じると。
「……自分はこの世界について何も知りません」
知っていることと言えば、森とエクリプスの本部で見聞きしたことだけ。
それ以外は何も知らない。
「リッチーについてよく分からないし、王国の抱えている問題やら勇者候補の事情を聞いても正直何も分からない。だけど――」
ステラを見据える。
「ステラに、ステラ個人に協力するのは別に構わないです」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げるステラ。
「そんなお礼を言われるような事では……。正直弱っちいですし、何が出来るかも分からない。戦力になりませんよ」
「大丈夫ですよ。そのために私が来ました」
そのために来た?
「今日から一週間。私がみっちり指導します。覚悟しといてくださいね」
ー8ー
お昼が過ぎた頃、ステラといつもの訓練所に訪れた。
「剣は不得手ですけど、基礎的な指導は受けております。貴方に基礎を教えるくらいなら問題ないでしょう」
お互いに木刀を構えて対峙する。
「えっと……いいんですか? 本当に?」
「構いません。どこからでも斬りかかって来てください」
そうは言っても躊躇ってしまう。
本当に攻撃してもいいのだろうか。
女の子だし、怪我でもさせたらどうしよう。
「来ないのですか? まさか遠慮しているのですか?」
「正直やり辛いとは思っています」
「大丈夫ですよ。怪我させてしまった時は、責任を取って婿に来てくれれば問題ないです」
「そこは嫁に貰ってもらうじゃないんですか?」
「残念ながら、それは家の事情で難しいのです」
「家の事情はよく分かりませんけど、なんかやる気が出てきました」
斬りかかるとステラは難なく受け止めた。
そこから反撃が来るが、木刀で受け止める。
何合か打ち合うと、ステラは間合いを取る。
「指導の必要がないのではありませんか?」
「どうでしょう? 一応はこれまでの稽古もどきで相手の動きをひたすら見てきましたから、それが功を奏したのかもしれません」
「ただやられていたというわけではなかったのですね。どうやら剣以外のことを教える時間が作れそうです」
その日の剣の指導を終えて、自室まで戻る。
ステラも一緒だ。
「ふぅ……。汗かいちゃいましたね。先にシャワー借りてもいいですか?」
「構いませんけど、ステラの部屋はないのですか? 自分の部屋に戻った方がゆっくりできるのでは?」
「私の部屋はありませんよ。私はあくまで協力者。エクリプスの一員ではありませんから」
「そうなんですか」
「はい。ですので、ここで寝泊まりしますのでよろしくお願いします」
「え? それは……いいんですか?」
「貴方を信じてますので大丈夫です。もし仮に何かあれば、貴方が責任を取って婿に来てくれれば……」
「それはもういいので。先にシャワーをどうぞ」
ステラがシャワー浴びている間、部屋にとある人物が訪れた。
「まさかお前がステラ様の知り合いだったとはな」
部屋に訪れたのは左腕にガントレットを嵌めた少女、エリカ。
「それを先に言ってくれれば酷い目に遭わずに済んだものを」
「そのおかげかはよく分からないけど、ステラと色々と話せたからある意味よかったよ」
「お前がそれでいいのならそれでいいだろう」
「エリカはステラと知り合いなのか?」
「知り合いでもあるが同志だ。個人的にステラ様に感銘を受けて付き従っているだけだ」
「一つ頼みたいのだが。ステラがここで寝泊まりしようとしているんだ。エリカの部屋に泊めて貰えないか?」
「悪いが明日からエビータの所に配属されることになっている。さすがに無人の部屋に人を匿うのは無理がある」
そういえば、名前を出さないようにと以前にステラが言っていたな。
エクリプスに居てはいけない存在なのだろう。
「変な気を起こすなよ」
「起こさない」
「だが、ステラ様が同室を嫌がらないとは。存外に好かれているのだな」
「そうなんですか?」
「ああ。だからこそ幻滅させないでくれ」
一番情けない部分を見られていると思うけど、それで幻滅はされていない。
だけど、余計なことをして嫌われたくないので、ステラとの生活は気を付けよう。
「それとこれが夕食だ」
「その食事はエリカが用意しているのか?」
「スープくらいしか作っていないがな。後は既製品をテキトーに持って来ている程度だ。それすらもまともに出来ないからな、ここの男共は。全くもって情けない」
自分も自炊はまったく出来ないので、返す言葉もない。
「ステラ様に付いて行くのなら、またどこかで会えるだろう。その時はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく」
エリカが去って、シャワーを終えたステラが姿を現す。
「エリカが来ていたのですね。何を話したのですか?」
「えーっと、明日からエビ……エビなんとかの所に配属されるとか」
「ああ、彼女の所にですか。でも、残念ですね。一週間一緒に居られると思いましたのに」
「あれ? 知らなかったんですか? てっきり知っていてこの部屋に泊まるのかと思っていました」
「……そんな事よりも、夕食を頂きましょう。スープが冷めてしまいます」
「……そうですね、頂きましょう」
ステラはエリカが用意した夕食を食べる準備を始めた。
夕食の前にシャワーを浴びておきたかったが仕方がない。
スープが冷めてしまう前に夕食を頂こう。
ー9ー
「ベッドはステラが使ってください。自分は床で寝るので」
「いえ、貴方が使ってください。まだ体が本調子ではないでしょう。しっかりベッドで休んでください」
「そういうわけにはいきませんよ。女の子を床になんて寝かせられません」
「では、二人で寝ましょう。私が半分使うので、貴方も半分使ってください」
「さすがにそれは……」
「いいではないですか。ほら」
ステラに手を引かれる。
「ステラは少し……いえ、大分無防備過ぎませんか?」
「貴方以外の方にはやりませんよ」
「その言い方だと勘違いしてしまうので止めてください」
「嫌……なんですか?」
「そういう意味ではなくて……」
「嫌ではないのならいいではないですか」
そうしてステラの手を引く力が強まる。
なすがままにベッドに導かれた。
背中合わせで横になる。
さすがに顔を合わせて寝るのは難しい。
ステラもそれは変わらないようで、背中を向けている。
背中を通じてステラの体温を感じる。
温かい。
だけど眠れない。
体は疲れているはずなのに眠れない。
気持ちが昂ぶっているからだ。
眠れない。
意識がはっきりとしている。
眠気が全然訪れない。
ステラを意識し過ぎてるせいだ。
寝返りを打とうにもステラが居るので出来ない。
横になってからどれくらい時間が経過したのだろう。
ステラはもう寝ているだろうか。
このままでは眠れないし、こっそりと抜け出して床で寝よう。
「……まだ、起きてますか?」
ベッドから抜け出そうとした矢先、ステラが話し掛けてきた。
寝たフリでもしようかと思ったがやめた。
「……起きてます」
「眠れませんか?」
「はい。ステラは?」
「私もです。勢いで誘ってみましたが、この状態で寝るのは中々難しいですね」
「ですね」
背中越しにステラが動くのが伝わってきた。
「私は貴方に隠し事をしています」
さっきよりもステラの言葉が耳に届く。
どうやら彼女は寝返りを打ったようだ。
「それって教えたらダメなんじゃないですか?」
「そうかもしれませんね。ですけど、伝えておきます」
「……ステラはよく分かりませんね」
「どういう意味ですか?」
「普通は森で迷っている人をここまで甲斐甲斐しく世話を焼きませんよ」
「それは私の目的に使えると思ったからです」
「それだけの理由では分からないことが多いです」
「そうなのですか?」
「はい。ここでシャワーを浴びたり、同じ部屋で寝泊まりしたり、あまつさえ同じベッドで寝たりなんて普通はしないと思いますよ」
「……」
「だけど、嬉しいです。ここまでの事をしてくれて嬉しく思います」
「そうですか……。なんだかこのまま眠れそうな気がします」
え? なんで?
今の話の中に眠れる要素はないと思うのだが。
「安心したら本当に眠くなる、のです、ね……」
スヤスヤと寝息が聞こえ始めた。
いくらなんでも早過ぎないか。
首だけ背後に回すと、彼女の寝顔が間近にあった。
美しく整った顔立ち。
綺麗であり魅力的だ。
このまま彼女の顔を見つめ続けたかったが、それはダメだ。
理性が抑えられなくなる。
「安心したら眠くなるか……」
自分はステラが近くに存在するだけで心地良くなる。
彼女の存在は心に安らぎを与えてくれるのだ。
そうか、これが彼女の言う安心なのか。
それが分かった途端、睡魔を認識することができた。
ステラの存在を背中に感じつつ、眠りにつくのだった。
ー10ー
それからステラから様々なことを教えてもらう。
剣の基礎だけでなく、魔法についても詳しく教えてくれた。
「魔法属性は雷属性の単一型のようですね」
「それは……強いのですか?」
「魔法属性だけでは良し悪しは分かりませんよ。要はどう扱うかが大事なのです」
食事を一緒に取り、昼間も片時も離れずに過ごし、同じ寝床で眠りにつく。
語り合い、笑い合う。
楽しい日々であった。
そんな楽しい彼女との生活はあっという間に過ぎ去っていく。
このまま彼女との生活が続けばいいのになと何度も思った。
そう願わずにいられない。
だけどそれは叶わない願いだ。
「明日にはここを出るのですか?」
「……はい。本当は貴方を連れて行きたいのですが、私の方で受け入れる準備が出来ていないので……」
「それは残念ですが、まだエクリプスでやるべき事がありますしね。こちらの事は任せといてください」
ステラは寂しそうな顔をするものの、それを言葉に表すことはなく頷いた。
「任せました。貴方の活躍に期待しています」
ステラには目的がある。
細かい打ち合わせでお互いに何をするかも話し合った。
自分もエクリプスでやるべき事がある。
なので一度ステラとは別れる。
寂しさがないと言えば嘘になるが、これも彼女のためだと納得するしかない。
翌日に別れを控えた夜。
その日もベッドを共にする。
初日以外は背中合わせで寝ていたが、その日はステラが手を回して背中から抱きついてきた。
「……どうしたのですか?」
口では冷静を装っているが、実際は心臓がバクバクである。
「不安なのです……。本当に私のやっていることは間違っていないのか。本当にこれで王国が救われるのか、不安なのです」
ステラにしては珍しく弱気である。
不謹慎かもしれないが、その姿に男心をくすぐられた。
守ってあげたい。
自分にだけに曝け出してくれた姿を前にそう思うのは当然だ。
「……気の利いた言葉は持ち合わせておりません。ですけど、今を変えようと動かなければ、一生何も変わらないです。正しさを問うつもりはありません。ですけど、ステラの行いが王国に変革をもたらす最初の一歩になるのは間違いありません。何があっても自分はステラの味方です。決して一人にしないのはお約束します」
「……」
「……」
あれ?
「……」
「……ステラ?」
「……」
返事がない。
その理由はすぐに分かった。
ステラは寝息を立てて眠っていたのだ。
安心したら眠くなるとステラはそう言っていた。
つまりはそういう事だろう。
彼女の耳に先の言葉が届いていることを願うのだった。
朝になり、ステラはエクリプスの本部から去ろうとする。
「これを貴方に託します」
そう言って渡されたのは剣。
「今の貴方なら使いこなせるはずです」
それから「また会いましょう」と言い残して去って行った。
ー11ー
ステラが去って、またあの男性らに剣の稽古でもつけられるのかと思ったら違った。
エクリプスは様々なことをやっている。
その一つが高い魔力を秘めた物を回収する事。
各地に赴いて略奪、もとい回収をするのだ。
魔力を秘めている物といえば魔臓石。
わざと死体を放置してアンデッドに変え、討伐する。
エクリプス魔臓石を手に入れるために実際にやっている非人道的な行いだ。
そういったことを彼らは平気で行っている。
もっとも魔臓石以外にも高い魔力を秘めている物は存在している。
その回収を目的とした実動部隊で活動するようにとフランケンより指令が届いた。
実はそれはステラから頼まれていたことでもあった。
もしかしたらステラから口添えがあったのかもしれない。
エクリプスが集めた情報をもとに王国中を飛び回り、目的の物を探す。
ステラとの特訓のおかげで順調に成果を上げていく。
アンデッドの討伐を頼まれたりもした。
頭部が象で体が人間という奇怪な姿をしていた高位アンデッドを討伐することもあった。
度重なる高位アンデッドとの戦闘で、実力を徐々に高める。
エクリプス内でも一目置かれる程の実力を手に入れた。
何度か本部やら支部に行くことはあったが、ステラに会うことはなかった。
エリカには何度か会うことができた。
話を聞いてみると、彼女は何度かステラに会えたそうだ。
どうやら行き違いになっているらしい。
運が悪い。
「しかし、思っていた以上にステラ様と仲がいいようだな」
「そう見えるか?」
「見えるかではなく、ステラ様から色々と話を聞いているだけだ」
「へー、どんな話を?」
「聞いていて恥ずかしくなる話だ。それでも聞きたいか?」
「言わなくていいです」
「それはありがたい。口に出すのも恥ずかしいことだから」
「うん……。何を話しているのか大体分かるからいいや」
「多分、お前の予想よりも話していると思うぞ。お前と過ごした一週間を包み隠さずに全てを話してくれた。それも何度も、会う度に同じ話を繰り返していて嫌になる」
「ははっ……。それは恥ずかしいな」
「嬉しそうに照れるな。気持ち悪い」
「その言い方は酷くない?」
「事実を述べただけだ」
「……また会いたいな」
「女々しいな。乙女か」
「自分にとってもステラと過ごした日々は楽しかったし忘れられない。あの日々をまた過ごしたい……」
「……感傷に浸るな。まるで死にに行くみたいだぞ」
「……そうだな」
「次に向かう先がこれまで以上に危険なのは承知している。死ぬなよ」
「死なない。死ねない。またステラに会うために」
気付けば、この世界に来てから半年以上が経過していた。
そして、そんな折に入ってきた情報。
最強のアンデッドと謳われるジェノサイドが破壊した街に巨大なアンデッドが現れるとの事。
「巨大というのが気になるな。まさか、そんなアンデッドを相手に一人で討伐に向かうのではないだろ」
「予定だと現地の近くでカニアスが率いる部隊と合流するらしい」
「カニアスと……。そういえば、あの辺りは最近カニアスが手を出していたな」
「それもあって協力するようにとお達しがあった」
「協力……、大丈夫なのか?」
「油断はしないさ」
「そうか。何はともあれ、お前に何かあればステラ様が悲しむ。そうなれば計画そのものが頓挫しかねない。それだけは忘れるな」
王都で革命を起こす。
腐敗した王国をより良い国に変えるために。
それがステラの目標だ。
その力になりたい。
会えないのは寂しいが、革命が終われば一緒に居られるはずだ。
ー12ー
目的の街に行くために移動を開始した。
山を越えて、その少し先に街がある。
移動は一人で行う。
危険だが、これまでも単独で活動するのが殆どだった。
それにこの世界では一人にはなれない。
離れ離れになっても、いつも心にステラが在り続けてくれるとかそういった意味ではない。
視線をそちらに向けるとそれは居た。
姿なき鳥。
影のようなシルエットをしている。
一人になると必ず現れる。
一体アレが何なのかさっぱり分からない。
誰かに相談しようにも、その姿は他の誰の前にも姿を現さない。
どう説明したらいいかもよく分からないのである。
姿なき鳥は付かず離れずに傍に居続ける。
「お前は一体何者なんだ?」
話し掛けるも何も起こらない。
それはこれまでも何度も試してきた事だ。
「やはり何もないか……」
実害はない。
だけどこの鳥は意外と便利なのである。
居なくなれば誰かが近くに居るということになるので、奇襲を察知しやすい。
さらに付いて行けば迷うことはない。
今歩いている山でもそうだ。
適度に道を教えてくれて、その通りに進んで行ったら神殿の跡地に辿り着いた。
跡地であるため荒れてはいるが、山の中で野宿するよりはマシだというものだ。
中の暖炉は誰かが使った痕跡が残っていた。
他にもここを訪れて泊まった者がいるのだろう。
考えることは誰も一緒だな。
神殿の跡地で一晩過ごし、山を突き進む。
そして、姿なき鳥に導かれるまま進むと、やがて山を下りることができた。
山を下りてさらに数日、集合場所となる街に辿り着いた。
「カニアス。また会ったな」
「ん? 以前に会ったがことがあったか? 悪いがお前の顔は記憶にない」
最初のあの時以来、会ったことがなかったので覚えていないのも無理はないか。
「それよりもお前が増援か? 一人だけのようだが?」
「一人だ。何を聞いているかは知らないが、これまで多くの高位アンデッドを倒してきた。足手まといにならないのは保障する」
「話は聞いている。無駄のない働きで的確に実績を積み重ねて頭角を現してきたのだろう。だが、今回は相手が悪いようだな」
「巨大なアンデッドと聞いている。確かに単独で相手をするような敵ではないな」
「こっちは三十人規模で討伐に出向く。そこに一人増えた程度で何かが変わるとは思えないがな」
「三十人か……。どれくらいの数を派遣するかは任せるが、それで足りるのか? 勝算はどれくらいある?」
「実は前もって五十人からなる部隊を先行させている。結果は壊滅だ」
「おいおい、それじゃあ……」
「まあ待て、先行させたのは捨て駒だ。実力などたかがしれている。数は少ないが、今回は実力者揃いだ。巨大な敵に弱者をいくら集めても意味がないのを知れたからな。精鋭を集めて攻める方がいいと踏んだんだ」
「なるほど。そういう事か」
人を捨て駒にするのは頂けないが、ひとまず話を進める。
「それと勝算だが、百パーだ。百パーセント必ず勝利する。勝てるからこそ挑むのだ」
ー13ー
カニアス率いる部隊と共に街を出る。
移動は数日を要する。
それでも初日から緊張を隠せないでいた。
同じエクリプスの一員であるが、彼らは味方ではない。
周りは全員カニアスの部下。
その中に自分が異物として混じっている。
この状態で警戒しないのは無理な話だろう。
そして、アンデッドが潜むという街に至る前日にそれは起きた。
休憩中、警戒のためカニアス達から離れて休む。
露骨ではあるが、元より信用などしていないだろうし近くに居られるよりはマシだろうという気遣いだ。
一人になったことで姿なき鳥が現れる。
それを眺めていると、忽然と姿を消した。
誰かが来たのだ。
周囲に目を配らせても人影は見えない。
ならばどこかに隠れている。
ゆっくりと立ち上がり、わざと隙を作る。
あくまで気付いていないのを装う。
僅かに感じた殺気を辿る。
辿った殺気は背後から。
鞘からステラに託された剣を抜き放ち、背後に振り返るのと同時に斬った。
「っがあ……!」
カニアスの部下が剣で斬りかかろうとしていた。
だが、こちらの動きに反応出来ずに斬られ、体は崩れ落ちる。
「おいおい、おいおい……何をやってくれる」
小芝居を交えながらカニアスが姿を現す。
「そいつはなあ。お前と仲良くしようとしていたんだぜ。それを斬り捨てるとは。言語道断だ」
カニアスは大剣を構える。
「エクリプスに歯向かう裏切り者は始末しないとな」
大剣を構えるカニアスの背後より部隊に参加する全てのメンバーが武器を構えながら姿を現した。
「芝居が過ぎるぞ。何が目的だ」
「これは粛清だ。お前の命、そしてその剣を頂く」
「何が粛清だ。どうせ剣が目的なのだろう」
ステラから託された剣は魔剣である。
これを渡す気などない。
渡したところで、どうせ殺す気だ。
証人を残しておくほどカニアスは甘くない。
「粛清……。歯向かう裏切り者は始末する。それがお前のやり方だというのなら、受けて立とう。お前のやり方をもって粛清してやる!」
空気に稲妻が走る。
意識を高め、そして踏み込んだ。
一条の矢の如く移動をし、カニアスの背後にいた一人を斬り捨てる。
魔剣を返し、斬り上げるようにもう一人仕留める。
さらに畳み掛ける。
振り落とし、一人を両断する。
地面を蹴り、正面にいた者の心臓を突き刺す。
魔剣を引き抜いた勢いを乗せて、さらに一人斬り捨てる。
そこで大剣が振り落とされた。
正面から受け止めるように見せて、流し、反撃する。
カニアスは大剣から手を離し、姿勢を下げて躱す。
そこから蹴りを繰り出してきた。
躱せずに蹴り飛ばされるが、受け身を取ってすぐさま立ち上がった。
「まさか五人を一瞬のうちに殺すとは。大した実力を持っているようだな」
今の五人に加えて最初の一人。
合わせて六人を倒した。
「偉そうに何を言っている。これで精鋭だと? 笑わせるな」
「誰が死のうと俺には関係ない。最後に立っているのが俺なのが重要だ。他がどうなろうと俺の知ったことではない」
「こんな事を言う奴にお前らは付いていくのか? 気が知れんな。所詮は狂人共の集まりか」
「お前もその組織の一員であるがな」
「そうだったな。だが、お前達とは信じるものが違うのは分かる。説得する言葉は持ち合わせていない。ただ武力を持って制圧する」
「やれるものならやってみろ。……散れっ!」
カニアスの言葉に従い、部下達が散らばる。
そして、大剣を手にカニアスは斬りかかって来た。
雷の加護を受けた斬撃は凄まじいものだ。
速くて重い斬撃。
それを受け流す。
続く攻撃も受け流して大剣を掻い潜る。
そして、カニアスをさっきの仕返しとばかりに蹴り飛ばした。
そこから駆け出す。
敵が散らばったのは丁度いい。
倒した六人の剣を掴んでは投げる。
投げ飛ばされた剣は回転し、地面に突き刺さっていく。
魔剣に雷を付与する。
そこへ一人斬りかかって来る。
雷を纏いし魔剣を振るった。
「駆け抜けろ!」
雷が龍の如く放たれた。
斬りかかろうとした者の体を穿ち貫く。
さらに地面に突き刺さっていた剣の一本を龍は目指す。
雷の龍は剣に辿り着くと、別の剣を目指す。
さらに剣から剣へと駆け抜ける。
迸る雷の軌跡が人体を貫いていく。
戦場を駆け抜ける龍が消えると多くの者が倒れていた。
中には息がある者もいたが、後で仕留めれば事足りる。
「どうした? まだ本気を出していないぞ」
振り返った先に居るカニアスを見据える。
その表情は怒りに震えていた。
「それはこっちの台詞だ!」
カニアスが斬りかかってくる。
魔剣を力一杯に振り落とし、大剣の刃を地面に叩きつけた。
大剣の刃を駆け上り、膝を顔面に食らわせる。
「が、はぁっ……!」
倒れたところを狙って魔剣の刃を下にして突き刺すように落とす。
心臓を貫き仕留めた。
「さて残るは……」
周りに視線を巡らせると、生き残ったカニアスの部下達が震え上がる。
「この状況を報告されると厄介だな。目撃者は全員……始末だ」
まだ十人以上残っている。
それでも全員を倒せると踏んだ。
稲妻を走らせて、全てを排除した。
「巨大なアンデッドと遭遇し、不慮の事故でカニアス含む部隊は壊滅。こんなところか」
その場を後にして先を急ぐ。
巨大なアンデッドと戦うかどうかは別にしてひと目見ておかなければならない。
荒廃した街を目指すして移動するのだった。
読んで頂きありがとうございます。
今回は本編とは完全に別物となります。
外伝二作目で登場したステラがメインヒロインとなり、本編ではちょい役だったエリカが登場します。
読み返して、恋愛描写が多いなと感じました。
外伝二作目ではステラはメインヒロインではなかったので、ヒロインらしさを出すために色々と絡ませたら恋愛描写が多くなってしまいました。
今回に限らず外伝の作品は恋愛やら友情やらの描写が多い気がします。
これからは恋愛をメインに書いた方がいいのでは思えてくるほど書いている気がします。
今回は本編でも登場した盗賊団、エクリプスに焦点を当てています。
エクリプスとステラの繋がりは本編でもあります。
フランケンが死んだことで革命を起こす計画は頓挫しましたが、そういう内容をどこかに書いた気がします。
今回登場したカニアスですが、本編同様噛ませになります。
そして主人公ですが、彼は本編より強くなっています。
そうしないと話が進まないので。
内容は駆け足になっているので、色々と端折っている部分が多いです。
じっくり書いていたら八部作くらいにはなりそうですから。
こういうIFの作品は好みが分かれやすいと思いますが、最後まで読んで頂ければと思います。
また次回もよろしくお願いします。




