外伝03.罪過の絆
外伝三作目となります。
前回が「20.青天の勇者」の続きだったので、今回は「外伝01.星天の従者」の続きを書いてみました。
外伝の続きというのが少しおかしいかもですが、そこは気にせずに読んで頂ければと思います。
ー1ー
「おはよう、委員長」
「あっ、おはよう、河合さん」
登校すると、委員長に出会した奈々は挨拶をする。
「体はもう大丈夫?」
「委員長は心配性だなー。事故にあったのは何ヶ月も前だよ。もうとっくに元気だよ」
七月二日に交通事故にあった奈々はしばらくの間入院していた。
一学期の終業式まで退院は間に合わず、奈々が復帰したのは二学期の始業式からだ。
今ではもうすっかり快復して元気である。
それなのに委員長は心配して気に掛けてくる。
事故にあってから半年近くも経過しているにも関わらずにだ。
放課後になるとクラスメイト達は部活に行ったり、帰り支度を始めたりする。
奈々は部活に入っていないため帰ろうとする。
そこへ委員長が声を掛けてきた。
「河合さん。今日はもう帰るの? せっかくだし、どこか遊びに行かない?」
以前は挨拶をする程度の関係だったが、今ではこうして遊びに誘われたりする。
「ごめん。今日は帰るよ」
「そっか。じゃあ、また今度ね」
「うん、また」
奈々は帰る。
自らの家に。
奈々が帰るのは、世間で施設と呼ばれている所だ。
幼い頃に両親を亡くした奈々は身寄りがなかったので、その頃から施設で暮らしている。
暮らしているのだが……。
「うーん。やっぱおかしい」
なぜだか昔のことが思い出せない。
昔の施設での記憶がない。
施設で一緒に暮らしている者達についても、つい最近会ったばかりな気がしてならない。
それとなく周りの人に尋ねてみたことがあるが、昔辛い目にあったから記憶が混濁している、とか言われた。
そして、可哀想な子を見る目で同情された。
他人に気を遣われるのはイヤなので、それ以来聞いていない。
何かがおかしい。
施設での暮らしだけでなく学校でも気になることがあった。
「最近、奈々落ち着いたよね」
「落ち着いた? 何が?」
「前はもっと落ち着きがないというか、活き活きしてた」
「そうだったかな? あまり自覚はないけど」
自覚はないが、自分の中の何かが空白になった気がする。
「あとは恋バナばっかしてなかったっけ? こそこそと」
「あー、あったね、そんなこと」
「恋バナ? 誰と?」
「誰ってそりゃあ……誰だっけ?」
友人は首を傾げる。
それに対して奈々は嘆息する。
最近、このようなことが頻発する。
日常から何かが欠けたような違和感。
一体、何が欠けたのだろうか。
ー2ー
奈々が違和感を抱えながら暮らしている最中、とある人物と出会った。
「河合さん? 河合さんだよね?」
街中で突然声を掛けてきたのは灰色の髪の少女。
「えっと……」
誰?
奈々が困惑する中、少女が親しげに歩み寄って来た。
「やっぱり河合さんだ。久し振り。元気にしてた?」
「その……人違いでは?」
話し掛けてきた少女が誰なのか心当たりはない。
人違いだろう。
「やだなーもう、私だよ、セイラだよ。忘れちゃったの?」
「ごめん……」
「えっ、ホントに忘れてたの? 人違い……じゃないよね? 河合奈々さんだよね?」
「うん、そうだけど……」
セイラは名前を言い当てた。
だけど、奈々はセイラと名乗る少女についての記憶がない。
「よかった、合ってた。でも、河合さんに忘れられているなんてショックだなー」
「ごめんなさい……。最近こういうことが多くて……」
「最近? まあいいや。ところで望月さんは元気? いつも一緒に居たよね」
「えっ?」
望月さん?
「下の名前はルナだっけ? たしか、同じ高校に通っているんだったよね」
「……」
彼女は、一体何を言っているんだ?
「どうしたの? ボーッとしちゃって」
「……その望月さんってどんな人なの?」
「どんなって、それは河合さんの方が詳しい……あっ、そういう事」
唐突にセイラは何かを察する。
「ごめん。やっぱ人違いだったみたいだね。それじゃ」
それだけ告げると、セイラは走り去ってしまった。
「まだ話が……!」
奈々は追い掛けようとするも、セイラは人混みに紛れて消えてしまった。
セイラが去ってすぐに委員長にメールする。
内容はセイラという人物に心当たりがないかどうか、それと望月ルナ。
彼女についてもメールで尋ねる。
メールはすぐに返って来なかった。
ひとまず奈々は帰ることにした。
自室としてあてがわれた部屋のベッドに奈々は横になって考える。
セイラは最後に人違いだと言っていたが違う。
あそこまで親しげに話し掛けてきて、しかも名前を言い当てた。
人違いではないはず。
だけど、奈々は彼女について何も知らない。
最近、記憶が抜け落ちていることがあるが、もしかしたら彼女の存在もその抜け落ちた記憶に含まれているのかもしれない。
そして一番気になったのが、望月ルナ。
その名前を聞いた時、懐かしい気持ちになった。
この感情を抱くということは、おそらく奈々は望月ルナを知っている。
知っていたと言うべきだろう。
今は何も知らない。
望月ルナが何者なのか、それが気になった。
一番の情報源はセイラ。
彼女なら知っているはずだ。
最近感じている違和感についても、彼女なら何か知っているはず。
スマホが鳴る。
メールを受信したようだ。
確認して見ると差出人は委員長だった。
先のメールの返信が届いたのだ。
内容を確認すると、セイラという人物に心当たりはないとのこと。
そして、望月ルナ。
彼女について書かれたメールの文面を確認するも、やはり委員長は知らないとのことだった。
「委員長も知らないのか……」
ベッドに寝そべり、天井を眺めながら考える。
気になる。
この心に湧いた違和感を解消せずにはいられない。
周りの反応を見る限り、違和感を解消するのに他人は期待できない。
ならば、自分で調べるまでだ。
早速行動に移したかったが、気付いた時には外は暗くなっていた。
今から外に出るわけにはいかない。
それでも出来ることがあるはずだ。
奈々はベッドから起き上がり、部屋から出て行った。
ー3ー
まず確認したのがアルバム。
施設で暮らす子供達の成長を記録したものだ。
その中で奈々の写真は最近のものしかない。
奈々は幼い頃に両親を亡くしてここで暮らしていることになっている。
それなのに昔の写真がないのはおかしい。
次に奈々は自身について書かれた書類を確かめる。
子供達の記録は大切に保管されており、簡単には見れない。
それでも厳重な警備が施されているわけではない。
夜中に部屋をこっそりと抜け出し、書類が保管されているであろう部屋に忍び込む。
金庫。
鍵が掛かった棚。
電源が切られているパソコン。
どこに隠してあるのだろうか。
金庫はないだろう。
入っている物は金品とか権利書とかそういった類の物だろうと考える。
棚も気になるが、まずはパソコンを調べる。
部屋に近付く者がいないのを確認して電源を入れた。
パソコンのパスワードは分かる。
職員が使っているのを何度も見ていたから。
不思議とそういう細かいところはよく目につく。
まるで馴染んだ癖のように体が勝手に動くのだ。
パスワードを入力し、中のデータを確認していくと……見つけた。
やはり予想していたように書類をスキャンして取り込んだデータが入っていた。
部屋には複合機が置いてあるし、以前に職員が新しく施設入りする子の書類をスキャンするようにと別の職員に頼んでいたのを奈々は覚えていた。
奈々は自身について書かれた書類全てに目を通していく。
ついでに同時期に入った別の子のデータを確認する。
自身のデータと比較するためだ。
閲覧の履歴を消し、電源を落として奈々は部屋を後にした。
自身の部屋まで戻ると、早速頭の中を整理する。
書類は一見として不備は見られなかった。
だが、最低限の必要事項だけが書かれていただけで、比較用に見た子のデータと比べると圧倒的に情報量が少ない。
そして書類には両親の死後すぐに施設に入ったと、はっきりと明記されていた。
アルバムの件を踏まえて考えるとやはりおかしい。
書類を信じるなら、奈々は十年以上施設で暮らしていた古参になる。
でも、この施設について詳しく知らない。
入ったことがない部屋があるだけでなく、何の部屋か分からない部屋がある。
施設独自の決まり事も知らず、指摘されたことだってある。
何より、他の子達について知らないことが多い。
長年一緒に暮らしているはずなのに知らないのだ。
疑問ばかりが増える。
おかしいのは奈々自身か、それとも周りか。
奈々の記憶が抜け落ちているのなら、奈々自身がおかしいというふうに考えられる。
だが、何故記憶が消えたのかという疑問もある。
そこで、はたと気付く、そういえば記憶があやふやなのは自分だけではない。
周りの記憶にも違和感がある。
それに気付いた瞬間、背筋がゾワッとした。
まさかと考える。
あり得ないとも思えた。
それでも考えずにいられない。
得体の知れない何か超常的な力。
それが関与しているのではないかと勘繰ってしまう。
ー4ー
翌日の放課後。
奈々は図書館に訪れていた。
昨夜見た書類によると奈々の両親は交通事故で亡くなったと記載されていた。
さすがに書類には事故の詳細については書かれていなかった。
詳細まで書かれていないのは不思議ではないが、もしかしたら両親の死にも不審な点があるのではないかと疑問を持ったのだ。
事故があった日と死亡日は分かる。
昨夜、その日付をネットで調べた限りでは両親の事故の情報は得られなかった。
なので、紙の資料ではと思って図書館を訪れたのだ。
結論として、何の情報もなかった。
だが、何の情報が得られなかったわけではない。
事故そのものがなかったのだ。
その日に起きた交通事故の被害者全てが別人。
念の為、前後の一週間程を調べてみたが、結果は同じ。
さらに両親が勤めていたという会社を調べてみるも、不可解な点があった。
実在する会社ではあるが、今はもう倒産している。
その会社の取引先であった現在も経営している会社にメールを送ってそれとなく尋ねてみた。
ダメ元で送ってみたが、返信が来てくれた。
早速内容を確認してみると、当時を知る人物からの返信だった。
守秘義務があるせいか情報の殆どが伏せられている。
だが、奈々が知りたかった情報は書かれていた。
倒産の理由は、社員の殆どが高齢であり、会社を維持していくのがキツくなったかららしい。
一番若い者でも五十を超えていたそうだ。
奈々の両親はそこまで歳をとっていない。
さらに社員が交通事故に遭ったという話はないそうだ。
奈々の両親の経歴、そして死が偽造されたものであった。
最近違和感を覚えるようになったが、実際は両親が生きていた頃からおかしかったのだ。
奈々は考える。
次に何を調べるべきかを。
これまで調べて来たのは、あくまで事実確認。
その全てが偽りであっただけで、新しい事実は何一つとして得られなかった。
結局両親は何者だったんだ。
奈々自身は何者なんだ。
何一つ判明していない。
新しい情報を得るためには……。
ー5ー
「灰色の髪をした女の子?」
「はい、そうです。わたしと同い年くらいなんですけど、見掛けませんでしたか?」
全ての情報はセイラが握っている。
奈々はそう結論を出し、セイラの行方を探す。
彼女の一番の特徴は灰色の髪。
昨今、外国人は増えているが、それでも彼女の灰色の髪は稀有な存在である。
その容姿は目立つ、聞き込みから成果を得られるはずだ。
セイラに声を掛けられた現場周辺から洗っていく。
「ああ、その子ならよく見掛けるよ。うちにもたまに来るし、そこで買い物してるのも見たことがある」
とある喫茶店で話を聞いてみると、向かいのコンビニを指しながらそう教えてくれた。
ここに来る前での聞き込みでも目撃談が多く、やはり彼女の髪色は目立つのだろうと思った。
「毎日ではないのですね……。最近だといつ来ましたか? 幼馴染みなんですけど、小さい頃に引っ越してしまって連絡先を知らないんです。会って話がしたくて探しているんです」
嘘である。
だが、セイラ曰く知り合いだったらしい。
幼馴染みとまではいかなくても、顔見知りであったのは間違いない。
「おお、そうだったのかい。なら、週末に来るといい。いつも週末にコーヒーを飲みに来るから」
「はい。そうさせて頂きますね。ありがとうございました」
週末になり、奈々は再び喫茶店に訪れた。
「いらっしゃいませ。例の子、来てるよ」
そう言われて視線を向けると、灰色の髪をした少女、セイラが居た。
奈々は彼女に歩み寄る。
「お久し振りです」
挨拶をするとセイラは特に驚いた様子もなく、向かいの席に座るように促す。
「最近私を探している人が居るって聞いていたけど、やっぱりあなただったんだね」
奈々は促された席に腰掛ける。
「セイラさん。あなたに聞きたいことがあって探してました」
「そうだろうね。それで何を聞くの? まあ、ある程度予想はつくけど」
「わたしは、わたし自身の過去を知りたい。何があったのか。どうしてこうなったのか。それが知りたい」
「……残念ながら私は河合さんの過去は知らないよ。でも、何をされたかは分かる」
セイラは周りに聞こえないように奈々に顔を寄せてから囁いた。
「魔法による記憶の改竄。河合さんの記憶はそれで変えられている」
「魔法?」
「やっぱり魔法についても忘れているんだね」
セイラは魔法について詳しく教えてくれた。
魔法の存在については疑うことなくすんなりと受け入れられた。
「河合さんも魔法を使えるはずだよ。どんな魔法を使えるかは私は知らないけどね」
そこで言葉を切り、セイラは真剣な面持ちで奈々を見据える。
「河合さんの過去を取り戻す方法はある」
「ホント?」
「私の方でも河合さんについて少し調べたんだ。七月二日。河合さんに何らかの影響をもたらしたのはその日で間違いないよ」
「七月二日……」
その日は交通事故に遭ったことになっていた。
もし、奈々の身に起きたのが交通事故ではなかったら……。
「それで、その方法って?」
「……外で話そうか」
コーヒーを飲み干し、喫茶店を後にした奈々はセイラに付いて行く。
道を進み、やがて辿り着いたのは廃れたビル。
廃れているのはビルだけでなく、この辺り一帯が閑散としていた。
「今は持ち主がいなくてね。取り壊されずに残っているんだ」
そう言ってセイラは廃ビルの中に入っていく。
奈々もその後を追う。
階段を上がりながらセイラは口を開く。
「言い忘れていたけど、ここに来た時点で引き返せないよ。私には記憶改竄の魔法は使えない。河合さんの口を封じるには……」
「分かってる。今更引き返すつもりはないから安心して」
「そう。なら、よかった」
階段を上った先にある一室に入り、その部屋にあった物を見て奈々は息を呑む。
「これは……?」
豪華な装飾が施された巨大な砂時計を中心に歯車が幾重にも噛み合い、回っている。
何かの機械だろうか。
幅広い一室であるにも関わらず、その半分を占拠していた。
セイラはその不可思議な機械に歩み寄り、砂時計を撫でる。
「これは神の遺物。私達人類が過去に戻れる唯一の方法」
「過去に戻れる?」
セイラは振り返って静かに告げた。
「河合さん。私と一緒にこれを守ってくれない?」
ー6ー
河合奈々は目覚まし時計を使わない。
その日も変わらず目覚まし時計を使わずに目が覚めた。
一見にしていつもと変わらぬ朝。
だけどその日はいつもと違う。
周りの人はいつも通りと言うだろうが奈々は違う。
目が覚めて真っ先に行ったのは日付の確認。
スマホをスリープモードから起動する。
「一日戻ってる……」
施設内を見て回り、スマホの不具合ではなく本当に一日巻き戻っているのを確認する。
昨日、奈々からしたら明日ではあるが、セイラとの会話を思い返す。
「『神の追想』。それがこの神の遺物の名称」
神の遺物、神の追想。
セイラはそれらについて詳しく教えてくれた。
「神の追想の効果は時間を四十四時間巻き戻すこと。そして、この効果は一度使うと二十時間使えなくなる」
「四十四時間? その数字に何か意味はあるの?」
「さてね。それこそ神のみぞ知る事だね。それに、そんなものに私は興味がない。大事なのは過去に戻れること。あなたもそう思うでしょ」
過去に戻れる。
それはつまり奈々が記憶を失った七月二日に戻れるということ。
その日に何があったのか、記憶を失った原因が分かる。
「わたしには知りたい過去がある。それを知るためなら手段は問わない」
「さっすが、私が見込んだとおりだね」
そこから細かい打ち合わせをする。
「次に神の追想が使えるのは午前零時。効果が発動すると前日の午前四時に巻き戻る。時間が巻き戻れば、その時に居た場所に戻るけど、河合さんはその時どこに?」
「その時間はいつも夢の中だよ。施設のベッドでぐっすり」
「なるほど。健康的な生活を送っているんだね。じゃあ、目が覚めるまで時間の巻き戻しには気付かないのか」
「不都合?」
「大事なのは時間が巻き戻る直前だから。巻き戻った直後は問題ないよ」
今日はここで午前零時を迎える。
そして奈々は過去へと戻る。
巻き戻るのは一日ごとだが、いずれは七月二日に戻れる。
「それじゃあ、明日……まあ、昨日なんだけど、河合さんは学校でしょ? 昼間はいつも通りに過ごして放課後またここに来てよ」
「わかった」
その後は施設に戻らずに過ごしたが、スマホの方に連絡が沢山来る。
職員が心配してくれているのだろう。
それともただ単に仕事だからやっているだけなのだろうか。
いずれにしても、過去に戻れば彼らの努力は徒労に終わる。
そういえば、両親の遺産として多額のお金が奈々の口座に入っているらしい。
贅沢をしなければ一生働かなくても済む金額だ。
そのお金は両親ではなく誰かが残してくれたものなのだろうな。
スマホの電源を切り、奈々は午前零時を待った。
そして、その時が訪れた。
神の追想に備え付けられた砂時計の砂が全て落ちようとしている。
「この砂が全部落ちたら、神の追想の効果が発動する。準備はいい? まあ、出来てなくても問答無用で使うけどね」
「過去にはわたしが失くしたものがある。それを取り戻す準備も覚悟もとっくにできてる」
「……やっぱ、私の見立ては間違っていなかったね」
砂が全て落ちた。
その瞬間、直視出来ないほどの光が瞬く。
奈々は思わず目を瞑るも、気が付いた時にはその瞬間は虚無へと消える。
確定した出来事は不確定へと姿を戻し、未来となる。
こうして過去へと巻き戻った。
過去に戻った奈々は言われた通りに普段と同じように過ごす。
朝食を取り、学校へと向かう。
授業は一度受けたものなので非常に退屈だ。
それでも受けなくてはいけないのが授業なのだ。
どうせ過去に戻るのなら受けなくてもいいのではと思うも、それはそれで気持ちが落ち着かない。
踏ん切りがつかないと言うべきだろうか。
普段やっていない事をするのには勇気が必要だ。
それが習慣になっているのなら尚更だ。
結局その日は、授業をサボることなく最後まで受けるのだった。
そして放課後を迎える。
「やあ、河合さん。どうだったかな、初めて過去に巻き戻った感想は?」
「正直同じ日常を繰り返すのは苦行でしかない」
「あはは。でも、以前送った日常とは差異が現れているでしょ?」
「それはもちろん。ただ大きなところは変えられない。せめてもの抵抗でわたし自身の見方を変えたよ。通学の時に違う道を通ったりだとか」
「私としてはあまり以前と違う行動を取って欲しくないのだけどな」
「というと?」
「これはまだ話していなかったけど。ここに連れて来た時に言った言葉を覚えてる?」
「うーん……。あっ、そういえば、一緒に守って欲しいって言ってたね。でも、何から守ればいいの?」
「……この過去に戻れる神の追想があれば、一度起きた出来事を変えられる。誰もが欲しがる物。つまり、この神の追想を狙う人が出てくるわけ」
「それは魔法絡みで?」
「うん。時間の巻き戻しを感知できるのは高い魔力を秘めた人達だけだからね。狙ってくるとしたら間違いなく彼らだ」
「なるほど」
「そのためにも見つからないようにしないといけない。だから普段と違う行動をすると、そこからズレが生じる。そのズレから敵に見つかっちゃうわけ」
「普段通り過ごしてって言っていたのは、そういう事情があったんだね」
「まあ、そこまで気を張る必要はないよ。時間の巻き戻しを感知していない人達も、以前とは違う行動を取る場合があるみたいだから」
ならば極度に意識する必要はないか。
それでも不必要なことはしない方がいいのには変わりない。
「さて、ここからが長いよ。今は一月。七月まで戻るのに半年は掛かるからね」
こうしてセイラとの短いようで長い付き合いが始まった。
ー7ー
時間の巻き戻しは思いの外順調だった。
セイラから神の追想を狙う敵がいると聞いていたが、その敵が現れることはなく、地道に過去へと戻る。
「ねえ、セイラ。敵ってホントにいるの?」
「それを疑っちゃう? 世の中は良い人ばかりじゃないんだよ。悪い人だっている。中には人類の敵って呼ばれるくらいに悪い人達だっているんだよ」
「人類の敵? なんか大袈裟じゃない?」
「どう受け止めるかは人それぞれ。それについて私はとやかく言わないよ」
「人類の敵がどういった存在かは知らないけど、悪い人がいるのは理解しているよ。少なくともセイラは良い人だから安心だね」
「優しいね、河合さんは。河合さんも……良い人なんだね」
「昔のわたしがどんななのか知らないけど、セイラにそう言われて嬉しいよ」
「セイラはさ、敵が出たらどうするの? 戦うの?」
「うん。戦う。神の追想は見ての通りデカブツだから。これを持って移動なんて出来ない」
「持って行けないにしても、セイラだけでも逃げることができるでしょ」
「私は逃げないよ。命を懸けてでも守り通す。私の覚悟は尻尾を巻いて逃げるような生半可のものじゃないから」
「セイラは戦うにしても、わたしには戦う力はないよ。セイラの力になりたいけど何も出来ない。それでも戦うの?」
「戦う。私は一人でも戦う。もしもの時は、そうだな……河合さんに任せるよ。時間を巻き戻して私を助けて」
「前から気になっていたんだけど。なんでセイラはわたしを仲間に引き入れたの? わたしには何の力もないのに、どうして?」
「あなたは少ない情報から私を見つけ出した。喫茶店で再会した時にテキトーにあしらっても、あなたはきっとこの場所を見つけていた。時間の問題だったんだよ。早いか遅いか、それだけなんだ」
「要するに、わたしが余計なことをしないための予防線だったんだ」
「最初は……ごめん、囮に使えると思っていたんだ」
「まあ、何の力もないからね。使い道なんてそんなもんでしょ」
「結構ドライなんだね。自分の事なのに」
「そう……だね。自分でも不思議だよ。過去に何かあったのかな?」
「……囮というより保険だったかな」
「なんか違うの、それって?」
「さてね。どうだろう。自分でもよく分からなくなってきた」
「神の遺物で神の追想か……」
「どうしたの、神の追想を見つめちゃって」
「こんな不思議な物があるんだなって改めて思っちゃって」
「不思議だよね。でもこんな不思議な物は世界広しと言えどここにしかないよ」
「そういえば、なんでセイラは神の追想を持ってるの?」
「うーん。改めて説明するとなると難しいね。一言で言えば、拾った?」
「拾ったって……こんな物を? 一体どこで?」
「どこだったかな……。もう覚えてないや。少なくとも日本じゃないのは確か。運ぶの大変だったんだからね」
「これを運んだの? うへー、想像したくもないや」
「そういえばさ、気付いた? 神の追想でも巻き戻らないものがあるのに」
「そんなものがあるの? あっ、もしかしてわたし達の記憶とか」
「ああ、それもそうだね。でも他にもあるよ。それは神の追想。このキズを見て。これは一昨日……まあ、明後日なんだけど。明後日の私がうっかり付けちゃったキズ」
「つまり未来のキズ?」
「ある意味そうだね。この神の追想だけは覚えているんだよ、起こった出来事を全て。それとこれは補足だけど、神の追想だけは時間が巻き戻ってもこの場に残り続ける。ここで時間を巻き戻す限り、ずっとここに残り続けるんだよ」
「わたしとセイラの関係って何なんだろう?」
「いきなりどうしたの?」
「気になっちゃって。だってさ、昔のわたしとセイラは顔見知り程度なんでしょ」
「そう、だね……」
「それに元々はわたしを利用して囮に使う気だったんでしょ」
「まあ、それもそうだね」
「正直言うと、わたしもセイラを利用していた。セイラの持ってる情報。それと神の追想。わたし自身の過去を知るために利用していた」
「利用していたのはお互い様だね」
「うん。でも、今はどうなのかな。わたしとセイラは、仲間なのかな? 友達はちょっと違う気がするし」
「そうだね……敢えて言うなら利害が一致した協力者じゃないかな」
「協力者……。どこか懐かしい響きがするな……」
「そう……。もしかしたら昔に何かあったのかもね」
「一番大事なことを聞いていなかったな」
「大事なこと?」
「セイラはさ、なんで過去に戻りたいの?」
「そっか、まだ話したことなかったね」
「わたしは、わたしの過去。わたし自身の過去を知りたい。失くした記憶を取り戻したい。……セイラは?」
「私は……私も一緒。私も過去に大事なものを失くした。それは私にとっての一部……ううん、私の大部分を占めていたの」
「そんなに大事なものなの?」
「うん。私の身も心、それだけじゃなくて生涯を捧げたもの。それのためだったら私は何でもする」
「セイラの失くしたもの……。見つかるといいね、セイラの大事なものが」
「見つけるよ、必ず。絶対に」
「ところでさ、なんでセイラはわたしの事を河合さんって呼ぶの?」
「なんでって、河合さんは河合さんでしょ」
「まあ、そうなんだけど。セイラも委員長みたいに真面目なんだね」
「委員長?」
「委員長はクラスメイトで……ってそれは置いといて。別にわたしの事は奈々って呼んでくれてもいいよ」
「えっと……じゃあ、奈……」
「ん?」
「下の名前で呼ぶのは、なんか気恥ずかしいな……」
「あはは、セイラも意外と可愛いところがあるんだね」
「かっ可愛いっ!? ふ、ふーんだ。河合さんなんて河合さんで十分です」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「そんなことないです!」
「またまたー」
「もう知りません!」
ー8ー
時が流れるのは早いもので、十月を迎えていた。
神の追想を使い始めてから三ヶ月が経過し、七月まで三ヶ月。
折り返し地点まで来た。
ここまで何も問題はなかった。
残りも問題がないのが望ましいが、そうはいかなかった。
セイラが懸念していた敵が現れたのだ。
その日も奈々は廃ビルを訪れる。
「さて、夕飯を買って来るけど、何か食べたい物とかある?」
セイラは出掛ける準備を整えて、奈々に声を掛ける。
「んーっとね。それじゃあ……」
奈々が食べたい物を告げると、セイラは買い出しに出掛けていった。
その間、奈々は一人でセイラの帰りを待つ。
買い物を終えたセイラは買い物袋を手に廃ビルへと戻る。
その道すがら、ふと視線を感じた。
振り返るも誰もいない。
気のせいと思いたかったが、そうではないだろう。
誰かに見られている。
セイラは駆け出した。
このまま廃ビルに戻るわけにはいかない。
まず真っ先にやるべき事は追手を撒くこと。
走る。
セイラは周囲を警戒しながら走り続けた。
建物の陰に入り込み、息を整える。
追手は撒けただろうか。
そう考えていた矢先、人影が目の前に現れた。
「セイラ・スプリガンだな」
「っ!?」
男性の声が響く。
姿を現した男性は鮮やかな青色のローブを羽織り、白地に奇妙な模様が入った仮面で顔を隠していた。
黒い革手袋を嵌めた手には禍々しさが宿る刀が握られている。
「走った程度で逃げられると思うな」
セイラはすぐさま魔法を発動させた。
魔法陣が出現し、セイラは自らが契約を交わしているモンスターを召喚する。
現れたのは純白の鎧を着た騎士。
純白なのは鎧だけでなく、剣と盾も純白だ。
「ホワイトナイツ! お願い!」
純白の騎士が剣を振るう。
純白の剣を刀が受け止める。
男性は一度間合いを取るも、すぐに踏み込み斬りかかってきた。
剣と刀の打ち合い。
刀による鋭い刺突を純白の騎士は盾で防ぐ。
すかさず純白の剣が男性を狙うも、それは難なく避けられてしまう。
男性は懐より豪華な装飾が施された拳銃を取り出して純白の騎士を狙う。
銃声と共に撃ち出された銃弾が肩口を貫く。
それでも純白の騎士は再び斬りかかろうとしてくる。
何度も引き金を引いて、鎧に穴を空けていく。
足の脛、胸部、そして頭部に穴を空けて、純白の騎士の体は崩れ落ちた。
「次はお前だ、セイラ・スプリガン。……あれ? どこ行った?」
純白の騎士に気を取られている間にセイラの姿は消えていた。
廃ビルに駆け込んだセイラは乱れた呼吸を整える。
「はあはあ……」
「おかえり、セイラ。そんなに慌ててどうしたの?」
「て……敵が、現れました……」
「えっ? セイラは無事なの?」
「私は、無事。それよりもここが見つからないようにしないと」
「そうだね。追手とかはだいじょぶなの?」
「……」
「セイラ?」
「……ごめん。そこまで気が回らなかった」
「いいよ、別に。セイラが無事ならそれでいい」
「いずれにしても今後は気を付けないと。敵はこれからも現れるはず」
息を切らしていたセイラは幾分か落ち着きを取り始める。
それを見て奈々は安心するが、ある事に気が付いた。
「ねえ、セイラ。ちょっと関係ないけどさ。髪が前よりも伸びてない?」
時間が巻き戻ると体も巻き戻る。
それなのにセイラは前よりも、正確に言うなら未来の彼女よりも髪が伸びている気がする。
「……そんなわけないじゃん。河合さんの気のせいだよ」
「そう? ならいいけど」
その日はもう敵は現れることはなく、過去に巻き戻るのだった。
ー9ー
セイラを見失って、一度拠点へと帰還する。
「追跡に気付かれただけでなく、取り逃がすとは。お前は一体何をやっているんだ」
「はい……すんません……」
目の前には怒りと呆れの感情を見せる銀髪の少女、ルナが立っていた。
「せめて仮面を通して連絡をしてくれていれば何とかなったかもしれないのに。それすらも忘れるとは」
「返す言葉もありません」
正座させられ、ルナから叱責を受ける。
「まあいい。過ぎたことだ。それよりもここからどう動くかだ。情報を寄越せ」
「分かった。えーっと、地図は……。あれ? なあ、ルナ。地図ってどこだっけ?」
散らかった部屋の中から地図を探す。
「そこら辺にないか? ……ないな」
「あれー? 朝はこの辺にあった気がするんだよなー」
「ちゃんと片さないから、そうなるんだ」
「ルナだって結構出しっぱなしにするだろ」
「お前だって人のことを言えないだろ」
「いやいや、ルナの方が」
「いやいや、お前の方が」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいや……」
「いやいやいやいやいやいや……」
……。
…………。
………………。
とりあえず、今後はお互いに片付けをしようとなった。
「追跡が気付かれたのはこの辺りだ。それで、歩いていた方角がこっち」
スマホの地図を見ながら、ルナに伝える。
ちなみに地図は見つからなかった。
やっぱスマホって便利だね。
「そっちの方は何があったか……。いずれにしても、まずはこの辺りを探るか」
今はルナと共にとある人物を追っている。
その追っている者の名前が「セイラ・スプリガン」。
セイラはセイヴァーハンドの一人である。
今は亡き聖女の身の回りの世話をしていた侍女の一人だ。
そのセイラが持っている神の遺物が問題となっていた。
「過去に巻き戻る神の遺物か。半信半疑だったけど、こうして過去に戻るのを体験していれば信じざるを得ないな」
「元々は聖女が管理していたらしい。その聖女が日本に来た時に一緒に持って来たとか」
「それがどうして今になって出てきたんだ?」
「発動するには色々と制約やら代償があるらしいが、その詳しい情報は入ってきていない。セイラはそれを満たすのに手間取ったようだな」
「でも時間を巻き戻したら、満たしていた制約とやらも満たす前になるんじゃないか?」
「お前にしてはいい指摘だな。もしかしたら、使用者であるセイラ自身の体は時間が巻き戻らないのかもしれない」
「時間が巻き戻らない?」
「例えばだ、その神の遺物で半年戻ったとする。使用者以外の体も半年巻き戻るが、使用者の体は巻き戻らない。さらに半年戻るのに半年を費やす。つまり同年代だった人達よりも一つ年を取るというわけだ」
「なるほど」
「とは言え確証はない。だが、時間を巻き戻すなんて大層なものをリスクもなく使えるとは思えない。たとえそれが神の遺物でも何かしらあるはずだ」
神の遺物についてはひとまず置いておく。
それはセイラを見つければ自ずと分かってくる。
「戦闘になったようだが、強さはどうだった?」
「強さはそれほどでもなかったな。戦闘に慣れてない感じだったし、契約モンスターも……あっ」
そこで気付いた。
「契約モンスターが死ぬと、その契約者も死ぬんだったよな。だったらホワイトナイツを倒した時点でセイラも死んでるのでは?」
「その可能性は低いだろう。いくら戦闘に慣れていないからといって、契約モンスターの扱いが雑過ぎる。それにナイツって言うくらいだ。複数で一体かもしれない」
「確かにそうだな。その契約モンスターは守りは堅いが、そこまで脅威とは言えない。だけど、あれが複数いたら厄介だ」
自分が戦った純白の騎士は使い捨てで、逃げるためだけに召喚したのだろう。
「他に気になったところは?」
「他には……逃げるのが下手だったな。道の隅の方を走るだけだったし、建物の陰に潜むだけで隠れた気になっていた」
「それはそうだ。セイヴァーハンドは人類の敵を追い掛けてばっかで、自身が追われるなんて経験がない。ましてや聖女の子守りをしていたんだ。そういった状況に陥ったことが皆無なのだろう」
「聖女か……」
聖女と聞いて思い出すのは彼女の顔。
自分が選択したせいで彼女が死んだ。
だけど、そのおかげで助かった者もいる。
ルナは生き延びた。
あの絶望的な状況下にいたにも関わらず生き延びることができた。
「やはりセイラの目的は……」
「聖女だろうな」
聖女の復活。
セイラは過去に戻ってそれを成そうとしている。
死因は不明となっており、セイヴァーハンドの上層部しか詳しい情報を知らない。
だけど、過去に戻るからには何か救う手立てがあるのだろう。
聖女の一番近くにいたのが侍女であるセイラだ。
公になっていない何らかの情報を持っていてもおかしくない。
「そういえばセイラ以外のセイヴァーハンドの姿を見ていないな」
「ああ、それについてだが、セイラもセイヴァーハンドに追われているらしい」
「追われている? なんでまたそんな事が?」
「セイヴァーハンドにも派閥がいくつもあって一枚岩ではない。いや、違うな。派閥間のバランスは取れていた。だが、聖女が死んだことで保たれていた均衡が崩れた。表沙汰にはなっていないが、今セイヴァーハンド内は荒れに荒れている。圧倒的支持を受けていた聖女一派が完全に宙に浮き、潰されるか、取り入れられるか、まあ、様々な問題が起きているんだ」
「セイラは個人の実力はともかく聖女に一番近い所にいた。聖女に入って来る情報全てではないにしろ、多くの情報を有しているだろうし、狙われるのは無理ないか」
「少しは頭が回るようになってきたな」
「誰かさんの教育の賜物だな」
「尾行がバレて、追い掛けるも対象に逃げられたのは頂けないがな」
「ここから挽回すれば問題ないだろ」
「今回ので警戒されているはずだ。気を引き締めていくぞ」
聖女の復活だけはなんとしても阻止しなければ。
復活したら、間違いなくルナは狙われる。
自分では聖女に敵わない。
それに、彼女をもう一度殺すなんて自分には出来ない。
ー10ー
翌日、また一日巻き戻っていた。
純白の騎士は複数いるようでセイラは健在のようだ。
「ルナ。こちらは異常がない。セイラらしき人もいない」
セイラと接触した現場辺りを警戒するも、セイラは姿を現さない。
その事を通話の魔法が込められた仮面を介してルナに伝える。
前回の反省を活かして報連相を心掛けての行動だ。
「さすがに姿を現さないか。一応こっちも警戒しているが姿を見せない」
「多分このまま待っても現れないだろ。どうする?」
「こうなったのはお前のせいであるの……あれは……」
突然ルナが言葉を止める。
「ルナ? 何か見つけたのか?」
「……」
声を掛けるも返事がない。
「おーい。返事をしてくれ」
「……ああ、悪い。なんでもない」
「そうか? なら、いいのだけど。それよりもやっぱ協力者がいたのかな?」
「いるだろうな。昨日セイラが落とした買い物袋を覚えているか?」
日付けでは昨日ではないが、一々突っ込んでいたら話が進まないのでそこには触れない。
「覚えている。その中身だろ」
「ああ、二人分の食事が入っていた。おそらくセイラ以外にもう一人いる。わざわざ食事を用意するんだ。協力者で間違いない」
過去に巻き戻るのだ。
一食抜いた程度で死にはしないし、過去に戻る人間が明日の事など気にはしないだろう。
それでも食事を用意するのは、用意する価値があるからだ。
仲間内なら用意するのは当然だし、おかしくない。
協力者、仲間がいるはずだ。
「とりあえずお前はそっちを引き続き警戒してくれ」
通話を終えて、ルナは通り過ぎていったとある人物の背中を見つめる。
「奈々……」
接触するわけにはいかない。
それでも話がしたい。
今すぐにでも抱きしめたい。
でもそれは許されることではなかった。
「協力者か。まさか……」
奈々の事は気掛かりではあるが、今はやらなければならない事がある。
買い物袋をぶら下げた奈々は廃ビルへと入っていった。
「セイラー、いるー? ご飯買ってきたよー」
奈々が声を掛けるとセイラが姿を現した。
「ありがと。昨日からペコペコだったから助かるよ」
そう言って奈々から買い物袋を受け取ったセイラは中身を確認する。
「あっ、茶葉も買って来てくれたんだ。後で紅茶淹れるね」
「うん。セイラの淹れる紅茶は美味しいからね。楽しみ」
「美味しい紅茶を淹れるのは私の特技ですから」
買ってきたおにぎりをセイラは美味しそうに頬張る。
その姿に愛らしさを感じるも、奈々は気を取り直してセイラに尋ねる。
「……セイラ。昨日からペコペコって言ってたけど、それっていつの昨日?」
奈々が尋ねると、セイラは動きを止める。
「気になったんだ。セイラは時間が巻き戻ったらどこに行くのか。敵はこの辺りを警戒しているはず。巻き戻った場所からここに移動するのはリスクが高い。それでわたしは思ったんだセイラも神の追想と同じじゃないかって、時間が巻き戻ってもセイラはずっとここにいるんじゃないかって」
時間が巻き戻らないものがある。
以前セイラが話してくれたことだ。
セイラは真剣な顔で奈々を見る。
「そうだよ。よく気付いたね。私の体が巻き戻らないことに」
「セイラはいいの?」
「いいも悪いもないよ。私にはそうまでしてでも取り戻したいものがあるから。それに時間を巻き戻す代償がこの程度で済むのなら安いもの。言ってしまえばちょっと年を取る程度ですから」
「取り戻したいもの……」
「そう。河合さんだって、同じ立場ならそうするでしょ?」
する。
間違いなく、躊躇いもなく実行するだろう。
「私は取り戻したい。理想を希望を。私の淹れた紅茶をいつも美味しそうに飲んで褒めてくれるあの笑顔を取り戻したい」
「……人、なの? セイラが過去に戻りたい理由は? その人を助けたいの?」
「私には助けられないよ。いつも助けられてばっかで守られてばっか。私に出来ることなんてない」
「じゃあ、なんで過去に?」
「私には、その人しかいないから。道端で捨てられていた私を助けてくれた。衣食住を与えてくれた。学校にも通わせてくれた。そして自らの傍に侍ることを許してくれた。恩人なんてものじゃない。私にとっての生きる理由。私の全てなの」
助けられないと言いながらも、過去に戻ろうとする。
そして、セイラは自らが崇拝する人物を生きる理由としている。
神の追想の代償を顧みずに突き進む姿は、まるで死に場所を求めているかのようだ。
「……セイラはその人に会えたらどうするの? 死ぬ気はないよね?」
「当の昔に覚悟は出来てるよ。もう引き返さない。私は自分の目的を果たすまで突き進む。たとえ一人になっても私はやるよ」
セイラは自らの覚悟を表明した。
「……セイラ」
「はい」
「かっこつけてる所で悪いけど、口にご飯粒が付いてるよ」
「っ!?」
ー11ー
「どうしたんだ、ルナ。こんな夜中に?」
ルナに連れられて夜道を歩く。
もちろん、フル装備でだ。
「……対象の潜伏先が見つかった」
「ホントかっ!?」
探していたセイラが見つかったのに、ルナはどこか暗い。
気にはなったが、特に言及せずに目的地に向かった。
やがて辿り着いたのはとある廃ビル。
その上階の一室に明かりが灯っているのが見えた。
「あそこにセイラが?」
「ああ、そうだ」
追われている身でありながら明かりにまで気が回らないとは、どこか抜けてる所があるのだろうな。
「これから潜入する。だが、その前に一つ伝えておきたいことがある」
そういうのはもっと早くに言うのではないか。
わざわざ敵地の前でやることではないだろう。
「協力者が一人いるという話だったが、その協力者は奈々だ」
「え?」
「今日偶然見掛けてな。その行き先が気になったんだ。それで入っていったのが、あの廃ビルだ」
「……記憶が戻ったのか?」
「さあな。それは分からない」
「どうするんだ?」
「どうもしないさ。私達の目的は奈々でもセイラでもない。あくまで神の遺物だ。それだけを破壊すればいい」
要するに奈々には何もするなというわけか。
「分かった。神の遺物だけに集中しよう」
「間もなく日付けが変わる。その前にケリをつけるぞ」
廃ビルに潜入する。
認識阻害の魔法のおかげか、難なく潜入できた。
そのまま明かりが灯っていた階へと進む。
目的の階へと辿り着くと、鞘から魔女狩りを抜く。
煌めく刀身。
それを手に音もなく忍び寄る。
扉の前まで来ると、話し声が聞こえてきた。
何を話しているかまでは分からないが、楽しそうな雰囲気なのは伝わって来る。
その楽しい団らんをぶち壊すのは忍びないが、聖女を復活させるわけにはいかない。
扉を蹴破り、室内に侵入した。
ー12ー
突然の侵入者にセイラは驚くも、すぐさま召喚の魔法を発動した。
現れた魔法陣は一つ二つではない、十はある。
その全ての魔法陣から純白の騎士が出現した。
「お願い! 私達を、神の追想を、守って!」
指示を受けた純白の騎士達が動き出す。
それぞれが純白の剣と盾を構えて襲い掛かって来た。
一度間合いを取り、風と雷の加護を発動する。
踏み込み、振り落とされた純白の剣を魔女狩りで流す。
そこから魔女狩りを振り上げるも、それは盾で防がれる。
追撃を仕掛けようとするも、両サイドから伸びる純白の剣を躱すように後退する。
「三体だけでもキツいな……」
襲い掛かってくる純白の騎士は三体のみ。
他の三体は神の遺物を守るように陣取り、残りの二体はセイラと奈々に一体ずつ付き従う。
ちなみに奈々は隅にある柱の陰に隠れて戦況を窺っている。
記憶が戻っていないようで、戦う力を有していないようだ。
純白の騎士の守りは堅い。
攻撃が通じ難いので倒すのは一苦労だ。
時間という制限がある。
早いところ守りを崩し、神の遺物を破壊しなくては。
「もう一人。仲間がいるはずですが、奇襲を仕掛けるつもりですか?」
セイラはルナの存在を知っている。
なぜなら、聖女から話を聞いていたから。
神の劇場で作り出した世界から逃げた者。
少なくとも三人。
一人は奈々。
一人が目の前の男性。
そしてもう一人。
聖女曰く、高慢な態度の少女との事。
その少女の姿が見えない。
「セイラ! 左側に居るよ!」
セイラを守る純白の騎士が剣を振るう。
すると何かが剣を躱すように跳ねる。
それはルナだった。
セイラは気が付かなかった。
すぐ傍まで来ていたのに、その存在を認識することができなかった。
「あ、危なかった……。ど、どうやって近付いたかは知りませんが、あ、あなたの企みは失敗です」
すごい動揺しているのがひしひしと伝わって来る。
薄々そうではないかと気付いていたけど、このセイラって人、結構抜けてるな。
「今ので終わればよかったのだが……」
ルナは奈々に視線を向ける。
奈々もルナを見る。
仮面越しではあるが、視線が交わる。
「……やるぞ。これ以上過去に戻るのを止める」
「ああ、もちろんだ」
ルナに言われずとも、セイラの企みは阻止してみせる。
神の追想を守っていた純白の騎士が一体、ルナに襲い掛かる。
ルナは魔法でナイフを作り出して応戦する。
純白の騎士達は厄介な存在だ。
このままでは神の追想まで辿り着けずに、日付が変わってしまう。
加護を受けた度重なる連撃で純白の騎士の守りを斬り崩す。
他の純白の騎士による攻撃を掻い潜り、魔女狩りで守りがなくなった胸部を貫いた。
純白の騎士が消滅すると、契約で繋がっているセイラは苦しそうに顔を歪める。
倒したのは一体だけだが、これで動きやすくなった。
迫る純白の刃をやり過ごし、神の矛を神の追想に向ける。
引き金を引こうとした瞬間、飛び出して来た奈々が神の追想の前に立ちはだかる。
「河合さん!」
さらに奈々の前にセイラと彼女を守る純白の騎士が遮るように立つ。
奈々の登場で銃口を少しずらすも引き金は引かれていた。
放たれた銃弾は純白の騎士とセイラを貫くも、奈々と神の追想には当たらなかった。
純白の騎士は消え、セイラは撃たれた肩を抑えてうずくまる。
「セイラ!」
奈々はセイラの名前を叫び、駆け寄る。
肩から血を流すセイラを介抱しようとする。
稲妻が走ったかと思えば、ルナが相手をしていた純白の騎士が消滅する。
以前の彼女なら攻撃魔法が使えなかったが、契約によって風と雷属性の魔法を使えるようになった。
「その二体は私が相手をする。お前は神の遺物を」
ルナに言われて駆け出した。
魔女狩りを構えて突撃する。
「……セイラ。ごめん」
突撃に気が付いた奈々はセイラから離れる。
加護の力と右眼の力を最大限引き出し、奈々の護衛をしていた純白の騎士を数度の打ち合いの末に打倒する。
純白の騎士が倒れる度に苦痛で歪んでいたセイラの顔がさらに歪む。
セイラの脇を駆け抜けて突き進む。
目指すは神の追想。
それを破壊する。
神の追想を守る純白の騎士を避けるように横を通り抜けて魔女狩りを振りかぶる。
まさにその時だった。
再び目の前に奈々が割って入ってきた。
自らの体を盾にして神の追想を守るつもりだ。
魔女狩りは振られていた、もう止められない。
それでも、僅かな抵抗とばかりに手首を回して、奈々を斬らないようにする。
「ぐうっ……!」
斬りはしないで済んだが、刀身で奈々を叩く形になってしまう。
そして、魔女狩りに刀身が触れたことで奈々に掛かっていた魔法が消失した。
さらに、奈々の背後にあった神の追想に備え付けられていた砂時計の砂が全て落ちる。
その瞬間、時間が巻き戻った。
ー13ー
奈々は目が覚めるや否やすぐさま飛び起きて着替える。
そして、朝食も食べずに施設を飛び出した。
向かうのはセイラの居る廃ビル。
神の追想とセイラの体だけは時間が巻き戻らない。
怪我をしたままの状態で廃ビルに居るはずだ。
「セイラ!」
奈々が廃ビルに駆け込むと、セイラは神の追想を背にして座っていた。
「やあ、河合さん。おはよう。今日はまた早く来たね」
セイラはなんでもない風に装っているが、その顔から滲み出る疲労の色は隠せていない。
「怪我は? 怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。魔法で治したから」
その言葉通り、肩の怪我はなくなっていた。
「それよりも襲撃に備えなくちゃ。また今日も来るはずだよ」
襲撃。
昨日と同じ事がまた起きる。
「てっきり朝イチで攻められるのかと思ったんだけどね。予想が外れちゃった」
「ねえ、セイラ。もう止めよう。まだ残り三ヶ月あるんだよ。これじゃあ、セイラの体が保たないよ」
セイラは時間が巻き戻っても、体は巻き戻らずに疲労や怪我が蓄積されていく。
それに対して襲撃者は時間が巻き戻る度に体調が万全の状態に戻る。
これでは三ヶ月もしない内にセイラは倒れてしまう。
「ダメだよ。諦め切れない。せっかくもう一度会えるところまで来てるんだよ。ここで止める理由なんてない。それに活路はある」
「活路?」
「死んでも過去に巻き戻れば生きている状態に戻る。だけど、死んだら記憶は引き継がれない。襲撃者を今日始末すれば何とかなる」
「……続けるんだね」
「うん。今日最大戦力をぶつける」
「そう……。分かった。それなら、わたしはわたしが出来ることをやるね」
「おい。なんで起こしてくれなかった」
「ルナこそ、なんで起こしてくれなかった」
「お前が先に起きれば何の問題もないだろ」
「それを言うならルナが先に起きてもいいだろ」
「いやいや、お前が先に」
「いやいや、ルナが先に」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいや……」
「いやいやいやいやいやいや……」
別に朝っぱらからイチャついているわけではない。
そもそも起きた時には十時を過ぎていたので朝と呼べる時間かは怪しいところだ。
完全に寝坊である。
お互いに罪をなすり付け合うが、冷静になる。
「まあ、昨日のセイラの戦いぶりを見るに、多少の休息を与えるくらいのハンデが丁度いいだろう」
「そうだな。所詮は雑魚。取るに足らない相手だ」
余裕たっぷりに頷き合う。
「ところでルナ。その……別にこれからは三人で暮らしてもいいと思うのだが」
今は拠点を転々と移動しながら生活している。
聖女がいなくなったとはいえ、セイヴァーハンドに狙われているのには違いないからだ。
「三人? 子供でも欲しくなったのか?」
「い、いや、まあ、それは追々……って、そうじゃなくて、奈々を仲間に戻してもいいかなって話」
「そんな事か。却下だ」
「でも……」
「今の奈々は何の役にも立たない。不要だ。それに私は奈々に嫌われている。私から解放されて清々しているだろうな」
ルナはもう奈々を仲間に引き戻す気はないようだ。
なんやかんやあってお昼を過ぎた頃に再び廃ビルを訪れた。
「もう隠す気はないとはいえ、大胆だな」
廃ビルには純白の騎士が至る所に配備されていた。
「なりふり構っていられないのがよく分かる。一気に叩き潰すぞ」
ルナは懐より石を取り出す。
ウサギの形をしたその石は、かつて向こうの世界でリッチーから貰ったものだ。
「来い。ブラックドッグ」
その石を触媒に召喚の魔法が発動し、魔法陣が出現する。
現れたのは、黒金の鎧騎士。
犬の頭部を模した兜に、黒い毛皮のようなマント。
その姿はジェノサイドとケルベロスを足したような姿だった。
「純白の騎士を殲滅しろ」
ブラックドッグは両腕に氷の鉤爪を作り出し、純白の騎士に斬りかかった。
純白の騎士は盾で氷の鉤爪を防ぐも、もう片方の腕からによる氷の鉤爪に鎧を傷付けられる。
剣で防ごうとしたが、間に合わなかったのだ。
再び斬りかかるブラックドッグの攻撃を純白の剣が受け止めようとする。
剣との衝突で氷の鉤爪は砕け散り、その手に氷の剣を新たに作り出して純白の鎧を貫いた。
「うわぁ……。あの攻撃を防ぐの大変なんだよな」
ジェノサイドとの戦闘を思い出し、感想を漏らす。
「問題なく倒せるようだな。純白の騎士はブラックドッグに任せて進むぞ。私は正面。お前は裏口からだ」
「裏口にいる純白の騎士はこっちで倒せと?」
「問題なかろう、お前なら」
「はあ……。分かった。やるよ」
「遅れるなよ」
「もちろん」
ルナと別行動を取ることになった。
そこからは一方的だった。
ブラックドッグに純白の騎士が次々と葬られていく。
その度にセイラに負荷が掛かる。
「うっ……はあはあ……」
苦しそうにするセイラを奈々は抱きしめる。
「セイラ……。もうこれ以上は……」
「だ、大丈夫……。ま、まだ、やれ……ぐっ……」
再び純白の騎士が倒されたようでセイラが苦しむ。
そして、気を失った。
気を失ったことで、召喚されていた純白の騎士は消える。
守りがなくなった。
奈々はセイラを寝かせて、部屋の外へと目指そうとする。
扉から出て、階段に差し掛かった時、鮮やかな青色のフード付きのローブで全身を隠し、仮面を付けた人物と鉢合わせをする。
「……」
「……」
仮面を付けた人物は奈々を無視するように脇を通り抜ける。
「待って!」
奈々が呼び掛けるも仮面を付けた人物は部屋に消えた。
部屋の扉が閉められる。
「待って! お願い!」
「……なんだ?」
奈々が扉の前まで来ると、中から声が響いた。
ー14ー
扉越しにルナと奈々は背中合わせになる。
「あなたが望月ルナ、さんですよね?」
「……ああ。お前は河合奈々だな」
「はい。一度でいいからあなたとお話がしたかったです」
「……そうか。それで、何から話す? お前の過去についてか?」
「いえ、全部……全部思い出しました。記憶だけが蘇りました。まるで、他人の記憶が頭の中に入ってきたような、そんな感覚がします」
「……そうか」
「蘇ったのは記憶だけ、感情は分かりません。ですけど、これだけは分かります。わたしはあなたの事が大嫌いでした」
「……」
「わたしの両親が死んだのはあなたとあなたの母親のせい。それなのに、あなたは自身の母親の手によって温々と育つ。わたしの両親は死んだのに、なんであなただけ親に大事にされているの?」
「……」
「あなたの母親が死んだ後でも、あなたは孤独にならなかった。茜さんと榊さんが居たから。わたしは一人だった。孤独だった。生きていくにはあなたに付き従う以外に道がなかった」
「……」
「あなたは死んでいった者達のために生きると言うけど、わたしはその考えが嫌いだった。元凶のくせに。自分勝手で、自分の好きなように解釈する。自己中心的過ぎる」
「……」
「あなたはわたしから全てを奪った。両親も、幸せも、人生も、そして記憶も……。わたしの人生はあなたに振り回されてきた」
「……そうか。奈々が……河合奈々が私を嫌っていることは最初から知っていた。それを言われたところで今更って感じだな」
「そういう所も嫌いです。なんでも知ったような態度でいて達観している。そして、嘘をつく」
「嘘こそ今更だ。私とお前の間には元より嘘しかないのだから」
「そうでしたね。お互いに嘘をついています。嘘で作られた繋がり、偽りの関係。それがわたし達です」
「そうだ。よく理解しているな」
「……はい。理解して、いますとも……」
「……もう二度と私に関わるな。私はもうお前に干渉しない」
「もちろんです。もうあなたに関わるのは、こりごりです……」
扉越しに感じていた気配が遠ざかる。
気配が遠ざかった後も、奈々はしばらく扉に背を預ける。
そして顔を俯かせた。
「嘘つき……。嘘つき嘘つき……。あなたは本当に嘘つきです……」
奈々は扉を背にしたままへたり込む。
「うっ……うぅっ……」
涙が込み上げてくる。
「……ごめんなさい、わたしも嘘をついて……。本当は大好きですよ、ルナ様」
辛いことは確かにあった。
でも、それ以上に楽しかったのも事実。
そして、何があってもルナは奈々を見捨てることはなかった。
それを奈々は一度だけ理由を聞いたことがあった。
奈々の疑問にルナは「だって、お姉ちゃんですから」と胸を張って答えた。
たかが六日早く生まれただけでその態度である。
背は低いのに態度はデカい。
そんなルナに奈々は苦笑し、「じゃあ、妹らしくいっぱい甘えるね」と返した。
今に思えば馬鹿な会話である。
でも、嫌ではない。
姉妹ならば、仲良くしたり喧嘩したりする、ちょっとしたことで好きになったり嫌いになったりしても何らおかしくない。
だって、奈々とルナは姉妹なのだから。
ー15ー
ルナは寝かされたセイラを見下ろす。
それから窓に視線を向けた。
「窓から入って来るとは、不審者か?」
「うるさい。扉から入るに入れないのだから仕方ないだろ」
部屋の前には奈々が居たので入るに入れなかったのだ。
魔女狩りを片手に神の追想を見据える。
「時間が巻き戻るのはもう終わりだ」
もう二度と彼女が蘇らないように。
神の追想を破壊した。
しばらく経った頃、奈々は扉を開けて部屋に入った。
部屋にはもう神の追想は消えていた。
そして、セイラが横たわっていた。
「セイラ」
奈々の声に反応したセイラが目を覚ます。
「河合さん……」
「まだ無理しない方がいいよ。ゆっくり休んでて」
セイラは首を動かして神の追想があった方を見る。
「全部終わってしまったんですね……」
体を起こしたセイラは顔を俯かせて震える。
「うっ、うっ……」
涙を流すセイラを奈々は抱きしめる。
「全部、全部……終わってしまった。会いたかった。聖女様に会いたかった。たとえ私に救えなくても、もう一度会いたかった。話したかった。紅茶を飲んで欲しかった。最期の時まで一緒に居て、一緒に、一緒に死にたかった……!」
「セイラ……。まだ終わってないよ。私はその人の代わりになれない。セイラが失くしたものの埋め合わせはできない。だけど、ここから新しく始めることはできるよ」
「……河合さんは知らないんだ。私が嘘をついていた事に……」
「ううん。知ってる。実は昨日記憶が戻ったの。魔女狩りに当たった時に。だから昔私とセイラが会ったことがないのも知ってる。セイラがルナさ……望月ルナに対する対策として私を引き入れたのにも気付いてる。いざという時の保険ってセイラも言っていたしね」
「聖女様の調べであなた達の素性は割れていた。だから、その情報からあなたに近付いた」
「うん」
「人質に使えるとも考えていた」
「うん」
「だけど、途中から分からなくなった。河合さんは良い人で……本当にこれでいいのかと、巻き込んでしまっていいのかと思うようになった」
セイラは奈々から離れるように立ち上がった。
「……私はもう生きていけない。聖女様のいない世界なんて……生きていてもしょうがない」
ふらりと窓に足が向かう。
もう終わりにしよう、何もかも。
「残念。そうはさせない」
奈々がセイラの手を掴む。
「セイラの生きる理由がないのなら、これから見つければいいよ。丁度わたしもないから、失くしてしまったから。一緒に探そうよ」
「なんで……どうして?」
「だってセイラはわたしの友達だから。見捨てるなんて出来ない。それにわたしはセイラの淹れる紅茶が大好きだよ。これからも飲んでみたいなっていう身勝手な理由」
「……」
「それにセイラはどことなく抜けてるから、わたしが付いていてあげないとね」
「……何それ。バカみたい。でも……せっかくだからこれからも紅茶を淹れてあげようかな」
「うん!」
後日、奈々とセイラが一緒に歩いているところを見掛けた委員長が親友を取られたと悲鳴を上げるのだった。
ーFinー
読んで頂きありがとうございました。
今回は奈々が主人公で、基本的に彼女の視点で物語が進みます。
ルナに記憶を改竄された彼女がその後どうしたのか、幸せになれたのか。
それを書こうと思ったのですが、結局あやふやのまま終わりになってしまいました。
ですが、奈々だけでなくセイラもきっと幸せになってくれるでしょう。
「20.青天の勇者」の世界でもそれは変わらず幸せになることでしょう。
そしてセイラですが、彼女はどんどんポンコツ度が増していきます。
初めは真面目キャラでいこうとしたら気付いたらポンコツキャラになってました。
一応は序盤の方は奈々に偶然を装って話し掛けたり、わざと目につくように出歩いて奈々に見つけさせたりと頭脳プレーをやっています。
頭を使うのはそこで終わりです。
それに奈々を引き入れたのもなんとなくで、いればルナに対して何かに使えるのだろうと特に考えなしにやった事です。
おそらく聖女が生きていた頃も色々とやらかして聖女を困らせていた事でしょう。
チョロっと登場したブラックドッグですが、これは本編のラスボス候補に作ったキャラになります。
本来はジェノサイドとケルベロスが合体したアンデッドで、その二体の力を行使する最強のアンデッドでした。
本編ではカットしましたが、今回は弱体化させて登場させました。
今回登場させなければ、もう出す機会がありませんからね。
次回も外伝という形で投稿する予定ですが、全然書き上がっていない状態です。
いつ投稿になるか分かりませんが、また次回も読んで頂ければと思います。




