外伝02.リヴァイアサン討伐戦・後編「リヴァイアサン」
外伝二作目の後編となります。
前回の話に引き続き読んで頂ければと思います。
ー1ー
作戦当日。
ついにリヴァイアサン討伐作戦が決行される。
港には木造の船がズラリと並べられていた。
準備の際にも見掛けたが、何度見ても壮観である。
「それじゃ、あたし達はあっちの船だから行くね」
そう言ってマイカ達は別の船に乗船すべく移動する。
「健闘を祈るよ」
「お互いにね。じゃねー」
マイカは元気よく手を振りながら去っていった。
「私達も行きましょうか」
自分とアマテル、ポニィ、それからステラは同じ船だ。
そして、自分達が乗る船こそが、この戦いの要となる。
ステラの護衛部隊も当然ながら乗船するのだが、彼らの存在で不安が生まれる。
不安の原因は、先日の出来事をアマテルから聞いたからだ。
杞憂であって欲しいが、こういう時のは大抵的中する。
リヴァイアサン以外にも気を配っておく必要がありそうだ。
「準備は整いました。いざ、出陣です!」
ステラの号令の下、出港する。
船は全部でニ十隻。
大型船が八隻。
中型船が十二隻。
その全てが木造であり、魔石を動力源としている。
この世界には金属を加工する技術はあるが、木造の船が主流であった。
もちろん全てが、木造というわけではなく、所々で金属が使われている。
金属で作られた物は他にもある、それは武装。
大砲。
魔石を動力としている以外は、漫画や映画で出てきた大砲と相違ない。
まさか剣と魔法の世界で大砲があるとは思わなかった。
聞いた話だと、王都では試験運用されているらしく、最近になって船につけられたそうだ。
「リヴァイアサンがいる海域まではどれくらい掛かりますかね?」
自分らの乗る大型船の船首にて真剣な面持ちでいるステラに声を掛ける。
「一時間から二時間と考えておいてください。リヴァイアサンも移動していますから確実な時間は言えませんけど」
「それもそうだ。とりあえず一時間はこの平和な航海を堪能できるわけですね」
「今のうちに恋人との船旅を楽しんでおいてください」
「そうしておきます。王女様も今から気を張っていたら疲れますよ。休めるうちに休んでおいてください」
「お気遣いありがとうございます。もう少し海を眺めてから休ませてもらいますね」
そう言ってステラは水平線に目を向けた。
あの先にいるであろうリヴァイアサンを睨みつけるように。
「程々にしておいてくださいね」
そうして船首を後にした。
「あっ、勇者様。ステラ様はどうでしたか?」
ステラの心配をするアマテルが駆け寄って来た。
「やっぱ気が張っているな。一応は休むように言ったけど、どうだろうか。後でまた様子を見に行くよ」
「次は私も一緒に行きますね」
航海は順調だった。
やがて目的の海域まで辿り着き、周囲の警戒をする。
「来ます」
ステラは言った。
それは予想ではなく、確信をもって言った。
リヴァイアサンが現れる前兆。
強風が吹き始め、波が荒れ出す。
それから空に暗雲が立ち込めて、稲妻を走らせる。
ポツリポツリと雨が降り出してきた。
嵐だ。
リヴァイアサンが現れる前兆として必ず嵐が訪れる。
そして今、嵐が訪れた。
これは風と雷属性の複合型であるリヴァイアサンが魔法で起こした現象だ。
海は騒がしく荒れているにも関わらず、船に乗る者達は静かであった。
全員がリヴァイアサンの登場を警戒している。
嵐の音に紛れて聞こえて来た。
蒸気船の汽笛のように重く低い音が響き渡る。
それが声だと気付いた瞬間、リヴァイアサンが姿を現した。
ー2ー
リヴァイアサン。
海中より姿を現したそれは巨大な鯨であった。
鯨のゾンビである。
体表はフジツボやら貝殻やらヒトデやら海藻やらで覆われており、背中は肉がなく骨が剥き出しになっていた。
さらにその背中に群がるスケルトンの群れ。
スケルトンの海賊。
リヴァイアサンは嵐の海を泳ぐ幽霊船であった。
幽霊船ではあるが、リヴァイアサンは海中に潜ることが可能であり、潜っても背中のスケルトンは死にはせず健在だ。
巨大な体を持つリヴァイアサンも所詮はアンデッドである。
魔臓石を砕けば、討伐が可能。
ただ、水中に潜るのが厄介だ。
人間は水中では息が出来ないし、そもそも荒れ狂う海の中を泳ぐのは無謀である。
「リヴァイアサンを確認! 総員、迎撃態勢に入れ!」
大砲を撃つべく、船体を横にしようとした時、リヴァイアサンがこちらに向けて大きな口を開く。
嫌な予感がする。
むしろ嫌な予感しかしない。
その嫌な予感はすぐさま的中し、リヴァイアサンの口に雷が集束する。
脳裏によぎるのはデストロイとウロボロス。
雷が放たれるとすぐに分かった。
体が自然に動き出す。
「迎撃の準備を続けろ! リヴァイアサンの攻撃は任せてくれ!」
リヴァイアサンに対峙する位置まで移動し、睨みつける。
それから装備を確認する。
左腕に嵌められた豪華な装飾が施されたガントレット。
神の盾。
かつて行われたリッチー討伐作戦の際に手に入れた戦利品だ。
それをリヴァイアサンに向けて翳す。
リヴァイアサンから雷が放たれるも、船体の前に作られた見えざる壁に阻まれて霧散する。
「おぉ……」
どこからか声が漏れる。
この船のみならず、この船団の誰もが呆気にとられた。
「さすがです。噂通りの、いえ、それ以上の力です。私達も負けてはいられません。すぐさま迎撃を始めてください!」
ステラは呆ける冒険者達を奮い立たせる。
そこからの冒険者達の動きは早かった。
轟音と共に大砲が次々と放たれていく。
しかし、その多くは海面に水柱を上げるだけで命中していない。
荒れる海の影響もあるが、試作であるためまだ命中精度に難があるようだ。
「タイミングを見て攻め入ります。王女様はいつでも動けるようにしておいてください」
「分かりました!」
周囲を見渡すと、他の船も砲撃を開始していた。
その中で中型船は攻撃せずにいた。
中型船にも小さく、数が少ないながらも大砲は積まれている。
それでも砲撃しないのには訳があった。
「勇者様! あれを見てください!」
揺れる船体の中、柱に必死にしがみつくアマテルがとある方向を指す。
アマテルは豪雨と荒波によって全身びしょ濡れだ。
髪と神官服は体に張り付き、服の上から肢体を露わにする。
それがなんとも色っぽい。
服の生地が厚いせいで下着は透けて見えないが、逆にそれがいい。
戦いの最中なのについ目を奪われてしまう。
ゴホンとステラが咳払いをする。
嵐の中なのに、それははっきりと聞こえた。
すぐさま意識を切り替える。
アマテルは必死な様子だったので視線に気付かれていないと思うが、ステラには気付かれたようだ。
誤魔化すように自分も咳払いをして、アマテルの指す方角に視線を向ける。
そこには新たなアンデッドの姿があった。
イルカのゾンビ、シーホース。
さらにその背に跨がるスケルトン。
このシーホースはリヴァイアサンが現れると必ず一緒に現れる。
荒れる海の中でも高い機動力を有しており、小回りがきくため非常に厄介な存在だ。
シーホースの数は多く、あの群れに襲われたら大型船であろうと簡単に沈められてしまう。
「ポニィ! 合図を!」
「はい!」
ポニィは杖を掲げて大きな火球を作り出し、空に落ち上げる。
業火となる火球は豪雨の中であろう消えることなく天高く打ち上がった。
打ち上がった火球が合図となり、中型船が動き出す。
事前に打ち合わせた通り、中型船がシーホースを引きつける。
あの中の一つにはマイカ達も乗っているはずだ。
天使を倒しうる力を持つ彼女なら、シーホースを相手にしても負けないだろう。
マイカ達の勝利を信じつつ、リヴァイアサンの動向を窺う。
リヴァイアサンが高波に呑まれたかと思いきや、その姿を消す。
海中に潜ったのだ。
海に姿を消しては見つけることが困難。
たとえ万物を捉える右眼があっても、姿を捉えられなければ意味がない。
それでも探さなくてはとリヴァイアサンを探す。
灰色の荒れる海。
視線を巡らせるも見つからない。
どこだ、どこにいる。
ー3ー
「合図だ! マイカ、敵の位置は分かる?」
打ち上がった火球を見てレンダーは声を上げる。
「うん。だけど、すごい速さで動いてる」
マイカの勇者補正、それは大規模に空間を把握することができる力。
目の届かない場所も彼女なら捉える事ができる。
「ただ、海の中はノイズがヒドくて分かりづらい」
「いつも通り大雑把でいい。やるよ」
「うん」
マイカの得た情報をもとに進路を変える。
「来たようだぜ」
ダインがシーホースの接近を知らせる。
「うん」
ニーナは身構えた。
シーホースが迫る。
備え付けの大砲を放つも、シーホース達はその高い機動力で器用に避けていく。
「やはり大砲は当てにならない。魔法による迎撃を!」
レンダーは周りの冒険者達に指示を飛ばす。
大砲の長所は、高威力と射程の長さ。
魔法よりも遥か遠くに攻撃することが可能だ。
実力がある魔法使いならば、大砲に匹敵する程の射程がある魔法を使えるが、威力は落ちてしまう。
中には威力を落とさずに射程のある魔法を使える者もいるが、それは実力がある魔法使いの中でもほんの一握りだけである。
そして何より、大砲の最大の利点は魔力を扱える者なら誰でも扱えることだ。
もちろん撃てるだけで、当たる当たらないといった使いこなせるかは別としてだ。
シーホース程度のアンデッドならば、大砲の一撃で砕け散るだろうが、レンダーは大砲による攻撃は当てにしていない。
それに冒険者達は魔法の扱いの方が慣れている。
確実に仕留めるなら魔法の方がいいとレンダーは判断した。
「マイカとニーナも準備を」
レンダーは二人にも準備を促す。
「ねえ、マイカ。嵐の中でも剣を操れるの?」
二人で氷の三日月刀を作ろうとした時、ふと湧いた疑問をニーナは口にする。
マイカは氷属性の魔法で作り出した氷の三日月刀を風属性の魔法を使って飛ばして戦う。
この強風の中でもそれができるのかニーナは疑問に思ったのだ。
「うーん……さあ? 遠くに飛ばすのはダメだと思うけど、近くならなんとかなるんじゃない?」
返ってきたのは予想した通りの曖昧なものだった。
「風属性の魔法をいつもより強くしないと流されちゃうかなー」
「ニーナの方はどうかな?」
レンダーはマイカの魔法を踏まえ、ニーナに尋ねる。
「私の方はダメ。至近距離ならなんとかなるかもだけど、風に流されちゃう」
「ダインは?」
「いける。飛距離もいつも通り」
各々の言葉を聞いてレンダーは方針を決める。
「ニーナはマイカの援護を。マイカは風属性の魔法に魔力を割くように。僕とダインが二人を守る」
「りょーかい!」
「はい! 頑張ります!」
「うしっ! やるぞ!」
四人が方針を決めた瞬間、轟音が轟いた。
海中より雷が天に昇る。
まるで雷の柱が天に向けて伸びたかのように見えた。
その雷によって大型船が一隻貫かれる。
そして黒焦げになって沈みゆく。
船が一隻やられた。
今の一撃は間違いなくリヴァイアサンが放ったものだ。
開幕時にも海中からではないが同じ攻撃を放っていた。
海からの奇襲であり、回避は不可能だ。
「レン君……、だいじょーぶかな……」
「大丈夫です。彼らがリヴァイアサンだけに集中できるように僕達は動きましょう」
ー4ー
雷の柱が天高く聳え立つも、それは一瞬のことであった。
「海中からでも攻撃できるのか……」
幸いにして自分達が乗る船は狙われなかった。
だけど海に潜られては手も足も出ないで殺られてしまう。
「どうしましょうか、勇者様……」
荒波で揺れる船上で倒れそうになったアマテルを支えつつ思案する。
見上げられる彼女の瞳には不安が宿っていた。
体だけでなく心も支えられるようにならなければ。
「ポニィ。予定していた魔法での足止めは?」
「位置がわからないとダメ……」
「……よし。少し早いが攻める」
「海の中ですよ? どうやって攻撃するのですか?」
「多少なら海に潜れるのは確認している。囮になってリヴァイアサンを引きつけるから、ポニィはその後を頼む」
ポニィは力強く頷いた。
「わかった。まかせて」
「テルはポニィと一緒に待っていてくれ。王女様、自分が戻って来れる保証はありません。万が一の場合は二人と一緒に……」
「待ってください、勇者様」
アマテルが口を挟む。
彼女にしては珍しい。
「私も勇者様に同行します。一緒に居させてください」
ふと夢の記憶を思い出す。
孤独にさせてしまった少女。
自分と同じ思いをさせるなと言われた。
「囮が一番危険な立場だ。それでも?」
「はい。どこまでもお供します。だって私は生涯を勇者様に寄り添い続けると決めましたから。どんなに危険な所でも一緒に行きます」
「それは……どうも」
突然の告白に面食らう。
「ごちそう様です」
ステラが呟き、続ける。
「どうやら万が一の事は考えずに済みそうですね。彼女が一緒なら貴方も危険な賭けには出ないでしょうし」
「生きていても場合によってはここに戻って来れない時があります。その時はポニィと行動してください」
「はい、分かりました」
「それからポニィ。護衛部隊が気掛かりだ。彼らにも注意を払っていてくれ」
ポニィは頷いた。
察しのいいポニィなら護衛部隊の不穏な気配に気付いているはずだが念の為だ。
ひとまずこの場はポニィに任せよう。
船首に立ち、深呼吸をする。
集中し精神を高める。
自らに宿る力の根源に呼び掛けて起こす。
足元に魔法陣が出現し、大気が躍動して震え出した。
魔法陣を中心に魔力が奔流し、新たな嵐を巻き起こす。
「来いっ! サンダーバード!」
暗雲に稲妻が迸り、眼前の海に雷が落ちた。
落雷と共に現れたのは漆黒の体躯をした稲妻を纏う巨鳥。
サンダーバード。
自分と契約を交わしているモンスターだ。
そのサンダーバードを召喚の魔法にて召喚した。
「今回の相手は強敵だ。力を貸してくれ」
サンダーバードはその身を船に寄せて、背中に乗るように促す。
「テル!」
手を差し出すと彼女も差し出す。
彼女の手を掴み、手繰り寄せてからサンダーバードの背中に飛び乗った。
「よろしくお願いします」
アマテルはサンダーバードの体を撫でる。
「振り落とされないようにしっかり掴まっててくれ」
「はい」
アマテルは後ろから両手を回し、背中に思いっ切り抱きつく。
あまりの密着具合に驚くも、これからやる事を考えればこれくらいしておいた方がいいだろう。
漆黒の翼が羽ばたき、天へと舞い上がる。
そして、雷鳴のような鳴き声を戦場に響き渡らせた。
海に潜むリヴァイアサンへの宣戦布告だ。
ー5ー
「レン君! そっちからニ。反対側から三。あと向こうからも三」
マイカの指す方角を見ても一組のシーホースしか見えない。
荒波に隠れているのだろう。
マイカを信じ、レンダーは他の冒険者達に敵の位置と数を伝える。
「こっちの迎撃は任せてくれ。そちら側は任せる」
他の冒険者との連携を密にしなければ対処し切れない。
マイカの乗る中型船はレンダーの指揮の下に行動を始める。
レンダー達が請け負うのは三組のシーホース。
嵐の中を海を泳ぐ敵。
まずは遠距離から狙う。
「行くよ、マイカ」
ニーナは水属性の魔法で三日月刀の形を成す水を現出させる。
それをマイカが氷属性の魔法で凍らせていく。
ニーナが原型を造ることでマイカの消費魔力を減らすのが目的だ。
作られた氷の三日月刀をマイカは風属性の魔法で運ぶ。
嵐の中ではいつもよりコントロールが難しい。
放った氷の三日月刀はシーホースの脇を通り過ぎていった。
当たらない。
やはり嵐の中ではマイカの魔法は扱いが難しいのかとレンダーは考える。
何度か同じように氷の三日月刀を飛ばすもどれも当たらなかった。
「マイカ。厳しいかな?」
「あとちょっとでコツが掴めそーなカンジ」
マイカの言う通り、攻撃する度にその精度が高まっている気もする。
だけど、戦場に於いてマイカの成長を悠長に待っていられないし、敵も待ってくれない。
高い機動力を備えた敵が無傷で迫る。
それに対しレンダーは焦りを覚えた。
「マイカはそのまま攻撃を。ダイン、準備は?」
「いつでも構わないぜ」
レンダーは頷き、シーホースを見据える。
荒波に隠れていたシーホースも姿を確認できるようになった。
シーホースがレンダーとダインの魔法の射程に入った瞬間、二人は同時に魔法を発動する。
レンダーの放った土属性の攻撃魔法、石の礫が乱れ飛ぶ。
攻撃に気付いたシーホースは即座に方向を転換する。
背に乗る三叉の槍を携えたスケルトンが石の礫を弾き、シーホースは跳ねるように回避した。
いくらか命中したようだが、効いてはいない。
ダインは別のシーホースを狙う。
電撃を迸らせて攻撃する。
枝のように分かれてシーホースを追尾するも、途中で荒波に呑み込まれてしまう。
二人の攻撃は当たらずに終わった。
「もー! なにやってんの! レン君もダイ君も別々に攻撃したらダメじゃん。仲良くやらないと!」
「「はい……」」
マイカに怒られてしまい、レンダーとダインは素直に頭を下げる。
焦って判断を誤った。
ダインもそれは同じだろうとレンダーは感じる。
豪雨で頭を冷やし、再びシーホースを見据えた。
「右から片付けよう。先にダイン。その後に僕も続く」
「おう」
間近にまで迫るシーホース。
一体でも多く仕留めるのだ。
ダインは狙い定めて電撃を放つ。
枝分かれし、シーホースを狙う。
しかし、攻撃を予期していたのか、シーホースは即座に移動速度を落とす。
それによって電撃の到達時間が僅かに遅れる。
その遅れの間にうねった荒波が電撃の行く手を阻む。
電撃は届かなかったが、シーホースの動きは鈍った。
レンダーはすかさず石の礫を飛ばす。
ものの見事に捉え、魔臓石を破壊する。
だがそれは、素直に喜べるものではなかった。
魔臓石を破壊したのはシーホースの背に乗る三叉の槍を携えたスケルトン。
シーホースが自らを守るためにスケルトンを犠牲にしたのだ。
シーホースがやられたらスケルトンは海に沈むだけだが、スケルトンがやられてもシーホースだけで戦いを続行できる。
そこまで考えているかは疑問だ。
いや、考えているのだろう。
考えてこその行動だ。
間違いなく高位アンデッドの思考。
シーホースは一体一体が高位アンデッドと考えるべきだ。
ただ、相手が高位アンデッドでも、レンダー達はこれまで多くの高位アンデッドを討伐してきた。
それに、今回に於いてはレンダー達の方が上手だった。
搭乗者を失ったシーホースを数多の氷の三日月刀が切り刻む。
そして、魔臓石を打ち砕いた。
「やった!」
マイカが喜ぶ。
どうやらコツを掴めてきたようだ。
「喜ぶのはまだ早いよ!」
残った二組のアンデッド。
その片方である背に乗ったスケルトンが三叉の槍を投げ飛ばす。
それにいち早く気付けたレンダーが岩の壁を作って防ぐ。
だが攻撃はそれで終わらず上方より三叉の槍が壁を超えるように弧を描いていた。
もう一体のスケルトンが投げ飛ばした三叉の槍。
相手が防御してくるだろうと踏んで時間差で投げたのだ。
壁で死角になっていたためレンダーはその攻撃に気付けない。
しかし、マイカを相手にしてその程度の攻撃では死角になり得なかった。
氷の三日月刀が三叉の槍を弾く。
「ダメだよー、よそ見しちゃ」
「問題ないよ、マイカを信頼してるから」
「えへへー、これからもどんどん信頼していいよー」
照れたマイカを中心にほんわかした空気が流れる。
だがそれはほんの些細な間だけであった。
残ったシーホースがついにマイカ達の乗る船に辿り着いたのだ。
船の腹に突撃し、船体に穴を開ける。
シーホースの数だけ穴を開けていく。
マイカ達が仕留め損なった二組のシーホースに加えて三組のシーホースが船へと侵入する。
シーホースは全部で五組。
二組は甲板で、残りが船内にいる。
「近接戦が得意な者は船内へ! それ以外の者は甲板で迎撃と周囲への警戒を!」
レンダーは甲板に飛び乗って、手すりと甲板の床を壊したシーホースを睨みつける。
「ダインとニーナは船内に向かってくれ。ここは僕とマイカでやる」
「仲間内での戦力の分散しちゃうの?」
ニーナが指摘したように普段から共に旅をしているの仲間で行動した方がいいだろう。
だけど、レンダーはそれを敢えて放棄する。
「ニーナは甲板での魔法の使用は制限される。船内の方が動けるはずだ。それに船内にいる敵は三組。甲板より多いからそっちに戦力を回したい」
船の腹からシーホースは侵入している。
そこから破壊の限りを尽くされたら船はあっさりと沈んでしまう。
いずれ沈むにしても今すぐに沈むのだけは何としてでも回避しなくては。
それに周囲への警戒が出来るのはマイカだけ。
マイカを支え、指示を出せるのはレンダーだけ。
「ダイン。ニーナを頼んだよ」
「へっ。言われるまでもねえ。お前らこそ怪我すんなよ」
「ああ、マイカには指一本触れさせない」
「ひゃー、カッコいいねー」
「でしょー」
レンダーが褒められるとマイカは得意気にする。
船が沈みかけているというのに、いつも通りの彼女だ。
「うし! 行くか」
「はい!」
ニーナとダインを見送り、レンダーは錫杖を構える。
「マイカ。僕の背中より前に出ないで」
マイカの前に立つ。
シーホースの周囲を取り囲むように冒険者達は動く。
イルカのゾンビであるシーホースは海中以外では動きが制限される。
一体ずつ確実に仕留めるのだ。
シーホースの背に乗っていたスケルトンは下りて腰に差した鞘から剣を抜く。
スケルトンは真っ直ぐとレンダーに斬りかかる。
レンダーは錫杖で剣を凌ぐ。
なぜ数多くの冒険者の中からレンダーを狙うのか。
それはレンダーが冒険者達を指揮していたのをスケルトンも知っているからだ。
指揮する者がいなくなれば動きやすくなる、それをスケルトンは理解していた。
高位アンデッドではないが、知恵がある。
それに太刀筋がいい。
雑魚だと侮っていたら痛い目に遭う。
ひとまず、シーホースは他の冒険者に任せて、レンダーはスケルトンの相手をする。
加護の魔法を発動。
土属性の加護は物理耐久力の強化。
それは攻撃を受けた際に発生する衝撃を軽減する効果もある。
度重なる剣による攻撃を凌ぎ、レンダーはスケルトンを押し返す。
後退したところを狙って氷の三日月刀が飛来する。
氷の三日月刀は二本。
それが左右から襲い掛かった。
スケルトンは自身の剣で片方を弾き、もう片方は即座に姿勢を低くして回避する。
回避されたかのように思えたが、レンダーはすかさず錫杖を振り上げた。
見事にスケルトンの顎を捉え、仰向けに倒れる。
そこに魔臓石を狙って錫杖を叩きつけた。
スケルトンの体は崩れ去り、強風に煽られて嵐の海に消え去る。
安堵を浮かべるも、すぐに次の敵に視線を向けた。
シーホース。
冒険者達は苦戦を強いられていた。
加勢をするべく、レンダーはマイカを引き連れて駆け出すのであった。
ー6ー
サンダーバードに乗りながら戦場を見渡す。
シーホースとの戦闘が至る所で繰り広げられている。
中型船がシーホースを引きつけていてくれてはいるものの、中には大型船まで辿り着いているシーホースもいた。
彼らは役目を果たしている。
自分も役目を果たさなければ。
「テル。異常があればすぐに知らせてくれ!」
「はい。分かりました」
アマテルと共に戦場に目を走らせる。
自分達の役目、それはリヴァイアサン。
海中に潜むリヴァイアサンをまずは見つけなくては。
暗雲が立ち込める空を映すように灰色に染まる海。
船をひっくり返すのではないかと不安になる程に高波が入り乱れる。
豪雨が視界にノイズを走らせて、強風がノイズを酷くさせた。
暗雲より雷が落ちると、アマテルの掴む腕に力が籠もる。
「雷が怖い?」
「怖い、です……」
再び雷が落ちる。
だけど今度は怖がる素振りを見せなかった。
「今のは怖くないの?」
「今のはこの子ですから」
アマテルはサンダーバードに視線を向けた。
彼女の言う通り、今の落雷はサンダーバードの影響によるものだ。
ただそこに存在するだけで落雷を誘発させる。
それだけサンダーバードの魔力、存在が大きいというわけだ。
「よく分かったな」
「勇者様に似てますから、すぐに分かりますよ」
何が似てるのかよく分からないが、今は問い質す余裕はない。
「勇者様!」
突然アマテルが叫ぶ。
その原因はすぐに分かった。
海面の一部が帯電し始めたのだ。
雷が収束する。
次の瞬間、雷の柱が天に伸びた。
雷の柱はサンダーバードを狙ったものであったが、見事に回避してみせる。
横を通過する雷の柱に肝を冷やす。
「行くぞ!」
リヴァイアサン目掛けて急降下する。
アマテルは振り落とされないようにしがみつく。
落雷になりて海面に突撃する。
その際に守護の魔法を発動させた。
魔力が見えざる鎧のごとく周囲に展開される。
海中に突入し、飛ぶように移動していく。
嵐の海を泳ぐリヴァイアサンは潜り始めた。
そのリヴァイアサンを追い掛ける。
逃げるように潜ったかと思いきや、旋回してこちらに顔を向けてきた。
大きな口が開き、雷が収束を始める。
再びあの攻撃か。
どんなに強力な攻撃でも神の盾があれば防げる。
神の盾を構えようとした時、サンダーバードが突如方向転換をした。
物凄い勢いでシーホースが通過していく。
完全にリヴァイアサンに意識を持っていかれていたので不意を突かれた攻撃ではあったが、サンダーバードが反応してくれた。
動きが鈍ったところでリヴァイアサンが雷を放つ。
今度こそ神の盾を構えて防いだ。
防いでいる間に周囲を蠢く複数の気配を感じ取る。
シーホースが集まり出したのだ。
さすがに数が多過ぎる。
それに、守護の魔法によって少しの間は海の中でも行動できるとはいえ、これ以上は限界である。
一旦リヴァイアサンを諦めて海上に出る。
「ぷはっ……! テル、大丈夫?」
海上に出るや否やアマテルの安否を確認する。
「えほっえほっ……大丈夫、です……」
むせてはいるようだが、問題ないようだ。
「すごくしょっぱいです……」
涙目になりながらアマテルは告げた。
その姿に苦笑しつつ、追撃を警戒する。
「注意は引き付けられたけど、海中では向こうの方が何枚も上手だ。別の方法を考えないと」
「そうですね……」
「海面に沿って移動しよう。シーホースの奇襲を受けやすくなるが、海中で襲われるよりはマシだ」
サンダーバードは素早く移動でき、契約の恩恵によって万物を捉える右眼の力が付与されている。
奇襲を受けても見てから躱すことが可能だ。
「勇者様の力は私も知っています。ですけど、この雨の中では視界が悪くて危険です」
「その通りだ。だけど、他に方法が浮かばない」
アマテルはシーホースと戦う冒険者達を見渡す。
彼らはシーホースの数を減らすべく必死で戦ってくれている。
だけど苦戦を強いられていた。
この状況が長く続くのは好ましくない。
「……分かりました。行きましょう」
リヴァイアサンを討伐しなければこの戦いは終わらない。
少しでも早く討伐して仲間の被害を減らすのだ。
ー7ー
甲板に飛び乗ったシーホースは暴れ回る。
元々がイルカであるため、海中以外では無力かと思いきやそうではなかった。
這いずり回り、冒険者が近付けば尾びれを振り回して牽制し跳ねるようにのたうち回る。
気味の悪い程に不気味な高い鳴き声。
その異様さに一瞬怯むも、レンダーとマイカは立ち向かった。
レンダーは石の礫を放つ。
それに反応したシーホースは尾びれを振って石の礫をいくつか弾き返す。
レンダーとシーホース。
それぞれに石の礫が直撃する。
「レン君っ……!?」
ふらつくレンダーを背後からマイカが支える。
レンダーは直撃を受けたであろう左肩を抑え、頭部からは血が滴っていた。
「ど、どうしよう……。レン君、血が……」
「僕は、大丈夫……。ちょっとミスをしてしまっただけだから……。それよりもマイカは……怪我してない?」
「あたしは平気。それよりもレン君がっ! 頭からも血が出てるし……。あたし、どうしたらいい?」
「よかった……マイカが無事で」
レンダーはマイカから離れて、自らの足で体を支える。
「頭は掠っただけだから大丈夫。それよりも討伐を……」
シーホースに石の礫を浴びせたが、肉片を撒き散らしただけに留めている。
「待ってて、レン君。あたしが倒してくる」
そう言って前に歩み出したマイカの腕をレンダーは後ろから掴む。
「止めないで」
マイカはシーホースを睨みながら告げた。
彼女は怒っていた、想い人を怪我させられたから。
「止めないよ」
予想外の返事にマイカは振り返る。
「行くなら二人でだ」
怒りで奮い立っていた心が鎮まる。
「うん!」
マイカの心が鎮まるのは虚をつかれた一瞬だけだった。
すぐに満面の笑みを浮かべる。
いつもの笑顔だ。
その笑顔を見て、レンダーの怪我の痛みが和らぐ。
やはりマイカには笑顔が似合うとレンダーは思った。
「ただ、申し訳ないけど手を貸して欲しい。一人じゃ立つのがやっとなんだ」
「もちろん!」
マイカはレンダーに身を寄せてその体を支える。
「ありがとう」
実を言うと、レンダーはマイカの支えがなくても平気である。
それなのにマイカに体を支えさせたのは、彼女を前に出させないためだ。
「せっかく僕の背中より前に出ないでってカッコつけたのにな……」
「レン君はいつもカッコいいよ。それに、レン君のおかげでケガしていないし。だけどさ、あたしはレン君の後ろより、となりにいる方が好き」
「そうだね、僕もマイカが隣に居てくれた方が安心するよ。マイカは危なかっしいから、目の届かない所に行かれると不安になる」
「それじゃあ、これからはずっととなりにいるから、安心してね」
マイカはさらに身を寄せる。
「離さないよ」
レンダーも負けじと身を寄せた。
そこに高く短い鳴き声が繰り返し響く。
シーホースの鳴き声だ。
奇妙で不快な音である。
「さっきは油断したよ。でも次はそうはいかない」
シーホースは尾びれを甲板に叩きつけて跳ね上がる。
空中で一捻りして尾びれを振り回す。
レンダーは石の壁を作り出して防ごうとするも、尾びれによる強力な攻撃で一撃で粉砕してしまう。
目の前に落ちるシーホース。
攻撃している間、マイカが何度か氷の三日月刀で斬りつけたが魔臓石には届かなかった。
シーホースは落ちてすぐに再び尾びれを振り回す。
「マイカ!」
「うん!」
レンダーは錫杖をマイカに手渡し、自らの足を軸にしてマイカごと振り回して回避する。
さらに遠心力を味方につけた錫杖による一撃をシーホースに叩き込んだ。
シーホースは甲板を転がり、そこへ幅広で直刃の氷の剣が次々と刺さっていく。
全身くまなく突き刺す。
そしてその中の一本が魔臓石に命中した。
不快な鳴き声をひと声上げて灰に帰する。
「やったね、レン君!」
「喜ぶのはまだ早い。まだ残っている」
甲板に上がったシーホースは二体。
もう一体残っているはずだ。
マイカに肩を借りながら、その場から移動するのだった。
ー8ー
ニーナとダインが戦う船内では大詰めを迎えていた。
「ニーナ! 残りはそいつだけだ」
「うん!」
船内に侵入したシーホースは三組。
二組は討伐し、残りはニーナとダインが対峙する一組だけになっていた。
他の冒険者達は負傷したので下がらせている。
なので、ここは二人で戦わなくてはならない。
ニーナは炎の鳥を作り出して飛ばす。
炎の鳥は一羽ではなく二羽。
シーホースの周りを飛び交い、スケルトンが三叉の槍を振り回して牽制する。
ダインが杖を構えると、それに気付いたスケルトンが三叉の槍を投擲しようと構えた。
そこへ、ダインとスケルトンの間を遮るように炎の鳥が床に急降下して炎の壁に姿を変える。
お互いの姿が見えなくなった。
だが、ダインは予め想定していたので、迷わずに行動する。
ダインとスケルトンが攻撃したのは同時だった。
電撃を放つ。
三叉の槍を投擲する。
互いに炎の壁を突っ切ったが、結果は違った。
炎の壁で遮られてから移動していたダインには三叉の槍は当たらず、電撃はスケルトンの体を貫く。
炎の壁が消失すると、下半身を電撃で砕かれたスケルトンが床を這っていた。
「マイカなら魔臓石に当たってた」
「るせー。見えねえんだからしょうがねえだろ」
「そう……危ない!」
床がメキッと音を立てたかと思ったら、シーホースが跳ねてダインに襲い掛かろうとしていた。
それをニーナはダインを押し倒して回避する。
倒れながらニーナは残った炎の鳥でシーホースに攻撃を仕掛けた。
シーホースは尾びれを振り回して炎の鳥を払い除けようとする。
尾びれは炎の鳥を捉えた。
だが、尾びれに触れた瞬間に炎の鳥は炎上する。
炎は尾びれに燃え移った。
尾びれから胴体へ炎は広がる。
全身を炎が包み込む。
それでもシーホースは動く。
たとえ炎で全身を包まれてもシーホースは死なない。
魔臓石が健在だからだ。
だけど動きは鈍っている。
すかさずダインはトドメを刺そうとするが、船が大きく揺れた。
「おおっ!?」
バランスを崩したところにシーホースが開けた穴から波が押し寄せる。
「きゃっ……!」
ニーナとダインは流されてしまい、壁に体を打ち付ける。
その際にダインは杖を落としてしまった。
「うう……」
「いってぇ……。逃げろ、ニーナ!」
倒れるニーナに這い寄る影。
海水によって炎が消えて全身を黒く焦がしたシーホースがニーナを狙う。
「くそがっ!」
ダインは落としてしまった杖に手を伸ばす。
急いで魔法を発動すれば間に合う。
しかし、杖を掴もうとした時、何者かに足を引っ張られる。
「なんだぁ!?」
足を引っ張るのは下半身を失ったスケルトン。
蹴りつけて離そうとするが中々上手くいかない。
その間、シーホースはニーナに近付く。
辿り着き、噛み付こうとしてくるシーホースをニーナは床を転がって回避する。
「あたっ……!」
勢い余って何かに頭をぶつけてしまう。
顔を上げた先にあった物は……。
「これもさっきので流されて傾いちゃったんだ……。でも、これを使えば……」
ニーナはすぐさま立ち上がり、それの背後に回って叫んだ。
「気を付けて!」
何に?
ダインはそう思った。
彼がニーナに視線を向けると、目をひん剥いた。
「え? ちょっ!? マジで?」
波によって傾いた大砲にニーナは陣取っていた。
幸いにして砲弾は装填されている。
いつでも撃てる状態だ。
砲身はシーホースに向けられて火を吹いた。
轟音と共に放たれた砲弾はシーホースの体を魔臓石諸共バラバラに粉砕する。
肉片が散らばるも、それはすぐに灰となって消えた。
「うへー。相変わらず恐ろしいな、うちの女性陣は……っと、お前はいい加減しつけぇ!」
ようやく掴んだ杖をスケルトンに叩き込んだ。
手が離れたところで魔臓石を砕き、討伐を果たした。
「やったな」
「うん。だけどこれ、どうしよう……」
ニーナが向けた視線の先には、ぽっかりと空いた大きな穴。
先の大砲による一撃で船の腹に大きな穴を空けてしまったのだ。
あの時は無我夢中だったので、穴が空くとかは全く考えていなかった。
「うーん。そこはレンダーがどうにかしてくれるっしょ」
マイカだけでなく、ダインもレンダーに頼りきりなところがある。
「……まあ、うん。そうだね」
それはニーナも変わらなかった。
ー9ー
次々と襲い来るシーホースを稲妻が撃ち落としていく。
「デカい図体の割に慎重なんだな」
海面近くを飛んでリヴァイアサンの出方を窺っているが、肝心のリヴァイアサンは中々姿を現さない。
代わりにシーホースばかりが出てくる。
「警戒されているのでしょうか?」
「かもしれないな」
地球では契約していれば召喚の魔法で呼び出せるが、この世界では召喚の魔法は珍しい。
使える者は極僅かだ。
普段とは違う敵にリヴァイアサンも警戒しているのだろう。
「一番怖いのはこっちを無視して船ばかり襲う事だ。そうなれば対処が間に合わない」
その時、重く低い音が戦場に響き渡る。
リヴァイアサンの声だ。
汽笛のような声にサンダーバードの雷鳴のような鳴き声が続く。
「何か話しているのでしょうか?」
「さて、どうかな」
いつの間にか、シーホースによる攻撃は止んでる。
何か仕掛けて来るかもしれない。
船への襲撃は最も警戒すべき事だ。
出来るだけ、ステラとポニィが乗る船から離れないようにする。
そうして羽ばたいていると、リヴァイアサンが姿を現した。
ステラとポニィの乗る船、その下からだ。
大きく開かれた口が海より現れ、上顎と下顎が船を挟む。
「勇者様!」
「くっ……!」
急いでサンダーバードに向かわせる。
警戒してはいたが、まさか直接攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。
リヴァイアサンに船は持ち上げられ、その口が閉じ始める。
メキメキと音が響く。
万事休すかと思いきや、不思議な現象が起こる。
雨が雪へと変じていた。
海で雪が降るなんて有り得るのだろうか?
地球とは別の世界だから有り得なくはないか。
気温は下がっていき、リヴァイアサンの体表に霜が覆い始めた。
それどころか海面も凍り始めているようにも見える。
「これって……魔法なのか?」
これ程までに大規模に魔法を扱える者は一人しかいない。
「ポニィはスゴいですね」
やっぱポニィなのか。
「急がなくても大丈夫そうだな。むしろ、近付き過ぎたら巻き込まれる」
リヴァイアサンが船を噛み砕き、粉砕した。
そして、海から垂直に上がった体は倒れ込み、腹から海に戻ろうとする。
「想定とは大分違ったけど、予定通りになりそうだ」
リヴァイアサンが海に潜ろうとした時、海より氷山が現れる。
氷山はリヴァイアサンの腹を穿ち、海上に……ではなく氷上に留めさせた。
さらにリヴァイアサンの体表全てを凍てつかせる。
巨大なアンデッドを氷漬けにしてしまった。
氷山の陰より一隻の船が現れる。
それは氷で作られた船。
ポニィとステラが乗船しているのを視認する。
リヴァイアサンに船を壊される前に脱出していたようだ。
「戦いも大詰めだ。行くぞ」
サンダーバードをステラの元へと向かわせた。
「まずはステラを回収し、その上でリヴァイアサンの背中から攻め入る」
今回の討伐作戦はステラが最後のトドメを刺すことになっている。
彼女の今後のために求心力が必要なのだ。
「ポニィ!」
サンダーバードの背からアマテルはポニィに向けて手を振る。
それに応えるようにポニィも手を振る。
やがて氷の船に降り立ち、ポニィとステラと合流した。
「王女様、行きましょう」
サンダーバードの背に乗せるために、ステラに向けて手を伸ばす。
だが、サンダーバードが身をよじってステラの手を掴ませまいとする。
「コラッ、暴れるな」
なんとか諌めようとするも、サンダーバードは言うことを聞いてくれない。
それを見てステラは嘆息する。
「どうやら私は嫌われているようですね」
「すみません。すぐに言うことを聞かせますので」
「いえ、お構いなく。リヴァイアサンはすぐそこです。陸続きになっていますから歩いて行きましょう」
ステラはポニィに頼み、下船するための足場を氷で作ってもらう。
「自分も同行します」
サンダーバードから飛び降りると、アマテルもそれに続く。
するとサンダーバードは名残惜しそうにアマテルの頬に自ら顔を擦り寄せる。
「くすぐったいですよ」
ステラとは違ってアマテルはえらく懐かれているようだ。
それにしても羨ましい。
自分もあれくらいアマテルとスキンシップしたい。
「ここまで露骨に態度が違うと結構傷付きますね……」
「ホントすみません……」
落ち込むステラに申し訳ないと思い、謝っておく。
「許すかどうかは貴方の働き次第ですね」
すぐに許してくれるかと思ったら違った。
思った以上に気にしてるようだ。
これ以上気を損ねないように、早めに行動しよう。
「三人で行く。ポニィは残ってリヴァイアサンの動きに注意していてくれ」
「うん。わかった」
ポニィが作ってくれた氷の足場を使い、凍りついた海に降り立つ。
「結構分厚いから、乗っても割れないようだな」
荒波のせいか、氷の上でも揺れを感じるが氷を割るほどではないようだ。
豪雨は雪に変わり、強風で吹雪く。
「早く終わらせないと風邪引くな」
全身びしょ濡れでこの吹雪。
寒いどころではない。
今は時期的に暖かい気候ではあるが、さすがにこれでは風邪を引いてしまう。
気温は高いけど吹雪、しかも海上。
不思議な感じがする。
そうこうしている内に氷山に辿り着いた。
「着きましたね」
氷山に辿り着くと、ご丁寧に階段が作られていた。
さすがはポニィ、気遣いのできる優秀な魔法使いだ。
階段を上がった先には氷山に貫かれたリヴァイアサン。
ついに、その背中へと降り立った。
降り立ってすぐにスケルトンが群がり始める。
鞘から剣を抜く。
漆黒の刀身をした長剣。
「それが噂に聞くジェノサイドが持っていた剣ですか。禍々しいですね」
「そうですか? 自分は綺麗だと思いますけど」
むしろ真っ黒でカッコいいと思っている。
「やはり貴方とは気が合いませんね」
「……もしかしてですけど、サンダーバードに乗れなかったこと、まだ根に持ってますか?」
「………………それよりも目的を果たしましょう」
間が空き過ぎて根に持っているのが丸わかりだ。
これ以上追及すると面倒になりそうなので、言われた通りに目的を果たそう。
「リヴァイアサンの心臓部、魔臓石付近まで同行します。そこからは任せます」
「はい。任せてください」
剣を持ったスケルトンが襲い来る。
その動きを見極めて、漆黒の剣で返し、魔臓石を砕いた。
その後ろからさらにスケルトンが次々と続く。
剣を持つ右手と反対の手に魔銃を構えて引き金を引いた。
近付かれる前にスケルトンの数を減らしていく。
出来るだけ魔臓石を狙うも、やはり正確に当てることは難しかった。
五発撃って一発が魔臓石に当たる程度の命中率だ。
それでもどこかに当たればその部位は砕けるし、仰け反らせられるので足止めにはなる。
魔銃を撃つ中、背後より光の軌跡が延びた。
光の軌跡は狙い違わずにスケルトンの魔臓石を撃ち抜く。
視線だけを背後に向けると、魔法で作り出した光の弓に、これまた魔法で作り出した光の矢を番えたステラの姿があった。
「お見事」
「馬鹿にしているのですか? この程度の敵など相手になりません」
なんだか口調に毒を帯びてきた気がする。
それ程までに親しくなれたと喜ぶべきなのだろうか。
「ところで貴方の戦い方はなんですか? そんなちまちました戦い方をしていてやる気がないのですか? その手に持つ剣はお飾りですか?」
「安全策を取っていただけです。ですけど時間を掛けられないのは確かですね」
魔銃を左手に持ったまま、漆黒の剣を構える。
「遅れないでください」
道を切り拓くために、スケルトンの群れに斬り込むのだった。
ー10ー
ポニィはチラリと視線を向けた。
その視線の先はリヴァイアサンではない。
稲妻を纏う漆黒の体躯をした巨鳥。
サンダーバードである。
何かあった時のためにと置いていったのだが、どう接すればいいのかポニィは分からなかった。
元々人と話すのは苦手であるが、相手はモンスター。
会話する必要がない分、人と接するよりはマシではあるが、得体の知れない怖さがある。
その気持ちは伝わっているようだが、サンダーバードは態度を変えない。
そんなサンダーバードにポニィは恐る恐ると近付く。
稲妻を纏っているが、友好的な相手には感電しないと聞いている。
怖さはあるが、それよりも興味があった。
人間相手なら躊躇われるが、モンスター相手ならと手を伸ばす。
ステラのように拒否されることはなく、すんなりと触れることが出来た。
見上げると、サンダーバードはリヴァイアサンを警戒しているようでポニィの事などを意に介していない。
それをいいことに今度は抱きついてみた。
温かく脈動を感じられる。
心地良い。
こんなデカい鳥は飼えなくても何か動物を飼ってみるのもいいかもしれない。
帰ったら彼に相談してみようとポニィは心の中で決めた。
その時、もそりとサンダーバードが動き出す。
さすがに嫌がったかなと思っていたら、首根っこを咥えられて持ち上げられる。
そしてサンダーバードは自らの背中にポニィを乗せる。
「あ、ありがと……」
お礼を述べるも、サンダーバードは特に気にせずにリヴァイアサンの警戒を続ける。
特等席でサンダーバードの温もりを堪能しつつ、ポニィもリヴァイアサンを警戒する。
リヴァイアサンの動きは封じ込めたが、何をしでかすか分からない。
その警戒が徒労に終わって欲しかったが、それは叶わなかった。
鈍い音が耳に届く。
氷塊が氷上に落ちたのだ。
雪に混じって氷塊が落ちていく。
これはリヴァイアサンの体表から剥がれ落ちたものだ。
落ちる氷塊はその数を増やしていき、リヴァイアサンの体を顕にする。
重くて低い音が響く。
リヴァイアサンが活動を再開した。
それでもなお、氷山に貫かれているので身動きは取れないはず。
しかしそれは楽観でしかない。
身動きが取れなくても攻撃手段はある。
挨拶代わりにと、リヴァイアサンの大きく開かれた口に雷が収束を始めた。
サンダーバードが飛び立つのと同時に収束された雷が放たれる。
氷の船を撃ち砕き、張っていた氷も割って海面を晒す。
ポニィはサンダーバードのおかげで難を逃れたが、氷の船に乗っていた冒険者達はそうもいかない。
氷の船から避難した者もいるが、中には氷の船と共に海に沈んでしまった者もいる。
避難してもリヴァイアサンによって砕かれた海面の氷が亀裂となって冒険者達を海に呑み込もうとしていた。
ポニィにはどうしようも出来ない。
一人一人を救えても全員は救えない。
それに救助活動をリヴァイアサンが見逃すはずもなく、二射目が放たれるだろう。
見捨てるしかない。
見殺しにするしかない。
ステラが覚悟したようにポニィも覚悟は出来ていた。
自分が助かるために見捨てたのではない。
勝つために、勝利するために。
目的のために戦うのだ。
それになんだかんだ言っても彼らも冒険者である。
自力で窮地を脱している者の姿もあった。
「あれ?」
そんな中、ポニィはある事に気が付いた。
一緒に氷の船に乗っていたはずの護衛部隊の姿が見えない。
全員が海に沈んだとは考えづらい。
どこかへ移動したと思われる。
正直に言うと、もうステラがいないからそこまで注意しなくていいだろうと気を緩めていた。
護衛部隊はどこへ行ったのだろうか。
普通に考えればステラに付いて行ったのだろう。
護衛部隊なのだから護衛するのは当然だ。
だけど、あの護衛部隊はどこか不穏な感じがする。
ポニィが考え込んでいると何かが飛来して来るのに気が付いた。
なんだろうかと見てみると、それは氷の三日月刀だった。
氷の三日月刀は弧を描いて下方へと戻っていく。
あれはマイカの魔法によるもの。
おそらく何かあって、ポニィに合図を送って来たのだ。
サンダーバードに指示を出して氷の三日月刀を追い掛ける。
やがて一隻の船が見えてきた。
中型船であるその船の側面に大きな穴が空いている。
今にも沈みそうな船であるが、海上が凍っているため辛うじて沈没は免れていた。
「やった。来てくれた!」
沈みかけの船で手を振るマイカ。
その周りにはレンダーやニーナ、ダインの姿がある。
何があったのか尋ねてみると、なんでもシーホースとの戦闘で船に大きな穴を開けてしまったらしい。
途方に暮れていたところに氷の船が突然現れた。
ポニィの魔法であるのに気が付いたマイカ達は合図を送り、合流した後に氷の船に乗せてもらいたいと頼むつもりでいた。
話を聞いたポニィは快諾し、氷の船を新たに一隻作り出す。
「おおっ! すごいね!」
現れた氷の船にマイカは歓声を上げる。
ポニィはサンダーバードの背から氷の船に降り立つ。
わざわざ降りる必要はないかもしれないが、こっちの方が話しやすい。
ついでに言えば、近付くことで大声を出す必要もない。
「マイカ。無事?」
「うん。無事だよー。それにポニィちゃんのおかげで、船が沈んじゃう前になんとかなったし」
「そう、よかった」
「ところでその大きな鳥さんは?」
マイカはポニィが乗ってきたサンダーバードが気になるようだ。
「これは勇者の……」
「あっ」
ポニィが説明しようとした時、マイカが声を上げる。
何事かと振り返ると、サンダーバードがどこかへと飛び去っていったところだった。
「えぇ……」
ポニィは自身が作った氷の船に取り残されたのだった。
ー11ー
漆黒の剣がスケルトンを屠る。
息つく暇もなく次のスケルトンが剣で斬りかかってきた。
剣を受け流し、魔臓石を狙って魔銃を撃つ。
スケルトンが崩れ落ちるのを見届けることなく先に進む。
その後ろをアマテルとステラが続く。
「テル! 後ろを任せる!」
「はい!」
アマテルは錫杖を振り回して、スケルトンを牽制する。
スケルトンが体勢を崩したところで狙って魔臓石を砕く。
この程度のスケルトンなら近接戦闘を得意としていないアマテルでも十分に対処出来る。
「王女様は弓を持ったスケルトンを重点的にお願いします」
「任せてください!」
矢を番えたスケルトンに向けて、同じように光の矢を番えたステラが光の矢を放つ。
光の矢はスケルトンが放った矢を砕き、そのまま魔臓石に吸い込まれていった。
事前に話は聞いていたが、実力は申し分ないようだ。
眼前のスケルトンの数が減ってきたところで、ステラとアマテルを先に行かせる。
後方から押し寄せるスケルトンの数は全然減っていない。
魔銃で牽制し、距離を稼ぐ。
出来る限り魔臓石を狙い、数を少しでも減らす。
あらかた距離ができたのを確認し、二人の後を追い掛ける。
ステラとアマテルの姿を確認し、合流を果たそうとした時、
「待て」
背後からの呼び止められる声に振り返る。
「グレイス……」
そこに居たのはステラの護衛部隊の隊長を務めるグレイス。
わざわざリヴァイアサンの背中まで追い掛けて来たのだろうか。
「何の用だ?」
佳境を迎えつつある戦況に於いて、わざわざ呼び止める理由は何だろうか。
「……」
グレイスは何も語らず、ただ睨みつけてくるだけだ。
「用がないのなら先に行かせてもらうぞ」
翻すと、もうアマテルとステラの姿がなかった。
どうやら先に行ってしまったようだ。
急いで追い掛けなくては。
駆け出そうとした時、背後より殺気を感じた。
翻した体を戻し、漆黒の剣を振るう。
剣と剣がぶつかり合い、金属音が木霊する。
斬りかかって来たのはグレイス。
数度の剣戟の末に間合いを取る。
初撃は防げたが、続く攻撃で掠り傷を負わされてしまう。
だが、大した怪我ではない。
「今のを凌ぐとは驚いた。腐っても勇者であるという事か」
「何の真似だ!」
「大した理由はないさ。ただお前らに死んでもらうだけだ」
「何だと?」
「勇者とステラ王女は作戦遂行中に名誉の死を遂げる。そして、俺がリヴァイアサンを討伐した英雄になる」
「ただ名誉が欲しいだけで人を殺すのか!」
「名誉はついでだ。欲しいのは王女とお前の命。これは王が望んだ事だ。つまりは王国のため。王国のために死ねるのなら、お前らも本望だろう」
「ふざけやがって……!」
グレイスの背後より複数の影が現れる。
「グレイス隊長。加勢します」
現れたのは護衛部隊の隊員。
グレイスが裏切っているのなら、彼らもその仲間だ。
「コイツは俺だけで十分だ。お前らは王女と神官の始末に迎え」
「はっ!」
「行かせるか!」
先に進もうとする隊員を足止めするべく動く。
「お前の相手は俺だ!」
再びグレイスが斬りかかってきた。
漆黒の剣で応戦する。
その隙に隊員達は先に進む。
「チッ……」
斬り結びながら隊員達が消えていった先を睨むも、すぐにグレイスに意識を戻す。
「そう慌てるな。すぐにあの世で再会できるから」
「死ぬ気などない。今死んだらあいつに顔向けできないからな」
膂力でグレイスを圧倒するために筋力強化の効果がある雷の加護を発動させる。
「ん?」
雷の加護を発動しようとするも、なぜだか発動しない。
「これは……?」
「おらっ!」
戸惑っている間に右肩を斬られる。
「ぐっ……!」
一旦間合いを取るために後退する。
「状況から察するに、加護の魔法を使おうとしただろ」
「それが何だと言う?」
「使えなかっただろ。あの神官が大して魔法が使えないことは調べがついている」
「なぜアマテルが……いや、そうか。悪魔の武具。その魔剣の効果だな」
「察しがいいな。もしかして王女から聞いていたか? そういえばこれを拾ったのはお前だったな。まあ、知っていたところで効果が発動してしまえば対処出来まい」
グレイスの持つ剣はかつてドッペルゲンガーが持っていた悪魔の武具。
その剣は自分が回収し、王国に献上した。
そして、その悪魔の武具の効果は魔法特性の入れ替え。
「魔剣の効果は入れ替えだったな。斬った者同士の魔法特性を入れ替える。お前は以前にアマテルをその剣で傷を付けた。そして最初の不意打ちで掠り傷を負わせられた。その時にアマテルと魔法特性を入れ替えたのか」
もう一度加護の魔法を試してみるも、やはり発動しない。
次に右肩の傷に触れる。
傷口を淡い光が包み込み、塞いでいく。
光属性である治癒の魔法が使えて、加護の魔法が使えない。
アマテルは加護の魔法を使えなかった。
魔剣の効果が発動しているのは間違いない。
「人数を集めるだけでなく、魔剣まで用意してくるとは。あの王女様、どんだけ嫌われているんだよ」
いないことをいいことに愚痴を零す。
「治癒の魔法は厄介だが、バラバラに斬り落とせばいいだけのこと」
グレイスの指摘通り、治癒の魔法は傷口を塞ぐだけで、斬り落とされたら失った部位は再生しない。
それにしても、この内より溢れ出る魔力は異常である。
アマテルの魔力量は多いと聞いていたが、尋常じゃない。
自らの体が破裂しそうな程だ。
でも、何か違和感がある。
この感じ、以前どこかで……。
「何を呆けている!」
眼前に鋼の刀身が迫る。
それを漆黒の剣で防ぐ。
「炎よ!」
グレイスの持つ魔剣に炎が付与される。
それは轟々と燃え、吹雪の中でも周囲を明るく照らす。
炎で円を描きながら強襲してきた。
剣を打ち合う度に火の粉が舞う。
積もる雪を溶かして焦がし、踏みつける。
「どうした! リッチーを討伐したという英雄がこの程度なのか!」
漆黒の剣が弾かれて、足が下がる。
グレイスはすかさず追い打ちを仕掛けてきた。
まずは左腕を斬られる。
斬られるだけでなく、付与された炎が傷口を燃やす。
耐え難い程の苦痛が体を蝕む。
そのせいで動きが鈍り、再び斬られる。
傷を増やしていく。
体が訛っている。
旅を終えて、まだそこまで日数が経過していないにも関わらずこのザマだ。
せめて、風と雷の加護の魔法が使えれば何とかなるのに。
転がってグレイスの斬撃を回避し、即座に立ち上がって間合いを取る。
「逃げるのか? 無様だな」
「……」
グレイスに笑われるも無視する。
無様なのはいつもの事だ。
格好をつけようにも、格好がつかないのが自分である。
乱れる呼吸を正しつつ、魔法が使えなくて動揺していた心を落ち着かせた。
「どうした? 来ないのか? 二人を追い掛けたいのだろ?」
「だったら道を譲れ」
「道ならいくらでも譲ってやるよ。ほら行けよ。俺は後ろから斬りつけてやるから」
「くっ……!」
落ち着け。
これは挑発だ。
そして早まるな。
アマテル達は心配だ。
それでも、先走るな。
短絡的に考えるな。
アマテルは今、サンダーバードの力を行使できる。
並大抵の相手なら遅れを取ることはないはずだ。
ー12ー
「我らが勇者は迷子のようですね」
アマテルと二人となっていたステラは嘆息する。
二人を取り囲むのはステラの護衛部隊。
迷子の代わりに現れたのが彼らだ。
「ステラ様。ここからは我々も同行します」
隊員の一人が告げる。
「御心遣い感謝します。ですが、不要です」
「我らの心配は入りません。それよりもステラ様の身に何かあった時の方が心配です」
心配してくれているように見える。
だけど、彼らにそんな正義感などない。
あるのは野心。
それをステラは見抜いていた。
「いい加減、その三文芝居は終わりにしませんか?」
冷たく言い放つと護衛部隊の表情が一変した。
「気付かれてましたか」
「はい。最初から気付いてました。今更お父様がまともな護衛を提供してくれるとは思えませんから」
取り囲んでいるのは護衛のためではない。
その目的は何か……。
「監視するだけなら見過ごす予定でしたが、そうもいかないようです。勇者様と分断したという事は暗殺。私の殺害が目的ですね」
この場に於いて、暗殺の最大の障害となる勇者がいなくなった。
それは偶然ではなく、護衛部隊が意図して行ったものだろう。
「申し訳ありません。私事で貴女を巻き込んでしまって」
ステラはアマテルに謝る。
「気にしないでください。これでも多くの修羅場をくぐり抜けて来た冒険者です。ステラ様の身を守り抜いて見せます」
「それは頼もしいです」
ステラは嬉しそうに手を合わせるも、すぐに引き締める。
「私は守られるだけのお姫様ではありませんから、参戦します」
敵の数は二十。
二人だけでは厳しい。
さて、どうしたものか。
交渉、制圧、離脱。
あらゆる可能性を頭の中で模索する。
「あっ……」
ふと、アマテルが声を漏らす。
「どうしましたか?」
何かあったのかと、ステラは尋ねる。
「これは……? サンダーバード?」
「え?」
「勇者様のサンダーバードが私の中に居ます。いえ、今は召喚されていますから、力の残滓がある感じでしょうか」
アマテルの話を聞いて、ステラはすぐに思い至った。
「それは魔剣の力でしょう。魔剣には対象同士の魔法特性を入れ替える効果がありました。アマテルさんと勇者の魔法特性が入れ替わったのです」
「入れ替わるとどうなるのですか?」
「今のアマテルさんは勇者の魔法を使うことが出来ます。反対に勇者はアマテルさんの魔法が使えるようになります。今のアマテルさんの力があれば、活路を見出だせるかもしれません」
ステラは取り囲む護衛部隊を見渡しながら告げた。
「勇者様の魔法……」
アマテルは自らの手を見つめる。
そして胸に手を押し当てて語りかけた、繋がっている稲妻を纏いし巨鳥に対して。
遠くで雷が鳴く。
「申し訳ありませんが、手加減は出来ません。勇者様は常に全力でいました。この力を使うのに全力以外での使い方が分かりません」
ステラには護衛部隊、ひいてはグレイスの狙いが分かっていた。
まずは勇者を分断させて一人にする。
次に魔剣の力を用いて、魔法特性を入れ替える。
戦闘向きの魔法が使えなくなった分、勇者は弱体化してしまう。
弱体化したところでグレイスは勇者を始末する気だ。
勇者を始末すれば入れ替わっていた魔法特性は自動的に元に戻る。
念の為に勇者の魔法をアマテルが使える状況では手出しをしない。
あくまで魔法特性が元に戻るのを待ってからの始末だ。
一番の脅威である勇者がいない状況で、ステラとアマテルを始末し、作戦は完了する。
その後、グレイス率いる護衛部隊がリヴァイアサンを討伐。
ここまで追い込んだ状況では討伐は簡単だ
邪魔者は消え、新たな英雄だけが残る。
それがグレイスが立てた計画。
だけど、ステラが裏切りを察知していたので綻びが生じる。
勇者は自身に任せるしかない。
ステラはステラでアマテルと共に、この状況を何とかしなくては。
一陣の風が吹き抜けた。
ステラは空を見上げる。
頭上より舞い降りるサンダーバード。
その登場に護衛部隊はどよめく。
アマテルはそんな護衛部隊を見据える。
「全身全霊をもってお相手します。どうかご容赦を……!」
本来の計画ならば、勇者を始末してから魔法特性が戻ったところでアマテルとステラを始末するものだった。
それなのに、ステラに暗殺計画を看破されてしまったので、計画が前倒しになってしまったのだが……。
サンダーバード。
計画に組み込まれるどころか、存在すら知らなかった怪物が護衛部隊の目の前に現れた。
勇者がなぜ使役しているかはアマテル以外の面々は知らない。
そして、サンダーバードの存在はステラとアマテルを助ける手立てとなる。
「俺達は……」
怯む護衛部隊の中で唯一人、立ち向かおうとする者がいた。
「俺達はもう退けない! ここで逃げても計画が露呈した時点で極刑は免れない! 戦え! 元より命懸けの計画だ! 退く事は許されぬ!」
仲間達を鼓舞する。
そのおかげでか、全員の顔つきが変わった。
「アマテルさん。王女として、王位を継ぐ者として命じます。王族に仇なす者達に粛清を!」
「はい!」
石の礫、火球、水泡弾、氷柱、様々な魔法が放たれる。
その全てが落雷によって撃ち落とされていく。
寸分違わずに狙って撃ち落とされたのだ
「次はあなた達です」
サンダーバードが猛威を振るう。
天上より雷霆が降り注ぐ。
直撃を受けた隊員は瞬時に消し炭へと変わる。
疾風が大気ごと斬り裂き、見えざる刃となりて肉体を切り分ける。
人の身では決して抗えない絶望的なまでの力量差。
触れることすら許さずに、見る者は死を直視する。
一時は湧き立った気力は瞬時に燃え尽き、恐怖を感じるよりも速くに雷撃によって撃ち抜かれる。
逃げようとするならば紫電が迸り、
抗おうとするならば旋風が奔り、
呆然とするならば死の嵐が呑み込む。
それは一瞬の出来事だった。
疾風迅雷。
気付いた時には全てが終わっていた。
死体はおろか、殺戮の痕跡すらない。
全てが嵐に呑まれて消え去った。
「ご苦労様です」
アマテルがサンダーバードに労いの言葉を掛ける。
傍らに降り立ったサンダーバードが頭をアマテルに寄せた。
甘えるような鳴き声を上げると、アマテルはその頭を優しく撫でる。
「よしよし。やはり勇者様と似てますね」
「二人きりの時はそういう風に甘えてくるのですか?」
ステラは気になったので思わず尋ねてしまう。
「そうではないですよ。私としてはこういう風に甘えてきても構わないのですけどね」
アマテルはサンダーバードを優しく見つめる。
「一つ一つの仕草。ほんの些細な、何気ない動作が勇者様に似ているのです」
「そうなのですか……」
似ているのかどうかはよく分からず、ステラは曖昧に返した。
「それよりも聞いてくださいよ。この子、私が雷に怖がったから、その後すぐに雷を落としたのですよ! ヒドイと思いませんか!」
「そ、そうですね……」
アマテルのお怒りがサンダーバード伝わったのか、わずかに身を縮こませる。
あんなにも強いのに、アマテルには敵わないようだ。
「それよりも急ぎましょう。魔臓石はこの先です」
ー13ー
頭上で雷が鳴く。
雷鳴はこの先へと過ぎ去る。
それを聞いた瞬間、憐れだと思った。
サンダーバードはアマテルに懐いている。
さらにこれまで一緒に戦ってきたのだ。
力の使い方など心得ているはず。
アマテルの方は心配いらない。
それよりも自分の方だ。
グレイスに敵わないでいる。
このままでは殺されてしまう。
アマテルの魔法では太刀打ち出来ない。
この尋常じゃない程の魔力量が無駄になってしまうのは仕方ないが、魔法では攻撃の手立てがない。
手立てがない……。
そういえば、魔力量は多いけど、上手くコントロール出来ないから魔力を多く消費しちゃうとアマテルが以前言っていたな。
……。
…………。
………………。
何かがおかしい。
胸につかえる違和感。
一つずつ考えろ。
まず異常なのが魔力量。
アマテルの魔力量はサンダーバードの魔力量を遥かに超えている。
サンダーバードだけでも常人の魔力量よりも遥かに多いのにアマテルはそれを凌駕していた。
魔法が上手く扱えないのもおかしい。
高い魔力量故に加減が難しいのかもしれないが、治癒の魔法は難なく扱えた。
それを応用すれば他の魔法を使うのも難しくないはず。
一番気になるのが、既視感に似た違和感。
この感覚が何なのかが上手く説明出来ない。
「さっきから黙りこくって何も仕掛けてこないようだが、諦めたか?」
「お前をどう始末してやるか考えていただけだ」
「防戦一方のくせに何を粋がっている」
「粋がるさ。お前みたいな人間のクズを相手にしているんだ。粋がらないでどうする。王国の敵。ひいては人類の敵と言っても過言では……人類の、敵?」
言って気付いた。
いや、思い出した。
そして、思い出すのと同時に内に秘められた記憶が脳に流れ込む。
契約を、
ダメだ、
一人では体が保たない、
なら分断を、
リスクが、
もう一人居れば、
双子だったら最適なのに、
ないものはない、
諦めろ、
方法はある、
これを見てくれ、
取り替え子、
チェンジリングだ、
喚び出すんだ、
異界から、
彼女をもう一人、
それを応用すれば
その後は、
送り返せばいい、
始末するわけにはいかない、
契約によって繋がっているから、
今の記憶はほんの一欠片。
他にも見えた。
その事について考えるよりも、今はやる事がある。
「また黙り込みやがって、頭のおかしい奴だ」
「気付いたんだ……」
「あぁ?」
「彼女は名前を知らなかったんだ。だから呼び掛ける事が出来なかった。魔法を上手く扱えなかったのも、そこらへんに起因している」
「何を言っている」
「要するにだ、お前の敗因はこの力を入れ替えた事だ。アマテルとならお互いを知り尽くしている。魔法特性を入れ替えても、お互いの力を存分に振るえる」
そしてアマテルが気付いていない自らの力。
それを自分は知っている。
「デストロイ」
「は?」
呼び掛けると、周囲の大気が震え出す。
何かが来るとグレイスは悟った。
とてつもなく危険なものが現れようとしている。
「何だ、その力は? 聞いてない」
「なら聞くといい。全てを破壊し尽くす絶対的な破壊の鼓動を」
吹雪いていた景色が歪む。
強風に煽られたのではなく、空間そのものが歪んだのだ。
歪む空間の先にいる破壊の化身にグレイスは恐怖した。
底知れぬ恐怖ではない。
絶対に抗うことの出来ない力がそこに存在していた。
「何だ、それは……? 何なんだよ!」
「お前にはこれが何に見える? ある者は人類救済の神。また、ある者は破壊の神と言う。さて、お前には何に見える?」
「……」
グレイスは何も答えず、顔に恐怖を浮かべながら歪んだ空間の先を見つめる。
「黙りこくってどうした? 諦めたか?」
「……は、はは、あはははははっ!」
グレイスは突然笑い出した。
「……頭のおかしい奴だ。壊れたのか?」
「俺は死なない! お前なら分かるだろ? この鎧! そうだ、ジェノサイドの鎧だ。絶対の守りを誇ると言われている最強のアンデッドだ! その鎧を回収し、加工した物だ! この鎧を着ている限り、誰も傷つけることは叶わない!」
「……憐れだ」
自暴自棄になっている。
これ以上は会話にならない。
「殺れ」
命令を下す。
それが死の宣告となった。
光の御柱が天高く聳え立つ。
御柱に触れていたリヴァイアサンの体の一部を消失させる。
そこに居た人間だけでなく、物も大気も塵はおろか、原子すら残さずに消失させた。
概念は消失し、虚無だけが残る。
まるで最初から何もなかったかのように。
いつの間にか歪んでいた空間が元に戻っている。
悪魔の武具であった入れ替わりの力を持つ魔剣も虚無へと消えた。
魔法特性が戻る。
「おかえり」
見えざる絆で繋がるサンダーバードの帰りを感じた。
それからグレイスが居たところに視線を向ける。
「お前は勘違いしているようだが、ジェノサイドの鎧は普通の鎧だ。加工ができた時点で気が付かなかったのか? あの防御力は加護の魔法からくるものだ」
先程まで歪んでいた空間に視線を移す。
「それに、本物のジェノサイドだろうと、デストロイの攻撃は防げない」
翻し、足を先に進める。
「さて、二人が待っている。行こうか」
ー14ー
ついに至った目的地。
リヴァイアサンの背中より体内に侵入し、眼前にあるのは巨大な魔臓石。
それを砕けば、この戦いは終わる。
「ステラ様。お願いします」
「はい」
ステラは光の弓を出現させる。
それから光の矢も。
矢を番え、引き絞る。
光の矢にさらに魔力を送り込み、極限までその威力を高めていく。
送り込まれた魔力に比例するように輝きが増す。
ステラが狙うはただ一点。
魔臓石の中心。
その一点に向けて、光輝の矢が放たれた。
魔臓石の中心を的確に捉え、威力を一点に集中した一撃は魔臓石を穿ち、崩壊させた。
「やった……。やりました!」
アマテルに向けて振り返ったステラは無邪気に喜ぶ。
しかし、喜びも束の間。
リヴァイアサンの体が立っていられない程に揺れる。
重く低い音が鳴り響く。
これは断末魔。
リヴァイアサンの最後の叫び。
アマテルは嫌な予感を覚えた。
振り返ると、それはすぐに的中する。
リヴァイアサンの体が灰に変わり始めていたのだ。
アマテルには知る由もなかったが、それは尾びれからだった。
崩壊を始めるリヴァイアサンに対して、対処の術はない。
よろめくステラの元にアマテルは駆け出した。
「ステラ様!」
名前を呼ばれたステラはアマテルに向けて手を伸ばす。
アマテルはその手を握る。
「ひとまずこの場を離れます! 絶対に手を離さないでください!」
ステラの手を引く。
行き先などない。
それでも諦めるという選択肢はない。
抗い続ける。
最後の最後まで抗うのだ。
「きゃっ……!」
ステラの足下が崩れる。
体勢を崩し、体が落下しようとするのを、アマテルは手を離さずに縁で踏みとどまる。
しかし、すぐにアマテルの足下も崩れ始めた。
二人揃って外へ投げ出される。
後は落下するだけ。
だけど二人は落下することはなかった。
巨大な鉤爪がアマテルを捕まえたから。
「テル!」
「勇者様!」
アマテルを捕まえたのはサンダーバード。
その背に乗る人物を見て、アマテルは嬉しさのあまり叫ぶ。
「このままポニィと合流する!」
「はい! で、ですけど……」
アマテルが掴んでいるのはステラ。
一人分の体重を腕だけで支えるのは相当にキツい。
「サンダーバード。ステラを頼む」
サンダーバードはステラを嫌っている。
おそらくだが、ステラに対して抱いている苦手意識がサンダーバードにも伝わっているのだろう。
アマテルに懐いているのは、その逆の理由だ。
ステラを苦手としていても、助けないわけにはいかない。
命じられたサンダーバードは勢いをつけて宙返りをする。
二人の悲鳴が木霊する中、頂点に達したところで鉤爪からアマテルを離す。
宙に浮かぶアマテルとステラ。
その際にアマテルの手からステラが離れる。
二人が上がったのも束の間、すぐに重力に従って落下を始めた。
サンダーバードはアマテルの下に潜り込み、その背に乗せようとする。
「ぐえっ……!」
先客が居るので、当然衝突が起きてしまう。
「す、すみません……」
お尻から背中にのしかかる形になってしまい、アマテルは平謝りする。
「この扱いの差、相当嫌われているのですね……」
背中に乗せたアマテルに対し、ステラは鉤爪に掴まれている。
一応は危機を脱したので、扱いの差については多目に見てほしい。
「それじゃあ、帰ろうか」
「はい。帰りましょう」
嵐は止み、降っていた雪も収まり始めた。
各所で現れていたシーホースも消えて、戦いは人間側の勝利に終わる。
空から見下ろすと、船の数が減っていた。
その船に乗っていた者達は海に沈み、命を散らせたのだろう。
「テル」
「はい?」
「勇敢に戦って命を落とした彼らのために祈りを捧げてほしい。いいかな?」
「もちろんです」
上空にて、アマテルが祈りを捧げる。
慰めになるかは分からないが、せめて弔われた者達がアンデッドにならずに安らかに眠ることを願う。
ポニィの作った氷の船まで飛んでいき、合流を果たしてから帰港する。
長い戦いが終わった。
ー15ー
浜辺に集められた薪を焼べる。
至る所で灯る火に生還した者達が取り囲む。
自分もアマテルと並ぶように座って火に当たる。
冷えた体を温めるには丁度いい。
「せっかく勝利できたのに締まらないな」
「ごめん……」
季節外れの吹雪を起こしたポニィが謝る。
「ポニィのおかげで勝利できたんだ。わざわざ謝ることはないよ」
かつての旅の中でもポニィの魔法に幾度となく助けられた。
彼女の魔法なくして旅の目的を果たすことは出来なかっただろう。
そして今回の討伐作戦でも大いに活躍してくれた。
ポニィの活躍で作戦が成功したのは確かだ。
胸を張っていいのに、ポニィは体を縮こませた。
「とりあえず宿に帰って着替えないとな」
全身びしょ濡れだ。
下着までびしょ濡れである。
気持ち悪いので早いところ着替えておきたい。
「そ、そうですね……」
なぜだかアマテルは顔を逸らす。
「何かあった?」
「実は……マイカさんにアドバイスされまして……下に水着を着ているのです」
「なるほど。濡れるって分かっていたから、事前に準備していたのか」
「はい。そうなんです」
アマテルは神官服の裾をめくって水色の水着を見せる。
見せてくれるのは嬉しいけど、その見せ方はどうなのか。
「その、勇者様……」
アマテルは裾を戻しながら、か細い声を出す。
「そんなに見られると、恥ずかしいです……」
「ごめん」
凝視してしまうのは仕方ないだろう、魅惑的なのだから。
「勇者様は、その……私の体に興味があるのですか?」
なんとも返答に困る質問だ。
「今日の戦いの時も見てましたよね」
見てました。
あの時は気付かれていないと思っていたけど、気付かれていたようだ。
「興味は……なくはないよ」
「そうですか……」
「好きな人のことは、どんなに些細なことでも気になるから……」
「そうですよね。私も勇者様の事が気になります」
「……」
「……」
お互いに顔を紅くさせて見つめ合う。
示し合わせたわけもなく、顔を寄せて唇を……
「あのー、お取り込み中のようですけど、よろしいでしょうか?」
突如聞こえた声に驚き、アマテルから距離を取る。
声の主はステラだ。
「王女様……。今いいところでしたのに。友人なら気を遣ってくださいよ」
「では、友人として忠告しておきます。そういうのは人目がないところで致してください。一応、貴方は国を救った勇者であり、有名人なのですから」
「はい……」
「よろしい」
「それで、どういった御用で?」
わざわざ苦言を呈しに来たわけではあるまい。
「本日の件で改めて感謝を述べに参りました。ありがとうございます。貴方のおかげで見事リヴァイアサンを討伐する事が出来ました」
「それはここに居る……いえ、死んでいった彼らも含めた全員が力を合わせたからこそ成し遂げられた偉業です」
「それでも一番の功労者は貴方ですので、御礼を言わせてください」
「……そうですね。素直に感謝を受け取っておきます。」
ステラはそう言うが、一番の功労者は彼女自身だ。
王の勅命とは言え、各地まで赴いて冒険者達に声を掛けて回り、この町に集めた。
自らも戦場に立ち、共に戦い、最後にはリヴァイアサンを討伐せしめる。
彼女が居なければ今回の討伐作戦自体存在しなかっただろう。
「友人として、貴方の事を誇らしく思います」
「王女様にそう言って頂き光栄です」
「貴方とは良き友人になれて私も嬉しく思います。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。良き友人としてこれからも付き合っていく所存です」
その言葉を聞いてステラは口元を緩ませるのだった。
「それはそうと、褒賞を与えませんとね」
「褒賞? 何ですか? 国民栄誉賞でも貰えるんですか?」
「何ですソレ?」
「いえ、お気になさらず。命懸けなのに栄誉だけしか渡さなかったら反感しかありませんからね」
「そうですか? よくあるお話ですと、勇者にはお姫様が与えられます、どうします?」
その言葉に即座に反応したのはアマテルだった。
「ダメー! ダメです! それはダメです! いくらステラ様でもダメですよ!」
アマテルが割って入って来て、全力で止める。
「冗談ですよ。私はそこまで好いていないので頼まれても遠慮させて頂きます」
会心の笑顔でそう告げられた。
嘘偽りが感じられない、本心から出た言葉なのだろう。
「私はどちらかと言うと女の子の方が好きなので。アマテルさんになら私を差し上げますよ」
「えっと……それは、えっ? ど、どういう意味ですか……?」
突然の申し出にアマテルは戸惑う。
「そのままの意味ですけど?」
「え? あの、その……えっと……」
本気で言っているのか、からかっているのか分からないから困る。
それでも言うべき事は言っておかなくては。
「ダメですよ」
そう言ってアマテルを抱き寄せる。
「彼女は自分の婚約者です。誰にも渡しません」
「ゆ、勇者様……」
腕の中でアマテルは顔を紅くして見上げてくるも、すぐに安心したかのように瞳を閉じて身を預けてきた。
その光景にステラは優しく微笑んで見守る。
「それは残念。フラレてしまいましたね。友人としてお二人の幸せを心より祝福します」
「ありがとうございます。自分達も王女様……いえ、ステラ様の理想が叶うことを心から願っております」
ステラが右手を差し出す。
こちらも右手を伸ばして握手を交わした。
「……抱きしめていた彼女から手を離して他の女性に触れるのはいかがなものでしょうか」
「いや、これはしょうがなくないないですか」
「ふふっ、冗談ですよ。それでは勇者様、私はこれで失礼します。お幸せに」
そう言ってステラは去っていった。
ー16ー
アマテル。
今回の一件で彼女の力の秘密が分かった。
彼女はモンスターと契約している。
その契約モンスターはアマテルの共命者である聖女と同じ、デストロイ。
アマテルの魔力量が異常に多いのはそれのせいだ。
しかし、アマテルは自身が契約していることを知らない。
なぜならば、それは生後まもなくの出来事が関係しているから。
彼女が覚えていないのも無理はないだろう。
自分がアマテルの秘密を知り得たのは偶然だ。
リヴァイアサン討伐作戦の最中で行われたグレイスとの戦闘。
その戦闘中で悪魔の武具である魔法特性を入れ替える剣、その剣によって自分とアマテルの魔法特性が入れ替わった。
あの時見えたのはデストロイの記憶。
その内容とは――
高らかに産声が上がる。
新しい命が誕生した瞬間である。
「おお……。産まれた。我らの希望。いや、人類の希望だ。彼女こそが人類の救世主……!」
「その小さな身に宿る聖なる輝き。間違いない。彼女は神の如く力を生まれながらに宿している」
「感傷に浸っている余裕はない。すぐさま召喚を。そして彼女と契約を」
セイヴァーハンドで産まれた赤子。
赤子は神の力を生まれながらに宿していた。
そしてこの赤子こそが後に聖女と呼ばれる存在である。
彼女なら全てを破壊し尽くす獣と契約できる。
そう考えたセイヴァーハンドの面々は早速召喚の魔法を発動する。
召喚の魔法自体は難しくない。
赤子自身を依り代にすれば簡単に呼び出せる。
現れたデストロイは召喚の余波だけで周囲を吹き飛ばす。
その神々しい姿にセイヴァーハンドの面々はひれ伏すのだった。
「さあ、契約を」
「ダメだ」
「ああ、赤子の体が保たない」
「……分断するか?」
「リスクが高過ぎる」
「せっかく生まれたのだ。その力を存分に扱いたい」
「神の力を宿した赤子がもう一人居れば……」
「そんな子など次にいつ生まれるか分からない」
「次に生まれるのが最低でも百年。下手をすれば千年掛かる。仮に生まれても我らの前に現れるかは分からない」
「この出会いこそが奇跡なのだ」
「せめて双子だったら……」
「ないものはない」
「何か方法があるはずだ」
セイヴァーハンドの面々は悩む。
デストロイの膨大な力に、契約したら赤子の体が保たない。
どうすべきか悩むも、結論は出ず、とりあえず契約はしないで赤子を見守ることとなった。
それから一週間。
召喚されていたデストロイは赤子に寄り添い続けた。
契約を交わしていないにも関わらず、守るように寄り添う。
地球に留まる魔力をデストロイ自身が補いながら、居続けた。
母親以外の接触を禁じ、デストロイに見守られながら母親だけが赤子の世話をする。
そしていつからか赤子は聖女様と呼ばれるようになっていた。
そんなある日。
セイヴァーハンドの一人がとある文献を見つけた。
「おい、これを見てくれ」
「これは……取り替え子?」
「チェンジリングだ」
「チェンジリング?」
「それを応用して連れて来るんだ、異界から神の力を宿す子を」
「そうか……。それにもしかしたら、異界に聖女様がもう一人いるかもしれない」
「契約したその後は? 連れて来た子はどうするんだ?」
「送り返せばいい。聖女様は一人だけだ。同じ力を持つ者がもう一人居てはならない」
「契約があるから、始末するわけにはいかないしな」
「それに名前を知らなければ、契約モンスターに呼び掛けることも出来ない」
「よし。そうと決まれば……お前、ピクシーと契約していたな?」
「妖精じゃないと世界は渡れない。そういうことだろ。任せろ」
そうしてアマテルは地球に連れて来られた。
聖女と共にデストロイと契約を交わした。
その後、アマテルは送り返される。
それがアマテルの力の秘密。
彼女が魔法を上手く扱えなかったのはデストロイとの繋がりが影響している。
本来なら契約モンスターが魔法の発動を補助してくれるのだが、アマテルは契約モンスターを知らない。
デストロイの名前を知らず、呼び掛けることが出来なかったので、補助を受けられなかった。
そして、莫大な魔力故にその扱いが難しい。
以前に治癒の魔法が扱えるようになった時の話を聞いたことがある。
ポニィが怪我をして必死に魔法を発動しようとした。
その時の必死な想いが微かにデストロイ届いたのかもしれない。
だから、治癒の魔法が発動できた。
魔法は一度使えば、コツがなんとなく分かる。
自分の時もそうだった。
最初はサンダーバードの補助がなければ魔法は使えなかったが、その後は補助がなくても普通に魔法を使える。
アマテルもその時の経験で、治癒の魔法だけはデストロイの補助がなくても扱えるようになったのだ。
アマテルにはデストロイの事は伝えていない。
伝える必要はないだろう。
だって彼女には破壊の力は必要ないのだから。
ー17ー
春。
穏やかな気候を迎えたある日。
純白のウェディングドレスを着た彼女が姿を現す。
一同は祝福の声を上げて、新しい夫婦の誕生を祝う。
「綺麗だな」
美しい花嫁の姿に素直な感想を漏らす。
「そうですね。昔は可愛かったのに、今はあんなにも綺麗で凛々しい。友人として誇らしいです」
傍らに立つアマテルは鼻を高くする。
そんな彼女を見て苦笑すると、ふと何かに気付いたようでこちらに顔を向けてきた。
「勇者様。言っておきますけど、どんなに綺麗でも、ポニィに手を出したら許しませんからね」
人の気も知らずに的外れな忠告をされてしまう。
「心配はいらないよ。もっと綺麗な女性が隣に居るから」
「勇者様のバカ……」
アマテルは顔を紅くする。
本日はポニィの結婚式。
お相手はレイヴン。
かつてジェノサイドに滅ぼされた街を治めていた領主の息子だ。
共にウロボロスを討伐したのは、今でも覚えている。
ちなみに、今の彼には領主の地位はない。
領地を守れなかった時点で剥奪されている。
今は王都にて活動していて、それなりの地位にいるらしい。
結婚式はローゲンの家がある街で行われた。
自分が初めてこの世界に来たときに目覚めた街であり、アマテルと初めて出会った街でもある。
この街で結婚式を行った理由としては、お世話になったローゲンにも参加して欲しい、故郷で暮らす両親が来やすい場所というわけでここが選ばれた。
久し振りに会ったローゲンは元気そうにしていた。
本人曰く、義足で杖を突いて生活しているが、やはり長時間立ったり歩いたりするのはキツいとか。
出来るだけ動くようにはしているが、最近は座っている時間が長くなっているらしく、近い将来は車椅子での生活も考えているらしい。
ポニィとレイヴンが口づけを交わす。
そこで一際大きな歓声が上がった。
その光景をアマテルは嬉しそうに見守る。
親友の幸せを誰よりも願っているからこそ嬉しいのだろう。
「今度はアマテルがあそこに立ってる姿を見てみたいな」
「勇者様と一緒でしたらいいですよ」
「それはもちろん。でも、その前に……」
「はい。やるべき事が山積みです」
やるべき事。
それはステラからのアンデッド討伐依頼。
討伐対象は高位アンデッドであり、並の冒険者では太刀打ち出来ないので頼まれたのだ。
しかも依頼は一つではなく三つもある。
「全く……人使いが荒いお姫様だ」
「勇者様。お姫様ではなく、正式に王位を継承した女王様ですよ」
リヴァイアサン討伐後、王都では色々とごたつきがあったらしい。
それで、なんやかんやあってステラが王位を継承したとか。
いずれにしても、地方で暮らす平民になった自分には縁のない話だ。
そう思っていたら、突然討伐依頼が舞い込んで来た。
「ああ、うん、そうだったね……。だからといって、人使いが荒くていいわけじゃないんだけどね」
「ですが、困っている人がいるのも事実です。見過ごすわけにはいきません」
「そのおかげでせっかく買った家には帰れていないし、畑も人に任せきりになってるし。まったく困ったものだよ」
「家のことは仕方ありませんよ。私も手伝いますので頑張りましょう」
そう言ってアマテルは意気込む。
その姿を見て苦笑するも、自分もアマテルに負けじと意気込んだ。
誰かのためではない。
アマテルのウェディングドレス姿を早く見てみたいという自分勝手な理由だ。
こういう自分勝手なところはかつての主に似たのかもしれないな。
ー18ー
「さて、出発しようか」
召喚したサンダーバードの背中に乗り、アマテルに手を伸ばす。
アマテルはその手を握る。
手繰り寄せた彼女を後ろに乗せた。
「振り落とされないようにしっかり掴まっててくれ」
「はい。離しませんよ」
アマテルは腕を回して抱きつく。
抱きつく彼女の手、左手薬指には指輪が嵌められていた。
それを見る度に、口元を緩ませてしまう。
「まずは一体目の高位アンデッドからだ」
「はい。行きましょう」
サンダーバードは翼を羽ばたかせて、地平線の彼方へと飛び去るのであった。
ーFinー
今回も読んで頂きありがとうございました。
今回登場した高位アンデッド、リヴァイアサン。
このリヴァイアサンは本作の構想中の初期から思いついていた割と古参なアンデッドになります。
サラマンダー、ジェノサイド、ケルベロス、リヴァイアサン、この四体のアンデッドは初期の頃に生まれて、他と比べても異質な存在だと思います。
そしてこの四体は作者のお気に入りでもあります。
最終的には討伐されてしまいますが、それが敵キャラ、モンスターとしての役割だと思っています。
古今東西、物語で人間が強大なモンスターに勝利する話が多いですからね。
非力な人間が立ち向かっても敵わない。
だけど一人ではなく協力すれば討伐できる。
そういうゲーム理論的な考えの物語は好きです。
さて、リヴァイアサンですが、読み返してみるとあんまり出番がないなと思いました。
大砲か高威力の魔法を使うスケルトンでも積んでおけばよかったなと後悔しています。
サンダーバードに乗った主人公やポニィ、大型船を相手に砲撃戦を繰り広げればもっと盛り上がったことでしょう。
残念ながら物語に組み込めませんでした。
今回の話で主人公はまたアンデッド退治を再開しますが、ここから続編を書く予定は今のところありません。
何か思いつけば外伝として書くかもしれませんけど予定はないです。
まだ外伝としていくつか投稿する予定なので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
次回も読んで頂きますようよろしくお願いします。




