外伝02.リヴァイアサン討伐戦・前編「ステラ」
外伝二作目となります。
今回の話は「20.青天の勇者」の続きとなります。
本編のその後の話となり、前編後編の二部構成で投稿する予定です。
楽しく読んで頂ければと思います。
―1―
その日も夜を迎えた。
いつもその時間を迎えると一人で外を出歩く。
これは雨や雪が降っていようと、強風が吹き荒れていようと毎日行う習慣になっていた。
行き先はない。
ただ外に出てテキトーに歩く。
目的地はなく、ただひたすら足を進める。
天気がよければ当然月が出る。
月が出ていれば、それをジッと見つめて時間が過ぎ去るのを静かに待つ。
そうして過ごして小一時間程経過すると家へと帰る。
そんな生活を毎日続けていた。
今も一人で夜道を歩いていた。
今日は天気がいい。
なので見上げると夜空に月が輝いていた。
そこで思い出す。
ルナ。
彼女と共に過ごした時間は自分にとってかけがえのないものだ。
地球で送った在りし日を思い返すと、哀愁が湧き立つ。
彼女は死んだ。
正確に言うなら自分が殺した。
この手で殺した。
ルナの共命者たるリッチー。
リッチーを討伐したことにより、ルナも命を落とす。
ルナが死んで地球に召喚されることはなくなった。
「ルナ……」
視線を月から左手の甲に向ける。
そこには勇者候補の証である紋様があるはずだが、何もなかった。
リッチーを討伐して勇者候補ではなくなったから消えたのではない。
ルナが死んだから消えたのだ。
勇者候補の証をルナが自らの魔法で消して別のものを記した。
目立たないように紋様を勇者候補の証に似せて。
それが消えたのは彼女が死んだ証拠であった。
どうして毎夜出歩いているのか。
それは簡単なことだ。
未練。
地球に対するではなく、ルナ個人に対する未練。
彼女を守れなかった。
彼女を救えなかった。
彼女を見捨てて、殺した。
それがずっと心に引っ掛かっている。
地球に召喚される時間になると、もしかしたら召喚されるのではないかという淡い期待が湧く。
そんなことは有り得ない。
だけど、それでも万が一があるかもしれない。
万が一ではなく、億が一、兆が一、京が一の奇跡が起こるかもしれない。
奇跡を信じたい。
絶対に起こる。
自分は奇跡を確信している。
なぜならそれを自分は望んでいるのだから。
望みは捨てない限り、絶望にならない。
希望になりて、心に在り続ける。
結局その日も奇跡は起こらず、家に帰った。
「お帰りなさい、勇者様」
アマテルが出迎えてくれた。
彼女はいつも元気に出迎えてくれる。
それが嬉しかった。
寂しく心細く、震える心を温かくしてくれる。
「ただいま」
アマテルは何も聞かない。
毎日繰り返していることであるのに、何も問い質さずにいてくれた。
自分は彼女の優しさに甘えるのだった。
―2―
「それでは勇者様。私は先に休みますね」
やる事を全て済ましたアマテルが自室で就寝するようだ。
「うん。お休み」
「はい。お休みなさい」
アマテルが自室のある二階に上がろうとする。
普段ならその後ろ姿を見送るだけなのだが今日は違った。
「テル」
彼女を呼び止める。
「はい?」
アマテルは不思議そうに振り返る。
なぜ不思議そうにしているのか、それは自分の声が微かに上ずっていたからだ。
緊張のせいか鼓動が速くなる。
「……」
「……」
黙って見つめ合う。
アマテルはこちらの言葉を待つ。
だけど、口が開かない。
言いたい事があるのに、それが言えない。
これは前から言おうと思っていた事。
今日こそはと、呼び止めたのだが中々切り出せない。
「……ごめん。なんでもない」
ついに何も言えずに終わった。
「そうですか? それではお先に失礼します。勇者様も早めにお休みになってくださいね」
「うん……」
アマテルが去って、溜息を吐く。
「どうして言えないかな……」
アマテルに伝えたい事。
それは今のアマテルとの関係が起因している。
リッチー討伐後。
アマテル、ポニィ、ローゲンと共にローゲンの家がある街まで戻って来た。
この街は自分が最初に目覚めた時に居た街である。
ここでアマテルと出会い、旅が始まった。
見るもの全てが懐かしく感じる。
ちなみに帰って来るだけでも半年が掛かった。
ローゲンが左足を失ったのもあり、もっと時間が掛かるかと思われていた。
だが、行く先々で手を貸してくれる人がいて、そのおかげ早く帰れたのだ。
ローゲンを送り届けて、今度はポニィを王都に送り届ける。
だけど、その道中、思いがけない再会を果たす。
レイヴン。
かつて、ジェノサイドによって壊滅させられた街に残っていた元領主。
領民であったアンデッド、ウロボロスを共に倒した経緯がある。
なんでもリッチー討伐の報を受けて、ポニィを探し回っていたらしい。
なぜポニィをと思ったが、二人が話している姿を見て得心がいった。
いつの間にそういう関係になっていたのか。
思い返すと、あの時すでに仲睦まじくしていた気がする。
アマテルは迎えに来たことには驚いていたが、事前にポニィから事情を聞いていたらしく、二人の関係には別段驚いていなかった。
わざわざ探し回って迎えに来たレイヴンに若干引きつつも、ポニィは嬉しそうに、恥ずかしそうにする。
アマテルが以前に言っていた通り、自分達はお邪魔虫のようだ。
こうして迎えが来たのなら王都まで送る必要はなくなり用済みである。
ここからはレイヴンにポニィを任せる。
「また会いましょうね、ポニィ」
「うん。またね、テル」
ポニィが王都で暮らすことになると、会うことは難しくなる。
ここで別れれば、しばらく会えない。
それどころか、会う回数も限られてくる。
次に会うのはいつになるのだろうか。
「勇者も、元気でね」
ポニィと別れて、自分達はローゲンの居る街へと戻るのであった。
街に戻ってからはローゲンの家で居候させてもらうも、すぐに出ていくことになった。
これは予めアマテルと決めていたことだ。
街を出て、その近くの村。
アマテルの生まれ故郷。
そこで二人で暮らすと決めていた。
様々な功績で得た報奨金を元手に家を買い、住み始める。
ちなみに、サラマンダー討伐後に起こった諸々の誤解は解けていた。
中には多少の軋轢を抱えていた者もいたが、時間経過と共に緩和していった。
この村でアマテルとの生活が始まる。
購入した家は二階建てで村の中では大きい部類に入るが、リッチーを討伐した英雄が住まうには質素だ。
家の脇に小さな畑を作り、村人達からアドバイスを貰いながら野菜を育てている。
時折、山や森に繰り出しては動物を狩り、村に持ち帰った。
それを村人達、皆で分け合う。
そのお礼にと色々と助けて貰っている。
住み始めた当初は色々とごたついたが、随分と助けられた。
ありがたいことだ。
生活が落ち着き始めると、あることを考えるようになった。
アマテルとの関係。
それを意識し始めた。
同棲しているのにも関わらず、自分とアマテルとの関係は曖昧なものだ。
同棲しているのだから、もうそれ付き合ってるじゃんとは思うが、お互いに明言したわけではない。
それに、これは一緒に旅をしていた延長のような感じがしてならない。
もしかしたら、ローゲンから自立するための足掛かりとしか思われてない可能性もなくもない。
それにアマテルから好意を抱かれているかも疑問だ。
好意があるかのように振る舞われてはいる。
嫌われてもいない。
一応は好きだと言われたことがある。
だけど、それは仲間に向けられる好きではないかと考えている。
実際にはどう思われているのだろうか。
気になるが、怖くて聞けない。
一番ありそうなのが、一人で寂しそうだから一緒に居てあげているというパターンだ。
これなら同棲してまで一緒に居てくれるのも頷ける。
アマテルは優しいからな。
誰に対しても優しい。
そういったところがあるから、アマテルは分からない。
一緒に居る仲間ではなく、彼氏彼女の関係として付き合いたい。
だけど、それすらも言うのが憚られた。
その理由は、今でもルナに対して未練を抱いているからだろう。
ー3ー
その日は朝から騒がしかった。
何だろうかと窓から外を眺めてみると、綺麗な鎧を着た騎士団が村を訪れているのが見えた。
二十人程の数で構成された騎士団。
村長が先頭に立って村の中を案内している。
その一団が我が家の前までやって来た。
嫌な予感しかしない。
案の定、扉がノックされる。
何があるか分からないので、アマテルではなく自分が応対する。
扉を開けると、背の高い鎧騎士が立っていた。
「朝早くに失礼。貴方様がリッチーを討伐した勇者であらせられますか?」
「……そうですけど、何か?」
警戒しながら答えた。
「そうですか」
鎧騎士はチラリと背後に合図すると、騎士団の一団が分かれて少女が歩み出てきた。
少女は見目麗しく、服装も豪華な出で立ちでいる。
身分が高い人物だと見て取れた。
彼女の後ろには護衛と見られる黒金の鎧を纏った男性が付き従う。
護衛の腰にはどこか見覚えのある剣が差してあった。
「お初にお目に掛かります。私はステラと申します。こうしてお会いできまして光栄です、勇者様」
ステラと名乗った少女。
彼女は何者だろうか。
「こちらで家を購入したと耳にしまして、事前に連絡もなしに訪れる無礼は承知ですが、こうしてご挨拶に伺った次第です」
「は、はあ……」
「中を見せて頂いてもよろしいですか? もちろん、護衛の方々は外で待機させますので」
有無を言わさない態度でグイグイと来る。
護衛を従わせて、堂々とするその態度から身分が高いのが窺える。
断ったら面倒なことになりそうだ。
「どうぞ、中へ」
とりあえず家の中に招き入れることにした。
ステラは一礼して、後ろに付き従う騎士に語りかける。
「グレイス隊長は外で護衛隊の方々と待機してください」
「自分は護衛ですのでそれは出来ません」
「ご心配なく。余計なことは致しませんので」
「そういうわけではなく……!」
「ご安心ください。この家は王国で一番安全な場所ですから。それに勇者様の前ですよ。弁えなさい」
グレイスという騎士を黙らせたステラは何事もなかったのように振り返る。
「それではお邪魔しますね」
率直な意見として、ギクシャクしているなーと思った。
「中はこうなっているのですね」
ステラは家の中を興味深く見て回る。
そこまで大層な家ではないから、そんなに見ないで欲しい。
「紅茶を淹れましたので、よろしかったらどうぞ」
アマテルがテーブルに紅茶とお茶菓子を並べる。
普段と変わらず落ち着いているように見えるが、どこかソワソワしているのが分かった。
緊張しているのだろう。
もしかしたら、このステラと名乗る少女はそれなりに偉い人物なのかもしれない。
「ありがとうございます」
案内された椅子にステラは座る。
自分とアマテルも机を挟んでステラと向かい合うように座る。
ステラは慣れた手付きで紅茶を運び、美味しそうに口に含む。
「それで何か用があって来たんですか?」
見知らぬ人に長く居座られるのも嫌なので早々に要件を聞き出す。
「噂の勇者様に会ってみたかったので会いに来たのですよ」
「会うためのだけに来たんですか?」
「会ってみたい。そう思っていましたのは本当です。多くの功績を立てた貴方に。ですけど、会うとは別にお願いが一つあります。今日はそれを頼みに参りました」
「頼みですか。出来る限りの事はしますよ。無理難題でなければね」
「それは大丈夫ですよ。貴方様の得意分野ですから」
「なら、いいんですけどね。まずは、そのお願いの内容を聞いてみないとです」
「はい。それではお話しします」
ステラは語り出した。
王国の南の海。
その海をご存知ですか?
かつては交易として使われておりました。
しかし、今では浅瀬での漁としか使われておりません。
なぜそうなったのか、理由は簡単です。
強力な高位アンデッドが現れたからです。
そのアンデッドはリヴァイアサンと呼ばれ、リッチーが現れた当初から存在が確認されていました。
リヴァイアサンの存在によって交易は断たれました。
交易が断たれて、長い年月が流れます。
そんなある日、リッチーが討伐されて、陸路が開放されました。
この勢いで航路も開放して欲しいのです。
今回リヴァイアサンを討伐するための隊を編成します。
その助力を乞うために貴方様に会いに来ました。
「……事情は解りました。ですが、お断りします」
そう答えてもステラは表情を変えなかった。
まるで断られると予期していたかのようだ。
「今は引退して隠居生活を送っていますし、狩りには出てますが、アンデッドの相手なんて全然していませんから剣の腕は大分鈍っています。とてもじゃないですが、お役に立てそうにありません」
「それは承知の上です。その上でお願い申し上げます。リッチーを討伐した貴方様が居るだけで士気は上がります」
「マスコットになる気もないので」
マスコットにするなら自分よりもアマテルの方が適任だろう。
見た目もいいし、ケルベロスを討伐した実績もある。
勝利の女神と謳っても問題ない。
まあ、アマテルを行かせる気はないけど。
「どうしても来てくれないのですか?」
「はい。力になれません」
「……そうですか。それは残念です」
残念とは言うが、やはり表情は変わらない。
気が変わったらと文句を付けて、場所やら日時を伝えられる。
それで用が済んだのか、そこからは雑談を交わす。
「ところで護衛のグレイス隊長が持っていた剣って……」
「気付きましたか。あれは貴方が王国に献上した魔剣です」
リッチー討伐の際に入手したドッペルゲンガーが持っていた悪魔の武具である剣。
あれはリッチー討伐の証として王国に献上したものだ。
その剣をステラの護衛部隊の隊長は持っていた。
「護衛するだけでしたら過ぎた武器かもしれませんが、今後のことを踏まえたらとの事らしいです」
それからは主にリッチー討伐の旅について聞かれた。
しばらくの間話して、区切りがついたところでステラは立ち上がって帰り支度を始める。
「討伐隊の件。期待してますよ」
「それはあまり期待しないで欲しいです」
「そうそう。実は貴方の所に来る前に別の方々に声を掛けて回ったのです。ここに来たのは最後なのですよ」
やけに含みがある言い方をする。
一体何を語るつもりだ。
「声を掛けた中に貴方の知り合いが居ました。ポニィさんやマイカさん。知ってますよね?」
当然知っている。
「お二人も当作戦に参加します。お二人共会いたがってましたよ、アマテルさんに」
アマテルにかい!
思わずツッコミそうになるも、二人はアマテルと仲がいいので会いたがるのも分かると納得した。
ステラはチラリとアマテルに視線を向ける。
「貴方も会いたいですよね?」
「はい。会いたいです」
反射的にアマテルはそう答えてしまう。
「だそうです」
こちらに視線を戻す。
口元を緩ませている。
わざとか。
「……討伐作戦に参加するかは別として、知人に会いに行くだけならいくらでも行きますよ」
「それで構いませんよ。でも、何があってもいいように装備の準備はしておいた方がいいですよ。道中何があるか分かりませんからね。……それでは私はこれで失礼します」
ステラは優雅に一礼して帰って行った。
リッチーがいなくなっても各地にアンデッドは存在している。
それに備えた方がいいだろう。
「すみません、勇者様。私のせいで行くことになってしまって」
「いいよ。二人に会いたかったし」
「そ、それは、どういった意味で……?」
「ん? そのままの意味だけど?」
二人が元気にしているか気になるし、マイカが来るのならレンダー達も来るのだろう。
久々に皆に会ってみたい気持ちはアマテルと一緒だ。
「マイカさんとポニィに……」
アマテルは何やら考え込む。
それから顔が間近に迫るまで勢いよく詰め寄ってきた。
「勇者様! お二人には想い人が居ますからね! 手を出したらダメですからね!」
「あっ、はい」
物凄い剣幕で言われるも、それは重々承知している。
「それよりも気になったのだけど、あのステラって人は何者なんだ?」
ふと思った疑問をアマテルを諌めながら尋ねると驚いた表情をされる。
相変わらずコロコロと表情を変える。
表情豊かな所が彼女の魅力の一つであるので、別にいいのだけど。
「ステラ様は第三王女ですよ。もしかして知らなかったのですか?」
「えっ! 王女!? 初耳なんだけど……」
「そう言えば、勇者様に王族の話を一度もしていませんでしたね」
「リッチーを討伐するのに必要ない情報だからな。わざわざ聞こうとも思わなかったし」
「ステラ様は王族では珍しく、各地を見て回っているそうです。行く先々で改革を行っているのですけど、権限がそれ程大きくないので、中には力及ばない時もあるそうです。それでも国民のために尽力してくれる素晴らしい方で、その行動力と親しみやすさから人気のある方でもあるのです」
「へー」
そんなスゴい人だったのか。
不用心な所はあったが、それもあって親しみやすく国民に好かれているのだろうな。
何はともあれ、リヴァイアサンが現れるという南の海に最も近い港町に行くことに決まったのだった。
ー4ー
道中何があるか分からない。
そう言われて装備を整えて来たものの、特にトラブルもなく港町まで来れた。
港町には勇者候補や冒険者の姿が多く見受けられる。
彼らも第三王女に呼ばれたのだろう。
中にはリッチー討伐作戦で見掛けた顔もあった。
彼らに声を掛けてポニィとマイカの所在を確認する。
場所はすぐに判明したので、早速向かおうとしたらアマテルに止められた。
「勇者様……。ポニィ達に会いに行く前に少し見て回りませんか? その……二人きりで」
なんでも行きたい場所があるらしい。
そう言われて向かったのは、港。
港町なのだから港があるのは当然だ。
その港から海を眺める。
この世界の海は初めて見た。
「綺麗ですね……」
横に立つアマテルも海を眺める。
「私、海を見たのはこれが初めてなんです。本で読んだり話で聞いたりはしていましたが、本当に水しかなくて広くて、波が打っているのですね」
アマテルは感慨深げに水平線の彼方に視線を向ける。
そんな彼女の横顔を見つめる。
海は綺麗だ。
だけど、彼女も綺麗だ。
白い雲が点在する青い空の下、青い海を見つめる少女。
潮風が金色の髪をたなびかせ、曇りのない青空のような瞳が穏やかに波打つ海を見つめる。
美しい。
まるで絵画のような一場面だ。
目を奪われ、見惚れて、食い入るように見つめる。
こちらの視線に気付いたのか、アマテルは一瞬恥ずかしそうにするも、いつもみたい微笑んでくれた。
「どうする? 海に入ってみる?」
そう尋ねるとアマテルは首を横に振った。
「いえ。それよりもポニィとマイカさんに会いに行きましょうか」
「遠慮しなくてもいいのに。もしかして泳げない?」
「実は、そうなんです……」
「そっか。テルも泳げないんだ」
何気なしに言葉を返す。
「勇者様も泳げないのですか?」
そこで先の発言が失言だったと気付く。
「……」
「勇者様?」
「あっ、ごめん。ボーッとしてた。……泳げるよ。なんならテルに教えてあげるよ」
「本当ですか! でしたら……いえ、やっぱ止めておきます。水着は恥ずかしいので……」
「それは残念。ぜひ見てみたかったのに」
「もう勇者様ったら」
そこで会話は終わり、ポニィとマイカが泊まっているという宿へと向かう。
その間会話はなく、どこか気まずい空気が流れる。
先の会話でアマテルは察したのだろう。
『テルも泳げないんだ』
アマテルはその発言について深く追求してこなかったが、気付いているはずだ。
気付いた上で、敢えて触れてこない。
ルナ。
彼女も泳げなかった。
ルナとの思い出が去来する。
懐かしく、儚く、尊い思い出。
感傷に浸りたくも、抑え込む。
胸の内に仕舞い込み、感情に蓋をして自分を落ち着かせる。
これでいい。
これが正しい。
だけど、どんなに抑え込もうと、今回みたいに思い出が去来する時がある。
忘れたくても忘れられない。
忘れたいけど忘れたくない。
今の自分にとってルナはどんな存在なのだろうか。
ー5ー
「お待ちしておりました」
宿で出迎えてくれたのは、第三王女であるステラだった。
「お越し頂き感謝します」
「討伐作戦に参加するために来たわけじゃない。友人に会いに来ただけだ」
王女相手ではあるが、失礼な物言いになってしまう。
しかし、ステラは特に気にした様子はなく続けた。
「それは私に会いに来てくれたということですか? 嬉しいです」
「なんでそうなるっ?!」
「だって私と貴方はもう友人じゃないですか。それとも違うのですか?」
ステラは上目遣いで尋ねてきた。
思わずドキッとしてしまい、言葉が詰まる。
だけど、隣に立つアマテルに肘で小突かれて気を取り直す。
「……一度会っただけで友人とは、王女様は友人の敷居が低いのですね。さぞ友人が多い事でしょう」
一度会ったら友人とか、何だかマイカみたいだな。
「私にとって全ての国民は友人も同然です。それは貴方も勇者候補の方々も例外ではありません」
「普通そこは友人ではなく家族と言うべきところでは?」
そう言うとステラの表情が僅かに曇る。
「私にとって家族は父や兄弟のような碌でもない方々ですから。国民をそれと同一視するのは失礼ですよ」
「なるほど。家庭環境が……ん? 父って王様ですよね?」
「はい。そうです」
「兄弟って王子ですよね?」
「はい。そうです」
「……今の発言は忘れておきます」
王族が王族を馬鹿にする発言はどうなのだろうか。
「お気になさらなくてもいいですよ。私は嫌われ者ですから。お父様の耳に失言が入っても今更です」
「……」
なんとも反応に困る話だ。
「さて、勇者様は友人に会いに来たのでしたよね。引き止めてしまって申し訳ありませんでした。私はこれにて失礼します」
「あっ、はい。それじゃあ……」
「討伐作戦の参加は無理強いしませんので、ゆっくりご滞在ください。ただ、またお話できれば嬉しいです」
「話くらいならいくらでもしますよ。ここに滞在していても彼女の水着姿を見れそうにないので退屈ですから」
「ゆ、勇者様っ!? 何を言っているのですか!? ステラ様の前ですよ!」
慌てふためくアマテルの姿にステラは微笑む。
「大丈夫。王女様はこれくらい気にしないよ。なんたって友人だからな」
「はい、友人ですからね。お二人は仲がよろしいようで羨ましいです」
「ほら。王女様は気にしてないぞ」
「そういう問題ではなくて……!」
それからアマテルを宥めて、ステラは他にも挨拶があるとの事で去っていった。
「ところで勇者様。ステラ様に見惚れていませんでしたか?」
「そんな事ないよ」
「そうでしょうか。まあ、ステラ様は美しい方ですから見惚れてしまうのも仕方がないとは思いますけど、少しは自重してくださいね。ステラ様に失礼ですから」
「はい……」
なんで説教されているのだろうか。
「それよりもポニィ達の所に行かないとな」
色々あったせいか宿に来てから大分時間が経っていたが、ようやく目的を果たせる。
宿の主人にポニィの泊まる部屋を教えて貰い、部屋に向かうのだった。
ー6ー
「テル! ……と勇者」
所詮自分はアマテルのオマケではあるのだが、そこまで露骨に態度を変えられるとショックだ。
一応は苦楽を共にした仲間であるはずなのにな。
少し離れている間に好感度がリセットされてしまったのだろうか。
「テル達も討伐作戦に?」
「えっと……」
アマテルは困った顔でこちらを見て来た。
ポニィの態度を見る限り、ステラから説得を頼まれているわけではないようだ。
居心地が悪いので、とりあえず話題をずらす。
「……ポニィも王女様に声を掛けられたのか?」
「うん。そう」
「断ってよかったのに。レイヴンに反対されなかったのか?」
「された。けど、わかってくれた。あの人もがんばってるから、わたしも。わたしもがんばるって決めた」
ポニィの強気な態度を見てアマテルは驚く。
「何でしょうか。少し見ないうちに逞しくなりましたね」
自分も驚いた。
ポニィは旅の中で成長した。
そして、旅が終わった後も成長し続けている。
「そ、そんなことないよ……」
褒められることに慣れていないのかポニィは顔を赤くする。
「ところでマイカは? 同じ宿に泊まっているって聞いたのだけど」
「そっちの部屋。待ってて、準備するから」
ポニィは一度部屋に戻って身支度を整える。
「勇者様。どうするのですか?」
「どうするって何が?」
何について尋ねられているのか分かっているけど、敢えて聞き返す。
「討伐作戦です」
リヴァイアサン討伐作戦。
危険な旅を終えて、多額の報奨金を得たため、もう無理して危険を侵す必要はない。
だけど、ポニィはその危険な戦いに臨もうとしている。
まだ話は聞いていないがマイカ達も参加するだろう。
アマテルもきっと彼女らと共に戦いたいはずだ。
しかし、自分は反対だ。
アマテルの身が心配である。
彼女を危険に晒したくない。
今ならローゲンの気持ちが分かる。
アマテルだけ参加しないで欲しいと言っても彼女は聞かないだろう。
「……まだ時間はある。色々見聞きしてから決めても遅くない」
「そうですね……」
程なくしてポニィが部屋から出て来た。
「マイカの部屋はあっち」
そうしてマイカの泊まる部屋に向かった。
「あっ! やっぱキミも来たんだね」
「相変わらず元気そうで安心したよ」
「ふっふーん。元気があたしの取り柄だからね」
以前と変わらず元気なマイカに出迎えられる。
マイカに続いてレンダー、ニーナ、ダインも姿を現す。
「やあ、久し振り。また会えて嬉しいよ」
「久し振り。レンダーも元気そうで何よりだ」
とりあえず場所を移動して昼食にすることになった。
食事をしながらお互いの近況を報告する。
「最初は避けていた人もいたけど、今では仲良くやっているよ」
「へー。村でそんなふうに生活してるんだ。ポニィちゃんの方はどうなの? よく彼氏さんが許してくれたね」
「か、彼氏じゃないからっ……!」
「でも同棲してるんでしょ?」
「それは、そうだけど……そんなんじゃないから。今回については、約束したからだいじょぶ」
「約束? どんな?」
「内緒」
「えー。でも、まあいっか。仲がいいようだし。でもなあ、羨ましいなー。好きな人と同棲できて。あたしもしてみたいなー」
マイカの発言を受けて、アマテルは表情を曇らせる。
その表情を見て、やっぱ好かれていないのだろうなと思った。
「じゃあ、旅を辞める?」
レンダーがそう提案すると、マイカは頭を横に振る。
「ううん。旅はまだまだ楽しくなると思うからね。ここで辞めたらもったいないよ」
マイカは自分と違い、旅を続けている。
未開の地を切り拓く冒険者となって、そして新たなる栄光を求める勇者候補として。
高らかに宣言する彼女が眩しく見えた。
かつての自分もあんな感じだったのだろうか。
今となっては分からない。
食事を終えて、アマテル、ポニィ、マイカ、ニーナの女性陣は港町を見て回るようで別行動になった。
こっちも男性陣で港町を散策する。
ー7ー
「おや。貴方はたしか……勇者様の彼女さんのアマテルさんでしたね」
アマテル達は町中で偶然ステラに出会す。
護衛を付けておらず、不用心である。
家族に嫌わていると言っていたのを思い出し、それが護衛の兵達にも影響が出しているのかもしれないとアマテルは考えた。
「またお会いしましたね、ステラ様。お一人ですか?」
「はい。でもご心配なく、一人で行動するのは慣れていますから」
慣れの問題ではないと思う。
仮にも王族だ。
何かがあってからでは遅い。
アマテルはポニィに目配せすると、察してくれたポニィが同意するように頷く。
「あの、ステラ様。こんな事を言うのは差し出がましいかもしれませんが、よろしければ私達が同行しましょうか?」
アマテルの突然の提案にステラは目を瞬かせる。
「嬉しい申し出ですけど、ご迷惑でしょう。それに私は宿に戻るだけですからお気になさらずに」
王女であるステラに断られてはアマテルはそれ以上言えない。
それでもステラの身が心配だ。
「あっ、そーだ。あたし達と一緒に町を見て回りませんか?」
マイカからまさかの誘いを受けてステラは面食らう。
それもそうだろう、王女相手にしてこのように気軽に話し掛けられる者などいない。
「見て回る? 一緒に?」
「はい! もしかして忙しいの?」
「いえ……今日は宿に戻って休むだけです……」
「そっか! じゃあ決まりだね!」
マイカはステラの手を掴み、強引に引っ張る。
「えっ?! ちょっと……!?」
「いいからいいから」
「いいとかそういう問題ではなくて……」
ステラは視線を巡らせて助けを乞うも、アマテル達は呆気にとられて動けないでいた。
結局、マイカに強引に連れられてステラも一緒に町を見て回ることになる。
「すみません……」
マイカ以外の面子はステラに謝り通しである。
特に仲間であるニーナは一番申し訳なさそうにしていた。
「もう気にしないでください。それよりも楽しい思い出を作りましょう」
ステラも一緒になって市場を見て回る事となった。
「随分と安いですね。これで利益が出るのでしょうか? でも、全部この町で揃えているのでしたら可能かもしれませんね」
「これは質が悪くありませんか? おそらくですけど、直射日光と潮風のせいですね。店先ではなく、店の奥に置いた方がいいですよ」
「ほほう。これは面白い品ですね。この地域独特の品でしょうか。ですが、これだけですと地味ではないですか? 色を付けたり、絵を入れたりすれば良くなるのでは?」
「ふむふむ。機能性はいいようですけど、耐久性に難がありますね。使い方によってはすぐに壊れてしまいそうです」
アマテルはステラと一緒に行動して気付いた。
ステラの感性は独特だ。
見る視点、観点、角度と言うべきだろうか、それが普通の人と違う。
「あっ。見てください。水着がありますよ。アマテルさんは着ないのですか? 勇者様が見たがっていたじゃないですか」
「水着は恥ずかしいので……」
「勇者、水着見たがってたの?」
「はい……。泳ぎも教えるとも言ってました」
「ふーん、下心しかないね」
「やっぱそうなのでしょうか?」
「うん」
「でもテルちゃんはスタイルがいいから似合うんじゃない? 試着だけでもしてみれば?」
「む、無理ですよ!? だって布が少ないじゃないですか、下着とほぼ一緒ですし……」
「あはは、テルちゃんってこういうの慣れてないんだね。たまにはこういうのも着てアプローチしてみれば」
「……勇者様の好みのタイプは私とは違うので、アプローチしても意味ないと思います」
アマテルのその言葉に他の面々は固まる。
「……勇者が好きなのはテルだと思うよ」
「うん。あたしもそう思う」
「いえ、お気遣いは無用です」
「……テルは勇者の好みのタイプを知ってるの?」
「はい……。勇者様が好きなのは、銀色の髪の短めで瞳が黒くて、肌は白い。身長はこのくらい……そう、ニーナちゃんくらいです。それで性格は……」
「待って待って。なんかえらく具体的すぎるよ。もしかして好きな人が別にいるってこと?」
あまりにも具体的に語るので、マイカが勘繰る。
「いると思います」
「でも、一緒に暮らそうって言ったのは彼の方だよね?」
「はい」
「それなのに他の女性にうつつを抜かしてるの? お宅の勇者は女の敵なの?」
マイカはアマテルではなく、ポニィに尋ねる。
「否定はしない」
「ポニィ!? 違いますよ、マイカさん。勇者様はいい人ですし、優しいです。私の憧れでもあるんです。別に私を……私を選ばなくても、少しでも長く一緒に居られるのなら私はそれでいいんです」
「……テルちゃんって、ダメな男性がタイプなの?」
「わたしが世話しないとこの人はダメになっちゃうみたいな?」
「そう! そんな感じのやつ!」
「ち、違いますよ。そういう人がタイプというわけではなくて。あっ、でも……」
「でも?」
「いえ……これ以上は言えません」
「えーっ! せっかくここまで話したのに」
黙って話を聞いていたステラが一歩前に出る。
「アマテルさん。少し二人きりでお話できませんか?」
「話ですか? もちろん構いませんよ」
マイカ達と一旦離れて、アマテルはステラと二人きりになる。
そこでステラから色々と聞かれた。
話が一段落し、マイカ達の元に戻ろうとした時、アマテルの背後より手が伸びる。
「うっ……!?」
伸びてきた手はアマテルを拘束し、首に剣を当てられる。
「止めなさい!」
ステラは叫ぶ。
突然の出来事にアマテルは訳が分からずに混乱する。
「その手を離しなさい。彼女は私の友人です」
ステラがそう言うとアマテルの拘束は解かれて、背後にいた人物は離れる。
振り返ると、そこに居たのはステラの護衛部隊の隊長を務めていたグレイスだった。
「いやあ、すまない。我らが王女様が連れ出されているのを目にしてね。てっきり誘拐だと思ったんだ」
グレイスは抜き身であった剣を鞘に戻しながらおどけてみせる。
「ダメですよ、王女様。てっきり宿に戻っているかと思ったら、こんな所をウロウロしているとは。大人しくしていてください」
護衛であるのにステラを一人にしているくせに、どの口が言うのか。
アマテルが抗議をしようとしたら、ステラが目で制す。
事を荒立てたくないのだろう。
「私が……いえ、私達がステラ様を宿に無事に送り届けるのでご心配なく」
「あっそう? こちらとしては手間が省けてありがたいね。そいじゃ、任せるぜ」
グレイスは悪びれる様子もなく去って行った。
「戻りましょうか」
ふと、アマテルは剣が当てられた首に手を当てると血が付いていた。
刃が触れていた時に切ったのだろう。
幸いにして大した傷ではないので治癒の魔法で治すのは簡単だ。
それからマイカ達と合流してステラを宿まで送り届けるのだった。
ー8ー
港町の散策が終わり宿に戻ると、とある人物が待っていた。
ステラ。
こうして宿で出迎えられるのは二度目になる。
「話し相手をお探しですか?」
「探していたのは貴方です。少々事情が変わりまして、申し訳ないのですが討伐隊に参加して頂けませんか?」
「……」
「話だけでも聞いた方がいいですよ。貴方も無関係ではないのですから」
「……話を聞くだけですよ」
ロビーの隅に置かれた椅子に向かい合うように座る。
ひとまずはステラの話に黙って耳を傾けることにした。
リヴァイアサンの討伐はお父様の勅令なんです。
今までは口うるさい娘程度にしか思っていなかったのですが、情勢が変わりまして厄介払いをしたくなったのでしょう。
情勢が変わったのは王都だけではなく国全体です。
その原因は貴方。
お分かりかと思いますけど、リッチーの討伐。
かのアンデッドの王が討伐されたことにより、情勢が変わりました。
いえ、止まっていたものが動き出したのです。
貴方の行いを責めているわけではありません。
感謝しています。
私自身、今の王国はダメだと思っていました。
ずっと変えたいと行動してきました。
何か今までとは別の手段で王国を変えられないのか、そう悩んでいる時でのリッチーの討伐。
私はこれを好機だと考えました。
王国が改善するまたとない好機。
これを逃したら、今度は人の手で王国は滅びてしまいます。
しかし、お父様の勅命によって私はリヴァイアサンの討伐をしなくてはならない。
普段動きが遅いのに、こういう時だけ早いのは困ったものです。
今、信用できる者達が王国で動いています。
腐敗した王族と貴族を一掃するために。
そして、私が王位を継ぎます。
この国を変えてみせます。
その準備が整い、いつでも動ける段階です。
後は私が王都に帰還するだけです。
ですけど、王都にただ帰るだけではまだ足りないと私は考えています。
これまで各地を回って来ましたが、私は何も出来ませんでした。
所詮はお飾りの王女。
理想を口にするだけのお花畑でしかありません。
実績が必要なんです。
人々を求心するための力。
今回のリヴァイアサン討伐はうってつけではありませんか?
お父様は厄介払い、あわよくば命を落として欲しいと考えて私に勅命を下しました。
ですが、その行いが自らの首を絞める、首を落とされるとは夢にも思っていないでしょう。
「今回の討伐作戦には私も参加します。王国のために。国民のために。こればかりは絶対に失敗することが出来ません。ですから、どうか貴方の力を貸してください」
「……」
「卑怯だと思っていましたが、貴方がこの町に来るように誘導しました。討伐作戦に参加しなくても、この町に来れば気が変わるかもしれない。説得して討伐作戦に参加させようとも考えていました」
「それは薄々感じてましたのでいいです」
「実はここに来る前にも貴方を説得するための前準備をしていました」
「前準備?」
「はい。アマテルさんは討伐作戦に参加してくれると言ってくれました」
「……なるほど。そういうことですか。外堀から埋めるというわけですね。ですが、元よりアマテルは討伐作戦に参加するかどうか迷っていました。参加すること自体は驚きません」
「そのアマテルさんから貴方の話を聞かせて貰いました。今の貴方との生活に不満があると」
「……」
それはショックである。
本人の口から直接言われなかっただけでもマシだと言えようか。
「アマテルさんが言うには貴方の想い人が他にいるそうです。それなのに今の生活を続けていいのか悩んでました」
それはルナの事を言っているのだろう。
だけど、自分が好きなのはルナではなくアマテルだ。
それは間違いなく本当の気持ちである。
「それ以外にも不満を聞きました。一通り聞いた私個人の意見ですけど、貴方はアマテルさんに甘え過ぎです。彼女の優しさに甘えて、腑抜けています」
ぐうの音も出ない指摘だった。
「彼女は言ってました。かつての貴方はかっこよかったと。仲間に指示を出して、自らは前線に立って戦う姿は頼もしくかっこよかった」
今は旅に出ていないからしょうがなくない?
「今の貴方はどうでしょう? 一人悩んでウジウジして、いつまでも別の女性の事を考えていながら、アマテルさんに甘えている。討伐作戦にも参加するかどうかも決められない。情けないと思わないのですか?」
「……」
今の自分を言葉にすると、確かに情けない。
「ついでに言えば、水着を着てくれないとか文句を垂れる」
「それは冗談で言っただけですから」
「王女を前にして冗談ですか。随分といい度胸していますね」
「……友人ですからいいじゃないですか。友人同士なら冗談の一つや二つ言いますよ」
「そうですか。では、冗談ついでに私から一つ言っておきます。今の貴方はアマテルさんに有害でしかありません。早く別れた方が彼女のためですよ」
「……冗談ですよね?」
「さて、どうでしょうか」
どっちつかずの返事をされてしまい、溜め息をつく。
「……アマテルは色々と貴方に話しているようですね」
「はい。親友ですので」
「親友って……まあいいでしょう。自分からも王女様に話を、相談があるのですけどいいですか?」
「いいでしょう。何でも話してください。貴方は友人ですからね。話ならいくらでも聞いてあげます」
なぜだか友人の部分を強調して言われた。
「では話します。友人として奇譚のない意見をお願いします」
これは負い目なんです。
彼女を救えなかった負い目。
それがずっと心に引っ掛かっている。
あの時、自分は彼女を見捨てた。
自分が選択することで最終的に彼女が死ぬことは分かっていた。
それでも自分はそれを選んだ。
選んだという言い方は適切ではないですね。
その時も選んでもらったんです、彼女に。
彼女が自らの命を差し出したのです。
心底ホッとしたのを憶えています。
自分が選ばないで済んだ。
彼女が選んでくれた、彼女が選んだのならしょうがない、そうしよう。
最低ですよね。
最後の最後まで彼女に甘えてたんです。
その結果、彼女は死にました。
自分は逃げたんです。
彼女から、あの世界から、逃げたんです。
彼女は誰にも見届けることなく、一人で、孤独に命を落としたはずです。
あの寂しがり屋を一人にしてしまった。
強がっているだけで、本当は弱いのに見捨ててしまった。
それをずっと後悔している。
彼女のために、彼女が選んだことが間違っていないと、正しいと信じたいのに、後悔してはいけないはずなのに、後悔してる自分がいる。
他にやりようがあったのではないか、彼女を救う方法があったのではないか。
ずっとその事を考えているんです。
情けないというのは自分でも分かっています。
それでも考えずにはいられない。
彼女を救いたかった。
守ると約束したのに。
意志を託されたのに。
その全てを放棄してしまった。
過去に戻れないのは分かっています。
戻れないからこそ、負い目を感じずにはいられない。
そのせいでとは言いません。
これは自分の弱さ。
今の自分が情けないのは、その時から成長せずにいるからです。
「……奇譚のない意見を。貴方は私にそう言いました。では言いましょう」
ステラは一拍置いてから告げた。
「今度は私に甘える気ですか? 言っておきますけど、私は友人であろうと死ねと言います。今回の討伐作戦でもそうです。私は友人に命を懸けろ、死地に赴けと言いました。それが残酷な事であるのは理解してしております。その上で言います。命を懸けろと。王国のために命を捧げろと。死にたくなければ、勝てと。生きたければ、逃亡ではなく勝利を掴めと、私は言います」
そこまで語るとステラはこちらをジッと見つめた。
「……手厳しいですね」
「私は王女です。第三王女ではありますが、王位を継ぐ覚悟があります。人を、国民を率いる覚悟もあります。国を変えるために私は王になります。これは私にしか出来ない事ですから。その上で貴方にも言います。貴方にしか成せない事があります。逃げずにそれを成しなさい。貴方の選択が間違っていないと証明するために」
ステラはそこで言葉を切った。
今度はこっちが応える番だ。
「……ありがとうございます。結論はずっと前から出てました。ですけど、一歩踏み出せずに決められないでいました。ですがもう過去に囚われない。前に進みます。進んでみせます。自分にしか成せない事を成してみせます。自分も戦います。リヴァイアサンを必ずや倒してみせます」
決意を表明すると、ステラは口元を緩ませた。
「貴方の働きに期待しています、勇者様」
ー9ー
その日の夜。
疲れていたのだろうか。
いつもよりも早い時間に眠りについた。
そして、夢を見る。
彼女との夢だ。
「久し振りだな」
「……久し振り、ルナ。ずっと会いたかった」
「全く、お前は……ストーカーか? 毎日毎日、同じ時間に出歩くとか頭おかしいんじゃないか」
「そう、頭がおかしかったよ。でも、毎日ルナの事を想っていた。忘れたくなかったから。それと、もう一度ルナが召喚してくれるんじゃないかって妄想していた。それが馬鹿馬鹿しいと分かっていても辞められなかった」
「確かに馬鹿だ。大馬鹿だ。挙げ句の果てに神官の女に愛想を尽かされてしまいそうになるとはな」
「それはしょうがないよ。無様な姿を晒し続けていたから」
「ああ、無様だった。私だったら拳の一つや二つ叩き込んでいた」
ルナならやりかねない。
「すまない……」
「なぜ、お前が謝る」
「だってルナが死んだのは……」
「私が死んだのはお前のせいではない」
「守るって約束をしたのに」
「そうだったか? 憶えていないな」
「それに君を、一人にしてしまった」
「……そうだな。私は一人になってしまった。だからこそ一人の寂しさを知っている。お前は一人になるなよ。一緒に居てくれる人がいるんだから。その人を手放すな。離れるな。ずっと傍に寄り添って生きろ」
「ルナを苦しめて殺してしまったのに、自分だけ幸せに生きてもいいのかな……?」
「お前はホントに面倒くさいな。いいんだよ、好きに生きて。誰かが不幸だから、お前も不幸になる必要はない。それにな、私は別に不幸ではない。お前達がいて幸せだった。最期は一人だったかもしれないが、そのおかげで自分が幸せだったと気付けた」
ルナは微笑む。
優しく微笑む。
また甘えてしまう。
その優しさに。
「選択したことによる後悔、私に対する負い目、見捨てた罪悪感、様々な感情をお前は抱いているだろう。だけど、過去を悔いるのではなく、未来に繋げろ。彼女を守れ。もう二度と私と同じ思いをさせるな」
「……出来ると思うか?」
「出来る。お前は何かある度に私に言っただろ、前より強くなったと。それは今も変わっていない。お前はこれからも強くなれる。だから出来るはずだ」
「……ありがとう。実は不安だったんだ。ルナがそう言ってくれて心が軽くなった」
「そうやって他人の優しさに甘えているんだろ?」
「うっ……」
「元よりお前は甘えん坊だ。今更その性格が変わるとは思えない」
「甘えん坊なのはルナもだろ」
「お前ほどじゃない。まあ、相手に悪いと思っているのなら、お前のできることで報いればいい」
「そうだな……そうしてみる」
「……お前はもう私の従者ではない。勇者だ。勇者なら勇者らしくカッコいい所を彼女に見してやれ」
従者ではない。
その言葉を聞いて寂しくなるも、すぐに振り払った。
「言われずとも、そのつもりだ」
それを受けてルナは満足そうに頷く。
「さて、私はもう行く。これからどうするかはお前次第だ」
「また会えるかな?」
「所詮は夢だ。これもお前自身が都合のいいように見せている夢に過ぎない。夢に夢見るのではなく、現実に目を向けろ。たとえ現実が辛かろうとお前の味方は大勢いる。私もその一人だ。これまでも、これからも見守っている」
あの時と同様にまた会えるとは言ってくれなかった。
だけど、あの時と違い、胸の奥は温かい。
「じゃあな」
「ああ、じゃあな」
ルナは翻し、虚空の彼方へと消えていった。
もう二度と彼女の夢を見ることはないだろう。
そして、もう二度と彼女に夢を見ないだろう。
ー10ー
目覚めると、そこは港町の宿の一室だった。
部屋には自分一人。
懐かしい夢を見ていた。
もう迷わない。
進もう、前へ。
そう決意を新たにした。
「よし、行こうか」
身支度を整えて、部屋の外へと出る。
ロビーに下りるとまた彼女がいた。
「おはようございます、王女様」
「おはようございます、勇者様。昨日とは打って変わって晴れやかな顔をしていますね」
「悩みは残っていますけど、迷いはなくなりましたからね」
「何があったかは存じ上げませんが、やる気が十分のようで何よりです。昨日の頼りなさが嘘のようです。やはり貴方は王国の英雄、勇者なのですね」
「勇者なんて大層なものじゃないですよ。それよりも確認ですが、王女様が前線に出るのに変更は?」
「変更はありません。当初の予定通り貴方も参戦して、私はお飾りですが戦いに赴きます。戦いに於いて、一つ頼み事がありますがよろしいですか?」
「頼み事くらい構いませんよ。友人ですからね。出来る限り協力します」
「それは何より。ですけど、頼み事は聞いてから判断した方がいいですよ」
「無茶ぶりは慣れてますから気にしないでください。それで頼み事とは?」
「私にリヴァイアサン討伐の大役を任せて頂きたい。それに伴って貴方にはその道筋までの先導を頼みたいのです」
「それは……無謀では?」
「実戦は積んでおります。貴方の足下にも及びませんが、戦力になるのは保証します」
「攻撃魔法を扱えて、武器も扱えると?」
「はい。伊達に国内を見て回っておりません。道中の襲撃は日常茶飯事でしたから。こう見えて高位アンデッドを倒したことも何度もあるのですよ」
「分かりました。王女様、貴方の剣となって道を切り拓くことを約束します。その道の先で貴方が勝利と栄光を手にするところを見させてもらいます」
「特等席で見せて差し上げます。私は貴方の活躍に期待しております。貴方も期待しておいてください」
「はい。それで、前段階として王女様の実力、リヴァイアサンに関する情報、討伐作戦における方針を教えてください」
「そうですね。貴方にはまだ具体的な話をしておりませんでしたね。ですけど、その前に朝食にしましょうか」
アマテル、ポニィ、それからマイカ達と合流して朝食を取る。
なぜだかアマテルとステラを除く女性陣の視線が冷たい。
昨日の出掛けた際にアマテルから何か耳にしたんだろうな。
最近の自分の行いが悪かったのは事実なので、仕方ないなと無視していたら、突然マイカが口を開いた。
「キミって小さい子が好きなロリコンなの?」
思わず吹き出してしまった。
「えっ?! 何っ?! どうしてそうなるの?」
何か知っているであろうアマテルはオロオロしているし、ポニィとニーナは冷たい目で見てくるだけで要領を得ない。
ニーナに至っては自らの体を庇うように身を引かせていた。
三人から話を聞けそうにないので、一人平然としているステラに尋ねてみる。
「そのままの意味では?」
いや、分からないから。
結局、レンダーがマイカを叱ってその場を収めて終わった。
どうやら変な誤解があるようだ。
後でじっくり問い質そう。
それからステラに聞きたかった話をしてもらった。
ステラの実力。
リヴァイアサンの情報。
討伐作戦の概要。
情報は出揃った。
後は討伐作戦に備えるだけだ。
「勇者様。少しいいですか?」
討伐作戦は明日。
一度解散し、各々が準備に取り掛かっている。
「少し外を歩きませんか?」
そんな中、アマテルに誘われて海沿いを歩く。
「海はしょっぱいと聞きますけど、本当なんでしょうか?」
海を見ながらアマテルはそんなことを言う。
「試しに舐めてみる?」
「遠慮しておきます。なんだか勇者様にからかわれている気がするので」
「仕方ないよ。テルはからかいがいがあるから」
「意地悪する人は嫌いですよ」
足を止める。
アマテルは数歩進んでから振り返った。
「嫌いになった? 最近の頼りない姿を見て」
「いいえ。嫌いになんてなっていませんよ。ただ、不安にはなりました」
「そう。迷惑掛けたね」
「迷惑を掛けるのも掛けられるのも一人では出来ませんから。傍に思いやる相手が居るからこそ、出来ることなんですよ。だから勇者様は一人ではないです。私が居ますから」
波の音が鳴る。
海鳥の声が鳴く。
そして、心臓が高鳴った。
「テル。好きだ」
告白。
「ずっと好きだった。初めて会った時から、ずっと。」
アマテルは驚くも、すぐに笑みを零す。
「先に言われちゃいましたね。私も勇者様が好きだと言おうと思って連れ出しましたのに」
「なんだ……気が合うじゃないか」
「気が合いますよ。なんたって私と勇者様の相性はバッチリでお似合いらしいですから」
「お似合いって……どこ情報なの?」
「皆です。ポニィもマイカさんもステラ様も言ってくれました。村の皆もお似合いだと言ってくれて。おじ様は、勇者様になら私を任せられると言ってます」
「外堀から埋められている気がするのだけど」
「勇者様の誘いで二人で暮らししているのですよ。自然とそういう話になってしまうのは当然だと思います」
「そうだったな。本当は二人で暮らし始めてすぐに言おうと思っていたけど、遅くなっちゃった」
「本当ですよ。ずっと待ってました。でも、ようやくその言葉が聞けて嬉しいです」
「テル」
「はい」
「討伐作戦が終わって、村に戻って生活が軌道に乗り始めたら、結婚して欲しい」
「はい。喜んで。不束者ですが、よろしくお願いします」
今回も読んで頂きありがとうございました。
サブタイトルにある通り、今回の話は前編となります。
なので、後編に向けての前段階であり、静かな内容になっています。
今回の内容としては、ルナを殺してしまった事でウジウジと女々しくしていた主人公が気持ちを切り換えるものとなっています。
過去を切り捨てるのではなく、活かして。
そうして主人公はより良い未来にするべく歩み出し、最終的にはアマテルと婚約までしました。
さて、今回初登場しました第三王女のステラですが、彼女は別の外伝の話でも登場させようと考えておりますので、ぜひ覚えておいてもらえればと思います。
次回の話はいよいよ決戦となります。
楽しみにしておいてください。
また次回の話も読んで頂ければと思います。




