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20.青天の勇者


 ー1ー


 自分が地球に居られる時間は限られている。

 地球に召喚されてからそれなりに時間が経過していた。

 まもなく向こうの世界に戻される。

 戻る前にルナに伝えなければ、自分の想いを。


 心は決まった。

 決心はついた。


 ソファで項垂れているルナに声を掛けようとした矢先、ルナが顔を上げる。

 彼女の瞳には先程とは打って変わって強い意志が宿っていた。

 決意の色を帯びた綺麗な闇夜の瞳に見つめられ、思わず言葉が詰まる。


 「お前に話がある」


 言葉を掛けられないでいると、ソファから立ち上がったルナの方から話を切り出した。


 「向こうに戻ったら、お前はお前がやるべき事をやれ」


 やるべき事。

 向こうではリッチーを討伐するための旅をしており、その佳境である。

 前線基地にてリッチー討伐隊は編成され、討伐作戦は近い内に決行されるだろう。

 つまり、やるべき事とはリッチーを討伐しろという事だ。


 「それは……出来ない……」


 まだルナに伝えていない事があった。

 アマテルに聞いた話ではリッチーはルナと瓜二つ。

 リッチーこそがルナの共命者。

 それはつまり、リッチーを殺せばルナが死ぬのだ。

 だけど、自分は一度もリッチーの姿を見たことがない。

 アマテルも死神から話を聞いただけで確証があるわけではない。

 他人だと自分に言い聞かせて、ごまかしながら旅を続けていた。

 だが、もはや疑いようがない。

 リッチーこそが、ルナの共命者なのだ。

 それを伝えようとするが、ルナが遮るように告げる。


 「大丈夫だ。大丈夫だから心配するな」


 優しい声音だった。

 心が折れそうになる度に聞いた優しい声音だ。

 ルナの優しさに何度救われたか分からない。

 でも、今回は違う。

 今回は救いなどない。


 「大丈夫、なわけないだろ……。だって……だって……、リッチーを……」


 リッチーを殺したら、ルナは死んでしまう。


 「リッチーを殺したら私が死ぬとでも言いたいのか?」

 「……」

 「図星か? 相も変わらずお前は隠し事が下手だな」

 「……隠し事なんて、していない」

 「そうか。なら、果たせるな、旅の目的を」

 「それとこれとは話が別だ。リッチーは強い。ルナが、その……死ぬとか関係なく、倒せるかどうか分からないってだけだ」

 「分からない? 何を言っている。私がやれと言っているんだ。やれ。やるんだ。失敗は許さない。死ぬことは許さない。リッチーを倒し、本物の勇者になれ。お前が、王国を救う英雄になるんだ」

 「そんな事できない!」


 思わず叫ぶ。


 「たとえルナの命令でも、それは聞けない、それだけは聞けない! ……ああ、そうだよ、ルナの言う通りだよ。ルナの共命者はリッチーだ。実際にその姿を見たわけじゃない。だけど、死神から伝え聞いたアマテルからルナと瓜二つだと聞かされた。ただの偶然だと思ったよ。でも、今の状況が間違いなくそれを証明している。リッチー討伐隊が編成されたタイミングで聖女の登場。これじゃあまるで世界が……世界が、ルナを殺そうとしているようじゃないか……」

 「世界が私を殺すか、なかなか面白い表現をするな」

 「面白くない! ルナを殺す世界なんか面白くなんかない!」

 「それでもリッチーを倒し、王国を、世界を救え。それがお前のすべき事だ。果たすべき使命であり、やらなければならない事だ」

 「世界なんてどうでもいいっ! ルナが死ぬくらいなら、世界なんて滅べばいいっ!」


 怒鳴るように言い放つ。


 「そうか……。それがお前の答えというわけか」


 そしてルナは諭すように静かに告げる。


 「命令だ。世界を――」


 止めてくれ。

 言っちゃダメだ。

 それだけは言わないでくれ。


 「――世界を救って来い」


 主からの命令だ。

 それは逆らえない絶対のもの。

 従者は黙って主に従うべし。


 「……あ、あ……くっうっ……」


 歯を食いしばり、言葉を殺す。

 目から涙が出てくる。

 視界が霞む。

 ルナの姿がよく見えない。


 「泣くな。お前なら大丈夫、できる。いや、お前にしかできない。お前だからこそできるはずだ。お前にしか、託せない……」


 霞む世界に見えるルナは笑っていた。

 どうして笑っていられる。

 リッチーを殺したら、世界を救ったら、死ぬんだぞ。

 泣いている自分を慰めるようにルナは優しく抱きしめてくれた。


 「……お前には黙っていたが、実はな私は双子なんだ。顔がそっくりな姉妹がいるんだ」


 嘘だ。


 「だから、お前が危惧するような事は何もない」


 嘘だ。


 「思う存分やって来い」


 それだけ告げるとルナは体を離した。

 ルナが離れていく。

 それでも体には未練がましくルナの温もりが残っている。

 その温もりを逃がすまいと、自らの体を抱きしめた。

 その間も涙が止めどめもなく溢れる。


 「おあっ……わ……、わかっ、た。それなら……世界を……世界を救わないとな……」


 何を言っているのか分からない。

 だけどルナには届いたようで満足そうな顔をする。

 やるべき事はやったという感じだ。


 「そろそろ時間だな……」


 壁に掛けられた時計を見てルナが呟いた。


 「また、会えるよな……」

 「ああ」

 「きっと会えるよな」

 「ああ」


 会えるとは言ってくれない。


 「お前は長い夢を見ていた。夢はいつか必ず覚めるものだ。長い長い夢は終わり、目覚めの時が来た」


 視界が歪み始めた。

 目が覚めてしまう。

 夢が終わってしまう。


 「さよなら……ルナ」


 ああ、そういえば、ルナに想いを伝えていないままだった。


 夢を想うも、それは夢想になりて儚く消える。

 夢を見るのはこれが最後だ。

 さらば、愛しき故郷よ。

 さよなら、愛おしい主よ。


 夢想は終わりを迎え、これからは幻想の世界、その未来を歩む。




 ー2ー


 「……ローゲン。アマテルは?」


 一人テントで籠もって武器の手入れをしていたローゲンにアマテルの所在を尋ねる。

 どうやら召喚石をローゲンに預けていたようで、ここにアマテルの姿はなかった。


 「帰っていたのか。あの子は慰霊碑のある広場にいるはずだ」

 「そうか。ありがとう……」

 「待て」


 テントから出ようとすると、ローゲンに呼び止められる。


 「何かあったのか?」

 「……別に何も。ただ、長い夢を見ていただけだよ」


 そう言い残し、テントを後にした。

 目的地に向けて脇目も振らずに歩む。

 向かうのはアマテルの居る広場。


 やがて前線基地の外れにある慰霊碑のある広場に辿り着く。

 広場の入り口から見えるのは慰霊碑の前にいる神官服を着た少女の背中。

 膝をついて胸の前で両手を組み、祈りを捧げている。


 一歩。

 また一歩。

 少女の元へと歩み寄る。

 生い茂った緑の絨毯。

 その上を足が踏みしめると草が鳴く。

 草の声を聞き留めた少女が振り返る。


 「勇者様?」




 「テル。……話があるんだ」

 「どうしたのですか、改まって」

 「覚悟を決めたんだ」

 「覚悟ですか?」

 「リッチーを倒す。必ず、絶対に。世界のためではなく、君のために。テルのためにリッチーを倒す」


 決意を秘めた言葉をアマテルに伝える。


 「ありがとう……と言えばいいのでしょうか。なんだか、今の勇者様はとても辛そうに見えます。素直にお礼を言っていいのか迷ってしまいます」

 「……今まで心のどこかで、誰かがリッチーを倒してくれるだろうと思っていたんだ。わざわざ自分がやらなくても、誰かが代わりにやってくれる。そう思っていた。だけど、リッチーだけはこの手で決着をつけたい。この役目だけは他の誰にも譲れない」

 「勇者様の覚悟は嬉しいです。ですけど、本当によろしいのですか?」


 何について問われているのか、すぐに解った。


 「大丈夫だ。言っただろう、覚悟を決めたって。テルが心配するようなことは何もない」

 「……勇者様。何があったかは私は知りませんが、辛いのなら辛いと言ってもいいのですよ」


 アマテルには見透かされているようだ。

 気丈に振る舞っていたつもりなのだが伝わってしまうものなんだな。

 そういえば、夢の中でも隠し事が下手だと言われた。

 夢で見た情景が思い返される。

 切なさが胸に湧く。

 自分は長く夢を見ていた。

 故郷である地球、その日本を懐かしみ、夢を見た。

 夢なんだ。

 あれは夢だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 納得させる。

 これでいいんだ。

 いいはずだ。

 そう思えば思うほど、地球で過ごしてきた思い出が頭の中を駆け巡る。

 忘れられない。

 忘れることが出来ない、出来るはずがない。

 心の内より溢れ出る想いを抑えるだけでも精一杯だ。

 胸が苦しい。

 息が苦しい。

 闇夜を彩る銀色の思い出が体を蝕む。

 辛い……。

 苦しい……。

 胸を締めつけられるほどに苦しい。

 夢なんて覚めたら消える、儚い代物であるはずなのに。

 だけど、たとえ辛かろうと、もう後戻りは出来ない。


 「……テル」

 「はい」

 「辛い事も、苦しい事もあった。けれど、それを乗り越えて前に進みたい。リッチーを討伐し、テルと一緒に未来を歩みたい」

 「私も勇者様と一緒に居たいです。これからもずっと、ずっとずっとお傍に居たいです。旅が終わっても一緒に居て、一緒に……暮らしていきたいです……」

 「その言い方だと、なんだか告白みたいに聞こえるな」

 「……告白でしたら、勇者様はなんて返事してくれますか?」

 「そうだな……。素直に嬉しいと思ったよ。これからもテルと一緒に居られるのなら楽しい日々を送れそうだしね」

 「そうですか。よかった……。一緒にいるためにも、次の戦いは絶対に負けられませんね」

 「そうだ、負けられない。絶対に負けられない」




 ー3ー


 「アダチさん、頼みがある」


 今回の討伐隊の設立者であり責任者、さらに最強の勇者候補と謳われるアダチの元を訪ねる。


 「自分にリッチーの討伐を任せてもらいたい」

 「冗談を言うな。フランケンを倒したから調子に乗っているのか。お前もそれなりの力を身に付けているようだが、まだまだ未熟。リッチーを任せるには至らない」

 「なら、力を証明できれば構わないのだな」

 「それをどう証明する? 力の証明など簡単には出来まい」

 「ジェノサイド。奴を倒して力を証明してみせよう」


 それを聞いたアダチは驚く。


 「本気か?」

 「本気だ」

 「蛮勇……ではないか。その顔、倒す算段がついているようだな。だが、策を思いついてお前同様に挑んだ者をこれまで何度も見てきた。彼らは皆、帰って来なかった。それでもお前は挑むのか?」

 「挑む。あと、一応言っておくが、策を思いついたわけじゃない。ただ単に、正面からぶつかるだけだ」




 前線基地より少し離れた所にある切り立った崖。

 その上からジェノサイドの潜む森の中を見渡すことができる。

 幾人かがそこに陣取り、森の中の一人の人物を眺めていた。

 アダチとその仲間、アマテルとポニィにローゲン。

 マイカとレンダー、ニーナとダインもいる。

 他にも馬鹿なお調子者の話を聞きつけた連中がいた。


 「勇者様……」


 その中でアマテルは祈ることしかできなかった。




 この世界で一人になるのは珍しい。

 一人でいるよりも誰かと一緒に居る時間の方が遥かに長かった。

 けれど今自分は一人である。


 ジェノサイドの潜む森に一人で佇む。

 今立っているこの場所をジェノサイドが通るはずだ。

 それは今までの調査で調べがついていた。

 ここで待っていれば、あの虐殺の騎士は訪れる。

 その時を静かに待つ。


 そして、カチャリ、カチャリと金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 お出ましだ。

 昼間でも暗く感じる森。

 暗がりの奥より姿を現したのは黒金の鎧を纏った虐殺の騎士。

 ジェノサイド。

 獲物を見つけたジェノサイドはこちらに歩み寄る。


 「待っていたよ。お前は覚えているかは知らないが、会うのはこれで二回目だ。今日こそ、お前を超えてみせる」


 話しかけてもジェノサイドは何ら反応を示さない。

 何も言わず、話さず、語らず。

 ただ機械的に動くのみだった。


 「前回の雪辱を晴らす。今回だけは絶対に負けられない」


 ジェノサイドは足を止める。

 絶妙な間合いだ。

 踏み込まなければ剣は届かない。

 かと言って、逃げられる距離でもない。


 二度目の対峙。


 「ジェノサイド。一対一の真剣勝負だ」


 鞘より武器を抜き、構える。

 ジェノサイドも氷の大剣を出現させて臨戦態勢に入った。


 風と雷の加護を発動する。


 「多少ではあるが、武器に優劣があるのは勘弁してくれ。……行くぞ」


 正面からジェノサイドに斬りかかる。

 銀色の刃と氷の刃が交わろうとしたその瞬間、氷の大剣が砕け散った。

 魔女狩りは如何なる魔法も消し飛ばす。

 それはジェノサイドの魔法も例外ではない。

 ジェノサイドは氷の大剣が消えたのは予想外だったらしく、反応が遅れて動きが鈍る。

 武器を失い、無防備を晒したジェノサイドに追撃を仕掛けるべく、魔女狩りを振るった。

 黒金の鎧の表面に傷が走る。

 魔女狩りは加護の魔法も打ち消す。

 土と氷の加護によって鉄壁の守りを誇っていたジェノサイドに傷を付けた。

 それはジェノサイドがこの世界に出現して初めての出来事であった。


 「浅いかっ……」


 踏み込みが甘かったのもあるが、ジェノサイドが僅かに体を後退させていた。

 与えられたのは鎧にかすり傷程度だ。


 再度出現した氷の大剣が振り落とされるが、魔女狩りで防ぐ。

 氷の大剣は砕け散り、消え去る。

 二度目の出来事。

 これでジェノサイドも先の出来事が偶然ではないと気付いただろう。

 だが、気付いたからといっても、対応の手立てが即座に思い付くかは別問題だ。

 魔女狩りの力に気付かれただけで、攻撃の手を緩める理由にはならない。

 ジェノサイドは氷属性の魔法で武器を作り出し、土と氷属性の加護の魔法で絶対の防御力を誇る。

 所詮は魔法頼み。

 魔法を封じれば、ただの鉄塊の成り果てる。

 あとはひたすら攻めるのみ。

 ジェノサイドを狙う魔女狩りが鎧の表面を滑る。

 巧い。

 こちらからの攻撃を受けながらも、巧みな身のこなしで威力を逃がしている。

 加護の魔法を使わなくても十分に守りが堅い。

 さらに攻めるべく魔女狩りで畳みかけるも、追撃を嫌がったのかジェノサイドは後退を始める。

 しかし、ジェノサイドが半歩下がったかと思いきや、突如猛突進を仕掛けてきた。

 正面から黒金の鎧が衝突し、体が吹き飛ばされて地面に転がる。

 魔女狩りを警戒しているのか、ジェノサイドからの追撃は来なかった。

 即座に立ち上がり、魔女狩りを構え直す。

 加護の魔法を打ち消したからといって、あの鎧そのものは十分に脅威になりえる。

 気を付けないと。


 次もこちらから仕掛けようと踏み出そうとするも、先にジェノサイドが動き出す。

 手近にあった巨木を掴み、根っこごと引き抜いた。

 なんて馬鹿力だ。

 驚く暇もなく、その巨木を投げ飛ばしてきた。

 姿勢を下げると、頭上を巨木が通過していき、背後で地響きを上げながら土煙が舞う。

 ジェノサイドは別の巨木を掴み、振り上げる。

 巨木は魔法ではないから、魔女狩りで打ち消せない。

 躱すしかない。

 振り落とされた巨木が大地に激突し、土煙が巻き起こる。

 視界が悪い。

 遮られた視界の中では勇者補正を受けた右眼は無力。

 近付かない方がいいと判断して、一旦距離を取る。

 土煙の中からジェノサイドが出てくるのを警戒するも、姿を現さなかった。

 その代わりに金属を無理矢理引き剥がすような音が響いてくる。

 何をやっているんだ?

 警戒を強めたまま待機していると、土煙が晴れていく。

 その中に浮かぶ人影。

 間違いなくジェノサイドだ。

 ジェノサイドが天に向けて口を開き、その口に手を突っ込んでいた。

 さっきの金属を引き剥がす音はジェノサイドが自身の身に着けている兜、その口の部分を引き剥がしていた音だったのだ。

 露わになった口元からは生気も水気も一切感じない。

 全身を鎧で覆われていて忘れていたが、やはりアンデッドだった。

 それにしても、一体何をやっているんだ?

 ジェノサイドが口の奥より何か掴み、引っ張り出す。

 口より出てきたのは柄も刀身も漆黒の長剣。

 不気味な雰囲気が漂う漆黒の剣。

 ジェノサイドが武器を持っている。

 それだけでも驚きだが、奴の体内に剣が入っていたのも驚愕に値した。


 「驚いたな。そんな所に武器を隠していたのか」


 ジェノサイドの纏う雰囲気が変わる。

 今までと比べ物にならない程に威圧的だ。

 思わずたじろいでしまうも、持ち直す。

 大丈夫だ。

 自分の力を信じろ。

 そして、勝利を信じてくれるアマテルのためにも負けられない。

 負けるわけにはいかなかった。

 破壊の化身に比べたら虐殺の騎士など大した敵ではない。

 たとえ魔女狩りで消せない武器を持っても、加護の守りは消えた。

 勝てない相手ではない。

 倒せる敵だ。


 「ジェノサイド、お前の守りは消え去ったも同然。そして、お前は氷の大剣とは別の剣を手に持った。お互いがお互いを殺すことができる。ここからが本当の死闘。今日で終わらせてやる、長く語り継がれるジェノサイドの不敗にして最強の伝説を」


 大地を蹴り上げて、間合いを一気に詰める。

 魔女狩りの刃を漆黒の剣が受け止めた。

 分かってはいたが、漆黒の剣は消失しない。

 魔女狩りを振るい、何度も攻撃を仕掛けるも、どれも漆黒の剣によって防がれてしまう。

 激しい剣戟。

 金属と金属がぶつかり合う音が森の中を木霊させる。

 火花が飛び交い、死闘に花を咲かせた。

 花に眼を奪われないように注意しながら立ち回る。

 一瞬でも気を抜いたら命取りだ。

 魔力量も腕力も剣の技術もジェノサイドに分がある。

 しかし、ジェノサイドの魔法は完全に封じた。

 腕力と剣の技術の差は加護の魔法、それと右眼の力で埋める。

 動きを見極め、漆黒の剣を追いかける。

 加護の恩恵を受けて、追いつき、魔女狩りで弾く。

 弾いて、防ぎ、受け流す。

 隙を見逃さず、攻撃を仕掛ける。

 一歩も引かず、一歩も譲らず、ただ目の前の敵を倒すことだけに集中して魔女狩りを振り続けた。

 一進一退の攻防が繰り広げられる。

 互角の戦い。

 あのジェノサイドと互角に渡り合っている。

 強くなった。

 成長した。

 それだけではなく、仲間の期待。

 アマテルの願い。

 そして、夢に見た少女の望み。

 背負った想いが背中を押し、前に出してくれる。

 前に進める。

 歩める。

 立ち向かえる。

 振り返らず、目を逸らさずに、ただ前だけを見る。

 目の前に居るのは死を体現した虐殺の騎士。

 一度は敗北を味わい、絶望し、死を覚悟した強敵。

 あの頃は越えることが叶わなかった死地から脱出するための壁。

 越えられなかった壁をぶち壊すことができる。

 越えるのではなく、ぶち壊し、超えるのだ。

 ジェノサイドの力を凌駕し、伝説を超越しろ。

 そして、リッチーの元へと辿り着いてみせる。


 「お前はここで倒す! 倒してみせる! 絶対にっ、絶対にっ! 絶対に倒してやる!」


 気迫は十分。

 虐殺の騎士を倒すお膳立ては済んだ。

 後は攻撃を届けるのみ。


 「お前を倒してっ……! リッチーを……!」


 殺す。

 リッチーを殺す。

 それはある人物も一緒に死ぬことを意味していた。

 茜と榊は主を守るために武器を託してくれた。

 しかし、その武器を主を殺すための礎に使われる。

 この事を知ったら、二人はどう思うのか。

 たとえこれが主の願いだったとしても、許しはしないだろう。

 けれど、自分はこの道を選んだ。

 もう脇目は振らない。

 自分の決めた未来を突き進む。

 誰かの願いではなく、自分が決めた事だ。

 それを阻む者は誰が相手だろうと容赦はしない。


 「ジェノサイド。お前は最強だと呼ばれているが、お前よりも強い奴を知っている。そいつと比べたらお前など虫けら同然だ。世界は広い。少なくともお前が知っている世界の倍はある。いつまでもこんな辺境の地に引き籠もって子守りをしているお前は、もはや時代遅れな存在だ。引退の時が来た。さっさと死んで来世で人生をやり直せ!」


 渾身の一撃がジェノサイドを退かせる。

 ついに、ジェノサイドを圧した。

 魔女狩りの刃が漆黒の剣を追い越したのだ

 懐より取り出した神の矛の銃口が胸部を捉える。

 この隙が最後の突破口だ。

 引き金を引く。

 銃声が鳴り響き、ジェノサイドの胸部を銃弾が通過する。


 「悪いな。最初に言った通り武器に優劣があった。剣で決着をつけたかったが、お前にはまだ剣だけでは勝てない。このような結末になって申し訳ないが、次があるのなら正々堂々と戦おう」


 胸元の魔臓石が砕かれたジェノサイドは崩れ落ちる。

 ジェノサイドの肉体は灰になり、漆黒の剣と黒金の鎧だけが残された。




 「倒した……」


 ジェノサイドとの死闘を観ていた者達は呆気に取られた。

 初代リッチーが現れてから存在し続けた最強のアンデッドを討ち取ったのだ。

 今まで誰も成し遂げられなかった偉業を彼らは目の当たりにした。


 「倒した……」

 「あのジェノサイドを倒したぞ……」

 「なんだよ、アイツ……。何者なんだよ?」

 「スゲェよ、マジでスゲェよ!」


 歓声が湧き上がる。

 新たな英雄の誕生を称える声が絶えない。


 「最強の勇者候補……。年老いても呼ばれ続けてきたが、ついに最強と呼ぶにふさわしい者が現れたか。ようやく世代交代ができそうだ」


 アダチは自身が最強と呼ばれ続けることを憂いていた。

 いつまでも超える者が現れない。

 こんな老いぼれすら、誰も超えられない。

 これではいつまで経ってもリッチーを倒せない。

 だが、ついにジェノサイドを倒せる者が現れた。

 最強と呼ばれたアダチとその仲間達が挑んでも倒せなかった敵を、単身で倒してみせたのだ。

 最強のアンデッドを倒して、最強の勇者候補を超えた。

 彼ならリッチーを倒せるかもしれない。

 いや、倒せるはずだ。

 この場に居る者達、死んでいった者達の悲願を果たせる。

 それを確信させるのに、ジェノサイドの討伐は十分な成果だった。




 戦利品の一つである漆黒の剣を手に、仲間達と合流する。


 「スゴイね、キミ。まさか、あの黒いのを倒しちゃうなんて」

 「以前とは比べ物にならない程に強いね。もしかして、今まで実力を隠してた?」


 マイカやレンダーは驚いている。


 「お帰りなさい、勇者様。お見事な戦いでした」

 「ありがとう。情けない戦い方はできないから、頑張っちゃったよ」


 リッチー討伐のためにジェノサイドとの戦いは逃げたくなかった。

 そして、負けられなかった。

 勝利できたのは魔女狩りと神の矛のおかげであるが、武器が優れているだけでは勝てる相手ではない。

 自身の剣の腕がジェノサイドに近付くことができたのは喜ばしいことだ。

 だが、剣だけではジェノサイドを超えられなかった。

 そう判断したからこそのあの結末だ。


 「仲間の仇を取ってくれた。お前には本当に感謝している」


 前に出てきたローゲンが感謝を告げる。

 仲間の仇であるジェノサイドを倒したのだ。

 ローゲンが感謝するのは無理もない。


 「それでアダチさんはどこに?」

 「ここだ、ここに居る」


 人垣が割れて、アダチが姿を現す。


 「戦い、見させて貰ったぞ」

 「力は示した。これで文句はないよな」

 「ああ、約束は果たす。リッチーの相手はお前に任せる。あれを見せられて反対する者はいないだろう」


 これで先の約束通りに自分がリッチーの相手をする事に決定する。

 その決定に異を唱える者は誰一人としていない。

 ジェノサイドの討伐という偉業を成し遂げた者に対し、誰もがその実力を認めたのだった。




 ー4ー


 場所を討伐隊の本部として設営された大テントに移動する。

 大テントには多くの人が集まっていた。

 作戦会議が始まる。


 「本作戦の代表を務めるアダチだ。もう皆も耳にしていると思うが、最強のアンデッドと謳われていたジェノサイドが討伐された」


 アダチのその言葉に大テント内で歓声が湧く。

 歓声が収まるのを待ってからアダチは続ける。


 「皆の気持ちも分かる。俺も嬉しく思っている。此度の功労者に一言頼みたい」

 「えっ」


 指名されるも、話すことなんて何もないのだが。

 困惑する中、背中を押されて無理矢理前に出される。


 「えーっと……」


 周りの視線が自分に集まっている。

 残念ながら覚悟を決めるしかないようだ。


 「ジェノサイドは討伐した。だが、まだそれで終わりではない。リッチー。ジェノサイドの主であり、アンデッド共の親玉。まだそいつが残っている。リッチーを討伐しない限り、我々人類に安寧の時は訪れない」


 さっきまでの歓声が嘘のように静まり返っていた。


 「長く続いたリッチーとの因縁はまもなく終わりを迎えよう。我々人類の勝利によって幕を閉じる。必ずや、リッチーはこの手で仕留めてみせる!」


 再び歓声が巻き起こった。

 後はアダチに任せるべく下がる。


 「さて会議を始めよう。大まかな所はこれまでの話し合って決めた通りだ。だが、今回のジェノサイドの討伐によって配置をいくつか変える。まず俺とその連れ。俺達はケルベロスの相手をする。ジェノサイドとケルベロスの担当だった者達も城への侵入部隊に加わるように」

 「城内の構造は前回とは変わらない。全員、頭の中に叩き込んでおけ」

 「高位アンデッドが増えている可能性がある。そこは慌てることなく適切に対処していけば対応可能だ」

 「大天使と死神は遠距離から攻撃を仕掛けてくる注意しろ」

 「リッチーを相手取った時は容赦するな。殺さなければ、逆に殺される」

 「ここにいる連中は死ぬ気で戦っても殺される気など毛頭ない」

 「命知らずの馬鹿の集まりだからな」


 馬鹿だ。

 本当に自分は大馬鹿野郎だ。

 リッチーを殺す。

 そして世界を救う。

 それが主の命令だ。

 下された命令に抗おうともせずにリッチーを殺す。

 しかし、命令に反して世界を救う気などなく、ただアマテルのために戦う。

 主が命令を下す前、自分は迷っていた。

 アマテルのために主を殺すのか。

 主を助けるためにアマテルを殺すのか。

 二つの選択。

 どちらも選ぶ事ができない自分に対し、主は自らの命を差し出した。

 主の死なんか自分は望んでいない。

 しかし、心のどこかで安堵している自分がいた。

 主が命令するのなら仕方がない。

 彼女が死を選んでくれるのなら、自分はアマテルを救おう。

 自分の代わりに彼女が選んでくれた。

 救いたいのは世界でも、アマテルでもなく、自分の心だった。

 そう、自分が救われたい。

 主にもアマテルにも殺すとも、死んでくれとも言えない。

 嫌われるのが嫌だ。

 悪い人間だと思われたくない。

 二人に嫌われたくない。

 結局自分は我が身可愛さで選択することを避けていた。

 でも、これからは向かい合おう。

 逃げないで、自分の意志で選ぼう。

 そう心に決めたのだった。




 ー5ー


 会議が終わった頃には日が暮れていた。

 リッチー討伐作戦の決行は明朝。

 今夜はゆっくり休んでおきたい。

 休んでおいた方がいいのだが落ち着かない。

 気持ちが昂ぶっているのだろうか。

 明日は決戦なのだから、それはしょうがないか。


 横を歩くアマテルに視線を向ける。

 綺麗な横顔だ。

 思わず見惚れてしまう。

 思えば、旅の最中に何度も彼女の姿を追っていた。

 事あるごとに彼女の姿を眺めて、目が合うと優しく微笑んでくれた。

 そして、今も目が合う。


 「勇者様? どうしましたか?」

 「いや……ちょっとね。落ち着かないなと思っただけ」

 「作戦は明日ですからね。落ち着かないのはしょうがないですよ。私も何だか落ち着きません」

 「そう? 落ち着いているように見えるよ」

 「そうですか? 自分ではよく分かりませんけど、そう見えます?」

 「お祭りの時と比べると落ち着いて見えるよ」

 「あれは自分でもはしゃぎ過ぎたと思ってますけど……。でも、お祭りだったから仕方がないじゃないですか」


 アマテルは口を尖らせて不貞腐れてしまう。


 「ごめん。ちょっとからかい過ぎた」

 「次は許しませんからね」


 そう言ってアマテルは頬を膨らませる。

 可愛い。

 しかし、すぐに真剣な面持ちになる。


 「でも、明日で終わりなんですね……」


 終わり。

 そう思うと、どこか哀愁が漂う。

 寂しさと名残惜しさが入り混じった不思議な感じだ。


 「終わりじゃないよ。明日から始まるんだ」


 明日だ。

 明日で何もかもが終わる。

 勇者候補としての使命も。

 アマテルの願いも。

 夢で見た少女への想いも。

 終わるんだ。

 そして、新しい日々が始まる。


 空を見上げると月が出ていた。

 綺麗だな……。

 そこで、ふと思い出す。

 いつもはこの時間は夢を見ていた事を。


 「テル。広場に行かない? 二人きりで話がしたい」

 「いいですよ。私も勇者様とお話がしたいので。だけど、夕飯までですよ。ポニィとおじ様が待っていますから」


 アマテルと共に、慰霊碑が置かれた広場へと向かった。




 「ルナを殺す」


 広場でアマテルと二人きりになるとそう宣言した。

 これは敢えて自分もアマテルも話題に出さなかったことだ。

 でも、逃げちゃダメだ。

 ちゃんと向き合わなければならない問題だ。


 「覚悟は出来ているのですね」

 「ああ。リッチーを殺せば、ルナは死ぬ」

 「勇者様はそれでよろしいのですか?」

 「いいとか、悪いとかそういう話じゃない。だけど、ここで決断しなければ一生後悔するのは確かだ。やると決めたらやるよ。それに、この役目だけは誰にも譲れない、自分の手で果たしたいんだ」

 「……覚悟が決まっていらっしゃるのでしたら私から言うことは何もありません。私は私が出来ることで勇者様のお手伝いをします」

 「お手伝いね……それは違うかな。テルの願いを叶えるためにここまで来たんだ。手伝うのはこっち。だってこれはテルの旅なんだから」

 「勇者様も間違っていますよ。この旅は私の旅ではなく、私達の旅ですよ。キッカケは私の願い、我が儘から始まった旅かもしれません。だけど、旅の中で色んなものを見て、出会い、経験し、成長し、皆が新しい夢を見つけました。私自身も復讐だけでなく、新しい夢を見つけました。勇者様もそうだと思いますよ」

 「……」


 この旅の中で自分が得たもの、それは何だろうか。


 「知ってますか? ポニィはこの旅が終わったら王都に行くそうです。誰かと約束があるからと。それを楽しそうに語っていました。あっ、この話をしたのはポニィには内緒ですよ」


 王都に行きたい。

 王都とは地球でいうところの首都みたいなものだ。

 王国の中枢である。

 ポニィは出会った頃、生まれ故郷の小さな村で暮らしていて、村から出ようとしていなかった。

 それなのに、今では王都に行きたいという。

 王都に何があるかは知らないが、そこにはポニィなりの理由があるのだろう。


 「おじ様はさすがに引退するそうです。おば様の待つ家に帰ってひっそりと余生を送ると仰っておりました」


 一度は引退したのに、アマテルが心配でわざわざ冒険者に復帰してまで旅に同行した。

 それなのに引退するのは、アマテルが成長しもう一緒にいる必要がないと判断したからだろう。

 それを本人に尋ねても「歳だから」と言いそうだがそんなわけがない。


 「それじゃあ、この四人で旅をするのは、次が最後になるのか」

 「まだ帰り道がありますよ。次が最後ではないです。それでも、近い内に解散するのは間違いないですね」

 「それで、テルはこの旅が終わったらどうするんだ?」

 「私ですか?」

 「うん。テルも新しい夢や目標とか見つかったって言っていたから」

 「はい、見つかりましたよ。でもそれは、一人では出来ないことです」

 「手伝おうか?」

 「うーん、それは嬉しいですけど、手伝えるものとは少し違う気がしますね」

 「でも、一人じゃ出来ないのだろ?」

 「そうですね、二人で協力すると表現するのが正しいのかもしれませんね」

 「それって手伝うと大差ないんじゃないの?」

 「違いますよ。全然違います」

 「ふーん。それで結局何がしたいわけ?」

 「それは内緒です」

 「内緒なの?」

 「はい、内緒です。あっ、でも、勇者様の夢を教えてくれたら、教えてもいいかなと思います」

 「夢か……」


 夢。

 寝て見る夢ではない。

 将来の夢というやつだ。

 自分の抱く夢とはなんだろうか。

 そもそも、今まで何を夢見て旅をしていた。

 過去を振り返るも出てくる答えは、アマテルのため。

 彼女が望むから旅をしていた。


 「今まではアマテルのために旅を続けて来たけど。その後についてか……」

 「……実を言いますと、もう復讐なんてどうでもいいのですよ」

 「えっ? そうなのっ!?」


 思いがけない告白に驚いてしまう。


 「最初は両親の仇を取りたいと意気込み、リッチー討伐の旅に出ました。けれど、いつしか勇者様と一緒に居られるのならば、リッチーを倒せなくてもいいと思うようになってしまったのです。勇者様が居て、ポニィが居て、おじ様が居て、こんな旅がいつまでも続いてほしいなって。……ですから、勇者様が望むのなら、旅はここで終わりにしてもいいと考えています」

 「それは……」


 言葉が詰まる。


 「続けますよね。最後まで。私がここで旅を終わりにして帰りましょうと言ってもそれは変わらないと思います。それとも勇者様は大人しくそれに従ってくれますか?」


 従わない。


 「私のために旅をしているのなら、復讐なんてどうでもよくなって勇者様の身を案じる私のために旅を辞めてくれますか?」


 辞めない。


 「意地悪なこと聞いてすみません。でも、今更私が何を言っても勇者様はこの旅を最後までやり遂げるでしょう」

 「よく分かっているな」

 「はい。それはもう、勇者様をずっと見てましたから」

 「それは……どうも……」

 「勇者様。この旅を終えたら、その先どうするか。考えておいて下さい」

 「うん……」

 「宿題ですからね。いいですね」

 「はい……」


 厄介な宿題を出されたな。

 でも、考えておかないとな。



 経緯は人によって違えど、最後に決めるのは結局自分だ。

 たとえ納得出来ていなくても決めたのは自分。

 この前線基地に居る連中も自らが選択し、今ここに居る。

 己の意志で旅に出て、ここに立っている。

 自分を中心に巻き起こる物語。

 誰もが自分の物語の主役なのだ。




 かつて見た夢を思い出す。

 ルナは仲間に囲まれ、笑い合っていた日常。

 いつまでもこんな日々が続くと信じていた。

 けれど、幸せな日常はある日を境に終わりを告げる。

 いつでもいい、そのうち、今度、後で……先送りにするのは簡単だ。

 だけど、日常は永遠のものではなく、ある日突然終わるものである。

 先送りにしてはいけない。

 先延ばしにしてはいけない。

 伝えられる時に伝えなくては。


 「この旅の先で何をするか。具体的に何をしたいかは出てこないけど、これだけは言える。平和が訪れたこの世界でテルと一緒に過ごしたい」


 プロポーズみたいな台詞になっている。

 まだ旅が終わっていないのに誤解されるようなことは言いたくなかったのだが。

 でも、アマテルと一緒に居たいのは本心だ。


 「……」


 アマテルは固まっている。

 動かない。


 「ごめん。変な事を言って」

 「いえ……。ただ、嬉しかったのです。私もずっと一緒に居たいです」


 そう告げたアマテルの顔は紅かった。

 その顔は可愛らしいが、先の言葉のせいで気恥ずかしさがあり、思わず顔を背けてしまう。


 「……戻ろうか」

 「そうですね。ポニィとおじ様が待っていますし」


 広場を後にして、ポニィとローゲンと合流する。

 それから四人で夕飯を食べてテントへと戻った。

 ポニィとローゲンがそれぞれのテントに入ると、アマテルに呼び止められる。


 「勇者様、明日に備えてゆっくり休んでくださいね」


 何事かと思ったが、ただのお休みの挨拶だった。


 「ああ。テルもゆっくり休んでくれ。それじゃあ、また明日」

 「はい。また明日」


 別れてそれぞれのテントに向かう。


 「勇者様!」


 別れたばかりのアマテルに呼ばれて振り返る。

 近くまで駆け寄ってきたアマテルが両手で頬を包み、自らの元へと手繰り寄せる。

 お互いの唇が触れ合う。

 触れ合ったのは一瞬だった。

 アマテルはすぐに離れる。


 「おやすみなさい、勇者様」


 アマテルは何事もなかったかのように自らのテントに戻ってゆく。

 その間、呆然と立ち尽くす。

 ゆっくり休めと言っておきながら、こんな事をされたら眠れないじゃないか。




 ー6ー


 いよいよリッチー討伐作戦が始まる。

 各々が配置に付き、その時を待つ。


 「勇者様、緊張はしていませんか?」


 横に居るアマテルが声を掛けてきた。


 「緊張とは少し違うかな。何というか、落ち着かなくて……」

 「それをキンチョーって言うんだよー。あはは、やっぱキミはおもしろいねー」


 アマテルとは反対側に立つマイカに笑われてしまう。


 「はい、深呼吸、深呼吸」


 笑いながら、深呼吸をするようにと促されてしまう。

 マイカに促されるまま深呼吸を試みる。

 深呼吸をしている間、アマテルが背中を優しくさすってくれた。

 温かい。

 心が温まり、震えていた気持ちが落ち着いた。


 「ふう……。ありがとう。もう大丈夫だ」


 お礼を告げるとアマテルの手が離れる。


 「いつもとフンイキがちがうね。なにかあった?」

 「……別に何も」

 「なにかあったんだね」


 何で分かった。

 誤魔化しているのになぜバレる。

 というか、最近似たようなことが頻発している気がする。

 女子相手に隠し事が出来なくて怖い。


 「それよりも気になっていたんだけど、テルちゃんは何を背負っているの」


 マイカの視線の先には、荷物を背負うアマテルの姿があった。


 「非常用の武器だ。使わないと思うけど、何があるか分からないから一応な」

 「ふーん。でも、荷物なら男の子のキミが持ったら?」

 「そうしたいけど、さすがにこれ以上は持てないから……」


 いつも使っている剣に魔女狩りを装備している。

 これだけでも結構な重量だが、これにさらに荷物が一つ増えると動きづらい。

 申し訳ないのは重々承知しているが、アマテルに荷物を持ってもらっている。


 「私は平気なので、勇者様は思う存分戦ってください」


 アマテルもこう言ってくれている。


 「優しいんだねー、テルちゃんは」


 ホント優しいよ、アマテルは。


 「あっ、聞こえてきたよ」


 マイカが最初に突撃したアダチが率いる陽動部隊の戦闘音に気が付いた。


 「始まったな」


 まずはアダチがケルベロスを引き付ける。

 しばらくの間、耳を傾けていると、戦闘音が徐々に動いていくのが確認出来た。

 陽動に成功したのだろう。


 「うん、これくらい離れればいいかな」


 マイカが自身の勇者補正でアダチとケルベロスの位置を確認する。


 「よし、行くぞ」


 城門へと向かう。

 後ろから仲間達もついて来る。

 討伐隊のメンバーも一緒だ。

 城門にはケルベロスの姿が見当たらない。

 その代わりにスケルトンの群れがひしめき合っていた。

 鎧を着たスケルトン。

 剣や槍、斧や弓矢や盾を手に持っている。

 中には杖を手にしているスケルトンもいた。

 魔法の使い手、厄介だ。

 厄介ではあるが、魔女狩りの前では無力に等しい。


 「ここは俺らが引き受ける! アンタらは先に行ってくれ!」


 とある勇者候補の男が先に行くように促す。

 それは予め決めていた事だ、言われるまでもない。

 先に行こうとするが、鎧を着たスケルトン、スケルトンナイトの一団が立ち塞がる。

 スケルトンナイトの後ろには杖を持つスケルトンメイジが控えていた。

 剣と盾を持ち、鎧で身を固めたスケルトンナイトが前衛となり攻撃を妨げて、後衛のスケルトンメイジが魔法を放つ。

 オーソドックスな戦法。

 シンプルだが、あの陣形を崩すのは面倒だ。


 「正面から行く。魔法攻撃に備えろ!」


 スケルトンメイジ達が様々な魔法を放つ。

 自分に向かってくる魔法を魔女狩りで全て消し去る。

 周りでも各々が魔法を防ぐ。

 さらに前進してスケルトンナイトの一団と衝突する。

 魔女狩りで剣を持つ腕の手首を斬り落とす。

 すかさず追撃を仕掛ける。

 スケルトンナイトは盾で防ごうとするが、遅い。

 鎧の一部を斬り飛ばし、露わになった魔臓石を貫く。


 魔女狩りは魔法を消し飛ばせるだけでなく、その鋭利さだけとっても優秀な刀である。

 他に類を見ない切れ味で鉄の鎧を斬っても、刃こぼれをしない。

 武器としては優秀すぎる。

 欠点があるとすれば、自分の周りに展開する守護の魔法も消し飛ばしてしまう事だ。

 それと武器に直接影響を及ぼす魔法、属性を付与する魔法も消し飛ばしてしまうので使えない。

 一応、魔女狩りを鞘に納めれば守護の魔法を使えるし、付与の魔法はそれほど重宝するものではないので特に困らない。

 魔女狩りと守護の魔法を同時に扱えない程度のデメリット。

 状況によって使い分ければいいだけの話である。


 別のスケルトンナイトが襲い来るが、横合いからローゲンが突撃して押し倒す。


 「ローゲン、ここは任せる。魔法使いはこっちで始末する」


 スケルトンメイジを相手にするのは、魔女狩りを持つ自分の方がいいと判断する。

 崩れ始めたスケルトンナイトの陣形を通り抜けてスケルトンメイジに斬りかかった。

 案の定、接近する自分に向けてスケルトンメイジは魔法を放つ。

 その全ては魔女狩りによって消し飛ばされる。

 少しでも手元が狂えば魔法の餌食になるが、そこは勇者補正のおかげで放たれた魔法を的確に捉えて全てを消し飛ばす。

 難なく距離を詰めてスケルトンメイジを次々と屠っていく。

 近場にいたスケルトンメイジをあらかた葬り去り、スケルトンナイトの相手をする仲間達の方を見やる。

 スケルトンナイトはまだ結構の数がいた。

 鎧を着ているため、魔臓石を簡単に壊せないので苦戦しているようだ。

 それでも、ここで立ち止まるわけにはいかない。


 「道は開けた! ついて来れる者はついて来い!」


 声に反応したローゲンが相手にしていたスケルトンナイトを突き飛ばす。

 トドメは刺さずにこちらに向けて駆ける。

 その後ろからアマテルとポニィが続く。

 マイカや他にも幾人かがスケルトンナイトを後続に任せて突き進む。


 「勇者様!」

 「揃ったな。進むぞ」


 アマテル達が来るのを待ってから先に進む。

 城内にも警備兵と思しきスケルトンナイトが幾体もいた。

 通り抜けられるのなら戦わずに通り過ぎる。

 後続に相手を任せて戦闘を必要最低限に抑えて、城の中を突き進む。

 外観から廃れたイメージがあったが、城内は意外にも綺麗だった。

 深紅の絨毯が道を作り、表面を磨かれた大理石がまるで鏡のように光を反射し、通路の至る所に調度品が飾られている。

 人間の王様が住むお城といわれても違和感がない。

 まあ、リッチーは人間なんだけど……。

 他に気付いたのは、城にいるアンデッドは全てスケルトンだという事だ。

 肉やら臓腑やらが腐ったゾンビの姿は見かけない。

 ゾンビがいないから汚れない。

 だが、城内が綺麗なのはそれだけが理由ではないだろう。

 遭遇するスケルトンの中に執事服やメイド服を着たスケルトンがいた。

 メイド服を着たスケルトンはシュールだが、今はどうでもいい。

 あの執事とメイドが城内を掃除しているのだろう。

 主のために。

 リッチーのために。

 たった一人の人間のためにアンデッド達が磨き上げた城。

 この城はアンデッドによる芸術品の一つだ。

 芸術には疎いが、綺麗なのは分かる。

 もっとも、今日はこの芸術を壊しに来たわけであるのだが。

 城主であるリッチーを殺すのだ。

 リッチーが死ねば、この城も死ぬ。

 それが道理である。



 大扉を抜けると中庭に出た。

 丁寧に敷き詰められた石畳で造られた通路。

 通路の脇には彩り豊かな花々が華やかに咲き誇っている。

 さらに奥へと進みたかったが、行く手を阻む二人の姿を視界に捉えた。

 その者達を前にして、足を止める。

 花吹雪が舞う中庭に立つ天使と悪魔。


 「死神……」


 立ちはだかるのは、かつて出会ったアンデッド、死神。

 中折れ帽子を被り、ロングコートを着たスケルトンであり、悪魔……元悪魔である。

 さらにその隣に立つ天使。

 背に純白の翼を生やし、頭上に光の輪っかが浮いているスケルトン。

 スケルトンであることを除けば、本物の天使のような出で立ちをしている。

 あれがリッチーが天国より呼び出した天使だろう。

 なぜなら、豪華な装飾が施された槍を手にしていたからだ。

 あれは神の遺物、ならばそれを持つ者は天使に違いない。


 「まさかこのような形で再び相まみえるとは。事情があるにしろ、困難な方を選ぶとは。まったくもって物好きな奴だ」


 こちらの姿を確認した死神が話し掛けてきた。


 「安心しろ、お前の頼みごとには応えるつもりだ。少し面倒になっただけで、やるべき事は変わらない」

 「少し面倒か……。俺の相手をするのに、少し面倒で済ますのか。その心意気は誉めたいところだが、愚かな選択は時として蛮勇に値する。俺はリッチーの従者だ、手を抜くことは出来ない」

 「上等だ。手加減は不要。殺す気でかかって来い」


 髑髏の顔からは上手く感情を読み取れないが、死神は不敵な笑みを浮かべているのが分かった。


 「そこの一行は俺が相手をする。お前は他の者の相手をしてやれ」


 死神は天使にそう告げて、背後の扉を開ける。


 「ついて来い。この先で決着をつけよう」


 そう言い残し、城の中へと消えていった。


 「聞いての通りだ。マイカ、ここは任せる」

 「気になることはあるけど……うん、わかった。任せてよ」


 先の会話を聞いて、やはり気になるのだろう。

 他の討伐隊の面々も困惑している。

 アンデッドと会話をしているのだ。

 不審がるのは当然だろう。

 しかし、今はそれどころじゃない。

 この場はマイカ達に任せて先に進む。


 「テル、ポニィ、ローゲン。行こう!」




 ー7ー


 巨木のような太い柱が連なって並ぶ広間。

 柱は一定間隔に並び、広間の隅まで埋め尽くす。

 まるで柱の森のようだ。

 広間の奥に上の階へ通ずる階段がある。

 外から見た城の広さを考えるに、あの先にリッチーが居るはずだ。


 「これくらいの広さがあれば暴れても問題ないだろう」


 死神は懐より悪魔の武具である拳銃を取り出す。


 「どちらが勝つにしろ、これが最後の会話になる。何か話しておきたい事はあるか?」

 「ない。今更話すことなどない」


 魔女狩りを構える。

 死神と話しても意味はない。

 全ては手遅れ。

 もっと早く知っていれば。

 もっと早く気付いていれば。

 何か手があったのかもしれない。

 どちらかの命を選ぶのでなく、両方の命を救えたのかもしれない。

 でも、知った時には、気付いた時にはもう手遅れだった。

 彼女との思い出も、彼女への想いも、醒めては消える儚い夢に過ぎない。

 夢など醒めれば忘れゆくものだ。

 覚えていられるのは一時。

 悲しみはいずれ消える。

 何もかもが消えるのだから、未練を抱くこともない。

 二度と見ることのない夢。

 もはや、それについて話したところで何の意味もない。


 「覚悟……とは違うか。何を抱いてここまで来たかは知らないが、わざわざ死にに来たわけではないようだ」

 「死ぬ気などない。殺す気はあるけどな」

 「フッ、面白い。ジェノサイドを屠ったのはお前だろ? どれ程強くなったのか、見せてもらうぞ」


 もうお互いに語ることはない。

 戦いにて、決着をつけるだけだ。


 「死神の攻撃は柱を使って凌げ。ローゲンとポニィは攻撃よりも防御に集中して、テルと一緒に援護を頼む」


 仲間達は頷く。

 攻撃は自分だけでやる。

 下手に手数を増やす程度では死神には通じない。

 手数を増やすよりも着実に追い詰める方がいい。


 駆け出すのと同時に仲間達が散らばる。

 自分は真っ直ぐと死神の元に向かう。

 死神は手近にあった柱の陰に隠れる。


 「突っ込むのはあの時と変わらないな。あの時は考え無しだったが、今回はどうだろうか」


 柱に辿り着き、回り込む。

 しかし、裏側に居るはずの死神の姿が見当たらない。

 背後から感じる突き刺すような殺気。

 振り返り、魔女狩りを振る。

 頭部を狙った銃弾を払い落とす。

 いや、払いはしたが、落ちはしなかった。

 魔女狩りの刀身に触れた銃弾が消え去ったのだ。

 前回戦った時に薄々気付いていたが、死神の持つ拳銃から放たれる銃弾は魔力で作られたものだ。

 なので、魔女狩りで消し去ることができる。


 「今のを防ぐか。面白い」


 いつの間にか背後に移動していた死神の攻撃を防ぐと、死神は次なる攻撃を仕掛ける。

 引き金を引き、銃弾を放つ。

 次々と放たれてくる銃弾をまた斬り払う。


 「魔力で作られた銃弾か。使用者本人の魔力を使っているのか、それともその拳銃に備わっている魔力なのかは分からないが、リロードなしに使える拳銃。それがその銃の力だ」


 魔力で作られた銃弾を撃つ拳銃、魔銃。


 「何度も見せていれば、さすがに気付くか。にしても、成長したな。以前のお前だったら、最初の一撃で死んでいたぞ」


 成長したのは間違いない。

 だけど、もっと力が欲しかった。

 後悔しない力があればよかったのに。


 「だが、手数が倍になったら、どうなるかな?」


 死神は魔銃を持っていない方の手を懐に入れて、もう一丁の魔銃を取り出してみせた。

 二つの銃口が向けられ、それぞれが咆哮を上げる。

 しかし、放たれた銃弾は現出した氷の壁によって阻まれた。

 数発の銃弾を受けて、氷の壁は崩れ去る。

 防御の体をなさなくなったが、崩れ去った時には柱の陰に身を潜めることができた。


 「氷の壁か。いい仲間をもったな」


 柱の陰に隠れたのはいいが、どうする?

 右から行くか、左から行くか、それとも待ち伏せをするか。

 死神の意表をつくには……。

 体を回し、柱に向かって立つ。

 そして、神の矛を取り出して構える。

 柱の向こう側に死神がいるであろう場所に向けて……。


 「勇者様! 右側です!」


 言われてすぐに視線よりも早く神の矛を右側に向けた。

 引き金を引いた瞬間、神の矛が弾け飛ぶ。

 神の矛はバラバラに砕けて、床に散乱する。

 死神が神の矛をピンポイントに狙い撃ったのだ。

 神の矛は壊されてしまったが、壊される前に放った一撃が死神の持つ魔銃の一つを貫く。

 失った代償は大きいが、死神の魔銃を一つを潰せた。

 死神はまだ魔銃を一丁残しているが、この一撃は大きい。


 右手から血が滴る。

 血で濡れる手で魔女狩りを握りしめて、続いてくる銃弾を防ぐ。


 「お前が銃を持っていたのは予想外だったな。しかし、扱いが下手だ。剣の方が向いているのではないか?」


 そんな事いちいち言われなくても分かってる。


 「こっちだ!」


 死神の背後よりローゲンが剣を突き刺す。

 しかし、死神はそれを難なく躱した。

 ローゲンの奇襲は失敗に終わるも、それはわざとだ。

 声を出しながらの攻撃で死神がローゲンに気を取られている間に、一気に詰め寄る。


 「ローゲン!」

 「一気に攻めるぞ!」


 二人がかりで斬りかかる。

 剣と刀が反撃を許さずに死神を襲う。

 間を置かずに、次々と攻め立てる。

 死神はそれを躱し、魔銃でいなす。

 二人がかりで攻めるも届かない。

 姿勢を下げた死神はローゲンに足払いを掛けて転倒させる。


 「ぐっ……!」


 ローゲンが倒れるも、一人で攻め続ける。

 だが、一人になるとどうしたって隙が生じる。

 二人なら互いでカバーし合えたが、一人になるとそれが出来ない。


 至近距離から魔銃が火を噴く。

 牽制だ、この角度では当たらない。

 刀と拳銃がぶつかり合う。

 斬撃と銃撃。

 刃と銃弾。

 どちらの攻撃も相手に届く距離なのに、どちらも届いていない。

 紙一重に躱し、いなし、弾き、防ぐ。

 一瞬でも気を緩めれば、死ぬ。

 死神の動きに合わせて右眼が追い掛ける。

 何一つ見落とすな。

 相手を見失うな。

 捉え続けろ。

 眼を極限まで見開き、際限なく加護の魔法を行使する。

 自分が出せる最大限の力をぶつけるのだ。


 死神の手首を狙い、斬り落とすべく魔女狩りを振るう。

 捉えたかと思えた一撃だったが、死神は魔銃を手放し軽くなった腕が魔女狩りを避ける。

 それでもめげずに次なる攻撃を仕掛ける。

 魔女狩りで再び狙う。

 しかし、魔女狩りを振る前に死神は自身が落とした魔銃を蹴り飛ばした。


 「ごふっ!?」


 ものの見事に顔面に命中する。

 鉄塊をもろに顔面で受け止めて、転倒してしまう。

 死神は蹴り飛ばした魔銃を掴み、撃とうとしたが盾を構えて体当たりするローゲンによって押し飛ばされる。

 床に転がるも上手く受け身を取った死神は片膝をつく。


 「ここまで邪魔をされると、さすがに目障りだな」


 死神は立ち上がろうとしたが、それは出来なかった。

 床は凍り付き、死神を地面に繋ぎ止める。

 ポニィの魔法だ。


 「くっ……、ならば、お前だけでもっ!」


 銃口をこちらに向けられる。

 その時、聖なる光が魔銃を持つ死神の手を包み込む。

 光に包まれた右手は崩れ去り、支えを失った魔銃が地面に落ちる。


 「死神……。お前はここで終わりだ」


 立ち上がり、魔女狩りを掴む。

 死神は失った右腕を呆然と見つめたまま動かない。


 「……見事な連携であった」

 「そうか……じゃあな」


 魔女狩りを振りかぶった瞬間、死神の姿が消え去った。




 ー8ー


 身動きを封じた死神にトドメを刺そうとした瞬間、死神の姿が消えた。


 「消え……ぐふっ!」


 背後より蹴り飛ばされて床の上を転がる。


 「見事だ。本当に見事であったよ」


 蹴り飛ばしたのは死神。

 死神は残る左手で魔銃を拾い上げる。


 「しかし、まだまだ俺の方が上手だ」


 立ち上がり、睨みつけながら魔女狩りを構え直す。


 「何をした?」

 「簡単なことだ。勇者補正。当然ながら俺にもそれが備わっている」

 「今まで力を隠していたのか」

 「隠していたつもりはない。ただ、使う必要がなかっただけだ」


 斬りかかるも、再び死神は姿を消す。


 「空間を跳躍する。それが俺の勇者補正だ」


 離れた場所より死神の声が響く。

 そちらに視線を向けると、さらに驚くべき光景があった。


 「お前なら知っているだろう。この世界と地球を行き来しているのだからな」


 死神を中心に魔法陣が展開される。

 その魔法陣には見覚えがあった。

 召喚の魔法。

 死神はそれを発動する。


 「さて、久し振りの召喚だ。……姿を現せ! エンマダイオウ!」


 青白い炎が撒き散らされる。

 魔力の奔流と共に現れたのは、青白い炎を纏いし黒馬。

 炎馬大凰。

 死神はその漆黒の体躯に跨がる。


 「炎馬大凰。これが俺が契約を結ぶモンスターだ」


 そう告げると、炎馬大凰の背より青白い炎が上がり、翼となった。


 「勇者様、どうしましょう……」


 アマテルは不安がる。

 倒せたと思っていたのに倒せなかった。

 それだけでなく力をまだ隠していた。

 不安になるのも当然と言えよう。


 「相手がどんなに強かろうとそれを超えればいい。一人で超えられないのなら仲間と一緒に。そうやって今まで戦ってきた。それはこの場においても変わらない」


 アマテルだけでなくポニィにもローゲンにも伝える。


 「だからもう一度だ。さっきはギリギリまで追い詰めた。もう一度やる。全員で倒すぞ!」


 それだけ伝えると死神を見据える。


 「そうでしたね。すみません、勇者様。少し弱気になってました」

 「わたしもやる。がんばる。負けない」

 「ああ、そうだとも。一人で出来ないのなら全員でやるまでだ」


 仲間達がそれに続く。


 「ポニィ。君の魔法が要になる。頼りにしているよ」

 「はい!」


 炎馬が駆け出す。

 燃え盛る青白いを炎を羽ばたかせて、舞い上がる。


 「サンダーバード。加護の魔法を最大限発揮させてくれ!」


 契約モンスターに呼び掛けて風と雷の加護の魔法を発動させる。

 いつもよりも効果が上がっている。

 サンダーバードが応えてくれたのだ。


 「ローゲン!」

 「おう!」


 ローゲンは盾を上方に向ける。

 その盾に跳び乗り、足場にしてさらに跳ぶ。

 柱から氷の壁が現れて足場となり、そこに足を着ける。

 そこからさらに死神に向けて跳躍する。

 魔女狩りを振りかぶり、斬りかかるも死神はそれを躱す。

 その先にあった柱に魔女狩りを突き立てて静止させる。

 静止しているこちらに向けて死神は銃弾を放つ。

 柱を蹴り飛ばして跳躍することで回避し、隣の柱に移動する。


 「器用だな。まるで猿だ」


 炎馬が天を駆けると青白い炎が撒き散らされる。

 アマテル達は降り注ぐ青白い炎を走り回って躱していく。

 逃げ惑うアマテルに魔銃の銃口が向けられて銃弾が放たれる。

 だが銃弾を放つよりも早くにローゲンが盾を構えて間に割り込む。

 銃弾を盾で受け止めるも、その衝撃に耐えられずにローゲンは体勢を崩して倒れてしまう。

 さらに死神は引き金を引くも、今度は氷の壁によって阻まれる。


 「忌々しいっ!」


 幾重にも作られた氷の壁が銃弾を防ぐ。


 「殺れ」


 炎馬大凰が嘶く。

 柱の森にさらなる柱が生まれる。

 青白い火柱が上がり、氷の壁を融解させていく。

 さらに火柱は渦を巻き、ポニィに襲い掛かる。


 「一番厄介なのはお前だな」


 死神はポニィを狙うも火柱はすぐに消え去った。

 魔女狩りで斬ったからだ。

 柱と柱を跳躍しながら移動し、ついに追いついたのだ。

 時に剣を突き立て、時に氷の足場を踏み。

 そうやってなんとか追い付いた。


 「お前の執念は恐ろしいな」

 「絶対に負けられないんだ。全力を出すのは当然だろ」


 そう言って再び斬りかかるも炎馬は駆け抜けて当たらずに終わる。


 あの機動力は厄介だ。

 攻撃を当てるのが難しい。


 「ポニィは攻撃を。加減の必要はない。思いっ切りやってくれ。アマテルもタイミングを見て頼む。ローゲンは二人を守ってくれ」


 こんな所で足止めを食らっている暇はない。

 まだこの先にはリッチーがいるんだ。

 死神を倒し、リッチーをこの手で殺す。

 体力を温存しておきたいが、それを許してくれるほど優しい相手ではない。

 ならば、出せる力を出し切って倒すしかない。


 柱と柱を繋ぐように氷の壁が築かれる。


 「その程度の壁では我らの炎は止められない!」


 青白い炎が炎馬大凰だけでなく、死神の体を包み込む。

 炎を纏いし体はそのまま氷の壁に突っ込み、壁を融解させて何事もなかったのように通り過ぎる。

 その後も壁を厚くしたり、幾重にも重ねたり工夫するも全て徒労に終わった。


 時折放たれる銃弾はローゲンが防いでくれる。

 だからポニィは集中して魔法を使える。

 そして再び魔法を発動させた。


 「氷がダメなら、これなら……!」


 天井に届くほどの火柱が上がる。

 青白い炎ではない。

 ポニィが作った火柱だ。


 「見事な魔法だ。だが、炎属性の魔法は俺には通じない」


 炎馬大凰が火柱を駆け抜けようとした時、火柱が消失した。

 魔女狩りの刀身に触れたからだ。

 火柱を目隠しにして、火柱の中を突っ切る。

 跳躍して宙を跳ぶ体はそのまま死神に向かう。

 左手に握られた剣が死神を襲うも、死神は魔銃にてそれを受け止める。

 剣を防ぐのは正しい判断だ。

 だけど、今回はこちらが上手だ。

 左手に握られていたのは、いつも愛用していた剣。

 そして右手には魔女狩り。

 本命はこちら、魔女狩りにて死神を斬るべく振るわれた。

 死神は右腕を失っている。

 防ぐ手立てはない。

 だが、魔女狩りが捉える前に死神の姿は消えた。

 魔女狩りは炎馬大凰を斬る。


 「忘れたのか、この力を?」


 背後より響く死神の声。

 勇者補正である空間跳躍で移動したのだ。

 魔女狩りによる一撃を躱された。

 だけど、忘れていたのはお前の方だ。


 背後に跳んだ死神は魔銃を構える。

 しかし、死神の目の前で聖なる光が灯される。

 アマテルは死神の動きを読んでいた。

 必ず死角に跳んで攻撃してくると、読んでいたのだ。

 死神の左手が聖なる光に晒される。

 左手が崩れながら引き金を引こうとするも、人差し指は崩れて引き金を引くことはなく、やがて左手ごと崩れ去った。


 体勢を崩した死神を蹴り飛ばし、近場の柱に剣を突き立てて落下を阻止するのに成功した。

 魔女狩りに斬られて纏う炎を失った炎馬大凰は打ち上がった氷柱に体を貫かれる。

 そして死神と炎馬大凰は揃って床に落ちていった。


 床に降りると死神が体を起こす。


 「お前は進むがいい。これから先も困難が立ち塞がるがな」

 「言われなくても進むさ。もう迷わない、振り返らないと決めたから」


 死神の体が灰になって崩れ始める。

 魔臓石は砕いていない。

 だけど、契約を結んでいる炎馬大凰が倒されたことで、死神も死ぬのだ。


 「これでようやく死ねる……。ああ……、これでもう一度、彼女に会える……。長く待たせてしまった。今から、会いに……」


 死神は灰になって、その魂は在るべき場所へと還っていくのだった。




 死神との死闘に決着がついた。


 「勇者様、手をこちらに」


 一段落つき、アマテルが負傷していた右手を魔法で癒やす。


 「お顔の傷も……」


 そう言って手を伸ばし、顔に触れる。

 近い。

 照れる。

 気恥ずかしい。


 「はい、治りましたよ」

 「……ありがとう」

 「どういたしまして」


 治療を終えて、壊された神の矛を探してみるも、見当たらない。

 壊れた神の遺物はこの世から消え去る。

 そういう事なのだろう。

 死神が残した武器、魔銃を拾い上げる。

 壊された神の矛の代わりというわけではないが貰っておこう。


 「あともう一踏ん張りだ。気を抜かずに進もう」




 ー9ー


 リッチーの居城、その入り口近くで、かつて最強の勇者候補だったアダチとケルベロスが戦う。


 アダチの剣がケルベロスの鎧に傷を走らせる。

 しかし、どんなに鎧を傷つけようにもそれは意味がなかった。

 ケルベロスの戦意は一向に衰える気配がない。

 むしろ傷を負うごとに強くなっている。


 ケルベロスの鋭利な鉤爪がアダチを狙うも、アダチは適切に対処していく。

 これまでの戦闘でケルベロスに何度も剣を届かせた。

 それはケルベロスの鎧についた無数の傷が物語っている。

 時に鎧を砕き、その肉体を斬ることができた。

 だけど、ケルベロスを倒すまでには至っていない。

 アダチの目的は陽動。

 別にケルベロスを討伐する必要はないが、それでもプライドがある。

 ただ陽動するだけでなく、討伐する気でいた。

 最強の勇者候補と呼ばれていた意地と誇り。

 それだけは年老いても、失うことがなく心に在り続けた。

 絶対に退けない。

 倒すのだ。

 勝利しろ。

 栄光を掴み取れ。


 意気込むアダチとは裏腹にケルベロスは間合いを取って、城の方へと視線を向ける。

 何事だろうかと不思議に思った時には、ケルベロスは翻して城へと駆け出していた。


 「どこへ行くっ!?」


 この行動にはさすがのアダチも予想外過ぎて対応が遅れる。

 仮に早く動けたとしてもケルベロスの動きにはついて行けなかったので結果は変わらなかったであろうが。

 なんとか追い掛けて城の門まで戻ると、ケルベロスが鉤爪を器用に引っ掛けて城の壁をよじ登っていた。

 素早い身のこなしをもって移動している。

 剣は当然ながら届かない。

 魔法もここまで距離を離されては届かない。

 一体ケルベロスはどこに向かっているのだろうか。

 それを見届けようにも時間が惜しい。


 「中から追い掛けるぞ!」


 アダチは仲間を引き連れて、城の中に侵入して行った。




 ー10ー


 マイカ達は中庭にて天使のようなアンデッドと対峙する。


 天使の翼と輪っかを持つスケルトンが羽ばたき、天高く飛び立つ。

 その際に花びらが宙を舞う。


 天使のようなスケルトンは槍を天に掲げて魔法を発動する。

 火が灯る。

 火は一つではない。

 二つでも、三つでもない。

 数え切れないほどの火が、火の玉が灯る。

 幾つもの火の玉が中庭に展開された。


 「なんだこれは?」


 一人の男性が警戒しながら火の玉を剣で触れる。

 その瞬間、爆炎が巻き起こった。

 炎は男性を包み、全身を燃やす。

 男性の悲鳴が中庭に響く。

 仲間達が炎を消そうと試みるも炎は消えるどころか勢いを増していく。

 炎は男性の命を燃やし尽くす。

 男性の断末魔が響き渡るが、突然止んだ。

 燃え盛る死体。

 命尽きるまで焼き尽くす。

 ようやく炎が消えた頃には、人の形をした炭しか残らない。

 風が吹くと人の形は崩れて飛ばされていった。

 男性の死を目の当たりにして、マイカは息を呑む。


 「マイカ。不用意に火の玉に近付かないでね」


 レンダーが注意を促す。


 「わかってる」


 火の玉に近付くなと言われても、そこら中に火の玉が灯っている。

 幸いにして、ポニィの魔法のように放たれるわけでもない。

 だが、幾多の火の玉をくぐり抜けても、天使のようなスケルトンは空を飛んでいる。

 攻撃を当てるだけでも至難の業だ。

 だけど、倒さなくては。


 ふと、先に進んだ一行を思い出す。

 こういう時、彼ならなんて言うのだろうか。


 「いつも通りやろう」


 こんな感じの事を言いそうだ。

 思わず笑みが溢れる。


 「いつも通りサポートするよ。思いっきりやって」

 「うん!」


 マイカが行動に移そうとしたその時、雷が落ちた。

 雷は冒険者の一人に落ちたようで、直撃した者を絶命させる。

 黒焦げになった死体は性別さえも分からないほどに酷い有様だ。


 「今のは?」


 雷を落としたのは天使。

 豪華な装飾が施された槍を対象に向けると、その対象目掛けて天より雷を落とす。


 「くそっ! よくもっ!」


 雷を落とされた者の仲間が魔法で雷を放つ。

 だが、放たれた雷は火の玉に当たり、燃え盛る炎によって阻まれた。

 マイカ達は無数の火の玉で動きを制限され、天使は空を飛び回りながら雷を落とす。

 こちらの攻撃は届かず、敵からは一方的に攻撃される。

 圧倒的に不利な状況だ。


 「ど、どうするんだよ……」

 「おい、不用意に動くな火の玉に当たるぞ」

 「動くなって、逃げないと殺されるだろ!」

 「うおっ!? また雷が落ちたぞ!」

 「誰だ? 誰がやられた?」

 「そんな事はどうでいいだろ! 今は逃げるぞ!」

 「押すな、押すなよ!」

 「逃げるって……、この火に当たらないようにか?」

 「いいから早く! 死にたいのか!

 「止まるなよ! 狙われるだろ!」


 当初の戦意は失われ、恐怖が伝染する。

 しかし、中には恐怖に抗う者もいた。


 「火の玉に当たらないように……」


 マイカは灯火の先に居る天使を見据える。


 「いける」


 確信はない。

 直感だ。

 ただ己の感覚だけを信じる。

 今までだってこんな感じでやって来たのだ。

 今回だってなんとかなるはず。

 でも、まだ何かが足りない気がする。

 横に立つレンダーを横目で見つめる。

 真剣な面持ち。

 思わずドキリとしてしまう。

 視線を再び天使に向ける。


 「レン君」

 「なに?」

 「好きだよ」

 「……唐突だね」

 「嫌かな?」

 「嫌だったらここまでついて来ないし、世話も焼かないよ」

 「世話って、あたし、ペットじゃないのだけど……」

 「僕も好きだよ」

 「ほんと?」

 「本当」

 「そっか……。そっかー」

 「マイカ?」

 「なんか力が湧いてきた」

 「勝てる?」

 「勝てる」


 マイカが振り返るとニーナとダインがいる。

 先程の会話を聞いていたのであろう。

 ニーナの顔が赤い。

 ダインはニヤニヤしている。

 そんな二人に対し、マイカは舌を出しておどけてみせる。

 危機的状況でもマイカはいつも通りだ。


 「さて、やろうか」


 二本の氷の三日月刀が出現する。


 「行って!」


 風に乗った氷の三日月刀。

 それにニーナの魔法で作られた鳥の形をした炎が追随する。

 灯火に当たらないように、的確に氷の三日月刀を操って天使を狙う。

 攻撃に気が付いた天使は自らの翼を羽ばたかせて躱す。

 天使は攻撃を届かせることができるマイカとニーナを脅威と認定し、排除に掛かる。


 「やっぱこっちに来るよね」

 「どうするの?」


 ニーナはマイカに問う。


 「どうする?」


 聞かれたマイカはレンダーに問う。


 「ここはマイカとニーナを別々に行動させよう。狙われた方は逃げに徹し、もう片方は攻撃をする。危険だけど、出来る?」

 「あたしは大丈夫。ニーナは?」

 「わたしは……怖い。でも……マイカが頑張るのなら、わたしも頑張る」

 「決まりだね」

 「僕はマイカについて行く。ダイン、ニーナを任せるよ」

 「任せろい!」


 ダインは自身の胸を叩いて決意を表明する。


 「死んでも守るとかはダメだからね。危なくなったら逃げて」

 「死守はダメってことか?」


 当たり前でしょとマイカは言う。


 強いな。

 レンダーはそう思った。

 物理的な強さではなく、心が強い。

 この状況でも心は折れず、己を保ち、そして美しい。

 一切の濁りも感じられない心。

 彼女のそんなところに惹かれたのだろうな。


 「向こうは動き出してる。行動に移ろう」


 レンダーの言う通り、天使は動き出していた。

 このまま立ち止まっているわけにはいかない。


 「マイカ、またあとで」

 「うん、あとでね!」


 マイカはレンダーを引き連れて駆け出した。

 迷うことなく、灯火が乱れる中庭を駆け抜ける。

 マイカには見えていた。

 どこに灯火があるのか見えている。

 中庭に何があるのか、どこに何があるのか、誰がどこにいるのか、その全てが見えている。

 全部見える。

 躊躇いなく火の玉が灯る中庭を駆けずり回る。

 空間把握に長けた勇者補正を持っているからこそできる芸当だ。

 動き回りつつ、氷の三日月刀を一本作成する。

 それを天使に向けて飛ばす。

 ニーナも同じように攻撃をしているらしく、炎の鳥が羽ばたいている。

 それぞれが天使を狙うも、やはり躱される。

 三次元に飛び回る天使。

 攻撃を当てるのは難しい。

 躱された氷の三日月刀は弧を描き、再び天使を狙う。

 だけど、当たらない。

 風で操っているのが分かっているのだろう。

 不意をつくのは難しいし、攻撃の動きを読まれやすい。


 「当たらないのなら、数を増やせばいい」


 マイカは新たに氷の三日月刀を二本作り出して飛ばす。


 「無茶はしないで」

 「だいじょーぶ。これくらいの数を操るくらいどおってことないよ!」


 間隔を開けずに時間差で氷の三日月刀が天使を襲う。

 しかし、どれも紙一重で躱されていく。


 上へ。

 下へ。

 右へ。

 左へ。

 前へ。

 後ろへと動く。


 バランスを崩せば一気に畳み掛けれるのに、かすりもしない。


 天使の持つ槍がマイカに向けられる。

 それと同時に雷が落ちた。


 「マイカっ!?」


 直前にレンダーがマイカを押し倒すように地面を転がったので直撃は免れた。


 「ぐぅっ……」


 マイカは倒れても氷の三日月刀を操り続ける。

 そのおかげか、はたまた連続で雷を落とせないだけか、どちらにしても次なる攻撃はマイカには訪れなかった。


 「まだ、足りない……」


 レンダーの手を借りながら立ち上がるマイカは呟いた。


 「足りない?」


 作り出す。

 新たに四本の氷の三日月刀を作り出す。

 風で運ぶ。

 先程の氷の三日月刀に加えて、今回作り出した氷の三日月刀。

 それらが合わさって天使に襲い掛かった。

 全ての灯火を避けて、氷の三日月刀が乱舞する。

 次々と天使を襲う氷の三日月刀。

 それでも天使を捉えられない。

 捉え切れない。

 どの攻撃も天使は躱しきる。

 躱して。

 避けて。

 どれも当たらない。

 届かない。

 こんなにも氷の三日月刀を操っているのに当たらない。

 届かないのだ。

 まだ足りない。

 手数が足りない。

 増やさなくては。

 氷の三日月刀をさらに作り出す。

 一本や二本では足りない。

 もっと増やさなければ。

 もっと、もっと。

 氷の三日月刀を作る。

 作って作って作る。

 作りまくる。

 それら全てを天使に差し向ける。

 マイカの足は止まっていた。

 止まっているどころか、自らの足では立てないでいる。

 多くの氷の三日月刀を操っているのだ。

 意識を集中させる。

 意識だけに集中して体をレンダーに預ける。

 レンダーに支えられながら立っている。

 見開いた眼が右往左往する。

 飛び回る天使を常に視界の入れる。

 追い掛ける。

 氷の三日月刀と視線が天使を追い掛ける。

 瞬きは出来ない。

 一瞬も逃せられない。


 「逃がさない……、絶対に逃がさないっ!」


 マイカは氷の三日月刀が何本あるのか把握していない。

 勇者補正の能力によってどこに何があるかは把握できている。

 だけど、数なんて数えている暇なんてない、余裕もない。


 数え切れない程の氷の三日月刀で攻撃しているにも関わらず、天使には当たらなかった。

 空を縦横無尽に飛び回る天使。

 さすがにマイカの猛攻によって回避に専念しているため、雷による攻撃は止んでいた。

 だが、マイカが少しでも隙を見せれば、動けないマイカとレンダーは雷に打たれてやられるだろう。


 「まだ……、まだ足りない……」


 マイカの言う通りだった。

 天使に攻撃を当てるにはもっと氷の三日月刀を増やさなくてはならない。

 だけど、レンダーはそれを望んでいない。

 今でさえ数え切れない程の氷の三日月刀を操っている。

 これ以上マイカに負荷を掛けたくなかった。

 マイカは勇者候補ではあるが、別にレンダーはマイカに勇者になって欲しいとは思っていない。

 命を落とさないで欲しい。

 怪我をしないで欲しい。

 無理も無茶もしないで欲しい。

 こんな真っ直ぐな少女が傷ついてほしくない。

 ただそれだけなのに、この世界はそれを許さない。

 勇者候補という制度。

 もしも、その制度がなかったら、マイカはこの世界でどんな人生を送っていたのだろうか。


 レンダーはマイカを抱きしめる。

 今のレンダーには何も出来なかった。

 ニーナはマイカの邪魔をしないように攻撃の手を止めている。

 もはや天使に対処できるのはマイカしかいない。

 他の誰もマイカの邪魔をしない。

 固唾を呑んで見守っている。

 マイカがさらなる魔法の行使を始めた。

 一本の氷の三日月刀が新たに作られる。

 それをレンダーは歯ぎしりをしながら見つめていた。

 風に運ばれて、天使の元へと送られる。

 氷の三日月刀が舞う。

 幾多の数多の無数の氷の三日月刀。

 まるで一本一本が生物の如く飛び交う。


 「やれ……。やっちゃえぇぇぇぇ!」

 「嬢ちゃん、負けるな!」

 「勝てる。絶対勝てるぞ!」


 当初はパニック状態であったが、今は落ち着きを取り戻し、声援がマイカに届けられる。

 レンダーに抱きしめられても反応を示さないマイカの耳に届いているかは定かではない。

 声援に呼応するようにレンダーが強く抱きしめる。

 皆の想い、そしてレンダー自身の想いを込めて。

 マイカの目と鼻から血が滴る。

 手足どころか全身が震えている。

 無理をしているどころか限界を超えている。


 そして、その時が訪れた。

 天使が見せた刹那の隙。

 リッチーがいるであろう先に一瞬意識を向けた。

 何かがあったのかもしれない。

 だけど、それはマイカには関係なかった。

 甲高い金属音が響く。

 天使が円形の盾で氷の三日月刀を受けたのだ。

 衝撃で小さく仰け反った。

 刹那に生じた隙が決定打になる。

 仰け反ったのは一瞬。

 それは無数に作られた氷の三日月刀が切り刻むには十分な時間であった。

 氷の三日月刀が天使を切り刻む。

 一度の衝突で氷の三日月刀は砕け散る。

 天使は円形の盾で防ごうとするも、四方八方から襲い来る氷の三日月刀を防ぎ切れない。

 骨で作られた体は軋み、ヒビが入り、最後には砕ける。

 せめてもの抵抗で豪華な装飾が施された槍をマイカに向けようとするも、防御を捨てた攻撃は、放たれる前に阻止された。

 天使の腕は度重なる氷の三日月刀による攻撃に耐えられずに砕ける。

 全ての氷の三日月刀は武器としての役目を終えて、氷の破片が煌めきながら中庭に降り注ぐ。

 体がボロボロになっても天使は空を飛んでいる。

 だが、厳密に言うと飛んでるとは言い難かった。

 高度を徐々に下げている。

 僅かに残った翼が墜落を阻止しているのだ。

 虫の息。

 後は地上で待ち構えて討ち取るだけだ。


 「やったよ、マイカ!」


 レンダーはマイカを労う。

 終わった。

 レンダーはそう思うも、マイカは違った。


 「まだだよ……。次で……、次で、終わり……」


 一陣の風が吹く。

 天使の持っていた豪華な装飾が施された槍が宙を舞う。

 そして、刃先を下にして落ちた。

 下にいた天使の魔臓石を貫き、そのまま地面まで落ちる。

 魔臓石を貫かれてもなお動こうともがく天使。

 だが、天より落ちてきた雷に打たれて槍もろとも消し炭になった。


 「お疲れ様……。よく頑張りました」


 レンダーは力を使い果たして気を失ったマイカを優しく抱きしめて頭を撫でた。




 ー11ー


 王の間。

 玉座。

 アンデッド達の王は、そういう場所に鎮座しているのを想像していたが、実際は違っていた。

 城の最上階。

 金色の刺繍がされた深紅の絨毯が敷き詰められた無駄にだだっ広い一室。

 天蓋付きのベッドや長椅子に長机、手作り感が満載な動物のぬいぐるみが所狭しに置かれている。

 ラスボスの部屋にしてはファンシー過ぎる。

 その部屋の中央にポツンと座る一人の少女。

 銀色の髪をした小柄な体。

 そっくりだ。

 分かっていても、やはり心のどこかで違うのではないかと期待していたが、その希望はあっけなく絶たれた。


 「ルナ……」


 名前を呼ばれたルナ……ではなく、リッチーが顔をこちらに向ける。

 紺色の布切れで目を隠していた。

 布越しなのにはっきりと見えているのか、こちらを見て不思議そうに首を傾げている。


 「勇者様、大丈夫ですか?」

 「……大丈夫。少し驚いただけだ」


 部屋の中にはリッチーだけでなくアンデッドもいた。

 壁際に控える執事服やメイド服を着たスケルトンの使用人一同。

 そして、もう一人。

 自分とそっくりなアンデッド。

 ドッペルゲンガー。

 いずれ会うだろうと思っていたが、まさかここで会うとは思いもしなかった。


 「最後の相手がこれかよ。全くもって勝っても負けても夢見が悪いな。でも、これが正真正銘、最後の戦いだ」


 スケルトンの使用人達が武器を取り出す。

 ドッペルゲンガーとスケルトンの使用人は臨戦態勢に移るが、リッチーは特に動こうとはせずに平然としている。

 敵を前にしているのに警戒の色すら見せない。

 取るに足らない相手だと思われているのだろうか。

 そもそも敵意すら感じ取れない。

 警戒もしていない。

 まさか、敵だと思われていない?


 リッチーを守るようにドッペルゲンガーが前に出てきた。

 かつて自分がやった行動と同じ。

 ドッペルゲンガーからは殺気が溢れている。

 たとえリッチーに戦う気がなくても戦闘は避けられない。

 元よりリッチーを殺しに来たんだ。

 戦う気があろうがなかろうが関係ない。

 やるべきことは変わらない。

 こちらは端から準備は整っている。


 「これが最後の戦いだ」




 「スケルトンは任せてもいいか?」

 「はい! 任せてください!」


 何体かのスケルトンの使用人をなぎ倒し、そこいらのスケルトンに比べても弱い部類に当たるのを確認して仲間達に任せる。

 自分はドッペルゲンガーを倒す。

 ドッペルゲンガーには武装が二つあった。

 一つは悪魔の武具と思われる剣。

 腰に差しており、まだ鞘から刀身を抜いていない。

 そして、もう一つは左手に嵌められた豪華な装飾が施されたガントレット。

 こちらは神の遺物だ。

 なぜ、天使と悪魔の武器を持っているのか、どこで手に入れたのか。

 なぜ、自分のドッペルゲンガーがここに居るのか。

 気になる事も分からない事も多々あるが、そんな事はこの際どうでもいい。


 死神から奪った拳銃、魔銃にてドッペルゲンガーを狙い、銃弾を放つ。

 ドッペルゲンガーはガントレットを正面にかざすと、銃弾がドッペルゲンガーの前で見えない何かによって弾かれる。

 先程の攻撃に追随するように何発か銃弾を放ってみるも結果は同じだった。

 全て見えない何かに阻まれる。

 不可視の壁。

 さしずめ、神の盾といったところか。


 遠距離からの攻撃は通じない。

 ならば、近接戦で決めるまでだ。

 そう決めた矢先、窓ガラスをぶち破って侵入者が入ってきた。

 侵入者は白銀の鎧を着た騎士。

 ケルベロス。

 門番であるはずのケルベロスがなぜここに?

 理由は問うまでもない。

 主であるリッチーの危機を感じ取って駆けつけて来たのだ。


 侵入してきたケルベロスはこちらに狙いを定めて駆けて来る。

 脇目も振らずに真っ直ぐと。

 両腕に備え付けられた鉤爪。

 それぞれに付いた三本の鋭い爪が迫りくる。

 速い。

 今まで戦ってきたどんな相手よりも動きが速い。

 鎧を着ているのに、なんであんなにも速く動けるんだ。


 肉だけでなく命をも切り裂く鋭い爪。

 触れただけで斬り落とされる程の鋭利さを誇っている。

 まず初撃である右の鉤爪を躱す。

 二撃目の左の鉤爪を魔女狩りの刀身の表面を滑らせる。

 そこから魔臓石を貫いて、一気に決めてやる。

 傷が入った白銀の鎧。

 その胸元に入った大きな傷を狙い、魔女狩りを突き刺す。

 狙い違わずに魔女狩りが鎧を貫き、刃が中に入り込む。

 だが、魔臓石にはかすりもしなかった。

 鎧を貫く寸前、ケルベロスは身をよじって魔臟石の破壊を阻止したのだ。

 魔臟石を狙った攻撃は失敗に終わる。

 今ので仕留められなかったのは手痛い。

 魔女狩りを引き抜こうとするも、それよりも速くに鉤爪が迫っていた。

 その攻撃を避けるべく柄から手を放し、その場から退避する。

 だが、避け切れずに肩口を鉤爪が通過していく。

 鮮血が舞う。


 「ぐっ……!」


 いつも使っている剣を鞘から抜き、構えようとするも、ケルベロスの鉤爪によって弾き飛ばされてしまう。

 体は仰け反り、無防備になる。

 次に続く攻撃を遮るようにして出現した氷の壁がケルベロスから守ってくれた。

 一旦、ケルベロスから離れるも、ドッペルゲンガーが目の前に立ちはだかる。

 ドッペルゲンガーにケルベロス。

 二人の相手をするのはキツイ。


 「ケルベロスは任せろ」


 いつの間にか傍に居たローゲンがそう告げてきた。


 「そっちはお前に任せる。こっちの事は気にするな。必ず勝ってみせる」

 「そうです。私達に任せてください。勇者様は目の前の敵に集中してください」

 「だいじょぶ。負けない。勝つ」


 アマテル、ポニィ、ローゲン、それぞれが勝利を約束する。


 「……分かった。任せる」


 迷いがないわけではない。

 けれど、ドッペルゲンガーは自分の手で決着をつけたかった。

 もう一人の自分。

 あれは自らがけじめをつけなければならない気がしてやまない。

 ケルベロスは強敵だが、アダチとの戦いでボロボロだ。

 勝機はある。

 アマテル達なら必ず成し遂げてくれるはず。

 振り返りはしない。

 ドッペルゲンガーだけに意識を集中させる。

 前だけを見て、前に突き進む。


 「ドッペルゲンガー。この世界に同じ人間が居てはならない。お前もそう思うだろ。ならば今ここで決めよう、どちらが本物かを」


 対峙するドッペルゲンガーは弾き飛ばされた剣を拾い上げて、自らの武器にする。


 「奪うか、その武器を。それはこの旅が始まった時から愛用しているものだ。大事に扱えよ」


 魔銃にて銃弾を放つ。

 だがそれは、神の盾で防がれてしまう。

 魔女狩りと剣は失われ、魔銃による攻撃は通じない。


 「勇者様!」


 アマテルは背負っていた荷物を投げ渡す。

 それを上手く掴み取り、中身を取り出した。

 取り出したのは漆黒の刀身をした長剣。

 あまり使いたくはないけれど、他に武器はない。

 これはかつてジェノサイドが持っていた剣。

 漆黒の剣を構えて、ドッペルゲンガーと対峙する。




 ー12ー


 終着点まで来て、魔力を渋る理由もない。

 風と雷の加護を発動する。

 全力で行く。

 自分を越えなければ先に進めない。

 未来を歩めない。

 ここで過去の自分を乗り超えて、夢に刻まれた幻想を断つ。


 漆黒と鋼がぶつかり、火花が散る。

 疾風のごとく鋭い斬撃。

 稲妻のごとく轟く斬撃。

 周囲に嵐が吹き荒れる。

 目にも止まらぬ速さで繰り広げられる剣戟。

 気を抜くな。

 目を離すな。

 視ろ。

 視るんだ。

 死ぬな。

 死なない。

 殺せ。

 殺すんだ。

 生ける屍。

 自分の共命者。

 ドッペルゲンガー。

 お前はここに居ていい存在じゃない。

 かつて、この世界に生まれて、生きてきたもう一人の自分。

 そして、死んだ。

 どのように死んだのかは知らない。

 知りたくもない。

 自分も死んだ。

 死んだのはお互い様。

 でも、今生きているのは自分だけ。

 お前は死んだまま。

 アンデッドに成り果てている。

 ドッペルゲンガーは自分の共命者である勇者候補を狙い、殺すという。

 憎いのだろうか。

 自分は死んでいるのに、なんでお前は生きている。

 そんなふうに考えているのかもしれない。

 もっとも、ドッペルゲンガーが本当にそう考えているのか分からない。

 ただの推測、憶測である。

 もし仮にそうだったとしても、それはドッペルゲンガーの都合だ。

 自分には関係ない。

 ここで殺す。

 殺してみせる。

 リッチーの討伐を阻む者は誰であろうと容赦しない。


 ドッペルゲンガーはこちらと同じように加護の魔法を行使している。

 そして剣を振り、受け流し、弾く。

 どれも自分と同じ技だ。

 何もかもが自分と同じ。

 動きを読みやすいが、逆に読まれてもいる。

 力が拮抗し、お互いに押し切れない。

 強い。

 別に自画自賛しているわけではない。

 同等の力を持っているからこそ、そう感じるだけだ。

 先に根負けした方が負ける。

 そして、戦いの中で成長しない者も負ける。

 ドッペルゲンガーがどのようにして強くなるかは分からない。

 もしかしたら、自分が強くなればドッペルゲンガーも同じように強くなるのかもしれない。

 もしも、そうだとしたら一対一ではドッペルゲンガーに勝つのは不可能だ。

 よくて相討ち。

 勝つにはマイカの時のように複数人で挑まなければならない。

 現状では仲間の助けは期待できない。

 自分一人の力で乗り越えるんだ。

 それに同等の力であっても、自分とドッペルゲンガーでは決定的な違いがある。

 人間とアンデッドという違いがあるのは勿論、使用している武器が違う。

 憎らしいことに、ドッペルゲンガーは自分が愛用していた剣を使っている。

 対する自分は、ジェノサイドが持っていた漆黒の刀身をした細身の長剣。

 昨日手に入れて色々試したが、この剣は刃こぼれもせず、傷もつかず、折れも曲がりもせず、どんなに使っても切れ味が落ちない。

 要するに、丈夫だけが取り柄の剣という事だ。

 だけど、それは武器にとって非常に大事なことであり、悪くない性能である。

 下手に付属の効果があるよりも、シンプルで使いやすい。

 これは憶測だが、ジェノサイドの体内にて、長い年月をかけて魔力によって鍛えられたのだろう。

 それがこの漆黒の剣の丈夫さの秘密だと自分は考えている。

 さらに、お互いに武器をもう一つずつ所持していた。

 自分は魔銃。

 ドッペルゲンガーは神の盾。

 死神から手に入れた魔銃は無限に撃てる拳銃。

 神の盾は如何なる攻撃も防ぐ。

 同等の力を持つなら、差が出るとしたら武器の性能。

 どちらの武器が優れているかは分からない。

 いや、違う。

 どちらが優れているかだけでなく、使い方次第でも優劣が決まる。

 如何に武器が優れていようと、使い手の実力がそれに伴わければ武器の性能を発揮できない。

 かつて、そんな事を夢の中で聞いた……気がする。

 誰が?

 その時、剣が頬を掠める。


 「くっ……!」


 危なかった。

 意識がまどろみの夢に沈みかけていた。

 集中しろ。

 風に運ばれる漆黒の軌跡に雷が追随する。

 嵐のごとく剣戟が果てしなく続く。

 終わりは見えない。

 けれど、終わりは訪れる、必ず。

 永遠はない。

 不死といわれているアンデッドにも終わりがある。

 最古のアンデッドと目されたジェノサイドにも終わりが訪れた。

 命にも物質にも物事にも限りがある。

 無限はない。

 何事も有限。

 そして、ドッペルゲンガー。

 今日がお前の最後の日だ。

 銀色の彼女と共に終わりの刻を迎えろ。


 漆黒の剣による突きがドッペルゲンガーの左肩、その上を通過する。

 左手に嵌められた豪華な装飾が施されたガントレット、神の盾が漆黒の剣を掴み取った。

 刀身を掴んでいるのに傷一つ付かない神の盾。

 刃を逃がそうにも、がっちりと掴まれているため逃がすことが出来ない。

 如何なる攻撃も防ぐ。

 神の盾にこんな使い方もあったのか。

 剣を封じられ、首元を狙う馴染の剣が迫っていた。

 漆黒の剣を早々に手放し、体を屈める。

 頭上を通過。

 武器を手放してしまったが、これはピンチではなく絶好のチャンスであった。

 魔銃が終焉を告げる。

 漆黒の剣を掴んだ神の盾では対応できず、ドッペルゲンガーの魔臓石は終焉の刻を受け入れるしかなかった。

 力を失い、もたれかかるドッペルゲンガーを優しく支える。


 「すまない。辛い役目ばかりを押し付けてしまって。後は任せて、安らかに眠ってくれ」


 言葉が届いたかは分からない。

 ドッペルゲンガーは形を失って、灰になる。

 残された神の盾を掴み上げて、中に詰まった灰を床に落とす。

 左手に神の盾を嵌めて、悪魔の武具である剣を手に取る。

 最後まで使わなかったので、この剣にどんな効果があるかは分からない。

 それでも貴重な品であることは変わりないので回収しておく。

 最後に愛用していた剣も回収し、銀色の少女、リッチーを見据える。




 ー13ー


 スケルトンの使用人は一掃された。

 残るはケルベロス。

 白銀の鎧には所々に傷が入っており、胴体には魔女狩りが刺さったままの状態だ。

 傷つき、体を貫かれてもケルベロスは動き続ける。

 たとえアンデッドではなく、生きていてもケルベロスは同じことをするだろう。

 リッチーを守るために。

 命を懸けて、命が尽き果てようとも守り通す。


 アマテルは息を呑む。

 最強と謳われていたジェノサイドの陰に隠れているが、ケルベロスも遥か昔からリッチーに仕えている。

 これまで討伐されてこなかったのは、それに見合った強さを持っているからだ。

 その強さ、実力は歴史が証明している。


 「やりましょう。私達だけで勝ちに行きます」

 「ああ。行くぞ」

 「うん」


 ローゲンは盾を前面に押し出して突進する。

 ケルベロスはそれを避けずに受け止めた。

 二つの鉤爪がローゲンを襲う。

 それを盾で防いでいく。

 真正面から防ぐだけでなく、適度に角度を変える。

 腕だけでなく、足元も動かす。

 全身を使い、ケルベロスの相手をする。

 時に前面に押し出し、時に後退する。

 威力や衝撃を逃がす。

 鉤爪を弾き、流し、押し返す。

 一度でも判断を誤れば体は斬り裂かれる。

 死に触れられるほど近くに迫っても、ローゲンは恐怖を抱かなかった。

 死と隣り合わせなのはいつもの事。

 死ぬ覚悟は出来ている。

 だけど、今日は死ねないとローゲンは考えていた。

 今日は。

 今日だけは死ねない。

 死ぬわけにはいかない。

 生きて帰る。

 それは、かつての仲間と成し遂げられなかった事だ。

 妹に託された姪。

 姪の親友に、勇者候補の少年。

 三人を生きて帰らせる。

 そのためにはケルベロスを倒さなくてはいけない。

 勝機はあるはずだ。

 ケルベロスの動きが鈍くなっている。

 魔女狩りは如何なる魔法も打ち消す。

 体に魔女狩りが刺さったケルベロスは、魔法を使おうにも魔女狩りが全て打ち消してしまうので使えない。

 加護の魔法すら打ち消されてしまい、素の能力のみでしか戦えないのだ。

 ケルベロスの最大の脅威は三属性による加護。

 素早い動きと高い攻撃力で相手を殲滅する。

 守りが堅いジェノサイドとは逆のタイプだ。

 そのケルベロスから加護の魔法は消え去り、他の魔法も使えない。

 さらに、ここに来る前にアダチとの戦闘。

 その時に負った傷、いくらアンデッドが不死だろうと、体を動かすのに必要な可動部が損傷すれば、動きは必然的に鈍る。

 弱体化している。

 倒すなら今が好機。

 むしろ今しかない。

 今を逃したら、倒せないであろう。


 氷柱がケルベロスに向かって飛来する。

 ケルベロスはローゲンから離れて、それを躱す。

 部屋の中を駆け抜けて、次々と放たれる氷柱を器用に躱していく。

 捉えたかと思われた一撃も鉤爪によって斬り飛ばされてしまう。

 加護を受けていないにも関わらず、その俊敏さと鋭利さは健在であった。

 そして、ケルベロスはローゲンの背後に控えていたアマテルに狙いを定めて駆け抜ける。

 アマテルを狙って、右手の鉤爪を伸ばす。

 だが、その鉤爪はアマテルには届かなかった。

 氷の壁が阻むようにして出現したのだ。

 現れた氷の壁は、ケルベロスの伸ばした右手を氷漬けにしてその動きを止める。

 背後よりローゲンが斬りかかった。

 ケルベロスは氷の壁に右腕を閉じ込められているはずなのにローゲンのいる方に向き直る。

 その時、嫌な音が周囲に響く。

 何かが折れるような、千切れるような音。

 ケルベロスは自らの力で強引に右腕を捨てたのだ。

 左腕の鉤爪がローゲンの剣と衝突する。

 思わぬ反撃にローゲンは仰け反ってしまう。

 その間にケルベロスは右腕を完全に引き千切った。

 再びローゲンの剣とケルベロスの鉤爪が衝突する。

 右腕を失おうと、攻撃の手は緩まなかった。

 流れるように鉤爪が襲い掛かる。

 しかし、さすがに手数は減っていた。

 ローゲンは剣を振る。

 盾で守りつつ、着実に攻めていく。

 だが、ケルベロスも負けてはいない。

 魔法を使えず、片腕を失っても、その戦意は衰えず、むしろ高まっているように見受けられる。

 お互いに負けられない。

 お互いに退けられない。

 お互いに守るべきものがある。

 鉤爪がローゲンを切り裂く。


 「ぐあぁっ……!」


 血飛沫を撒き散らしながら、ローゲンは倒れる。

 ローゲンが斬られたのは左足。

 斬られたのではなく、斬り落とされた。

 左足は斬り落とされ、体を支えきれずに倒れたのだ。


 「おじ様っ!」


 アマテルが叫ぶ。

 ローゲンへの追撃を阻止するように氷柱が放たれるが、ケルベロスはそれを予期していたのか軽い身のこなしで躱す。

 ポニィは氷柱を次々と放っていく。

 間合いを取り、躱して、弾いていたが、動きが鈍っていたケルベロスに氷柱が刺さる。

 しかし、すぐに霧散して消えてしまった。

 魔女狩りによって消されたのだ。

 氷柱が刺さっていた部分は穴となり、そのせいでケルベロスの体に刺さっていた魔女狩りが抜け落ちる。

 魔女狩りが抜け落ちたということは、ケルベロスが魔法を行使することが出来るようになったという事だ。


 ローゲンの左足の切り口から血が溢れ出る。

 深紅の絨毯が血を吸い込み、染みが広がっていく。

 たとえ足が一本失おうとも、ローゲンもケルベロスと同様に戦意を失わなかった。

 あの時とは違い、心は折れていない。

 生きている限り、足掻いてみせる。

 盾と剣を使って立ち上がろうとするローゲンの前に二人の少女が立つ。


 「おじ様は休んでいてください。ここからは私達が」

 「うん。まかせて」


 落ちた魔女狩りを手にしたアマテルと杖を構えたポニィがケルベロスと対峙する。


 「二人だけじゃ無理だ。俺も……くっ……」


 力を入れる度に血が噴き出る。

 まともに戦える状態ではない。


 「大丈夫です。おじ様のおかげで突破口が見えましたから。……ポニィ!」


 アマテルの合図でポニィが魔法を発動した。

 ポニィの魔法を警戒しているのか、間合いを取っていたケルベロスはさらに距離を置く。

 床から伸びた氷の柱が天井にかけて築き上がる。

 氷の柱は根を張り、氷の大樹となって広間の一画にそびえ立つ。

 ケルベロスは氷の大樹を警戒しつつ、アマテルとポニィに向けて駆け出す。

 加護の魔法を発動して素早く動くケルベロス。

 速いけれど、時既に遅し。

 距離を取り過ぎていたのだ。

 アマテルは魔女狩りを、その刀身を氷の大樹に当てる。

 氷の大樹は消え去り、床の中に張っていた氷の根も消えてなくなった。

 根が張っていた所は隙間となり、亀裂になる。

 亀裂は拡がっていき、床は崩壊を始めた。

 落ちていく床の上をケルベロスは素早い身のこなしを持って床と床の間を跳躍する。


 「こっちまで来る。テル、下がって!」


 ポニィは火球を作り出して、ケルベロスに向けて放つ。

 崩れた床に当たって爆炎が上がる。

 直撃はしていない。

 荒れ狂う炎の中からケルベロスの姿を探す。

 見当たらない。

 見つけられない。

 その時、巻き起こる炎の中からケルベロスが飛び出してきた。

 鉤爪の付いた左腕を伸ばす。

 その先にはポニィがいる。


 「ポニィ!」


 アマテルはポニィの腕を掴んで引っ張り、自らの後ろに退かせる。

 そして、魔女狩りを手に前に出た。

 ケルベロスは鉤爪で、いとも容易く魔女狩りを弾き飛ばす。

 弾き飛ばされた魔女狩りは崩壊する床、その奈落の底へと消えてゆく。

 鉤爪が再び振りかざされるも、盾を構えて切断された左足を引きずるローゲンが鉤爪が振り落とされるよりも早くに突進する。


 「この子には、指一本触れさせはしない!」


 ケルベロスに衝突し、そのまま一緒に崩れた床の下に落ちていく。


 「おじ様!」


 アマテルが崩壊を免れた床の縁まで駆け寄って手を伸ばすも間に合わない。

 氷の大樹の枝に侵食されていた天井の一部も崩れ始めて、ローゲンとケルベロスは瓦礫に呑まれる。


 「あっ……」


 アマテルは言葉を失ったまま固まってしまう。

 崩壊が収まると、だだっ広かった部屋は半分程の広さになっていた。


 「テル、あそこっ!」


 ポニィの指し示す先に瓦礫に埋もれているケルベロスがいた。

 まだ動いている。

 両足が潰れた状態で瓦礫の山から這い出てきた。

 魔臓石を破壊できていないから倒しきれていないのだ。

 ケルベロスが這う先には血塗れのローゲンが倒れていた。

 アンデッドは死んだ相手には見向きもしない。

 ならば、ローゲンは生きている。


 「生きてる……。行きますよ、ポニィ。魔力は大丈夫ですか?」

 「うん、だいじょぶ。行こう」


 アマテルとポニィの二人はローゲンを助けるために、それとケルベロスを倒すために瓦礫の山となった下の階に降りていった。




 ー14ー


 何があったかは知らないが、部屋の半分が崩落した。

 アマテルとポニィは無事のようだが、ローゲンの姿が見当たらず、その安否が気になる。

 無事だと信じたい。

 今の自分には信じることしか出来なかった。

 この場から離れるわけにはいかない。

 慌てた様子で下に降りていくアマテルとポニィの後ろ姿を見送って、この城の主に向き合う。

 部屋の中には自分とリッチーの二人だけ。

 他に誰もいない。

 二人きりだ。


 「二人きりだな」


 リッチーに話しかけるも、何も言わずこちらを見つめてくる。

 正確には目隠しをしているので見えているのか分からないが、こちらに誰かがいるのは気付いているようだ。


 「その目隠しはなんだ? オシャレか?」

 「……」


 軽口を叩くも何も言わない。

 これがもしも彼女だったら何と言い返して来るのだろうか。

 ……違う。

 そうじゃないだろ。

 自分はリッチーを殺しに来たんだ。

 馴れ合いに来たわけではない。

 殺すのだ。

 それなのに、脳裏に浮かぶのは夢の断片。

 なんで……、

 なんで……、

 なんで……、


 なんで――


 ――殺さないといけないんだ。


 どうして?

 理由があるから?

 頼まれたから?

 使命だから?

 違う。

 誰かに言われたから。

 誰かのために。

 そんな理由じゃない。

 人を殺すのだ。

 他人に理由を求めるな。

 自分のために殺す。

 自分が救われたいがために。

 リッチーを殺しても、心は穏やかにならないだろう。

 けれど、それで自分は救われる。

 囚われた魂が解き放たれる。

 自分が自分になれる。

 リッチーを殺したら、王国が救われる。

 リッチーを殺したら、アマテルの旅が終わる。

 それは所詮、副次的なおまけに過ぎない、

 自分は自分のために自分が救われたいがために殺す。

 これは自分のエゴだ。


 「……初めましてだったな。いや……以前に一度会ったかな?」

 「う?」


 リッチーは首を傾げる。


 「あいあいあ、ういあんん。あーあえお」


 一生懸命話してくれているが、何を言っているのかさっぱり分からない。


 「もしかして、お前……、喋れないのか?」

 「いーう。えあん」


 やはり言葉が通じていない。


 「……アンデッドの王がどんな奴かと思ったら、まさかこんな……」


 リッチーはウサギのぬいぐるみを抱きしめる。

 子供っぽい。

 見た目も幼く見えるが、それだけでなく内面も幼い。


 「言葉を話せないアンデッドに囲まれて育ったから喋れないのか?」


 死神はなんで教えなかったんだ。

 何かしらの理由があるのかもしれないが、今となっては何も分からない。


 「……」


 一歩ずつ近付くも、リッチーは逃げも隠れもしない。

 リッチーは何もアクションを示さず、ついに手を伸ばせば触れられる程の距離にまで近付く。


 「……すまない」


 唐突に視界が霞み出す。


 「もっと君と一緒に居たかった……。もっと君の傍に居たかった……。もっと君の笑顔を見たかった……。ずっと一緒に居られると思ったのに、なんでこうなったんだろうな……。守れなくてごめん……。本当にごめん。ごめん……、ごめん……」


 涙が溢れる。

 自分の意思では止めることが出来ない。

 涙を流す自分に対し、リッチーは手を伸ばして抱きしめてきた。

 いつか夢の中でもしてくれたように優しく。

 ただ夢の中とは違い、少し雑で荒い気がする。

 彼女なりに精一杯に慰めてくれているのだろう。

 ありがとう。

 今までありがとう。

 本当にありがとう。


 「さよなら……、ルナ……」


 最後の最後までリッチーは何も抵抗もしなかった。




 ー15ー


 アマテルとポニィは瓦礫の山を急いで下りていく。

 急ぐが、踏み外さないように慎重に。


 「がはぁっ……」


 仰向けに倒れたままのローゲンが血反吐を吐く。

 重傷だ。

 その重傷なローゲンを目指して、ケルベロスが這うように近付く。

 トドメを刺すつもりだ。

 しかし、ケルベロスはローゲンの元には辿り着けなかった。

 氷の壁がローゲンを守るように囲い込む。

 そして、氷の壁は床に根を張り、拡がっていく。

 近付くケルベロスを凍てつかせて動きを封じる。


 「おじ様、剣をお借りします」


 アマテルはローゲンの剣を拾い上げて、ケルベロスの傍に歩み寄る。

 ケルベロスの体から魔女狩りが抜け落ちて、魔法を使えるようになっている。

 しかし、体の半分以上を失っていては、もはやまともに魔法を扱えない。

 アマテルは剣を振りかざす。


 「あなたは人を殺め過ぎました。……これで終わりです」


 振りかざされていた剣が落とされた。

 すでにボロボロになっていたケルベロスの鎧を貫くも、魔臓石から逸れてしまう。

 胴体に刺さる剣に光が付与され、ケルベロスの体が崩壊を始める。

 苦しそうにもがき、暴れる。

 けれど、それは全て無駄なこと。

 無慈悲に突き立てられた光り輝く剣はケルベロスの身を滅ぼす。

 ケルベロスは灰となり、魔臓石とボロボロになった白銀の鎧だけが残されたのだった。




 「出来る限りの治療を施しました。ですけど、私にできたのは応急手当程度でしかありません。急いで戻った方がいいです」


 重傷だったローゲンはアマテルの治癒の魔法によって窮地を脱した。

 だが、まだ安心はできない。

 傷を塞いだだけで、衰弱しているのには変わりない。

 それに、斬り落とされた左足は失ったままだ。

 急いで前線基地に戻って、ちゃんとした治療を受けた方がいい。


 「わたしがおじさんを見てるから、テルは勇者のところに行って」

 「分かりました。ここは任せます」


 ローゲンをポニィに任せて、アマテルはリッチーの居るだだっ広い部屋に戻る。


 「静かですけど……勇者様は無事でしょうか?」


 アマテルは気になった。

 異様に静かな部屋。

 何が起きているのだろうか。

 微かに話し声が聞こえてくる。

 何を話しているのか上手く聞き取れない。

 雰囲気的に一方的に、喋っているように感じる。


 「勇者さ……」

 「さよなら……、ルナ……」


 アマテルは思わず足を止める。

 息も止まった。

 今までに何度も聞いた名前。

 胸が痛む。

 今までだって名前を聞く度に胸に小さな痛みが走ったが、今日はいつもと違う。

 痛い。

 いつもよりも痛い。

 そして、苦しい。

 呼吸が乱れる。

 体が酸素を拒否しているかのようだ。

 痛くて苦しい。

 今までの人生で感じた事がない程の痛み、苦しみである。

 なんでこんなにも辛いのだろうか。

 なんでこんなにも悲しいのだろうか。


 「……テル?」


 名前を呼ばれてアマテルは顔を上げた。

 顔はこっちを向いているが、表情が見えない。

 仮に見えたとしても、その奥底に隠された感情までは読み取ることが出来ないのだろう。




 ー16ー


 「戻っていたのか……。こっちは全部終わった。そっちは?」

 「……こちらも終わりました。ですが、おじ様が負傷してしまって……。治療はしましたが、衰弱が激しいです。急いで前線基地に戻って適切な処置を施した方がいいです」

 「分かった……。それじゃあ、戻ろう」


 戻ろうとした矢先、突如として床が揺れ始めた。


 「なんだっ!?」


 揺れは収まる気配がなく、徐々に強くなっていく。

 部屋だけではなく、城全体が揺れている。


 「私達が暴れ回ったからでしょうか?」


 アマテルは部屋の半分を壊したのが原因だと思っているようだ。


 「それは違う……と思う」


 恐らくだが、原因はリッチーだろう。

 主を失い、役目を失った城が崩壊を始めたのだ。


 「ともかく、急いで脱出しよう」

 「はい、急ぎましょう」


 急いでポニィと合流をし、ローゲンを背負って運び出す。

 帰り道はアンデッドに出くわさなかったが、次々と天井が降り注いできて、行きとは別の意味で危険な道のりだった。

 城から抜け出した時には、本格的に崩れ出していた。

 崩落する音が、まるで悲鳴のように聞こえる。

 悲鳴は長く続いたが、やがて聞こえなくなった。

 終わった。

 これで本当に終わったのだ。

 長く続いたリッチーの時代が終わりを告げた瞬間であった。



 他の勇者候補やその仲間達は先に逃げていたようで、一ヵ所に集まっていた。

 一同を見渡す。

 突入時に比べて、大分数が減っていた。

 短い戦いにも関わらず、多くの犠牲者が出てしまった。


 「おーい!」


 その中で元気よく手を振る少女がいた。

 マイカだ。


 「よかった。無事だったんだね! 中々出てこないから心配したよ」


 マイカは自身もボロボロなのに元気そうに駆け寄ってきてくれた。

 その後に彼女の仲間達も続く。

 皆、ボロボロであるが無事のようだ。


 「心配掛けたな」

 「ホントだよ。でも、無事でよかった」


 戦いの後だというのにマイカは元気だ。

 見ていると、こっちまで元気が湧いてくる。


 「レンダー。すまないが、ローゲンを運ぶのを手伝ってもらっていいか?」

 「もちろんだよ」

 「応急手当はしてあるが、危険な状態で――」


 討伐作戦が終わった後も大変だ。

 リッチー討伐の勝利に酔いしれたいが、怪我人が多い。

 死者も多い。

 事後処理に手一杯だ。

 生き残った者達は、負傷者達を連れて前線基地に帰還するのだった。




 ー17ー


 瓦礫の山に成り果てた城。

 かつてリッチーが居た部屋の辺りまで行くと、やはり原型は留めてはおらずに崩壊していた。


 「……」


 彼女の遺体はこの下に埋まっている。

 せめて遺体だけでも回収して、埋葬してやりたかったがそれは叶わない。

 魔女狩りも同じようにこの下に消えた。

 掘り出すのは無理だろう。

 自分に残された武器は漆黒の刀身をした長剣、無限の銃弾を撃てる魔銃、それとドッペルゲンガーが持っていた神の盾と悪魔の武具である剣。

 いずれもリッチー討伐作戦の際に手に入れた代物だ。

 手に馴染んだ剣も回収できたが、託された魔女狩りと神の矛は失った。


 懐より小さな四角いケースを取り出す。

 中に入っているのは誕生日プレゼント。

 渡そうと思っていたのに、色々あって渡しそびれてしまい、ついぞ渡せなかった。

 渡す機会は永遠に訪れない。

 もう見れない夢に夢を見るべきではないのだろう。

 瓦礫の山に四角いケースを投げ捨てる。

 積み上がった瓦礫と瓦礫の隙間に落ちて消えゆく。

 自分にはもう不要の代物だ。


 「ごめん、待たせちゃって。帰ろうか」


 共に来てくれたアマテルに声を掛ける。


 「もう、よろしいのですか?」

 「別れはもう済ませている。ここに居るのは赤の他人だよ」

 「……そうですか。では、戻りましょうか」


 城を後にする。

 もう振り返らない。

 そう思った矢先、テルが立ち止まってしきりに髪をいじり出した。


 「どうした?」

 「勇者様は……髪がもう少し短い方がお好みなんですか?」

 「え? なんで?」

 「いえ、短い方がお好みでしたら髪を切ってみようかなと思いまして」


 なんでそんな事を聞くのだろうか。


 「このくらいが好みなのですよね?」


 指でハサミの形を作って髪を切るジェスチャーをする。

 切ろうとしている髪の長さは、丁度リッチーと同じくらいの髪の長さであった。


 「テルはそのままでも、その……綺麗だと思うよ」

 「そうですか?」


 返答に納得していないのか、髪をいじり続けている。

 一体なんなのだろうか、疑問を抱きつつ前線基地に戻った。




 ー18ー


 夢を見ていた。

 母が居て、その隣に顔も知らない父が寄り添う。

 三人で仲良く暮らしていた。

 そこに奈々が自らの両親と一緒に遊びに来る。

 家族ぐるみの付き合い。

 親同士は語らい、ルナは奈々と游ぶ。

 少しすると茜が幼い妹と弟を連れて家にお邪魔する。

 奈々と並ぶように机に座り、茜が家庭教師になって勉強を教えてくれた。

 その間、茜の妹と弟は遊び回る。

 勉強が終わると皆で游ぶ。

 楽しく遊んでいる最中ふと台所から美味しそうな香りが漂い出す。

 気付いたら日が傾いていた。

 楽しい時間は過ぎ去るのが早い。

 夕飯を作り過ぎたので、奈々と共に近所に住む地域の活動に積極的に参加してくれる榊の家にお裾分けに行く。

 日頃の感謝を込めて渡す。

 すると、お返しにと榊からもお裾分けを頂いてしまう。

 今夜の献立が一品増えてしまった。

 家に帰ると皆で笑い合う楽しい夕食の時間になる。

 夕食後に奈々と茜が帰って静かになるも、両親がいるので全然寂しくない。

 そうして一日が終わり、次の日を迎える。

 その日は朝からそわそわしていた。

 クローゼットの中から服を引っ張り出し、鏡の前で色んな服を持って思案する。

 ようやく決めた一着の洋服。

 そこからさらにどう着飾るか思案する。

 奈々と茜に電話してアドバイスを貰ってようやく準備が整った。

 その頃には待ち合わせの時間が間近に迫っていた。

 奈々と茜からエールを送られ、両親に見送られながら家を飛び出す。

 道中出会った榊に挨拶を交し、待ち合わせ場所へと急ぐ。

 待ち合わせ場所には、もうすでにあいつが来ていた。

 見つけた瞬間に思わず笑みが溢れる。

 向こうもこちらに気付き、手を振ってきた。

 待ち合わせの時間に少し遅れるも嫌な顔一つしない。

 むしろ、何かあったのではないかと心配してくれた。

 それから服を褒めてくれた。

 それが堪らなく嬉しかった。

 一生懸命選んだかいがあった。

 手を差し出す。

 すると、その手を優しく包み込むように握ってくれた。

 優しさもあるが絶対に離さないと意志が感じられる。

 手を繋ぎ、寄り添う。

 二人きりの楽しい一日が始まる。

 幸せな、幸せな一日。

 そしてこれからもずっと一緒に……。


 ……。

 …………。

 …………………。

 ……………………………。

 …………………………………………。


 嫌な夢だ。

 やはり夢なんて見るものではないな。

 目が覚めたルナはベッドから体を起こす。

 静かだ。

 人の気配がしない。

 パジャマのままリビングに出る。

 カーテンが閉められていて電灯は点いていない。

 薄暗い。

 今は夏なのに寒く感じる。

 今日は何日だったか?

 七月の終盤だったのは覚えている。

 カレンダーを確認すると、ある事を思い出す。


 「そうか……今日は終業式だったな……」


 何もやる事がない。

 このまま家に引き籠っていてもよかったが、学校に行くことにした。

 その前に朝食を作ろう。

 朝食といっても食パンをトースターで焼いただけだ。

 焼いた食パンにバターを塗る。

 時計を見て時間に余裕があるのを確認して、せっかくだから目玉焼きも作ってみることにした。

 何度も茜に教わって、焦げずに作れるようになった料理だ。

 今日も焦げずに作れた。

 朝食を机に並べて一人で食べる。

 食べるが……味気ない。


 それにしても――


 「静かだな……」


 静かに味気ない朝食を食すのだった。




 登校し教室に入ると、席が一つ空いているのが目についた。

 あそこは奈々の席だ。

 今は交通事故に遭って入院、休学中ということになっている。

 なので今日も彼女は休みだ。

 聞いた話だと、もう目覚めてリハビリを始めているとか。

 経過は順調との事。

 喜ばしいことだ。

 記憶は改竄されて、奈々はルナの事を憶えていない。

 だけど、生きていてくれればそれでいい。

 命を懸ける必要などない。

 平和な世界で生き続けてくれ。

 これがルナが奈々にできる最善の選択。

 幸せになって欲しい。

 今が辛くても、きっと奈々は幸せになれる。

 そう信じている。


 体育館で行われた終業式はすぐに終わり、教室に戻ってホームルームが始まった。

 夏休みに備えての心構えやら注意事項やらの説明、それと宿題についての話。

 担任の話は大した内容じゃない。

 テキトーに聞き流す。

 ホームルームも終わり、一学期は終わりを迎える。

 午前中で終わってしまった。

 特に何もなかったので、来ないで休んでもよかったなと思ってしまう。


 帰り支度を整えて帰ろうとしたら、一人の生徒が声を掛けてきた。


 「望月さん、今日この後は暇かな?」


 委員長だ。

 何の用だろうか。


 「ん……。今日は暇、かな」

 「それじゃあさ、二人でどっか遊びに行かない?」


 委員長の申し出に乗る事にした。

 断る事も出来たが、今日は無性に誰かと過ごしたかった。




 ルナは委員長に誘われて街に繰り出す。


 「お腹空いてない? まずは、お昼食べに行こうか。あそこでいい?」


 ひとまず駅前にあるファストフード店に入ってお昼にする事になった。


 「なんで今日誘ったんだ?」


 何気なしに尋ねてみる。


 「なんでって……うーん、そうだねー。望月さんが元気なさそうにしていたから、かな?」


 体調は良くはないが悪くもない。

 心配される程、元気がないようにしていたつもりもなかったが、委員長にはそう見えたらしい。


 「要するに励まそうとしていたわけ。それじゃダメかな?」

 「……そうか。いいんじゃないか、別に」

 「あれ? 嬉しくないの? てっきり照れてくれるのかと思ったのになー」

 「照れない」


 兄妹揃って変なところで似ている。


 「この後どうする? 行きたい場所とかある?」


 行きたい場所?

 考えてみるが、何も思い浮かばない。


 「行きたい場所が特にないのなら、テキトーに見て回ろうよ。駅前だし、色々あるよ。それとも、最近できた大きなショッピングモールに行ってみる?」


 最近できたショッピングモール。

 あいつと初めて会ったのは、その裏だったな。

 あの時はまだ工事中だったのに、今は大きなショッピングモールになっている。


 「行きたくなかったかな?」

 「いや……。そのショッピングモールにしよう」


 その後は委員長と一緒にショッピングモールに向かい、遊び回った。

 オシャレな服を試着したり、雑貨を見たり、美味しいクレープを食べたりした。


 楽しい。

 不思議と笑顔になる。


 「ねえねえ、次はどこに行く!」


 委員長も楽しそうにはしゃいでいる。

 もしもここに奈々が居たら、もっと楽しいのだろうな。


 「……そろそろ帰らないと」


 空はまだ明るい。

 だけど、お別れの時間だ。


 「あれ? 門限とかあるの?」


 そんなものあるわけがない。

 家に待つ人など誰もいないのだから。


 「うん、まあ、そんな感じ」

 「そっかー。門限があるんだ。それなら仕方ないか」


 本当はもっと遊びたい。

 遊び尽くしたい。

 でも、楽しい時間は必ず終わりが訪れる。

 ルナの周りにいた人々は全員姿を消した。

 あの楽しかった日々はもう訪れない。

 生まれる前に父が死に。

 幼い頃に母が殺され。

 親友が重傷を負って。

 天使と悪魔は消えた。

 そして、あいつは別の世界へと旅立った。

 自分は一人。

 むしろ、このまま一人で居るべき人間だ。

 自分の存在は周りを傷つけてしまう。

 巻き込まないために、一人になろう。


 「ねえ、今日は楽しかった?」


 ふと、委員長がそんな事を聞いてきた。


 「楽しかった……。ありがとう。こんなにはしゃいだのは初めてかもしれない」

 「そっか、元気になってくれてよかった」

 「今日は本当にありがとう。……さようなら」

 「うん、また遊ぼうね!」


 別れ際に魔法を発動する。

 さようなら。

 これでお別れだ。

 もう二度と会う事はない。

 最後に楽しい一日をありがとう。


 委員長は笑顔で去っていく。

 自分はどんな表情をしているのだろうか。

 見ることは出来ない。

 だけど、委員長は笑顔だった。

 不快な顔はしていないだろう。

 去ってゆく委員長を背にして歩き出す。

 人とすれ違う。

 どれも知らない顔だ。

 徐々に人が少なくなっていく。

 やがて人気がなくなる。

 周りに人はいない。

 それでも進んだ。

 この先に待ち構えているのが誰だか分かっていたから。


 「お待ちしておりました」


 聖女が部下を引き連れて待ち構えていた。


 「わざわざ一人になるのを待っていてくれたのか」

 「彼女が無関係な人間だというのは調べがついておりましたので」


 よかった。

 委員長には手を出さない。

 これで心残りは消えた。


 「私をここで殺すのか」

 「はい。人類の敵は滅ぶべきです。あなたも例外ではありません」


 聖女は自らの手に光の槍を出現させる。


 「始末は私が行います。包囲網を展開。決して逃がすな」


 ルナは身構える。

 逃げてやる。

 逃げ延びて、生き続けてやる。

 そう思っているのに、体が動かない。

 聖女からは何も魔法を受けていない。

 では、体が動かないのは……自分のせい?


 「……」


 ああ……そうか……。


 「そうだったのか……」

 「なんでしょうか?」


 ルナは天を仰ぐ。

 今までルナを生かすために何人もの人が死んだ。

 生きて。

 生き続けて。

 生き延びて。

 死んでいった者達は全員がルナの生き永らえさせるために、その命を散らせた。

 それなのに、今のルナは生きる気力が湧かないでいた。

 今、この世界にはルナの仲間は一人もいない。

 委員長とは友人になれても仲間にはなれない。

 周りには誰もいない。

 孤独だ。


 光の槍がルナの心臓を貫き、セーラー服が紅く染まる。


 「無抵抗ですか……。こちらとしては手間が省けて有り難いのですが、なんだか拍子抜けです」


 痛みが全身に広がる。

 死に至る痛みがこの程度のものなのか。

 心臓を貫く痛みよりも心の方がもっと痛い。


 光の槍が抜かれて、ルナの体は血の海に沈む。


 死を間近にして、頭に浮かぶのはあいつの顔。

 最後に会ったのが随分と昔に感じられる。

 ずっと一緒に居たかった。

 ずっと傍に居て欲しかった。

 だけど、もう二度と会えない。

 あいつの事は……、好きだった……と思う。

 ……いや、好きなのだろう。

 大好きだ。

 自分が死んでもあいつは生き続ける。

 願わくば、私の分まで幸せになって欲しい――




 委員長は気分よく帰路に着いていた。


 望月さんと仲良くなれた。

 これからも、もっともっと仲良くなって遊びたい。

 色んな場所に遊びに行ってみたい。

 オシャレに慣れていない望月さんを着飾るのも面白そうだ。

 次に遊ぶときは何をしようか。

 遊園地はどうだろうか。

 今は夏だし、海とまではいかなくてのプールには行ってみたい。

 望月さんはいつも体育のプールは見学しているので一度でもいいから一緒に泳ぎたい。

 今度夏祭りがあるし、それにも誘ってみたい。

 きっと浴衣が似合うはずだ。

 今後について色々と考えを巡らせる。

 そんなこんなで家に辿り着く。


 玄関の取っ手に腕を伸ばすが、掴む前で止まる。


 「あれ……?」


 手が固まる。

 何かがおかしい?

 腕を下ろして玄関の前で立ち尽くす。

 家に入ってはいけない。

 中に入ったら最後、何かが失われるような、そんな気がする。

 大事な何かが消えてしまう。

 家に入ってはダメだ。

 入るな。

 入るな、入るな。

 体が動かせない。

 動かないまま時間だけが過ぎていく。


 「どうしたの、玄関の前で?」


 玄関の前で立ち尽くしていると、買い物袋をぶら下げた母親が帰ってきた。


 「もしかして、鍵忘れちゃったの? 真面目なのにちょっと抜けてるわね」


 気楽な母親の声が流れる。

 ちなみに鍵は持っている。

 いつも常備している。

 忘れるなんてありえない。


 「バッグの中に鍵が入ってるから取ってくれる」

 「うん……」


 買い物袋で手が塞がっている母親のバッグから鍵を取り出して、玄関の鍵を開ける。


 「ありがとー。重いから大変だったのよー」


 重い買い物袋を持った母親の邪魔になってはいけないので玄関を開けて先に入る。


 「あっ……」


 家に入ると、何かが抜け落ちた。


 「どうしたの?」


 母親が心配そうに声を掛けてきた。

 何かが起きたような気がしてならない。

 でも、その何かが分からない。


 「ううん、なんでもない」

 「そう? これ冷蔵庫に入れといて、洗濯物取り込んじゃうから」

 「うん、分かった」

 「何か機嫌よくない? 良い事でもあった?」

 「今日ね、友達と遊んだの! その子ともっと仲良くなれそうで」

 「あらー、よかったわね。どんな子なの?」

 「どんな? うーん……あれ?」


 どんな子?

 誰?

 今日誰と遊んだのだっけ?

 思い出せない。

 そもそも、誰かいたっけ?

 一人だった?

 一人で色々見て回った?

 きっとそうだ。

 今日は一人で色々見て回ったのだ。


 「もしかして彼氏?」


 母親が茶化すように言ってきた。


 「違うよー。それより今日の夕飯は何?」

 「はぐらかすところが怪しいわね」

 「はぐらかしてないよ」

 「はいはい、そういう事にしておきます。今日の夕飯はね――」




 ー19ー


 リッチー討伐作戦は大きな損害を出したものの、リッチーを討伐することに成功した。

 作戦が終了した数日後、生き残った勇者候補と冒険者の大半はリッチーの居城よりも東を目指す。

 その先は王国の領地ではない。

 長く道が閉ざされていた王国にとって未開の地に等しい。

 その先が気になるのは誰もが思うことだ。

 新たな旅、冒険が彼らを待ち受けている。

 しかし、中には東を目指さない者もいた。

 自分達がそうだ。

 ローゲンの怪我を差し引いても、これ以上旅を続けようとは思わなかった。


 「マイカ達は東に行くのか?」

 「うん。あたし達の冒険はまだまだ続くよ。ねっ、レン君」


 尋ねられたレンダーは頷く。

 なんだか前よりも二人の距離が近くなったように見えるのは気のせいだろうか。


 「キミは帰るの?」

 「ローゲンを送り届けないといけないからね」


 ローゲンは先の戦いで左足を失った。

 元よりリッチー討伐作戦を終えたら引退する予定だったが、片足を失っては本格的に引退しなくてはならない。


 「送り届けた後はどうするの?」

 「旅はもう終わりだな。どこかで畑でも耕してのんびりと暮らすよ」

 「そっか、それは残念。もっと一緒に戦いたかったのに」

 「戦いはもう勘弁してくれ」

 「無理強いはしないよ。それよりも、テルちゃんはどうするの?」

 「それはこれから話す」

 「一緒に暮らそう的な?」


 頷いて首肯する。


 「そっかー。いい返事が聞けるといいね」

 「ああ、応援しといてくれ。こっちも応援してるから」

 「ありがとー」


 マイカ達は旅立つ。

 新たな地を目指して。

 それに対し、自分達の旅は終わりを迎えた。

 といっても、人生はまだまだこれからだ。

 勇者の使命を終えて、新しい生活が始まる。

 そして、彼女の分まで生きると決めた。

 精一杯生き抜こう、自分の人生を。




 「テル。ちょっといいかな?」

 「はい。なんでしょうか」

 「ローゲンを送り届けた後の事について何か考えてる? テルがよければ何だけど、その……一緒について来てくれないか?」

 「どこか行きたい場所でもあるのですか?」

 「そういう意味じゃなくて、えっと……一緒に暮らさないか?」

 「一緒にですか?」

 「テルが嫌だと言うのならしょうがないけど、ただ、今更別々に暮らすのもあれだし、その、テルの事が……好きだから……一緒に居たい」

 「……」

 「……嫌、だった?」

 「嫌ではないですよ。私も勇者様の事が大好きですから」

 「そ、そっか、良かった。それで、具体的な内容はテルと相談して決めたいんだけど……。個人的にはその……どこか静かな所で家を買って、畑を耕したり、狩りをしたりして過ごしていきたいなと考えているんだ。テルと一緒に……どうかな?」

 「……」


 アマテルは口を噤み、考え込む。

 悩んでいるように見える。

 何かいけない事でも言ってしまったのだろうか。


 「その、畑や狩りが嫌なら、普通に仕事に就いてもいいんだよ。家も、賑やかな所でもいいし」

 「そうではないです。私も勇者様と一緒に居たいと考えていました。ですが……」

 「で、ですが?」


 なんだろうか。

 やはり早まり過ぎたのだろうか。


 「残念なお知らせがあります。実は先約がいるのです」

 「先、約……?」


 それってどういう事?

 婚約者でもいるって事?


 「実はポニィに不安だから王都までついて来て欲しいと頼まれているのです」

 「あっ、そういう事か。良かった……」

 「はい?」

 「いや、なんでもない。こっちの話」

 「王都に行っても私はすぐにお邪魔虫になると思うのですよ。だから、王都からはすぐに離れると思います。それからでいいですか、勇者様について行くのは?」

 「もちろん」

 「せっかくですし、勇者様も一緒にポニィを王都まで送りに行きませんか」

 「いいのか? ポニィは嫌がったりしないか?」

 「大丈夫ですよ。むしろ、心配なら一人くらい増やしてもいいと言ってました」


 なるほど。

 最初から三人で行くつもりだったのか。


 「勇者様が居れば帰り道も安全ですからね」

 「分かった。一緒に行こう。二人の安全は保証するよ」

 「はい。よろしくお願いします」




 リッチー討伐の旅は終わりを迎えた。

 結果として多くの命は失われた。

 その失われた命の中には彼女も含まれている。

 だけど、救われた命も多い。

 命に価値があるのなら、失った命と救われた命が釣り合うとは思えない。

 けれど、これが自分が選択したものだ。

 後悔してしまっては死んでいった者達に申し訳が立たない。

 自分は生きているのだ。

 ならば、命を懸けて一生を全うしよう。

 後悔している暇がないくらいに全力でだ。

 心配することはない、仲間が居るのだから。

 不安がる必要はない、隣に寄り添ってくれる彼女が居てくれるのだから。

 彼女と共に未来を歩んで行こう。

 明るい未来を信じて。




 ーFinー


 長い物語になりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございます。


 今回の内容は非常に濃いものだと思います。

 多くの強敵を倒し、至った先にはリッチー。

 内容は駆け足だったかもしれません。

 早く形にしたいという気持ちが先行してしまった結果が今回の話として現れてしまいました。

 おかげで一つの話として纏まったから結果オーライと思っています。


 序盤にて、主人公は最強のアンデッドであるジェノサイドに挑み、勝利しました。

 最後は神の矛で仕留めましたが、あそこを逃していたら主人公は敗北したでしょう。

 主人公の語った通り、まだまだジェノサイドの力には遠く及びません。


 死神との戦闘ですが、元々は最初の連携で終わる予定でした。

 ですが、勇者補正と契約モンスターを出していなかったなと後から気付き、急遽付け足しました。

 炎馬大鳳に至っては当て字で急いで作った感があります。

 後付け感があるのは否めませんが、せっかく書いたのでそのまま使わせて頂きました。


 そして天使とマイカの戦闘。

 マイカ達も活躍させたいなと思い、書きましたがマイカだけが活躍するだけになってしまいました。

 この天使ですが、リッチーが召喚した天使になります。

 なので神の遺物である槍を持っていました。

 名前を付けるのなら「神の裁き」が適当でしょうか。

 当初の予定では悪魔型のスケルトンを登場させる予定でしたが、悪魔の役は別に登場させることにしたので省きました。


 その悪魔役が主人公のドッペルゲンガーになります。

 使ってはいなかったですが、悪魔の武具を持っていたのはリッチーが召喚した悪魔だからです。

 この悪魔の武具については外伝にて語りたいと思っています。

 それから神の盾という神の遺物を持っていましたが、これは主人公が神の矛を持っていたので、その対にと思って持たせたものです。

 なぜ持っているのか、その理由は特に考えていません。

 先代リッチーが召喚した天使のおさがりが一番ありそうな話です。

 如何なる守りも貫く神の矛で如何なる攻撃も防ぐ神の盾を攻撃したらどうなるか、それはご想像にお任せします。


 最後の大きな戦闘であるケルベロス戦。

 これも言ってしまえば、アマテル達にも活躍してほしかったから書いた話になります。

 弱体化していたからこそ討伐することが出来ました。

 ちなみに最後にアマテルが使ったのは付与の魔法になります。

 アマテルが付与の魔法を使ったのは初出になりますが、今までは治癒の魔法を使うための魔力を温存するために使わなかったと思ってもらえればと思います。

 まあ、主人公が雷を落としたのもいきなりでしたから、いきなり新しい魔法を使っても今更って感じですけど。


 最後に、ラスボスであるリッチーとは戦わずに終わってしまい拍子抜けしたかもしれません。

 当初の予定ではリッチーとは一戦を交えさせる予定でしたが省きました。

 戦闘になった場合、リッチーが攻撃魔法を放つも主人公は拾った神の盾で全て防ぎながら歩み寄り、最後に抱きしめながらトドメを刺すというものになってました。

 本編とどっちがいいかは分かりませんが、個人的に本編の内容の方が好きです、主に執筆の量的な理由で。


 さて、本作は今回の話で一旦終わりとなります。

 次回からは外伝としていくつか話を投稿しようと考えております。

 蛇足になるかもしれませんが、駄作にはならないようにしていく所存です。


 外伝以外にも次回作の構想があるので、そちらも書き進めていくつもりです。

 いつ完成するか分かりませんが、楽しみに待って頂ければと思います。


 ここまで読んで頂き感謝致します。

 また次回の話もよろしくお願いします。

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