19.分岐点
ー1ー
崩していた体調が快復した頃には街のお祭りは落ち着き始めていた。
まだ数日はお祭りが続くらしいが、ピークは過ぎ去ったのだ。
自分達はお祭りの最後を見届けることなく、街から旅立つ。
お祭りを最後まで楽しんでいたらリッチー討伐隊に参加できない。
目的のために前線基地に向かわなくては。
向かうのだ。
リッチーを倒す倒さないは別として、ひとまずは前線基地を目指す。
最近、そのリッチーを討伐するのに迷いが生じ始めた。
理由はルナとリッチーが共命者だからだ。
リッチーを討伐、殺したらルナも死ぬ。
だからリッチーを殺してはいけない。
だけど討伐隊は編成される。
討伐隊が必ずしもリッチーを討伐できるとは限らない。
歴史を見る限り、討伐に失敗するのが殆どだ。
それでも十一年前に行われた討伐作戦では先代リッチーを見事に討伐してみせた。
今回のリッチー討伐作戦もそれが起こるかもしれない。
リッチーの討伐。
それは王国の悲願であり、全ての勇者候補と冒険者の目標である。
それを阻止するのは難しい。
簡単にできることではない。
自分達が旅をしているのもリッチーを討伐するのが目的でここまで来た。
リッチーはアマテルの両親の仇であり、彼女もリッチーの討伐を望んでいる。
それでも止めなくては。
討伐作戦が始まったら多くの人が犠牲になる。
なんとかして討伐作戦が始まる前に討伐隊を解散させるんだ。
そう決意した時には前線基地に辿り着いてしまった。
前線基地から出た時は長い旅路だったのに、戻って来るのあっという間だった。
なぜこんなにも早く着いてしまったのだろうか。
今だにルナにはリッチーと共命者であることは話せず、アマテルには討伐を辞めようと切り出せないでいたのに。
ー2ー
「あなたが……アダチさんですか?」
目の前に立つのは最強の勇者候補と呼ばれている男。
年齢は六十を過ぎているにも関わらず、その肉体は分厚くガタイがいい。
彫りが深い顔には皺が刻まれ、長い時を日の下で活動していたせいか、肌は焦げ茶色に焼けていた。
頭髪と髭には白色が混じっている。
それでも力を宿した瞳からは老いを感じさせず、正しく歴戦の猛者といった出で立ちだ。
「ん? お前も討伐隊の参加希望か」
鋭い眼光がこちらに向けられ、思わず言葉が喉に詰まってしまう。
「参加希望だ」
何も言えないでいる自分に代わってローゲンがアダチに伝えた。
「お前は……見覚えがあるな。そう、十年……いや、もう十一年になるのか。前回の討伐隊の生き残りだな」
「ええ、そうです。あの時の雪辱。そして、死んでいった仲間の仇を取るために帰って来ました」
「そうか。俺と同じ臆病者で腰抜けの一人というわけか。帰って来ずとも誰も恨まないというのに……それでも嬉しく思うよ」
そう言ってアダチはローゲンに右手を差し出した。
ローゲンはその手を握り、握手を交わす。
自分は何も言えず、討伐隊に参加することが決まった。
「ところで、エクリプスのフランケンを知っているか?」
唐突にアダチが聞いてきた。
「ああ、もちろんだ」
ローゲンが応える。
「もしや、お前達が彼を倒したのか?」
「他に協力者がいたが、倒したのは俺達だ。それが何か?」
「いや、何、聞いていた特徴と酷似していたのでな。もしやと思って聞いてみたまでだ」
「そうですか」
「奴を倒したとなると、実力は申し分ないようだ。勇者候補の君にも期待している」
アダチはこちらに視線を向ける。
その視線は鋭く鋭利なもので、見られただけで背筋がゾッとした。
なんとか会釈で返すと、アダチは頷き、その場から去っていく。
「今日はどうした? いつもと態度が違ったぞ」
普段なら自分が率先して話していたが、今日は違った。
それについてローゲンが訝しむ。
「……大丈夫だ。気にしないでくれ」
あのアダチと対峙して、とても討伐作戦を中止してくれと言える雰囲気ではなかった。
あの何者にも屈しないという力の宿った瞳。
あれが恐ろしくて何も言えなかった。
アダチと別れて前線基地を歩いていると、アマテルはとある人物を見つける。
「勇者様。見てください、あれ」
アマテルに言われて見てみるとマイカの姿が見えた。
レンダー達も一緒だ。
向こうもこちらに気付いたようで、マイカが元気良く手を振る。
「元気にしていたか?」
「それはもちろん。元気があたしの取り柄だからね」
マイカ達と合流して一緒にお昼を食べることとなった。
「マイカ達も討伐隊に参加するのか?」
「うん」
「そうか……」
討伐隊にはマイカも参加する。
勇者候補なら当然のことであり、何らおかしくない。
それでもマイカ達の参加は歓迎できなかった。
「討伐隊の数は日に日に増えているそうで、今じゃ二百人を超えているそうだ」
自分達より少し早く前線基地に到着していたようで、レンダーが現在の情報を教えてくれた。
「近々、作戦が決行される。代表者を集めての作戦会議での発言だから確かな情報だ」
「近々……。そんなに時間は残されていないようだな」
「今日の夜に討伐隊の方針についての説明があるし、早くて明日か明後日くらいには作戦が開始されると思うよ」
本当に時間がない。
討伐作戦が開始したら、多くの人が死ぬ。
そしてリッチーが討伐されるかもしれない。
そうなる前になんとか阻止しなくては。
マイカ達と一旦別れて、テント街に向かう。
以前購入したテントはまだ残っていた。
管理費を払っていたので手入れされた綺麗な状態だ。
荷物を下ろし、自分がどうすべきかを考える。
ルナを救う方法はないのだろうか。
リッチーを討伐させない方法。
作戦の妨害はダメだ。
多くの人が死ぬことになる。
討伐作戦そのものを潰さなくては意味がない。
自分が先行してリッチーを仕留めたことにするのはどうだろうか。
……ダメだ。
リッチーが友好的で、さらに言うことを聞いてくれる保証がない。
そもそもリッチーの所まで行けるかも分からない。
アダチの暗殺。
それはどうだろうか。
彼は今回の討伐隊を編成した責任者だ。
そんな彼がいなくなれば討伐隊はなくなる。
……いや、ダメだ。
代わりの者が指揮するに決まっている。
ではどうする?
どうしたら討伐作戦を潰せる?
もしかしたら聖女の方をどうにかすればルナは死なないかもしれない。
聖女をどうする?
殺すのはダメだ。
聖女はアマテルの共命者。
殺すわけにはいかない。
それに殺す必要はないのだ。
逃げればいいのだから。
逃げる。
やはりそれしかない。
包囲網を築いているようだが、それをなんとかして掻い潜れば逃げられるはずだ。
逃げる方向で考えよう。
今日の夜にルナと相談すれば何か良い考えが浮かぶかもしれないしな。
ー3ー
夜になり、討伐隊の面々が一同に集結する。
彼らの視線の先にある壇に男が一人上がった。
アダチ。
今回の作戦の指揮者であり、総責任者。
彼が壇上に上がると一同は静まり返る。
「時が来た。長い歴史において、我々人類とリッチーの戦いは次の討伐作戦で終わりを迎える。我らが必ずや勝利する。そして約束しよう。我が魔剣が必ずやリッチーを仕留めてみせることを!」
アダチは腰に差した鞘から魔剣を抜き、天高く掲げる。
夜にも関わらずに刀身が煌めく。
光属性の魔法が込められた魔剣は斬ったアンデッドを浄化する。
対アンデッド戦において強力な力を発揮するのだ。
ただし、この魔剣は光属性を苦手とする者以外にはただの剣でしかない。
他の剣よりは切れ味はいいがそれだけだ。
周囲の勇者候補や冒険者達は魔剣を見て歓声を上げる。
それから、アダチが今回の討伐作戦の概要を説明する。
作戦の内容は前回と同じだ。
まず討伐隊をいくつかに分断する。
そして、その分断した隊のいくつかは囮役となって、ジェノサイドやケルベロスといった高位アンデッドの相手をする。
囮部隊が引きつけている間に本隊がリッチーの居城に潜入。
道中にも高位アンデッドと出会すと予想されるので、その度に隊を切り分けていく。
最後まで残った、おそらくアダチがリッチーを討伐する。
犠牲は多く出るが、前回の戦いにおいての実績があるので採用されたのだ。
「……そうか。ついにリッチーの討伐が行われるのだな」
ルナにアダチから説明を受けたリッチーの討伐作戦について話す。
「ようやく旅の目的がを果たせるのに、浮かない顔をしているな。囮の部隊にでも選ばれたのか?」
「いや、リッチーを討伐する本隊に選ばれたよ。エクリプスを潰した実績があったからな。マイカ達も同じ理由で本隊だ」
「そうか。では、なぜ浮かない顔をしている?」
「それは……」
まず何から話すべきだろうか。
「今日に限らず、ここ最近は浮かない様子だな。悩みでもあるのか? まあ、話したくないのなら無理に話さなくていい」
「そういうわけじゃないんだ」
「なら、ゆっくりと言葉を探せ。見つかるまで私は待ってやる」
ルナに言われて、気持ちを落ち着かせる。
それからじっくりと考えてから静かに口を開いた。
「ルナ。ルナは逃げないのか?」
「逃げるさ。生きるために」
「今すぐ逃げないのか?」
「茜と榊が必死になって逃走ルートを探している。ルートの確保が出来次第、街から出る」
僅かな綻びさえも許さず、聖女は包囲網を敷いている。
簡単に逃げられると思っていたが違ったようだ。
「この話は前にもしなかったか?」
「そうだっけ?」
言われてみると以前にも逃げるとかの話をしていた気が……。
だとしたら、自分は一人で無駄な事をずっと考えていたのか。
時間の無駄。
もっと早くルナに聞いていればよかった。
「話を変えるけど、向こうで討伐作戦を遅らせる、もっと言えば中止させる方法がないかと考えているのだけど、知恵を貸してくれないか?」
「怖気づいたのか?」
「……地球で色々と忙しい事になりそうだから、それに備えておきたいんだ」
嘘である。
本当はリッチーがルナの共命者であるからだ。
討伐作戦が上手くいくとは限らないが、不安要素を少しでも排除しておきたい。
「こちらの事は気にしなくていい。お前は向こうの役目を果たして来い」
「嫌だ」
迷いもなく即座に否定するとルナは驚くもすぐに冷静さを取り戻す。
「なぜ?」
「それは……」
リッチーの共命者がルナであると伝えるのは簡単だ。
だけど、それは不安を煽るだけだ。
今はセイヴァーハンドに命を狙われている。
それでも、討伐作戦を阻止出来れば、ルナだって無事に難を逃れられるはずだ。
討伐作戦を阻止する策が欲しい。
「……お前が何を考えているかは分からないが、討伐作戦を遅らせるのは簡単だ。不測の事態が起きれば、遅れが生じる。それを故意起こせばいい。どれ程延ばせるかは分からないがな」
「不測の事態って具体的には?」
「責任者、又はそれに近い誰かが死ぬとか、敵が先手を打ってきたとか色々だ。他には……なんだろうか。とにかく、思い付かないからこそ、不測の事態と呼べる」
「誰かを殺すか……」
「殺すのはあまりいい選択ではないな。討伐隊に参加しているくらいだ。手練なのは間違いない。しかもそいつを誰にも気付かれずに殺す必要がある。仮に達成出来ても犯人探しが行われる。そこで怪しまれたら終わりだ」
「リスクが大きいな」
「大きい割に得られるのは時間稼ぎ。作戦の決行が遅れるだけだ。遅れればいいというわけではないだろ?」
「ああ、出来れば作戦そのものを中止にしたい」
「確実に中止にしたいのなら……」
ルナは何かを言い掛けるも止めた。
「ルナ?」
「……この話はこれで終わりだ」
ルナは答えず、話を切り上げた。
「待ってくれ。何か思い付いたのだろ? それを教えてくれ」
「残念ながら何もない。これ以上考えるなら自分の頭で考えろ」
結局どうすべきか何も分からないまま地球を後にしたのだった。
ー4ー
翌日。
昨夜の作戦概要の説明もあってか、前線基地は慌ただしい空気に包まれる。
討伐作戦に参加する者達は皆準備に追われているのだ。
そんな中、自分はアマテルを連れ出そうしていた。
二人きりで話をするためだ。
アマテルには申し訳ないが、両親の仇であるリッチーの討伐を諦めてもらおう。
その上で、討伐作戦そのものをどうにか中止に出来ないかと相談をしたい。
「勇者様、どうしたのですか?」
「うん。実はアマテルと二人で話がしたくて」
「私とですか?」
「とりあえず外に……あっ」
ひとまず連れ出そうとした時、クラっと目眩がした。
疲れてはいない。
日光を長時間浴びていたわけでもない。
この目眩は地球に召喚される兆候のやつだ。
こんな真っ昼間から召喚、それはルナに何かしらの危機が迫っているということだ。
「勇者様?」
「すまない、テル。行ってくる」
「はい、お気を付けて」
アマテルに見送られながら地球に旅立つ。
何があったかは知らないが、サッサとケリをつけて戻ってこよう。
召喚されたのは、見覚えのない裏路地。
ルナに茜に榊の現メンバーの全員が揃っていた。
全員がローブに革手袋を身に着けている。
だが、ローブの所々が汚れ、擦り切れていた。
ルナは仮面らしき物を手に持っていたが、割れているらしく、その破片が地面に零れ落ちる。
戦闘の後なのがありありと見て取れた。
「状況は?」
「……」
自分もすぐさま装備を整えて状況の確認をするも、ルナは何も答えずに押し黙っている。
昼間に召喚するくらいだ、状況が悪いのは分かりきっていた。
だが、普段のルナなら状況の良し悪しに関わらずに即答するはずなのに、今日は違う。
ルナの口は堅く閉ざされていた。
これは思った以上に深刻そうだ。
「……追われている」
ようやく口を開いたルナが状況を説明してくれた。
セイヴァーハンドの包囲網を調べている際、前線に立って指揮していた聖女に見つかったとの事。
それで今は追ってから逃げながら包囲網から抜け出そうしている。
本来ならば包囲網を調べ尽くしてから逃げ出す予定だったが強行突破に変わった。
装備の損傷は聖女から逃げる際のものだ。
「敵には聖女がいる。もう逃げられないかもしれない……」
「珍しく弱気だな」
「……かもな」
あっさりと肯定されてしまった。
普段のルナの態度を考えると相当参っているのが窺える。
「強行突破が上手く行けば、なんとかなるのだろ。なら、まだ諦めるべきじゃない」
「……お前にしては珍しく強気だな」
「どこかの誰かさんに似たのかもな」
「誰だよ、それ……」
本人は気付いていないようだが、誰かとはルナだ。
向こうの世界ではリーダー的なことをやっている。
初めは勝手が分からず、どうしたらいいか分からなかった。
なので、身近で似たようなことをしていたルナを参考にすることにした。
さすがに上から目線で指示を出すとかは真似していない。
だけど、ルナは常に強気でいた。
自分も指揮していたから分かるが、即座に選択しなければならない時が毎度のごとく訪れる。
悩んでいる暇もなく指示を出すも、本当にそれでいいのかと毎回不安になった。
それはルナも同じはずだ。
だけど彼女は弱音を吐かずに強い態度で在り続けた。
指示を出す者が弱気でいたら、他の者は不安になるものだ。
ルナもそれが分かっていたのであろう。
アマテル達を不安にさせないために、彼女の真似をしてきた。
上手く出来ていたかは分からないが、旅の終着点まで無事に来れたのは間違いない。
「ルナ様。そろそろ移動をしないと危険です」
榊と共に周囲を警戒していた茜が進言する。
それを聞いたルナがおもむろに右手を差し出してきた。
差し出された手は微かに震えている。
仮面を着けていないので彼女の顔はありありと見ることが出来た。
視線は彷徨い、身を縮こませている。
不安が体に、態度となって現れていた。
震える手を握り、彼女の不安を和らげる。
「……奴らは幾重にも魔法陣を展開している。それを茜の魔女狩りで一つずつ破壊していく。全てを破壊した後、この街から脱出する」
ほんの少しではあるが、いつもの調子が戻って来たようだ。
「近場から叩いていく。だが、一つでも破壊すればこちらの位置は気付かれる。これは時間との戦いだ。茜、先方を任せてもいいか?」
「もちろんです」
「ありがとう。榊は後方を」
「はっ!」
「よし。お前は傍を離れるなよ」
「ああ」
そもそも手を繋いでいるので離れられない。
「場所は誘導する。行くぞ!」
ー5ー
魔法陣の破壊は順調だった。
三つの魔法陣を破壊し、四つ目の魔法陣を目指しての移動中、それはついに現れる。
「初めまして……ではありませんでしたか。会うのは二度目ですね」
待ち構えていた一団。
その中心にいる人物、聖女。
見間違えるわけがない。
アマテルと瓜二つの姿をしたアマテルの共命者。
「聖女……」
小さく呟いた言葉に、セイヴァーハンドの構成員達は気分を害したのか顔を険しくさせる。
様を付けろ、とでも言いたそうな顔だ。
黙っているのは聖女が居るからだろう。
「あなた方にはここで死んで頂きます」
聖女は淡々と述べる。
その姿に底知れぬ恐怖を抱く。
「嫌だと言ったら?」
「たとえ、あなたが拒否しても人類は、世界はあなたの死を望んでおります」
ルナを殺すのは世界の意志だという物言いだ。
「下がっていてください」
茜が前に出て、抜き身で手にしていた魔女狩りを構え直す。
「彼らはこちらの話に耳を貸す気はないでしょう。どんなに言っても結論を変えない。それが彼らです」
茜の言っていることはもっともだ。
向こうが一方的にこちらを人類の敵だと認定して殺しに来る。
それに、今まで血みどろの戦いを繰り広げてきて、今更話し合いをしようなんてなるはずがない。
「茜……無茶は……」
ルナは茜を心配する。
弱々しいのは、やはり奈々の時のことが頭をよぎっているからだろう。
「分かっています」
視線を一瞬こちらに向けられ、茜の覚悟が伝わってきた。
分かっている。
そう、茜は分かっているのだ。
誰かが囮にならなければならない事を。
一瞬こちらに向けられた瞳がルナを任せたと語っていた。
茜の背に隠れながら榊が神の矛を懐から取り出す。
榊は何も合図を出さなかったが、その大きな背中が雄弁に語っていた。
ここは任せろと。
ルナのために生きてきて、ルナのために逝く。
二人の覚悟は何者よりも強く、たとえルナであっても変えられない。
ならば、自分に出来る事は……。
チラリと隣にいるルナに視線を向ける。
その姿からは不安が滲み出ており、ずっと繋がれている手からもそれは伝わって来た。
形だけでもと、ルナより半歩前に出る。
その際に繋がれていた手を離す。
ルナをより不安にさせてしまうかもしれないが、こればかりはしょうがない。
後ろからローブを引っ張られる。
ルナがローブを握っているのだろうか。
これは彼女の癖だと、以前に茜からこっそり教えてもらった。
怯えたり、不安になったり、寂しかったり、甘えたい時にルナは手を繋いだり、衣服を掴んだりと誰かの傍に居たがるらしい。
こんな状況だからこそ見れる姿だが、こんな状況でない時に見たかった。
しばしの間、セイヴァーハンドの一団と視線を交わす。
風が吹いたかと思いきや、茜が腰を落として一気に距離を詰めるべく駆け出していた。
茜が腰を落としたのと同時に榊が神の矛の引き金を引く。
放たれた銃弾は茜の頭上を紙一重に過ぎ去っていき、聖女の額へと吸い込まれていった。
見事な連携。
その時、聖女の目の前が僅かに歪むのを右眼が捉えた。
歪んだ場所に向けて銃弾は直進する。
銃弾が歪みに呑みこまれて消えた。
あれは何だ?
疑問に思ったのも束の間、目の前を走る茜が血飛沫を撒き散らしながら倒れる。
地面に倒れ込む茜の右足からは血が溢れるように流れ出す。
歪みに視線がいっていたので、茜に何が起きたのか理解出来なかった。
急いで茜に駆け寄ろうとしたが、榊が腕を上げて行く手を阻む。
なぜ止めるのか疑問に思った。
だが、そのお陰で状況を理解する。
遠目から茜の斜め後方の場所が聖女の目の前同様に歪んでいるのが見えた。
それで何が起きたのか悟る。
空間魔法だ。
如何なる守りも貫ける神の矛の攻撃を防ぐのではなく、自身の前の空間を別の空間に繋げることで回避したのだ。
しかも回避するだけでなく、攻撃に利用してきた。
「茜っ!」
ルナが叫ぶ、茜はルナに応えることなく自身の赤く染まった右足を見つめる。
そして彼女も何があったのか悟ったのだろう。
先程までの敵を殲滅しようとする気力が感じられない。
魔女狩りを支えにして立ち上がり、鞘に納める。
「悪あがきはこれで懲りたでしょう。せめてもの情けです。苦しまずに終わらせて差し上げます」
聖女が慈悲深い微笑を讃える。
さり気なく、榊は後方にいるこちらに向けて神の矛を投げ渡してきた。
なぜ渡してきたのか、その意図に気付かぬほど鈍感ではない。
受け取った神の矛を即座に懐にしまい隠す。
榊が前に歩み出して、茜の横に立つ。
ルナも榊に続いて前に出ようとするが、その腕を掴んで静止させる。
顔を上げてこちらを見つめてくるルナの顔は驚きと困惑を浮かべていた。
行かせない。
君は行っちゃダメだ。
「……予備は?」
茜がぼそりと榊に尋ねる。
「……ある」
榊の返答を聞いた茜は振り向き、魔女狩りをこちらに投げる。
「走って!」
返事は聞かずに茜は榊と共にセイヴァーハンドの前に立ち塞がった。
魔女狩りを掴み、ルナを引き寄せて抱え上げる。
軽い。
こういう時はルナの小さな体に感謝だな。
「なっ……!? 何をする! 放せっ!」
突然、抱え上げられたルナは当然ながら喚くが無視する。
肩に担ぐようにルナを抱え、茜と榊に背を向けて駆け出した。
加護の魔法を発動させて、全速力で逃げる。
「……追いかけなさい」
聖女は部下に指示を出すが、茜と榊がそれを許さなかった。
榊は持っていた予備の武器を茜に渡し、二人で応戦する。
「これ以上先には行かせませんっ!」
「ここでお前ら全員ぶち殺すっ……!」
天使と悪魔の気迫に圧された構成員の足が止まる。
だが、その中で歩を進める者が一人だけいた。
聖女。
「大人しく運命を受け入れていれなさい。出来れば手厚く葬って差し上げたいのです。ですがコレ以上抵抗を続けるようでしたら残念です。苦痛を味わいながら死を迎えなさい」
肩に乗せられたルナは暴れまわる。
「戻れっ! 今すぐ戻れっ!」
「それは出来ない!」
「つべこべ言わずにさっさと戻れっ!!」
ルナの気持ち痛いほど分かる。
だが、戻らない。
茜と榊が命懸けで時間を稼いでくれている。
ここで引き返すわけにはいかないのだ。
張られていた結界を魔女狩りで破壊し、さらに突き進む。
結界を全て破壊したため、もう捕捉されないだろう。
「……止まってくれ……。頼む、止まってくれ……」
懇願するように言うルナ。
しかし、それには応えずに走り続ける。
「……命令だ、止まれ」
久し振りに聞いた命令。
従者は主の命令に背けない。
足が止まる。
引き返せではなく、止まれ。
ルナも分かっているのだ。
引き返しても殺されるだけだと。
茜と榊が命懸けで送り出してくれたのだと。
「……下ろせ」
今度は命令ではなかった。
従わなくてもいい。
下ろすかどうか迷ったが、ルナを地面に下ろすことにした。
ゆっくりと大事なものを扱うかのように下ろす。
向かい合うような立ち位置だが、ルナは顔を俯かせてその表情は窺い知れない。
「……」
「……」
ルナが上着の裾を掴んできて、声を震わせながら呟いた。
「……また、あの時のように、失うのか……」
あの時。
それはルナの母親のことだろうか。
それとも、奈々のことだろうか。
「私は、また……同じことを、繰り返すのか……!」
自分は無力だ。
最近は何度もそれを思う。
主の小さな願いすら叶えてあげられない。
以前にルナに夢があるのなら協力すると言ったのに、あれは自分が言う資格がない言葉だった。
その時、光の爆発が起こった。
閃光が夜空を照らすように迸る。
光の爆発が起きたのは先程まで聖女と対峙していた場所だ。
その場所から光の御柱が天に向けて伸びている。
あそこで何があったのか想像するに難くない。
ルナは光の御柱を見つめ、掴んでいた裾を放した。
そして、目を伏せながら静かに歩き出す。
その場から離れるように。
足取りはおぼつかず、今にも倒れそうだ。
ルナに寄り添うように支え、共に歩を進めた。
ー6ー
結界張っていた魔法陣を全て破壊したからだろうか、追っては来ず、無事にルナの家であるマンションまで辿り着くことができた。
強行突破で逃げるはずが、結局戻って来てしまった。
ルナは何を考えてここに戻って来たのだろうか。
ただ寄り添って支えていただけで行き先について考えていなかったが、ここでよかったのだろうかと疑問が湧く。
ルナはソファにその身を沈めて、顔を俯かせる。
それを黙って見つめることしか出来なかった。
そのまま静かに時間が過ぎ去っていく。
静かだ。
本当に静かだ。
ついこの間まで、この家は笑顔が絶えない場所だった。
ルナが居て、奈々が居て、茜が居て、榊が居た。
その中に自分も居た。
奈々とルナはまるで姉妹のように仲が良く、ルナは奈々が好きで、奈々はそれ以上にルナが大好きだった。
奈々は周囲の人々が呆れるほどルナが大好きで、好き過ぎてしまい、しばし暴走をしてルナを引かせていた。
仲の良い二人が一緒にいる姿を見ていて、微笑ましかった。
そんな姉妹のような二人を支えているのが、茜と榊だ。
茜はお姉さんのような人だ。
いつもルナの世話を焼いていて、さり気ないフォローをしたり、場を和ませたりしてくれた。
しかし、戦いになるとその姿は一変する。
誰よりも前に出て敵に攻め入り、斬り伏せていった。
勇猛果敢なその様は心強かった。
榊は正直言って怖い。
見た目の風貌も相まってか、最初は近寄りがたかった。
実際は優しく、不器用なだけの人であった。
手先は器用で怪しい工作をやったり、何気に料理が一番上手だったりする。
自分が来る前は男一人で肩身が狭い思いをしていたのだろう。
その姿を想像すると笑えてくる。
個人の特徴だけを見れば、異様な面子だ。
でも、この面子でなければあの楽しい日々は送れなかったであろう。
しかし、その楽しい日々にはもう戻れない。
今ではこの家に居るのは自分とルナのみ。
笑顔は消え、笑い声も消え、温もりも消え、残ったのは冷え切った静寂のみ。
随分と寂しくなった。
瞼を閉じれば、あの温かい情景が浮かんでくる。
守れなかった。
守れたのはルナの命だけ。
それ以外の全てを失った。
たとえルナの命が残っても、これではあんまりではないか。
この先、ルナにどう生きていけと言うんだ。
茜と榊は自分にルナの命を預けてくれた。
ルナの命を委ねてくれたのは信頼の証でもある。
その信頼に応えたかった。
ー7ー
今後の事を考える。
ルナを守る茜も榊も奈々もいない。
このままだとルナは聖女に殺される。
どこに逃げようとセイヴァーハンドはどこまでも追い掛けて来る。
セイヴァーハンドの追跡能力は高い。
逃げ続けてもいずれ見つかる。
見つかるだけなら逃げればいいのだが、それに立ちはだかるのは聖女。
聖女は強い。
あの圧倒的な力の前では自分は敵わない。
仮に聖女を退けてもそれは時間稼ぎにしかならず、また追い掛けて来る。
聖女の追跡を止めるなら確実に仕留めなくてはならない。
そして殺せても、その共命者であるアマテルは死ぬ。
さらに追い打ちをかけるのが向こうの世界の状況だ。
リッチー討伐隊が組まれ、今にも討伐作戦が始まろうとしている。
討伐対象であるリッチーはルナの共命者だ。
討伐作戦が遂行され、リッチーの討伐が果たされたら共命者であるルナは死ぬ。
二つの世界がルナを殺そうと動いている。
共命者システム。
かつて死神が教えてくれた世界の仕組み。
この仕組みが肝だ。
地球である者が死ねば、向こうの世界のその者と瓜二つの人物が死ぬ。
理由は不明だが、地球と向こうの世界にはそれぞれに瓜二つの人物が存在する。
そして、その者らは命がリンクしている。
命を共有しているのだ。
片方が死ねば、もう片方も死ぬ。
死神は命が繋がっている者同士を便宜上「共命者」と名付けていた。
アマテルの共命者が聖女。
ルナを救うには聖女を殺さなくてはならない。
だが、聖女が死ねば、アマテルも死ぬ。
聖女を生かしたままではいずれルナが殺される。
ルナとアマテル。
彼女らのどちらかの命しか救えない。
故に自分は選ばなくてはいけない。
どちらを生かすか。
どちらを殺すか。
決断しなくてはならない。
自分は決断しなくてはならないのだ。
残酷な選択。
両方救う手立てはないかと必死に思案するも何も思いつかない。
どちらも殺したくない。
生きて欲しい。
自分の命を犠牲にして両方助けられるのならそうしたい。
しかし、自分の命には何の価値もない。
自分程度の命では二人を救えない。
もっと自分に力があれば、こんな事態には陥らなかったかもしれない。
もっと早く二人の共命者に気付いていれば何か対策が取れたかもしれない。
何もかもが手遅れだった。
短い話になりましたが、読んで頂きありがとうございました。
地球でのルナは危機的状況であり、異世界の方では着々とリッチー討伐の準備が整いつつあります。
故に主人公は決断を下さなくてはなりません。
どのような決断を下しても、彼の意志を尊重して頂ければと思います。
さて、作中で登場した聖女ですが、彼女は本作において最強の存在となります。
その強さは最強のアンデッドと謳われるジェノサイドを遥かに凌ぎ、討伐することが可能です。
一応は主人公、ルナ、奈々、茜、榊の五人で挑めば、なんとかなるかもしれない強さですが、勝つのは難しいでしょう。
物語は佳境を迎えました。
次の話で完結になりますので、最後まで読んで頂けたらと思います。




