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18.デストロイ


 ー1ー


 その日もいつも通り地球に召喚されたのだが、なんだろうか。

 雰囲気というのか、空気というか、何かがいつもと違う。

 とはいえ暗い雰囲気ではなく、むしろ明るい気がする。


 「来たな。まあ、ゆっくりしていけ」

 「おう……」


 買い出しに行かされる指示もなく、ゆっくりするようにと言われてしまい、どこかいつもと違うルナに対してつい身構えてしまう。

 以前あった文化祭で彼氏役をやらされた時とは違う雰囲気。

 何かあるのだろうか。

 疑問に思うも、ルナはこちらに興味を示さないでソファに座って、本を読み始めた。

 相変わらずマイペースな奴だな。


 「なに、ルナ様を見つめているのですか」


 ルナを目で追っていたら、奈々が背後から忍び寄っていた。

 奈々は頬を膨らませている。

 だが、その行動とは裏腹に怒っている様子はなかった。

 どこか楽しげである。

 彼女の対応に違和感を覚えるが、この前の公園での一件以来敵視されることはなくなった。

 あれから大分時間が経つも、今だに慣れないでいる。


 「……それよりもプレゼントはちゃんと用意しましたか?」


 奈々は耳元まで口を寄せ、小声でそっと話す。


 「プレゼント? 何の?」

 「えっ?」

 「えっ?」


 お互いに何言ってんだこいつという表情で硬直する。


 プレゼントって何だ?

 今日何かあるのか?


 「今日はルナ様の誕生日ですよ。何も準備してないのですか?」


 誕生日? ルナの?


 「マジで?」

 「マジです」


 初耳なのだが。

 本日七月一日はルナの誕生日のようだ。

 でも、何も用意していない。


 「ルナ様から聞いていないのですか?」


 聞いてません。

 奈々は読書中のルナに問いかける。


 「ルナ様、ちょっといいですか。誕生日の日にちをちゃんと伝えたって、この前言ってませんでしたっけ?」


 ルナは気まずそうに頬を掻きながら答えた。


 「そうだったかな? そう言ったような、言ってないような……」


 棒読みだ。

 分かりやすいな。


 「可愛い仕草をしてもダメですよっ」


 奈々はルナが何をやっても可愛いと言っている気がする。

 ルナのことを溺愛してるし、今更な感じか。

 それよりも、ここまでの話を聞いた限り、ルナが自身の誕生日を伝える手筈だったが、それを忘れたか故意に伝えなかったか、そういう話だ。

 ルナの様子を見るに後者の方だろう。

 なぜ教えてくれなかったのかは分からないが、自分だけハブられたわけではないようなのでひとまず様子を見ておく。


 「なんで伝えなかったのですかっ」

 「……」


 詰め寄る奈々に対し、ルナは顔を背ける。

 そのまま事態は硬直するのかと思いきや、台所から顔を出した茜が仲裁に入る。


 「はいはい、二人共喧嘩しない。せっかくの誕生日なのですから仲良くしましょうね」


 今のやり取りは喧嘩しているようには見えなかったが、そう言われたら奈々は引き下がるしかない。

 引き下がった奈々を見て安心したのか、茜は台所に戻って洗いものを再開する。


 「……ケンカじゃないもん……」


 引き下がっても奈々はぶつくさと文句を垂れている。

 彼女とて、ルナと喧嘩したいわけではないのだ。


 「それで、ルナは今日が誕生日なのか?」

 「……そうなるかな」

 「なんだよ、その曖昧な返事は。ともかく誕生日おめでとう。悪いな、ちょっと行き違いがあったみたいでプレゼントは用意していないんだ」

 「別にお前のプレゼントには期待していないから気にしなくていい」

 「それでも明日来た時に渡すよ。いい物になるかは分からないけど、せっかくのお祝いだ。受け取って欲しい」

 「それは明日持ってきた時に考える」


 素っ気ないように見えるが、内心嬉しがっているのが見て分かる。

 皆にお祝いされる、それだけでも嬉しい気持ちになるものだ。

 奈々だけでなく、茜や榊もルナの誕生日を心から祝っているはずだ。

 彼らも嬉しいのだ、ルナの誕生日が。

 何度も命を狙われたのに、今日まで生き永らえた。

 ルナが生きていることについて嬉しくないわけがない。

 これまでルナの命を繋ぐために多くの命が失われてきた。

 それはルナの母親だったり、奈々の両親だったり。

 自分が知らないだけで他にもルナを助けるために命を落とした者もいるのだろう。

 ルナの関係者が命を落としてきたように、ルナを狙う者達も命を落とした。

 殺してきたセイヴァーハンドの数は計り知れない。

 この手で殺した者もいる。

 言い訳はしない。

 ルナのためだ。

 ルナのために殺した。

 最初に人を殺したのはルナが通う高校の生徒会副会長だ。

 あの出来事は今でも忘れていない。

 自分もルナの命を繋いだ一人なのだ。

 繋いだ先に見たルナの笑顔。

 今でも忘れられない。

 眼に焼き付けて、脳に刻み込んだ笑顔。

 あの笑顔を守りたい、失いたくない。

 いつしか自分のために、ルナを害する者達を殺めるようになっていた。

 そう、自分にとってルナは、ルナは……。



 「ケーキありますけど、食べていきますよね?」


 洗い物が終わった茜が聞いてきた。

 せっかく食器を洗ったのに、それではまた洗い物ができてしまう。

 そう思ったが、これは自分が来るのを待っていてくれたからであろう。

 夕飯を互いの世界で食べるので共に食べることはない。

 ならばせめてケーキだけでもという事だ。

 ケーキを頂く旨を告げたら、色んな種類のケーキが人数分運ばれてきた。


 「ルナ達も食べてなかったのか。それとも今日二個目だったり?」

 「そんなわけないだろ。お前が来るのを待っていたんだ」

 「そっか、ありがと。ところで、これカットされているけどロウソクは? 誕生日の定番だろ」


 ルナに聞いてみるも、それには茜が答えてくれた。


 「やっぱ必要ですよね。でもルナ様が恥ずかしがっちゃって、仕方ないからカットされたのを買ってきたのです」

 「ルナ様がいいと言っているのですから、いいじゃないですか。それでルナ様はどれ食べます? 食べ比べしましょうよ」


 奈々は嬉しそうにしているが、それはケーキが食べたいからではなく、ルナと食べ比べしたくて堪らないからである。

 ルナと奈々が仲良くケーキを選んでいると、ふと茜が呟く。


 「来週も個別の方がいいかしら?」

 「来週? 来週も何かあるのか?」

 「奈々の誕生日が来週なの」

 「へー」


 そういえば奈々の誕生日は七月七日だと以前にどこかで聞いたな。

 これは来週も何かプレゼントを用意しないといけないようだ。


 「うーん。どうしようかな。ロウソクは吹き消したいけど、それだとルナ様との食べ比べが……」


 奈々は下らないことで悩んでいる。


 「カットされたケーキにロウソクを立てればいいじゃん」

 「それだとロウソクの数に問題があるじゃない。年齢分の本数を立てるから意味があるの。そんなこともわからないの?」


 分からないです。

 もう勝手にしてくれと、無視してショートケーキを選んで食べる。


 「よく分からないが、ホールケーキでいいんじゃないか? ロウソクを立てるならそれしかないし、食べ比べになるかは知らないけど、お互いのケーキを食べ合うなんて同じケーキでも一応はできるし」


 ルナの案に奈々は目を輝かせる。


 「いいんですか! 来週はルナ様からあーんで頂いても!」

 「あーんをするかはともかく、別にいいんじゃないか」


 ルナは何でもないように言うが、奈々がなんで迷っていたかは分かっていないだろう。

 まあ、なんにしても今日は祝いの日だ。

 細かいことは気にしなくてもいいだろう。

 美味しそうにケーキを食べるルナを優しく見守る。


 おめでとう、ルナ。

 これまで生きていてくれてありがとう。

 これからも君を守り続ける。

 だから、これからも一緒にいよう。



 ケーキが食べ終わると、茜が片付けを始める。

 ルナの方を見やると、彼女は満足そうに笑みを浮かべていた。


 「ご機嫌そうだな」

 「おかげさまでな。ついでに言えば、誰かさんもプレゼントを用意してくれていたら、なお良かったのに」

 「それをお前が言うのか。それこそ誰かさんが誕生日を事前に教えてくれなかったからだろ」

 「それもそうだったな」


 悪びれる様子がない態度だ。


 「向こうで何か買ってくるよ。それで勘弁してくれ」

 「それじゃあ、期待して待たせてもらうとしようか」


 どこか嬉しそうにルナは答えた。


 「さっきは期待してないとか言ってなかったか」

 「そうだったか?」


 ルナはとぼける。

 本当に忘れているのだろうか。

 だとしたら、気が緩み過ぎだ。

 浮かれて気が緩むほど、今日は彼女にとって特別な日なのであろう。

 そんな彼女を微笑ましく思うのであった




 ー2ー


 「それでプレゼントは何にするか決まったの?」


 ソファで寛いでいると奈々がそんな事を尋ねてきた。


 「……考え中だ」


 部屋には奈々と二人だけだ

 榊は不在。

 ルナと茜はお風呂に入っている。


 「そういえば、来週は七夕の祭りがあるんだっけ?」


 この前コンビニに行った際にお祭りのポスターを見掛けた気がする。


 「そうです。さらに言えば、お祭りの当日である七月の七日はわたしの誕生日でもあるのです」

 「あー、そうだったな。おめでとー」

 「何そのテキトーな感じ。ルナ様の時と反応が違いすぎー」


 そう言われても、主とそれ以外じゃ扱いに違いが出るのは仕方のないことだと思う。


 「そんなわけでわたしにもプレゼントお願いしまーす」


 プレゼントの催促までしてきた。


 「と、それよりも。ルナ様へのプレゼント決まっていないようですし、何かアドバイスでもしようか?」


 ありがたい申し出だ。


 「アドバイスをするかわりにプレゼントの催促というわけか」

 「そこはアドバイスしなくてもプレゼントを渡すところでしょ。アドバイスのかわりというわけでもないのだけどさ、聞きたいことがあるんだ」

 「何だ?」


 奈々は真剣な顔つきで問うてきた。


 「君は、ルナ様の事が好きなの?」

 「…………」


 奈々の問いかけに一瞬頭の中が真っ白になったが、即座に自分を取り戻す。


 「えっと……それはどういう意味で言っているんだ?」

 「そのままの意味だよ」

 「……」


 何て答えたらいいのだろうか。

 答えあぐねていると奈々が続ける。


 「単刀直入に聞こうか。君はルナ様の事を異性として好きなの?」


 心臓が高鳴った。

 やはり、そうだよな。

 奈々が聞きたいのは、そういう事だよな。


 「……なんで、そんなこと聞くんだ?」

 「質問を質問で返すの?」


 奈々は不機嫌そうにする。

 返答を誤ったようだ。


 「気分を害したのなら謝る」


 素直に質問に答えた方がいい。

 自分の気持ちを素直に答えよう。


 「ルナは……可愛いよな」

 「ごもっともです」

 「髪は綺麗な銀色で夜空のように黒い瞳、透き通るような白い肌はまるで人形のようだ」

 「うんうん、おっしゃるとおりです」

 「口が悪いわりに面倒見がよくて、困ったときは力になってくれる」

 「仲間想いですから」

 「芯が強そうに見えるけど、本当は寂しがり屋」

 「だから私たちが居るのです」

 「……そんな彼女を守りたい」

 「……」


 奈々は口を噤む。

 熟考し、それから静かに口を開いた。


 「……ルナ様はこれからもセイヴァーハンドから命を狙われ続ける。守るということは一生戦い続けるのと同義だよ」

 「守り続ける。彼女を守り通す。この身が朽ち果てるまで守り続けてみせる」

 「即答なんだね。でも、君はこの世界の住人じゃないし、常にルナ様と一緒に居るわけでもない。はたして、そんな君に守り通せるのかな?」

 「それは……」

 「建て前とかはいらないよ。君とわたしの仲じゃない」


 奈々は別に意地悪をしたいわけではないのだろう。

 ただ事実を言ったまでだ。


 「奈々の言う通りだよ。今のままじゃ、守り通すのは難しいかもしれない。それでも守りたい、ルナを」

 「守れないよ、君じゃ」


 即座に言い返された。

 反論しようと思えば出来る。

 だが口に出せない。

 軽々しく浅い言葉では奈々は納得しない。

 そもそも奈々の言っていることは正しい。

 もはや地球の住人ではない自分がルナの傍に居続けることはできない。

 今の自分ではルナを守り通すのは不可能なのだ。


 「……解っているさ、そんなこと……」


 自分がルナをいかなる時でも守る術はあるにはある。

 だが、それをやればもう向こうの世界には戻れない。


 「君の事情もわかるよ。守りたいという君の気持ちもわかる。だけどさ、それは君の一方的な願望でしかない。守り通すとか、死んでも守るとかそういう話じゃない。君はそれにいい加減気づくべきだよ。ルナ様には誰かがいないとダメ。その誰かは誰でもいいというわけじゃない。今までならわたしや茜さんでもよかった。でもこれからは、君じゃなきゃダメなんだよ」

 「……」


 奈々の言葉に何も答えられなかった。

 今まで自分はルナを想っているつもりでいたが、違う。

 自分の願望を押しつけていただけだった。

 こうした方がいい、こうしたいと自分の意見だけを言って、ルナの気持ちを蔑ろにしていた。


 「もしも君に覚悟があるのなら、ルナ様に送るプレゼントは――」




 「真剣な顔して何を話しているんだ」


 お風呂から上がり、寝間着に着替えたルナが訝しみながらリビングの入り口に立っていた。


 「なんでもないのですよ。ただちょっとからかっていただけです」


 奈々はルナの元まで駆け寄り、そのまま抱きついた。

 先程までの真面目な雰囲気はどこに行ったのやら。


 「お風呂上がりのルナ様もいいですよねー。なんていうか色っぽい感じがします。それにいい香りもします」


 それはシャンプーの香りだと思うぞ。


 「茜ももう上がるから、奈々もすぐに入るといい」

 「はい、そうさせてもらいますね」


 お風呂に入る準備をするために奈々はリビングを出て、自室へと向かった。


 リビングには自分とルナの二人きりになる。


 「二人で何を話していたんだ?」

 「からかわれていたんだよ」

 「本当にそれだけか?」

 「本当だよ。奈々もそう言っていただろ」

 「そうだったな」

 「さて、そろそろ向こうに戻るよ」


 壁に掛けられた時計を見上げると、ルナもそれに釣られて時間を確認する。


 「もうこんな時間か……」


 名残惜しそうにしたかと思ったら、すぐに姿勢を正す。


 「また明日」

 「ああ、また明日」




 ー3ー


 翌日。

 雲一つない快晴。

 初夏に差し掛かったにも関わらず暑さは控え目で、爽やかな風が吹き抜けて穏やかな陽気が流れている。

 こうも天気が良いと気分も良くなる。


 「前線基地までは問題なく辿り着けそうだな」


 ジェノサイドとの戦闘で敗走し、前線基地から旅立ってから三ヶ月が経過した。

 レイヴンからの情報でリッチー討伐隊が再び編成されるということで前線基地を目指している。

 いくつもの街や村、集落を経由して前線基地の近くまで来ていた。

 そして、今訪れようとしているのは、以前にエクリプスのカニアスが襲い、自分達が手助けした街。

 その街が見えてくる。


 「あれ? なんかこの前来た時と雰囲気が違うように見えるな」


 遠目で見た感じだが、明らかに賑わっているのが見て取れた。


 「本当ですね。おじ様、何か知りませんか?」


 アマテルも疑問に思ったようでローゲンに尋ねる。


 「あれは討伐作戦に備えての催し物だ。リッチー討伐作戦に参加する者を讃えて、王国が主導して各地で祭りを催す。あれもその一環だ」


 今回の討伐隊編成の話が王都まで届いたのだろう。

 リッチー討伐の話だけには関心が高いからこそ、王都から人員を派遣してまで催されるイベントだ。

 前線基地に留まらず、その周辺の村や街がお祭り騒ぎになる。

 これから訪ねる街もそれは例外ではない。


 街に辿り着くとどこもかしこも賑わい、様々な催しが行われていた。

 ひとまず宿を取って部屋に荷物を置く。

 その際に懐からスマホが落ちてしまう。


 「落ちたぞ」


 ローゲンがスマホを拾い上げる。


 「これは地球の物だろ。迂闊に人前で晒さないように気を付けろ」

 「すまない。ありがとう」


 そう言って、ローゲンから受け取ろうとした時、ある事を思い出した。


 「どうした?」

 「……以前にも似たような事があったなと思い出して……」


 スマホを受け取り、それを見つめる。


 「その時はアマテルが拾っててくれたんだよな」

 「注意力が足りないのではないか?」

 「うん、反省する。以前に落とした時は落とした事にすら気付かなかったし……って、あれ?」


 そういえば、その時におかしな事があった気が……。


 「どうした? まだ何かあったのか?」

 「うん。ちょっとテルの所に行って来る」

 「そうか。ついでに祭りを見て来るといい。俺はここでゆっくり休ませてもらうから三人で楽しんでこい」

 「うん。そうさせてもらうよ」


 疑問が湧く。

 なぜ、どうして。

 大したことではないが、それが異様に気になった。


 アマテルとポニィが泊まる部屋に向かい、呼び掛けるとポニィが出て来た。


 「あれ? テルは?」

 「お祭りにいったよ。てっきり勇者といっしょかと思った」

 「先に行ったのか。それじゃあ、自分も今から行ってみるよ。ポニィはどうする? ついて来るか?」

 「わたしは……あとから行くよ。それまでテルと楽しんでて」

 「分かった。またあとで」


 そうして街に繰り出した。



 一人で街の中を歩いていると、人々が一同に集まり一際賑わっているのが目に入った。


 「あれは?」


 近付くと賑わっている理由が分かった。

 行商と旅芸人だ。

 大した娯楽がない世界。

 旅芸人は貴重な娯楽の一つで、各地で絶大な人気を博していた。


 旅芸人達が芸を披露し、見物人が拍手喝采を浴びせていく。

 その横で行商人達が普段市場に出回らない珍しい飲食物や装飾品、娯楽物を並べて出店を開いていた。


 「らっしゃいっ! らっしゃいっ! 今日は大売出しだよ!」


 商人が大声で呼び込みをすると、さらに賑わいが増す。


 「さあさあ、続いてはこちらの美女をご覧ください!」


 紹介を受けた美女が曲芸を披露すると、再び拍手喝采が湧き起こる。


 「すごい賑わいだな、これは」


 賑わいを遠目から眺めていると、駆け寄ってくる少女がいた。


 「勇者様っ!」


 金色の髪をたなびかせる少女、アマテル。


 「見てください、お祭りですよ!」


 元気いっぱいにはしゃいでいる。


 「お祭りだな」

 「はい! お祭りです!」

 「一人で行ったって聞いた時は驚いたよ。一緒に見て回ろうかと思ったのに、部屋にいなかったから」

 「ご、ごめんなさい……。こういったお祭りは好きなので、つい……」


 アマテルは顔を赤くして縮こまる。

 すごくはしゃいでいたし、本当に好きなんだろうな。


 「せっかくだし、一緒に見て回ろうよ」

 「はい! ささっ、行きましょう、勇者様!」


 そう言ってアマテルは腕を引っ張る。


 「今からそんなにはしゃいでいると体力が保たないぞ」

 「そうですけどっ! 楽しみなのです!」


 腕を引っ張る力がさらに強くなる。


 「落ち着いて! ひとまず、落ち着いて、ねっ」

 「す、すみません……! ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました……」


 ちょっとどころではない。

 はしゃぎ過ぎだ。


 「でも、楽しみなんです!」

 「お祭りが?」

 「はい! それと、その……勇者様と過ごすお祭りが……」


 後半の方は声が小さかったが、しっかりと耳に届いた。

 聞き取れたのはいいが、何て答えたらいいのだろう?


 「えっと……ありがとう」


 とりあえずお礼を言っておいた。


 「でも、一人で先にお祭りに行ったよね?」

 「そっ、それは……ごめんなさい……」


 再び縮こまる。

 可愛らしいが、あまりいじめ過ぎるのはよくないのでこの辺で切り上げよう。


 「行こうか」


 アマテルに手を差し出す。


 「はい! 行きましょう!」


 差し出した手を握られる。

 アマテルに手を引かれ、お祭り会場を見て回るのだった。




 ー4ー


 今日の旅はお休み。

 数日間に及ぶお祭り。

 さすがに全部に参加は出来ないが楽しく過ごそう。


 「ポニィはあとから合流するんだっけ?」

 「はい、そう言ってました」


 ポニィはあとから合流するらしい。

 ローゲンは一人でゆっくり過ごすとの事。

 なので、しばらくの間はアマテルと二人きりである。

 もしかしたら、二人とも気を遣ってくれたのかもしれない。


 「どこから見て回りますか? 勇者様はどこがいいと思います?」

 「テル、楽しみなのは分かるけど、少し落ち着いて」


 いつもより元気がいいアマテルの姿に苦笑するも、自分もこのお祭りに期待を膨らませていた。

 傍から眺めていた時でさえ浮かれていたテンションがさらに高揚する。

 日本でもお祭りはあった。

 それでも、これほどまでに気持ちが昂ぶったことがあっただろうか。

 日本とは違うお祭りに胸を踊らせる。

 楽しい一日が始まる。

 そう予感させるには十分だ。




 「勇者様、何か飲み物を買ってきますから、待っていてくださいね」


 夕方に差し掛かり、少し落ち着いたアマテルは後から合流したポニィを連れて人混みの中に入っていく。

 揃って行けばいいのにと思ったものの、すでに二人の姿は人混みに紛れてしまい、追い掛けることが出来なかった。

 入れ違いになると面倒なので、大人しく二人の帰りを待つことにした。

 周囲を見渡すとまだまだ活気に満ちてはいるが、どこか寂し気な感じがする。

 本日のお祭りの終わりが近付いているのだ。

 感傷に浸る中、一つの露店が目についた。

 白髪に深い皴が刻まれた老人が営んでいる装飾品店。

 指輪や腕輪、ネックレスやピアスなどのアクセサリーを取り扱っているお店だ。

 子供のお小遣いで買える品からちょっと高価な金持ちが買うような高級品が並べられていた。

 ルナへの誕生日プレゼントの品、それをここで買っておくか。

 そう決めて店の商品を眺め始める。

 どれにしようか、真剣に吟味していると店の主人である老人が話しかけてきた。


 「なんだボウズ、彼女へのプレゼント探しか。プロポーズでもするのか?」

 「彼女ではないけど、まあ、女の子への誕生日プレゼントだな」

 「ほう、彼女でもないのにプレゼントするのか。見かけによらず色男だの」

 「はあ……」


 何言ってんだ、このジジイ。

 心の中で悪態をついて、他の店にしようかなと迷い始める。

 老人はこちらの気持ちを知ってか知らずか、商品を勧め出した。


 「これなんか、どうだ。ダメか? こっちは……高すぎるか。それは安モンだ、やめとけ、嫌われっぞ。そっちはいかんいかん。まだこっちの方がマシだ」


 静かに選びたいのに、騒がしい。

 辟易していると一つの品に目がいった。


 「それは?」

 「おっ、これかい。こいつはな、身に着けていると願いが叶うと謂れておる品だ。買う気があるなら安くするぞ。今日だけの割引だ。どうだ?」


 高価そうに見えないけど、安っぽくも見えない。

 値段はそれなりにする代物だ。


 「そうだな……せっかくだし、それもらうよ」


 サイズも問題ない。

 奈々から聞いた通りだ。

 代金を渡し、商品が入った箱を受け取る。


 「毎度ありっ」


 安くすると言われたのに大して割引されなかった。

 まあいい、お祭り価格だと思って納得しよう。


 「プロポーズ成功するといいな、応援してっぞ」

 「違うから、プロポーズじゃないから」

 「そう照れんな」


 照れてない。

 これ以上会話しても時間の無駄だ。

 そう判断し、購入した商品を懐にしまって店から立ち去った。


 「頑張れよー」


 心のこもっていない声援を背中に受けるが無視だする。


 「あれ? 勇者様、何か買ったのですか?」


 丁度飲み物を持ったアマテルとポニィが帰ってきた。


 「ん?」


 首を傾げるアマテル。


 「んっと……ちょっとプレゼントをね、買っていたんだ」

 「プレゼント? そうですか?」


 ルナにあげるプレゼントとはいちいち言わなくてもいいだろう。

 正直言うと、アマテルの前であまりルナの話をしたくなかった。

 理由は自分でもよく分からず、ただなんとなくではあるが、なぜだかアマテルに話すのが憚れた。

 ルナにアマテルの話は普通にするのだが、どうして逆はしたくないのだろうか。


 「この後どこ見ていきます? 夜には花火を打ち上げるそうですから、今から場所取っておきましょうか?」


 昼間と比べれば幾分か落ち着いているが、それでもいつもより元気である。

 そういえば、アマテルに聞きたい事があったのにまだ聞けていなかった。

 わざわざお祭り中に聞くことではないし、後で聞くことにしよう。

 お祭りに意識を戻し、残りのお祭りを楽しむのだった。




 ー5ー


 「出掛けるぞ、準備しろ」


 地球に召喚されるなり、すぐにルナからそう告げられた。

 あざやかな青色のフード付きのローブを羽織り、黒い革手袋を両手に嵌めて、白地に奇妙な模様が入った仮面を片手に持っている。

 何が起きているか、すぐに察した。


 「セイヴァーハンドか?」

 「そうだ」


 装備を取り出し、身支度を整える。


 「行くぞ」




 転移の魔法で飛ばされたのは港のコンテナが大量に置かれた一画だ。


 「人目がつかない。いかにもって場所だな」

 「海外から運ばれて来た魔法の儀式に用いる道具の受け渡しをするらしい。それを阻止する」


 それぞれが持ち場で隠れ潜み、対象の到着を待つ。


 「……来たようだな」


 セイヴァーハンドの一団が現れたのを確認する。

 服装は様々、街中で見掛けても違和感はないが、港には不釣り合いだ。

 彼らが現れた直後、すぐに別の一団が姿を現す。

 その一団もセイヴァーハンドだ。

 顔は事前に調べていたようで、全員ではないがその殆どが情報と合致する。

 彼らはセイヴァーハンドで間違いない。

 それを確認して茜が正面から、奈々がその反対側から忍び寄る。


 「数は……二十といったところか」


 数は多いが茜の力量なら問題なく全員を倒せるはずだ。

 自分はルナの傍らに寄り添うように陣取る。

 いつも通りルナの護衛だ。


 やがて全員が配置につく。


 「やれ」


 ルナの言葉を受け、一番距離を取っていた榊が狙撃銃から銃弾を放つ。

 放たれた銃弾は狙い違わずセイヴァーハンドの一団、その中の一人の頭部を撃ち抜く。

 突然一人倒れ、混乱するのかと思いきや、他の構成員は大した動揺を見せることなく平然と迎撃の準備を始めた。

 敵が一人倒れるのと同時に茜が飛び出して斬り込む。

 悪魔である肉体にさらに魔法で強化された身体能力を駆使して距離を詰め、手近にいた一人を一瞬で斬り伏せる。

 その反対側でも一人が音も無く葬られた。

 奈々が仕留めたのだ。

 榊が攪乱させ、茜が前方に注意を引き、奈々が後方より挟撃。

 攪乱には失敗したが、注意を引かせるのには成功した。

 茜が次の獲物を仕留めるべく魔女狩りを振るうが、剣によって阻まれる。

 そこから度重なる連撃によって攻め入り、相手の首を刎ねた。

 これで四人。

 後方でもさらに一人仕留めるが、挟撃に気付いた者が数名、反撃に打って出た。

 奈々に攻め入る者達の一人を榊が沈めるも勢いは衰えず、奈々は戦線から一旦離脱する。

 ここまでで計六人倒した。


 「妙だな」


 ふとルナが口を開いた。


 「妙?」

 「手練れが多いのに、今回の受け渡しがお粗末過ぎる。まとまって行動しているのも謎だ。あれでは狙ってくれと言っているようなものだ」


 今回は魔法の儀式に使う道具の受け渡し。

 特殊な道具なので一般人に運ばせるわけにはいかない。

 なのでセイヴァーハンド内で受け渡し、運び出しを行う。

 それにこの行動は目立ってはいけない。

 セイヴァーハンドの評する人類の敵に感づかれてはならない。

 だけど、ああも人数が多く、港に不釣り合いな格好をしていたら目立つ。

 となると、考えられる可能性は……


 「囮、もしくは陽動か」


 ルナも情報を得て来たのだからその可能性がある。


 「そうだな。だが、捨て駒にするには練度が高い気がする」


 最初の不意打ちには成功したが、そこからは相手も善戦しているようで倒すのに苦戦している。


 「加勢するか?」

 「悩ましいところだ。これが罠なら周りを警戒しなくてはならない。加勢したら周囲への注意が疎かになる」


 歯噛みするルナ。

 だが、それは杞憂のようだ。

 敵は狙撃対策に防御系の魔法を展開させているが、茜の振るう魔女狩りによって魔法は無に帰していた。

 手練れではあったが、茜が足止めして榊の狙撃が敵を一人ずつ狙い撃つ。

 これによって着実に敵の数を減らしていった。

 ちなみに奈々は戦線を離脱して、どこかに潜伏している模様。


 「今回はルナが出しゃばらなくても大丈夫そうだな」


 そもそも攻撃魔法を使えないのに前に出るなよ。


 「お前も出しゃばらなくてよさそうだな」


 嫌味っぽく言われた。

 戦わなくていいのならそれに越したことはないので特に何も言い返さない。


 「ルナ様、遠方より魔法による監視が確認できます。どうなさいますか?」


 奈々から仮面を通して通信が入った。


 「監視ってマズいんじゃないか。すぐに妨害をっ」

 「待て。結界が張ってあるのに感知できないという事は相当離れた場所からの監視だ」


 そうだった。

 ルナが膨大な魔力量で作り出した結界は街一つ覆えるほど広大なものだ。

 それでも感知できないというのは、監視者が結界より外に居るわけだ。


 「敵も相当な魔法の使い手だろうな。下手に妨害したら逆に探知される」

 「じゃあ、どうするんだよ?」


 ルナは口元に指を当てて思案する。


 「……奈々、敵の居場所は分かるか?」

 「おおよその場所なら。転移先に登録されている付近だと思われます。場所の特定は近付けば可能です」

 「なら、殴り込みに行くぞ。茜と榊はこのまま監視者の目を引きつけるため、この場に残ってくれ。こっちは三人で乗り込んで監視者を仕留める」

 「「「了解っ」」」


 仮面を通して奈々、茜、榊より了承を得る。


 「お前も異論はないな」

 「ああ、行こう」


 すぐさま奈々と合流して転移の魔法を発動させた。




 ー6ー


 転移後、港の戦場を監視していた者の位置はすぐに特定できた。


 「ここって、この前の……」

 「ああ、まさかまた訪れることになるとはな」


 監視者が潜むのは、以前に東堂皇子が拠点にしていた高級マンション。

 その最上階に居るのが判明した。


 「しかし奈々はよく気が付いたな。こんな結界の外側から監視されているなんて」

 「気づいたのは偶然ですよ。たまたま、監視されているのが見えたんです」

 「見えたって……すごいな」


 どんな視力をしているんだよ。


 「居場所は分かったけど、どうする? エレベーターで上ったら感づかれるぞ」

 「もう感づかれるどころか、気付かれている。最上階から見られている。もはや下手な小細工をしても意味はない。正面から行くぞ」


 高級マンションの敷地、その入り口である豪華な装飾が施されたアーチ状の門。

 その門を潜ったその瞬間に違和感を覚えた。

 気のせいだと思ったが、ルナと奈々が足を止める。


 「どうしたんだ?」

 「……小細工は意味がないと言ったが、いささか不用心過ぎたな」

 「ルナ?」

 「周りを見てみろ」


 言われて周囲を見渡したら、人がいない。

 転移で飛んで来た時には多くの人々が出歩いていたのに今は人っ子一人いない。

 道路には車があるが、どの車も人が乗っておらず道路上で停止している。

 人がいないのに、なぜか街灯や信号、建物の明かりが点いていた。


 「人が、消えた……?」

 「違う。私達が招かれたんだ、創世の魔法で作られた世界に。東堂の時とは規模が違うな」

 「逃さないってことか。向こうは戦う気満々のようだな」

 「マンションの最上階以外に人の気配が感じ取れない。この大規模魔法を使ったのは監視していた者で間違いないだろう」

 「まさかとは思うのだが、今の状況って結構ヤバくないか?」

 「よくはないな。ただ、敵が何も仕掛けてこないのが気になる」

 「歓迎されていると考えてみるのはどうだ?」

 「そうであることを期待したいが、ないだろうな」


 ここは敵が陣を張っていた場所。

 何か罠が仕掛けてあるのかもしれない。


 「遠距離からの監視。情報収集に長けているのは早めに潰した方がいいと思います。幸いにして、その者は今は一人。潰すなら今が好機です」


 奈々の意見はもっともだ。

 茜の戦闘情報は相手にもう握られているだろうし、榊と奈々の情報も断片的に入手されている。

 これ以上、敵に情報を与えるのは得策ではないし、早い内に始末した方がいい。

 幸いにして敵は一人で完全にこちらを舐めきっている。

 それが命取りになるとも知らずに最上階で待ち構えているのだ。

 仕留める以外にないだろう。


 「さて、そろそろ上に行くか」

 「行くのは構わないが、どうやって上に登るんだ?」


 記憶が正しければ三十階はあったはず。

 これを階段で上るのはさすがにキツい。

 最上階に着く前にへばってしまう。


 「外から行くぞ」

 「外? 壁でもよじ登るのか?」

 「違う。飛んで行く」

 「そうそう、空をね」




 ルナの発動させた魔法によって鳥型のスケルトンが三体出現する。


 「本当にネクロマンサーだったんだな」

 「今更何を言っている」


 ルナがアンデッドを召喚しているところを初めて見た。


 「アンデッドの鳥か……。まさに不死鳥だな」

 「下らないこと言っていないでさっさと乗れ」


 鳥型のスケルトンは丁度人が乗れそうなサイズになっており、心臓部には魔臓石が煌めいていた。


 「翼が頼りなさそうに見えるけど、ちゃんと飛べるのか?」


 スケルトンなので当然ながら翼の部分も骨だ。


 「普通の鳥とは飛ぶ原理が違う。魔力を使って……と、今はいいか。こいつは飛行能力しか能がないアンデッドだ。戦闘能力はない。振り落とされないようにしっかり掴まれよ、落ちたら助けらないから」


 空高くから落ちたら、どんなに体を鍛えていても即死だ。

 ルナの言う通り、落下だけには気を付けなくては。


 「我々を歓迎していることに期待しよう。さて、どんな歓待を用意しているのだろうな」


 全員が鳥型スケルトンの背に乗り、飛び上がった。

 上昇しているしばしの間、街の景色に目を向ける。

 綺麗な夜景だ。

 じっくり眺めておきたいがそうもいかない。

 すぐにマンションの最上階まで辿り着く。

 奈々が前に出て一面に張られた窓ガラス、その内の一枚に触れる。

 窓ガラスは赤く発光したかと思ったら、冷気が漂い出した。

 途端に強化ガラスにヒビが入って割れる。

 ガラスの破片が地上に落ちてゆく。

 地上に人がいたら惨事になっていたが、今は誰もいないのでその心配はいらない。


 「入るぞ」


 ルナは鳥型スケルトンの背から跳躍して割れた窓ガラスから部屋に侵入していく。

 その後に続いて部屋の中に侵入する。

 奈々もそれに続く。

 部屋に明かりは点いておらず、暗闇に包まれる中で月明かりだけが侵入した窓辺を照らしていた。


 「こんな遠くから港を見ていたとはな。盗み見が趣味なのか?」


 窓から離れて足元だけが月明かりに照らされた人物。

 その人物に向かってルナは挑発を始めた。

 あまり相手を怒らせるようなことは、止めて欲しいのだが。


 「ようこそお出でなさいました。大した歓待も出来ませんが、あなた方を歓迎します」


 上品な声音をした女性だ。

 部屋の暗がりより、その女性がこちらに歩み寄ってその姿を現す。

 暗がりから現れた女性の顔を見て驚愕した。


 「なんで、ここに……」


 お前はここに居るはずがない。

 それなのに何故ここに居る?

 驚愕のあまり思考が止まる。


 「ささやかではありますが催し物を用意しております。あなた方の最後を迎えるには相応しいモノと自負しております故、とくと堪能していって下さいませ」


 そう言うと女性を中心に巨大な魔法陣が出現した。

 驚いて呆然と立ち尽くしたまま動けないでいるのを、急に手を握られて引っ張られる。


 「逃げるぞっ!」


 ルナに手を引かれたかと思ったら、侵入に使った窓から飛び降り出した。


 「ちょっ!?」


 挑発しといていきなり逃げるって、何なんだよ。


 「ルナっ!? 一体どうしたんだ?」

 「あいつはセイヴァーハンドのトップ、聖女だ。勝てる相手じゃない。それに今のは召喚の魔法陣、巻き込まれる前に逃げるぞ」


 聖女って、さっきのが?


 「本物なのか? 人違いってことは?」


 後ろから奈々も続いて窓から飛び降りた。

 各々が鳥型スケルトンに回収され、その背中に乗る。


 「言いたい事は分かる。だが、見間違えるわけがない。奴は本物だ」


 次の瞬間、上方より爆音が轟いた。

 マンション最上階が内側より吹き飛ばされ、砕け散った瓦礫が降り注ぐ。

 最上階があった場所より巨大な白い翼が生える。


 「なんだ、アレは……」


 よく見てみると、その巨大な白い翼は無数の剣でできていた。

 剣でできた巨大な翼が羽ばたき、破壊の化身が現出する。

 破壊の化身はシルエットだけを見ればドラゴンだ。

 強靭な胴体に太く筋肉質な四肢、剣の翼に大蛇のように伸びる尾。

 鋭い嘴を持った鳥のような頭に、純白の羽毛で覆われた破壊の化身。


 「鳥とドラゴンを足したような感じだな」


 破壊の化身を眺めながらそんな感想を漏らす。

 月明かりで純白の体が神々しく輝く破壊の化身。

 翼を広げたその姿はより一層大きく見える。

 その巨体が夜空に浮かび上がった。


 「呑気に言ってないで逃げるぞっ!」

 「じゃあ、早く転移を」

 「……魔法が発動しない。創世の魔法とは別の魔法か何かで妨害を受けている」


 それなら、どうするんだよ。


 「状況は最悪だ。逃げると言ったが、聖女から逃げるのは難しい。聖女の魔法の影響下にあって、召喚の魔法で召喚された契約モンスター。聖女かモンスター、そのどちらかを無力化にしないと逃げられない」


 あの契約モンスターをどうにかするのは無理だろう。

 茜と榊がいれば話は別だが、三人では厳しい。

 では、聖女はどうだろうか。

 噂が本当なら、恐ろしく強いはずだ。

 これまで数多くの人類の敵を殺戮してきた人類の味方。

 人類の救世主を自称する殺戮者、それが聖女だ。

 それに彼女は……。

 破壊の化身に聖女、どちらかを無力化するなんて厄介どころの話じゃない。


 「ひとまず距離を取るぞ。あれはマズい」

 「そうですね。急いでこの場から離れましょう」


 奈々に異論はないようだ。

 元よりルナ大好き人間である彼女が反対意見など言わないだろうけど。


 「あまり離れ過ぎるなよ」


 そう言うとルナは夜空の下を飛行し始める。


 「わたし達も行くよ」


 ルナから離れないようにその後を追った。




 ー7ー


 破壊の化身の甲高い雄叫びが轟く。

 その雄叫びだけで大気が震え、周囲にある建物の窓ガラスが悲鳴を上げる。

 背後を確認するのも一苦労な状況の中、雄叫びが徐々に近付いて来ているのが耳で感じ取れた。

 速度は向こうの方が上だ。

 真っ直ぐ飛んでいたらいずれ捕まる。


 「こっちだ。遅れるな」


 追いつかれないようにビルとマンションの合間を縫うように飛行する。


 「なあ、あの……ドラゴン? ドラゴンでいいかは知らんけど、とりあえずドラゴンでいいか。そのドラゴンが普通に街を破壊しているけど大丈夫なのか?」


 追いかけてくる破壊の化身が巻き起こす衝撃波で、窓ガラスが次々と割れていく。


 「創世の魔法で作られた世界だ。どんなに壊したところで問題ない。だけど……」


 ルナがチラリと後方を確認する。

 街を破壊していく様を見て、何か思うところがあったようだ。


 「……すまないが時間を稼いで欲しい。気になることがある」



 ルナの言葉を聞き、奈々とお互いに目配せをして頷き合う。


 「了解」

 「任せてください、ルナ様」



 時間稼ぎとは言っても、あの巨大なドラゴン相手にどう時間稼ぎをするのかが問題だ。


 「それで、どうやって時間稼ぎする?」

 「まずは注意を引きつけてルナ様から離す。その後は……逃げる」

 「注意を引きつけて、その後はひたすら回避か。勇敢な作戦だな。だけど、それしかない」


 深く息を吸って、吐く。

 そうやって自分を落ち着かせる。


 「準備はいい?」

 「ああ……やるぞ!」



 奈々と共に急旋回して破壊の化身の両脇を通り過ぎる。

 すれ違いざまに剣で斬りつけてみるも羽毛に阻まれて刃が通らない。

 奈々も炎属性の魔法で攻撃しているが、こちらと同じように結果は芳しくないようだ。


 「効いてないか」


 破壊の化身は振り返り咆哮を上げる。

 転進してこちらに狙いを定め出す。

 攻撃は通じていないが、注意を引きつけることには成功した。


 「さてさて、ルナ様のためにひと頑張りしましょうか」


 ルナは何か気になることがあるようだ。

 そこから突破口が見えるかもしれない。

 そのための時間稼ぎだ。


 「分かっていると思うが、倒すのが目的ではないぞ」

 「わかってるって」


 軽い感じがして不安になってくる。

 怖くないのだろうか。


 「わたしはルナ様を信じているからね」


 なるほど、納得した。

 奈々がルナに疑いを持つわけがない。

 だからこうも自信満々にいられるのだな。

 そうこう言っているうちに破壊の化身が真後ろにくっついてきた。

 巨大な嘴で啄もうしてくるのをギリギリで回避する。

 旋回し、襲い来る嘴を躱していく。

 悉く避けられたのに怒ったのか、咆哮を上げながら嘴を開ける。

 嘴の中に光が集まりだした。

 集まった光は圧縮され、やがて小さな太陽の如く輝きだす。


 ヤバい、何か来る。


 圧縮された光は一筋の線となって放たれた。

 手近にあったビルとマンションを貫き、焼き切り、崩れ去る。

 放たれる瞬間に急降下してなんとか難を逃れたが危なかった。

 崩れた瓦礫の断面は光の直撃を受けて溶解している。 それを視認して冷や汗を流す。

 以前戦ったウロボロスの攻撃よりも威力が段違いだ。

 今の攻撃は直撃どころか掠っただけでも即死する。


 「だいじょぶっ!? 無事っ!?」


 奈々が声を張り上げて安否の確認を取る。

 声など上げずとも仮面を介して連絡してくればいいものを。

 だが、思わず声を上げたくなるのも無理はない。

 それ程までに今の攻撃は恐ろしかった。


 「無事だっ! それより今の攻撃はマズい。気を付けろ!」


 自分も思わず声を張り上げてしまう。

 奈々は破壊の化身の下より姿を現したこちらを見て安堵する。


 「ルナ、頼むから早く何とかしてくれよ」


 破壊の化身がこちらの姿を見失っているうちに距離を取り、奈々と合流する。


 「破壊の限りを尽くす……あれが噂に聞くデストロイだね」

 「デストロイ?」

 「聖女が契約を結んでいるモンスター。破壊の化身である、デストロイ。その姿を見て生き残った者はいないと謂れているから、どんな姿をしているか知らないけど間違いないと思う」

 「セイヴァーハンドって慈善団体じゃなかったか? そんな団体のトップがこんな破壊の化身と契約しているなんて、構成員が聞いたら卒倒モンだぞ」

 「意外とウケはいいみたいだよ、悪に屈しない絶対の力だとかそんな感じで。中には神として崇めているのもいるとか」

 「神ねぇ……この惨状を見る限り、破壊神だな」


 瓦礫の山を見て嘆息していると、デストロイがこちらの姿を再び捉えたのが目に入った。


 「おっと、来るみたいだ」

 「お互いに死なないようにね、ルナ様のために」


 二手に分かれてデストロイの注意を引き合う。

 近付き攻撃して離れ、入れ替わるように奈々が近付き攻撃して離れる。

 それを何度も繰り返す。

 だが、それが簡単に通用するほどデストロイは甘くなかった。

 デストロイの嘴の中が炎の形をした光が灯る。

 その光を火球の如く放ってきた。

 鳥型スケルトンを体ごと回転させて、光の炎を回避する。

 デストロイは避けられたのを悟ると、再度光の炎で攻撃してきた。


 「くっ……! 光線の攻撃と違って連発できるのか」


 幾度となく放たれる光の炎を街中を飛び交いながら回避していく。

 あれは光属性の攻撃だ。

 威力は先程の光線よりも大分劣るが、アンデッドである鳥型スケルトンにかすりでもしたら消滅してしまう。

 すべて躱さなくては。

 それにしても、さっきからこちらばかり狙われている気がしてならない。

 奈々が横合いから攻撃しているが、注意を引くには至らずにこちらばかり狙われる。

 気のせいであってほしいが、残念ながら狙われているのは間違いないだろう。

 幸いにして、光の炎を扱う分、デストロイの速度は落ちて、追いつかれることはない。

 もちろん、こちらの速度を落としたらその限りではないが。


 出せる限りの最高速度を保ちながら街中を飛ぶ。

 ビルを盾に光の炎を防ぐ。


 こちらの攻撃は一切通じないのに、相手の攻撃は一度でも当たれば致命的。

 理不尽にもほどがある。

 絶対的な力。

 以前にも似たような敵がいた。

 ジェノサイド。

 あの虐殺の騎士と戦った時も似たような感覚を抱いた。

 絶望的なまでの力の差。

 死を覚悟した戦い。

 それでもあの時は生き残れた。

 今回もなんとかなるはずだ。


 光の炎を阻むビルの壁よりデストロイが姿を現す。

 また光の炎を放ってくる身構えるが違った。

 突如として、デストロイは光の炎による攻撃を止め、猛突進してきたのだ。


 「くっ……!?」


 迫り来るデストロイに対処するため急降下する。

 なんとか突進に反応出来たが、無理な体勢で急降下したため、錐揉み状態で落下してしまう。

 遠心力で体が浮き上がり、飛ばされてしまいそうになるのを必死にしがみついて持ち堪える。

 しかし、デストロイの攻撃はそれで終わらなかった。

 上空より光の炎が灯るのを回る視界の中で捉える。

 腕を曲げて鳥型スケルトンを手繰り寄せ、蹴り飛ばす。

 鳥型スケルトンは飛ばされ、その反対方向に飛んだ自分はオフィスビルの窓ガラスをぶち破り、ビルの中に侵入する。

 先程まで自分が居た所を光の炎が通過していき、道路を燃え上がらせた。


 風の加護を味方にオフィスビル内を走り抜け、侵入したのとは反対側の窓に向かう。

 視界の端に搭乗者を失った鳥型スケルトンがビルの壁面に沿って飛んでいるのを窓ガラス越しに確認する。

 よし、これなら反対側の窓に到達するのと同時に窓を破り、そこにタイミングよくやって来た鳥型スケルトンの背中に飛び乗れる。

 しかし、背後より伸びてきた光の線に貫かれて鳥型スケルトンは消滅した。


 「なっ……!?」


 さらに光の線は横に薙いでオフィスビルを両断しようとする。


 「デタラメ過ぎるだろっ!?」


 なんとか窓際まで辿り着き、走った勢いをそのままに剣を体の前に押し出して窓ガラスに突進する。

 窓ガラスは砕け散り、体は外に投げ出された。

 当然体は宙に浮かない。

 重力に逆らうことなく、体は落下していく。

 剣に雷を付与し、ビルの壁面に突き立ててコンクリートの壁を穿つ。

 壁を剣で削りながら体は滑り落ちていく。

 やがて落下速度は緩やかになり停止する。

 幸運なことに、止まった位置は地上に飛び降りられる高さの所だ。

 急いで着地し、ビルから離れる。

 背後で唸るような大きな音が響く。

 デストロイの攻撃を受けたビルが粉塵を上げながら倒壊を始めたのだ。


 「危なかった……」


 粉塵に紛れながら手近にあった建物に逃げ込む。

 荒れる息を整えつつ、周囲の様子を窺う。

 状況は悪い。

 鳥型スケルトンを失い、先程の無茶で手には痺れが残っている。

 いまデストロイに見つかったら逃げられない。


 「何も見えないか」


 粉塵が巻き起こっているせいで、遠くまで見通せない。

 下手に外を見続けて目にゴミが入ったらマズいと判断し、ビルの中で息を潜め、体を休めることに専念する。


 「さて、どうしたものか……」



 ビルを倒壊させたデストロイが高々に雄叫びを上げる。


 「無事だよね……? 無事でいてよね、ルナ様のために……」


 離れた位置よりビルが倒壊する様を見ていた奈々をデストロイが狙いを定める。


 「次のターゲットはこっちってことだね」


 遠方より次々と光の炎が襲い掛かってくる。

 それを奈々は回避していった。




 ー8ー


 人がいない。

 これだけ飛び回って移動しているのに人がいない。

 どこまで行っても人の姿を見かけない。

 創世の魔法では人は作られないので人がいないこと自体はおかしくない。

 だけど、創世の魔法にしては何かがおかしい。

 どこか違和感を覚える。

 もしかしたら、これは創世の魔法ではないのでは。

 何か別の魔法だとしたら……。

 スマホの電波を確認する。

 圏外だ。

 通信の魔法も繋がらない。

 近くにいる奈々にも繋がらない。

 ついでにもう一人にも試したが結果は同じだった。

 創世の魔法ではないのなら、こんな大規模の魔法が行使できる方法は一つ。

 神。

 正確に言えば神の遺物。

 榊の持つ神の矛同様に神の祝福が与えられた物。

 なぜ聖女が神の遺物を持っているのか疑問に残るが、それしかない。


 「打開策があるとすれば……やはり聖女か」


 この状況を作り出した彼女が何かを握っているはず。

 あの場で逃げたのは失敗だった。

 ルナは聖女の居る高級マンションに視線を向ける。

 そして、鳥型スケルトンにその場所に行くように指示を出す。

 月明かりに照らされた銀色の髪が幻想的に彩らせる。

 その髪をたなびかせながら、ルナは聖女の元へ急ぐ。

 鳥型スケルトンに乗って、デストロイに見つからないように低空飛行での移動だ。

 こうしている間にも二人が注意を引いてくれている。

 急がねば。

 だが、その時、


 「んっ? スケルトンがやられたか……」


 ルナは自身が作り出したスケルトンと見えない何かによって繋がっている。

 その繋がりが一つ絶たれた。

 敵に倒されたのだ。

 残りはルナが乗っているのと、もう一体が奈々かアイツのどちらかの鳥型スケルトンのみだ。


 「……しょうがない」


 鳥型スケルトンを停止させて飛び降りる。


 「お前は二人の応援に向かえ」


 命令を受けた鳥型スケルトンは二人の元へ飛んで行った。

 それを見送り、魔法で別のアンデッドを呼び出す。

 眼前に現れたのは馬型のスケルトンだ。

 飛行は出来ないが地面の上を移動するのには問題ない。

 馬型スケルトンに跨り、目的地に向けて駆け出した。




 天井も壁もなくなって吹き晒しになった高級マンションの最上階。

 遮るものがなくなり、聖女の金色の髪を風が撫でる。

 椅子に腰掛けて、紅茶が入ったカップを口元に運び、香りを楽しみながら口に含む。

 美味しい。

 聖女が自ら淹れた紅茶は、侍女の淹れてくれる紅茶とは悪い意味でひと味違う。

 香りはいいが、味に深みがない。

 普段なら侍女が美味しい紅茶を淹れてくれるが、今はいないので紅茶は聖女自らが淹れるしかないのだ。

 味は劣るが、たまにはこういった味も悪くない。

 夜空に輝く星々と光が巻き散らされる街を眺めながら、聖女は紅茶を楽しむ。

 セイヴァーハンドのトップである聖女には常に侍女が張り付いている。

 侍女達の存在はありがたいが、たまには一人になりたい時だってある。

 こういった状況ではなければ聖女は一人になれない。

 それに紅茶を淹れたりといった作業は嫌いではなく、むしろ好きだ。

 だからこそ、今の状況は聖女にとって密かな楽しみの一つとなっている。


 「優雅にティータイムとは、羨ましい限りだ」


 聖女のささやかな楽しみは無粋にも侵入者によって水を差された。



 「あら、戻ってきたのですか?」


 こちらの存在に気付いていたであろうのに白々しい。


 「何しに戻ってきたのか、お前には分かっているだろう」


 あざやかな青いローブで全身を覆い、仮面で顔を隠したルナは聖女と対峙する。


 「……お前が神の遺物を有しているのは分かっている。大人しくそれを出せ」

 「私からあなたに与えられるのは死だけです。せっかくお戻りになられたのです、私自らの手で終わらせて差し上げましょう」

 「偽善者が。お前のやっていることはただの人殺しだぞ」

 「それの何が問題なのでしょうか?」

 「何……?」

 「人類の敵は害悪でしかありません。たとえそれが人であろうと人類の敵ならば始末しなくてはなりません。そして、私の前に居るのは人類の敵。それを始末するのが人類の救世主である私の使命」

 「人を殺す、その認識がありながら、人類の救世主を名乗るのか。矛盾してないか、それ」

 「私としても全ての人類を救えないのは心苦しいです。ですが、私の使命は個人を救うことではなく、人類を救うこと。人類の敵たる者を始末するのは仕方がないことなのです」

 「人を殺すことでしか救えないというのか。所詮、お前は人を殺し回る殺戮者でしかないようだな」

 「私はこのやり方しか持ち合わせておりません。他のやり方があるかもしれませんが、それは他の方に任せます」


 淀みなく応える聖女に対し、ルナは何を言っても無駄だろうと思った。




 ー9ー


 ビルの陰に潜みながら、戦況を窺う。

 デストロイは獲物の一人を屠ったと勘違いしたまま、次なる獲物を葬り去ろうと光の炎を次々と奈々に向けて放つ。

 奈々は仲間の無事を祈りつつ、それらを回避していく。

 一度でも直撃したら致命的な攻撃が繰り返し放たれる。

 それを回避し続けるのは至難の業だ。

 ギリギリの状況が続くことで精神は消耗していき、いずれ集中力は途切れて攻撃が直撃するのは免れない。

 だからといって下手に出て行けば、機動力のない自分ではやられるだけだ。

 今の自分には見ていることしかできない。

 奈々の足を引っ張らず、手助けする方法はないのか。

 何かできないかと考える。

 こうしている間にもデストロイは奈々に攻撃を続けている。


 「くそっ。どうしたらいいんだ」


 その時、地面すれすれの超低空飛行で移動する鳥型スケルトンが近付いて来るのが見えた。

 デストロイに気付かれないようにしている鳥型スケルトンの必死さが伝わってくる。

 ただ、道路のど真ん中を飛ぶのはいかがなものか。

 幸いにして、デストロイは奈々に攻撃するのに集中しており、距離も大分離れていたから見つかっていない。

 だけど、もっとこう……隅の方を飛ぶとか、なんか工夫して欲しかった。

 鳥型だし、もしかしたら鳥頭なのかもしれない。

 それよりもデストロイに気付かれていないうちに合流しよう。

 ビルから出て、壁面に沿って移動し合図を送る。

 鳥型スケルトンはこちらの姿を視認し、即座に進路を変更させた。

 ひとまず道路のど真ん中から壁側に沿って移動するように促し、こちらまで飛んでくるまでビルの陰に潜んで待機する。

 こちらの鳥型スケルトンがやられたのをルナが察知して、代わりを送り込んでくれたのだろう。

 ルナに感謝の念を送りながら、鳥型スケルトンと合流を果たした。


 「来てくれてありがとう。さあ、奈々が頑張っている、行こう」


 鳥型スケルトンの頭を撫でて、その背中に飛び乗った。

 向かうは破壊の光が照らす夜空の戦場。

 飛び立とうとした瞬間、月明かりに照らされていた辺り一面が影に覆われた。

 見上げると破壊の化身が月明かりを遮るように翼を広げていた。


 「デストロイ……」


 デストロイは咆哮を上げる。

 殺したはずの人間が生きていた。

 それはデストロイにとって由々しきことである。

 パートナーであり、自身が契約を結んだ聖女が求める理想の世界。

 人類の理想郷。

 彼女の理想を阻む者は邪魔でしかない。

 目の前に居る人間は許しがたい存在。

 生きているだけでも許せない。

 怒りに燃えたデストロイの全身が光に包まれていく。

 今まで見てきた技もヤバかったが、今度のアレは比べ物にならない程にヤバい代物だ。

 本能で危険を察知し、鳥型スケルトンを操り距離を取る。

 逃げる。

 危険だ、とにかく離れなくては。


 「やあ、生きてたんだ。死んだのかと思ったよ」


 こちらの存在に気付いた奈々が呑気に話し掛けてきた。


 「そっちも無事で何よりだ。それよりもあれはヤバい、距離を取るぞ」

 「そうだね。でも、狙われているのは君みたいだし、わたしは退散するね」

 「おい、逃げるのか」

 「まさか、ルナ様を置いてにげるわけないじゃない。一応は援護するよ。それじゃ、あとはよろしくね」


 奈々は無慈悲にも離れていった。


 「……一人でやるしかないか」


 後方から咆哮が轟く。

 来る。

 ビル群に阻まれて姿を直接視認できないが、こちらに来るのが分かった。

 全身が光に包まれたデストロイはさながら太陽の如く輝いているのだろう。

 地上に現れた太陽は夜空を照らし、夜明けのように闇を払い始めた。

 デストロイはそのままビル群を突っ切り、こちらに向かって直進する。

 ビルの影に覆われているはずの背中に光が差し込む。

 壁代わりにしていたビルが突破されたのかと思って、背後を確認したら恐怖した。

 デストロイは光のオーラを纏い、その光のオーラに触れた物は全て消失しているのだ。

 それは文字通り、消失である。

 オーラにさらされたビルやマンションといった建造物は崩壊し、最後には塵も残さずに消え失せる。

 光のオーラを纏ったデストロイが通った後には、何も残されていない。

 あれに触れたら、自分も消えるのだろうか。

 障害となる筈の建物は意味をなさずにを消失していく。

 逃げるしかない。

 全力で、全速力で、最高速度で逃げる。

 奈々が遠距離より攻撃を加えるが光のオーラに阻まれて意味をなさない。

 もっともオーラをがなくても傷を負わせられるとは思えないが。

 そんな奈々にデストロイは瞳を向けて、ギロリと睨んで魔法を発動する。

 奈々が居る場所に魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣を中心に光の爆発が起こった。

 咄嗟に回避行動を取ったため、奈々は無事だったがその額には汗を浮かべている。

 あの光の爆発に巻き込まれたら、光のオーラ同様に消失すると考えた方がいい。

 実際にどうなるかはともかく巻き込まれれば、光属性の魔法を受けた鳥型スケルトンは消失し、搭乗者は地面に叩きつけられる。

 回避だ。

 光に晒されることなく、全てを回避するのだ。

 進行方向の先に魔法陣が浮かび上がった。

 すぐさま方向転換させるが、間近で光の爆発が起こる。

 幸いにも直撃しなかったが、光の爆発に巻き込まれた鳥型スケルトンの片足が消失していた。

 回避に専念すると決めた矢先にこれだ。

 直撃しなかっただけでも救いである。

 幸いにして、アンデッドには痛覚がなく、翼を失ったわけではないのでこのまま飛行を続けるのには支障はない。

 再び目の前に魔法陣が浮かび上がり、光の爆発を起こす。

 先程とは違い、今度は躱せたが、三度魔法陣が出現した。


 「これも連発できるのかよ」


 光の爆発に巻き込まれた建物は形を保てずに崩れ落ちる。

 瓦礫を紙一重でいなし、飛翔を続けた。

 魔法陣が出現し、避け、爆発する。

 これを何度も繰り返す。

 時折、光の炎も飛来してきた。

 次々襲い来る脅威をやり過ごすが、完全には避け切れず鳥型スケルトンの体は徐々に削られていく。


 光の爆発が建物を崩落させ、光の炎が道路を灼き、眩い光と瓦礫が大地を埋め尽くす。

 デストロイは光のオーラを全身鎧の如く纏い、オーラに触れた物を消失させながら飛翔する姿は、まさしく破壊の化身そのものだった。

 あんなのに勝てるわけがない。

 光の爆発と光の炎が同時に行使できないのがせめてもの救いだ。


 進行方向に魔法陣が浮かび上がり、進路を変える。

 爆発が起こるのと同時に鳥型スケルトンは浮力を失い、降下し出した。

 避けられたと思ったが、避け切れていなかったのか。

 崩れゆく鳥型スケルトンを踏み台にして近場のビルに向かってジャンプする。


 「届けっ……!」


 ビルの壁面に向けて剣を突き刺そうとするが届かない。

 重力に抗うことなく体は落下する。

 先に落ちた鳥型スケルトンは原型を留めておらず、魔臓石が大地に広がる光の炎に呑み込まれていった。

 このままでは自分も光の炎で出きた海に呑み込まれてしまう。

 最悪なことに下方に新たな魔法陣が出現する。


 「冗談だろ……」


 これは避けられない。

 仮に避けられても燃え盛る光に突っ込んで死ぬ。

 死ぬのか、ここで――


 爆発するかしないかの刹那の瞬間、鳥型スケルトンに乗った奈々が横合いから体当たりをかましてきた。


 「ぐぅっ……!」


 衝撃を受けた鳥型スケルトンの骨は何本か砕け散る。

 そして光の爆発が起こった。

 爆風でさらにビルの壁面に近くまで飛ばされ、剣を壁に突き刺すことに成功した。

 至近距離で光の爆発に巻き込まれた奈々は氷の盾を出現させて直撃は免れる。

 だが、鳥型スケルトンは消失し、爆風で飛ばされた奈々は反対側のビルの窓を突き破った。


 「奈々っ!」


 返事がない。

 突き破った窓の先は暗がりに包まれており、奈々の姿を確認することが出来ない。

 いくら魔法で身体能力を強化していても、今の衝突は危険だ。

 すぐさま安否を確認したかったが、それは憚られた。

 ビルの壁面に剣を突き立てた状態で、デストロイが眼前に現れたのだ。

 咆哮し威嚇するデストロイ。


 「奈々……すまない。待っていてくれ」


 手近にあった非常階段に飛び移る。

 ひとまず上へと駆け上がっていく。

 下は光の炎に包まれている。

 降りることは出来ない。

 屋上まで辿り着くと足を止めた。

 この程度でデストロイからは逃げられない。

 無事か分からない奈々から離せれば十分だ。

 振り返るとデストロイの姿がそこにあった。


 「……」


 もはや、どうしようもなかった。

 諦めが心を支配する。

 勝てない。

 いや、勝つ必要はない。

 ルナが何かをするための時間を稼げればそれで十分だ。

 時間稼ぎ。

 自分は時間稼ぎさえまともに出来ないのか。

 おつかいは出来ても肝心な時に役に立てない。

 ルナ……。

 自分がここで死んでも君だけは生きて欲しい。

 今までルナのために死んでいった者達もこんな気持ちだったのかもしれない。


 項垂れて、死を覚悟する。


 ……。

 …………。

 ………………。

 ………………違う。

 そうじゃないだろ。

 奈々に言われたことを思い出せ。

 自分が死んだらルナはどうする。

 誰がルナを守る。

 ルナを一人になんてできない。

 自分がルナの傍に付いて守るんだ。

 自己満足で死ぬな。

 ルナの未来を、将来を想い、生き抜くんだ。


 聖女が契約した破壊の化身、デストロイ。

 召喚の魔法によって呼び出されたデストロイは街を破壊の光に包み込む。

 地上を燃やす光の炎は夜空を照らす。

 セイヴァーハンドにとってこの光は希望の光なのだろう。

 しかし、自分には絶望しか抱けなかった。

 神々しく、直視すら出来ない程に眩い光。

 その光に当てられるだけでも辛い。

 セイヴァーハンドの一部の者達はデストロイを神だと讃えているらしい。

 なるほど、こうして間近に見ると神だと讃えたくなる気持ちも分からなくはない。

 破壊の神にしか見えないけど。

 それでも他の契約モンスターと同じ契約モンスターなんだよな。


 契約したモンスターを召喚する。

 今まで戦ってきたセイヴァーハンドも聖女と同じように契約モンスターを召喚していた。


 顔を上げると破壊の化身と目が合う。

 怯むな。

 集中しろ。

 魔力を高めろ。

 そして、呼び掛けろ。

 自分を中心に魔法陣が浮かび上がる。

 それは歪で今にも消えてしまいそうな心許ない代物だ。

 デストロイを睨みつけながら、たっぷりと息を吸う。

 そして、腹の底から叫んだ。


 「来いっ! サンダァァァァァァッ、バァァァァァァド!!!」


 魔法陣は光り輝き、魔力の奔流を巻き起こす。

 体から光の粒子が溢れ出る。

 その際に残っていた魔力がごっそりと取られていく。

 光の粒子は天高く昇っていき、見えなくなる。


 その光景に不思議と笑みが溢れた。


 「応えてくれてありがとう……」


 空は暗雲が立ち込めて稲妻が迸る。


 「こんな所で死ねない! お前如きに負けるわけにはいかないんだ!」


 デストロイを目掛けて天より雷が落ちた。

 雷はデストロイを体を貫く。

 デストロイは苦しそうに身をよじるが、大してダメージを与えているようには見えなかった。


 「この程度では倒れないか」


 雷鳴のような鳴き声を上げながら巨鳥が舞い降りてきた。


 黒い羽毛に覆われ、全身に雷を走らせる巨鳥。

 サンダーバード。


 目の前まで降りてきたサンダーバードの背中に飛び乗る。


 「さあ、反撃の開始だ!」




 ー10ー


 「……神の劇場。それが私の所有する神の遺物の名称です」


 聖女は笑みを浮かべながら答えた。

 嘘をついてはいないように見えるが、どうだろうか。


 「やけに素直に答えてくれるんだな。てっきり、はぐらかされるのかと思ったのに」

 「大丈夫ですよ、あなたはここで始末します。情報漏洩の心配はありません」


 始末。

 やはりここで殺す気か。


 「これは以前に使命を果たした際に手に入れた物です。人類の敵には過ぎた代物でしたね」

 「使命を果たした……殺したのか、お前が」

 「そういう表現もありますね。ですけど、それが何か問題でも?」


 聖女は首を傾げる。

 先程同様に人類の敵を殺すことに何の疑問も抱かないようだ。


 「正義の味方気取りか」

 「いいえ。私は人類の味方です」


 人類の味方。

 それが己だと聖女は告げた。


 「お前……」

 「何でしょうか?」

 「可哀想なヤツだな」

 「可哀想? 私が? なぜ?」

 「セイヴァーハンドで生まれ、育てられ、殺人兵器として生きている。人を殺すのに何の疑問も抱かない。人を殺し続ける人生、セイヴァーハンドの連中にはいい様に使われ続ける。他人に与えられた使命を盲目的に信じて、自分らしさの欠片も無く生きているお前を可哀想だと言わずになんだと言うんだ」

 「……だから私が可哀想だと?」

 「そうだ」

 「そうですか……」


 表情を消した聖女は光り輝く街と空を彩る光の花火を眺める。


 「人類の敵にも変わった考え方をする者がいるのですね」

 「……」

 「……もっとも、あなたをここで始末するのは変わりませんけど」


 聖女は再び笑みを浮かべてそう告げた。


 「それに可哀想なのはあなたの仲間です。あなたに関わったから死ぬ。あなたのせいで死ぬ。人間であるのに生きる権利を放棄し、人類に害をなし、今こうしている間も命をすり減らしながら戦っている。そして、死ぬでしょう。なんて可哀想な方達なのでしょうか」

 「……」

 「今までもあなたのせいで死んでいった者がいるのではないのですか? あなたが生きているだけで、生きているせいで、生き永らえているせいで多くの人が死んでいったのではないですか?」

 「……お前の言う通りだ。私のせいで多くの人が命を落としていった」

 「ならば、その不幸な因果をここで絶たなければなりません」

 「でもな……」

 「はい?」

 「私は死ぬわけにはいかない」

 「あなたのせいで多くの人が死んでもですか?」

 「そうだ。これまで私のために多くの人が死んでいった。彼らのおかげで今の私がいる。死んでいった者達のために、死んでいった者達の分も生きなくてならない。たとえ、お前が私を殺そうとしても、私はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」


 その時、街に雷が落ちた。


 「あれは……」


 街を見やると、空は暗雲が立ち込めていて雷が破壊の化身を襲っていた。

 雷を纏った黒い巨鳥が空を羽ばたいている。


 「サンダーバード……。アイツがやったのか……」

 「粘るのですね。大人しくしていれば苦しまずに済むのに」

 「残念ながら私達はここで死ぬ気は微塵もないのでな。そろそろお暇させてもらうぞ」


 ルナは魔法でナイフを作り出し、聖女に向けて投擲した。




 立ち込める暗雲より雷が何度も落ちる。

 落ちる場所は狙い違わずデストロイだ。

 幾度となく落雷を受けてもデストロイは怯みもせずに追いかけてくる。

 あの全身を覆う光のオーラが雷の威力を減衰させているのかもしれない。

 デストロイも負けじと光の炎を放つ。

 それをサンダーバードが華麗に飛び回って躱す。

 縦横無尽に街中を飛ぶ。

 鳥型スケルトンの何倍も速く飛翔し、デストロイを翻弄する。

 魔法陣からの爆破も、遅い。

 魔法陣が出現して爆発するまでの間には、もう飛び退っている。

 遅い。

 何もかもが遅いのだ。


 一筋の光が脇を通過する。

 光線だ。

 過ぎ去った光線が街を貫いていく。

 崩れてゆく建物を見て肝を冷やす。

 移動速度ではこちらが上回っていても、光線はそれを遥かに凌ぐ。

 光線の破壊力は恐ろしい。

 いくらサンダーバードでも一撃でも当たったら、どうなるか分からない。


 倒壊する建物を避けるために上空へと上がる。


 「あれは……」


 街が一望できる程まで上がると、とある建物が目についた。




 投擲したナイフは聖女を捉えるが見えない何かによって弾かれる。


 「無駄ですよ。その程度の攻撃では私の守りは貫けませんよ」

 「だろうな……。だが、これならどうだ」


 無数に作り出したナイフを次々と投擲していく。

 それでも聖女の守りは崩せずに弾かれる。

 しかし、その中の一本が守りを通り抜けた。


 「これは……?」


 聖女は驚きはしたが、表情に出さない。


 認識阻害の魔法。

 見えているナイフと実際のナイフは位置がズレているのだ。

 それにあのナイフに括り付けらえているのは手榴弾。

 ピンはすでに抜いてあった。


 聖女は思った。

 爆発する。

 本物のナイフはどこに。

 いや、ナイフを探すよりも身を守った方がいい。


 「言い忘れていたが――」


 ルナは告げる、


 「――ここに戻ってくる前に、このマンションにいくつか細工をさせてもらった」


 無策で戻ってきたわけではないと。


 「神の劇場だったか。その遺物を破壊すればこの世界から出られる」


 だが、ルナは神の劇場の現物がどういった物か知らない。

 このマンションにあるのは確実。

 ならば、マンションごと破壊すればいい。

 マンションの至る所に爆薬を仕掛けた。

 あとは起爆させるのみ。

 魔法によって威力が増幅された手榴弾が聖女の横で炸裂した。




 聖女が居た高級マンションが爆発している。

 ルナがやったのだろうか。

 それとも聖女の攻撃によるものなのだろうか。

 どっちに判断したらいいか分からない。

 けれど、あそこにルナがいるのは間違いない。

 守ると決めたんだ。

 行かないという選択肢はない。


 「あのマンションに向かってくれ!」


 サンダーバードに指示を出して崩れる高級マンションに向かう。

 その後ろをデストロイが追い掛けて来る。

 デストロイから放たれた光の炎も追い掛けて来るも、落雷によって次々と撃ち落としていく。


 今はお前に構っていられない。


 崩落する高級マンション。

 その最上階にはあざやかな青いローブを着た人物が見えた。


 「ルナ……!」


 やはり居た。

 夜空を滑空して、高級マンションを目指す。




 ー11ー


 「建物ごと破壊しますか……」


 聖女は高級マンションの崩壊が始まっているにも関わらず佇んでいるだけで動こうともしない。

 崩れゆく中で神の劇場を持ち出す素振りを見せなかった。

 ここに神の劇場はないのか。

 それだとマズい。

 この世界から抜け出せないのだから。


 「あなたは逃げないのですか?」


 聖女はルナに問う。


 「……」

 「まあ、いいでしょう。それと私が神の劇場を持ち出すのを期待しているのなら無駄ですよ。ここに神の劇場はないのですから」

 「チッ……」


 ルナは舌打ちをする。


 床は傾き、亀裂が走っていく。

 このまま、ここに残っても意味はない。

 脱出するか。

 その時、突風が吹き抜ける。

 見やるとそこにはサンダーバードがいた。




 高級マンションが崩落しているというのに、ルナは最上階から動こうとしない。


 「何やってるんだよ、アイツは」


 デストロイからの攻撃を掻い潜り、ついに高級マンションに辿り着いた。


 「急げ! 崩れるぞ!」


 呼び掛けるとルナは聖女を逡巡するが、すぐにこちらに向けて駆け出し、跳んだ。

 ルナの小さな体を受け止めて、前に座らせる。

 そして、すぐに高級マンションから距離を取るように飛び去った。

 サンダーバードと交代するようにデストロイも高級マンションに近付く。

 遠くより崩落する高級マンションを眺める。


 「それで上手くいったのか?」

 「……失敗した。この街全体が創世の魔法ではなく、神の遺物で作られたものだということまでは分かった。だが、肝心の遺物がどこにあるか分からなくて破壊出来なかった」

 「じゃあ、次はどうするんだ?」

 「……」

 「まだ諦めたわけじゃないだろ。それともここで死ぬつもりか?」

 「死ぬ気などない。あの高級マンションにないのなら他を探すまでだ」


 他を探すと言っても街は光の炎に包まれている。

 この中から探すのは骨が折れそうだ。


 「探す前に面倒なことになりそうだな」

 「面倒?」

 「あれを見ろ」


 ルナの示す先にはデストロイがいた。

 その背には聖女が乗っている。

 デストロイは崩落した高級マンションの上を滞空していて動こうとしなかった。


 「追い掛けて来ない? なんで?」


 なぜかデストロイは追い掛けて来ない。

 その理由はすぐに分かった。

 デストロイを中心に魔力が爆発的に膨れ上がったのだ。

 魔力感知の心得がない自分でも分かるほどの魔力の増幅。


 「何をしようとしているんだ?」

 「全てを破壊し尽くす気だ」


 デストロイの全身を覆う光のオーラが黄金の色へと変わっていく。

 それと同調するように街を包む光の炎も黄金へと転じていく。

 まさに黄金の都。

 思わず見惚れそうになる圧巻の景色。

 しかし、見惚れている暇などなかった。

 急いで神の遺物を見つけて破壊しなくては、このデストロイの破壊の力に巻き込まれてしまう。


 「見つけた」


 ルナが黄金の都の中から一つの遺物を発見した。


 「どこにっ?! 急がないとっ!」

 「さっきのマンションに戻れ! 早く!」


 ルナの言葉に従い、急旋回して崩落したマンションに戻る。

 急旋回した際に、ルナの体が浮かび上がって飛ばされそうになるのを後ろから抱きつくように掴み取り、飛ばされるのを阻止した。

 静かに下ろして腕を離す。

 ルナがチラリと振り返り、目が合うもすぐに視線を前に戻した。


 「……」

 「……」


 大事な局面なのに気まずい空気が流れてしまう。


 「……それで、どこに向かえばいいんだ?」

 「……マンションの敷地だ。その入り口にアーチ状の門があったのを憶えているか?」

 「門……。ああ、そういえばあったな、そんな物が」

 「その門が神の遺物に間違いない。それを破壊すれば、この虚構の街から出られるはずだ」


 高級マンションの周りはデストロイと戦った場所より離れているので光の炎に呑まれていない。

 そして門はすぐに見つかった。

 マンションの崩落現場からも距離があったので、崩落にも巻き込まれていないで顕在している。

 今に思えば、あの門を潜った時に違和感を覚え、気付いたらこの虚構の街に居たのだったな。

 あれを破壊すれば、この現状を打破できるはず。


 門に向かって一直線に飛ぶ。

 頼む、間に合ってくれ。




 「あら、気付かれてしまいましたか」


 門に向かって真っ直ぐに飛ぶ姿を見て、聖女は悟った。


 「こちらの攻撃が早いか、そちらの攻撃が早いか……。どうなりましょうか」


 黄金に光り輝く都。

 この空間に作り出した街全体に及ぼす程の破壊の前兆。

 絶対の破壊の力を持つ、黄金の魔法。

 この魔法を受けて生きていた者はいない。

 塵どころか細胞も分子、原子すら残さずに消し去るほどの威力を誇る最強の魔法。

 それは世界の終わりを体現する魔法。

 この魔法に難があるとすれば、現実の世界では使いどころがない事。

 そして、発動までに時間が掛かる事。

 しかし、この作られた虚構の世界なら使える。

 引き返してきたのは予想外だったが、先に魔法を発動させれば問題ない。



 世界は黄金に包まれ、大地が揺れる。

 それに共鳴するかのごとく、ビルが、街が、世界が揺らぐ。

 何か良くないことが起ころうとしているのが嫌でも理解できた。


 ルナがサンダーバードに魔力供給をする。

 魔力を高めたサンダーバードの纏う雷がより激しく迸った。

 雷を束ね、一条の矢となったサンダーバードは神の劇場に向けて一直線に飛翔する。

 風を味方につけて、さらに速度を増していく。

 今回の戦いでは聖女にもデストロイにも手も足も出なかった。

 強力な敵。

 正直言ってジェノサイドよりも強い。

 上には上がいるというわけだ。

 今の実力では到底敵わない。

 それでも最後に。

 最後の最後に一矢報いてやる。


 デストロイを中心に崩壊の波が押し寄せる。

 高級マンションの瓦礫が波に呑まれ、その形を失う。

 塵も残さずに無に帰する破壊の魔法がサンダーバードを捉えようとした刹那、神の劇場は巨大な稲妻の矢によって貫かれた。




 ー12ー


 世界の終わりを間近に感じたが、その時は訪れなかった。


 「……あれ?」


 地面に足がつく。

 サンダーバードもデストロイも消えている。

 それどころか、あの世界を破壊するかのごとくの魔法も消えていた。

 先程までの出来事が夢だったのではないかと、そう錯覚してしまいそうになる。


 高級マンションの敷地、その入り口であるアーチ状の門の前に立っている。

 だが、門は無残にも崩れていた。

 見上げた先には高級マンションがあるが、傷一つ付いていない。


 「……戻って来れたのか?」


 無事に帰ってこれたのを確認し、安堵する。


 ふと、風が吹く。


 風が運んできた血の匂いを嗅覚が捉え、全身が震えた。

 恐る恐る、足元を見やる。

 血溜まりができていた。

 どこから流れて来たのかと、恐る恐る視線を這わせる。

 そこには全身血塗れになった奈々が横たわっていた。

 奈々の姿を目の当たりにした瞬間、足から力が抜け落ちる。

 体を支えられなくなって崩れ落ち、地面に膝をついてしまう。



 ルナは気が付くと高級マンションの入り口である門の前に立っていた。

 崩れた門を一瞥する。

 それを見るに虚構の世界より元の世界に帰還したようだ。

 背後に人の気配がしたので振り返ると二人の人物がいた。

 一人は両膝を地面につけて、項垂れている。

 もう一人は仮面が割れ、露わになった額から血を流して横たわっていた。

 横たわる人物の顔に見覚えがある。


 嫌だ。


 覚束ない足取りで歩み寄る。


 嘘だ。


 奈々が頭から血を流していた。


 夢だ。


 まるで眠っているかのごとく安らかな顔をしていた。


 これは夢だ。


 「ル、ナ……」


 ようやくこちらの存在に気付いたのか、項垂れていた顔が上がりルナを捉えられた。


 「ぁあ……っ」


 奈々の惨状を悔いて、涙を流しながらルナのローブの袖を縋るように掴んでいるが、ルナはそれを無視する。


 奈々の胸部が微かに上下していた。


 生きてる。

 まだ生きている。

 助けられる。


 縋る邪魔者を押し退けて、奈々の横に跪く。

 奈々の両手を握りしめ、魔法を発動させた。




 ー13ー


 転移の魔法で港の近くまで移動し、茜と榊と魔法で連絡を取る。

 港はまだ監視されている可能性があったので二人の到着を待つことにした。

 待っている間、ルナは一言も発さず黙ったままだ。

 ただ虚空を眺めている。


 何を考えているのだろうか。

 自分には想像する事すらも出来ない。

 話し掛けられる雰囲気でもないし、どうしたらいいのかも分からなかった。

 こういった時は何か気の利いた言葉でも掛けたらいいのだろうか。

 それとも、黙って寄り添ったらいいのだろうか。

 何をしたらいいのか分からずルナの横顔を見つめていると、ふとルナが顔をこちらを向けてきた。


 目が合う。


 サンダーバードの背に乗っている時にも目が合ったが、明らかにその時とは心情が違う。

 悲しげな瞳をしているが、涙を浮かべてはいない。

 さっき奈々が瀕死だった時も涙を流さなかった。

 どんなに悲しくても、どんなに辛くても、涙を見せない。

 強い子と言ってしまえばそれでおしまいだが、本当にそうだろうか。

 ルナは人一倍寂しがり屋のくせに強がりなところがある。

 もしかしたら、今も必死に強がっているのではないだろうか。


 しばらく見つめ合う形になっていたが、ルナは視線を戻して顔を俯かせた。


 弱みを見せない。

 涙も見せない。

 仲間が居るのに一人で抱え込む。

 今もそうだ。

 奈々が大怪我を負ったのを自分のせいだと思っているはずだ。

 責任を感じている。

 一人で背負おうとしている。

 もっと周りを頼って欲しい。

 自分はいつも一緒に居られるわけではないが、茜や榊なら大人だし頼りがいがある。

 情けない話だが、今の自分ではルナの手助けになることは出来ない。


 何も語らず、何も行動せずにいると、二つの人影が近付いてくるのが見えた。

 茜と榊だ。

 二人とも目立った外傷もなく、無事のようだ。

 隣にいるルナもそれには安心したようで胸を撫で下ろす。


 「港に居たセイヴァーハンドは一人残らず始末しました」


 合流を果たし、茜からの報告を受けてルナは頷く。

 半ば上の空気味だが、ちゃんと聞いているのだろうか。

 ルナの様子がいつもと違うのを茜と榊は感じているようだが、それを口に出すことはなく、いつも通りの態度で接する。

 ルナはそれには気付かず、気丈に振る舞いながら転移の魔法を発動させた。



 「お前はそろそろ戻れ」


 マンションに戻るなり、ルナからそう告げられた。


 「今日は、その……もうちょっと残るよ」


 今のルナは見ているだけで不安な気持ちになる。

 目を離した隙に何をしでかすか分からない。

 いつまで居られるか分からないが、少しでも長く寄り添っていたい。


 「後の事は任せろ。今日はお前も疲れただろうし、向こうでしっかり体を休めろ」

 「いや、でもっ……!」


 言い返そうとすると、横で話を聞いていた茜が間に割って入ってきた。


 「ここまで来ればセイヴァーハンドに見つかる心配はありません。ルナ様は私達に任せてもらって大丈夫ですので安心してください」


 口調こそは優しいが目は威圧的だ。

 反論を許す余地はない。

 奈々の件があってルナが心配だ。

 でも、自分はもはや地球の住人ではない。

 ルナを守りたい。

 傍に寄り添いたい。


 「……分かった。今日は帰るよ」


 しかし、今はルナの力になれない。


 最後にルナの方を見やるが、こちらと顔を合わせようとはせず、どんな表情をしているのか窺い知る事はできなかった。




 ー14ー


 「勇者様? いかがなさいましたか?」


 戻って来て呆然と立ち尽くしていると、アマテルが心配そうに声を掛けてきた。

 その顔をやはり呆然と見やる。


 「テル……」

 「大丈夫ですか? 顔色があまりよろしくないですよ」

 「……なんでもない。気にしないでくれ……」

 「なんでもないようには見えませんよ。何があったのか話してくれませんか?」

 「……」

 「私、勇者様の力になりたいのです。それに話せば少しは気が楽になりますよ」

 「…………無力なんだ。力になりたいのに力になれない。守りたいのに、守れないでいる。傷つけてしまった。悲しませてしまった。それなのに慰められなかった。何も出来なかった……」


 言葉にするつもりはないのに、ルナに対する想いが溢れて口から零れ落ちてゆく。


 「勇者様は決して無力ではないですよ。これまで沢山の人達を救ってきたじゃないですか。私も勇者様に救われた一人です。感謝しています。勇者様がこれまで救ってきた方々だってきっと感謝しているはずです。ですから、ご自身を卑下になさらないでください」


 肩を抱かれ、慰めの言葉を送られる。


 「それじゃ……それじゃダメなんだっ……! 肝心な人を救えていなければ、意味が無いんだ!」


 ルナは家族も同然である奈々が大怪我を負い、自身が下した判断を悔やんでいる。

 けれど、それはルナが悪いのではなく、ルナの期待に応えられなかった自分の力不足が原因である。


 「今は力不足かもしれません。それでも大丈夫ですよ。勇者様は己の未熟さを、弱さを分かっているじゃないですか。自分の弱さを理解するのはなかなかできることではありません。多くの人は自身の弱さから目を背けて生きています。それがなぜだか分かりますか?」


 アマテルの問いかけに口を噤んでいると、アマテルは静かに続けた。


 「……皆、怖いのですよ。本当の自分を知るのが。人は誰しもが理想の自分を心に描いています。本当の自分が理想とかけ離れているという現実を直視したくないのです」


 理想と現実。

 その落差を知った時、人は悲観し、落胆し、絶望にする。


 「それでも挫けず、前を歩み続ければ、人は成長することができます。勇者様は今よりも強くなれます。ご自身の力を理解した勇者様なら強くなれます。もちろん、過ぎ去ってしまった事はどうしようもありません。ご自身の至らなさを、抱いた悔しさを忘れず、それを糧に研鑽し精進する。勇者様ならきっとできます」


 過ぎ去った。

 それはつまり過去だ。

 過ぎ去った過去には戻れない。

 過去は変えられない。

 でも、未来に備える事はできる。


 「顔を上げてください。胸を張ってください。前を見て歩み、進んでください。同じ過ちを繰り返さないように、今度は後悔しないように、次は救えると信じて」


 だが、たとえ未来に備えようにも苦い過去は消えることがなく、杭となって胸に突き刺さり続ける。

 それは抜けることがなく、一生心を蝕む。


 「安心してください。私も一緒です。私も勇者様と共に歩んでいきます。ポニィやおじ様も勇者様の力になってくれるはずです」


 顔を上げるとアマテルは優しく微笑んでくれたが、彼女の優しさに耐え切れず目を逸らしてしまう。


 「……ありがとう、テル。おかげで少し元気出た」


 お礼を告げて、背を向ける。


 「……勇者様の助けになれたのなら、何よりです」


 アマテルの言葉は間違っていないし、彼女の力になりたいという思いが伝わってくる。

 彼女の気持ちはありがたい。

 ありがたいけど、だけど……、

 だけど、自分は今すぐにでもルナの力になりたい。

 今すぐにだけでなく、もっと自分に力があれば、奈々を負傷させずにルナの心を傷つかせずに済んだ。

 過去に戻ってやり直したい。

 アマテルの言う通り、自分の力を磨き、精進を続ければ将来ルナの力になれるかもしれない。

 だけど、それでは遅い。

 遅過ぎる。

 今日のルナと奈々を救えなければ意味がない。

 ジェノサイドと戦った時に、自分の弱さを知ったはずなのになんという体たらく。

 もっと強くなっていれば、こんなことにはならなかったのではないか。

 強くなるだけではなく、強者と出会った時のための対策を考えたりだとか他にやりようがあったのではないか。

 後悔しか残らない。

 最早、過去を変えられない現実に悲観しかできなかった。


 「……今日はもう寝るよ。ありがとう。今日は本当にありがとう。……おやすみ」

 「はい、おやすみなさい」


 アマテルとポニィが寝泊まりしている部屋から出て、自分の部屋へと向かうも、すぐに足を止めてしまう。


 アマテルの顔を直視できなかった。

 それはアマテルの言葉を否定したいからだとかそういったわけではない。

 地球で見たもう一つの現実。


 「どうしてなんだ……」


 どうして――


 地球で見た光景が脳裏から離れない。


 ――セイヴァーハンドのトップである聖女とアマテルの顔が瓜二つなんだ。




 ー15ー


 翌朝。

 ベッドから起き上がれずにいた。

 体調は悪くない。

 でも、起きたくなかった。

 昨日一日でたくさんの出来事が起きた。

 肉体的にも疲れたが、快復している。

 だが、精神的には酷く疲弊したままだ。

 特に奈々が重傷を負ったのは堪えた。

 いかに重傷でもルナの魔法によって治療できるはずだ。

 今夜、地球に召喚されたら、またいつも通り元気にしているはずだ。


 召喚されたら、


 いつも通りに、


 戻っている――


 ――はず。


 そう信じたいのに、不安がよぎる。

 血塗れの奈々を見た時のルナはえらく動揺していた。

 あんなにも動揺したルナは初めて見た。

 奈々の治療を終えた後も意気消沈していて、心此処に非ずといった感じだった。

 あのルナの姿を思い出すと不安になってくる。



 ローゲンに体調が優れないと伝えて寝かせてもらう。

 体調は悪くなかったはずなのに、心が弱っているせいか、酷く気だるい。

 病は気からとも言うし、心の持ちようって大事なんだな。

 ローゲンから話を聞いたのであろう、アマテルとポニィが心配して訪ねに来てくれた。

 昨日の事もあってアマテルは特に心配しているだろう。

 なんとか体を起こし、アマテルを迎え入れる。

 申し訳ないがローゲンとポニィには席を外してもらった。

 アマテルと話したい事があったからだ。


 「勇者様、体調が悪いのでしたら寝ててください……」

 「少し話しておきたいことがあったんだ。それが終わったら寝るよ」


 居住まいを正し、アマテルを見据える。


 「テル。何度も見せたから分かると思うけど、これがなんだか知っているよね?」


 そう言って取り出したのはスマホ。


 「は、はい。知ってます……」


 動揺を見せるアマテルに構わず続ける。


 「アマテルは知らないと思うけど、実はこれ、電気で動くんだ。電気を溜めるバッテリーが内蔵されてて、その電気がある限り動かすことができる」

 「はあ……」


 アマテルにも解るように説明してみるも、いまいちピンと来ていないようだ。


 「要するに電気で動くというわけだ」

 「それは解りましたけど……、どうしてその説明を今するのですか?」


 アマテルの疑問には答えずに続ける。


 「電源を入れれば、バッテリーの電気を消耗する。今は画面が暗くなっているけど、これでも電源が入っているんだ。このまま放置すれば、当然バッテリーの電気が減っていく」


 アマテルが黙って説明を聞いているのを確認して、さらに続ける。


 「この画面が暗い状態でバッテリーがどれくらい保つかは知らないけど、保ってもせいぜい数日だと思う」


 一通り説明を終えてアマテルの反応を窺うと、理解しようと努めているのが見て取れた。

 だけど、それと同時に困惑している。

 なぜいきなりこんな事を話すのか、戸惑っているのだ。

 ここまでが前提である。

 そして、ここからが本題だ。


 「今の話を前提に、本題に入る」


 アマテルは緊張した面持ちで頷く。


 「以前、遭難した事があったよね。具体的な数字は覚えていないけど、一週間以上は遭難していた。その時にスマホの電源は切っていたんだよ。時間を確認するのが煩わしく感じたし、写真なんて撮っている余裕がない。必要なかったから電源を切ったんだ」

 「……」

 「そこから一度も電源を入れていない。遭難してから数日、死神に会って、テル達と合流した。そこまではいい。だけど、死神が去った後で、テルは落としましたよって言ってスマホを渡してきた」


 アマテルは何を言おうとしているのか悟るも、口は挟まずに黙って耳を傾ける。


 「その時、スマホの電源が入っていた。今みたいに画面が暗い状態で。最初は気のせいだと思った。だけど違う。さっきも言ったけど、この状態だとバッテリーが数日しか保たない。電源を切っていたのは間違いない。そして、遭難している間に電源は入れていない。じゃあ、誰が電源を入れたんだ?」


 そこまで話してアマテルに問い掛ける。

 アマテルは瞼を閉じるも、覚悟を決めたのか、すぐに開いた。


 「……私が電源を入れた。勇者様はそう仰りたいのですね」


 頷いて首肯する。


 「ただ電源を入れただけで、大したことではないかもしれない。でも、それがずっと気になっていた。テルがそれをずっと黙っているのも気になる。言うタイミングを逃しただけかもしれないけど、実際は……実際のところはどうなんだ?」

 「……勇者様の体調が悪い中で話す内容ではないですよ。それでも今聞きますか?」


 やはり、理由があって黙っていたのか。


 「構わない。聞かせてくれ」

 「……分かりました。お話しします」




 勇者様とポニィ、おじ様の三人が気を失っている間、私は死神さんとお話しました。

 私達の暮らす世界と勇者様が暮らしてきた世界、その関係について。

 共命者システムについて。

 そして、リッチーについて。

 色々聞かせてくれました。

 最後に勇者様の持ち物について聞かれました。

 すまほ。

 死神さんはそれに興味を持ったそうです。

 あれこれ聞かれたので、私が知っている範囲で教えました。

 ですが、死神さんはそれだけでは納得せず、実際に使ってみたいと言い出したのです。

 私は最初断りました。

 ですが、勇者様の命の恩人だとか、恩を返して欲しいだとか言われてしまい最終的に私が操作するならと……。

 すみません、勝手に決めてしまって……。

 別に庇いたいわけではないですが、一概に死神さんのせいではないのですよ。

 正直、私自身もすまほについて気になっていましたので、使ってみたいという気持ちがありましたから。

 電源の入れ方は勇者様が使っているのをよく見ていたので分かりました。

 次にぱすわーどでしたっけ?

 それも勇者様がやっているのを見ていたのですぐに分かりました。

 そこまでやってようやく画面が映ります。

 画面に映る写真を見て、死神さんは言いました。

 ――。

 名前だとすぐに分かりましたが、誰の名前なのだろうか、なぜ今それを言ったのか、疑問が次々と湧きます。

 その名前はリッチーのものだと、死神さんは教えてくれました。

 そして、画面に映る人物がリッチーと瓜二つ、共命者だと、死神さんは言いました……。



 待ち受けに設定している画像はルナ。

 文化祭でメイド服を着ていた時の写真だ。

 待ち受けの人物とリッチーは共命者。

 なら、ルナとリッチーは共命者ということになる。

 リッチーを倒せば、ルナは――


 「……解った。ありがとう。話してくれて」

 「勇者様。私は……」

 「いいよ。テル。いいから……」


 アマテルはまだ話したかったようだが、少し考えさせて欲しいとだけ伝えて、帰ってもらった。


 一人残された部屋の中で考える。

 リッチーを倒せばルナは死ぬ。

 それをアマテルが隠していたのは気遣っていたからであろう。

 かつて、アマテルからルナがどういう存在かと聞かれた時があった。

 ルナは大切な人。

 アマテルにそう言われたのを憶えている。

 そして、それは紛れもない事実。

 ルナは自分にとって大切な人だ。

 彼女を失いたくない。

 だけど、リッチーを倒さなくてはアマテルの願いは叶わない。

 アマテルに諦めてもらうという手もある。

 しかし、旅の目的、アマテルの願いを放棄しても、リッチーが存在することで王国は衰退していく。

 衰退の先にあるのは王国の滅亡。

 それは無視出来ない問題だ。


 リッチーの件とは別に、もう一つ気になることがある。

 聖女。

 セイヴァーハンドのトップである聖女はアマテルと瓜二つ。

 つまりアマテルと聖女は共命者だ。

 幸いだろうか、こちらは別に倒さなくていい。

 出会ったら逃げればいいのだ。


 ルナは生きるために戦う。

 アマテルは両親の仇を取るために戦う。

 どちらが正しいとかの話ではない。

 今自分に出来ることはリッチーを殺さない、聖女を殺さない。

 だけど、リッチー討伐隊は編成を始めた。

 タイムリミットが迫っている。

 悠長にしていられない。

 何か出来る事を、ルナが死なない方法を考えるのだ。




 ー16ー


 地球に召喚されると、新たな問題に直面する。


 デストロイの攻撃を受けて奈々は重傷を負った。

 いかに重傷でもルナの魔法に掛かれば、傷は綺麗に消え去る。

 奈々の怪我も完全に癒えた。

 再び彼女の元気な姿を見れるだろう。

 そう思っていた。

 だが、そうはならなかった。


 「奈々の意識が戻らない?」

 「そうだ」


 地球に召喚されて真っ先に奈々の状態を確認すると、彼女の意識が戻らないと告げられた。


 「なんでだ? 傷はもう治っているんだろ? どうして目が覚めないんだ?」

 「魔法では肉体的に回復はできても、意識を回復させることは出来ないというわけだ」

 「なんだよ、それ……」


 それじゃあ、奈々はどうなるんだ。


 「意識は戻るんだよな? 一生戻らないなんてないよな?」

 「……」


 ルナは答えてくれなかった。

 嘘だろ……。

 つい昨日まで元気にしていたのに、なんで……。


 「……奈々は今どこに?」

 「病院だ。交通事故に遭ったということにして入院してもらっている」

 「そう、か……」


 ルナは奈々の現状を淡々と話す。

 なんで、そんなに冷静なんだ。

 奈々はルナの親友だろ。

 今まで姉妹のように一緒に暮らしてきた家族なんだろ。

 それなのに、どうしてそんなに冷静でいられる。

 なんで、そんなに落ち着いていられる。


 「……お前が居てくれてよかった」


 それだけ言うと、ルナは口を噤んでしまう。

 落ち着いているように見えたが、実際には落ち込んでいる。

 やはり奈々はルナにとってかけがえのない存在なのだ。


 「……奈々の現状は解った。それで今後はどうする? 聖女から逃げられたとは言え、向こうにはこちらの存在を知られてしまった。このまま何もしてこないなんてないだろ」

 「当然逃げるが、幸いにも顔は見られていない。今すぐ逃げる必要はない。今行動を起こせば奴らの目につく。準備を整えて、時期を見て、それから動く」

 「……そうか。なら、しっかり準備しておかないとな」


 口では納得したように装うも、それでは遅過ぎると思った。

 逃げるのならば、昨日の時点で逃げるべきだ。

 このマンションには戻らず、着の身着のままに逃げるべきだった。

 聖女は狙った獲物は絶対に逃さない。

 こうしている間にも包囲網を敷いているはずだ。

 時が経つにつれて逃げるのは困難になってくる。

 ルナもそれは分かっているだろうが、実行には移さなかった。

 その理由は明確、奈々の存在だ。

 意識が戻らない彼女を下手に連れ回すわけにはいかず、病院に収容した。

 奈々の傍から離れられずに、この街に留まっているのだ。


 「これから見舞いに行こうと思っている。お前も来るか?」


 こんな夜中に、とは思ったがわざわざ待っていてくれたのだろう。


 「行くよ、もちろん」



 転移の魔法で移動し、奈々の眠る病室に入る。

 個室のため、奈々以外の人は誰もいない。


 「……」


 眠る奈々を見て、驚愕する。

 まさか同じ内容でこう何度も驚かされるとは思いもしなかった。


 「その様子だと、やはり気付いていなかったのか……」


 ルナはいたって冷静で淡々としている。

 知っていて黙っていたのか。

 だけど、これは自分の鈍さが招いたことであり、ルナを責める気にはなれなかった。


 髪を下ろして眠る奈々。

 今にして思えば、髪を下ろした奈々を見たのはこれが初めてだ。

 髪を下ろした奈々の顔はポニィと瓜二つ。

 つまり奈々とポニィは共命者同士ということだ。


 「……いつから知っていた?」

 「最初に写真を見た時からだ。その時は似ているな程度にしか思っていなかった。お前から共命者の話を聞いて奈々と魔法使いがそうだと分かった」


 最初から知っていたのか。


 「神官の写真を見た時も同じだ。聖女に似ていると。わざわざお前に教えるまでもないだろうと思っていたら、まさか本物に出会すとはな」

 「……気を遣ってくれていたのか、ずっと昔から」

 「そんなつもりはない。ただの気まぐれやら、偶然が重なっただけだ」


 それを最後に病室から言葉が消え去った。

 ただ黙って奈々の顔を見つめる。

 ルナも同じように奈々の顔を見つめる。

 その顔は何か思い詰めているようにも見えた。

 ルナが身を翻したのを合図に、転移の魔法で病院を後にする。

 結局その日はルナがリッチーの共命者だと言えずに向こうの世界に戻された。




 「テル。ポニィは元気にしているか? どこか怪我をしたり、体調を崩したりしていないか?」


 奈々とポニィが共命者だと分かり、ポニィの様子が気になったのでアマテルに聞いてみる。


 「ポニィですか? 元気ですよ。呼んできましょうか?」

 「いや、いい……。元気ならそれでいいんだ」


 どうやら、共命者が共有しているのは命だけのようでひとまず安堵する。


 「昼間に比べて顔色がいいですね。体調が快復したようで安心しました」

 「すまない。心配を掛けた」

 「本当ですよ、心配しましたからね」

 「それは……悪かった」

 「体調が全快したら許します。だから早く元気になってください」

 「なら、早く元気にならないとな」

 「はい、そうしてください。ところで気になっていることがあるのですが、聞いてもいいですか?」

 「ん? なんだ?」

 「向こうの世界で何かあったのですか? 昨日の夜に戻った時から様子がおかしいので……。昼間の件もありますし……。もし、何かあれば言ってください。勇者様のためなら力になりますので」

 「……アマテルの言う通り、向こうで色々あったんだよ。ただそれを話すのがちょっと難しくてね。どう話したらいいか分からないんだ。だから、それを整理するのに少し時間をくれないか。時間は掛かるかもしれないけど、必ず話すから」


 今はそれが精一杯だった。

 どう話したらいいか分からないし、アマテルと聖女のこともある。

 一度整理してちゃんと話したい。


 「それでしたら待っています。勇者様が話したい時にお願いします」




 奈々が入院して一週間。

 依然として奈々は目を覚まさない。


 「奈々の容態はそんなにも悪いのか?」


 怪我は完治しているはずなのに目を覚まさないのはおかしい。

 何か原因があるのではと勘ぐってしまう。


 「……」


 ルナは黙したまま何も語ろうとしない。

 無視しているわけではない。

 何か別のことを考えているようだ。


 「ルナ? 聞いてるか?」


 肩を掴み、ルナの意識を呼ぶ。


 「あ、ああ……うん……」


 こちらに反応を示すも、ひどくおぼろげである。


 「どうした? 体調でも悪いのか?」

 「そういうわけではない。ただ……」

 「ただ?」

 「……いや、私のことはいい。それよりも奈々の件で話しておきたいことがある」


 ルナのことも心配であったが、今は話を聞くことにする。


 「奈々の意識に回復の兆しが見えてきたらしい」

 「本当かっ!」


 それは朗報じゃないか。

 なんで黙っていたんだよ。

 もっと早く言え。


 「本当だ。僅かながら反応をしている。近い内に目を覚ますはずだ」


 朗報のはずなのにルナはどこか暗い、陰りがある。


 「それを受けて……今日、奈々にとある処置を施した。魔法による記憶改竄。それを行なった」

 「記憶を改竄? どういう風に改竄したんだ?」

 「私……、私に関する記憶。その全てを消した。抹消した……」


 思わず絶句する。

 奈々からルナに関する記憶を抹消しただと。


 「……それは、つまり?」

 「つまり、目を覚ました奈々は私達の事もセイヴァーハンドの真実も魔法の事も何もかも忘れている。これからは普通の少女として生きていく」

 「……ルナは、それでいいのか?」


 ルナに問う。

 それが正しい判断なのかと。

 それは間違っていないのかと。

 いや、正しい正しくないに関わらず、ルナはそれでいいのか。


 「いいに決まっているだろ。友人が、家族がこれからも生きていけるんだ。血塗られた世界じゃなくて、平和な世界を生きていく。奈々の幸せを願うのならこれくらいのこと当然だろ」


 そう語るルナは、口元を緩ませるが瞳は哀しみを滲ませていた。

 その様は、心の奥底から湧き立つ感情を必死に圧し殺しているように見えた。

 何か言おうにも、ルナのそんな姿を見てしまえば、頭に浮かんだ言葉は霧散してしまう。


 「茜と榊も納得している。お前も納得しろ。分かっているだろうが、今後奈々との接触は禁ずる」


 納得せざるを得ない。

 もう記憶の改竄は行われた後だ。

 今更とやかく騒いだところで何も変わらない。

 もう二度と奈々と会うことはないだろう。

 最後に交わした会話は何だったか。

 つい先日の事なのに思い出せない。


 「これからセイヴァーハンドとの戦いは苛烈を極める。聖女に見つかるのも時間の問題だ。悪いがお前には最後まで付き合って貰うぞ」

 「……言われなくても付き合うさ、いつまでも、どこまでも」


 ルナが奈々の記憶を消したのは、戦いから遠ざけて奈々の命を守るためだ。

 やり方は強引かもしれないが、これ以外に方法はない。

 そして、これ以上の方法もない。

 これからは奈々に代わって、自分がルナを守るんだ。

 そう決意したのだった。


 長い話になりましたが、読んで頂きありがとうございます。


 今回の話ではルナの誕生日を境に平和が終わり、不穏な雰囲気が漂い出しました。


 共命者システムの設定が出て来た時点で、察しのいい方は予想がついたかもしれませんが、ルナの共命者はリッチーになります。

 アマテルは聖女、そして奈々とポニィ、それぞれが共命者同士となります。

 奈々とポニィに関しては、これまでの話でそれとなく共通する事柄を書いてきました、気付きましたでしょうか?


 奈々についてですが、彼女はルナが大好きです。

 それと同じくらい大嫌いでもあります。

 理由については本編では触れませんが、いずれ外伝の方で書けたらいいなと思っています。


 さて、物語は佳境を迎えて終わりを迎えようとしています。

 次回の話はその前段階であり、短い話になります。

 最後の話までお付き合い頂けたらと思います。

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