17.ウロボロス
ー1ー
荒れ果てた街。
連なる家屋は朽ち果て、所々が崩れ落ちている。
人っ子一人見当たらない。
それどころか、アンデッドの姿さえも見つけられなかった。
「話には聞いていたが、本当に酷い有様だ」
「そうですね……」
かつてジェノサイドに滅ぼされた街。
昔は栄えていたであろうが、今では廃墟と化していた。
事前に通り道として素通りしようと話し合っていたが、この惨状を受けてアマテルは祈りを捧げる。
その様子を後ろから静かに見守る。
彼女の優しい想いが死者達に届くことを願う。
これで死んでいった者達が救われるかは分からない。
それでも、誰からにも想われないよりはマシであろう。
「行きましょうか」
祈りを終えたアマテルが告げる。
街の外に向けて歩き出す。
訪れたばかりだが、朽ちた街に長居は無用だ。
「ねえ、あそこ……」
ふと、ポニィが街の中央に聳え立つ塔のような建造物を指差す。
「あそこに、ひとがいる」
「人が?」
言われて塔を見てみるも、自分には人の姿は確認できなかった。
「よく気が付きましたね」
アマテルは感心しているが、彼女も人の姿を確認できていない。
「街を出る前に塔の中だけでも調べておくか」
ローゲンが提案する。
「そうだな。居るとしても冒険者かアンデッドだと思うけど、もしかしたら怪我人かもしれないし、見ておこう」
提案に賛成し、塔を目指す。
警戒しながら街の中を歩くも、やはりアンデッドはいなかった。
「……人がいるな」
ローゲンは確信を持ったように告げた。
「道に馬車が通った跡がある。しかも、つい最近にだ」
ローゲンの言う通り、道には馬車が通った跡が残されていた。
「見た限り、同じ馬車が何度も往復しているようだな」
「そうなのか?」
自分にはよく分からないが、ローゲンがそう言うのならそうなのだろう。
いつ付けられた跡かは分からなかったが、行き先は分かった。
塔と街の外を往復している。
果たして塔には誰が居るのだろうか。
程なくして、中央の塔に辿り着いた。
アンデッドを警戒していたが、それは徒労に終わる。
もちろんそれは喜ばしいことなのだが、警戒するだけでも精神的に疲れるものだ。
旅の間に何度も繰り返しても、これには慣れない。
「まるで塔みたいな建物だな」
「塔みたいというより、塔そのものだと思うけど……」
ポニィの指摘を聞き流しつつ、塔を見上げる。
何者も寄せつかせない堅牢な塔といった出で立ち。
それが目の前に天高くそびえ立つ。
塔の周りは手入れが行き届いており、綺麗なものだ。
街中には雑草が生い茂っていたのに、塔の周りにはそれが見られない。
人が居るのは間違いなさそうだ。
塔の中に入ると、やはり掃除が行き届いていた。
埃っぽくなく、カビ臭くもない。
「奥に階段があるな」
一階をくまなく調べて誰もいないのを確認し、奥にある階段の前で足を止める。
螺旋状の階段。
「これを登っていくのか……」
外から見た塔はかなりの高さがあった。
一体何階まであるのだろうか。
「エレベーターがあればいいのに」
「えれべーたー?」
ポニィが首を傾げる。
「何でもない。気にしないでくれ」
無い物はしょうがない。
諦めて地道に登ろう。
「勇者様、頑張って登りましょうね」
アマテルが気合を入れてくれる。
ありがたいことだ。
本当にありがたいことだ、気持ち的に。
階段を上がっていく。
二階に人はいない。
階段を上がる。
三階に人はいない。
階段を上がる。
四階に人はいない。
上がる。
五階に人は……。
六階。
七階。
八階……人はいない。
……。
……。
……十五階に人はいない。
「疲れた……」
「さすがに疲れましたね」
アマテルは笑ってはいるが、額に汗を浮かべていた。
彼女も相当疲れているのだろう。
ポニィとローゲンも似たような……いや、表情が険しい。
元々ポニィは体力が少ない。
ローゲンは……言い難いが歳だ。
さすがに十五階まで休みなしで上るのは膝にくるのだろう。
そういう自分も結構膝にきている。
休憩が必要だ。
「少し休もうか」
「そうですね、休みましょうか」
アマテルが賛成するなり、ポニィはすぐに床にへたり込んでしまう。
ローゲンは座るだけでもひと苦労している。
もう少し、早めに休めばよかったな。
やはり仲間全体に気を配るのは難しい。
「勇者様も座って休みませんか」
街にアンデッドはいなかったし、警戒する必要はないだろうと判断して、床に座り休息を取る。
「おじ様もポニィも大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、気にするな……」
ローゲンは返事したが、ポニィは俯いているだけで何も反応を示さない。
「お嬢さん、これをどうぞ。疲れが吹き飛びますよ」
ポニィは差し出された飲み物を受け取り、一気に飲み干した。
「ありがと……」
ポニィはお礼を言うが、気が付いた。
飲み物を渡した者は誰だ。
「だれ……?」
ポニィの横に立つのは、紫がかった白い髪に青白い肌、黒服に金色の刺繍が施された上品な仕立てがなされた衣服を身に纏った青年。
「誰だっ!?」
すぐさま立ち上がり、剣を抜く。
アマテルもローゲンも即座に立ち上がって、武器を構える。
「武器を下げなさい、お客人。ボクはこの塔……いえ、この街の領主です」
青年は両手を上げて敵意がないことを示しながら、武器を下ろすように促す。
武器を下ろすべきか。
仲間内で視線を交わし、考える。
「だいじょぶ……だと思うよ」
今だに座り込んでいるポニィが声を上げた。
「おや、元気になられたようで何よりです」
青年の言う通り、ポニィの声からは元気が戻っている。
先程の飲み物の影響だろうか。
何を飲ませたんだ?
ただの水だろうか?
怪しいモノでも入ってないだろうな。
「勇者様」
アマテルは錫杖を構えるのを止める。
元気になったポニィを見て、敵じゃないと判断したのだろう。
自分とローゲンもアマテルに倣って、武器を下ろしたのだった。
ー2ー
「改めて、お客人。ボクの名前はレイヴン・エース。この街の領主です」
「領主? こんな荒れ果てた街の?」
「荒れ果てた……そうですね……」
レイヴンは残念そうに目を俯かせる。
「勇者様、失礼ですよ」
アマテルが小声で耳打ちする。
荒れ果てているのは間違いないが、わざわざ口に出すべきではなかった。
「気にしないでくれ。領主として街を守れなかったのは事実。お客人のご指摘通り、この街は廃墟も同然。とてもじゃないが、人が暮らしていくには厳しい街だ」
レイヴンは残念そうに告げた。
「あなたは、この街でなにをしているの?」
珍しく声を上げたポニィがレイヴンに尋ねる。
「気になるかい?」
「えっ?」
「気になるのかい?」
レイヴンがポニィに詰め寄る。
「あの……その、えっと……その……」
詰め寄られたポニィは慌てふためく。
「あまりポニィをからかわないでください」
アマテルは両者の間を錫杖で遮る。
「失敬。からかう気はなかったのだが、つい」
レイヴンはポニィから身を引く。
それを確認して、アマテルは錫杖を戻す。
「それにしても、さっきのは少々……」
レイヴンはポニィに向かって何かを言い掛ける。
「ん?」
「いや、なんでもない。すまなかったね、お嬢さん」
ポニィは訳が分からずに首を傾げる。
話は一旦止まってしまったが、アマテルは気を取り直してポニィの代わりに話を続ける。
「それで、領主様はなんでこの街にいらっしゃるのですか?」
「ボクがこの街に居る理由は簡単だ。領主だからだ」
「領主だから?」
「守れなかった領地。落ちぶれた領主が願うのは街の再興。それを目指してこの街に居続けている」
街の再興。
領主として、街を守れなかったことに責任を感じているのだろう。
街の現状を鑑みるに、再興させるのは難しいのは容易に想像がつく。
「途方もない夢だと思うだろ」
「それは……」
「いいんだ。分かっている。でもボクは諦めない」
「……」
「さて、次はお客人の話を聞かせてくれないか。なぜ、ここに?」
この塔に至るまでの経緯を説明する。
「なるほど。通りがかりの街で、この魔法使いのお嬢さんがボクの存在に気付き、わざわざ会いに来てくれたのだね」
「ちがう」
レイヴンの言葉にポニィは即座に否定する。
だけど、言い方がおかしいだけで、言っていることは間違っていない。
「これは提案だが、今日はこの街に泊まっていくのはどうだろうか?」
「この街に?」
「街というより泊まるのはこの塔になるけどね。野宿するよりはいいとは思うけど、どうかな?」
悪くない提案だ。
レイヴンは変わってはいるが、悪い人には見えない。
安易に人を騙すとは思えなかった。
「たまには、塔に泊まってみるのも悪くないか」
「勇者様がそう言うのであれば、異論はありません」
そうして、荒れ果てた街に一泊することが決定した。
休息を取った後に街を改めて見て回るも、やはりどこを見ても荒れ果てていた。
街の惨状を見る限り、再興なんて本当に可能なのだろうかと疑問に思ってしまう。
人も、アンデッドも、他の生物の気配すら感じ取れない。
生者の街どころか、死者の街ですらもない。
無。
この街には何もない。
街が死んでいる。
街の形をしているだけの死骸でしかない。
こんな何もない領地でレイヴンは街の再興をしようとしているのか。
「何もないですね……」
隣を歩くアマテルも同じ感想を抱いたようだ。
「……」
後ろを歩くポニィは無言で街中を見回す。
ちなみに、ローゲンは塔に残っている。
階段の上りが相当体に堪えているようだ。
ポニィも疲れているはずだが、本人が来たいと言うので一緒に見て回っている。
「このまま見て回ってもしょうがないし、戻るか?」
「戻りましょうか」
アマテルも塔に戻ろうとするが、ポニィは違った。
「もうすこし、見てもいい?」
思わずアマテルと顔を見合わせてしまう。
今日のポニィはいつもと違う気がする。
あの飲み物に何か入っていたんじゃないかと本当に疑いたくなる。
「では、もう少し見て回りましょうか」
「ううん、ひとりでだいじょぶ」
ポニィはそう言い残し、一人で荒れ果てた街の探索を続けた。
アマテルと二人で塔に帰り、しばらくするとポニィが帰ってきた。
「何か見つかりましたか?」
アマテルが尋ねるとポニィは首を横に振った。
何も見つからなかったようだ。
「では、おじ様の所まで戻りましょうか」
またあの階段を上るのか。
憂鬱になる。
「おや、お客人、戻られましたか」
その時、レイヴンが階段から下りてきた。
「領主様、どうしたのですか?」
「そう、かしこまらなくても大丈夫ですよ。気安くレイヴンと呼んで下さって構いませんよ」
寛大な心の持ち主のようだ。
「まもなく爺が帰って来るのでね。出迎えようかと思いまして」
「爺? その人はどんな方なんですか?」
「爺は我がエース家に代々仕えてくれている執事でね。帰ってきたら紹介しますよ」
そのまま雑談をしていると、荒れた大地の先より何かが土煙を上げながら近付いて来るのが見えた。
「来たみたいだね」
近付いて来たのは一つの馬車だ。
御者台には執事服を着た白髪の老人が乗っていた。
あれがレイヴンが言っていた爺とやらだろう。
馬車は塔の横に建てられた厩舎に入っていく。
そして、馬車から下りた執事服を着た白髪の老人は馬を厩舎に繋いでから塔の中に入ってきた。
「これはこれは坊ちゃん。わざわざ出迎えてくださり感謝致します」
主であるレイヴンに向けて執事は頭を下げる。
「爺、今日はお客人が見えている。突然で申し訳ないが、彼らへのもてなしを頼みたい」
「承知致しました。丁重におもてなします。それで、そちらの方々がお客人ですか?」
「ああ、そうだ。お客人、彼が我がエース家の執事、グラハムだ」
「ご紹介を受けましたグラハムと申します。本日は我が主の領地にお越し頂き、感謝を申し上げます」
グラハムがこちらに向けて一礼をする。
「こちらこそ、突然の訪問にかかわらず、歓迎していただき感謝します」
簡単に自己紹介をして、馬車の積み荷を下ろすのを手伝うことになった。
「申し訳ありませんな。お客人の手を煩わせてしまいまして」
「いえ、こちらも泊めていただくので、これくらい構いませんよ」
「お気になさらなくてもよろしいのに。お礼の代わりと言ってはなんですが、腕によりをかけて食事を用意させてもらいます」
「ありがとうございます。ところで、この積み荷はどこで仕入れているんですか?」
「物にもよりますが、ここから馬車で三日程の所に大きな街がありまして、大体はそこで仕入れております」
積み荷を下ろすのが終わると、泊まる場所について聞いてみた。
「下層に客人用の部屋と食堂がありますのでご安心ください。もちろん、上層にもお部屋はありますので、好きな方をお選びくださって結構です」
もちろん、下層の部屋に決めた。
あの階段を何度も上り下りするなんて御免だ。
「承りました。では下層にて、お部屋を用意させていただきます」
夕飯は経済面の問題だろうか、領主の家で出された食事の割に豪勢とは言い難かった。
しかし、味はどれも美味しい。
執事であるグラハムの料理の腕前は一流だ。
夕飯を食べ終わり、部屋に行くと中は綺麗に整えられていた。
「執事として完璧だな」
このまま部屋の中に籠っていれば、地球への召喚をレイヴンに見られることはないだろう。
そう判断し、部屋の中でゆっくり過ごすことにした。
ー3ー
部屋に気配が近付いて来るのを感じる。
だが、気配はすぐに遠ざかっていく。
誰かが部屋の前を通り過ぎていっただけの何気ない出来事である。
普段なら別段意識しないのだが、なぜか今日は妙に気になった。
扉をそっと開けて外を確認すると、ポニィの後ろ姿が目に入る。
部屋の前を通り過ぎたのは彼女だろう。
こんな夜中にどこへ向かうのか。
せめて声だけでも掛けようかと思ったその時、視界が歪みだした。
地球への召喚が始まったのだ。
この兆候が始まれば自分は逆らえない。
ポニィには声を掛けずに扉を閉めて、この世界から姿を消した。
ポニィはとある部屋の前まで辿り着くと、一度深呼吸をした。
気持ちを一旦落ち着かせてから扉をノックする。
「どうぞ」
すぐに部屋の中より返事が返ってきて、ポニィは扉を開けた。
「し、しつれいします……」
「お嬢さんでしたか、こんな夜中にどうしましたか?」
部屋の主であるレイヴンは突然訪れたポニィに嫌な素振りを一切見せずに招き入れる。
「その……」
ポニィはどう切り出したらいいか迷い、言葉を詰まらせる。
「焦らなくて大丈夫ですよ。ゆっくりと言葉を見つけてください」
レイヴンは優しく促す。
「はい……」
「立ち話もなんですし、どうぞこちらにお掛けください」
部屋に置かれたソファへとポニィを誘う。
ポニィが座るのを確認して、レイヴンが口を開いた。
「お嬢さんがここに来た理由はなんとなくではありますが、察しがつきます」
その言葉を聞いて、ポニィは意を決して口を開く。
「領主様は……」
「レイヴンで構わないよ」
「……領主様は、何者なんですか?」
ポニィが名前で呼ぶのを避けると、レイヴンは苦笑する。
しかし、ポニィはそんな事に構っていられない。
レイヴンから普通の人とは違う何かを感じる。
それを確かめるためにここに来た。
「何者か……ボクはただの落ちぶれた領主ですよ」
ポニィの聞きたいことは理解しているが、その答えをはぐらかす。
「それは……ちがうっ。あなたは、その……人間じゃない」
人間ではないが、その正体までは分からなかった。
「フ、フフフッ、フハハハハハハハハ!!」
レイヴンは高笑いをする。
「……」
「フハハハハハッ、フーッハハハハハハハハ!!」
「……それ、いつまでやるの?」
いい加減うるさかったので、ポニィは冷ややかな視線をレイヴンに送りながら冷たく言い放った。
「フフフッ……。いやいや、失敬。確かにお嬢さんの言う通り、ボクは人間ではない」
「何者なの?」
再度問うポニィ対し、レイヴンはおもむろに立ち上がってポニィの傍まで歩み寄る。
そんなレイヴンにポニィは警戒しつつも、特に行動を起こすでなく、じっと目を離さずに視線だけを送り続けた。
「なぜ分かった?」
レイヴンはポニィを見下ろす。
「……魔力の感じが変だから」
「魔力の感じ?」
「フンイキがおかしいってこと」
「お嬢さんは魔法使いだったね。魔法に長けているからこそ分かることがあるのかもしれないね」
そこでレイヴンは言葉を区切ると、自身の顔をポニィの耳元まで運び、そっと囁く。
「……これは二人だけの秘密だよ」
その言葉に思わずドキリとしてしまうが、外面では平静を装いながら小さく頷いた。
ポニィから顔を離してから半歩下がり、レイヴンは自身の上着に手を伸ばす。
そして、自らの上着のボタンを外し始めた。
「なっ、なにしてるんですかっ!?」
ポニィはレイヴンの突然の行動に驚き、戸惑い、赤くなった顔を隠すように手で覆う。
「変なことはしないから安心したまえ。……さあ、これを見たまえ」
ポニィは指の隙間から様子を伺う。
「それって……」
「魔臓石だ」
ボタンが外された上着から覗く胸元には淡く輝く魔臓石。
魔臓石とは魔力の塊であり、それを有するのはアンデッドのみである。
「アンデッドなの……?」
「ボク自身、自分が人間なのか、アンデッドなのかよく分かっていない」
「どうして、そんな体に……」
「……とある話をしようか。……昔、妊娠をした女性がいた。出産を控えたある日、その女性は不幸にもアンデッドに襲われた。女性は死にはしたが、お腹の子供は辛うじて生き残ることができた。だが、女性はアンデッド化し、身籠っていた子供は少なからずその影響を受けてしまった」
「その子供が……あなたのことですか?」
「さて、どうかな」
「……」
「他に聞きたいことは?」
「……いっぱいある」
「そうか。お嬢さんの質問に全て答えたいところだが、その前にこちらからも一つ聞いてもいいかい?」
ポニィは頷く。
「ありがとう」
レイヴンはお礼を述べて続ける。
「なぜ、一人で来た? ボクが人間ではないと分かっていながら、なぜ一人で? 危険だとは思わなかったのかい?」
レイヴンは疑問に思ったことをポニィに投げかける。
「それは……あなたを信用しているから」
「信用? ボクを?」
「あなたは、やさしい……」
その言葉にレイヴンは驚いた表情を浮かべるが、すぐに気を取り直す。
「それは……買いかぶり過ぎだ」
「そんなことない、です」
「お嬢さん。なぜボクがお客人方をこの街に留めようとしたのか分かるかい? なぜボクがお嬢さんを気遣っているのか分かっているのかい?」
「……」
「お嬢さんにだけ教えよう。ボクの体は魔力を高めるために人間の血肉を必要としている。それも、魔力が高い方が喜ばしい」
レイヴンの体はアンデッド化の影響を受けている。
それが原因で人間の血肉を糧にすることで魔力が高まるのだ。
「それで、わたしに目をつけたの?」
「ああ、そうだ」
レイヴンは応えながら上着のボタンを止めて服を整える。
「だから、お嬢さん――」
ポニィは理解した。
レイヴンがポニィとその仲間を食べるために、この塔に留めていることを。
今更ながら、一人で来たのを後悔した。
「――ボクと結婚して欲しい」
「ふぇ?」
ポニィは呆然とする。
「……」
頭が働かない。
言っている言葉は耳に入る。
だが、言葉の意味が理解できなかった。
「聞こえなかったのなら、もう一度言おう。ボクと結婚して欲しい」
「……けっこん?」
誰と誰が?
「だれが?」
「ボクとお嬢さん、キミとだよ」
「わたしと?」
結婚という言葉で一番身近にいた両親のことを思い出す。
ポニィの両親は仲がいい。
幼い頃よりそれを見てきたポニィは結婚に憧れを抱く。
しかし、成長するのにつれて、自分と結婚してくれる相手などいないだろうと考えるようになっていった。
アマテルのように可愛くて、綺麗で美しく明るい性格なら自信を持てたかもしれない。
だけど、可愛くもなければ美人でもない、性格が暗い自分など誰も見向きもしないだろう。
「ボーっとしているけど大丈夫かい?」
レイヴンがポニィの顔を覗き込むかのように自らの顔を近付けてきた。
「顔が赤くなっているけど、照れているのかな?」
「テレてない!」
思わず声を荒げてしまう。
「それに話をきいていると、カラダ目当てじゃないですか!」
「誤解のある言い方はやめて欲しいね。定期的に血を飲ませてくれればそれでいいんだ」
「それのどこが誤解なんですか! それに、わざわざ結婚する必要なんて、ないじゃないですか!」
「定期的に血を提供させてもらうんだ。こちらも何か提供しなくてはフェアではないだろ」
「血の見返りが結婚なんておかしいじゃないですか!」
「ボクから差し出せるものなんて他にはない。これがボクから出せる精一杯な誠意だ。それに結婚するということは生涯守り通すという意思表示でもある」
「それでも、それでもっ、血はあげないし、結婚もしない!」
ポニィははっきりと言い切った。
「そうか……残念だ。本当に残念だ」
拒絶の意志をはっきりと示したポニィにレイヴンはがっくりと肩を落とす。
演技しているようには見えない。
本心から残念がっているように見える。
「それじゃあ……わたしはこれで……」
ポニィはソファから立ち上がり、足早にレイヴンの部屋から立ち去る。
部屋から去って、歩き続けるも、ふと立ち止まった。
「わたし、なにしてるんだろ……」
ー4ー
「もう行くのかね、お客人」
翌朝、塔から出て行こうとすると、レイヴンは残念そうにする。
「こちらとしては、何日も泊まっても構わないのだが……」
「すみません。旅の途中なので、もう行かないといけないんです」
「いや、気にしなくていい。こちらとしても無理強いするつもりはない。機会があれば、またこの街を訪ねてくれ」
レイヴンは手を差し出す。
「ぜひ、そうさせてもらいます」
差し出された手を握る。
「お嬢さんも、また会える時を楽しみにしているよ」
レイヴンはポニィにも別れの挨拶を述べる。
「……」
だが、声を掛けられたポニィはアマテルの後ろに隠れる。
「ポニィ? どうしたのですか?」
ポニィはアマテルの神官服を握りしめたまま、動こうとしない。
「ポニィ?」
アマテルはポニィの顔を覗き込む。
「顔が赤いですよ、ポニィ」
「赤くない」
ポニィはアマテルの指摘を慌てて否定するも、アマテルの言う通り顔が赤い。
耳まで赤い。
真っ赤だ。
「熱い……。熱があるじゃないですか!?」
ポニィの額に手を当てたアマテルがあまりの熱さに驚きの声を上げる。
「だいじょぶ、はやく、いこ……」
気丈に振舞っているが、ふらついている。
見るからに体調が悪そうだ。
「ダメですよ。無理をしないで休みましょう」
「風邪か?」
「そうだと思います。ポニィ、ひとまずそこに座ってください」
「わたしは、へーきだから……。もういこうよ」
アマテルが促すもポニィは露骨に拒否する。
「体調が優れないのなら、ここで休んでいくといい。さっきも言った通り、何泊していっても構わない。体調が良くなるまで安静にしていくといい」
「そうですね、お言葉に甘えましょうか。ポニィ、上でゆっくり休みましょう」
「いいよ、わるいし……。べつに、ここで休まなくもいいと思うし……」
レイヴンの誘いに乗ろうとすると、またもポニィが拒否する。
さっきからおかしい。
レイヴンとの間に何かあったのだろうか。
「ポニィ、どうしたのですか?」
アマテルもいつもと様子が違うポニィに疑問を抱く。
「どうやら、ボクはお嬢さんに嫌われてしまっているようだね」
レイヴンはポニィに歩み寄り、視線を合わせる。
「大丈夫。安心してほしい。何もしないよ」
「……」
ポニィは目を閉じると、そのまま気を失うのであった。
熱い。
だるい。
体を動かすのが億劫。
汗ばんだ体がベタベタして不快。
体調も気分も最悪。
それでも起きなければ。
「目が覚めましたか、ポニィ」
ポニィが寝るベッドの脇に座るアマテルが声を掛けてきた。
「起きられますか?」
「うん……」
ポニィは上半身をベッドから起こす。
「汗、拭きますね」
アマテルはポニィの上着を脱がし、タオルで汗を拭き取る。
「肌綺麗ですね」
「そんなことない……。テルのほうがキレイ……」
「ポニィに褒められると嬉しいです。でも、ポニィも綺麗なのはお世辞ではないですよ」
「んっ……」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「……テルのイジワル……」
ポニィはアマテルに向けて頬を膨らませる。
「なんですか、その顔は。すごく可愛いです!」
そう言ってアマテルはポニィに抱きつく。
「テル!? はなれてっ。汗でベタついてるからっ」
「大丈夫ですから」
「だいじょぶって、なにが!?」
ふと、アマテルはポニィに向けてそっと囁いた。
「元気、出ましたか?」
「うん。……でも、まだだるい……かな」
「ゆっくり休んでもっと元気になってくださいね」
「うん……」
汗を拭き終えると、ポニィに上着を着せて、再びベッドに寝かせる。
「領主様は……なにか言っていた?」
「えっ?」
思いもしない人物が出てきて、アマテルは困惑する。
「やっぱ、なんでもない」
ポニィは掛け布団で顔を覆い、そのまま背中を向けてしまう。
「気になるのですか?」
「気にならない」
「……心配してましたよ」
「……そう」
二人の間に何があったのか気になったが、このまま寝かせといた方がいいだろうと判断し、アマテルは話を切り上げた。
「新しいタオルを貰ってきますので一度出ますね」
「うん……」
アマテルはそう言い残し、部屋から立ち去った。
ポニィの看病をしていたアマテルが部屋から出てきた。
「ポニィは?」
倒れたポニィは塔の中にある一室に運ばれた。
今はアマテルが看病しており、彼女にポニィの容体を聞いてみる。
「まだ熱がありますね。今は寝かせといてあげてください」
「そうか……」
「領主様には今晩も泊まれるように取り計らっていただきましたし、感謝しませんと」
「そうだな……」
「どうしたのですか? 浮かない顔をしてますよ。もしかして、勇者様も体調が優れませんか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、仲間の不調に気付けなくて、不甲斐ないなと思っただけだよ」
ポニィは自分から話すタイプじゃないので、もっとこちらから気を配るべきだった。
「誰でも日によって体調の良し悪しがありますし、一番近くにいながら気付かなかったのは私の落ち度でもあります。勇者様だけが気に病むことではありませんよ」
「うん……」
アマテルが励ましてくれるも、今回ばかりは気分は晴れなかった。
「私はこのままポニィを看ていますので、勇者様は休んでいてください」
「アマテルも体調を崩さないように気を付けて」
「その時は勇者様にお世話を頼みますので、よろしくお願いします」
ー5ー
目が覚める。
いつの間にか眠っていたようだ。
眠る前と比べると体調は優れている。
「テル……いる?」
一人だと心細くなるので、つい友人を探してしまう。
さっきはアマテルがベッドの横に居たけれど、今回は姿が見えない。
部屋にはポニィ一人だけ。
少しだけ心細くなる。
その時、誰かが扉をノックする。
アマテルだろうか。
「はい……」
ポニィの小さな声が届いたかは定かではないが、扉が開かれる。
「やあ、目が覚めたようだね」
来訪者はレイヴンだった。
思わぬ人物の登場に身の危険を感じ、ポニィは身を縮こませてしまう。
「部屋に入ってもいいかな?」
ポニィはベッドの脇に杖が置かれているのを確認してから頷く。
「失礼するよ」
レイヴンは扉を閉めて、ベッドに近付く。
「ボクの秘密を仲間に話していないようだね」
「いちいち話すことじゃないと思ったから」
トゲがあるような言い方になってしまう。
けれど、レイヴンからは特に気にした様子は見受けられない。
「昨日はすまなかったね。お嬢さんの気持ちを考えていなくて」
「べつにいい。もう気にしてない」
「なら、よかった……」
昨夜、いきなり求婚してきた相手の来訪に身構えたが、今日はどこか大人しい。
反省でもしてくれたのだろうか。
「……きいてもいいですか?」
「質問かい? 歓迎するよ、何でも聞いてくれ」
「どうして、魔力をもとめるの?」
レイヴンが求める力は魔法の素となる魔力。
なぜ、それを求めているのか。
魔力量が多いアンデッドは強い。
アンデッドの魔力は魔臓石から生み出されるため、魔臓石を持つレイヴンも例外ではないはず。
ただ単純に力が欲しいために魔力を高めようという感じでもない。
魔力を、力を求めているのには何か理由がある。
ポニィはそれが気になったので尋ねた。
聞かれたレイヴンは姿勢を正す。
真剣な表情。
果たして、レイヴンは何を語るのだろうか。
ポニィは耳を傾けた。
「お嬢さんは……この街を見て回って、どう思いました?」
質問したのに質問で返ってきた。
「どうって……」
思いもしない質問に言葉を詰まらせてしまう。
「虐殺の騎士によって、この街の住民は殺された。虐殺されたのだよ。たった一体のアンデッドの手によって、死に絶えた。住民も街も平穏も、一日で、一夜にして消え去った」
「……」
「虐殺の騎士が去った後に残ったのは死体のみ。お嬢さんなら分かるだろう。死体がどうなるか」
「アンデッドになる……」
「そう。……だけど、この街にはアンデッドの姿は無い」
「あなたが、たおしたの? アンデッドを」
この街に訪れてアンデッドの姿を一度も見ていない。
ならば、誰かが討伐して回ったのだろうということが推測できる。
「違う。ボクはアンデッドに手を出していない。……いや、違うな。手を出していないのではなく、手が出せなかった」
「出せなかった? どうして?」
「たとえ死んでも、彼らはこの街の住民だ。領主として、この街に住む者に手を下すなんて出来なかった」
「住民だったとしても、アンデッドなら倒さなくちゃいけない。アンデッドのままじゃ、住民たちはすくわれない。いつまでも、この世界に居させるのではなく、帰すべきところに帰すべき」
「お嬢さんの言う通りだよ。ボクがそれに気付くのにえらく時間が掛かってしまった。今では後悔している。彼らをもっと早く救うべきだった」
レイヴンはこの街の住民を守れず、ジェノサイドによって蹂躙された。
さらに死んでしまった彼らの魂を救えずにいる。
それを今もなお悔いているのだ。
「次は間違わない。今度は必ず、彼らを救ってみせる」
レイヴンは決意を口にする。
だが、レイヴンの話を聞いていて気になったことがあった。
アンデッドを倒していないのなら、この街のアンデッドはどこへ消えた?
手を出していないと言うのなら、アンデッドは討伐されず、今も街を彷徨っているはずだ。
なのに、その姿はない。
一体、アンデッドはどこへ消えたのだ?
「お嬢さんの疑問に思っていることは分かるよ。この街のアンデッドは地下に消えたんだ」
「地下に?」
「この街には遥か昔に造られた地下遺跡があるんだ。そこにアンデッドが集まっている。そして、地下に潜ったアンデッドは今もなお成長し続けている。今のボクでは力不足で到底太刀打ち出来ない」
地下遺跡に集まっているというアンデッド。
それを討伐するために力を求めているレイヴン。
傍観するのを辞めて、自らの手で決着をつけるために力を求めているのだ。
「血はこわいから、あげない。……け、けっこ……もしない」
「構わないよ。無理強いをしてお嬢さんに嫌われたくないからね」
「でも……アンデッドをたおすのには、協力しても、いい……かな」
ポニィの申し出にレイヴンは目を見開く。
「ありがたい、けど……いいのかい?」
「みんなが、いいって言ったらだけど」
「それはもちろん。ありがとう、感謝する」
レイヴンが部屋を去った後、アマテルが戻ってきた。
ポニィは事情を説明し、アンデッド討伐の協力を求める。
アマテルはそれを快諾した。
「勇者様とおじ様には私から伝えておきますね。お二人も協力してくれるはずです」
「ありがと……」
「いいのですよ。でも、驚きました。ポニィからそんなお願いされるとは思いもしませんでしたから」
「……」
ポニィはだんまりと口を閉ざしてしまう。
何か事情があるのだろうけど、それを話そうとしない。
そんなポニィを見て、アマテルは話題を変える。
「……まだ、顔が赤いですね。熱が引いていないのでしょうか」
「ん……」
「アンデッドを討伐するのなら、まずは熱を下げませんとね」
「うん……」
ポニィは布団で赤い顔を覆い隠し、眠りについた。
ー6ー
翌朝、ポニィの熱が下がり快復した。
「ご、ご心配、おかけしました……」
元気になったポニィが頭を下げる。
「元気になったようで何よりです。ですけど、まだ無理はしないでくださいね」
「うん」
ポニィが元気に快復したようでよかった。
「アマテルから事情は聞いたよ。この街の地下にいるアンデッド。それを討伐しよう」
昨日、アマテルを通じて知った街の現状。
レイヴンは街の住民であったアンデッドに手が出せずにいた。
長く放置されたアンデッド達はいま地下に潜んでいる。
街一つ分の住民がアンデッドと化した。
以前に街を見て回ったが、街の規模は大きく、相当な数の住民が暮らしていたのが窺える。
レイヴンだけで全てのアンデッドを討伐するのは無理がある。
一宿一飯の恩とも言うし。
その恩をアンデッド討伐という形で返そう。
もっとも自分が出来るのは、アンデッドを討伐するのがせいぜいなので他に何も出来ない。
そもそも、一宿どころか二宿しているし、一飯どころか五飯くらいご馳走になっている。
これで何も恩を返さないのは、恩知らずどころか恥晒しだ。
「ありがとう、お客人。感謝の言葉しかでないよ」
アンデッドを討伐する事に対して、レイヴンからお礼を述べられた。
それから準備を整えて、地下に通ずる道をレイヴンに案内してもらう。
「地下には、どうやって行くの?」
「昔はいくつか出入口があったのだけど、今は神殿、跡地になっているけど、そこからしか行けない」
「ふーん」
ポニィとレイヴンが会話をしている。
何気ない光景だが、違和感を覚える。
「あの二人って何かあったの?」
「私も気になっているのですけど……ポニィから話す気がないようなので」
「ローゲンは……」
「知らない」
「だよね……」
二人の関係についてアマテルとローゲンに尋ねてみるも、何も知らないようだ。
「あそこが神殿の跡地だ。建物自体は崩れているが、地下への入口は綺麗に残っている。中に入るのには支障はない」
神殿は無残に崩れ去り、瓦礫の山になっていた。
元が神殿だと言われなければ、分からない程に酷い有様である。
「ここから地下に入れる。……覚悟はできてるかい?」
仲間内で頷き合う。
覚悟は出来ている。
後は、進むだけ。
「では、行こうか。ボクが先行するから、ついて来てくれ」
レイヴンが地下に入ろうとした矢先、大地が揺れ始めた。
「地震か?」
大地が震動する。
揺れは街全体に拡がっていく。
街が揺れる。
「ただの地震じゃないぞ!」
「これは……」
「なに? なんなの?」
皆、この揺れに動揺している。
「レイヴン! これは一体っ……!」
「……目覚めてしまったんだ。地下に籠もっていたアンデッドが……」
アンデッドが目覚めた。
この街の地下に籠っていた無数のアンデッドは力を蓄え終わったのだ。
「勇者様! あれを見てください」
アマテルに言われて見た先には驚きの光景が浮かび上がっていた。
街のどこからでも見ることができる中央の塔。
それが二つになっていた。
ー7ー
街全体を揺らす震動が最高潮を迎えた時、それが姿を現した。
大地を突き破り、地下より飛び出してきたアンデッド。
それはまるで、巨大な蛇のようだった。
街の中心にそびえ立つ塔に匹敵する程の巨体。
塔の横に出現した巨大な蛇の姿をしたアンデッド。
アンデッドが螺旋を描くように塔に巻きついて絞め上げた。
塔に亀裂が走る。
その光景を遠くから見つめることしかできなかった。
「爺……」
レイヴンが言葉を零す。
まさか……。
「グラハムさんは、まだ塔に?」
「居るはずだ……。助けに、助けに行かないと……!」
レイヴンが塔に向かって駆け出した。
「ひとりじゃ、あぶないよ!」
ポニィがレイヴンを追い掛けるように駆け出していく。
「え? ちょっと……」
レイヴンはともかく、ポニィまで行くとは思わなかった。
「勇者様。私達も行きましょう」
「もちろんだ。ローゲンもいいな?」
「無論だ。目の前にアンデッドがいるのを放置する理由もない」
アマテルとローゲンを引き連れて、ポニィの後を追った。
塔に近付くにつれて、アンデッドの全貌が見え始めた。
遠くから見れば、巨大な蛇である。
だが、間近で見れば骨の塊であった。
スケルトンの集合体だ。
巨大な体の至る所で魔臓石が輝いている。
「ポニィ! レイヴンは?」
ポニィに追いつくが、レイヴンの姿が見当たらない。
「わかんない。見失っちゃった……」
異様に足が速いレイヴンに、ポニィは追いつくことが出来ずに見失ってしまった。
「姿が見えなくても行き先は一つしかないだろ」
ローゲンの助言に頷く。
レイヴンはグラハムの身を案じていた。
グラハムが居るのは塔。
ならば行き先は塔に違いない。
だが、塔には巨大な蛇の姿をしたアンデッドが巻きついていた。
いつ崩壊してもおかしくない状況。
近付くのは危険だ。
「行こう」
ポニィが力強く言う。
いつもの弱気な態度からは考えられない姿だ。
普段と違う。
だけど、自分もポニィと同じ気持ちだ。
レイヴンとグラハムを見捨てる理由なんてない。
助けたい。
力になりたい。
助けよう。
「ローゲン、あのアンデッドにはどう対処したらいいと思う?」
「……あれほどデカいアンデッドは初めて見た。あの体中にある魔臓石を一つずつ潰していくしかないだろう」
やはりそれしかないか。
「ひとまず、グラハムの救出はレイヴンに任せよう」
「私達は?」
「決まっている。やる事はいつもと一緒、アンデッド退治だ」
「テルは待機。ポニィは魔法による攻撃を。ローゲンはポニィの守りを頼む」
「わかった。でも、勇者は?」
「特攻だ。それしか能が無いからな」
「気をつけて」
「ああ。派手にやってくれて構わない。こっちは頼んだ」
仲間と分かれて、別行動に入る。
「まったく、おぞましい姿をしているな」
スケルトンの集合体。
無数のスケルトンが、まるで一つの生き物のように動いている。
生物のごとく動く死者の群れ。
生と死。
蛇。
ウロボロス。
そのウロボロスの横っ腹に斬りかかる。
剥き出しの魔臓石は砕けて、一体のスケルトンは消え去った。
しかしスケルトンはまだまだ残っている。
消えたスケルトンの穴を埋めるようにスケルトンが蠢き、その穴を塞いでしまう。
一体ずつ倒していくのは効率が悪い。
だけど、自分にはこうするしか他に方法はない。
「これは長期戦になるな……」
無数の腕がこちらを掴み取ろうと伸びてくる。
あれに掴まれたら終わりだ。
掴まれたら最後、あの集合体に取り込まれて、肉は潰れ、骨は砕かれる。
死は免れない。
伸びてくる腕を剣で払い除けて、一度離脱する。
「やっぱ、一体倒した程度じゃ何も変わらないか……」
上方で轟音と共に炎の花が咲く。
ポニィの放った火球が当たったのだ。
落下した骨と魔臓石が地面に散乱する。
威力は十分。
それなりの数の魔臓石を破壊した。
しかしそれは、巨大なウロボロスの表面を軽く削った程度に過ぎない。
まだ多くのスケルトンとその胸に輝く魔臓石がある。
それを地道に潰していくしかない。
ー8ー
ウロボロスに巻きつかれた塔はその圧に耐え切れず、ついに崩壊を始めた。
「爺! どこだ! 返事をしてくれ!」
粉塵を巻き起こしながら崩壊する塔。
見通しが悪い中、レイヴンは自身に仕える執事を呼び続ける。
「うっ……」
かすかに聞こえた呻き声。
「爺っ!」
レイヴンの鋭敏な聴覚は、たしかにその声を捉えた。
微かに聞こえた声を頼りに探す。
「この辺りのはず……」
レイヴンは探す。
くまなく探す。
見落とさないよう、細心の注意を払って。
「……坊、ちゃん……」
さらに聞こえてきた声のした方に視線を向けると、下半身が瓦礫に埋もれたグラハムの姿があった。
「爺っ! いま助ける!」
レイヴンは瓦礫をどかそうとする。
「坊ちゃん……いいのです。これでは、もう……助かりません」
「大丈夫だ、爺。ボクが助けてみせる。だから安心して……」
瓦礫をどかすも、グラハムの体はもう……。
あまりの惨状にレイヴンは息を詰まらせる。
助からない。
助けられない。
グラハムはもう手遅れ。
「うっ……ううっ」
涙が溢れる。
「はは……泣かないでくださいませ。せっかくの美男が、台無しですぞ……」
「嫌だ……。ボクを一人にしないでくれ……」
「大丈夫、です。坊ちゃんの味方は、必ずいます……」
「……」
「行って、ください……。外でお客人方が戦っております……」
「でも……」
「坊ちゃん……。今度こそ、領主としての、務めを……」
レイヴンは涙をぬぐい、立ち上がる。
「爺……」
「はい……」
レイヴンは背中を向けて告げた。
「行ってくる!」
決意を秘めたその言葉を聞いて、グラハムは微かに頬を緩ませる。
「いってらっしゃいませ……」
グラハムは最後の気力を振り絞り、立ち去るレイヴンの後ろ姿が見えなくなるまで見送り続ける。
「大きくなられた……」
瞼を閉じて、主の幼い頃を思い返す。
意識は薄れていくのに、過去の光景ははっきりと浮かぶ。
死を間近に控えているのに。
主が困難に立ち向かおうとしているのに。
不安は一切なかった。
むしろ心は穏やかだ。
「本当に、大きくなられた……」
最後に目に焼き付けた主の背中を笑みを浮かべながら見送ったのだった。
ー9ー
何度目になるか分からない火球が炸裂する。
それでも、ウロボロスは健在だ。
自分もポニィに負けじと何度も斬りつける。
斬って。
斬って、斬って。
斬って、斬って、斬りまくる。
地面には大量の砕けた魔臓石が転がっていく。
再び、火球が炸裂し爆炎が上がった。
火球を受ける毎に、その衝撃によってウロボロスの体からスケルトンが零れ落ちていく。
零れ落ちて大地を這うスケルトンをローゲンが斬り伏せる。
塔を破壊したウロボロスが次なる獲物を探す。
次なる標的になったのはポニィだった。
ポニィ目掛けて、その巨体を用いて突進する。
「ポニィ!」
あれ程の巨体では、ローゲンの盾でもポニィの氷の壁でも防げない。
ポニィは走って逃げる。
それを這うように追いかけるウロボロス。
自らの体の一部であるスケルトンを撒き散らしながら、ウロボロスは街の中を這いずり回る。
あの巨体を前に建物は障害になりえない。
ウロボロスが通った後には瓦礫しか残らなかった。
元より崩壊した建物であったが、それがさらに細かな瓦礫ヘと転じている。
「ポニィ、逃げて!」
アマテルは叫ぶ。
風の加護を発動させるも、スケルトンの群れに阻まれて思うように進めない。
これでは間に合わない。
ローゲンはスケルトンを倒すのに手一杯。
誰もがポニィの助けに向かえない。
蛇のごとく体をうならせて、ついにポニィを捉えた。
「ひぃっ……!」。
ポニィの居る場所にウロボロスが突撃をする。
絶望的にも思えたが、ポニィはウロボロスの攻撃にさらされることはなかった。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
ポニィの窮地を救った人物が声を掛ける。
空を飛ぶように跳躍するレイヴンの腕にはポニィが抱えられていた。
何かの魔法を使っているのか、人間離れをした身体能力を有している。
「ここからはボクも加勢します。共に戦いましょう」
「うんっ……!」
ウロボロスから距離を取り、安全地帯まで移動するとレイヴンはポニィを下ろす。
「ありがと……」
「ボクがお嬢さんを援護します。遠慮なく攻撃してください」
「うん、わかった」
ポニィは力強く頷く。
「では、参りましょうか」
「はい!」
ポニィは火球を作り出す。
「やはり魔法の扱いは一流のようだ。これはボクも負けていられない」
レイヴンの手に光が灯る。
その光は形を変え、十字剣のような形を成す。
ポニィが火球を放つのと同時にレイヴンも光の十字剣を放つ。
放たれた火球と光の十字剣がウロボロスに直撃する。
火球が爆発し、光が穿つ。
「攻撃はもうあの二人に任せた方がいいんじゃないか?」
遠くからポニィとレイヴンの魔法を見て、心底そう思った。
「勇者様もあのお二方の力になれますから、頑張ってください」
ポニィの危機に無我夢中で動き回っていたら、知らないうちの怪我をしていた。
その傷をアマテルに癒してもらっている最中、つい本音が零れてしまう。
「私も加勢しましょうか? アンデッドは光属性の魔法を苦手としているので、治癒の魔法でもダメージを負わせられますから」
「ダメージを与えられるからといって、あの巨体に治癒の魔法をやっても大して意味がない。テルには回復に専念してもらいたい」
「分かりました」
「ローゲン、ポニィの援護はレイヴンに任せて、地面に落ちたスケルトンの方を頼む。こちらでもできる限り倒していくけど、まずはあの蛇をどうにかしたい」
「ああ、こちらは任せろ」
ウロボロスの体より零れ落ちたスケルトンは数が多い。
けれど、スケルトン単体としての強さは大したことはない。
ローゲン一人でもなんとかできるはずだ。
「テルはローゲンに付いて行動してくれ」
「はい。でも、ケガをしたらすぐに呼ぶなり、戻ってくるなりしてくださいね。治療しますから」
「分かってる、その時は頼んだ」
街の中を移動するウロボロスには、風の加護がある自分と何らかの魔法を使って高速で移動しているレイヴンにしか対応できない。
そして、ウロボロスにはポニィとレイヴンの攻撃魔法が有効だ。
自分では火力不足かもしれないが、いないよりはマシだろう。
それに、いざって時には囮にもなれるし。
風の加護を受けて建物の上を駆け回る。
街に巣くう死の集合体である彼らを救う。
死んでしまった者は生き返らない。
死者は安らかに眠るべきだ。
死して意思もなく動き回り、無作為に人を傷つけさせてはいけない。
せめて魔臓石を砕き、その身に宿る偽りの魂を解き放つ。
なんて立派に考えてみるも、これは自分のエゴである。
死んだ者がどう思っているかなんて分からないし、魔臓石を砕けば死者が救われると自分が勝手に思い込んでいるだけだ。
だけど、そう信じているからこそ、アンデッドを討伐したいと思える。
別に死んだ者に同情しているわけではない。
だからと言って、アンデッドになったのを憐れんでいるわけでもない。
ただ単に、自分に出来ることをしているだけだ。
それに自分も一度死んだ身である。
もしも、ルナとの出会いが別の形であったら、自分もアンデッドになっていたであろう。
ー10ー
ウロボロスに向けて光の十字剣が雨のごとく降り注ぐ。
あの光の十字剣はアンデッドが苦手とする光属性の魔法だ。
効果的な光属性の魔法が強力な攻撃魔法となってウロボロスの体を穿つ。
ウロボロスはそれを嫌がるように身をよじらせる。
さらに追撃を仕掛けるようにウロボロスの体に炎の花が咲いた。
光の十字剣と火球を繰り出す者を最大の脅威と見て取ったのか、ウロボロスはポニィとレイヴンを付け狙う。
しかし、そのウロボロスを嘲笑うかのようにレイヴンはポニィを抱えて街の中を跳び回る。
ポニィをお姫様抱っこして優雅に舞うレイヴン。
その様は戦いの場において不釣り合いに思えるくらいに美しかった。
ウロボロスが建物を破壊しながら、逃げるレイヴンを追いかける。
それに追いつくべく、風の加護を受けた体にさらに雷の加護を与え、家屋の屋根を蹴り上げて跳躍し一気に距離を縮めた。
追いついた。
そう思った矢先、死者の群れる尾が横に薙いだ。
剣で防ぐも巨体から生み出される力は馬鹿に出来ない。
体は吹き飛ばされ、瓦礫の山へと突っ込む。
強い衝撃が全身を襲い、意識を失うのであった……。
「たいへん! 勇者が……!」
ウロボロスにやられる仲間。
その一部始終をポニィは見ていた。
「助けないと……」
アマテルは離れているため、怪我をしたのに気付いていない。
仲間内で治癒の魔法が使えるのはアマテルのみ。
呼びにいくか、連れていくかない。
「……治癒の魔法はつかえる?」
「すまない。治癒の魔法の心得はないんだ……」
レイヴンはふと助けられなかった執事の最後を思い出してしまった。
治癒の魔法が使えたのなら救えたのでは……。
「……だいじょぶ?」
表情を曇らせるレイヴンをポニィは気に掛ける。
「……大丈夫。大丈夫だ」
「……ほんと?」
気丈に振る舞うレイヴンをポニィは見逃さなかった。
だけど、レイヴンはそれに構わず、首を振って気を取り直す。
「……それよりもだ。お嬢さんの仲間を救わなくては」
「うん……」
レイヴンはポニィを抱きかかえながらウロボロスの猛攻を躱しつつ、瓦礫の山に埋もれる人物へと視線を向ける。
離れていても感じ取れる、生命の鼓動。
これは半アンデッド化したレイヴンだからこそ分かることだ。
「お嬢さん、朗報だ。生きているよ」
「よかった……」
さらに幸いなことに、ウロボロスは瀕死の人間よりもレイヴンの方を狙っている。
「ボクが囮になる。お嬢さんはお客人……いえ、勇者を頼みます」
ポニィは頷き、レイヴンの提案を了承する。
死角となる建物の陰でレイヴンはポニィを下ろす。
「……本当は、キミに聞いて欲しい話があるんだ」
「うん」
「この戦いが終わったら話したい。……いいかな?」
「うん、もちろん」
「行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
レイヴンはポニィと約束を交わし、その場を去った。
「皆、待たせたね。ボクが相手をするよ」
レイヴンは、かつて街の住民であったウロボロスの前にその姿を晒す。
「街を守れず、皆を死なせてしまった。その罪の意識からか、ボクはアンデッドに姿を変えた皆を憐れみ、傍観を決め込んでしまった」
レイヴンは目の前に広がる死者の群れを直視する。
そして、現実を受け入れた。
「ボクはもう逃げない。皆を解放し、ボクは過去から未来へと歩み出す」
レイヴンは両手に光の十字剣を作り出し、ウロボロスに挑みかかった。
ポニィはアマテルの元へと急ぐ。
仲間の中でもポニィは体力が少ない。
それなのに最近は走ってばかりだ。
今もこうして戦場を駆けずり回っている。
苦しい。
息が苦しい。
呼吸するたびに喉に違和感を覚える。
喉に異物が詰まっているかと錯覚をしてしまうほど、呼吸するのが辛い。
今にも血反吐を吐きそうだ。
それに足が重い。
足を止めて休みたい。
だけど、彼女は走り続けた。
負けられない。
絶対に勝つ。
これまでにないくらいポニィは奮起していた。
ウロボロスが建物を壊して回ったせいで、道が瓦礫で塞がれていた。
道を通るより、崩れた建物を上から通っていった方が早く移動できるほどだ。
道を駆けて、瓦礫の山を上り、そして下りて、また駆け出す。
そんなことを繰り返しながら、ポニィは親友の元へと急いだ。
ー11ー
「その巨体も随分とスリムになってきたね」
レイヴンの度重なる光の十字剣による攻撃を受けて、ウロボロスの体は削がれていき、当初と比べて幾分か細くなっていた。
ウロボロスは巨大ではあるが、所詮はスケルトンの集まりだ。
大した攻撃手段もなく、出来ることは巨大な体を活かした体当たりのみ。
いかに巨体で範囲が広い攻撃をされても、常人よりも身体能力が高いレイヴンからしてみれば、それはただの直線的で単調な攻撃でしかない。
躱すのは容易い。
体当たりを躱し、光の十字剣でウロボロスの体を穿つ。
油断をしなければ勝てる。
いや、勝てるではない。
勝たなければならないのだ。
「まだまだ時間は掛かるけど、早く楽にしてあげるよ」
体当たりを躱されたウロボロスは、建物を瓦礫に変えていく。
瓦礫から巨大な体を起こし、魔臓石でできた瞳でレイヴンを睨みつける。
再びレイヴンに体当たりをするかと思いきや、ウロボロスは動きを止めた。
「動きを止めた?」
レイヴンは今までと違う動きを取ったウロボロスに疑問を抱く。
「今が絶好の好機なのは変わらないか」
動きを止めたのなら、そこを狙わない理由はない。
無数の光の十字剣を作り出し、ウロボロスに向けて放つ。
光の十字剣は狙い違わず、ウロボロスの体を穿ち、その巨大な体を削いでいく。
「これでも倒れないのか……」
幾度となる光の十字剣を受けても、まだウロボロスは健在である。
「マズいね……。このままだと魔力が持たない」
レイヴン一人ではウロボロスを倒せない。
せめてポニィが帰って来てくれれば、何とかできるかもしれないのに。
その時、ウロボロスに変化が訪れた。
ウロボロスの背が盛り上がっていく。
骨が蠢き、姿を変えているのだ。
「これは……」
ウロボロスの背から生えたのは翼。
大地を這う蛇が翼を得て、天空へと羽ばたいた。
「成長……いや、これはもう進化だ」
天に羽ばたく巨大な蛇がレイヴンを見下ろす。
「どんなに姿を変えようと、ボクがやる事に変わりはない」
そう言ってレイヴンは光の十字剣を出現させる。
たとえウロボロスが姿を変えて強くなろうと、レイヴンは攻撃の手を緩める気などなかった。
今日ここで決着をつけるのだ。
しかし、ウロボロスは先程までとは違い、体当たりをしてこない。
体当たりの代わりとでも言いたげに、ウロボロスの全身にある魔臓石が輝きだした。
何が起こるかは分からないが、間違いなく攻撃の兆候である。
レイヴンは何が起きても対処できるように距離を取り、警戒する。
そして、ウロボロスの全身から輝く魔臓石より光の線が伸びた。
ー12ー
「うっ……うぅ……」
気が付くと、自分は倒れていた。
「ここは……?」
自分の体を取り囲むのは瓦礫の山。
そうだ、たしか自分はウロボロスに吹き飛ばされて……。
背中を強く打ちつけたせいだろうか。
体の感覚がおかしくなるほど痛い。
あれほどの衝撃を受けたのに、よく生きていたものだ。
全身から流れ出る血が瓦礫を赤く染めている。
これはヒドイ。
だけど、どんなに血を流そうと、生きているのなら大丈夫だ。
アマテルが傷を癒してくれる。
怪我をする度に、悲しげな表情を浮かべさせてしまうのは心苦しいが、こればかりは仕方がない。
それに、たとえアマテルが癒せない傷でも、ルナならばなんとかしてくれる。
口では文句を言いつつも、なんだかんだで助けてくれるのがルナだ。
アマテルもルナも優しい心を持ち合わせている。
その二人を、他の仲間達も失うわけにはいかない。
いつからだろう、自分の周りには大切な人達で溢れかえっていた。
視線を上げると、空を飛ぶウロボロスの姿が見える。
この戦いの中で成長しているのか。
短時間で形態が変わる程の成長、レイヴンの事情に関係なく、ここで討伐しなくては危険だ。
そのウロボロスの全身が光り輝いたのかと思ったら、幾多もの光の線が伸びる。
幸いにも、距離があったためここまで光の線は伸びて来なかった。
だが、直下にあった家屋は光の線が通過していく。
あそこに誰もいなければいいが、どうだろうか。
瓦礫を押し退けて立ち上がる。
溢れる血が服に染み渡り、重みを増していた。
出血はヒドいが、自分はまだ動ける、戦える。
辺りを見渡すと、地面の至る所に砕けた魔臓石が道を埋め尽くさんとばかりに転がっていた。
レイヴンとポニィがこんなにもウロボロスに痛手を負わせているのだ。
自分も負けられない。
手近に落ちていた剣を拾い、握りしめる。
大丈夫、まだ剣を振れる。
一歩ずつ踏み出す。
大丈夫、まだ歩ける。
自分に加護の魔法を与える。
大丈夫、まだ魔力は残っている。
大地を蹴る。
大丈夫、まだ走れる。
心音が高鳴る。
大丈夫、まだ生きている。
まだ負けていない。
まだ戦える。
自分はまだ死なないし、死ぬわけにはいかない。
仲間も誰一人として死なせない。
殺られる前に討伐してやる。
血に塗れた衣服を纏わせて、再び戦場へと舞い戻るのだった。
ー13ー
ウロボロスの全身に散りばめられた魔臓石より放たれた光の線が周囲を貫く。
その光はレイヴンの脇腹、右上腕部、左肩、右膝を貫いた。
「ぐぁっ……!?」
ウロボロスの攻撃に警戒していたが、それは虚しくも無駄に終わった。
あまりの速さに対処できなかったのだ。
大地に伏そうとするレイヴンに追撃となる巨大な尾が振るわれる。
機動力を削がれたレイヴンはそれを躱せず、直撃を受けて吹き飛ばされた。
幾重にも連なった建物の壁を壊していき、一区画先の壁に打ちつけられる。
普通の人間ならば致命的な一撃だ。
だが、レイヴンは生きていた。
死ななかったのはレイヴンの半アンデッド化が影響しているからだ。
レイヴンの胸に輝く魔臓石。
それが砕かれない限り、レイヴンは死なない。
空を飛ぶウロボロスが、まだ息があるレイヴンのトドメを刺すべく悠然と近付いて来る。
その光景をただ見つめていた。
体は動かないのに、意識だけははっきりしている。
「……お嬢、さん……」
危機的な状況で頭に浮かぶのは、つい先日出会ったばかりである魔法使いの少女。
聞いて欲しい話がある。
聞きたいことがある。
先程交わした小さな約束ですら守れないのか。
まだまだこれからなのに、それすらも叶わないのか。
いつもそうだ。
人生は思い通りになるとは思っていない。
それでも、街の平和が未来永劫に続いていくと願ったっていいじゃないか。
家族に囲まれて温かく過ごしたいと願ったっていいじゃないか。
もう一度会いたい、話を聞いて欲しい、彼女の話を聞きたいと願ったっていいじゃないか。
その全てが叶わない。
周りの人々が次々と死んでいく。
両親も、兄妹も、執事も、街の住民も……全員が死んでしまった。
アンデッドによって殺された。
憎い。
アンデッドが憎い。
その憎いアンデッドが自分の体にいる。
大好きだった街の住民達はアンデッドに姿を変えた。
自分を嫌い、否定するのは簡単だ。
しかし、街の住民達には罪はない。
平和な日々に突如現れた虐殺の騎士。
ジェノサイドによって皆殺しにされた。
街の住民を守るのは、領主である己の責務なのに。
それなのに守れなかった。
失うしかなかった人生。
今まさに、自身の命さえも失おうとしている。
光が体を照らす。
再び無数の魔臓石が輝きだしたのだ。
上空に居るのはウロボロス。
ついに終わりの時が訪れた。
光の線が放たれようとしたその瞬間、轟音が響き渡る。
……落雷?
天気は悪くはなかったはずなのに……なぜ落雷が?
落雷の後に放たれた光の線が脇を通り抜けていき、レイヴンにはただの一筋も当たらなかった。
僅かに動く首を回し、何があったか確認する。
そこには大地よりウロボロスを見上げている一人の人物。
「勇、者……」
その人物は帯電した剣を携えていた。
間違いない。
落雷を起こしたのは彼だ。
魔法使いの少女と共に旅をする勇者候補。
「光の線は魔臓石から真っ直ぐにしか伸びない。射線上にある魔臓石を光の線が発射される前に破壊すればいい……ということか」
なるほど、それで光の線が避けてくれたのか。
発射される前に破壊すればいいという考えは理解できた。
しかし、それはある程度近付かなければ、魔臓石を狙うのは難しい。
魔法使いではない彼は剣士である。
距離を取っての攻撃は難しいはず。
敵は攻撃をする直前であり、一歩でも間違えれば死に直結する。
しかもウロボロスのあの技は今ので二度目。
それなのに、対処法にいち早く気付き、大胆にも実行してみせた。
「その勇敢さ……、勇者の名に相応しいな……」
ー14ー
体中に穴を空けて血を流すレイヴンの姿を見た瞬間、頭に血が上った。
気が付いた時には後先考えずに突っ走っていた。
ウロボロスの魔臓石が輝きだす。
それでも足は止まらなかった。
むしろ足を早める。
ウロボロスがレイヴンに再び攻撃をしようとしているのは、レイヴンが生きているという証だ。
まだ間に合う。
ウロボロスの元に辿り着くと、魔法による雷を落とす。
魔臓石は魔力の源であり、ウロボロスの光の線を走らせる攻撃は魔臓石から発射されていた。
魔臓石を破壊できれば、攻撃を阻止できるかもしれない。
それだけを考えて無我夢中に雷を落とした。
咄嗟の判断ではあるが、レイヴンに伸びるはずだった光の線を断つことに成功する。
「お前達がどんなに成長しようと無駄なことだ。こっちはその十倍、いや、百倍の早さで成長をしてやる」
天を羽ばたくウロボロスに向けて、剣を突きつける。
負けない。
勝ってみせる。
その意思表示をはっきりと示した。
こちらを新たな脅威と認めたのか、ウロボロスはこちらに向けて威嚇をする。
そして、巨大な蛇にさらなる変化が訪れた。
蠢き出す骨々。
胴体の各所が盛り上がっていき、それは腕と成った。
もはや蛇ではなく、竜だ。
竜へと姿を変えた蛇。
まさか、翼を生やすのに留まらず、さらなる成長を遂げるとは思いもしなかった。
ただ単に腕が生えただけならいいが、見えない場所にも何らかの変化が起きているのかもしれない。
距離を取って警戒したいところではあるが、レイヴンは瀕死の状態。
無闇やたらに離れたら先にレイヴンを狙われてしまう。
ウロボロスの注意をこちらに向けさせなくては。
剣に雷を纏わせる。
さっきは不意をつけたが、次からはそうもいかない。
ウロボロスは今も空を縦横無尽に飛び回っている。
体は動き回っているのに、魔臓石の瞳はこちらをしっかりと捉えていた。
さっきの落雷が効いているのか、こっちを警戒しているようにも見える。
どこから来る。
どのタイミングで。
待ち構えていると、速度を味方につけたウロボロスが襲い掛かってきた。
大きく開かれた口より鋭い牙がこちらに狙いを定める。
迫ってきた牙を躱すと、次は爪が迫ってきた。
スケルトンが集まってできた胴体から伸びる無数の腕を払いつつ、迫る爪に対し地面を転がって間一髪で避ける。
その時、巨大な爪の懐に輝く魔臓石をすれ違いざまに砕く。
上手く魔臓石は砕いたが、巨大な爪の通過によって発生した風に体が飛ばされてしまう。
受け身を取って、すぐさま立ち上がる。
後方を確認すると、ウロボロスが旋回している最中だった。
再び突撃するつもりだ。
何度だって来るがいい。
返り討ちにしてやる。
しかし、ウロボロスは上空を通過するだけで通り過ぎていく。
その時に迷惑な置き土産を残していった。
空からスケルトンが降ってきたのだ。
ウロボロスの体から落ちたのだろう。
落ちたのではなく、落としたと言った方が正しいのかもしれない。
周りに群がるスケルトン。
敵はウロボロスだけじゃないというわけか。
厄介だ。
スケルトンは大して力がなく弱い。
だからといって放置するわけにもいかない。
意識が飛び交う。
ウロボロスに、スケルトンに、その群れに。
集中しないといけないのに、集中しきれないでいた。
頭を掻きむしりたい衝動に襲われるが、理性が抑える。
空が光り出した。
「チィッ! これが狙いだったのか……!」
ウロボロスの魔臓石が輝きだしたのだ。
また、あの光の線による攻撃がくるのか。
この距離では魔法の狙いが定まらない。
接近しようにもスケルトンが邪魔だ。
だが、何もしなければ光の線に貫かれて殺されるだけだ。
攻めるにしても、下がるにしても、スケルトンが道を塞ぐ。
背中を撃たれるくらいなら、一か八かに賭けて突撃する。
ウロボロスの元を目指すべく手近にいるスケルトンから倒し、道を作っていく。
大地を蹴り上げてその道を進む。
立ち塞がるスケルトンも次々と斬り伏せる。
斬って斬って斬って、突き進む。
先へ、前へ、前進する。
魔力を気にせずに加護の魔法を使っていたので、残りの魔力は乏しい。
それでも、あともう一度……あと一回だけ雷を落とせる。
それだけの魔力は残っている。
「間に合ええええぇぇぇぇっっ!!」
剣を投げる。
放物線を描き、ウロボロスの直下となる大地に突き刺さった。
その剣に向けて、轟音と共に雷が落ちる。
こちらに向いていた魔臓石が砕かれ、大地に零れる。
これで自分とレイヴンは射線上から逃れた。
光の線をやり過ごせる。
ウロボロスの全身の魔臓石より光の線が伸びた。
自分には当たらず、横を通り過ぎた……そう思った矢先、左腕に灼熱が走った。
「うぐっ……!?」
光の線に貫かれた?
なんで? どうして?
振り返るとそこにはスケルトンの姿があった。
胸に輝く魔臓石が仄かに熱を帯びているのが見て取れる。
後ろから攻撃されたのか?
でも、他のスケルトンは魔臓石から光の線は伸びていない。
何が起きたのだ?
再び、ウロボロスの全身の魔臓石が輝きだす。
「くっ……こっちは魔力も残っていないのに……」
疲労と痛みが残る体に鞭を打ち、ウロボロスから逃げる。
情けないが、他に対処のしようがなかった。
武器もない。
策もない。
逃げるしかない。
魔力が切れたせいか、全身が重い。
足を動かすだけで精一杯だ。
立ち塞がるスケルトンを避けるように逃げる。
だが、無慈悲にも光の線が伸びた。
せめてもの対策として体勢を低くする。
光の線の一つが脇を通過したのを視界に捉えた。
当たらなかったことに安堵した矢先、前方にいるスケルトンの魔臓石に光の線が当たり、反射したのだ。
その光の線に足を貫かれて、大地に伏す。
他にも体のあちこちが貫かれた気もするが、もはや感覚がなかった。
身動きが取れない。
レイヴンも動けないし、これまでか……。
光の線が途切れると、スケルトンが忍び寄る。
逃げられない。
それでも這って、移動する。
体を引き摺り、血の道を大地に描く。
「勇者様!」
耳に届く叫び声。
アマテル。
声は聞こえたがどこにいるんだ?
誰かが体に触れる。
「テル……」
目の前にはアマテルの姿があった。
アマテルはすぐさま治癒の魔法を掛けて、傷を塞いでいく。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「いや、丁度いい……。助かった……」
近くで剣を振るう音が聞こえた。
「おじ様も一緒です。向こうはあらかた片付きました」
ローゲンは周囲に群がるスケルトンをなぎ倒していく。
「……ポニィは?」
「領主様の所に」
「やあ……お嬢さん。情けないところを、見られてしまったね……」
体の至る所に穴を空けて大地に伏すレイヴンの元にポニィは姿を現した。
「すまない、約束を守れそうにないようだ……。この場に居てはお嬢さんも危険だ。せめて、キミだけでも、逃げてくれ……」
その言葉を聞いたポニィは強い意志を宿した瞳でレイヴンを見下ろす。
「……あきらめるの? ここで、こんなところで……あきらめるの?」
「ボクとしても不本意だ……。けれど、力及ばない。あれには……勝てない」
「あきらめないでよっ……!」
ポニィは声を張り上げた。
「やくそく、したでしょ! 領主とか、街の住民とか、使命とか、そんなの関係ない。わたしに、話したいことがあるんでしょ!」
「……」
「わたしは……わたしは……もっと、話がしたい! あなたのことが知りたい。わたしのことも、その……知ってほしい……。だから、あきらめないで。わたしもあきらめないから。逃げない。たたかう」
ポニィは自らの意志を示した。
そして、レイヴンがどうしたいのかを問う。
力強い瞳で見つめながら問うポニィに対して、レイヴンの感情が揺さぶられる。
初めてポニィを見た時から、レイヴンは彼女に心を奪われた。
魔力量の多さは関係なく、何か別のモノに惹かれる。
彼女の仕草、その一つ一つが気になった。
動く度に目で追いかけてしまう。
その仕草、動きがどれも可愛らしく、見ていて飽きない。
内気でどこかオドオドしている姿は守ってあげたいと思えた。
その可愛らしい姿をずっと見ていたい、守ってあげたい。
ずっと傍に居て欲しい。
一目惚れだというのは恥ずかしくて言えず隠したけれど、求婚したのは紛れもなく本心から出た言葉だ。
一緒に過ごした時間は僅かである。
僅かどころか出会ってまだ三日目だ。
出会ったその日に求婚である。
求婚したことについて後悔はないが、早まったなという思いもある。
だけど、彼女は冒険者。
この街を出て行ったら、もう二度と会えないかもしれない。
気持ちを伝えられるのはその時しかなかった。
求婚をしたのはいいが、気持ちをちゃんと伝えられたかは微妙なところだ。
それっぽい理由を述べたつもりでいたが、今にして思えば酷い理由であり、素直に一目惚れだったと言えばよかった。
後悔はないように思えたが、思い返すと後悔がふつふつと湧いて来る。
一緒に過ごした時間は短いが、彼女についていくつか理解出来た。
内気に見えて、実は強気である。
勝ち気と言っても差し支えないのかもしれない。
オドオドしているように見えるが、その心はちゃんとしており芯がある。
そして、今目の前にいるのは一流の魔法使いである一人の少女。
彼女はまだ諦めていない。
逃げずに戦いに臨もうとしている。
それなのにレイヴンは諦めていた。
勝てない。
力の差がある。
倒せない、ここで死ぬんだ。
戦うのを放棄した。
生きるのを放棄した。
死ぬ覚悟どころか、命を捨てようとした。
傷だらけで倒れている姿を晒してしまったのを情けないと思っていたが、怪我よりも折れてしまった心の方が情けなかった。
「ボクは……」
この戦いに勝利し、聞いて欲しい話があった。
言いたいことも、聞きたいことも山ほどある。
ふと彼女が言っていた言葉を思い出した、領主も使命も関係ないと。
その言葉を聞いた時、心の重荷が下りた。
心が軽くなったのだ。
見えない鎖、しがらみに囚われていたレイヴンを彼女が救ってくれた。
「負けたくない……」
「はい」
「諦められない……。キミとの約束を果たしたい……!」
「はい。わたしもです!」
その言葉を聞いたポニィが嬉しそうにはにかんだ。
そして、ポニィは尖った瓦礫の破片を拾い上げる。
「わたし達だけでは、あれには勝てない。あなたの力を貸して」
ポニィは自身の左腕に瓦礫の破片を走らせる。
肌に赤い線が滲みだす。
その傷ついた左腕をレイヴンに差し出した。
「のんで……」
体の一部がアンデッドになっているレイヴンは、人の血肉を得ることによって魔力が増幅する。
ポニィは自らの血を差し出して、レイヴンの力になろうとした。
「……いいのかい?」
確認を取るレイヴンにポニィは頷いて応えた。
ー15ー
「勇者様、立てますか?」
アマテルの手を借りながら立ち上がる。
治癒の魔法を掛けてもらったが、それは応急手当程度でしかない。
無理に動けば、傷口が開いてしまう。
「すみません。私の魔法が未熟なせいで完治できなくて」
「そんなことないよ。こうして命を繋げただけでも感謝している」
ルナの魔法なら完全に傷を塞ぎ、流れて失った血も戻るだろう。
しかしそれはルナの魔法が異常なだけで、アマテルが負い目を感じることではない。
「勇者様、何か手はありますか?」
空を飛ぶウロボロスを見上げながらアマテルが聞いてきた。
周りに蔓延るスケルトンはローゲンが捌いてくれているので、今はこうしてゆっくりしていられるが、それがいつまで続くのか。
「……悪いけど、何も思いつかない。剣を放り投げたままだし、魔力も尽きている。最悪、一度逃げた方がいいのかもしれない」
「……逃げられると思いますか?」
「ムリだろうな」
空を飛ぶウロボロスから逃げるのは難しい。
しかもこちらは体力を消耗している。
自分が囮になって仲間を逃がすだけなら何とかなるかもしれないが、アマテルは納得しないだろう。
それに、この短時間で成長するのを目の当たりにして、ウロボロスに時間を与えるのは危険であると判断した。
倒すなら、まだ成長途中である今しかない。
逃げるのではなく、どうやってウロボロスを倒すか、それを考えなければ。
倒すといっても一番の問題は火力が足りないことだ。
自分は魔力が尽きた手負いの剣士でしかない。
アマテルは治癒の魔法と簡単な光属性の魔法しか使えない。
光属性の魔法はアンデッドにダメージを負わせられるが、長期戦になるので今回は回復に専念させるべきだ。
ローゲンは加護の魔法は使えるが、攻撃魔法は使えない。
剣を振って、盾で身を守る。
最初みたいに地面を這っていればいいが、空を飛ぶウロボロスに剣は届かない。
レイヴンは攻撃魔法を使えるが今は瀕死の重傷だ。
現状だと、ポニィが唯一ウロボロスに痛手を負わせられる。
アマテルをレイヴンの元に向かわせて治療させる。
今は戦力を増やしてから攻めるのが妥当か。
そう判断して動こうとした矢先、後方で何かが光り出す。
振り向くと何度も見た光。
ウロボロスの全身に散りばめられた魔臓石が輝いていた。
どうする。
ローゲンがスケルトンの数を減らしてくれてはいるが、まだまだ数が残っている。
またスケルトンの魔臓石を使って光の線を反射させてくるに違いない。
このままでは全滅する。
どうやって、対処したらいい。
何か、何かないのか。
現状を打開できる策、必ずあるはずだ。
考えろ、考えるんだ……。
「勇者様、これ……」
アマテルが戸惑いの声を上げる。
戸惑いの理由はアマテルの視線を追って分かった。
地面が光っているのだ。
荒れた地面に文字のような紋様が浮かび上がっている。
これと似たようなモノを見たことがあった。
「魔法陣……?」
誰がこれを?
その時、上方をいくつもの火球が過ぎ去っていった。
火球はウロボロスに当たり、爆炎を上げる。
この攻撃で自分達に向けられていた魔臓石は消え去った。
だけど、まだスケルトンが残っている。
魔臓石を用いた反射があるのだ。
「お客人、心配はいらない」
この声は……。
声のした方に視線を向けると、レイヴンが魔法陣の中心に立っていた。
その傍らにはポニィの姿もある。
傷だらけだったレイヴンが元気な姿をしているのが気になった、治癒の魔法か回復薬でも使ったのだろうか。
気になるが、今は魔法陣の方だ。
この魔法陣を作り出したのはレイヴン。
何を起こそうとしているんだ。
魔法陣は輝きだして、その効果を発動させた。
大地に描かれた紋様より、聖なる光が巻き起こる。
光に触れたスケルトンが次々と消滅していく。
白骨化した肉体を失い、魔臓石だけが残り地面に落ちる。
レイヴンの魔法によって、辺り一帯にいたスケルトンは消え去った。
これで反射することはない。
ウロボロスから光の線が伸びるも、仲間の誰にも当たらずに街を破壊するだけに留まった。
「これより先はボクとお嬢さんの二人で相手をしよう。お客人方はゆっくりと休んでくれたまえ」
「わたしも客人なんだけど……」
レイヴンはポニィの呟きを無視してウロボロスに向き直る。
「さあ、お嬢さん。初めての共同作業を興じようではないか」
「……」
ポニィは迷惑そうにレイヴンを見るも、すぐに笑みをこぼす。
不快には思っていないようだ。
「ポニィが異性と仲良くしているのは、やっぱ変な感じがするな」
「そうですか? 勇者様とも仲良くしていると思いますよ」
「こんな窮地でさえも、お前達は呑気だな……」
アマテルとの会話を聞いてローゲンは呆れる。
「いずれにしても、二人に任せるしかない。こっちは周りのスケルトンを少しでも減らそう」
「はい。私達も頑張りましょう」
ー16ー
「まずは、翼をねらったらいいと思う」
「翼か。たしかにあの機動力は潰しておきたい」
「隙はわたしが作る」
「では、翼を狙うのはボクか。了解した」
ポニィは火球を次々と作り出し、ウロボロスに向けて放っていく。
ウロボロスは大地より打ち上がる火球の群れを避けるべく滑空する。
その巨体さ故、完全には避けきれずに被弾していく。
しかし、どれも巨体の端にしか当たっておらず、決定打にはなりえなかった。
ウロボロスが進路を変えて、ポニィが居る場所を目指して急降下する。
「まかせたよ」
「安心してそこで立っていたまえ。お嬢さんには傷一つ付けさせないから」
ポニィの放つ火球を受けながら、ウロボロスが迫り来る。
「来たまえ。そして後悔しろ。先程までのボクと同じと思っていたら痛い目に遭うぞ」
巨大な光の十字剣が現れる。
「やはりお嬢さんの魔力は凄いとしか言い様がない。力が溢れてくる。制御するだけでも精一杯だ」
レイヴンは不敵な笑みを浮かべながら、巨大な光の十字剣を放った。
ウロボロスはそれを躱さない。
躱さないのではなく、躱せないのだ。
間近まで迫ったこの間合い。
躱せるはずがない。
それでも躱そうとウロボロスは身をよじるが、左の翼の付け根に光の十字剣が突き刺さる。
突き刺さったその瞬間、光の十字剣の中心より無数の光の刃が爆発的に生み出され、内側よりウロボロスを抉り、左翼の付け根から穿つ。
左翼と切り離され、勢いそのままに左翼と巨体は左右に分かれて大地に突っ込んでいく。
建物をなぎ倒し、土煙の軌跡を描きながら何区画も破壊してようやく停止した。
「竜は地に堕ちた。この機を逃がさず、終わりにしよう。参りましょうか、お嬢さん」
レイヴンは仰々しく右手を差し出すも、ポニィは無視して先を急ぐ。
「ふざけてないで、いそぐ」
「……はい」
ポニィは地に堕ちたウロボロスを目指して歩み出す。
その後ろをレイヴンが肩を竦みながら追い掛けていった。
「勇者様、私たちはどうしますか?」
アマテルが拾いに行ってくれた剣を差し出しながら尋ねてきた。
「剣の届く地面にいるんだ。加勢に入る」
「ですけど、勇者様の怪我はまだ完治しておりませんし、魔力だって……」
「アマテルの心配は分かるよ。でも、このままスケルトンだけを相手にしているわけにはいかない」
剣を受け取りながら、ローゲンに視線を向けると頷いた。
ローゲンもこのままスケルトンの相手だけをするつもりはないようだ。
「休んだから魔力も少し回復した。怪我は……まあ、無理しなければ何とかなる」
「無理に動き回ったら傷口が開いてしまうので気を付けてくださいね」
正直言って、今も体中が痛む。
無理をしないでと言われても、無理はできない体だ。
だけど、このまま何もしないで見ているわけにはいかない。
全員で挑み、勝利するんだ。
ポニィとレイヴンはウロボロスが墜落した地点の近くまで来て足を止める。
「あれは……」
ウロボロスの左翼はバラバラに散って、スケルトンの群れとなって瓦礫の山に溢れかえっていた。
「翼だけでもあれ程の数がいるとはね。まだまだ先は長そうだ」
「それよりも、あっち」
ポニィが示すのはウロボロスの本体。
スケルトンの集合体が蠢いて、また姿を変えていた。
左翼を失い、右翼だけになったので翼は不要だと判断したのだろうか、右翼も蠢いて胴体へと取り込まれていく。
「まだ隠し玉があるようだね。領主として、街の住民が優秀なのは喜ばしいところだけど、今日だけは大人しくしてもらいたいものだ」
「……魔力はだいじょぶ?」
「お嬢さんのおかげで万全だよ。むしろ、お嬢さんの方が大丈夫かい? 随分と魔法を行使していたけど、そろそろ魔力が尽きるのでは?」
「うん……。キツい。でも、ここで立ち止まるわけにはいかないから」
がんばると、ポニィは杖を強く握り締める。
「辛くなったら、ボクを頼るといい。お嬢さんのためなら、命に代えてでも守ってみせるから」
「……」
「照れているのかい?」
「テレてない。でも……ありがと」
「どういたしまして」
「だけど、命は大事にしないとダメ。死んじゃダメ。わたしのためなら、一緒に生きて」
「お嬢さんのためなら命は大事にするよ。でも、一緒にかい?」
「……深い意味はないから」
「そうなのかい? それは残念だ」
ウロボロスの姿が新たに形成された。
無数に伸びるスケルトンで作られた巨大な蛇の首。
「頭は全部で八つか。全体的に見てみると、最初に比べて随分と小さくなった」
胴体を中心に八つに伸びる巨大な蛇の首。
その姿は当初と比べて幾分か小振りになっていた。
地道ではあるが、確実にウロボロスを体を削っている。
「あと、もうひと押し」
ウロボロスの脅威は無数の魔臓石と巨大な体にある。
八つの頭を潰せば、もはやウロボロスとしての脅威は消え去るといっても過言ではない。
レイヴンは右手に光の十字剣を現出させる。
臨戦態勢に入った敵を認識したのか、ウロボロスは八つの頭をレイヴンに向けた。
それぞれの口が開き、奥にある大きな魔臓石が輝きだす。
光の線が来る、そう判断したレイヴンは光の十字剣を投擲し、ポニィを抱きかかえて回避行動に移る。
光の十字剣は頭の一つを捉え、首を明後日の方角へと反らす。
レイヴンを狙う光の線の照射を阻止するが、残り七つの頭はそれには気にも留めずに大きく開いた口から極太な光の線を放つ。
それぞれが独立して判断しているようで、様々な角度からレイヴンとポニィを狙い撃とうと光の線を照射する。
「これは厄介だ……! お嬢さん、しっかりと掴まって離れないでください」
「うん……!」
ポニィは言われた通りにレイヴンにしがみついた。
レイヴンは紙一重で光の線を躱していく。
七本目の光の線によって生まれた余波で瓦礫が飛び、レイヴンの頬を掠める。
光の線を全て避けられたが、息つく暇もなくスケルトンが群がり始めた。
「やはり来たか。この数を相手にするのは、さすがにキツイね」
「だいじょぶ、だと思う」
ポニィは信じていた、仲間達が駆けつけて来てくれるのを。
そして、それはすぐ現実になった。
「ポニィ! 私たちも加勢します!」
三人が武器を携えて、スケルトンの群れへと突っ込んでいく。
皆、ボロボロである。
それはポニィもレイヴンも同じだ。
傷だらけになり、疲弊し、魔力が尽きかけている。
だが、血が流れようと、肉が裂けようと、関係ない。
体中に傷を作ろうと、疲労が溜まろうと、魔力が枯渇しようと、死力を尽くして戦う。
生きるか死ぬか。
生死を分けた戦いだ。
何もしないわけにはいかない。
何もしなければ、ただ殺される。
立ち止まるわけにはいかない。
立ち止まれば、死に囚われる。
ここで死力を尽くさないでどうする。
ここで体力を使い果たさないでどうする。
ここで魔力を活かさないでどうする。
この死と隣り合わせの長い戦いもいずれ終わりの時は訪れる。
勝とうが負けようが、終わりは必ず来る。
そして、その終わりの時が近付いていた。
ー17ー
「スケルトンは道を作る程度で倒せ! このまま蛇に突っ込む! 大元を倒せば、後は雑魚だけだ!」
無謀かもしれない。
愚策かもしれない。
けれど、もはや持久戦などできない。
こっちは体力も魔力も限界だ。
それに対してアンデッドは体力も魔力も底が知れない。
時間を掛けて戦うわけにはいかない。
このまま悠長に戦ってなどいられない。
これ以上、ウロボロスを進化させないためにも、早急に倒しておかなければ勝てなくなる。
焦るな、だが急げ。
スケルトンの魔臓石をすれ違いざまに斬る。
灰になるのを見届けることなく走り抜けて、次なるスケルトンを屠りに向かう。
その後をアマテルとローゲンが続く。
ローゲンは盾を前面に押し出しながら、突撃をかます。
スケルトンの群れは将棋倒しになり、地面に転がる。
そして、無防備になった魔臓石を斬り裂いていく。
アマテルは錫杖を振り回し、スケルトンの体勢を崩す。
倒れたスケルトンの魔臓石に石突きで突いてスケルトンを倒して回る。
アマテルもローゲンも必死だ。
息を切らし、全身を汗で濡らし、傷口から血を滲ませながら戦っている。
ポニィとレイヴンに任せっきりにするわけにはいかない。
魔法が使えなくても、生まれ持った肉体で立ち向かえばいい。
たとえ手足がもがれようと、噛み殺してやればいい。
戦う意思が尽きない限り、死に物狂いで足掻いてやる。
目の前に立ちはだかる脅威なんて、意志で吹き飛ばせ。
ウロボロスは近付くこちらも脅威とみなしたのだろう、首を動かして二つの頭をこちらに向けてきた。
威嚇するように大きな口を開き、魔臓石が輝きだす。
「来るぞ! 攻撃に備えろ!」
ウロボロスとの距離はまだある。
この距離では、こちらから攻撃する術はない。
光の線に備えて、回避するしかない。
回避するのは容易ではないが、光の線は直線にしか進まない。
ウロボロスが巨大な口を開けているため、光の線がどこを通るかは予測できる。
光の線による攻撃の直線上にスケルトンがいないのを確認してから、横に跳ぶ。
アマテルとローゲンもそれに倣って攻撃を避けるべく、横に動いた。
一本目の光の線が伸びるが、仲間にもスケルトンの魔臓石にも当たらずに通過していく。
ウロボロスの攻撃はそれで終わらない。
もう一つの頭が回避行動を取っていたこちらに対応するかのように、時間差で狙いを定め出したのだ。
これは躱せない。
だが、ウロボロスの八つある頭のうち、二つがこちらに注意を払っている。
こちらに注意を払う分、動きやすくなる人物が二人いた。
ウロボロスが光の線を放とうとしたその瞬間、空より降ってきた巨大な氷柱がその口を塞ぐように串刺しにする。
その際に魔臓石を砕いていたのか、串刺しになった頭は連なる首ごとぐったりと大地にひれ伏し、灰へと転じて地に還った。
ウロボロスの頭が一つ減り、七つになる。
「お見事です、お嬢さん」
「ん……。次、いくよ」
「どこまでもエスコートします。それにしても、魔臓石が大量にあるはずなのに、なぜ一つの魔臓石を壊しただけで頭が一つ消えたのだろうか?」
「たぶん、あの大きな光の攻撃は魔力の消費が大きい。あの攻撃をするために魔力の貯蔵量が小さい魔臓石を一つにまとめているのだと思う」
「魔臓石を一ヵ所に集めているのか。力を集約し威力を上げて、あの首の機動力で照準の精度も上げてきている。先程までの無作為に攻撃するではなく、確実性を高めきたのか。こちらとしては魔臓石が集中しているから倒しやすくなるな」
「うん」
「ところでお嬢さんは、魔法のことになると饒舌になるのだね」
「そ、そんなこと……ない、よ……」
「恥ずかしがることはないよ。むしろ、魔法に対して嫉妬してしまった」
「嫉妬? なんで?」
「……これが終わったら、お嬢さんときっちりと話しておかないといけないようだ」
「うん、やくそくは忘れてないよ」
「うん……それもあるのだけど……そうではなくてだな。……まあいい、この話は後にしよう。とりあえずこの戦いに決着をつけよう」
「期待してる」
「お嬢さんにも手伝ってもらうよ」
「……ごめん。さっきので魔法はあと一回くらいしかつかえない……」
「気にしないでくれたまえ。ボクがお嬢さんの分も戦う。それにお客人方も頑張ってくれている。彼らにも協力してもらえば倒せる」
「うん……そうだね」
「ボクはこのままはお嬢さんを抱えて戦う。ボクが攻撃して回るから、お嬢さんは好きなタイミングで魔法を使ってくれ」
「うん」
「一回しか魔法が使えなくても、出し惜しみしなくていい。思う存分にやってくれたまえ」
「うん」
「やっぱポニィの魔法はスゴイな」
「そうですよ、私の親友はスゴイのですよ」
アマテルはまるで自分のことのように胸を張る。
「そうだな。これはこっちも負けていられないな」
「はい。勇者様にも期待しています」
「テルも一緒にだよね?」
「もちろんです。どこまでもお供します」
ウロボロスに向けて歩を進めると、アマテルはそれに付き従うように後ろに続く。
「それにしても、なんで頭の一つをあっさりと倒せたのでしょうか?」
後ろからアマテルの疑問の声が届く。
それは自分も疑問に思ったが、魔臓石を破壊して倒せたのならそれでいいではないか。
「……よく分からないけど、上手くいっているのならそれでいいんじゃない?」
「それもそうですね。あと、もうひと踏ん張りですし、頑張っていきましょうか」
進路を塞ぐかのようにスケルトンが集まってくる。
まるで、ウロボロスを身を挺して守ろうとしているかのようだ。
通常なら数が多いのは十分と脅威になるが、このスケルトンは弱すぎる。
壁にしては脆い。
僅かに回復した魔力を無駄遣いせずに倒していく。
無作為に伸びてくる白骨化した腕。
それを剣で払い除けて、魔臓石を貫く。
砕け散った魔臓石が大地の落ちる。
その時、ふと気付く。
大地の至る所に転がる魔臓石の欠片。
宝石のように煌めく魔臓石が辺り一面に広がっていた。
ウロボロスの放つ光の線は魔臓石に反射して軌道を変える。
それは砕けた魔臓石も一緒なのではないか。
もしも、ウロボロスが光の線を大地に向けたらどうなるか、それだけを考えるだけで背筋がゾッとした。
「勇者様? どうなさいましたか? 傷口が開いてしまいましたか?」
不安が伝わったのか、アマテルが心配そうに声を掛けてきた。
「傷口はいい。それよりも早めに大元を叩いた方がよさそうだ」
動き回ったせいで、傷口などとうの昔に開き始めている。
それよりもだ。
この状況はマズい。
スケルトンを倒せば倒すほど魔臓石が地面に落ちる。
ウロボロスはこれを狙っていて、わざとスケルトンを集めているのだろうか。
それだけが気がかりだ。
アマテルは状況を理解しておらず、首を傾げている。
説明している時間が惜しい。
「これ以上、あの光の攻撃を撃たせるな。それだけに集中しろ」
「よく分かりませんけど、分かりました。私に出来ることは限られていますので、精一杯お手伝いします」
「ローゲンも頼む」
「言われるまでもない」
駆け出してウロボロスの元へと急ぐが、まだ多くのスケルトンが立ち塞がっていた。
その隙間を縫うように駆け抜ける。
スケルトンとの戦闘を最小限に抑えて、突き進んだ。
ー18ー
光の十字剣がウロボロスの頭の一つ、その口の奥にある魔臓石を貫く。
貫かれた頭は力なく項垂れて消滅していった。
ウロボロスの首は残り六つ。
「順調だな。このまま押し切らせてもらおう」
レイヴンはウロボロスの首を着実に減らしていく。
しかし、好調な戦況に反して、ポニィは浮かない顔をしていた。
「気になる事でもあるのかい?」
「うん……」
ウロボロスの攻撃を躱しながらレイヴンは尋ねると、ポニィは仲間の方に視線を向ける。
仲間達が切羽詰まった様子でウロボロスの元に急いでいた。
「なにかあった? ううん、なにかに気づいたんだ」
あの様子、何か良くないものに気付いたように見える。
何に気付いた?
ポニィが長考に入っていると、いつの間にか伸びていた光の線をレイヴンは跳躍して避ける。
「反射しないのなら避けるのは容易だね」
「反射……」
ポニィは見渡すように大地に視線を向ける。
「光……魔臓石……反射……あっ!」
そこでポニィも気付いてしまった。
「魔臓石……。魔臓石だよ」
「どういうことだい?」
「じめんを見て」
ポニィに言われて、レイヴンは地面を見る。
所々が光っていた。
砕かれた魔臓石の破片だ。
「魔臓石……。反射……そういうことか。これは、決着を急いだ方がいい」
レイヴンも地面に散らばる無数の魔臓石が光の線を乱反射することに気が付いた。
ウロボロスの六つの首のうち、ポニィとレイヴンを狙う首は五つ。
首の数が減っていても気が抜けない。
「疲れてない?」
「大丈夫だ。体が丈夫なのが取り柄なのでね」
レイヴンは気丈に振る舞うも疲労の色を隠せていない。
本来、アンデッドに疲労という概念はない。
しかし、完全なアンデッドではないレイヴンは疲労する。
とは言え、体力や魔力、身体能力が普通の人間よりも優れているのも事実だ。
それでも今回の戦いは長引き過ぎた。
ポニィの血を得て体力と魔力が回復したレイヴンでも、今回の長期戦に疲れが出ている。
これ以上戦いが長引くのが好ましくない。
「……」
ポニィは再び仲間達を見つめる。
ウロボロスの元に辿り着けるまであと少し。
辿り着けても、ウロボロスを倒すのは難しい。
首が減ってもウロボロスの脅威は十分にある。
「これはマズい……」
レイヴンが警戒態勢に入る。
ウロボロスの六つの口が開き、魔臓石が輝きだしたのだ。
光の線を放つ兆候。
大地に向けて放とうとしている。
光の乱反射。
このままでは全滅は免れない。
「……下ろして」
出来るかどうか分からない。
けれど、何もしなければ全滅してしまう。
ポニィは賭けに出ることにした。
「しかし……」
「いいからはやく!」
強い口調で言われるがまま、ポニィを下ろした。
「いつでも動ける準備をしといて」
「勇者様! また攻撃が来ます!」
「この距離では躱せないぞ!」
ウロボロスはそれぞれの口の奥にある魔臓石が輝かせる。
また光の線による攻撃だ。
ウロボロスは他のアンデッドより知能がある。
もしかしたら、ここまで近付くのを待ってからの攻撃かもしれない。
「さすがだよ。ここでその攻撃をしてくるとは……!」
「勇者様! 関心している場合ではありませんよ!」
敵は間近。
この距離では躱すのは難しい。
やはり無謀だったか。
地面に魔臓石が散らばっている時点で引き下がればよかった。
額に汗を浮かべるが、体表には涼しい風が流れてくる。
寒いくらいだ。
「寒い……?」
肌につく冷たさ。
冷気が漂っている。
汗ばんで火照った体から急激に体温を奪われていく。
「ポニィの仕業か……」
ポニィがいるであろう方角を見ると、やはり杖を構えて魔法を発動しようとしていた。
この冷気、氷属性の魔法を使おうとしている。
何をしようとしているんだ。
全滅の危機に瀕している現状、何か手を打たなければならない。
しかし、自分には何も出来ない。
でも、ポニィなら何とか出来るのかもしれない。
ポニィの瞳は力強い光を宿していた。
まだ諦めていない。
この絶望的な状況を打破しようとしている。
そして、その時が来た。
魔臓石がより一層眩く輝く。
六つの頭が狙いを定めて、光の線を放つ。
それを遮るように幾重の氷の壁が現出した。
「おねがい……。みんなを、みんなを守って……!」
ポニィが残る魔力を振り絞り、願いを込めた魔法。
光の線が氷の壁に当たる。
幾重にも築き上げられた氷の壁を光の線が通過していく。
氷の壁を通過する度に光が屈折し、その角度を変える。
六つの光の線は空の彼方に向けて伸びていく。
「すごい……」
戦いの最中なのに思わず見入ってしまう。
「何を呆けている! 今のうちに攻めるぞ!」
ローゲンに叱責されて気付く。
光の線を放っている今ならウロボロスは動けない。
「今のうちだ! 急ぐぞ!」
氷の壁の脇を通り、ウロボロスの眼前へと至る。
そこにはポニィとレイヴンの姿があった。
「来たか、お客人。この光が消えたら最大の好機。そこを一気に攻める」
「ああ、これで終わりにしよう」
「神官のお嬢さん。彼女を任せても?」
「はい、もちろんです。……ポニィ、大丈夫ですか?」
魔力が尽きて、息も絶え絶えになったポニィ。
そんなポニィをアマテルは気遣い、支える。
アマテルにポニィを預けて、レイヴンはウロボロスの姿を見上げる。
大きい。
今日一日掛けてその巨体を削ったにも関わらず、地上から見上げるウロボロスの姿は大きかった。
「ボクが上方にある頭をやる。お客人は下方の頭を頼む」
「分かった」
そして、魔臓石から伸びる光の線が消える。
それと同時に駆け出した。
「ローゲン、そっちの首は任せる!」
返事を聞かずにウロボロスの頭に駆け寄った。
光の線を放った直後、ウロボロスは僅かに硬直する。
その隙を突く。
開いた口の中に入ると、そこには巨大な魔臓石の塊があった。
口腔内全体に広がる魔臓石。
魔臓石でできた眼もこの巨大な魔臓石の一部なのだろう。
その巨大な魔臓石に渾身の力を込めて剣を突き刺した。
亀裂が入る。
それは魔臓石の全体に拡がっていき、ついに崩壊した。
骨が崩れ出して降り注ぐが、それも一瞬のこと。
すぐに灰になり、消えていく。
「次っ……!」
別の頭を倒すべく、周囲に視線を巡らせる。
硬直していたウロボロスの首が再起動を始めて、こちらに迫っていた。
首を伸ばし、巨大な頭で体当たりをしてくる。
それを横合いから飛び出してきたローゲンが盾で防ぐ。
「長くは持ち堪えられない……。攻撃は任せるぞ!」
剣を強く握り締めて、ウロボロスへと突撃する。
残った魔力を全て使い、加護の魔法を発動して体を動かす。
ウロボロスの口は閉じられており、魔臓石が隠れている。
レイヴンの光の十字剣ならば、閉じた口ごと魔臓石を貫けるが、自分にはそれが出来ない。
狙うべくは眼。
あの魔臓石でできた眼は巨大な魔臓石と繋がっている。
眼を破壊すれば、ウロボロスの頭を一つ倒せるはずだ。
ウロボロスの眼に狙い定めて、骨でできた体の上を駆け上る。
こちらの狙いに気付いたのか、ウロボロスは首を振り回し始めた。
「暴れるなっ。大人しくしろっ!」
暴れるウロボロスから振り落とされないようにしがみつく。
右から左に方向転換する瞬間、その瞬間はどうしたって動きが止まる。
その僅かな瞬間を狙って少しずつ上っていく。
何度もバランスを崩しながらも、なんとか剣の間合いにウロボロスの眼が入る所まで到達する。
そのウロボロスの眼に狙いを定めて剣を突き刺した。
ウロボロスは苦しそうにもがき暴れるが、やがて動きを止め、大地にその首を沈める。
「とりあえず、今ので頭を二つ倒した。そっちは?」
「こっちは頭一つだ。すまないが、それが精一杯だった」
「気にしなくていい。こっちも似たようなものだし、それにさっきは助かった」
ローゲンと合わせて、三つの頭を葬った。
残る頭の数は?
レイヴンはどうしている?
ウロボロスの姿を改めて確認すると、その頭は一つになっていた。
「お客人、見るといい。長く続いた戦いもこれで終わりだ」
いつの間にか隣に立っていたレイヴンがウロボロスを見上げながらそう言い切った。
残る頭が一つという事はレイヴンが一人で二つの頭を屠ったのか。
さすがとしか言いようがない働きぶりだ。
「今日のことは感謝しているよ。ボク一人ではここまで来れなかった。ありがとう」
「感謝の必要はないよ。こっちはアンデッドを倒すのが仕事みたいなものだから」
「それでも感謝する」
「……こっちは魔力が尽きている。体力もない。これ以上、手助けは出来ない」
「最後はボク一人に任せてくれ。ボク自らの手で終わらせたい」
レイヴンは光の十字剣を作り出し、ウロボロスの前に歩み出る。
そして、最後の戦いを興じたのであった。
ー19ー
ウロボロスが消え去ると、街に残ったスケルトンは統率を失い、各々が好き勝手に動き出した。
ただでさえ弱いのに、数の強みさえも失ったのだ。
こうなると倒すのは容易い。
各個撃破し、スケルトンは一体残らず街から消え去った。
その日の晩、街の外れにある辛うじて倒壊を免れた建物にて休息を取る。
戸は外れ、壁には穴が開き、窓は割れ、屋根の隙間から月明かりが入ってくる酷い有様だが、何もないよりはマシだろう。
倒壊した塔から掘り当てた僅かな食料を持ち寄って、焚き火を囲む。
建物に燃え移らないように注意しながら調理して腹を満たす。
夕食後、アマテルを連れて街の中を見回って来ると言い残して、街へと繰り出した。
実際は見回りではなく、地球への召喚をレイヴンに見られないために離れたのである。
アマテルを街の中で一人にするのは心苦しいが、召喚石を預けているのは彼女なので仕方ない。
地球に召喚されてルナへの報告が終わると、一応街の中に異常がないのを確認してから仲間の元へと戻った。
だが、そこにはポニィとレイヴンの姿が見当たらず、一人残っていたローゲンに所在を尋ねてみる。
「二人も街の中を見てくると言って出て行った」
「そうか……行き違いになったのか」
ポニィとレイヴン。
今回の一件で随分と仲良くなれたようだ。
三人で焚き火を囲み、二人の帰りを待つのであった。
「不思議だ。話したいことが沢山あったはずなのに、いざその時になると何も出てこない」
レイヴンは崩れた瓦礫の上に腰を下ろし、その隣にポニィも座る。
「……じゃあ、もどる?」
「辛辣だね。せっかく厳しい戦いから生還できたのに、その態度はヒドくないかい、お嬢さん」
「……そのお嬢さんって呼びかた、やめて」
「他人行儀すぎたかな。では、名前で呼ぼうか」
「それも、なんかヤダ……」
「我が儘だね。では、なんと呼べばいいのだろうか」
「……やっぱ、お嬢さんでいい……」
「フッ……キミらしいな」
「それで、話があるんでしょ」
レイヴンは居住まいを正し、静かに語り出した。
「……今更ではあるのかもしれないが、ボクは領主ではないのだよ。父の代でこの街は虐殺の騎士に襲われた。その際に家族、領民を失い、領地も領主の地位も共に失った」
「本当にいまさらだね……。なんとなく予想してたから、べつにおどろかないけど」
この街の惨状を見ていたら、簡単に予想出来ることだ。
「……領主としての責務。そう言って、あのアンデッドをたおした。もうあなたを縛るものはない。これから、どうするの?」
「またイチから始めようと思う。自分の実力で這い上がって、再び領主の地位を目指す。そして、皆が笑顔で暮らしていける街を作りたい」
「そう……うん。がんばって。あなたならきっとできるよ」
「ありがとう。キミにそう言って貰えて嬉しいよ。ただ、不安があるんだ」
「不安?」
「恥ずかしながら、ボク一人では出来るかどうか自信がない。けれど、キミが居れば、キミと一緒なら、どんな苦難でも乗り越えられる気がするんだ。だから、ボクと一緒に来て欲しい」
「……」
「ボクにはキミが必要だ。ついて来てくれないか、ポニィ」
一度失った地位を取り戻すと誓う青年。
彼は自らの想いを魔法使いの少女へ伝えた。
少女は熟考し、口を開く。
「……わたしは、あなたの夢を応援したい。でも、テルの夢も応援したい。リッチーをたおす。それが終わるまで、わたし達の旅は終わらない。だから……ごめんなさい。いっしょには、いけない……」
「そうか……」
「……」
「キミの旅が終わったら、また誘ってもいいかな?」
「……うん。旅が終わったら……いいよ」
「ありがとう。では、終わったら迎えに行くよ」
「ま、まだ……ついて行くって、言ってないからねっ。でも……また、会いたい……。やくそく……」
「ああ、また会おう。約束だ」
巨大な蛇によって崩壊した街の中心で、青年と少女は二度目の約束を交わしたのだった。
翌朝、レイヴンとの別れの時が来た。
「ボクはこれから王都に向かうよ。お客人は前線基地を目指すのかい?」
「実は一度前線基地に行ったんだ。でも、まだまだ実力が足りないと判断して、こうして旅に出ているんだよ」
「そうだったのか。でも、リッチーを討伐するのなら、そろそろ戻った方がいい。最強の勇者候補が新たなリッチー討伐隊を編成していると爺が街で耳にしていた」
それを聞いて仲間内で顔を見合わせる。
「アダチが動き出したか。それなら前線基地に戻るべきだ」
ローゲンの言葉を聞いて頷く。
「そうだな。戻ろう」
「リッチー討伐も本格的になってきたようだね。これは約束が果たされるのは早そうだ」
「約束?」
「こっちの話だ、気にしないでくれ」
「それじゃあ、そろそろ行くよ。短い間だったけど、世話になった」
「それはこっちの台詞だよ。この先、昨日よりも厳しい戦いが待ち受けているであろう。だけど、お客人ならその戦いにも勝利できると信じている」
別れを告げて、街から旅立つ。
「行かないのかい?」
ポニィは一人残って、レイヴンに歩み寄る。
「昨日のやくそく。わすれないでよ」
「いつまでも待っているよ。それと、キミと彼らの無事を祈ってる」
ポニィは近付くように手で招く。
「耳をこっちに」
レイヴンは言われるがままに耳を寄せる。
「またね」
そう言い残し、頬にキスをしてポニィは仲間の元に駆け出していった。
残されたレイヴンはしばしの間、呆然と立ち尽くす。
「……まったく、見かけによらず大胆だ。そこがまた魅力的でもあり素敵なところだ」
長い話になりましたが、読んで頂きありがとうございます。
今回はポニィに焦点を当てた話となりました。
頑張っている彼女も幸せになって欲しいなと思い、書いた話になります。
ポニィが活躍するだけでなく、彼女の成長が見られる話でもありました。
新キャラとして登場したレイヴンですが、彼はヴァンパイアを意識したキャラです。
当初もサブタイトルがウロボロスではなく、ヴァンパイアにしようかと思っていました。
ですが、本編完成後に読み直してみたら、吸血鬼やヴァンパイアという単語が一切出てきていないことに気付き、サブタイトルをウロボロスに変更した経緯があります。
そして、レイヴンについてですが、彼は半アンデッドです。
「15.スケルトンマーダー」でルナが語っていた通り、アンデッドは生物の血肉を喰らうことで魔力を高めます。
レイヴンにもその特性があったからポニィの血を求めたのです。
今回の話の大部分が戦闘シーンになりますが、ここまで長くなるとは想定していませんでした。
敵キャラを考えて、結末を考えて、その結末に向かうように物語を動かす。
それだけなのに、ウロボロスを大きくし過ぎたせいで簡単に倒せない敵になってしまいました。
早く倒れないかなと、書いていて何度も思いました。
あと少しとか、もうひと踏ん張りとかが本文で出てきましたけど、あれは作者の心情が滲み出ています。
今回の最後で主人公達は前線基地に戻るべく動き出します。
これは物語が終わりに迎い始めましたことを意味しています。
次回の話ですが、地球がメインの話になります。
また次回の話も読んで頂ければと思います。




